鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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10.護国の牙

 夜が明ける頃には、全てが終わっていた。

 国内で蜂起した武装集団は、全てリオンの手勢――彼の友人のみならず、本来の寄子である四莫迦の手で次々に鎮圧。最大の脅威だった“魔装”も、ハーヴェイとフィンによって撃破。彼らが目指した『王国の正統』は、その本懐の一切を遂げることなく終わった。

 あとは、国外勢力の対応だ。彼ら反動勢力を支援していたラーシェル神聖王国の侵攻を食い止めるべく、リオンはハーヴェイやフィンと合流すると、主戦力を率いてフレーザー領に向かっていた。

 そんなアインホルンの船上。リオンは朝日を眺めながら、コーヒーを啜るフィンに声を掛けた。

 

 

「何でコーヒーなの?」

「朝だからだ」

『朝だからでは?』

「お茶もあるよ」

「朝はコーヒー派だ」

「ちっ! コーヒー派は敵だ」

「態度悪いな!」

『何がきみをそこまで狂わせるんだい……』

 

 

 舌の嗜好というのは、時に諍いをもたらすものらしい。ハーヴェイにはよく分からない世界だった。

 

 

「王都に残ってもよかったのに」

「後片付けの手伝いをしてもいいが、こっちも気になるからな」

『“魔装”の処分は面倒だ。協力に感謝するよ、Mr.ヘリング』

 

 

 リオンとフィン。本来ならば王都に留まっていてもいい二人が、徹夜をしてまで出向いているのには、理由がある。

 まずリオン。すでに国外にまで勇名を轟かせている“外道騎士”の存在を見せつけることで、相手を委縮させる。彼が軍略ではなく暴力で成り上がったからこそ用いることができる策だった。

 次にフィン。“魔装”の調達にラーシェルの手引きがあった以上、次の個体が登場しない保証はない。その対応のため、彼の申し出を了承したという訳だ。

 

 

「それより……いいのか?」

「何が?」

 

 

 躊躇いがちなフィンの言葉に、リオンは心底不思議そうに首を捻った。

 

 

「精神的なやつだよ。その……兄貴が捨て駒にされただろ」

「あぁ、ルトアートの件か。ま、あれは自業自得だからさ。二人には迷惑かけたよ」

「……それだけか?」

「それだけ。俺たちにとっては、迷惑ばかりかけてきた偽物の家族だ。さすがに殺したいとまでは思わなかったが、道を間違えたのなら死んでもらうしかない」

『そういうきみは? わざわざこんな戦争に首を突っ込んでまで、きみ自身の負担はないのかい』

 

 

 言葉以上に無感情な反応を見せるリオンの横で、ハーヴェイがフィンに問いかけた。

 

 

「幸いにも戦争には参加していない。俺が手に入れた勲章の多くは、暴れ回った魔装の破片退治だ。

 使用者は助けられないと分かっているからな。放置も出来ないから割り切るようにした」

 

 

 苦々しげに、しかし言葉通り割り切った様子のフィンの説明に、いいなぁ、とリオンは頬杖を突いた。

 

 

「俺も割り切れたら楽なんだけどな」

「どうかな? 変に割り切って、楽しむようになったら人として終わるぞ」

「――それは嫌だな」

 

 

 フィンの指摘に、リオンは思わず真顔に戻り、静かに紅茶を啜った。

 死生観の麻痺――戦場という異常な環境が人格を歪め、生命を尊重できなくなる呪い。そんなものは厭だと、彼はまだ思える人間だった。

 

 

(――……僕は、どうだろうか)

 

 

 その横で、ハーヴェイは独り無言で凍り付いていた。

 

 

 未知の敵と相対する高揚感がある。

 死闘の緊張感を楽しんでいる。

 勝利に対する達成感を覚えている。

 

 

 ()()()、戦うためだけの脳髄では形容できなかった感覚とともに――闘争の快楽に酔い痴れながら、僕は今でも戦っている。

 

 

 そんな僕は、果たして『正しい人間』と言えるだろうか?

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数日後、フレーザー家が守る国境上空。

 

 

『“殺戮人形”を止めろ!』

『無理です! 抵抗できません!』

『王国軍の射程圏に入ります!』

『おのれ!』

 

 

 ホルファート王国軍とラーシェル神聖王国軍が睨み合う中、ハーヴェイの駆るアンタレスは獅子奮迅の活躍を見せていた。

 “黄道十四宮(ゾディアック)”自体が、ACによる機動戦を以て撹乱し、本隊の攻撃を誘うための隙を作る役割に秀でている。今までこそ大規模なぶつかり合いは少なく、“黄道十四宮(ゾディアック)”単独で戦闘をこなす必要に駆られていたが、後方援護の存在があればこの通り、縦横無尽の軌道によって敵軍を掻き乱すのは容易い。何となれば、“赫薙ぎ”を以て積極的に戦艦を墜としているのがハーヴェイだ。

 で、そんなホルファート軍本隊といえば。

 

 

『はーっはっはっは! 歓迎するぞ、神聖王国の皆さん! うまい紅茶を出してやる!』

 

 

 いつもの調子で煽り散らすリオンの大喚声が、拡声器を通じて轟いていた。

 いや、徹夜明けで少々テンションが(おか)しくなっているきらいはある。司令官として旗艦アインホルンに据え付けられている一方、敵軍の真正面に立ち殺し合いを繰り広げるリスクから離れることができたのが、それに拍車をかけているのかも知れない。要は安全圏から野次を飛ばす役割である。

 

 

『“魔装”を奪われるな!』

『無理です! 王国軍、こちらに前進してきます!』

『おのれ、“戦争屋侯爵”が――!』

 

 

 虎の子の“魔装”までも撃破されていくのを見、苦悶の声を上げるラーシェル軍の声が響いてきた。

 薬で無理矢理に機能を引き出し、巨大な肉の塊として投下されていくそれらの扱いは、爆雷とほとんど変わりない。投入すれば一時的なダメージを与えられるが、稼働時間に大きな問題がある上に、搭乗者を次々に使い潰していくことになる。暴走に呑まれながらも乗りこなしていたファンオースの“黒騎士”バンデルとは、まるで比べものにならない。

 

 

(――まるで自爆特攻(カミカゼ)だな。胸糞悪い……)

 

 

 無言で顔をしかめるハーヴェイの眼下で、“魔装”は“黄道十四宮(ゾディアック)”各隊による銃火を次々に浴び、形を失って墜落していった。そこに飛び込んでいくのは、フィンの駆る漆黒のブレイブ。

 

 

【これで三つ目ぇぇぇ!】

『黒助、もう終わりだ。一旦下がるぞ』

【おうよ!】

 

 

 破片の核を抉り出し、ごりごりと咀嚼するブレイブ。これで“魔装”の排除は完了。戦闘には積極的に参加せず、そのまま退避しようとするフィンに向かって、ラーシェル軍の魔導鎧が襲いかかった。

 

 

『逃がすな! “外道騎士”をやれ!』

 

 

 その叫び声に目の色を変えたのはフィンだ。確かに、リオンの駆るアロガンツと同じ機体色であり、その容貌も似ていないことはないが……

 

 

『おい、ちょっと待て! “外道騎士”って何だよ!』

『あ、それ俺の二つ名』

『いつものことだ、気にするな。――HQ、ブレイブの離脱支援を要請する』

『HQ了解! “山羊(カプリコーン)”、敵前衛を食い止めろ!』

『お前らも何なんだよ……』

 

 

 けろりとした様子で戦局を進めるリオンたちに、フィンは思わず閉口した。“黄道十四宮(ゾディアック)”各隊も気にした様子がない。

 “戦争屋侯爵”“殺戮人形”“外道騎士”――そんな仇名が侮辱的であることを忘れる程度には、彼らの感覚も麻痺していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数日後。ラーシェル軍を一通り蹂躙してきた王国軍は王都へ帰還し、ハーヴェイらもまた学園に戻ってきた。

 

 

「お疲れ様でした、坊ちゃん」

『ケイトもお疲れさま。連れ回して悪かったね』

「いいえ~」

 

 

 すっかり日も沈み、時刻は夜半を回っている。戦闘糧食や夜通しの作戦に慣れているハーヴェイとはいえ、疲労を覚えないわけではない。ましてや戦士ならぬケイト、付き合わされた疲労は一入だろう。

 

 

「お疲れさま、ハーヴェイ」

『大したことでは――え、アデル?』

 

 

 がちゃりと入室してきたその人物ことアデルの存在に、ハーヴェイは思わず振り返った。そして目を見開いた。

 寝間着姿である。いや時刻として何ら(おか)しなことはないはずなのだが、薄いストールの下に纏っているのが問題だった。煽情的なベビードールに包まれた素肌が、窓から差し込む月光に照らされて、艶やかな照り返しを放っている。

 

 

『ど、どうしたんだい、アデル』

「あら、貴方のそんな表情が見れるだけでも役得というものね。

 ――大したことはないわ。婚約者としての務めを果たすだけ」

 

 

 背中で扉を閉じ、いつにも増して婉然とした雰囲気を見せる婚約者(アデル)にたじろいだハーヴェイは、視界の隅に立つケイトが一切動揺を見せていないことに気付いた。

 いや違う。彼女も頬を紅潮させながら、メイド服を脱いでいる。反射的に後ずさったハーヴェイは、背後にベッドがあることに気付かず、思わず躓いてベッドに倒れ込んだ。

 

 

「ねぇ、知ってる? 遺失文明では、戦から帰ってきた勇士の高ぶりを鎮めるために、若い乙女が宛がわれていたんですって」

『それはどっちの文明の話だい!?』

「もう、無粋なひとなんだから」

 

 

 ハーヴェイの身体にしなだれかかりながら、アデルとケイトはゆっくりと丁寧にハーヴェイの衣服を脱がしていった。やや薄い肉付きながらも鍛えられた肌が、見る見るうちに露わになっていく。

 

 

『こ、婚前交渉は淑女の振舞いではないぞ!』

「あら、そこまで期待してくれているの?」

「坊ちゃんのためなら、いつでも準備ができてたのに」

『ケイトまで!!』

 

 

 ハーヴェイとて男だ。世界で一番大好きな婚約者と従者に、そろって煽情的な姿を見せられては――期待せずにはいられない。戦場とはまた異なる高揚感を自制するのに、彼は理性の大半を費やした。

 

 

「大丈夫よ、床下手でも貴方を嫌いになったりはしないわ」

「怖い時は天井の染みを数えているといいそうですよ」

『そ、れは、淑女の、物言い、では、ない!』

 

 

 彼女たちからの好意は知っている。充分なほど分かっている。それを受け止める気概もある――はずだった。文字通り初めての体験に、ハーヴェイの思考はいっぱいいっぱいだった。

 

 

「――今夜は寝かさないわよ♪」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「世界って美しい!」

『世界は理不尽だ』

 

 

 翌朝。清々しい笑顔を見せるリオンと対照的に、ハーヴェイはげっそりとした表情で現れた。

 

 

「朝からどうしたよ」

【こいつら、疲れてハイになったんじゃないか? 休ませた方がいいと思う】

 

 

 二者二様の姿に、フィンとブレイブが揃って不審げな表情を浮かべる。そんな言葉が、二人にどこまで届いていたことか。

 ――絞られた。それはもう、たっぷりと絞られた。物理的にも精神的にも。そんな幸福な疲労感は、しかしハーヴェイにとって、戦場とは異なる疲弊を与えた。

 ちなみにアデルとケイトは、そのままハーヴェイの自室でゆっくりと眠っている。つやつやとした幸福な寝顔は、ハーヴェイだけの宝物だ。

 

 

「俺、もう何も怖くない」

「そ、そうか。それは良かったな。それはそうと、今後について話を聞きたいんだが」

 

 

 気色悪いほどにこやかに笑うリオンに引きつつ、フィンは切り出した。フィンの認識に誤りがなければ、先の出撃で問題の大半は解決したはずだ。

 

 

『……王都ダンジョン三十層の攻略計画は詰めてある。あとはそこまで辿り着き、Ms.ミアが遺構に触れればいいだけだ』

「血が目覚めるってやつだな」

「――ラスボスもいないし、攻略対象もいないからどうなるかと思ったけど、意外と順調だな。何も気にしなくて良いし」

 

 

 いや―良かった良かった、と笑顔を浮かべるリオンに対し、フィンがジト目で睨んだ。

 

 

「お前らは少し反省しろよ。攻略対象の男子が全滅したのは、お前らにも責任があるからな」

「……オスカルの件は、悪かったと思ってる」

『ジェイク殿下の件も――……いや待て、あれは本当に僕たちが悪いのか?』

【相棒、こいつら最低だぞ】

 

 

 ようやく神妙な表情を取り戻したリオンとハーヴェイに対し、ブレイブがツッコんだ。

 

 

『繰り返しになるが、ジェイクやオスカルはこの国の要人だ。そちらの都合とは言っても、はいそうですかと引き渡すことはできない』

「アーロンは?」

『論外。最初からなかったことにするのがお互いのためだ』

「何で!?」

 

 

 頑として譲らないハーヴェイの様子に、フィンはただただ当惑した。冒険者アーロン――ハーヴェイの弟子として鍛えられているという風聞しか知らないが、どれほどの問題児なのだろう?

 

 

『――いっそ、きみが貰い受けたらどうなんだい』

 

 

 悶々とするフィンに対し、ハーヴェイが機械音声でそうぶち上げた。

 

 

「お、お前! 冗談でもそんなことを言うな!」

「いいから聞け。割と真剣な話だぞ」

 

 

 さぁっと顔を赤くし、慌てて振り払おうとするフィンに対し、リオンが真剣な目つきで追撃した。

 

 

「俺の見立てでも、あの子がお前を慕っているのは見て取れる。お前だって、憎からず思っているんだろ? 妹分ということを抜きにしても」

「それは――」

「あくまで可能性の話だ。そこまで真面目に答えなくていい」

 

 

 答えに窮するフィンに対し、リオンが宥めるように言った。ここではっきり答えられる関係性なら万々歳だったのだが、違うのなら仕方ない。リオンとて他人のことは言えない立場だ。

 

 

『だが、彼女の血が覚醒して、()()()()()()身分とやらになってみろ。Mr.バルトファルトやエリカ様のように、会ったこともない相手と結婚させられる可能性があるんだ。それこそジェイク殿下やアーロンのように、事前に人となりを調査することもできない。彼らよりひどい輩をあてがわれる可能性だってある。きみ自身が、それに耐えられるのか?』

「その点、多少なりと好意のあるお前なら、ミアちゃんもお前も安心できるだろ。幸い、お前にはそれなりの実績があるらしいしな。

 帝国の身分制度がどうなってるかは知らないが、場合によっては身分差や制度を曲げて結ばれる余地があるかも知れない」

 

 

 滔々と語る二人の説明に、フィンは何も言い返せなかった。こうしてミアの相手を見定めるために来ている身として、絶対に妥協できない未来だった。

 

 

『ゆっくり考えたまえ。きみの人生と、彼女の人生だ。

 何も、今決めろという話じゃないが――何かの弾みで、事態が急変することなんて珍しくないんだ。その時になって“時間をくれ”“考えさせてくれ”などと、言っていられる場合ではないかも知れないよ』

 

 

 ハーヴェイの念押しに、フィンは沈黙した。これからの二人の未来が懸かっている。今から答えを焦らせることもないだろう。

 

 

『いずれにせよ、Ms.ミアに関しては一度帝国に報告した方がいい。これから忙しいし、春休みまで保留ということでどうかね』

「――そうだな。ミアも学園での行事を楽しみにしているし、タイミングは大事だな」

「授業もあるからな。覚醒すると、一度帝国に呼び戻されるんだとさ」

「まぁ、皇族に復帰というか、皇族になる訳だからな。でも、それまでミアに我慢させるのか」

 

 

 ミアの体調を思いやり、心苦しそうな表情を浮かべるフィンに対し、リオンがひとつの呼吸器を差し出した。ルクシオンに命じて作らせた特注品である。

 

 

「……これは? 何か、病院の呼吸器みたいで嫌だな」

「こいつを付けて呼吸すれば、魔素を吸引できるようになっている。苦しい時に使え。あ、これ詰め替え用ね」

「苦しい時にはこいつを使えば良いのか? 助かる」

「一時的に症状を緩和するだけだから、外ではあまり無理をしない方がいいな。体を動かしたいならダンジョンに行けばいい」

「春休みまではこいつで乗り切るのか――分かった」

 

 

 授業やら何やらの都合を鑑みると、休暇の方がいい。地下三十層までの探索は長丁場だ。フィンとしても、妥協せざるを得ないところだった。

 

 

「色々とすまないな。恩に着る」

「別に良いよ。ミアちゃんはエリカの友達でもあるからな」

「そうだな。ま、ミアの場合は色々と面倒を見てもらっているだけだが」

「エリカも楽しそうだからいいんじゃないか?」

 

 

 悪役のいない学園生活というのは、山も谷もないが穏やかで楽しい――というのは、いささかマリエに失礼な物言いか。

 

 

「ところで、そのエリカちゃんの婚約式っていつなんだ? 予定通り夏期休暇か?」

「……冬休みだ」

「夏期休暇は無理だったか」

『クーデターの処理で忙しいからな』

 

 

 本来ならば、当事者たちで勝手に挙げればいい。が、リオンの立場上参列する必要があった。二人の――エリカだけでなく、エリヤの後ろ盾になっていることを印象付けるための場にしたいのだ。また王族にも参加してもらい、リオンとの関係が良好であることも示す必要がある。現在の政争諸々を処理した上で安全に挙げるには、夏季休暇を丸々潰して面倒事を片付ける必要があった。

 ただ目の前の戦争を始末するだけでは終わらない、政治の難しさ――バルトファルト派閥として、ハーヴェイもそれを味わう羽目になった。

 

 

 

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