鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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06章 再誕、此岸にて
01.彷徨者たち


 数日掛けて辺境へ冒険へ出た後、旅塵にまみれて学生寮に帰還したハーヴェイを、クレアーレが出迎えた。

 

 

【お帰りなさい。成果はどうだった?】

『ハズレだ。モンスターの研究施設だった。中身もほとんど脱走したか、衰弱死した遺骸が残っていただけだ』

 

 

 収穫は資料の切れ端が少々。リオンの屋敷もとい学生寮の一室で、どさりと荷物を下ろしたハーヴェイは、深くため息を吐いた。

 今、リオンとハーヴェイの二人は王国各地の未踏破ダンジョンを探索し、ロストアイテムの武器兵器の収集を試みている。旧人類文明の兵器を発見し、ルクシオンによる整備に合流させるためだ。

 成果は、芳しくない。少々の携行兵器は発見できたものの、ほとんどは白兵戦用で、魔導鎧(AC)にさえ搭載できない小型の物ばかりだ。自律兵器を率いて巨大な要塞兵器を相手にする以上、戦争の趨勢にはほとんど関与しない。

 

 

『ダンジョン調査には見切りを付けた方がいいな。現時点で稼働していない兵器が見つかるとは思えないし、自力稼働できないものを引き上げたところで、整備が間に合うとも思えない』

【マスターは諦めない様子だけどね】

『一度決断すると意固地になってしまうのが、Mr.の悪い癖だ』

 

 

 ハーヴェイとクレアーレは、ここにいないリオンをよそに作戦会議を進める。精神的に追い詰められているリオンはともかく、ルクシオンも同じような分析をしていることだろう。無為な作業で精神を擦り減らしては、元も子もない。

 問題は、決戦までやれることが無くなってしまうという点だった。旧人類の兵器はルクシオンの基地で整備中であり、その工程こそが軍兵の整備、決戦に至る準備作業のほとんどだと言っていい。通常の戦争とはまるで定石が異なる、人員を必要としない――人員を伴うことのできない戦争であることが災いした。

 ルクシオンとクレアーレが算出した勝率は、およそ30%。

 できることは全て機械兵器頼み。どれだけ焦ろうと藻掻こうと、その絶対的不利が覆ることはない。リオンがロストアイテム探索に没頭し、現実逃避するのも無理はない。事情を知らない当事者でなければ誰もが勝利を諦め、速やかな降伏を考える絶望的な局面だ。

 そんな折、どたどたとリオンの私室に入ってくる者があった。

 

 

「ハーヴェイ!」

『……ラーファン? 何をしに来た?』

 

 

 見ればマリエが、ハーヴェイと同じように旅塵にまみれてぼろぼろの姿を見せている。その手に大事そうに抱えられているのは、一本の酒瓶のようなモノ。当然、ただの酒瓶ではあるまい。ぼろぼろに朽ちたラベルの様子を見る限り、ロストアイテムの一種だろうか。

 

 

「どうよ! こいつがあれば兄貴もパワーアップ間違いなしよ!」

【ゲーム的に言えば“バフ系のアイテム”ね】

「前に回収しようと思っていたんだけど、その時は迷子になったから諦めたのよ。

 でも、こいつの効果は凄いわよ。ゲームで言えば、どのステータスも大幅に上昇するんだから! ボスだって楽に倒せるわ」

『そんな都合のいい代物が……』

「でしょ! こいつでパワーアップして挑めば、兄貴だって――」

 

 

 得意げに語るマリエに、ハーヴェイも思わず言葉を失った。

 能力値向上――特に魔力は、生まれ持った才覚に大きく左右される。仮に訓練で向上する能力だとしても、今から準備していてはとても間に合わない。戦闘能力の向上という意味では、確かに重要なアイテムだ。問題は、直接戦闘という局面に持ち込むまでのハードルだが……

 そんな折、リオンが血相を変えて私室に戻ってきた。ルクシオンを通じて連絡を受けたのか、ひどく興奮している様子だ。

 

 

「兄貴!」

「マリエ、アレを回収したのか?」

「凄いでしょ! かなり苦労したわよ」

「でかした! やればできるコだなあ、お前は!」

 

 

 リオンはマリエの頭をくしゃくしゃに撫でた。乱雑なその手つきは、彼自身の喜びようを如実に表している。ただでさえ埃まみれの髪をぼさぼさにされても、マリエは嬉しそうだった。

 

 

『クレアーレ、中身はどうだ』

【――効果は予想以上ね。ここから更に調整したら、もっと効果を発揮できるわ。

 でも、三回分しかないわね】

「三回も使えるなんてお得ね」

【――そうね】

「これで勝率が上がるな。助かったぜ、マリエ」

「えへへ」

 

 

 クレアーレによる解析結果に、リオンとマリエの二人は揃って喜んだ。兄の役に立って嬉しがる様子は、なるほど兄妹の絆を感じさせる。

 そこに割り込むように、ルクシオンが機械音声を鳴らした。

 

 

【――マスター、アンジェリカ、オリヴィアの両名がこちらに向かって来ています】

「……“お前が呼んだ”の間違いだろう?」

【はい】

「――……余計な真似しやがって」

 

 

 希少なアイテム獲得の喜びから一転、リオンは不機嫌な表情でルクシオンを睨んだ。二人を追い返すために、私室を出ていく。

 それに同行するはずのルクシオンは、しかしその場に浮遊したまま、しばらく薬瓶を見つめていた。

 

 

「どうしたのよ?」

【……我々は当初、回収するべきアイテムに優先度を付けました。その際、マスターがどうしても回収したかったアイテムの一つが、この薬です】

「私もたまには役に立つでしょ」

【――私は回収したくありませんでした。回収など、させるつもりはなかったのに】

「な、何よ。もっと褒めてくれてもいいじゃない」

 

 

 貧相な胸を張った得意げなマリエに対し、しかしルクシオンは冷たい機械音声で冷や水を浴びせると、そのまま部屋を出ていった。後に残されたのは、不可解な叱責で気分を害したマリエと、無機質な視線を寄越すだけのクレアーレと、改めて瓶を見つめるハーヴェイ。

 

 

『……相変わらず短慮だ、貴様は。

 だが、それでも僕たちの役に立った。それは感謝しよう』

「な、何なのよ。その言い方は」

 

 

 罵倒のような、賞賛のような。不可解なハーヴェイの物言いに、マリエはますます気分を悪くした。せっかく兄貴のために頑張ったのに、どいつもこいつも何という言い草だ?

 その答え合わせは、クレアーレが買って出た。

 

 

【マリエちゃん、この薬がどんなものか分かっている?】

「だから、能力上昇系のアイテムで――」

【現実的に言えば“ドーピング”よ。しかも、上昇効果が高いってことは、それだけ強い薬って意味よね】

『効能は……筋力増強、脳神経活性化、魔力増強か。命の前借り――いや、命を薪にした着火剤と言っても過言ではない』

 

 

 クレアーレとハーヴェイの言葉に、マリエは見る見るうちに顔を青くした。魂の力、魔力さえ増強させる強烈なドーピングの反動は、深刻なものになるはずだ。

 

 

「ま、待って。それ、兄貴に使わせないでよ」

【駄目よ。マスターが使うと決めたもの】

 

 

 咄嗟に薬瓶を取り返そうとしたマリエだが、しかしクレアーレが一手早かった。マニピュレータを動かして薬瓶を掠め取ると、ロボットたちを呼び出してマリエを拘束する。ハーヴェイは、それをじっと見つめるだけだった。

 

 

「は、放してよ! クレアーレ、あんたは兄貴が死んでもいいっていうの!」

【これはマスターの望みよ。あの捻くれ者の方が異常なの】

「わ、私は――兄貴のためにって」

【えぇ、マスターの()()のために役に立ったわ】

 

 

 クレアーレの無機質な言葉に、マリエは膝から(くずお)れた。

 何もかもが神様のお見通し。やることなすこと全てが裏目。全ては顔も知らない神様の掌の上――マリエは、自らを縊り殺したい衝動に駆られた。

 

 

【マリエちゃん、貴女は悪くないわ。疲れているみたいだから、今は体を休めた方がいいわね】

「何でいつもこうなのよ。――私は、兄貴を助けたかったのに……」

 

 

 涙に濡れるマリエを、ロボットたちがやや強引に連れ出した。命令に従うだけの彼らを振り払う余力など、彼女には残っていなかった。

 後には、それを無言で見送るクレアーレとハーヴェイが残された。

 

 

『――クレアーレ。こうして現物が存在する以上、中和する鎮静薬は作れるな?』

【えぇ、もちろんよ。でもマスターは――】

『そこは作戦次第だ。僕とルクシオンで、上手く誤魔化しておく』

 

 

 薬瓶を見つめたまま、ハーヴェイは淡々と言葉を重ねた。三回分――何とも都合のいい話だ。三度無茶できると、リオンは勘違いする。たとえ副作用のことを知ろうと。

 

 

『きみのマスターには、()()()だけ渡せ。残りは、すべて僕が使用する』

 

 

 ハーヴェイは決然と言い放った。その機械音声には、有無を言わさぬ強制力があった。

 

 

【……いいの?】

『きみたちの優先事項はマスターの存命だろう。保護する効能ならともかく、逆に負荷をかけるような薬を持たせていても始まるまい』

【でも、あなたは……】

 

 

 一回分でさえ、深刻な負担になるだろう。応急処置である中和剤と、戦闘後の速やかな治療ありきで成り立つ作戦だ。それを二回使う想定など、命を捨てると宣言しているも同然だ。

 だがハーヴェイには、既にその覚悟が決まっていた。そうでなければ、ACなど乗りはしない。戦場に立ちなどしない。

 

 

『僕は“殺戮人形”だ。その命を使い潰して、初めて価値を認められる』

 

 

 命の天秤は、ハーヴェイの皿を高く高く掲げていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ばしん、と部屋に響き渡る音を聞きながら、リオンは黙って頬の痛みに耐えた。

 黙って殴られるのは、リオンの主義ではない。だが頬を叩いたアンジェリカ当人の、その眦いっぱいに涙を溜めた表情を見せられては、何も言えるはずがない。

 

 

「お前は――私たちを信じてくれないのか? どうして一人で戦おうとする?」

「リオンさん、無茶をしないでください。私たちはリオンさんが死んだら――」

 

 

 同じように、いや既に涙腺が決壊し、ぽろぽろと涙をこぼすオリヴィアに対し、リオンはへらりとおどけただけだった。

 

 

「――どうにもならないよ。それに、この戦いに他は邪魔だ」

「邪魔って……酷い言い方よね」

 

 

 その後ろには、物言いたげなノエルもいる。彼女自身、何もできないことを痛感しているのか、それ以上の追及はなかった。

 

 

「帝国の動きがこちらにも伝わってきた。帝国は総力を挙げて王国を叩くつもりだ。それだけじゃない。他国にも協力を求めている。

 ――相手は使える手を全て使っているんだ。それなのに、お前はどうして!」

 

 

 リオンは精一杯目を背けようとしたが、アンジェリカはリオンの両頬を掴んで、己に向き直らせた。お得意の口先三寸で逃がす気はない、そんな気勢を感じさせた。

 

 

『実際問題、きみたちに何ができると言うんだ?』

 

 

 そこに割り込んだのは、リオンでもルクシオンでもなく、ゆっくりと歩み寄るハーヴェイだった。

 

 

「ハーヴェイさん!」

「スピアリング! お前も、どうして――」

『勇み足だけは一丁前だな、Ms.アンジェリカ。その行動に価値などないというのに』

「何だと!?」

 

 

 殊更に冷たく嘲笑うハーヴェイの言葉に、アンジェリカは激情のまま声を荒げた。彼の鉄面皮を変える効果はなかった。

 

 

『向こうは国ぐるみで動くだろう――それは了解済みだ。国家同士のぶつかり合い、“戦争”にあって、絶対的な手数に劣っているのは間違いない。

 ――それで? Mr.の庇護下でしか行動できないきみたちが、いったい何の役に立つと言うんだ?』

 

 

 その言葉に、真っ先に目を背けたのがリオンだった。

 その反応が全てだった。これまで彼女たちが数々の難局を乗り越えてきたのは、リオンの――その背後にいるルクシオンの暴力があればこそだった。リオンでさえ、ルクシオンでさえ打開できない窮状に至って、彼女たちにできることは何もない。

 

 

『きみたちが何を聞き何を信じようと、それだけだ。他の誰を信じさせることもできないし、まして行動させることもできない。

 きみたちがいたところで、何の役に立つと言うんだ? 実家と縁を切った公爵令嬢が一人、元聖女候補が一人、若木の巫女が一人? はは、“焼け石に水”とはこのことだな』

「ハーヴェイ、あんた――!」

 

 

 声を発しない口角を上げ、悪辣に嘲笑うハーヴェイに対し、ノエルが反射的に掴みかかった。その行動に意味はなかった。ここで怒りに駆られたところで、ハーヴェイを殴ったところで、その行動は八つ当たりでしかない。それが分かっているからこそ、ノエルはそれ以上の行動を取れなかった。

 

 

「なぁ、アンジェ。分かっているだろう? 俺が声をかけたところで、王国は力を貸してくれるのか? 全力で協力してくれるのか?」

 

 

 憤懣遣る方ない二人を宥めるように――聞き分けのない子供をあやすように、リオンは言った。

 

 

「それは――約束、できない」

「言葉を取り繕うな」

 

 

 言い淀んだアンジェリカに対し、リオンが短く吐き捨てた。そこにはアンジェリカではない――王国そのものに対する失望があった。

 

 

「わかるだろ、アンジェ。信用できない――信用に値しない味方は、敵よりも厄介だ。いるだけ邪魔なんだよ」

 

 

 そもそも二つの遺失文明という、根拠のない大前提から信じさせなければならない。そして魔素と今日(こんにち)の世界の関係を説明した上で、リオンたちに利することを確信させなければならない。

 もしも「バルトファルトを差し出せば助命してやる」と調略されたら? 王国貴族は、右から順に帝国に靡くだろう。旧人類の末裔たる自分たちがどんな末路を辿るか、知っていようがいまいが。処刑台に据えられてギロチンの刃が落ちるまで、「自分だけは大丈夫」「何か奇跡が起きて無事に助かる」と無根拠に信じられるものだ。そして処刑の列の後ろに行く為ならば、一人分でも一分一秒でも自分が永らえるためならば、処刑人に媚を売り他者を差し出すことも厭わない――王国民のみならず、貴族のみならず、人間とはそういうものだ。

 そんなリオンの失望を感じ取ったのか、アンジェリカがその手を脱力させた。

 

 

「――リオン、お前の気持ちは変わらないのか? お前は、最後まで私たちを信用してくれないのか?」

「――……生き残ってくれ。みんなに任せられることは、それだけだ」

 

 

 目を背けたまま零されたリオンの言葉に、アンジェリカはついに落涙した。手を振り上げるだけの気力は残っていなかった。

 

 

「……お前は、本当に酷い男だよ。ユリウス殿下よりも酷い」

「同感だ。こんな屑野郎、早く忘れた方がいい」

 

 

 そう吐き捨てると、リオンはさっと踵を返した。そのまま、次なるダンジョン探索の準備に向かおうとしたが――

 

 

「ハーヴェイ!!!!」

 

 

 寮じゅうに木霊するような大喝が、それを押し止めた。

 

 

「な、なに!?」

『……ちっ、長居し過ぎたか』

 

 

 突然の大喚声に戸惑うリオンたちの横で、ハーヴェイだけはその正体を悟ったかのように、ちっと舌打ちした。

 次いで、武装した兵士たちが寮になだれ込んできた。その軍服の胸元に掲げられているのは、一つの輝星を取り囲む十三の星――スピアリング家の紋章。

 

 

「こ、れは――」

「ハーヴェイ・フィア・スピアリング! 貴様をテロ等準備罪の疑いで逮捕する!

 リオン・フォウ・バルトファルト公爵! 御身にもご同行願いたい!」

「な――」

 

 

 十数人もの兵士たちに銃を突き付けられ、リオンとアンジェリカたちは反射的に震え上がった。ハーヴェイ本人は言うに及ばず、このままではリオンの身柄も危ない。二人ともダンジョン探索から戻ってきたばかりで、手元には僅かな軽火器しかない。どうやってこの場を切り抜けるか――リオンが必死に頭を回転させる中、兵士たちの脇から姿を現す者があった。

 

 

「――アデルさん! ケイトさん!」

『……二人とも』

 

 

 兵士たちに守られるように現れた二人に、ハーヴェイは思わず息を呑んだ。滅多に見せない硬い表情を浮かべる二人は、そんな彼を真正面から見つめた。

 

 

「悪いけど、私たちもそれなりに頑固なの。貴方に捨てられて、はいそうですかと受け入れる気はないわよ」

「この寮はもう包囲されてます。坊ちゃん、観念してください!」

 

 

 その言葉に、ハーヴェイが返せるものはなかった。じりじりと兵士たちが包囲網を狭めていくのを横目に、彼はただじっと屹立することしかできなかった。

 そんな中、兵士たちを掻き分けて、一人の軍服姿の男が現れた。頭髪を短く刈り込んだその青年は、ぐっと拳を握るとハーヴェイの頬を力強く殴り飛ばした。

 

 

「どういうつもりだ、貴様!!」

「た、隊長!」

「ちょっと、セドリック殿」

 

 

 青年ことセドリックの暴挙に、周囲の方が戸惑いの声を上げる。殴られた当のハーヴェイはと言えば、ただ体勢を戻し、しかし申し訳なさそうに目を伏せるだけだった。

 

 

『すみません、セド兄上。仕方がなかったんです。“黄道十四宮(ゾディアック)”に迷惑を掛けず、その上でMr.バルトファルトに付いていく手段を、他に思いつかなかったので』

「だったら何故頼らない!!」

 

 

 ハーヴェイの弁明を、セドリックがなおも叱り飛ばした。

 事の仔細は、アギラル教授から説明を受けている。確かに荒唐無稽で、俄かには信じがたい話だ。だが他ならぬハーヴェイの言葉であれば、時間を要すれど説き伏せることは可能だったはず。そしてそれをしなかった本当の理由を、セドリックは知っている。

 

 

()()だ!! その顔が気に食わないんだ!!」

 

 

 黙って目を伏せるばかりの実弟(ハーヴェイ)の胸倉を、セドリックが掴み上げた。

 

 

「せ、セド様」

「お前はいつもそうだ! お前の台頭で、俺の首席隊長の座が脅かされた時も! お前に怯え、一方的に嫌った時も! そうして困ったような笑みを浮かべて、曖昧に誤魔化す!! この俺が望むがままに、お前を憎むように! 我が家の将来安泰のために、父上がお前を冷遇することを期待するかのように!

 どうしてお前は何も言わない! どうして肝心なことに限って、お前は何も喋らない!」

 

 

 思わず止めにかかろうとする周囲を押し退けて、彼は捩じり上げながら唾を吐いて叫んだ。

 結局のところ、この弟は周囲を信用していないのだ。嫌われて当たり前、疎まれて当たり前、憎まれて当たり前――そんな風に周囲を()()、己が孤立することを当然のこととして受け止める。まるで周囲が、彼の武力以外に何の価値も見出さないかのように。それ以上の価値を、自分自身が見出さないかのように。

 

 

「困ったときは頼れ! 苦しいときは縋れ! 俺たちは――家族だろうが!!」

 

 

 間近で突き付けられたセドリックの大喝に、ハーヴェイは言葉を失った。

 家族。カゾク。かぞく。助け合い、支え合う者たち。その意味を、実兄(セドリック)の語るソレの正体を、彼には理解できない。()()()()()()()()()()()()()

 こんな時、どうすればいいのか? ハーヴェイは混乱した。企業は利害と実益のみを勘定して動く。兵士は使命と恐怖の狭間で戦う――そんなことしか、ハーヴェイ(C4-621)は学ばなかった。そんな利害関係の外側、『愛情』『絆』を原動力にする人間は、どうやって取り扱えばいい?

 

 

「――リオン、もしも本当に私を信じているなら、王国をもう一度だけ信じてくれないか? 私が必ずまとめてみせる。まとめる方法が、一つだけある」

 

 

 セドリックの気勢に気力を取り戻したアンジェリカが、リオンに向かって言った。その言葉に、リオンもハーヴェイも瞠目した。

 

 

「お前にも負担があるだろう。私やリビアだけではない、ノエルにも覚悟が必要だ。

 だが、私たち三人はもう覚悟を決めた。お前が認めてくれるなら、王国をまとめてみせる。お前の力になってやれる。

 だから――お願いだ。一度でいいから、私を信じてくれ」

「リオンさん、お願いします。私たちに手伝わせてください」

「あたしも出来ることをするからさ。だから、あたしたちのやることを認めて欲しいんだけど」

 

 

 オリヴィアやノエルも同調する。明らかに変わり始めた場の空気に、リオンは反応に迷った。

 ――もしも、彼が一人であれば。

 たった一人の戦いに晒されていれば、彼女たちを気遣う余裕はなかっただろう。目の前の戦場に囚われ、彼女たちの計略に耳を傾ける余裕はなかっただろう。ルクシオンに全てを放り投げ、戦支度に集中するしかなかったかもしれない。

 

 

「言うだけなら楽だよね。そんな方法、あるわけないだろ」

 

 

 ただ――今の彼には、ハーヴェイがいる。二人がかりで挑む大勝負は、彼に僅かな精神的余裕を生み、挑発的な言葉を述べさせた。

 それを待ち構えていたかのように、アンジェリカは毅然と口を開いた。

 

 

「お前を王にする」

『え』

「は?」

 

 

 突拍子もない言葉に、ハーヴェイとリオンは揃って唖然とした。

 王にする? 誰を? Mr.らしいよ。え、俺を? 王に? マジで? 正気で言ってる?

 

 

「今の王国は不安定だ。ホルファート王家の権勢では、この国を維持することも、まして対外戦争をすることもできない。

 ――だが、お前なら。お前が王権を握るのなら、情勢を安定させることができる。この国が一丸となって、戦うことができる」

 

 

 眦の涙を払い、大真面目に言い放つアンジェリカの言葉に、リオンはいよいよ慄いた。確かに、幾度となく求められてきたことではあるが、彼自身が毎度突っ撥ねてきたはずだ。そもそも、この事態と自分が王になることと、何の関係がある?

 

 

「そ、それは俺じゃなくてもいいんじゃないかな……!?」

『――いや、妙案かもしれない』

「ハーヴェイさん!?」

 

 

 やんわりと否定を試みたリオンは、しかしハーヴェイの一言によって、後ろから撃たれる形になった。

 

 

『ただでさえ政治的に不安定なこの国を安定させる、およそ唯一の手段だ。後顧の憂いでさえあった王国戦力がまるごと協力してくれるなら、勝率は大きく上がる。

 少なくとも、ロストアイテムをちまちま集めるよりは効率的な方法ではないかな』

「今の王様は納得するの?」

「今のローランド陛下にも、逆らう力はないはずだ。

 私たちは方々の伝手を利用して、貴族たちを説き伏せる。その間に、お前たちは戦争の準備を進めてくれ」

 

 

 ノエルの疑問をも丁寧に潰すと、アンジェリカは毅然と顔を上げて話を進めだした。先ほどまでの涙に濡れた顔は嘘のようだ。

 これに慌てたのはリオンだった。このままでは生存競争どころか、自分が玉座に据え付けられてしまう。

 

 

「レッドグレイブ家は!? ヴィンスさんが絶対納得しないよ!?」

『するだろう。王室傍系とはいえ閣下は一貴族でしかなく、反抗心を抑えつける能力ではきみに劣る』

「スピアリング家は!? 暴力なら国内最強なんでしょ!?」

『以前話した通り、内政の実績がない。この一戦だけならともかく、将来を見据えると不安の方が大きい』

「ハーヴェイさんがやってよ!!」

『論外。たかが“殺戮人形”に何を期待しているんだい?』

 

 

 しどろもどろになりながら理屈を並べようとしたリオンだが、その度にハーヴェイの横槍を喰らい、リオンはいよいよ言い訳に窮してしまった。何この人、俺の味方じゃなかったの。

 さらに、トドメは向こうからやってきた。

 

 

「――バルトファルト公爵! 我々スピアリング家は、御身にご協力いたします!!」

「えぇ!?」

 

 

 セドリックの大喝に、リオンは反射的に飛び上がった。声量もさることながら、その内容も予想外だった。

 

 

「た、隊長!」

『兄上。いいんですか?』

「父上と兄上には俺から説得する! 国家存続のためには、これが最上の手段だ!!」

 

 

 周囲の兵士たちやハーヴェイの忠告にも構わず、一方的に宣言するセドリック。しかも――リオンの与り知らぬところではあるが――スピアリング家は現場主義が強く、居合わせた当事者の判断を重視する傾向が強い。第三隊“牡牛(タウルス)”隊長としての判断は、当主ダグラスに大きな影響を与えるだろう。あくまでハーヴェイ一人でしかなかったバルトファルト派閥に、スピアリング家が丸ごと入るのは時間の問題だ。

 「では早速報告に戻るぞ!!」と、兵士たちを伴い引き揚げていくセドリックを見送ることしかできず、いよいよ逃げ場が無くなったリオンは、がっくりと膝から(くすお)れた。

 

 

「――……お、俺がやるしかないのかよ……!」

『残念ながら、逃げ場はないと思うよ。()()()()()()()()という事実を、受け止めるしかない』

「諦めなさい、Mr.。ちなみに、エッジワース侯爵(ちちうえ)の協力も取りつけてあるわ。内政の協力をするから、相応のポストを頂戴ね♪」

「アデル様、配慮ぉ……」

 

 

 貼り付けた笑顔で早速折衝の課題を押し付けるアデルに、ケイトは閉口した。そのやり取りも、リオン本人にどこまで届いていることやら。

 

 

 

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