鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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02.目指す未来

 機動要塞アルカディア。直径数キロ、周長数十キロメートルにもなる巨大兵器は、周囲に三千隻以上の軍艦を伴いながら浮遊していた。

 その深部――豪奢な個室の一角で、ミアは座っていた。

 

 

(どうして、戦わなきゃいけないのかな)

 

 

 その現実を噛み締めるたびに、ミアは胸が張り裂けそうな思いに襲われた。

 これは戦争ではない、生き残るための戦いだ。ならばやられる前にやる、それだけの話でしかない――おじ様こと実の父、他ならぬヴォルデノワ神聖魔法帝国の主たる皇帝バルトルトから、事情は聞いた。他ならぬこのアルカディアのマスターとして、そして次期皇位継承者として、同じような説明を何度も受けた。だが、「はいそうですか分かりました」「私たちのために死んでください」などと気持ちを切り替えることができるのならば、こんな思いはしていない。

 それでも、ミアは現状に対して何の行動もできなかった。

 事情がある、と言えばそれまでだ。帝国全体の進退が懸かっている以上、皇帝が主権者として戦争を決断した以上、それを覆すだけの権力も、覚悟も、ミアにはない。皇位継承者、アルカディアのマスター――一方的に与えられただけの肩書は、ミアにとって何の効力も持たないお飾りに過ぎなかった。

 だがそれ以上に、ミアの心を支配していたのは――恐怖だった。

 脳裏に蘇るのは、ハーヴェイと対峙したときの記憶。まっすぐに拳銃を突き付け、躊躇なく引き金を引こうとした、あの冷たい表情。あれを思い出すたびに、ミアは心胆が凍えるような寒気に襲われた。

 

 

(あの人は、本気なんだ)

 

 

 あの人は、こうなることを知っていたのだろう。こんな事態に発展する前に、自分を始末しようと画策したのだろう。つい前日まで親しく礼儀正しく接してくれた紳士は、たったそれだけで冷徹な殺戮者に変貌したのだ。

 彼にあって、自分にないもの――戦士としての覚悟。見知った者同士とて、躊躇わず殺し合いを演じる決意。

 

 

(あの人と、殺し合いをしなくちゃいけないんだ)

 

 

 知らず、ミアは己の体躯を掻き抱いていた。そうでなくては、ぶるぶると身体を震わせる恐怖に耐えられなかった。

 

 

 必死に涙をこらえるミアを、一基の魔法生物がじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、アルカディア内部にある第一格納庫。帝国騎士団の魔導鎧が格納されている専用整備庫の中で、一人の男がモニターと向き合っていた。

 そこに羅列されているのは、さらに向こう側にある青黒の魔導鎧のパラメータ。男がその値を変動させるたびに、魔導鎧はぐにゃぐにゃと流動しながら変形していた。

 ――魔装、完全体。アルカディア復活に伴い覚醒した、帝国軍の奥の手。

 男が黙々と調整作業を進めているところに、一人の少年がやってきた。

 

 

「楽しそうですね、ユージーン先輩」

「そりゃ楽しいだろう。こんな面白い機体、使わないと勿体ない」

 

 

 リーンハルト・ルア・キルヒナー――帝国騎士団序列第三位。若くして『剣聖』の称号を授かった勝気な少年は、目の前の男に対して、呆れたような声を掛けた。

 ユージーン・セシル・バークス――帝国騎士団序列第二位。『魔装狩り』を旨とする序列第一位フィン・ルタ・ヘリングを除けば、帝国最強の兵士と言っても過言ではない。そんな男は、しかしリーンハルトの呼びかけにもおざなりに返したきり、相変わらず目の前のモニターに集中していた。

 とはいえ、ユージーンの熱中ぶりはリーンハルトにも共感できた。何しろあの伝説の一騎(ブレイブ)と同じ、魔装の完全体をお目にかかれるだけでなく、自分専用の鎧として扱うことができるのだ。

 

 

「フィン先輩もいいなぁ。こんな強い鎧を使ってたんですよね。そりゃ、序列第一位にもなれるわけだ」

「それはあれだろう、“巡り合わせ”とかいう言葉だったか?」

「それで片付く話ですか」

「人は、与えられたカードで勝負するしかない。あいつはあいつで、こんなものを使いこなす必要性に駆られて、それに成功したわけだ」

 

 

 リーンハルトの羨望を、ユージーンは大して共感してくれないらしい。ひたすら機体と向き合い、自分好みに組み立てることに没頭したい性質(たち)のようだ。『剣聖』の名に恥じない程度に調整した自分とは異なり、まるで寝食以外の全てを機体構築(アセンブル)に費やすかのような熱中ぶり。そんなに面白い作業だろうか?

 

 

「それより、少し肩慣らしをしてくる」

「またモンスター相手の訓練ですか? 武官たちに怒られますよ」

「モンスターなんて使い捨てだろう。実戦テストに使うぐらいで充分だ」

 

 

 モニターを閉じ、流れるようにタラップを降りていくユージーンに、リーンハルトの忠告が届く様子はない。この数週間で、通算二十回はテスト出撃している。魔素に誘引され無尽蔵に湧き出てくるモンスターが相手とはいえ、あたら使い潰してよいというものではない。旧人類共との決戦を前に、軍全体がぴりぴりしているのだから。――という正論に、決して頓着しない困り者がこの二位殿なのだが。

 足取り軽やかに自機へと歩み寄るユージーンを見て、リーンハルトはずっと燻っていた疑問を吐き出すことにした。

 

 

「――ユージーン先輩は、フィン先輩とやり合いたいと思わないんですか?」

「必要があればな」

 

 

 ユージーンは振り返りもせずに答えた。序列や強さに興味がないのか、いやそんなはずはない。リーンハルトはさらに言葉を重ねた。

 

 

「僕たちは、この鎧なしで序列を授かったんですよ? 今なら対等な条件です。本当に強いのはどっちなのか――試してみたくないですか?」

 

 

 足取りは一向に変わらない。本当に頓着していないようだ。この人はあの“魔装狩りのフィン”に興味がないとでも?

 

 

「やりたきゃやれ。俺は否定しないし、止めもしない」

「――僕が負けるとでも?」

「とも、思わない。どんな勝負も、やってみないと分からないものさ」

 

 

 まるで「勝負したところで意味がない」――ひいては「リーンハルト(おまえ)ではフィンに勝てない」とでも言いたげな表現に、リーンハルトが凄むが、ユージーンはそれをひらりと躱した。嘘偽りなく、「必要がないから戦わない」というスタンスのようだ。リーンハルトはつくづく、この男のことが分からなかった。厭戦的というわけでは、当然ない。むしろ、暇さえあれば牛乳を飲んで体操をして無断出撃を繰り返し、最近は部下を巻き添えにして出撃記録を粉飾するという、姑息な手段を採るほどの戦闘狂だ。ただ、その戦意を向ける相手は常に帝国の敵対者で、味方の強さや思想信条にはさして関心がないらしい。リーンハルト自身はいつかこの男をも打倒してやりたいと思っているが、それについてさえどう思っているやら。

 

 

「だが――もうちょっと我慢していたら、もっと面白い戦いができるはずだ。それまで我慢するのも悪くないだろう」

 

 

 それだけ言い捨てると、ユージーンは新しい愛機『ロックスミス』に乗り込んだ。通算三十六回目の無断出撃である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『アデル、ケイト。迷惑をかけて済まなかった』

 

 

 ホルファート王国王都、王立学園学生寮。

 申し訳なさそうに眦を下げ、真摯に頭を深く下げたハーヴェイに対し、アデルとケイトはつんとそっぽを向いた。

 

 

「ふーんだ」

「ふーんだ」

『……それは、最近の婦女子のトレンドなのかい?』

 

 

 揃って明後日の方向に顔を逸らし、不満をありありと滲ませる二人に、ハーヴェイは閉口した。確かに酷薄な扱いをした自覚はあるが、ここまでされると取り付く島もない。

 

 

三行半(みくだりはん)で婚約破棄を叩きつける人のことなんて知らないわ」

「口先三寸で契約破棄する人のことなんて知らないっす」

『それは本当に済まなかった……』

 

 

 容赦なく口撃を浴びせる二人に、ハーヴェイはただじっと耐えることしかできなかった。罪を被る自分から一寸でも二人を遠ざけるためとはいえ、想定以上に二人を傷付けてしまっただろうか。

 

 

「まぁ、私は特別に寛容だから、“どーしてもアデル様と婚約したいです、お願いだから撤回させてください”って言うなら、許してあげてもいいけれど?」

「あたしも本邸に帰れるし、“どーしてもケイトさまがいいです、お願いだから再契約させてください”って言うなら、許してあげてもいいですけど」

『ここぞとばかりに……』

 

 

 これ見よがしに上から目線を叩きつける二人に対し、ハーヴェイは返答に窮するばかりだった。二人はよほど腹に据えかねているらしい。ハーヴェイ自身、このような仕打ちを受けても仕方ないと客観視できた。

 ――とはいえ、結論はもう決まっている。二人に応えるべき言葉は決まっている。

 

 

『――きみたちがそこまで言うのなら仕方ない。僕たちの縁はここまでだった。

 じゃあね、二人とも。きみたちの幸せを祈っている』

「えっ」

 

 

 予想外の返答に唖然とする二人の表情を見ることなく、ハーヴェイはさっと踵を返すと、そのまま部屋を出ていった。やるべきことは決して少なくない現状、結論の確定している些事に時間を費やしている場合ではない。

 

 

「ぼ、坊ちゃん! ――待って! 待って下さいよ!」

 

 

 部屋を出、足早に廊下を歩いていくハーヴェイに、ケイトが慌てて追い縋った。ハーヴェイは振り返りもせずにそれを無視した。

 廊下の曲がり角に男子生徒が出てきたのを見て、ハーヴェイはようやく立ち止まった。見れば、すっかり顔なじみのアーロンだ。

 

 

「兄貴!」

『――アーロン。二人のことは、任せた』

「え!? 急に何すか、いきなり!?」

 

 

 顔を合わせるなり急な命令を押し付けられたアーロンは、思わず戸惑いの声を上げた。

 

 

「坊ちゃんは――坊ちゃんは、それでいいんですか!?」

 

 

 改めて歩き出すハーヴェイの背中に、ケイトの涙声が飛んだ。その言葉に振り返る資格は、ハーヴェイにはなかった。

 

 

『――僕では、無理だ。きみたちを幸せにすることはできない。

 ()()()()()()()()()に、与えられる幸福なんかない』

 

 

 背後で泣き崩れるケイトの様子を感じながら、ハーヴェイは再び歩き出した。慌てて踵を返したアーロンにも構わない。

 真顔で感情を押し殺すハーヴェイに対し、アーロンがおずおずと口を開いた。

 

 

「――兄貴……その、いいんですか?」

『殺すことしか能のない“殺戮人形”に連れ添って、不幸な思いをさせる必要なんかない。

 ――誰よりも大事だからこそ、地獄に連れていくわけにはいかないんだ』

 

 

 自らの死を勘定に入れているハーヴェイは、揺らぐことなく言い捨てた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その足でリオンの屋敷にやってきたハーヴェイが目撃したのは、相変わらず思い悩むリオン当人だった。頭を抱えるように机に突っ伏している。

 

 

「うぐぐ……」

『まだやっているのかい、Mr.』

 

 

 「王になる」という現実が、よほど彼の覚悟を鈍らせているらしい。ハーヴェイとしても、その気持ちは分からないでもない。彼の本望は平穏無事な田舎生活であって、権謀術数渦巻く都会で鎬を削ることではなかったのだから。

 とはいえ、こればかりは本人が肚を決めて貰わなければならない。勝って生き延びるためには、まず避けられない現実なのだから。

 

 

『何やかんやでユリウス殿下らの協力も取り付けたのだろう? そろそろ観念するべきだと思うがね』

「でもー! 王様なんてやだー! やりたくないー!」

『これだけ実績を積み上げておいて、何を今更』

「政治やるなら俺じゃなくていいじゃん! 他の誰かでもいいじゃん! 何で俺なんだよー!!」

()()()()()()()貴族たちも付いてくるんだ。他の誰であろうと、代わりは務まらないよ』

 

 

 ハーヴェイの諫言に、リオンは腕を振り乱して叫んだ。子供の我儘そのものだった。

 これだけ偉業を重ねてきた身でありながら、リオン当人にはいまひとつ自覚がないらしい。確かにルクシオンの暴力ありきの功績ではあるものの、それを背景に様々な工作をしてきた。十全に、とはいかないまでも、それなり以上に使いこなしてきたと評するべきだろう。政治とは、つまりその積み重ねと言っていい。リオンはその才覚を、相応に証明してきてしまったのだ。

 

 

『こういう場合は、こう言うべきなのかな――いい加減覚悟を決めたまえ、このヘタレ』

「……自分だって、ケイトさんやアデルさんと仲直りしてない癖に」

『おっと。それ以上は戦争だよ』

 

 

 恨みがましい様子で睨みつけるリオンの言葉に、ハーヴェイは軽口を返した。しかし、その眼はぎらりと戦意の光を湛えている。

 軽口で相手の逆鱗を撫でる程度の余裕は戻ってきたらしい。そんなリオンはため息をひとつ吐くと、改めて口を開いた。

 

 

「――率直に聞きます。生き残れると思います?」

『こときみに関して、その憂慮は必要ないよ。きみはこの国で最も重要な人物となり、何が何でも護り抜くべき存在だ。きみ抜きの勝利はあり得ない』

「誤魔化さないでください」

 

 

 真剣な表情で言葉を重ねたリオンには、小手先の誤魔化しなど届かない気迫があった。口先三寸の欺瞞では誤魔化されない――そんな気迫が、その顔にはあった。

 ――まったく。こういうところは、「王の器」というべきなのかも知れない。ハーヴェイはため息を吐いて、本音を吐き出した。

 

 

『――……極めて厳しい――そう言わざるを得ないだろうな。

 王国戦力が集ったところで、所詮は寄せ集めだ。魔素まみれの要塞兵器に勝つことはできない。攻撃も防御も、ファクトを始めとするロストアイテムに依存することになるだろう。

 今から練兵も軍備もしている余裕がない。きみと僕が矢面に立ち、最前線で危険に晒されるのは必至だ。手数も練度も、遥かに優れた敵を前に』

 

 

 ハーヴェイの厳しい言葉に、リオンはがっくりと肩を落とした。無惨な現実にショックを受けているというよりは、予想通りの事実を突き付けられて落胆しているだけ、という様子に見えた。

 

 

「死ぬ気でやらないと勝てない。“勝った先の未来”なんて考えていられない――そんな人間が王になるなんて、詐欺みたいな話ですよ」

『……きみなりの誠実さ、と受け取っておこうか』

 

 

 俯いたまま零されたリオンの言葉を、ハーヴェイは否定できなかった。単純に「王になりたくない」という訳ではなく、「王になるわけにはいかない」という、責任感のようなものがあった。

 

 

「それに、今の王太子はあのジェイクでしょ。王位継承できませんハイ諦めて下さいなんて、絶対納得しませんよ。ゴネるに決まってます」

『それは、そうだろうが……』

 

 

 続けざまに放たれた主張に、ハーヴェイも頭を抱えた。何かと頑迷で扱いづらいジェイク――今の現状を正しく説明したところで、大人しく王位を譲るだろうか。

 

 

「だったら、俺が黙らせてきますよ!」

『アーロン。何をしている』

 

 

 そんな二人の沈黙を、どたどたと駆け込んでくるアーロンが破った。その手には、紙束のようなものが握られている。

 

 

『――……これは……』

「“ハウンズ”構成員の血判状です。全員、兄貴のために協力するって約束を取り付けてきました!」

 

 

 二人して目を丸くするハーヴェイとリオンを見て、アーロンが得意げに胸を張った。独立傭兵集団“ハウンズ”は、体裁上スピアリング家すらも容易に干渉できない立場にある。まだ本家も正式に動いていない状況から協力を承認させるとは、どんな手管を使ったのだろうか。――恫喝だろうな。恫喝でしょうね。二秒で結論が出た。

 

 

「ジェイクの奴が邪魔なら、俺が言って黙らせます! 俺一人倒せないようじゃ、兄貴たちを押し退けて王になるのも――まして帝国をブッ倒すこともできないでしょ」

『……いや待て、どんな理屈だそれは?』

「ってなわけでいってきます!」

「あ、ちょっと!」

 

 

 ジェイクは言いたい放題言い捨てると、さっそうと部屋を出ていった。二人の制止の声も、端から聞こえていたかどうか。

 嵐のように現れ、嵐のように通り過ぎていったアーロン。後には、呆然とする二人が取り残された。

 

 

「……ずっとあんな調子なんですか、彼」

『……見ての通りさ』

「同情します……お互い、面倒な部下ばっかり持ちましたね」

 

 

 思い込んだら一直線――まるで聞き分けの無い寄子たちを思い出して、リオンはげんなりした。

 ところで、ホルファート王国には「主従は相似る」という言葉があるとか、ないとか。

 

 

 

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