鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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03.集結

 数日後。ダンジョン探索から戻ってきたアインホルンを出迎えたのは、王都に集結する無数の軍艦だった。

 

 

「いったいどこからかき集めた?」

【千二百隻を超えていますね。まだ増加中です。こちらに向かってくる飛行船がいますから】

『……王国戦力を根こそぎ持ってくる勢いだね。まさに総力戦といった様相だ』

 

 

 このまま王都制圧さえ可能な大艦隊。時勢が時勢なら、王国転覆を疑っても(おか)しくはない。アインホルンに道を譲るべく艦隊運動を行う飛行船たちに、流石のリオンとハーヴェイも度肝を抜かれた。傍らのルクシオンでさえ、驚愕を隠せない様子だ。

 

 

【アンジェリカは約束を果たしましたね】

「――……そうだな」

 

 

 間違いなく、アンジェリカの手腕だろう。リオンを王に押し上げるために、彼女たちはここまでの大事を成した。

 

 

「――俺は、アンジェを信じていなかったのかな」

『無理もない。ここまで円滑に進むとは、僕も予想できなかった』

 

 

 ぽつりと呟いたリオンを、ハーヴェイが宥めた。ただでさえ王国が傾いている現状、裏切りは勘定に入れて然るべきだ。「あるいは我こそが」と画策する領主貴族さえいた可能性は高い。それら全員を説き伏せて、彼女たちは手駒に変えてみせたのだ。

 

 

【マスター、王国が一丸となれるなら勝率は大きく上がります】

「どれくらいだ?」

【五割に届きます】

 

 

 これだけ増えて、二割――少ないというべきか、あるいはそれほどアルカディアが脅威的というべきか。

 

 

「お前たちで三割なのに、残りの二割を王国が埋めるのか?」

【帝国の邪魔な戦力を相手にしてもらえるなら、勝率は大きく上がります】

「そいつは凄いな」

『――……多くの軍兵を囮に使い、多数の犠牲と引き換えにすることになるだろうね』

 

 

 ハーヴェイの補足に、リオンの顔がさっと曇った。彼とて本来は戦士ではない。軍兵とはいえ同じ人間の犠牲をすんなり容認できるほど、その精神は練成されていない。

 

 

「敵も味方も大勢死ぬな」

【マスターはまだ勘違いをしていますね。彼らを巻き込んだのはマスターではありません。彼らの戦いにマスターが巻き込まれたのです】

 

 

 まるで自分が巻き込んだ、と言わんばかりのリオンを、ルクシオンが宥めた。その慰めに価値があるか、どうか。

 

 

「……俺さ、王国は絶対に協力しないと思ってたんだ」

【はい】

「王族はローランドを筆頭に碌な奴がいないし。あ、でもミレーヌさんは別かな。エリカも良い子だ」

【――そうですか……】

『きみのミレーヌ様への執着は何なんだい……』

「ローランドの胤が悪いのかな」

 

 

 自分で言いながらくるくると手のひら返しをするリオンに、ハーヴェイとルクシオンは揃って閉口した。ローランドへの悪評を止めない辺り、この一人と一機も毒されている感は否めない。

 

 

「貴族もクソみたいな奴らばっかりだから、日和見を決め込むか、帝国に味方すると思ってたんだよ」

【実際にそうした動きがありました】

「なら、なんでここにこれだけ戦力が――?」

【ユリウスたちが動いた結果です。お忘れですか? 彼らの実家は名門の大貴族です。そして、彼らが実家を説得しました】

 

 

 そして、それらは成功した。つまりユリウスら名門貴族が従うからこそ、他の貴族たちも動いたということになる。

 リオンとハーヴェイは、しかしその事実を信じることができなかった。彼らと実家の関係は最悪で、一度は廃嫡、リオンの手引きで和解しかかったものの、ファンオース関係で余計な真似をして勘当――と、およそ協力関係など期待できなかったはずだ。何が彼らを動かし、そしてこれだけの成果を挙げさせてみせたのか。

 

 

『――……“莫迦と鋏は使いよう”、という奴かな』

「ちょ、言わないように言葉選んでたのに!」

 

 

 ハーヴェイの身も蓋もない言いように、リオンが慌ててツッコんだ。

 そのまま、アインホルンは王宮の船着き場へと進んだ。見れば、アンジェリカがこちらに向かって大きく手を振っている。

 

 

【マスター、アンジェリカが待っていますよ。――そして、アンジェリカは約束を果たしました】

「分かってるさ」

 

 

 ここまでお膳立てされてしまっては、リオンも逃げようがない。他ならぬ愛しい恋人が、自分のために奔走してくれたのだ。

 アインホルンを入庫し、桟橋から降りてくるリオンにアンジェリカが駆け寄り、ぎゅっと抱き締めた。

 

 

「心配させるな。連絡くらいしろ」

 

 

 涙声を聞くに、よほど心配していたらしい。リオンはその腰に軽く手を回し、とんとんと宥めるように抱き返した。

 

 

「王都に各地から戦力が集まっている」

「うん」

「悪いが、フレーザー家や他の国境を守る貴族たちは動かせない。それでも、これだけの戦力を集めた」

「エリヤの実家は大変だな」

「大変なのはこちらの方だ。だが、エリヤは実家を説得してきたぞ。お前を全面的に支持すると宣言してくれた」

「そいつはありがたいね」

 

 

 そのままやり取りを重ねていた二人だが、その様子をハーヴェイとルクシオンが見つめていることに気付き、恥ずかしくなってさっと離れた。

 ともあれ、このまま歓談という訳にはいかない。集った貴族たちをまとめ上げるために、リオンの演説が必要だ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 謁見の間。ずらりと整列する貴族たちを見て、リオンは少しだけたじろいだ。

 

 

「……壮観だな。ここまで集まるとは思ってなかった」

 

 

 己より一回りも二回りも年上、経験も実績も豊富な貴族当主たち。あるいはそれに混じって、学園で世話になった先輩たちもいる。父バルカスと兄ニックスもいる。決して味方ばかりではない雰囲気を前に、さしものリオンも緊張を隠せなかった。

 隣にはハーヴェイも、アンジェリカもいる。それでも、彼らに縋るわけにはいかない。他ならぬリオンが、彼らを説き伏せなければならない。

 

 

「正直に言わせて貰う。ここからの光景なんて見たくもなかったし、見れるとも思ってなかった。

 どうせお前ら貴族なんか、ぐちぐち文句ばかり並べて、で言うだけ言って働きゃしなくて、結局俺たちだけで戦争する羽目になると思ってたからな」

 

 

 始端は、遠慮も躊躇もない愚痴から。ざわざわと喧騒が生じるのを、リオンは怯むことなく見据えた。

 

 

「今、“このクソガキ共が調子に乗りやがって”って思った奴。――帰っていいぞ。ご苦労だった」

「ちょ、リオン君」

 

 

 きっぱりと言い放たれた言葉に、戸惑いを見せたのはジルクだ。自分たちが苦労して呼び集めたこの戦力を、丸々送り返す算段か!?

 しかしそんなジルクに構わず、リオンは続けた。

 

 

「事情を聞いて怪しんでいる連中もいるだろうが、実際に帝国が攻め込んできているのは事実だ。なりふり構わず動いているのも知っているだろう」

 

 

 旧人類と新人類、その生存競争――そんな話をどこまで説明されたのかは知らないが、はいそうですかと鵜呑みにした者は一人もいないだろう。リオン自身、ルクシオンという生き(?)証人がいなければまず信じていない。故に信じることができるのは、『帝国が動いている』という事実のみ。

 

 

「帝国は強い。切り札まで持ち出してきやがった。だから、今回ばかりは俺たちだけじゃどうにもならない。

 ――そんでもって、お前らが逃げ出すことも、悪とは思わない」

 

 

 だからこそ、リオンは言葉を重ねた。

 

 

「命のために全てを投げ出すことを、俺は悪だとは思わない。逃げたきゃ、逃げろ。命あっての物種ってやつだよ」

 

 

 周りがどう煽てようが、己自身はとんだ小物だ。自分の命より大事なものなどそうそう無い。――そして、同じように思う誰かの決断を、否定する資格はない。

 故にリオンは、逃げ道を用意した。たとえ死ぬ場所が戦場からベッドに変わろうと、たとえ一年一日程度の延命でしかなかろうと、生き延びるための選択肢を選ぶ資格はある。

 

 

「そんで、それでもここに残る連中。どうやら今回ばかりは、お前らの力を借りなきゃ何ともならないらしい。

 ――お願いです、力を貸して下さい」

 

 

 そしてリオンは頭を下げた。正真正銘、心の底からの懇願だった。俺たちのために、未来のために、死んでください――

 貴族たちはしばらくそれを見守ると、互いに顔を見合わせ、それぞれに驚愕する様子を見た。

 

 

「明日は季節外れの雪でも降ってくるかな?」

「槍が降ってくるのではないか?」

「バルトファルト公爵が頭を下げたと言ったら、誰も信じてくれそうにないな」

 

 

 笑い交じりの貴族たちの言葉に、リオンは思わず顔を上げた。

 

 

「――……あれ、いいの? 誰も帰ってなくない?」

 

 

 王の器も何もない、ぽかんとした間抜けな表情のリオンを見て、ジルクがやれやれとため息を吐いた。

 

 

「事前にしっかりと説明させてもらいましたよ。貴方はいつも詰めが甘いですからね」

「お前には言われたくない」

 

 

 「こんなこともあろうかと」と得意げに煽るジルクと、それをむっと睨むリオン。傍から見れば似た者同士である。

 そんなやり取りはさておき――ドミニク・フォウ・モットレイ伯を嚆矢に、レッドグレイブ派閥の貴族たちが次々に整列した。それに続くように、元フランプトン派、第三勢力――残る貴族たちが整然と並ぶ。

 

 

「リオン殿――いえ、リオン様、侮らないでいただこう。私たちとて意地がある。未来の我が子のために、命を賭けるのを恐れるとでも?」

 

 

 モットレイ伯の言葉は、往時と変わらぬリオンの弁舌の効果を表していた。相変わらず煽動家(アジテーター)としては不足もいいところだが、聞く者の矜持を傷付け、負けて堪るかと奮起させる、独特の話術。――何より、尻の青い若造たった一人に全てを背負わせているという事実が、彼らの意志を固めた。

 

 

「そしてこの命――リオン様に預けましょう」

 

 

 そして彼らは、一斉に膝をついた。

 

 

「改めてこちらからお願いいたします。今一度、王国のためにお力をお貸しください。それが、我らの願いです」

 

 

 年若い後嗣が膝をついた。壮年の紳士が膝をついた。老翁が恭しく膝をついた。まさにリオンを、次代を率いる王と見定めた。

 

 

「――俺は反対だ」

 

 

 そんな中、一人だけ立ち尽くす者がいた。第二王子、王位継承権第一位、王太子ジェイク・ラファ・ホルファートである。

 

 

「ジェイク殿下。しかし」

「今この国を救えるのは、バルトファルト様だけです」

「だとしてもだ!」

 

 

 周囲の諫言にも構わず、ジェイクは叫んだ。仕方もあるまい、と誰ともなく共感した。

 

 

「王位継承者の一人として、努力を積み重ねてきた! 王太子になってからも、その意思は変わらなかった!

 それが、ぽっと出の脅威で情勢が変わって、王位継承は取りやめです明日からただの市民ですなどと言われて、納得できると思うのか!?」

 

 

 ジェイクの主張は見境なき我儘でもあり、当然の主張でもあった。王朝とは、すなわち正当性の威光だ。「時勢だから」の一言で横紙破りがまかり通るなら、社会秩序は成立しない。

 

 

「故に、バルトファルト――次なる王位を賭けて、貴様に決闘を申し込む!

 王位が欲しくば、この俺を倒してから進め! この程度の障害も乗り越えられない者に、みすみす譲る気はない!!」

 

 

 ジェイクは激情のまま、手袋をさっと外してリオンに投げつけた。宙を落ちていった白い手袋に、貴族たちはどうすることもできない。

 

 

「ジェイク殿下、今はそれどころでは」

「我儘を仰っている場合ではありません」

「黙れカール! 黙れラングレン! 子供の癇癪と侮るな!」

 

 

 ゆらりと空気が歪むような気迫を見せるジェイクに、周囲の貴族たちは諫言の言葉を失った。彼なりにこの国の未来を憂い、自らの力を以て率いようとしているのだ。

 それでも、謁見の間の空気は変えられない。リオンが王にならなければ、この国はまとまらない。

 

 

『ジェイク殿下、流石に――』

「――いいでしょう。受けます」

 

 

 止めにかかろうとしたハーヴェイを手で制し、リオンは応えた。

 

 

「文句があるなら、ここで白黒はっきりさせとかないと。不満たらたらで付いてくるような連中に、背中を任せることなんてできない。

 ――ジェイク、お前じゃやれない。俺が全部背負わないと、みんなを救えないんだ」

 

 

 リオンは毅然と顔を上げ、きっぱりと言い放った。床に落ちた手袋を拾い上げ、躊躇なく投げ返す。決闘の作法はここに成立した。

 往時の冴えない様子など微塵も見せない、覚悟を決めたリオンの瞳が、睨みつけるジェイクと真正面からぶつかり合った。

 

 

「私は――私たちは、そんなに頼りないのか」

 

 

 無言の衝突に、先に揺らいだのはジェイクの方だった。

 武力、経済力、政治実績――どれを取っても、リオンを上回る要素がない。リオン以上の旗頭が、存在しない。

 

 

「――……あとは任せた、バルトファルト。不甲斐ない王家で、済まない」

 

 

 ジェイクは手袋を握りしめたまま、悔し涙を堪えながら引き下がった。

 これで、リオンの障害はなくなった。後は帝国を迎え撃つべく準備を――焦燥に駆られた兵士が飛び込んできたのは、その時だった。

 

 

「ファンオース公爵家の艦隊が接近中! 共和国の艦隊もこちらに向かっていると報告が来ています!」

 

 

 予想外の事態に、謁見の間がさぁっと緊張感に呑まれた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 結果として、この緊張は杞憂だった。ファンオース公爵家とアルゼル共和国、それぞれが王国への加勢にやってきたのだった。

 数としては、合わせて三百隻ほど。驚異的な増強というには、少し物足りない。それでも貴重な戦力には変わりない。

 緊張が解けた隙を縫い、ハーヴェイの前にスピアリング侯当主ダグラスと、“黄道十四宮(ゾディアック)”首席隊長モーガンが立った。

 

 

「どの面を下げて現れたのだ、お前は」

『申し訳ありません、父上』

 

 

 父の厳しい叱責に、ハーヴェイはただ目を伏せるばかりだった。独断行動に加え、“黄道十四宮(ゾディアック)”の襲撃とAC簒奪という騒乱。状況が状況でなければ、隊長の地位剥奪は当然だった。最初に打った手が第三隊“牡牛(タウルス)”による身柄確保で、次兄セドリックに見極めさせるという温情があったと言っても過言ではない。

 普段は好き放題に動く癖に、肝心なところで他者を信用しない我が子に、ダグラスは大きなため息を吐いた。

 

 

「――……事の仔細は、アギラル教授から聞いた。

 確かに、お前たちの判断も分からんでもない。常識的に考えて、まず信じないだろう。おかしな被害妄想に囚われたと、医者を呼ぶところだ」

 

 

 ダグラスの言葉に、ハーヴェイは顔を上げなかった。まさにそれを憂慮し、ために“黄道十四宮(ゾディアック)”という戦力を机上から外したのだ。実際、こうしてアンジェリカの説得があるまで招集に応じなかった辺り、手放しで支持しなかったことは想像に難くない。

 

 

「その上で問う。我々は、そんなに頼りないか」

 

 

 首席隊長モーガンの言葉に、ハーヴェイははっと顔を上げた。

 そこには、深い皺を刻んだ二人の戦士がいた。百戦錬磨、あらゆる脅威を退けてきた“戦争屋侯爵”の鋭い眼光があった。

 

 

「我々では勝てないと軽んじたか。尻尾を巻いて逃げ出すと侮ったか。お前の父は、そんなにも情けないか」

『――……とんでもない。誰よりも、心強い味方です』

 

 

 それは不器用なハーヴェイの実父らしい、不器用な激励だった。お前たちは、一人ではない。我々が、お前たちの味方となる――その覚悟を受け取ったハーヴェイは、その胸に知らない感情を抱きながら、二人の言葉を受け取った。

 

 

「スピアリング家当主として、“黄道十四宮(ゾディアック)”第九隊“(スコーピオ)”隊長に命じる。ヴォルデノワ帝国の侵攻を撃退すべく、総司令官リオン・フォウ・バルトファルト公爵閣下を補佐せよ」

『承知いたしました』

 

 

 スピアリング侯当主ダグラスの命令によって、ハーヴェイは第九隊“(スコーピオ)”隊長に復帰した。今度こそ、家族と――この国で一丸となって戦うことができる。

 

 

 

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