数日後。ダンジョン探索から戻ってきたアインホルンを出迎えたのは、王都に集結する無数の軍艦だった。
「いったいどこからかき集めた?」
【千二百隻を超えていますね。まだ増加中です。こちらに向かってくる飛行船がいますから】
『……王国戦力を根こそぎ持ってくる勢いだね。まさに総力戦といった様相だ』
このまま王都制圧さえ可能な大艦隊。時勢が時勢なら、王国転覆を疑っても
【アンジェリカは約束を果たしましたね】
「――……そうだな」
間違いなく、アンジェリカの手腕だろう。リオンを王に押し上げるために、彼女たちはここまでの大事を成した。
「――俺は、アンジェを信じていなかったのかな」
『無理もない。ここまで円滑に進むとは、僕も予想できなかった』
ぽつりと呟いたリオンを、ハーヴェイが宥めた。ただでさえ王国が傾いている現状、裏切りは勘定に入れて然るべきだ。「あるいは我こそが」と画策する領主貴族さえいた可能性は高い。それら全員を説き伏せて、彼女たちは手駒に変えてみせたのだ。
【マスター、王国が一丸となれるなら勝率は大きく上がります】
「どれくらいだ?」
【五割に届きます】
これだけ増えて、二割――少ないというべきか、あるいはそれほどアルカディアが脅威的というべきか。
「お前たちで三割なのに、残りの二割を王国が埋めるのか?」
【帝国の邪魔な戦力を相手にしてもらえるなら、勝率は大きく上がります】
「そいつは凄いな」
『――……多くの軍兵を囮に使い、多数の犠牲と引き換えにすることになるだろうね』
ハーヴェイの補足に、リオンの顔がさっと曇った。彼とて本来は戦士ではない。軍兵とはいえ同じ人間の犠牲をすんなり容認できるほど、その精神は練成されていない。
「敵も味方も大勢死ぬな」
【マスターはまだ勘違いをしていますね。彼らを巻き込んだのはマスターではありません。彼らの戦いにマスターが巻き込まれたのです】
まるで自分が巻き込んだ、と言わんばかりのリオンを、ルクシオンが宥めた。その慰めに価値があるか、どうか。
「……俺さ、王国は絶対に協力しないと思ってたんだ」
【はい】
「王族はローランドを筆頭に碌な奴がいないし。あ、でもミレーヌさんは別かな。エリカも良い子だ」
【――そうですか……】
『きみのミレーヌ様への執着は何なんだい……』
「ローランドの胤が悪いのかな」
自分で言いながらくるくると手のひら返しをするリオンに、ハーヴェイとルクシオンは揃って閉口した。ローランドへの悪評を止めない辺り、この一人と一機も毒されている感は否めない。
「貴族もクソみたいな奴らばっかりだから、日和見を決め込むか、帝国に味方すると思ってたんだよ」
【実際にそうした動きがありました】
「なら、なんでここにこれだけ戦力が――?」
【ユリウスたちが動いた結果です。お忘れですか? 彼らの実家は名門の大貴族です。そして、彼らが実家を説得しました】
そして、それらは成功した。つまりユリウスら名門貴族が従うからこそ、他の貴族たちも動いたということになる。
リオンとハーヴェイは、しかしその事実を信じることができなかった。彼らと実家の関係は最悪で、一度は廃嫡、リオンの手引きで和解しかかったものの、ファンオース関係で余計な真似をして勘当――と、およそ協力関係など期待できなかったはずだ。何が彼らを動かし、そしてこれだけの成果を挙げさせてみせたのか。
『――……“莫迦と鋏は使いよう”、という奴かな』
「ちょ、言わないように言葉選んでたのに!」
ハーヴェイの身も蓋もない言いように、リオンが慌ててツッコんだ。
そのまま、アインホルンは王宮の船着き場へと進んだ。見れば、アンジェリカがこちらに向かって大きく手を振っている。
【マスター、アンジェリカが待っていますよ。――そして、アンジェリカは約束を果たしました】
「分かってるさ」
ここまでお膳立てされてしまっては、リオンも逃げようがない。他ならぬ愛しい恋人が、自分のために奔走してくれたのだ。
アインホルンを入庫し、桟橋から降りてくるリオンにアンジェリカが駆け寄り、ぎゅっと抱き締めた。
「心配させるな。連絡くらいしろ」
涙声を聞くに、よほど心配していたらしい。リオンはその腰に軽く手を回し、とんとんと宥めるように抱き返した。
「王都に各地から戦力が集まっている」
「うん」
「悪いが、フレーザー家や他の国境を守る貴族たちは動かせない。それでも、これだけの戦力を集めた」
「エリヤの実家は大変だな」
「大変なのはこちらの方だ。だが、エリヤは実家を説得してきたぞ。お前を全面的に支持すると宣言してくれた」
「そいつはありがたいね」
そのままやり取りを重ねていた二人だが、その様子をハーヴェイとルクシオンが見つめていることに気付き、恥ずかしくなってさっと離れた。
ともあれ、このまま歓談という訳にはいかない。集った貴族たちをまとめ上げるために、リオンの演説が必要だ。
◇ ◇ ◇
謁見の間。ずらりと整列する貴族たちを見て、リオンは少しだけたじろいだ。
「……壮観だな。ここまで集まるとは思ってなかった」
己より一回りも二回りも年上、経験も実績も豊富な貴族当主たち。あるいはそれに混じって、学園で世話になった先輩たちもいる。父バルカスと兄ニックスもいる。決して味方ばかりではない雰囲気を前に、さしものリオンも緊張を隠せなかった。
隣にはハーヴェイも、アンジェリカもいる。それでも、彼らに縋るわけにはいかない。他ならぬリオンが、彼らを説き伏せなければならない。
「正直に言わせて貰う。ここからの光景なんて見たくもなかったし、見れるとも思ってなかった。
どうせお前ら貴族なんか、ぐちぐち文句ばかり並べて、で言うだけ言って働きゃしなくて、結局俺たちだけで戦争する羽目になると思ってたからな」
始端は、遠慮も躊躇もない愚痴から。ざわざわと喧騒が生じるのを、リオンは怯むことなく見据えた。
「今、“このクソガキ共が調子に乗りやがって”って思った奴。――帰っていいぞ。ご苦労だった」
「ちょ、リオン君」
きっぱりと言い放たれた言葉に、戸惑いを見せたのはジルクだ。自分たちが苦労して呼び集めたこの戦力を、丸々送り返す算段か!?
しかしそんなジルクに構わず、リオンは続けた。
「事情を聞いて怪しんでいる連中もいるだろうが、実際に帝国が攻め込んできているのは事実だ。なりふり構わず動いているのも知っているだろう」
旧人類と新人類、その生存競争――そんな話をどこまで説明されたのかは知らないが、はいそうですかと鵜呑みにした者は一人もいないだろう。リオン自身、ルクシオンという生き(?)証人がいなければまず信じていない。故に信じることができるのは、『帝国が動いている』という事実のみ。
「帝国は強い。切り札まで持ち出してきやがった。だから、今回ばかりは俺たちだけじゃどうにもならない。
――そんでもって、お前らが逃げ出すことも、悪とは思わない」
だからこそ、リオンは言葉を重ねた。
「命のために全てを投げ出すことを、俺は悪だとは思わない。逃げたきゃ、逃げろ。命あっての物種ってやつだよ」
周りがどう煽てようが、己自身はとんだ小物だ。自分の命より大事なものなどそうそう無い。――そして、同じように思う誰かの決断を、否定する資格はない。
故にリオンは、逃げ道を用意した。たとえ死ぬ場所が戦場からベッドに変わろうと、たとえ一年一日程度の延命でしかなかろうと、生き延びるための選択肢を選ぶ資格はある。
「そんで、それでもここに残る連中。どうやら今回ばかりは、お前らの力を借りなきゃ何ともならないらしい。
――お願いです、力を貸して下さい」
そしてリオンは頭を下げた。正真正銘、心の底からの懇願だった。俺たちのために、未来のために、死んでください――
貴族たちはしばらくそれを見守ると、互いに顔を見合わせ、それぞれに驚愕する様子を見た。
「明日は季節外れの雪でも降ってくるかな?」
「槍が降ってくるのではないか?」
「バルトファルト公爵が頭を下げたと言ったら、誰も信じてくれそうにないな」
笑い交じりの貴族たちの言葉に、リオンは思わず顔を上げた。
「――……あれ、いいの? 誰も帰ってなくない?」
王の器も何もない、ぽかんとした間抜けな表情のリオンを見て、ジルクがやれやれとため息を吐いた。
「事前にしっかりと説明させてもらいましたよ。貴方はいつも詰めが甘いですからね」
「お前には言われたくない」
「こんなこともあろうかと」と得意げに煽るジルクと、それをむっと睨むリオン。傍から見れば似た者同士である。
そんなやり取りはさておき――ドミニク・フォウ・モットレイ伯を嚆矢に、レッドグレイブ派閥の貴族たちが次々に整列した。それに続くように、元フランプトン派、第三勢力――残る貴族たちが整然と並ぶ。
「リオン殿――いえ、リオン様、侮らないでいただこう。私たちとて意地がある。未来の我が子のために、命を賭けるのを恐れるとでも?」
モットレイ伯の言葉は、往時と変わらぬリオンの弁舌の効果を表していた。相変わらず
「そしてこの命――リオン様に預けましょう」
そして彼らは、一斉に膝をついた。
「改めてこちらからお願いいたします。今一度、王国のためにお力をお貸しください。それが、我らの願いです」
年若い後嗣が膝をついた。壮年の紳士が膝をついた。老翁が恭しく膝をついた。まさにリオンを、次代を率いる王と見定めた。
「――俺は反対だ」
そんな中、一人だけ立ち尽くす者がいた。第二王子、王位継承権第一位、王太子ジェイク・ラファ・ホルファートである。
「ジェイク殿下。しかし」
「今この国を救えるのは、バルトファルト様だけです」
「だとしてもだ!」
周囲の諫言にも構わず、ジェイクは叫んだ。仕方もあるまい、と誰ともなく共感した。
「王位継承者の一人として、努力を積み重ねてきた! 王太子になってからも、その意思は変わらなかった!
それが、ぽっと出の脅威で情勢が変わって、王位継承は取りやめです明日からただの市民ですなどと言われて、納得できると思うのか!?」
ジェイクの主張は見境なき我儘でもあり、当然の主張でもあった。王朝とは、すなわち正当性の威光だ。「時勢だから」の一言で横紙破りがまかり通るなら、社会秩序は成立しない。
「故に、バルトファルト――次なる王位を賭けて、貴様に決闘を申し込む!
王位が欲しくば、この俺を倒してから進め! この程度の障害も乗り越えられない者に、みすみす譲る気はない!!」
ジェイクは激情のまま、手袋をさっと外してリオンに投げつけた。宙を落ちていった白い手袋に、貴族たちはどうすることもできない。
「ジェイク殿下、今はそれどころでは」
「我儘を仰っている場合ではありません」
「黙れカール! 黙れラングレン! 子供の癇癪と侮るな!」
ゆらりと空気が歪むような気迫を見せるジェイクに、周囲の貴族たちは諫言の言葉を失った。彼なりにこの国の未来を憂い、自らの力を以て率いようとしているのだ。
それでも、謁見の間の空気は変えられない。リオンが王にならなければ、この国はまとまらない。
『ジェイク殿下、流石に――』
「――いいでしょう。受けます」
止めにかかろうとしたハーヴェイを手で制し、リオンは応えた。
「文句があるなら、ここで白黒はっきりさせとかないと。不満たらたらで付いてくるような連中に、背中を任せることなんてできない。
――ジェイク、お前じゃやれない。俺が全部背負わないと、みんなを救えないんだ」
リオンは毅然と顔を上げ、きっぱりと言い放った。床に落ちた手袋を拾い上げ、躊躇なく投げ返す。決闘の作法はここに成立した。
往時の冴えない様子など微塵も見せない、覚悟を決めたリオンの瞳が、睨みつけるジェイクと真正面からぶつかり合った。
「私は――私たちは、そんなに頼りないのか」
無言の衝突に、先に揺らいだのはジェイクの方だった。
武力、経済力、政治実績――どれを取っても、リオンを上回る要素がない。リオン以上の旗頭が、存在しない。
「――……あとは任せた、バルトファルト。不甲斐ない王家で、済まない」
ジェイクは手袋を握りしめたまま、悔し涙を堪えながら引き下がった。
これで、リオンの障害はなくなった。後は帝国を迎え撃つべく準備を――焦燥に駆られた兵士が飛び込んできたのは、その時だった。
「ファンオース公爵家の艦隊が接近中! 共和国の艦隊もこちらに向かっていると報告が来ています!」
予想外の事態に、謁見の間がさぁっと緊張感に呑まれた。
◇ ◇ ◇
結果として、この緊張は杞憂だった。ファンオース公爵家とアルゼル共和国、それぞれが王国への加勢にやってきたのだった。
数としては、合わせて三百隻ほど。驚異的な増強というには、少し物足りない。それでも貴重な戦力には変わりない。
緊張が解けた隙を縫い、ハーヴェイの前にスピアリング侯当主ダグラスと、“
「どの面を下げて現れたのだ、お前は」
『申し訳ありません、父上』
父の厳しい叱責に、ハーヴェイはただ目を伏せるばかりだった。独断行動に加え、“
普段は好き放題に動く癖に、肝心なところで他者を信用しない我が子に、ダグラスは大きなため息を吐いた。
「――……事の仔細は、アギラル教授から聞いた。
確かに、お前たちの判断も分からんでもない。常識的に考えて、まず信じないだろう。おかしな被害妄想に囚われたと、医者を呼ぶところだ」
ダグラスの言葉に、ハーヴェイは顔を上げなかった。まさにそれを憂慮し、ために“
「その上で問う。我々は、そんなに頼りないか」
首席隊長モーガンの言葉に、ハーヴェイははっと顔を上げた。
そこには、深い皺を刻んだ二人の戦士がいた。百戦錬磨、あらゆる脅威を退けてきた“戦争屋侯爵”の鋭い眼光があった。
「我々では勝てないと軽んじたか。尻尾を巻いて逃げ出すと侮ったか。お前の父は、そんなにも情けないか」
『――……とんでもない。誰よりも、心強い味方です』
それは不器用なハーヴェイの実父らしい、不器用な激励だった。お前たちは、一人ではない。我々が、お前たちの味方となる――その覚悟を受け取ったハーヴェイは、その胸に知らない感情を抱きながら、二人の言葉を受け取った。
「スピアリング家当主として、“
『承知いたしました』
スピアリング侯当主ダグラスの命令によって、ハーヴェイは第九隊“