アルカディア、進軍開始。
その知らせは瞬く間に伝わり、ホルファート―アルゼル連合軍は慌てて軍備を整え、連合艦隊を展開した。一隻分でも近づかせぬとばかりに大陸から遠く離れ、リオンの浮島を拠点として大規模艦隊を編成する。
旗艦は、リコルヌ。“聖樹の若木”に加え、かつて沈んだ“王家の船”の装置を組み込んだ多機能艦船だ。役割は多い。魔素の吸収による大気の調整から始まり、アルカディアの行動予測、魔導シールドの展開、味方への念話通信――魔素に冒されて窮地を迎えている旧人類として、魔素に縋らなければ成立しない兵器を用いるのは皮肉な話だ。
そんなリコルヌの管制を務めるのは、“聖女”マリエ――ではなく、“王家の船”に共鳴したオリヴィアとアンジェリカ。彼女たちの異能をも増幅活用して、味方との協働に使う。ロボットたちがせわしなく動く船内で、二人は見覚えのある人姿を見つけた。
「お前たち……」
そこにいたのは、アデルとケイトだった。人ならぬ姿のロボットたちが行き交うさまに戸惑いつつ、二人はアンジェリカの呼びかけに気付くと、きりりと表情を正した。
「貴女たちは作戦に集中しないといけないんでしょう? 他の細々したことは、私たちが務めるわ」
「不慣れなこともありますけど、全力で頑張ります。あたしたちにも手伝わせてください」
二人の言葉に、アンジェリカとオリヴィアは顔を見合わせた。毅然とした態度を見せる二人は、しかしどこか思い詰めた表情をしている。大戦前の緊張というよりは、もっと別種の。
「スピアリングのことは、いいのか」
「――……そのハーヴェイと、喧嘩してしまったの」
アンジェリカの問いに、二人は揃って顔を曇らせた。良くも悪くも、分かりやすい主従だった。
「まだ謝ってもいないし、謝ってもらってないわ。こんな状態で、彼と別れたくないの」
「……気持ちは分かるさ」
待っているだけではいられない。愛する人のために、どんなことでも尽くしたい――アンジェリカ自身同じように思っている通り、二人は焦燥感に駆られていた。それを理屈で押し止めることができるほど、アンジェリカも理性的な人間ではなかった。
「大丈夫です」
代わりに、オリヴィアがきっぱりと答えた。
「リオンさんもハーヴェイさんも、必ず守ってみせます。そのためなら、何だってできます。そうでしょう?」
力強いその言葉に、アデルとケイトは揃って目をぱちくりとさせた。二人にとって、彼女は何というか――自己主張が少ないというか、押しに弱いというか、そんな嫋やかな人物だった。しかしその根底には、揺らがぬ強い芯がある。それがアンジェリカやノエルをも差し置いて、このリコルヌを押し上げる力に変わっているのだろう。
びーびーと、甲高いアラート音が鳴り響いたのはその時だった。
真っ先に反応したクレアーレが、宇宙空母ファクトからの通信を受けた。中央スクリーンに投射される【FACT】の無機質な文字が、しかし真っ赤な警告表示とともにメッセージを伝えてきた。
【高熱源反応感知】
【――シールド出力最大!】
その短く端的な警告を聞きつけたクレアーレが、即座に魔導シールドを展開した。艦隊の支配空域全体を覆うように広く、そして厚く。
「え? 何?」
事態の急変に追い付けないノエルの視線の先で、何かが光った。
水平線の彼方で光が一筋走ったかと思うと、リコルヌ全体が激しい衝撃に揺さぶられた。
◇ ◇ ◇
【敵主砲、射程距離および射撃精度を上方修正】
宇宙空母ファクト。人手を要せず人間の乗組員を有しない旧人類兵器の数々は、敵の攻撃による衝撃に耐えつつ、冷静に状況を分析していた。
目視圏外からの攻撃――アルカディアの主砲攻撃で間違いない。旧文明末期の大戦時、いやそれを上回ろうかという凄絶な攻撃に、評価を上方修正せざるを得なかった。
【シールド艦、一隻大破】
【友軍艦隊の被害なし】
【次のシールド艦を前へ】
友軍――ホルファート―アルゼル連合艦隊には、光学シールドに特化した防御艦をあらかじめ配備している。だがそのシールド艦、加えて旗艦リコルヌによる魔導シールドを貫通して攻撃を与えてきたという事実に、ファクトらが歯噛みする機能はなかった。ただ機械的に、右から順に次なる
無論、それだけで戦争に勝てるはずもない。ファクトは先の一撃から、すぐさまアルカディア主砲の解析を始めた。
【敵主砲、次弾装填時間を計測――推定、一千八百秒後】
【帝国軍の艦隊、アルカディアの前に展開】
【敵支配下のモンスター、急速接近中】
その間にも、麾下の軍艦から次々に報告が上がる。コアジェネレータから放出した魔素でモンスターを誘引し、こちらの当て馬にする気だろう。復活したばかりで修理も急拵えなこちら側を疲弊させ、激突前に戦力を削ぐつもりか。
【機動兵器部隊を展開。迎撃開始】
ファクト麾下の軍艦から、一斉に機動鎧が飛び出した。戦闘機もかくやとばかりに音速で飛来する先鋒のモンスターたちを、無人機の機動隊で迎撃する。その間に、軍艦たちは主砲の発射準備を整えた。
【順次発射】
ファクトの号令とともに、麾下の軍艦から砲撃が放たれた。巨大光学レーザーキャノン、長砲身レールキャノン――現代では再現できないオーパーツの数々が、その真価を発揮し、モンスター群を貫通して彼方のアルカディアに浴びせられる。
しかし――
【シールドを確認。魔導障壁と断定】
【味方の光学兵器を無効化。味方、射程距離および射撃精度を下方修正】
超広域レーダー越しに感知した巨大要塞アルカディアは、無傷だった。無数の魔法陣に守られ、周辺の帝国艦隊すら減らせていない。敵障壁が強固すぎるのか、味方兵器の経年劣化がひどいのか。いずれにせよ、長距離砲撃戦は分が悪いようだ。
【アルカディアに接近する。友軍艦隊へ前進を勧告】
ファクトは友軍旗艦リコルヌにメッセージを押し付けると、麾下とともに突撃すべく艦隊運動を始めた。ファクト自身は最低限の攻撃能力しかない空母だが、どのみち機動鎧を射程圏内に送り出すには、ある程度接近しなければならない。それを積み上げて、『アルカディア破壊』という結果を叩き出すしかない。
だが……
【――友軍の評価を下方修正。前進速度を下げ、二隻を後方へ回せ】
遅々として進まない連合艦隊に、ファクトは局面展開の変更を余儀なくされた。ホルファート王国軍、ファンオース公爵軍、アルゼル共和国軍――いがみ合っていた三者が、急に肩を組んで決戦などと言われても、そうそう対応できるものではない。そもそも戦闘規模が大きすぎる。艦船性能も練度も異なる軍がひとまとめになったところで、容易く動きはしないものだ。
【帝国軍の評価を下方修正】
唯一の朗報は、アルカディアが擁する帝国軍も似たり寄ったりという事実だろう。積極戦闘を旨としない、これまでのヴォルデノワ帝国という歴史が、『進撃』という似つかわしくない戦闘行動に枷を与えていた。
【モンスターの集団、艦隊の攻撃を突破してきます】
【友軍、巡航速度低下。魔導鎧を展開しています】
再び、麾下の軍艦から報告が上がる。連合艦隊はアルカディアからの攻撃とモンスターの大群に動揺し、その場に留まって格闘戦を開始するつもりらしい。【これだから人間は】などとため息を吐く機能は、搭載されていなかった。
【再度前進を勧告。アルカディアに接近できなければ、こちらは一方的に攻撃を受けるだけだ】
黙々と戦況分析を続け、勝手に戦い始めるファクトら旧人類兵器に、ひとつの通信が割り込んだ。
『進みなさい! 全力で進軍よ!』
聞き覚えの無い女の声。声音からして十代だろう。旗艦リコルヌによる独自の通信回路を知らないのか、オープン回線で怒鳴り散らしていた。
『ガタガタ文句言わない! 怯えて足が止まってたら、それこそ狙い撃ちでしょう! チェスも知らないの、貴方たちは!』
『ちょ、アデル様。言い方』
『戦うと決意したんでしょう!? それでも男なの、この意気地なし共!!』
回線の向こう側から泣き言でもあったらしい、それをも黙らせる、苛烈な叱咤。連合艦隊は、小娘の遠慮も容赦もない罵声に尻を叩かれる形で、慌てて艦隊運動を再開した。
【接触まで、二度の主砲による攻撃が予想されます】
【残存するシールド艦は三隻】
それでも、見えない敵から撃たれる恐怖は、重い足枷のように艦隊全体を鈍らせる。このままでは激突前にシールド艦を使い潰してしまう、一向に埒が明かない――そう思考していたファクトのカメラを遮るように、ある船団が速度を上げた。
『王国軍の皆さんは随分と足が遅いようね』
旗艦リコルヌ、いや艦隊全体を嘲笑うかのような言葉と共に、艦隊の一部がずいずいと進み出る。ファクトら旧人類兵器の与り知らぬところだったが、ファンオース公爵艦隊を率いるヘルトルーデ・セラ・ファンオース公爵の声だった。
『これでは、ファンオース公爵家が一番槍かしら? 殿方は口先ばかりでいけないわ』
『――聞き捨てなりませんね。では、アルゼル共和国が先陣を切らせていただきましょう』
それに応報するかのように、また別の船団が進み出る。今度はエリク・レタ・バリエル率いる共和国艦隊だ。
『勇敢なる共和国の兵士たちよ! この程度の戦い、あの悪夢と比べればどうということはない! 恐れず進め!』
【……何だ? 何故、このような挑発で速度を上げた?】
「進軍しろ」と命令されているはずなのだから、黙って命令に従えばいい。恐怖に動きが硬直するのなら、それも生命として仕方ない――しかし何故、意味のない挑発で戦意を取り戻すのだ?
ファクトら機械が困惑を深めている傍ら、オープン回線での煽り合いは続いた。
『聖女様の前で見栄を張りたいのかしら?』
『姉御――んっ! 聖女様に我々の勇姿を見てもらえるなら光栄だ。だが、我々は勇敢なる共和国軍である! この程度で尻込みするような腑抜けではない!』
ファクトら機械にとっては、何が何やらさっぱりなやり取りである。というか、話すことがあるなら個別に回線を繋いでほしい。いくら自分たち機械兵器の論理回路に影響がないとはいえ、作戦上重要ではない音声はノイズでしかないのだが。
『ファンオースが図に乗るな!』
『共和国の軍が勇敢だと? 向こうでは“勇敢”という言葉の意味が違うらしい』
『奴らに遅れるな! 王国の意地を見せろ!』
そしてついに、王国軍本隊まで乗っかり始めた。黙ってエンジンを動かしゃいいものを、いちいち恥ずかしくないのだろうか。
【――理解不能……】
あまりの不条理、あまりの困惑に、ファクトの論理回路がショートせず、なおかつ想定より早く帝国軍へ接触可能になったのは、偏に僥倖と言っていいだろう。
◇ ◇ ◇
約一時間後。ついにアルカディアと帝国本隊を射程圏内に捉えた連合艦隊は、その威容に慄きつつも、ようやく反撃の手段を手繰り寄せた。
『これであの攻撃も使えまい。全軍、可能な限り敵に近付け!』
敵艦隊の姿が捉えられないまま、味方の機械兵器たちが砲撃を受け爆散していくのを見せられてきた人間の兵士たちにとっては、ようやく霧が晴れた気分だ。連合艦隊は、次々に魔導鎧部隊を展開し始めた。当然、そこにはスピアリング侯爵家の“
「首席隊長、我々も」
「――うむ。実働部隊、全隊出撃せよ!」
部下の促しに、首席隊長モーガンは少しだけ逡巡を見せつつも、部隊の出撃を命じた。迷っていても、勝てない。往時の“守護神”をも超えようかという脅威を排除しなければ、自分たちの未来はないのだ。
首席隊長の命令を受け、次々に出撃していくAC部隊。その様子を見ながら、しかし曇り顔を隠せないモーガンに、幹部の一人が気付いた。
「何か懸念が?」
「前衛部隊の展開が早い。その割に、アルカディアから遠く離れようとしない。防衛ラインを随分と下げている」
「――何か、罠の可能性がありますな」
意気揚々と敵艦隊に取りつき、防衛戦力と衝突する王国軍の部隊を見下ろしながら、“
「各隊、広く散開しろ! 敵が何か仕掛けてくる可能性がある! 的を絞らせるな!」
神話兵器アルカディア、何を仕掛けてくるか分かったものではない。定石を捨て、直感を信じるべきかも知れない。今できることは、できるだけ
烈しい光が降り注いできたのは、その瞬間だった。
「な、何事だ!」
「わ、分かりません。急に光が降り注いで――」
目も眩む烈しい光がアルカディアから放たれ、爆裂して連合艦隊に降り注いだ。やっとの思いで開発した魔導障壁も貫かれ、飛行船が次々に爆発沈没していく。まさか、これがアルカディアの真髄――
「おのれ、帝国!」
カメラが焼き切れショートしたモニター越しに、モーガンはただ叫ぶことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
アルカディアによる範囲爆撃は、連合艦隊旗艦リコルヌのモニターにも表示された。前衛百隻以上が、壊滅的な被害を受けている。
【ちょっと! 敵がこんな攻撃をしてくるなんて聞いていないわよ! それに、拡散しているだけで、主砲クラスの攻撃じゃないの!】
クレアーレの怒声混じりの通信を、しかしファクトは一向に頓着しなかった。
【確認している。敵はエネルギーを蓄えていたようだ。これまでの行動は、味方の誤認を誘発するためだったと推測される】
【冷静に解析していないで、さっさと対策を立てなさいよ! 私たちはともかく、王国の船は耐えられないわよ!】
【現在解析中だ】
【このポンコツ!】
クレアーレに腕があれば、だんとそこかしらの壁に叩きつけていたことだろう。怒りの反射行動が存在しない機械であることが幸いした。
ノエルが戦況モニターを見て、生き残っている味方を指差した。
「まだ残っている味方がいるわ!」
「ファンオース公爵家と――共和国! エリクたちが無事よ!」
「すぐに増援を! このままだと前衛が総崩れよ!」
辛うじて持ち堪えたのは、ファンオース軍とアルゼル軍。あの攻撃も連発はできまい。そうでなくても、追加の攻撃が来る前にアルカディアに取りつかなくては。
だがここに来て、ファクトら機械兵器たちは異なる動きを見せた。
【前に出れば、また敵の攻撃に曝される。我々は距離を維持しつつ攻撃を続行する】
「味方を見捨てるのか!」
味方艦隊を捨て駒扱いも同然のファクトの言葉に、アンジェリカが声を荒げた。ルクシオンとクレアーレしか関わりのない彼女は、機械の知性というものを知らない。人間性を有さず、道徳を聞き分けず、必要とあらばどんな犠牲も容認する――そういうロジックしか刻まれていない彼らの思考を、理解することができない。
このままでは――忸怩たる思いに包まれた旗艦リコルヌに、ひとつの朗報が飛び込んだ。
ぐらぐらと海面を揺らしながら、一隻の宇宙船が飛び出してきた。海面を突き破って顔を見せたのは、白鯨ではなくルクシオンの本体だ。
「おっそいのよ、この莫迦兄貴!」
すっかり見慣れた頼もしい姿に、マリエを始めとして一斉に安堵が広がった。船首を突き出しながら掲げられた主砲レールキャノンが、ばりばりと音が響いてきそうな輝きを湛え、そして間断なく撃ち放った。青白い光が、アルカディアの魔導障壁に衝突する。
――ルクシオンさえあれば、どんな事態も打開できる。誰もがそう確信した。
それほどに、リオンはルクシオンの運用に慎重だった。彼自身、どんな逆境もひっくり返せる
主砲の一撃を受け止めたアルカディアに、赤黒いエネルギーが収束するまでは。
巨大な要塞兵器アルカディアの底に、目視できるほど巨大な魔力塊が生じ、そして放たれた。びゅんと風を切る赤黒い魔力塊が、青白いルクシオンの船体を貫き、ごうと海を荒立てる。
「――え?」
誰もが唖然とする中、ルクシオンはゆっくりと海中へ沈んでいった。