鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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05.三本の矢

 砲撃の反動で激しく揺れる、アルカディアの中央管制室。

 

 

「すぐに次弾を放て!」

 

 

 敵艦ルクシオンが沈んでいく姿をモニター越しに見届けたのは、ヴォルデノワ帝国皇帝バルトルトその人。敵艦が爆発し沈没していくその姿を見ながらも、彼は安堵することなく次の一手を命じた。

 

 

【貯蔵していたエネルギーは使い果たした。次弾発射まで三十分はかかる】

 

 

 しかし、その傍らに浮かんでいる黒い球影は、その命令を否定した。

 管制魔法生物アルカディア・コア――アルカディア全体を管制する魔法生物であり、彼の意志なくばアルカディアを動かすことはできない。一応、アルカディア同様彼のマスターはミアにあたり、バルトルトは新人類側の政治的主権者として手を組んでいる状況である。

 

 

「こんなにアッサリと終わるものなのか?」

【旧人類の兵器を過大評価しすぎだ。奴らは、我々に勝てないために、大量破壊兵器を持ち出してきた無能だよ】

 

 

 腹心フィンからの報告を受けていたバルトルトは、肩透かしを食らったような気分だったが、アルカディア・コアは愉快そうにその一つ目を歪めるだけだった。バルトルトはどっと安堵したように椅子に腰かけた。“外道騎士”リオン・フォウ・バルトファルトの切り札ルクシオンが失われたとなれば、敵艦隊の士気は大きく落ちるはずだ。

 

 

「陛下! 今の攻撃でアルカディアのシールドに負荷がかかりました」

「このまま攻撃を受け続ければ、シールドの維持が出来ません」

「そ、それに、内部に負荷を受けております。次に主砲を撃てばどうなるか分かりません」

 

 

 部下たちから次々に届く報告に、バルトルトはきりりと姿勢を正した。

 まだ終わっていない。旧時代の兵器は残っているのだ。機械で統制された兵器たちは、人間の兵士たちの士気などお構いなしに総攻撃を仕掛けてくるだろう。それら全てを討ち果たさなければ、安寧は訪れない。

 

 

「わしの騎士たちも出せ。余力など考えるな。ただし、フィンだけは待機だ」

 

 

 バルトルトが下した命令に、部下の一人が困惑する。全力を出すと命じながら“魔装狩りのフィン”を出さないのは、矛盾していないか。

 

 

「序列第一位の騎士を出さないのですか?」

「保険だ」

 

 

 バルトルトは目を瞑ったまま答えた。

 ――正確には、保険でも何でもない。ただフィンがミアの傍にいれば、彼女を安心させることができるだろう。フィン自身も同様に。老いた父の、ささやかな気遣いだった。

 

 

「で、では、そのように……それと、“二位殿”は?」

「予定通り、動力炉の防衛だ。持ち場を離れないよう厳命しろ」

「は、はぁ……」

 

 

 序列第二位ユージーンへの雑な命令に、部下は困惑しながら退出した。放っておくと勝手に戦闘を繰り広げ、余計な波乱を起こしかねない。一応職務には忠実なので、明確な命令を与えておけば勝手に動くことはないだろう。

 びーびーと警告音が響いたのは、その時だった。

 管制室の全員が、かじりつくように中央スクリーンを見る。そこに映っていたのは――遥か上空から降下してくる、七百メートル級の大型艦船。パルトナーだ。

 

 

「――大気圏外からだと!?」

【そう来たか。だが、その程度は計算の内だ】

 

 

 思わず立ち上がったバルトルトとは対照的に、アルカディア・コアはあくまでも冷静だった。魔素を制御し、モンスターたちを派遣する。しかし地球の重力をも利用した超重量の体当たりに、雑多なモンスターたちでは足止めにもならない。

 

 

【特攻か? 機械共が好きな手だな】

 

 

 有象無象には目もくれず、一点集中で突撃してくるパルトナーに、アルカディア・コアが目を細めた。確かにパルトナーの超重量を真正面から受け止めれば、その破壊力は流石のアルカディアでも無事では済まない。

 

 

【ブースターで宇宙まで上がったか? ――だが、無意味だ。その程度は想定済みだ】

 

 

 アルカディアは即座に直撃予想地点を算出し、魔導障壁を集中させた。流石に、他の部分に余力を回している余裕はない。

 加えて、充填未完了の主砲を放った。辛うじて身を捩ったパルトナーだが、避けきれずに側面に命中し、船体の半分が吹き飛んだ。

 

 

【おや? 爆薬を積み込んでいると思ったが、そうではなかったか。だが、確かに一部でも命中すれば、こちらに被害は与えられるな】

 

 

 被弾箇所から火を噴きながらも、突撃を止めないパルトナー。爆薬を積み込んで特攻し、アルカディアに一撃を当てる作戦ではなかったらしい。が、これではアルカディアを沈められない。

 火を噴きながらパルトナーが迫ってくる。アルカディアもゆっくりと移動するが、パルトナーの人工知能が追尾し、その逃走を許さない。

 

 

「王国軍も、目の前の宇宙戦艦も全て囮か! やってくれたな!」

【だが無駄だ。我々の勝利は揺るがない!】

 

 

 思わず手すりを叩くバルトルトとは対照的に、アルカディア・コアは一つ目を細めて嘲笑した。

 ――直撃、爆発。中央管制室は再び激しい衝撃に見舞われた。

 

 

「……報告! 被害状況を報告しろ」

 

 

 長い長い衝撃を耐え忍ぶと、バルトルトは顔を上げ、部下たちに怒声を飛ばした。

 

 

「は、はい! アルカディアには損害ありません」

「魔導障壁で耐え切りました」

「で、ですが、今の衝撃で魔導障壁が解除されてしまいました」

 

 

 まさに間一髪。冷や汗を流すバルトルトをよそに、アルカディア・コアは哄笑を上げた。

 

 

【ヒャハハハ! 長い年月で錆び付いたか、人工知能共? 本気で私を沈めたかったら、お前らは全員で大気圏外から突撃すれば良かったな。まぁ、それが出来ずに、苦し紛れにこんな作戦を立てたのだろうがな】

 

 

 実際、アルカディア・コアの言葉通りの作戦を採用した場合――ファクトらが一斉に突撃してきた場合、アルカディアは重大な損害を免れまい。全てを切り捨てて最大限の速度を発揮し、全力の逃走を図っていただろう。――そして、突撃してくる宇宙船を各個迎撃するのみである。伸びきった前衛を、万全の力で擂り潰す。それが、要塞兵器アルカディアの強みだった。

 

 

【お前たちに勝機など最初からないのだ!】

 

 

 勝ち誇るアルカディア・コアを見ながら、バルトルトは汗を拭った。

 旧人類の保有する宇宙船と飛行船のうち、二隻は沈めた。残りの宇宙船も、もはや物の数ではない。

 ――一隻だけ、今も戦場に姿を見せていない飛行船がある。

 

 

「アインホルンを探せ!」

 

 

 バルトルトが声を張り上げた。リオンの擁する飛行船のうち、ルクシオン、パルトナーと来て、残り一隻はアインホルン。それが、何か仕掛けてくるに違いない。

 アルカディア・コアが目を見開き、要塞背後の映像を投射した。

 

 

【この速度で接近する飛行船だと!?】

 

 

 ()()()()急速接近してくる飛行船に、管制室の一同は度肝を抜かれた。

 艦船識別、完了――アインホルンだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 止まらない急速巡行がもたらす強いGに、リオンはアロガンツのコクピット内で呻いた。

 

 

『……このままぶつかってぺしゃんこになる、って間抜けな展開は勘弁願いたいね……!』

 

 

 アインホルンのエンジンとブースターをありったけ強化した上で、戦場を大きく迂回し、帝国軍の背後を突く。そのために、リオンたちは身動き一つとれない緊張状態に身を置かされていた。姿勢固定による鬱血の対策までしている。

 

 

『用意できるだけの衝撃緩和材は用意した。後は、それが奏功することを祈るしかない』

『……流石に慣れっこですか、ハーヴェイさんは……!』

()の戦場でね。このくらいの鉄火場は日常茶飯事さ』

 

 

 緩和材まみれで苦しいリオンとは対照的に、ハーヴェイは涼しい様子で機械音声を発した。

 エコノミークラス症候群の対策など厚遇だ、とまでは言わなかった。前世で平和な人生を送ってきたリオンに、強化人間ジョークは今ひとつ通じない。

 

 

【クレアーレ、ファクトからの情報を整理しました。今のアルカディアに、まともな迎撃機能は残っていません】

『パルトナーを犠牲にした甲斐はあったかい』

【はい。パルトナーは最後の仕事をやり遂げました】

 

 

 主砲が強烈、モンスターの誘引が厄介――だが、その二つだけ。魔導障壁という大きな障害が無くなった今、耐久能力をかなぐり捨てて疾走するアインホルンを止める手段はない。一本角(アインホルン)の名に相応しく、巨大な衝角をただ一本突き出して吶喊する。

 アルカディアに誘引されたか、無数のモンスターが反転して突撃してくる。アインホルンはなけなしのコンテナを投下すると、そこから無数のミサイルが飛び出し、モンスターの群れと衝突して大爆発を起こした。

 

 

【マスター、そろそろ時間です。我々の仕事を始めましょう】

『ああ』

【衝突まで10秒。カウントダウンを開始します】

 

 

 リオンとハーヴェイは揃って気を引き締めた。彼らの戦場はここからだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 モンスターの誘導、迫撃砲の発射――数々の手段を以てアインホルンを叩き落そうとするアルカディアだが、攻撃も耐久も犠牲にして高速突進するアインホルンを、一向に捉えることができない。

 

 

【あの程度の船に!】

「三段構えというわけか!」

 

 

 連合艦隊どころか、二隻の宇宙船すら陽動。この単機駆けに全てを懸けて、一心不乱に突撃する――敵ながら大胆な策だ。ぎりぎりと歯ぎしりするアルカディア・コアとは裏腹に、バルトルトは身体中の血が沸き立つような錯覚に襲われた。

 そうして管制室が見守る中、アインホルンは止まらない。巨大な衝角を突き出し、まっすぐに突撃する――

 

 

「直撃します!」

【油臭い機械共がぁぁぁ!】

 

 

 アルカディア・コアの絶叫を押し退けて、中央管制室を丸ごとひっくり返すような衝撃が走った。ぐらぐらと揺さぶられながら、バルトルトは相手の不敵さに、思わず笑みを零した。

 

 

(そうだ、それでいい。全力で向かってこい。そして、生き残った方が――この星の支配者として生きていける)

 

 

 しばらくして、衝撃は収まった。これで終わりではないだろう。アインホルン内部に格納しているであろう戦力を送り出し、内部からの破壊を試みるはずだ。

 

 

「艦隊には王国軍の相手をさせろ。わしの騎士たちは呼び戻せ。侵入者たちの相手をさせる」

 

 

 動揺から立ち直れない部下たちに檄を飛ばし、バルトルトは改めて椅子に座った。じじっ、と中央スクリーンにノイズが走ったのはその時だった。

 

 

『ハロー、皇帝陛下と麾下諸君。貴殿らの喧嘩を買わせていただきました。御代はこれからたっぷりお支払いいたします』

 

 

 一時的に通信網をジャックしたのか、ノイズ混じりの若い声が響いた。ガァン! と硬いものを叩く音とともに、通信は断絶した。

 ……フィンの小僧もそうだが、若い奴らは本当に腹立たしい連中ばかりだ。一度は「若造相手に“外道”などと可哀そうな仇名ではないか」と思った、過去の自分を叱咤してやりたい。

 

 

「――いいだろう、相手をしてやる。待機している騎士たちを迎撃に向かわせろ。それから、わしの騎士たちを呼び戻せ」

 

 

 あくまで冷静に指令を出すバルトルトの横で、アルカディア・コアは相変わらず歯ぎしりをしていた。旧人類による攻撃を許したことがよほど腹立たしいらしい。

 

 

【アルカディア内部に侵入されただと。旧人類との戦いでも侵入されたことなどないというのに。――バルトルト、さっさと奴らを叩き出せ!】

「今命令したところだ」

 

 

 苛立ちながら命令するアルカディア・コアに対し、バルトルトは冷淡に返した。

 お互いに『こいつは使い物にならんな』と忌々しげに思ったことが、明かされる日が来るか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 アルカディア前方、連合艦隊と帝国艦隊が激突中の、戦場の空。

 帝国騎士団序列第二位リーンハルトは、無数のACと対峙していた。相手は名高い“戦争屋侯爵”直属の部隊、“黄道十四宮(ゾディアック)”。エース狩りが好きなリーンハルトとしては、絶好の獲物だ。

 

 

『敵機、高機動型! 装備はブレードのみ!』

『魔装の脅威は未知数だ! 迂闊に踏み込むな!』

 

 

 しかし、敵は魔装を纏うリーンハルトの動きを見切ったかのように、ふらふらと射程圏外ぎりぎりのところを滞空している。仮にも帝国の『剣聖』として、剣を握って戦っているが、どれだけ激しく動いても、その刃は一向に届かない。魔装の機能で射撃をしてみても、クイックブーストで躱されて宙を掠めるばかり。

 

 

『ちっ、雑魚のくせにちょこまかと――』

 

 

 みっともない旧人類の足掻き――苛立つリーンハルトの評を、どう認めるべきか。先ほどから「即時アルカディアに帰還し、内部に侵入した敵を排除せよ」と命令が叫ばれているが、彼にとってはそれどころではない。せっかくの戦争だというのに、目の前の獲物を放置しろというのか。

 とはいえ、伊達に『剣聖』の称号を拝領した戦士ではない。ふよふよと滞空しながら取り囲むACたちの武装から、彼はひとつの特徴を見出した。左腕のハードポイントにマウントされているあれは、射撃兵装ではない。近接格闘用の武装だろう。そしておそらくは――

 

 

『非実体刃のブレード? 道理で動きが速い訳だ』

 

 

 苛立ちつつも、リーンハルトはひとつのからくりを暴いた。実体ブレードの重量がない分、巡航速度が上がる――その程度の単純な話だ。何か特別な技巧があるわけではない。

 ならばもはや、彼の敵ではない。

 

 

『もーらいっ』

 

 

 悪魔のような翼を広げ、手近な一機に向けて突進する。距離を取るので精一杯だったその機体は、あっと気付いた頃にはもう、リーンハルトの剣が振りかぶられていて――

 

 

『――っはぁ!?』

 

 

 ぶわりと炸裂した翠緑の衝撃波が、リーンハルトの剣筋を強引に歪めた。

 パルスプロテクション。ACに搭載可能なコア拡張機能の一つで、球状の巨大な魔力防壁を設置する。所詮は魔導パルスの防壁であり、特殊金属“アダマティアス”の剣を阻むには至らないが――展開の衝撃で、その剣筋を逸らすことはできる。

 

 

『隊長! 助かりました!』

『礼はいい! 速やかに立て直せ!』

 

 

 ぶわりと冷や汗が噴き出るのを自覚しつつ、目の前のACはあっという間に距離を取った。去り際にマシンガンを撃ち放ち、リーンハルトの魔装を傷付けるのも忘れない。

 リーンハルトの視線が、魔導パルスを放った彼方のACを捉えた。深緑に四つ足の異形機体が、こちらを見下ろしている。

 

 

『くそっ、ウザいなぁ――!』

 

 

 紙一重のところを躱され続け、リーンハルトのフラストレーションは限界に達していた。所詮僕の戦果に変わるだけの雑魚共が、小賢しい真似をする――!

 さもありなん、敵は目の前の部隊――第三隊“牡牛(タウルス)”だけではない。その後方で、“(ケートス)”分隊が絶えずリーンハルトの行動パターンと魔素反応を解析し、前衛部隊を管制しているのだ。一対十余どころではない、無数の目が彼の攻撃を暴いている。

 苛立つリーンハルトは、目の前の四脚に向けて突撃した。こいつは格闘武装を装備していない。間合いに入ればこちらのもの――そんな彼の慢心の刃は、

 

 

『ふんッ!』

『はぁっ!?』

 

 

 自ら飛び込むかのように突進してきた四脚の、ぐるりと旋回するブーストキックによって、強引に押し止められた。剣を握る腕のさらに内間から、がりがりと旋回する多脚によって蹴り上げられては、さしもの名剣もその切れ味を発揮できない。

 

 

『ぐがっ――』

 

 

 続けざまに、至近距離から撃たれたショットガンによって、リーンハルトは空中で無理矢理制動させられた。専用大型ショットシェルが炸裂し、その衝撃が魔装の五体を余すことなく透徹する。

 体勢を整えないと――と焦るリーンハルトは、目の前の四脚がブーストを噴かせながら後退していくのを見逃した。

 

 

『今だ! 総員、一斉射撃!』

 

 

 はっと気づいた頃には、四方八方を囲まれていた。鉛弾が、榴弾が、ミサイルが、リーンハルトの視界いっぱいに広がっていく。

 

 

『こんなところでぇぇぇ――!』

 

 

 リーンハルトの絶叫は、爆裂に呑み込まれて消えた。帝国の『剣聖』リーンハルト・ルア・キルヒナーは、しかし何者をも撃墜することなく、嬲り殺しにされた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、連合艦隊の最前線。アルカディアの随所から放たれる魔導砲の弾幕を、旗艦リコルヌの魔導シールドが防御していた。

 

 

【キャァァァ! 私のリコルヌがぁぁぁ!】

 

 

 砲撃本体は防げても、その衝撃まで殺すのは容易くない。ぐらぐらと揺れるリコルヌの内部で、クレアーレが悲鳴を上げていた。

 そして魔導シールドを展開する“聖女”マリエの負荷も、決して小さいものではなかった。

 

 

「マリエ様、疲れているなら休んだ方がいいですよ」

「だ、大丈夫よ。心配しないで」

 

 

 従者カーラが気遣いの声を掛けるも、マリエは無理矢理に笑顔を作って誤魔化した。

 

 

「ご主人様、あんまり無理をすると倒れちゃいますよ」

「これくらい――平気、よ」

 

 

 同じく従者カイルが水とタオルを持ってくる。杖にしがみつき、ぶるぶると震える手を離して、マリエはそれを受け取った。

 ――最初は、とんだ小物たちだと思った。

 奴隷のカイルはハーフエルフという立場を弁えない毒舌小僧だったし、リオンへの嫌がらせ目的で引き入れたカーラも貧乏貴族の小娘でしかなかった。“聖女”の立場を手に入れたその時点では、いつでも切り捨てることができる便利な小間使いでしかなかった。――それでも、ここまで付いてきてくれたのは、この二人だけだった。つくづく、自分は恵まれているのだと実感した。

 

 

『リコルヌに敵を近付けるな!』

『狙って撃とうなんてするな! 前に撃てば嫌でも当たる!』

『あぁぁぁ! やっぱり格好をつけて参戦しなければ良かったぁぁぁ!』

 

 

 通信回線から聞こえてくるのは、必死に戦っているリオンの級友たちだ。何だかんだ、あの莫迦兄貴(リオン)にも人望がある。こんな絶望的な戦いに付いてきてくれるなんて。

 絶望。何度も味わってきたが、ここまで希望が見えないのも初めてだ。上下左右、圧倒的な物量の敵に囲まれ、身動きが取れない。

 

 

【ちっ! 抜けてくる連中がいるわね】

 

 

 本能でリコルヌの危険性を察知したのか、モンスターの群れがいくつか防衛ラインを突破してくる。このリコルヌに取りつくのも時間の問題だ。

 

 

「迎撃急いで!」

【ごめんなさい。さっきのダメージで無理よ。復旧まで三十秒かかるの。あ、でもね――】

 

 

 焦るアデルに対し、クレアーレが呑気に返す。鮫のような巨大なモンスターが噛み付いてくる――と思われたその瞬間、

 

 

「――え?」

 

 

 二機の白い魔導鎧が、モンスターの群れを斬り裂いた。

 縦横無尽の斬撃が、モンスターたちを蹂躙する。びちゃびちゃと赤黒い血が宙を舞い、ついでに放たれた炸裂弾が爆発し、リコルヌの視界は一気に晴れた。

 

 

『困っているようだね、レディたち』

 

 

 二機は同時に振り向いた。まるでリコルヌからの歓声を待っているかのようだった。

 ……反応が芳しくないと感じたのか、二機は同時に回線を繋いだ。同時に開かれたモニターに映っているのは、似たような仮面を付けたパイロット。

 リコルヌの空気が死んだ。

 

 

「……何をされているので?」

 

 

 あらゆる感情を削ぎ落されたアデルが、無表情で口を開いた。まさに待ってました! とばかりに二人はポーズを決めた。

 

 

『私は名前のない騎士。――というのは困るから、仮面の騎士とでも呼んでくれ』

『今は仮面の騎士と名乗っておこう』

 

 

 二人揃って同じポーズを決め、二人揃って同じような口上を述べた。これでも戦場の真っ只中である。

 ……リコルヌからの反応がないせいで、二人は互いの名乗りをばっちり聞き届けた。聞き届けてしまった。

 

 

『誰だ貴様! 仮面の騎士は私だぞ!』

『そっちこそ誰だ! 徹夜で考えた私の格好を真似やがって!』

『センスのない仮面をしやがって!』

『何だと!? アーロンと二人で徹夜して選んだ仮面なんだぞ!』

 

 

 周囲のモンスターにも構わず、二機は取っ組み合いの喧嘩を始めた。周囲はもう唖然である。モンスターたちも心なしか、距離を取っているように見えた。

 仮面の騎士――その正体は言うまでもなく、ローランドとジェイクだ。王室という枷から解き放たれた二人は、それはもうノリノリで戦支度をしてきたらしい。ところで、わざわざ仮面を付ける意味とかあるんですかね。あるわけないでしょ子猫ちゃん。

 

 

「ここは戦場よ。お笑い芸人はお呼びじゃないの。帰れ」

「ちょ、アデル様」

 

 

 絶対零度もかくやと言わんばかりの冷たい声音で、アデルが吐き捨てた。さしもの仮面の騎士様(1)と(2)も、思わず面食らった。

 

 

『お、お嬢さん、冷たいじゃないか』

『や、やめろ。ここで帰ったら笑いものだろうが』

 

 

 ここまで塩対応をされるとは思っていなかったらしい。狼狽える二人に襲い掛かったモンスターの一匹が、炸裂弾を受けて爆発四散した。そこでようやく、二機はリコルヌから視線を外し、射線の先を見やった。そこに浮いているのは、バズーカを構えた中量二脚:CHRYSLER Custom。アーロンが駆る専用機だ。

 

 

『おーい、ジェイク! サボってんじゃねーよ!』

『私は仮面の騎士だ!』

『おっと、そうだったな! とにかく、休憩するなら後方でやってくれよ! 撃墜競争は俺の勝ちってことで!』

『何だとぅ!?』

 

 

 ジェイク、もとい仮面の騎士様(2)へ、アーロンが気軽に声を掛けた。その間も、彼の意識は油断なく周囲を警戒し、突撃する“ハウンズ”の僚機たちの様子を窺っている。

 ライバルの登場に、仮面の騎士様(2)は現実への回帰を余儀なくされた。すなわちここで敵軍を打ち倒すために、仮面の騎士様(1)の存在を妥協しなければならないと。

 

 

『まぁ、いい。今はこいつとも共闘してやる。私の足を引っ張るなよ、偽仮面の騎士』

『私が本物だ! 私こそがオリジナルだ! それよりも、声からすれば若造か? 親の顔が見て見たいものだ』

『貴様こそ碌な大人じゃないのだろうな!』

 

 

 仮面の騎士様(1)と(2)は、互いに罵声を浴びせながら旋回し戦場へ戻っていった。

 あとに残されたのは、沈黙に包まれたリコルヌ管制室。種明かしの時間とばかりに、クレアーレが一つ目を光らせた。

 

 

【実は、出発する前に二人が別々に相談に来てね。参加したいって言うから、ルクシオンが用意していた鎧の予備機を貸してあげたのよ。

 それにしても、親子揃って同じ格好をするなんて興味深いわね】

「……親子って怖いわね……」

 

 

 しみじみとつぶやくマリエの言葉を、否定できるものはいなかった。

 

 

 

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