「俺が行く。ブラッドの軟弱野郎は確かに弱いが、アレは脅威だ。お前たちじゃ荷が重い」
「――舐められたものだな。私がお前に負けるというのか?」
「“スピアリングの殺戮人形”……なるほど、噂以上だな」
「バルトファルト君も、ロストアイテムを入手したダンジョン攻略者です。油断は禁物でしょう。あちらは、見た目から言えばパワータイプのようですが」
まったく予想外の番狂わせに、ブラッド除く四人が警戒心を強める。そんなやり取りは露知らず、アンタレスは舞台を降り、アロガンツへと通信回線を開いた。
『――僕が出て正解だったな。あのざまでは、きみの実力を見定めるには足りない』
『そ、そりゃどうも……』
『次はどうする。僕としては補給整備するほどの消耗はしていないし、このまま連戦でもいいと思っているが』
『――――』
『Mr.? 通信機器の不調か?』
『あ、いや、なんでもないです。えっと……じゃあ、疲れたら言ってください。交代しますね』
『了解した。じゃあきみは、僕が敗けた時の控えとして待ってもらおう。せいぜい、優雅に観戦させてあげられるよう努めるとしようか』
『は、はぁ……』
とりあえず、このまま連戦ということでリオンの承諾を得た。
その一方、ハーヴェイはリオンの反応に違和感を覚えていた。
(――何かと会話していたな。そういう間だ)
通信機器の不調などではない。明らかに、通信に乗せられない状態で何かに意識を向けていた様子だ。ハーヴェイは、それが
ただ、その正体は知れない。今のところ有害なものではなさそうだと判断したハーヴェイは、アンタレスを旋回させ、再び舞台に上った。確信のないものを問い質すより、片付けるべきことがある。
舞台に上ったアンタレスの先には、赤い機体が屹立していた。金彫で彩られた赤機は、しかし随所に細かな傷を刻まれている。赤機はその手に握ったスピアを掲げ、アンタレスへと突き付けた。
『ハーヴェイ・フィア・スピアリング――“スピアリングの殺戮人形”か。その名前は覚えておいてやるぜ。
だが、調子に乗るのもここまでだ。強力な鎧を作ってもらったようだが、所詮は鎧の力だ。お前の実力じゃない』
声音からして、どうやらグレッグ・フォウ・セバーグらしい。居丈高に吠え散らす言葉は、ハーヴェイを侮る軽蔑のそれであり、自分の勝利を疑わないそれだ。あるいは先日、散々無視された鬱憤が溜まっているのだろうか。
しかしハーヴェイは挑発に乗らず、傍らの審判に声を掛けた。
『――審判。スターク教諭』
『なっ、何かね!?』
『僕の機体情報および武装情報は事前に通達したはずだが、レギュレーション違反があったか?』
『い、いや、特にないが……?』
ハーヴェイの唐突な質問に、審判は困惑しながら答えた。その返答に疑問を増やしたのは、ハーヴェイの方だ。
『……? ではなぜ彼は、何の関係もない話をしている? これは決闘であって、パイロットの技量云々を弁論するものではないという認識だが?』
『――んだと?』
『え、えっと……』
『それとも何か。“対手を貶め、居丈高に吠え散らかす”のも決闘の礼儀なのか? Ms.レッドグレイブからは、そのような作法は聞かされていないのだが』
『――ぶっ潰す!』
まるで『口先だけで吠え散らかす惰弱』と言わんばかりのハーヴェイの言葉に、グレッグは怒りを滾らせた。実戦主義を標榜する彼にとっては、特大の地雷だった。
『――はじめ!』
審判の宣言とともに、最初に動いたのはグレッグの赤機だった。
『おらァ!』
ブーストを噴かせ、スピアを突き出す。アンタレスは素早くバックブーストを噴かせ、その穂先から逃れた。
(
その武装から戦術を見抜いたハーヴェイは、高く跳躍した。アンタレスの二重関節がバネのように跳ね、関節トルクの力だけで上空へと高く飛び出す。
『はっ、どうした! 逃げ回ってばかりか!? 所詮お前はその程度の――うおぉっ!?』
そうして射線から逃れるアンタレスを嘲笑おうとしたグレッグは、しかし上空から降り注ぐ銃弾の雨を浴びせられ、思わず喚声を上げた。その隙に、アンタレスはどんと向こう側に着地し、サイドブーストを噴かせながら、赤機の方に向き直った。
一方、グレッグはようやく向き直り、サイドブーストを噴かせ続けるアンタレスへ必死に追い縋っていた。『軽量高機動機』とは思えない鈍重さに、ハーヴェイは眉をひそめた。
(……随分と鈍い。ブースターの性能が悪いのか? まあいい、遠慮なく突かせてもらう)
アンタレスはサイドブーストを噴かせたまま、赤機のスピアから逃れつつ、それの届かない遠間から銃弾と放った。
『て――てめぇ! 真面目に戦え! それでも男か!』
グレッグの挑発にも乗らず、飛び跳ねながら銃弾と魔導ミサイルを浴びせ、次々に命中させる。なすがまま撃たれ続けるグレッグは、苛立ちを露わにした。
『どうした、かかって来いよ、臆病者! 男なら男らしく、正面から戦え! ブンブンと逃げ回ってんじゃねえ、蠅かてめぇは!』
それは、グレッグの自覚の有無にかかわらず、ただの苦し紛れでしかなかった。自分の得意な近接格闘に持ち込めず、ただ苛立ちを見せるだけの我儘な醜態。余人からはそうとしか見えないはずだったが――
『――なんだ、それは?』
それこそが、ハーヴェイの心に火を点けた。
左手の武装を換装し、バーストライフルを背負うと同時に特殊ブレードを構える。“
『――がぁぁっ!』
がくんと身を崩した赤機を蹴飛ばし、仰向けに倒す。もはや立ち上がることもできずじたばたと藻掻く赤機の胴に向かって、アンタレスは左手の武装をバーストライフルに換装し、リニアライフルと合わせて徹甲弾を撃ち出した。
「ひぃぃっ……!?」
がががっ、と内側にひしゃげ始めた鎧の内側で、グレッグは思わず怯懦の悲鳴を上げた。そしてその事実に自ら気付き、グレッグの裡で羞恥がさらに膨れ上がる。
そんなグレッグへと、ハーヴェイの機械音声が低く響いた。
『……“男なら男らしく”か。――では教えてくれ。“男らしさ”とは何だ?』
『……は?』
唐突な問いに、グレッグは思わず呆然とした。野次を飛ばしていた観衆も、不審げにざわざわとざわめき始める。
リニアライフルの魔導磁力によって加速された徹甲弾が、赤機の頭部を撃ち抜いた。
『ぐわっ!?』
『産まれた時から実験体扱いで、性機能どころかACを動かす生体部品として以外に何も求められなかった人間に相応しい、“男らしさ”とは何だ? 脳髄まで機械化され、発声も食事もままならない人間に相応しい、“女らしさ”とは何だ? 思考し戦うための機能が辛うじて残された状態で、ひたすら在庫処分を待つだけの身に相応しい、“人間らしさ”とは何だ?』
『な……何を、言って……』
意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。
捲し立てられる言葉の数々は、しかしどれ一つとして思い当たらず、グレッグはただ戸惑うばかりだった。
『なあ教えてくれよグレッグ・フォウ・セバーグ。あれだけ饒舌だったんだ、そういうのは詳しいんだろう?
僕はきちんと戦った。きみの装備を見抜き、基本戦術を見抜き、最適な対策を選択して立ち回った。これは決闘であって戦技披露会ではない。だから、勝つための策を尽くした。
それを真正面から糾弾するんだから、きみはさぞ“男らしさ”を知悉しているんだろう? さぞ“人間らしさ”を知悉しているんだろう? だからなあ、早く教えてくれよ。“神聖な決闘”に
強い鎧に縋ったところで弱者。正面から立ち向かわず逃げ回る奴は弱者――そんなグレッグの哲学を全否定し、その上で問い質すハーヴェイの言葉に、彼は何も答えられなかった。
何が言いたい? 何が聞きたい? 何が間違っているというんだ? 何が正しいというんだ?
『どうした、早く答えろよ。僕が見てきた人間は、誰も彼も真面目に戦った。勝利のために八方手を尽くし、時に味方さえ捨て駒にした。それに全力で応えるのが、僕の唯一の礼儀だった。
でもそれじゃ不十分なんだろう? “男らしくない、不真面目な戦い方”なんだろう? だったら早く教えろよ。無様な負けを晒している“温室育ちのボンボン”が――鉄風雷火の地獄も知らないお坊ちゃまが語る、戦いの作法ってやつをさ』
『――クソがぁぁあぁぁぁあぁぁ!!』
最後に吐き捨てられた言葉に、グレッグはついに発狂した。ひしゃげた胸部ハッチを力ずくで蹴飛ばすと、勢い任せに飛び出し、取り落とした魔導鎧用のスピアを無理矢理に持ち上げる。
「っふ――ふざけんなっ! 俺はまだ負けていない。戦える! 死ぬまで戦ってやるよ!」
ぜぇはぁと荒い息を吐くグレッグ、それを見下ろすアンタレス――その中にいるはずのハーヴェイの感情は、まるで読み取れなかった。そこまで思慮できるほどグレッグは冷静ではなかった。
「さっさとかかってこ――うわぁぁぁっ!?」
『――僕が訊きたいのはそういうことじゃない』
だだだん、という徹甲弾の三連射がグレッグの足元に衝突し、砂埃と衝撃波を巻き起こした。それに吹き飛ばされたグレッグは、もはやスピアを持っている余裕などなかった。
『きみの戦意なんて興味ない。きみの自殺願望なんて興味ない。イグアスの方がよほど真剣だった。ベイラムのMT部隊の方がよほど誠実だった。スネイルの方がよほど真摯だった。
誰も彼も、勝つための手段を模索し、全力で追求していた。それを下賤だと蔑む正当性が、卑怯者だと嘲笑う正当性が、きみには有ったんじゃないのか? それがなんだ? そんな羽虫にも劣る醜態が、きみの言う“男らしい戦い方”か? 鉄屑を握りしめて喚き散らすだけのきみに、彼らを糾弾する資格なんて爪先ほどもない。お遊び気分で彼らの誇りに泥を塗ったきみに、何かを語る資格なんて糸屑ほどもない』
なんだ、これは。荒ぶるでも、嘲笑うでもなく、しかし煮え滾るような昏い激情。万夫不当を自称するグレッグをして、心胆を震え上がらせる憎悪の言霊。
『――いいだろう、そこまで言うなら殺してやる。彼らと同じところになど送りはしない。跡形もなく擂り潰して、きれいさっぱり消し去ってやる』
それはグレッグへの極大の殺意へと変換された。少なくとも、それだけは解った。
右肩部のミサイルポッドから、六つの魔導ミサイルが放たれた。魔導鎧の機動力でさえ回避困難な多段発射が、グレッグへと次々に襲い掛かる。
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
『はは、随分無様に逃げ回るじゃあないか。ミシガンがいなくて良かったな、激昂して尻を蹴飛ばされるところだぞ』
ぼこぼこと爆風を上げて炸裂する魔導ミサイルに、悲鳴を上げながら逃げ惑うグレッグ。その無様さを見て、ハーヴェイは初めて残酷な嘲笑を表した。
「こっ――降参する! 負けを認める! ゆ、許してくれ!」
『知るか』
「ひっ――!?」
ついに最後の戦意すら投げ出し、膝をついて懇願するグレッグに、しかしアンタレスは容赦なく二つのライフルを向け――
『――そこまで! 勝者、ハーヴェイ・フィア・スピアリング! 両名は退がりなさい!』
審判であるスターク教諭が、強引に割って入った。パイロットの激情を映すかのように、アンタレスが審判機へとライフルを向ける。
『スターク教諭。失礼ながら――』
『これは決闘です。ミスター・セバーグは敗北を認めました。勝者と敗者が決まった以上、これ以上の戦闘は不要です』
『――……分かりました』
冷静なスターク教諭に諭されてようやく、アンタレスはライフルを下ろした。
これで、二勝目。しかし、ハーヴェイは我慢の限界だった。審判の宣言も待たず、アンタレスを反転させて舞台を降りていく。
『……Mr.バルトファルト。済まないが、次は替わってくれないだろうか。少し、気分が悪い』
『あ、はい』
『“優雅な観戦”といかず申し訳ない。“命知らずのバルトファルト”の実力、見定めさせてもらおう』
リオンへやや強引に言い渡すと、それきりアンタレスは静止した。
◇ ◇ ◇
まさかの二枚抜きに、観衆はがやがやと騒ぎ立てる。
「今の試合は酷いだろ。騎士の戦い方じゃないぜ」
「莫迦、決闘だろうが」
「これで二人抜きだな。まぁ、クリスが止めるだろうけど……」
「なんだよあいつ、実は弱いんじゃないか?」
「実戦が~とか五月蠅かったのに、この程度かよ」
「期待していたのに残念。弱い男って興味ないわ」
ここぞとばかりにグレッグを貶す観衆を横目に、アンジェリカは寒気すら覚えていた。
「……ここまで、差を見せつけるか」
確かにグレッグは、自らの才覚を過信するきらいがある。とはいえ、豪語に足るだけの武芸者であるのも事実で、その実力は学園の生徒の中でも突出しており、将来は騎士団長も夢ではないとすら評されている。対するハーヴェイもリオンも、剣術の成績は大したことがなく、射撃が少々優れているという程度。良くも悪くも凡庸で、グレッグほどの実力者ならば、旧式の鎧でも勝てると油断するのも無理はない。鎧ひとつでここまで圧倒的な戦闘になるとは、誰も想像だにできなかったことだ。
――だがしかし、あの異様さは何だ? 激昂するでもなく、嘲笑するでもなく、淡々と、しかし煮え滾るような怒りをもって捲し立てる言葉の数々。どろどろと昏い熱を放ちながら氾濫する、
「……ハーヴェイさん、あんなに怖い人だったんですね」
「……そうだな」
「ケイトさんは、知って――あれ?」
オリヴィアがぱっと振り向いた先には、先程までいたはずの猫耳のメイドがいない。
「いなく、なったな」
「一体どこに……ハーヴェイさんのところに行ったんでしょうか?」
アンジェリカとオリヴィアは、ハーヴェイの事情を聴き出す手段を失った。その横で、はぁとこれ見よがしにため息を吐く女が一人。
「莫迦ねぇ、セバーグの倅も。喧嘩を売る相手も選べないのかしら」
「……どういう意味だ?」
「弱い犬ほどよく吠える。身の程知らずの典型例よ」
アデルは頬杖を突き、心底呆れたように吐き捨てた。その意味を測りかねた二人が、頭に疑問符を浮かべる。
「平民の貴女でも、噂話くらいは聞いたことがあるんじゃなくって? スピアリング家の猟犬ハーヴェイ――血も涙もない、“スピアリングの殺戮人形”。
セバーグがいつも言ってる“実戦”とやらが、何を想定していたのかは知らないけれど――本物の“地獄”を知るあの猟犬に、通用するわけないじゃない」
つんと冷たい表情で見下ろすアデルの視線の先には、逃げるように舞台を後にするグレッグの姿があった。
◇ ◇ ◇
「ハーヴェイ様、お疲れさまです! 見事な勝利でした!」
選手交代ということで、アンタレスの整備の時間だ。最初に駆け寄ったのは、やる気に満ちたジョニーだった。素早くタラップを用意し、アンタレスのコアに寄せる。
【“アンタレス”メインシステム、戦闘モード解除。通常モードに移行します】
【生体維持管理システム、バイタルチェック待機状態に移行。姿勢制御システム、待機状態に移行】
【コクピット管理システム作動、気密状態を解除。ハッチ開放します】
しかし、ハーヴェイは不機嫌な様子でハッチから顔を出すと、ジョニーに構わず無言でタラップを降り、備え付けの椅子に腰を下ろした。
「は……ハーヴェイ様……?」
「――ジョニー、そっとしておいてやんな」
先ほどとは打って変わって冷たい様子に、ジョニーが戸惑いを見せる。コンテナから整備器具を運び出していたラスターは、ジョニーの肩を掴んでそれを制した。
座り込んだハーヴェイは苛立たしげに、しかしそれを表に出さないように、ぐっと唇を噛んだ。
「――だ~れだっ」
ふにょん、と柔らかい感触とともに、ハーヴェイの視界が塞がれた。覚えのある声、覚えのある雰囲気。誰何するまでもなく、候補は一人しかいない。
『……僕にこんなことをするのはケイトしかいないよ』
「えーっ、つまんな~。まぁしょーがないか、坊ちゃん友達いませんもんね」
『厭味を言いに来ただけ? ならあっち行ってて、そんな気分じゃない』
「やーですー」
あからさまに不機嫌な主人に対し、あくまでも気安く接するケイト。それを振り払おうとしたハーヴェイは、
『ケイト、僕は今――』
「はい」
両手を広げて迎え入れようとするケイトの姿に、思わず呆気に取られた。
「こないだ坊ちゃんに借りてもらった本にあったんすけど、ハグって人の心を癒す効果があるんですって。だから、はい」
いつもの様子で、にっこりと笑うケイト。その不思議な魅力にハーヴェイは抗えず、彼女の言うがままに招かれ、その身体を抱きしめた。
「よ~しよし、いい子っすね~」
『……ケイトは、あったかいね』
「坊ちゃんもあったかいですよ」
よしよしとハーヴェイの頭を撫でる様子は、まるで恋人のようで、まるで親子のようだった。