鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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06.晩鐘

 一方、アルカディア内部。衝突したアインホルンからそのまま内部深くに侵入したリオンたちは、迎撃戦力を蹴散らし、ついにコアジェネレータまで到達した。赤黒い円筒状の巨大な炉から、脈動するような赤い輝きが放たれている。

 

 

『――……これが、動力炉――魔素を生み出す装置……』

 

 

 まるでコーラルを想起させる――そんな余談をぐっと呑み込んだハーヴェイは、我知らず全身を緊張で強張らせていた。

 この場にいるのは、リオンとルクシオン、そしてハーヴェイのみ。ユリウスら五人とは、ここまでの道々で足止めのために別れた。この二人が、全てを懸けてここまで送り込まれたのだ。

 

 

【マスター、気分はいかがですか?】

『最高潮だよ』

 

 

 ルクシオンの問いに対し、リオンはその疲労感とは裏腹に、力強い威勢を返した。かつてない大規模かつ長時間の作戦行動、そして積み重なった迎撃戦力との戦闘――それは戦士として練成不足のリオンにかつてないストレスを与えたが、「負ければ皆が死ぬ」という極限の緊張が、過剰なほどにアドレナリンを分泌させ、疲労感を吹き飛ばしていた。

 アロガンツがコンテナを放ち、連装ミサイルを射出した。後ろに控えている無人機群も同様に射撃を開始するが――かっと強く輝いた魔力炉が魔導シールドを展開し、ミサイルを防いだ。かつて多くの敵を蹂躙してきたアロガンツの攻撃は、しかし何者をも撃墜することなく爆散した。

 

 

『簡単に終わらせてはくれないか』

【接近して攻撃することを提案します】

『分かった。その前に補給だな』

 

 

 接触反応装甲(リアクティブアーマー)の類だろう。センサーを破壊するか、シールドの内側に接近するかの二択が迫られる。ここで勇み足にならず、一旦補給という選択肢を有しているのは、まず間違いなくリオンの優れている点だった。アロガンツとアンタレスはそれぞれ武装をパージし、無人機群の補給コンテナから代替装備を受け取った。

 ――銀色の光がアロガンツを襲ったのは、その瞬間だった。

 

 

【マスター、敵です!】

『このタイミングでかよ!』

 

 

 アロガンツのオートパイロットが作動し、咄嗟にその場を飛び退く。射線上に取り残された無人機のいくつかが、ぼっと焼き焦がされて爆散した。

 ――ある意味では、必然と言っていいかも知れない。アルカディアの深奥、その最重要施設が無防備に晒されているはずもない。防衛戦力が派遣されるとしたらこの男だろうと、リオンは心のどこかで予感していた。

 

 

『よう――久しぶりだな』

 

 

 動力室の一角、円柱のひとつに屹立するのは、刺々しい漆黒の機影。伝説の魔装ブレイブと、その搭乗者――帝国騎士団序列第一位“魔装狩り”フィン・ルタ・ヘリング。

 ただし、彼ら一騎ではなかった。別の円柱に立つ機影を先に捉えたのは、ハーヴェイだった。

 

 

『――二機か。敵ながら、随分と無茶をする』

 

 

 ブレイブよりはどこか丸みのある、しかし鋭い外装を備えた青黒の機体ロックスミス。それを駆るは、帝国騎士団序列第二位ユージーン・セシル・バークス。無人機は端から数に入れず、アロガンツとアンタレスに視線を向けながら冷静に呟いた。

 

 

『会いたかったぜ、フィン!』

『俺もだ、リオン!』

 

 

 獰猛な笑みを浮かべて武装を構えるリオンに対し、フィンもまた同様に力強い言葉を発した。ここに、最後の決戦の火蓋が切られる――とその前に、ユージーンが待ったをかけた。

 

 

『それなら、あっちは譲ってもらうぞ。序列第一位殿』

『――好きにしろ。両方倒さなきゃ、俺たちの負けなんだ』

 

 

 まるで試合か何かのような気軽さで喋るユージーンを、フィンは冷たく切り捨てた。その姿に、最初に違和感を覚えたのはハーヴェイだった。

 互いにブーストを噴かせて激突するアロガンツとブレイブ。それを横目に、ロックスミスは悠々と降りてきた。

 

 

『さあ、土俵はできた。リベンジマッチと行こうか、()()()()

『――まさか――貴様、は……!』

 

 

 まったく予想だにしなかった名前を呼ばれて、ハーヴェイは驚愕した。

 AC戦闘を待ち望んでいる様子。無人機を戦力に数えない傲慢。そして何より、“レイヴン”の名を知る者。考えられるとすれば――

 

 

『――……V.Ⅰ(ヴェスパー・ワン)、フロイト……!?』

『残念、もう一位じゃないんだ。つまり、まだまだ挑戦できるって立場なんだがな』

 

 

 驚愕するハーヴェイをよそに、ユージーン、もといV.Ⅰ(ヴェスパー・ワン)フロイトはにっと笑みを深め、ロックスミスが突撃してきた。()と同じく、アサルトライフルを突き出しながら敢然と攻め立てる。

 

 

『今度は()()にかかずらう必要もない。存分に戦おう、レイヴン』

『――次にそれを言ったら殺す』

『当然だ。それくらいの殺意で来てくれなくてはな』

 

 

 挨拶のような気軽さで侮蔑を口にするユージーンに、アンタレスは速やかに応答した。両手のライフルを掲げ、猛然と徹甲弾を放つ。

 ロックスミスの武装は、アサルトライフルに、背部バズーカ、そして左腕のハードポイントにマウントされている機構。ブレイブのように流動的な実体を有する“魔装”の特徴を考えれば、ブレードに変形する可能性が高い。かつての愛機ロックスミスと、ほとんど変わりない様子だ。

 

 

『お前は()と同じ機体なんだな。羨ましい限りだ。俺のロックスミスも、もっと細かくカスタムするべきだった』

【発言の意図が不明。マスターに最適化された機体です】

『――この通りだ。スネイルに比べて、まるで面白みがない』

 

 

 ロックスミスの管制コアの発言に、ユージーンはやれやれと肩を竦めた。かつて『首席隊長』と称されながらも一向に小隊指揮を執らず、ヴェスパー部隊全体の指揮すらV.Ⅱ(ヴェスパー・ツー)スネイルに押し付けていたころと、何も変わっていないらしい。むしろ部隊指揮業務から外され、序列第一位(さいきょう)の座すらもフィンに取られ、『挑戦する側』という立場を得た現在を、最も謳歌していると言っても過言ではない。

 あくまで軽い気分のユージーンに付き合わず、アンタレスは右に左に跳躍しながら銃弾を連射した。もとより地上戦、壁や障害物に阻まれる屋内戦で真価を発揮する逆関節機である。その高い跳躍力でアサルトライフルの鉛弾を掻い潜り、バズーカの炸裂弾を回避し、逆にミサイルとともに圧倒的な攻勢で攻め立てるアンタレスを、しかしユージーンは変わらず薄笑いで迎え入れた。

 

 

『いいぞ、レイヴン。相変わらずのキレだ。

 防衛なんて退屈な任務だと思っていたが――お前と再戦できるなら正解だったな、猟犬』

 

 

 言いつつ、ロックスミスはアサルトブーストで突撃した。ハーヴェイの想定通り、左腕の機構をぐにゃりと変形させ、長大なロングソードを構えている。さしもの魔装も、“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”といった武装再現には至らなかったらしい。

 雨霰と降り注ぐアサルトライフルの銃弾から逃れつつ、アンタレスはアサルトブーストで突撃すると、ロックスミスのブレードの一撃にブーストキックを重ねた。ガィィン! と甲高い金属音が、動力室じゅうに響き渡った。

 

 

『こっちは遊びじゃない。邪魔をするなら、退け』

『遊びな訳がないだろう? 負けたら死ぬんだ。やっと得た祖国さえ滅びる。

 ――だからこそ、本気の戦いができて、死に物狂いで求める楽しみが生まれるんだ』

『それを遊んでいるって言うんだ!!』

 

 

 ハーヴェイの叫びを、ユージーンはせせら笑うように聞き流した。応報代わりに背部機構から飛び出したのは、四基の小さなドローン。それらは本体から離れ広く散開すると、アンタレスに向けて青白い魔導レーザーを射出し始めた。

 

 

(魔導ドローン――()も得意としていたが……)

 

 

 この世界のドローンは自律飛行ではなく、操縦者による制御を必要とする。一対一で扱う武器としては好手ではなく、特に魔導レーザー程度ではアンタレスを押し止めるには至らない。が――

 

 

(――やはり突っ込んできた! 多面攻撃はこいつの得意技だ!)

 

 

 ドローン制御もお構いなしに、遠慮なく突撃してくるロックスミスの姿を見て、ハーヴェイは確信した。

 考えられるとすれば、管制コアによる制御代替――この感じだと、違う。おそらくは、あらかじめプログラムされていた通りに動作しているのだろう。しかも一基一基は使い捨てで、個々を複雑な動きに対応させない分、数を揃えることで長期戦に対応しているらしい。伊達にヴェスパー首席を取った男ではない、戦術研究に関しては徹底している。

 となれば、選択肢としては二つ。ひたすら動き回って弾幕から逃れるか、徹底的に無視して本体にのみ集中するか。不規則な軌道でドローン自身の処理負荷や軌道のバッティングを誘発できる前者と、その隙を狙う本体の動きから目を離さずにいられる後者、どちらも一長一短で最善策とは言い難い。あるいはこのように、その対処に思考を奪われることこそがドローンの強みだ。

 アンタレスは高く跳躍し、ドローンの追尾から逃れながら両手のライフルを構えた。動力室そのものは広大だが、そのほとんどが魔力炉で占められており、戦闘可能領域は決して広くない。一瞬の判断が生死を分ける。レーザー射撃の網から逃れた隙に、ハーヴェイはひとつの命令コードを下した。

 

 

『投薬』

【命令コード:強化薬投与を受託しました。オペレーションを開始します】

 

 

 ルクシオンの改造によって脊髄まで直接繋がれた専用バックパックが、ひとつの薬液を注入する。かつてマリエがロストアイテムとして入手し、クレアーレによって調整された強化薬だ。

 どくん、と心臓が高鳴った。ハーヴェイは、全身に熱い鉄を流し込まれる錯覚に襲われた。

 

 

『――ぐっ……!』

【命令コード:強化薬投与を実行しました。追加コード受託、または指定時間経過後に中和剤投与を実行します。

 指定時間まで九分三十八秒、七、六……】

 

 

 無機質なアンタレスの警告音声にも構わず、ハーヴェイはバックパックからジェネレータとブースターに接続すると、アンタレスの全身に魔力を漲らせた。

 ぼおとブースターが焼け付くような熱量とともに、アンタレスが再度突撃した。咄嗟に構えられたロックスミスのバズーカ砲に対し、ぐりんとその軌道を曲げ、レーザードローンの包囲射撃すら掻い潜り、不規則な機動で狙いを定めさせない。

 

 

『……ん? 動きが変わったな。

 ――なるほど。相変わらず、使命に忠実な猟犬ぶりだ』

 

 

 決して軽量とは言えないはずのアンタレスの、急激な機動の変化とその理由に、ユージーンは素早く気付いた。左腕に換装された“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”から迸る紅い魔力も、油断すれば一刀両断の威力だ。

 

 

『ロックスミス、()()()()

 

 

 いまやアンタレスの銃身にすら紅蓮が咲き、魔力とともに放たれる銃弾を掻い潜りながら、ユージーンは短く命令した。

 

 

【警告。魔力の過剰消費による肉体負荷が懸念されます。パイロット保護観点から非推――】

『やれ』

【了解。リミッターを解除します】

 

 

 ロックスミスの警告音声を無視して、その命令は押し付けられた。コクピットの内側がうごめき、ユージーンの全身を蝕むように纏いつく。魂すら支配し、その魔力を吸い上げ、限界を超えて稼働させる禁呪。だがそうしなければ、この恐ろしい猟犬と対等に戦うことができない――!

 もはや後先など斟酌している場合ではない。互いにリミッターを解除し、紅と青黒の閃光が動力室じゅうに放散した。音すら置き去りにしようかという激突が、動力室じゅうに無数に繰り返される。徹甲弾と炸裂弾、そして魔導レーザーなど、もはや賑やかし程度の効果しかない。

 一分か、十分か、それとも永遠に続くか――そう思われた瞬間、がりがりと床面を削りながら着地したアンタレスが、ぐっと左腕を広く構えた。がばりと開いたブレードの先から、赤い魔力の奔流が噴き出す。

 “赫薙ぎ”。膨大な魔力消費とともに相手を斬滅する、ハーヴェイの奥の手。巨大な魔力刃を叩きつけて圧壊する、最強の一撃。だが限界を超えた機動に気合ひとつで食らいつくユージーンには、緩慢で鈍重な隙でしかない。

 

 

『その攻撃は知っているぞ』

 

 

 ロックスミスはひらりと高く跳び上がり、その射線から逃れた。“赫薙ぎ”はその膨大な魔力流の反動を受け流す都合上、急激に軌道を変えることが難しく、特に垂直運動に弱い。そうしてロックスミスは容易く紅の奔流から逃れ、無防備なアンタレスに襲い掛かろうとしたが――

 どどぉん、と()()()()()()()によって、それは強引に遮られた。

 

 

『――っ!?』

 

 

 咄嗟にそちらを見やれば、そこには魔力炉が――強化された“赫薙ぎ”によって深い損傷を刻まれ、爆発炎上していく動力炉が。

 

 

『なるほど。やってくれたな、猟犬……!』

『もとよりこちらが本来の目的だ。お前と一緒にするな』

 

 

 思わず歯噛みするユージーンに対し、ハーヴェイは冷たく言い放った。彼らの目的はあくまで動力炉の破壊であり、フィンもユージーンもその障害物でしかない。

 めらめらと動力炉が燃え上がる横で、紅と青黒の閃光は再び激突を始めた。動力炉の完全な破壊を求める紅と、それを下し一刻も早く修復しなければならない青黒――そんなものは建前でしかない。目の前の一騎、それを完全に叩き潰さない限り、この戦いは終わらない――!

 

 

『――っはは……! さすが猟犬だ、圧力が違う!

 準備不足は否めないな。――これだから面白いんだ、戦争ってやつは……!』

 

 

 目から鼻から口から、夥しい血を流しながら、ユージーンは心の底から叫んだ。どれだけ修練を積み重ねても、どれだけ心と体と魂を鍛えても、必ず想定を上回る強敵が現れる。終わったはずの戦いが、その余燼が、「もう一度」「次こそは」と新たな戦いの火種に変わる。人間はその宿痾から決して逃れられず、自らの命を薪にその争いを拡大させていく。()()に生の本質が、戦場(ここ)に人間の本質がある。それこそが、ユージーンが戦場に立つ理由だった。それだけでよかった。

 ついに音速すら超えて飛翔するアンタレスが、その左腕に癒着したブレードが、紅の魔力を滾らせた。とうに限界を超えているユージーンは、ほんの一瞬だけ反応に遅れた。その一瞬を突いて、アンタレスの左腕がロックスミスの真芯に捻じ込まれた。

 膨大な魔力流を一点に流し込み、限界いっぱいまで濃縮して炸裂させる――“赫衝(あかつき)”。真紅の汚濁が、ごうごうと炉を焚くような轟音を響かせ、

 崩れ行く動力室に、ぼこんと大きな紅蓮が咲いた。

 

 

『――がはっ……!』

 

 

 極大の衝撃に、ロックスミスは勢いよく吹き飛ばされた。がりがりと床面を削り自ら生み出した瓦礫に躓き不格好に転倒し――それきり、ロックスミスは起き上がることができなくなった。

 

 

【警告。稼働限界に到達しました。緊急脱出シーケンスを実行】

【警告。パイロットのバイタルサイン低下中。速やかに脱出し、治療を受けて下さい】

「動け……まだだ、ロックスミス……!」

 

 

 コクピット中に警告音が鳴り響く。それを無視して、ユージーンはがちゃがちゃと操縦桿を動かした。とうに視神経が焼き切れているのもお構いなしに、彼は必死に愛機を動かした。

 だめだ。足りない。あの紅蓮に届いていない。あの蠍星に届いていない。こんなに面白い戦いに、自分はまだ報いていない――!

 

 

【警告。ハッチ開放できません。手動でハッチを開放してください】

【警告。コクピット内温度が危険域です。速やかに脱出してください】

【警告。警告。警告。】

「ここからが……一番、面白く……!」

 

 

 ぼこん、とロックスミスが爆発炎上した。帝国騎士団ユージーン・セシル・バークスは、こうして撃墜死亡した。

 

 

 

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