鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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07.魔の皇帝

 動力室の防衛失敗――魔力炉の破壊。その光景は、皇帝バルトルトらのいる中央管制室にも届いた。

 

 

「……き、し――様……?」

 

 

 そして同時に、私室から移動させられたミアにも見せつけられた。

 すなわち――魔力炉を防衛していた、フィンとブレイブの死を。

 

 

「嘘だ。嘘だよ。こんなの嘘だよ!」

 

 

 ミアは髪を振り乱し、涙を流しながら現実逃避した。あんなに優しかった、あんなに強かった騎士様が、死んでしまうなんて――ありえない。ありえない。ありえない。ありえないありえないありえないありえないありえない!!

 そんな(ミア)の姿を、バルトルトはただ悲しげに見守ることしかできなかった。

 ――ミアを泣かせるなと、あれほど言ったのに。やはりお前は、莫迦な小僧だった。

 

 

【バルトルト、このままでは我々は敗北する】

 

 

 最強の騎士二人が打ち倒され、絶望が広がる中央管制室で、アルカディア・コアだけは未だ戦意を保っていた。血走った一つ目をバルトルトに向け、【何とかしろ】とばかりに詰め寄る。それに対し、当のバルトルトはただ腕を組んで否定するだけだった。

 

 

「いや、違うな。既にわしたちの負けだ」

【我々に敗北はない! 私は海の底で鉄屑共を全て破壊し、旧人類を滅ぼすことだけを夢見て生きてきた! 気が遠くなるほどの時間を耐えてきたのだ!】

 

 

 明確に拒絶するバルトルトに対し、アルカディア・コアはただ喚き散らした。子供の癇癪そのものだった。

 

 

(こいつを信じて挑んだわしが馬鹿だったな)

 

 

 新人類の兵器と、新人類の末裔――その意識の差が、ここに来て露呈した。『滅ぼすこと』を第一要件として製造された兵器と、『生きていくこと』こそが重要な帝国。勝とうが負けようが、ヴォルデノワ帝国が国家として存続し、臣民が生きていくことが肝要な帝国とは、決して折り合いがつかない。既に戦後処理に頭を回し始めているバルトルトとは、決して分かり合えない。

 アルカディアを信じて開戦に踏み切ったのは、あくまでこの戦争をバルトルトが制御するためだ。既に互いの文明が一度滅び、歴史の彼方に追いやられた怨恨――今更そんなものに囚われ、価値のない絶滅戦争のやり直しをするためではない。互いの支配領域を奪い合うための、生きるための戦争だ。

 そして、その戦争に負けた。ならば負けたなりに、窮屈なりに、生き延びる道を縋るしかない。幸い、フィンから聞いたリオン・フォウ・バルトファルトの人物像が正しければ、新人類絶滅まで追いやられることはないだろう。それを期待して、彼には生還してもらわなければならない。

 頑として譲らぬバルトルトに見切りをつけたのか、アルカディア・コアの視線はミアに向いた。未だ泣きじゃくる小娘を利用しようと、その一つ目が醜く歪んだ。

 

 

【ミリアリス、お前はあいつに復讐したくないか? お前の想い人を殺したあいつを、その手で殺したくないか!】

 

 

 ねっとりと囁くアルカディア・コアに、バルトルトはようやく目の色を変えた。愛娘を利用するつもりなら、ただでは許さない。

 

 

「お前の主人はミアのはずだが?」

【そうだ。だから共に戦おうと言うのだ! 旧人類などという汚物を全て滅ぼすためなら、私ははははははは――】

 

 

 佩剣を抜き放って構えるバルトルトを前に、突如アルカディア・コアの音声が歪み始めた。当基すらも意図していない様子のエラーに、管制室が困惑に呑み込まれる。

 

 

【な、なななな何だだだだだだ】

【――往生際の悪いイキモノだねぇ。ま、僕が言えた口でもないけどさ】

 

 

 いつの間にか、管制室の一角に灰色の人影が立っていた。

 顔も服も見えない、灰色一色ののっぺらぼう。魔法生物アルカディア・コアよりもなお儚い姿の人影は、しかし見る者に決定的な違和感を与えた。

 

 

【こここ、これはははははは、わわわわ私をのののの乗っ取ととととととと――】

【ああ、君の出番はもうお終いだよ。いや、()()()()()()と言うべきかな?】

 

 

 どうやら、アルカディア・コアのエラーはこの灰色の人影の作為のようだ。がたがたと揺らぐアルカディア・コアに歩み寄る人影は、その異様にまるで興味がないかのように言い捨てる。

 

 

「――貴様、何者だ」

 

 

 こいつは危険だ――即座に佩剣を突き付けたバルトルトに対し、人影はおどけたように気軽なポーズを見せた。

 

 

【やだなぁ、そんなに警戒することないだろう? 一緒に旧人類と戦った仲じゃないか。

 ――なーんてね。戦っていたのは君たちで、僕はそれをこっそり眺めてただけだけどね】

 

 

 敵意は見えない。むしろそれが、底知れぬ不気味さを醸し出していた。感じるのは、ただ純粋な悪意。

 

 

【わわわわわたしはははは――】

【ほら、出番は終わったんだ。出番が済んだ役者はさっさと退場しなよ。

 ――君のような“奇跡の残骸”なんかに、用はないんだよ】

 

 

 ぱちん、と人影が指を鳴らすと、それきりアルカディア・コアは沈黙した。悲鳴さえ、断末魔さえ響き渡らなかった。こうして新人類文明は、その遺志は、完全に断絶した。

 ぼとりと落ちたアルカディア・コアの残骸を、人影が拾い上げた。その黒い靄を高く高く掲げると、頭から呑み込むように吸収した。

 どろり、と人影の気配が濃くなった。今や新たなアルカディア・コアと化した人影は、その頭頂に黒々とした瞳だけを増やした。

 

 

【さて、ミリアリス・ルクス・エルツベルガー】

 

 

 管制室が緊張に呑み込まれる中、アルカディア・コアが最初に話しかけたのは、未だ泣きじゃくるミアだった。ようやく周囲の異変に意識を向ける余裕が生まれたのか、涙を流しながらアルカディア・コアの言葉に顔を上げる。

 

 

【気分はどうだい? 大事な人を失った気分は? 目の前で殺された気分は? ただ見ていることしかできなかった気分は?

 無様だねぇ、新人類が聞いて笑っちゃうよ! 今の君は、なーんにもできないただの小娘だ!】

 

 

 呵々と嘲笑うアルカディア・コアの言葉に、怒り狂うだけの余裕があるか、どうか。洟を啜るミアの顔に、アルカディア・コアはゆっくりとその瞳を近づけた。

 

 

【――()()()()()()()()()()()()()、そう思わないかい?】

 

 

 それは、まさしく悪魔の囁きだった。愛する人を喪った絶望――ひび割れ砕けてしまったミアの心に、それはするりと入り込んだ。

 

 

「……あなたに手を貸せば、あの人を斃せる?」

「ミア!」

 

 

 涙に濡れた顔を上げ、モニター越しにアロガンツを睨みつけるミア。ブレイブの大剣を拾い上げるその姿に、激しい怒りがこみ上げてくる。

 

 

【もちろんだとも。憎いあんちくしょうをブッ殺す力なら、いくらでも貸してあげるよ】

「いいよ。あなたが誰であろうと――騎士様の復讐が果たせるなら。私はどうなったって」

「止せ、ミア! もう戦争は終わりだ!」

「終わってない!」

 

 

 思わず掴みかかるバルトルトの腕を振り解き、ミアは強く叫んだ。そこには、悲しみに暮れる惨めな小娘などいなかった。一片の隙間もなく、その全てを激情に変換した復讐鬼が立っていた。

 

 

「まだ終わってない。騎士様の仇を、私が討ちます!」

【いいね、それでこそだ!】

 

 

 ミアの決然とした叫びに、アルカディア・コアは歓喜にわななきながらその身を巨大化させた。どろりと姿が蕩け、無数の触手をもつアメーバのような姿に変貌し、ミアを取り囲む。彼女は一切怯むことなく、それを受け入れた。

 

 

「よくもミアを!」

 

 

 バルトルトが剣を振り上げた瞬間――灰色の触手がぐんとしなり、周囲を薙ぎ払った。バルトルトのみならず、管制室にいた部下たち全てを巻き添えに、()()()()()()を吹き飛ばす。

 そのまま、灰色の触手はミアを呑み込んだ。ぐにゃりぐにゃりと身をしならせ、咀嚼し、そして現れたのは――銀色の肌にルビーのような瞳を宿す、復讐の鋼鉄の乙女(アイアン・メイデン)

 

 

【さあ、()()()! 何もかも滅茶苦茶にしてしまおうじゃないか!】

 

 

 どちらが主で、どちらが従なのか。もはやどちらでもいい。彼方の怨敵を絶滅するべく、巨大化するミア=アルカディア・コアは管制室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 アルカディアの動力炉、破壊――作戦成功に沸き立つホルファート―アルゼル連合艦隊の歓喜を、ひとつの銀塊がぶち破った。

 アルカディアの中枢から飛び出してきたそれは、今でこそ二十メートルほどの大きさだが、周囲の魔素を吸収しどんどん巨大化していく。未知のモンスターまがいの登場に、動揺が広がっていく。その正体を最初に看破したのは、リコルヌの最大望遠でその姿を捉えたクレアーレだった。

 

 

【これ――アルカディアのコアよ! しかも、ミアちゃんが取り込まれているわ!】

 

 

 その言葉に、リコルヌ管制室はさぁっと緊張に呑み込まれた。

 

 

「何でミアちゃんが取り込まれているのよ!?」

【情報がないから分からないわね。それよりもまずいわね。動力炉を破壊したけど、大量の魔素が吹き出てモンスターたちが増えているわ】

 

 

 上下左右前後、六方余すことなくモンスターが湧き出し続けている。もはや統制はなっておらず、帝国艦隊すら攻撃している有様だ。

 もはや敵味方どころではない。戦場の空が大混乱に陥っている中、クレアーレはミア=アルカディア・コアに集中して解析を続けた。リコルヌ管制室のそこかしこからアラート音が鳴り響き、拡大していく。

 

 

【――まずい。凄くまずい状況よ。あれ、どう考えても強いわよ】

「どれくらい!?」

【アルカディアの主砲を、連続で何発も撃ってくるわ】

「はにゃ!?」

 

 

 クレアーレの解析結果に、ノエルやケイトのみならず、全員が度肝を抜かれた。

 

 

「まさか――破壊された動力炉から、魔素を結集させたということ?」

 

 

 愕然としたアデルの呟きが、まさにその正解を言い当てていた。動力炉に貯蔵されていた高濃度の魔素、それを増幅し拡大していたアルカディアは、しかし今やその機能と必要性を失い、膨大な魔素を一身に取り込んでいる。後先考えない攻撃は、無尽蔵の乱発を可能とするだろう。

 ミア=アルカディア・コアの巨体はすでに五十メートルを超えている。その圧倒的な姿に、最初に膝を折ったのはマリエだった。

 

 

「――終わったと、思ったのに」

 

 

 これまでの戦闘でシールド艦は全艦損失、宇宙船自体も数多くが撃墜されている。連合艦隊に至っては、もはや半数以下の壊滅状態だ。相手の圧倒的な攻撃能力に、抵抗のしようがない。

 絶望的な空気を払い除けるかのように、アデルがだんとモニターを叩いた。

 

 

「心を折られちゃ駄目よ! 相手も後がない、叩くなら今!!」

「だが――」

「考えなさい――何か、何か何か、何か何か何か何か何か何か……!」

 

 

 必死に頭を巡らせるアデルは、しかし焦燥感に駆られるばかりで、一向に打開策を見出すことができなかった。チェスどころではない、盤面を丸ごとひっくり返す暴力の化身だ。どうやって打ち倒したらいい――?

 一人の少女が立ち上がったのは、その時だった。

 

 

「アンジェ――力を貸してください」

「私に? いくらでも貸してやるが、何をするつもりだ?」

 

 

 オリヴィアである。先ほどまで通信管制の負荷で立っているのもやっとだった少女は、今一人で毅然と立ち、傍らのアンジェリカを見つめている。滝のような汗を流しながら、しかし決して折れない力強さを宿す姿に、アンジェリカは即応した。

 

 

「モンスターなら、私の能力で吹き飛ばしたことがあります」

「公国との戦いで見せたやつか? 出来るのか?」

 

 

 “超大型魔獣”“守護神”――旧ファンオース公国の切り札を捩じ伏せた、オリヴィアの真価。アンジェリカとの協働、そして“聖樹の若木”が吸収した魔素がある今――その規模はかつてを超える。

 

 

【――出来るけど、かなりの負担になるわよ。リビアちゃんだけじゃない。アンジェちゃんにも大きな負担になるわ】

「構うもんか」

 

 

 間髪入れずに返されたアンジェリカの強い返答に、クレアーレが言えることはもうなかった。

 託すしかない。クレアーレは無数のモニターを展開し、リコルヌが管理する全てのリソースを操作し始めた。

 

 

【“聖樹”のエネルギーをリビアちゃんに預けるわ。広範囲のモンスターを吹き飛ばすけど、時間がかかるわね。

 それと、以前とは違って整備もしているから、リビアちゃんが本気を出すとどうなるか分からないわよ】

「お願いします。私たちの力でリオンさんを助けたいんです」

「私も手を貸す。――リビア、やってくれ」

 

 

 手を握り、力強く立つ二人に呼応するように、煌々とリコルヌが輝き始める。クレアーレに口があれば、やれやれとため息を吐くところだった。

 

 

【どうなっても知らないからね。――三分だけ時間を頂戴。出来うる限りサポートするけど、それだけの時間が必要よ】

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 流されるようにアルカディアの外壁へと飛び出したアロガンツとアンタレスは、しかし目の前のミア=アルカディア・コアに、どうすることもできなかった。

 

 

『――ちくしょう……こんなの、どうやって止めたら……!』

 

 

 長時間の作戦行動、度重なる戦闘のストレス、強化薬の副作用――そして、友人を自ら手にかけた事実。アドレナリンによる陶酔の誤魔化しも、いつまでも続くものではない。リオンはとうに限界を迎えていた。一度切れてしまった緊張の糸を、再び戻すことはできない。

 もうそろそろ百メートルに届こうかというミア=アルカディア・コア相手では、そもそも魔導鎧でどうにかなる次元ではない。墜としてしまったルクシオンやパルトナーの主砲でなければ、相対することすら叶わない。どうする――どうすればいい――何をすれば、この場を切り抜けることができる――

 錯綜する思考をまとめられないリオンは、がしゃりと動き出したアンタレスに動揺した。

 がたがたと震えながら歩みを進めるアンタレスは、ロックスミスとの死闘ですでにぼろぼろだ。装甲は砕け、ブースターは焦げ付き、左腕に至っては熔解しかかったブレードが癒着している。それでも、アンタレスは歩みを止めなかった。

 

 

『動け動け動け動け動け早く動け! 早く殺せ! 早く燃やせ! どうした何をしているいつまで蹲っているんだこの役立たず!』

 

 

 熱に浮かされたようにうわ言を叫び続けるハーヴェイに、リオンは動揺が止められなかった。

 

 

『ハーヴェイさん、一旦落ち着いて――』

『戦うことしかできない癖に! 壊すことしかできない癖に! 殺すことしかできない癖に! 燃やすことしかできない癖に! それすらままならない僕に、何の価値があるっていうんだ!! さっさと働けこの役立たず!!』

 

 

 リオンの制止にも構わず、ハーヴェイはぎりぎりと歯噛みしながらアンタレスを前に進めた。そうしなければならないと、自らに言い聞かせるかのように。

 倒す気なのか。殺す気なのか。殺せるつもりでいるのか。()()()()()()()倒すつもりなのか。

 

 

『ハンドラーを殺した! エアを殺した! カーラを、チャティを、ラスティをミシガンをイグアスを、みんなみんな殺した! 誰も彼も焼き払った! あのルビコンで得た全てを、ひとつ残らず焼き尽くした!

 だったら戦え! 殺せ! 燃やし尽くせ! それしかできないんだろう!? それしか知らないんだろう!? だったら、最低限の機能くらい果たしてみせろ!! 彼らの生と死を踏み躙った価値を、示してみせろ!!』

 

 

 もはや意識が混濁しかかっている。アンタレスのモニターに表示されている情報さえ、どこまで読み取れていることか。

 ――幸か不幸か、ミア=アルカディア・コアの興味が向いたのは、彼ら二機ではなかった。

 

 

【……ふむ。あの船、危険だね】

『――船?』

【ご主人、あれを先に墜とした方がいい】

 

 

 ミア=アルカディア・コアの意識は、彼方で煌々と輝く飛行船――リコルヌに向いた。その輝きが放つ威容は、まさにこのミア=アルカディア・コアに勝るとも劣らない。

 まずい、とリオンは焦りを浮かべた。だが限界を迎えた心身が、思うようにアロガンツを動かせない。

 

 

『や、止めろ!』

『貴方の大事な人が乗っているんですね? なら――私と同じ気持ちを味わわせてあげる』

『くそっ――待て!』

『そこで、大事な人が死ぬところを見ているのね。私と同じように!』

 

 

 激情の中に昏い嘲笑を浮かべながら、ミア=アルカディア・コアは右手を掲げ、その先から赤黒い光を放った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 煌々と輝きを放つリコルヌ――そこに向けられたミア=アルカディア・コアの魔導レーザーを、リコルヌは凌ぎ切った。

 “聖樹の若木”の結界を使い切った。生き残った連合艦隊の援護を受けた。宇宙船たちを犠牲にした。――そうして、リコルヌの輝きは最高潮に達した。

 

 

【――あいつら、最後にしっかり仕事を果たしたわ。リビアちゃん、いつでもいいわよ】

「――はい。いきます」

 

 

 輝きの中心――オリヴィアは、ゆっくりと目を見開いた。

 きりりと身構えると、まず光を払い、群がるモンスターたちを薙ぎ払う。そして輝きは収束し、オリヴィアを象るような光の巨人が現出した。

 あまり時間はない。一刻も早く、愛する人を見つけ出さなくては。

 ――いた。アルカディアの外壁近く、ミア=アルカディア・コアの目の前で、アロガンツとアンタレスが危機に晒されている。

 

 

『リオンさんから――離れろぉぉぉ!!』

 

 

 オリヴィア巨人体が、その腕を振り下ろした。咄嗟に展開した魔導障壁を力ずくで叩き割り、ミア=アルカディア・コアを弾き飛ばした。その圧倒的なパワーに、ミア=アルカディア・コアの銀色の体躯がわなないた。

 

 

【へえ……旧人類の分際で、面白い真似をするじゃないか!】

 

 

 アルカディア・コアは不敵に笑うと、再び右手を突き出し、魔力を収束した。

 

 

【あれの中央に飛行船がある。そこに術者が乗っているはずだ】

『――貴女たちでも許さない。騎士様の仇!』

 

 

 その管制通り、輝きの中央に白い船がある。ミアは容赦なく赤黒い光を撃ち放った。暴走する出力は、アルカディア本来の主砲を容易く超える威力で放たれたが――オリヴィア巨人体が、それを片手で払い除けた。ぶおんと力ずくで軌道を逸らされた魔導レーザーが、海上を走り大爆発となって津波を起こす。

 

 

【ははは、こいつは予想外だ! あっちにも()を蒔いておくべきだったかな!?】

 

 

 もはや無法だ。あまりのパワーに、アルカディア・コアは思わず興奮した。

 無論、そんなものは誰も聞く気がない。オリヴィア巨人体が体勢を立て直すと、その周囲に無数の魔法陣が現出した。

 

 

『リオンさん――今、助けます』

 

 

 オリヴィアの言霊とともに、魔法陣から無数の光が放たれた。火球、水球、光球、雷電、重力――数百を超える魔法攻撃がミア=アルカディア・コアに殺到し、その体躯に衝突して爆裂を起こす。

 衝撃によろめくミア=アルカディア・コアを、オリヴィア巨人体はアルカディア外壁から強引に引き剥がし、そしてゆっくりとアロガンツとアンタレスを包み込んだ。柔らかな輝きが、二機を守るように包み込む。

 ――どうして。

 ミアの激情が赤黒い魔力となって収束し、再び放とうとしたその瞬間、

 

 

『“暗黒よ! 断ち切れぬ恐怖は縛鎖となりて、総身を締め上げよ!”』

『騎士様を殺しておいて……自分だけ――よくもぉぉぉ!』

 

 

 朗々と紡がれた詠唱が呪詛となり、ミア=アルカディア・コアの総身を締め上げた。ぎりぎりと軋む魔の鎖が、彼女のフラストレーションを爆発させた。

 

 

『大事な人を目の前で失う悲しみが――貴女たちに理解できるの!』

 

 

 ぶちぶちと縛鎖を引き千切りながら、ミア=アルカディア・コアが突進した。魔導も技巧もない、力ずくの一撃に、オリヴィア巨人体がぐらりと揺らいだ。

 

 

【いい調子だ! そのまま畳みかけろ、ご主人!】

 

 

 けらけらと笑いながら煽てるアルカディア・コアの言葉のままに、右に左に殴りつける。いよいよオリヴィア巨人体が体勢を崩しそうになったその瞬間――ぶわりと光が溢れ、もう一人の巨人体が形成された。

 

 

『リオンに手を出す奴は――落ちろぉぉぉ!』

 

 

 アンジェリカ巨人体が拳を振り下ろし、ミア=アルカディア・コアを叩き伏せた。外壁から放り出され、海へと墜落していくミア=アルカディア・コア。

 

 

【――何故だ。何故、そんな芸当ができる】

 

 

 落下の衝撃でぼろぼろと崩れていくアルカディア・コアが、悔しそうに歯噛みした。

 

 

【君たちは旧人類だ! 魔素に適合できなかった、時代遅れの生物種! 滅ぶべき連中のはずだ!

 どうしてそんな――まるで、“奇跡”じゃないか】

『こんなのってないよ。こんなの――私は、騎士様の仇も討てないなんて……』

 

 

 その間も、更なる魔法攻撃が彼らを追撃する。泣きっ面に蜂どころではない、執拗な追撃に、ミアは心が折れかかった。

 

 

【それとも、それが“人間の可能性”とでも言うつもりかい? 憎たらしくて、いっそ清々しい気分だよ】

 

 

 アルカディア・コアの呆れた声を、誰が聞き咎めたか。少なくとも傍らのミアは、その一切を聞き流していた。

 一握の意地が、墜落する彼女を再起動させ、空中で踏ん張らせたのは、幸か不幸か。

 

 

『たとえ、死んだとして――も……?』

【……おや……?】

 

 

 いつの間にか、攻撃が止んでいる。即座に浮かび上がり、アルカディアの外壁に戻ってきたころには、オリヴィア巨人体の輪郭が朧げになっているのが見えた。後に現れたはずのアンジェリカ巨人体など、影も形も無い。

 

 

【なーんだ、もうガス欠かい。ちょっとびっくりしたけど、最後は呆気ないもんだ。

 ほら、ご主人。あとは仕上げだよ】

 

 

 どっと気を抜いたアルカディア・コアは、崩壊した体躯を削ぎ落しながら、アロガンツとアンタレスの許へ浮遊していった。その唆しに、ミアは何の躊躇もなく従った。

 これで、この戦争は終わらなくなる。リオンとハーヴェイを殺してしまえば、この戦争は泥沼に嵌る。英雄を失った世界で、人は最期の時まで殺し合い続けるのだ。評決の日(ヴァーディクト・デイ)は、ここに結実する。

 

 

『――これで邪魔者はいなくなったよ、リオン』

 

 

 ミアは、ぼろぼろになったアロガンツへと歩みを進める。彼女を阻むものは、もはや何もなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、アルカディアの外壁。身を包む柔らかな光が消失していく中、リオンはぎりぎりのところで意識を保っていた。

 

 

『ルクシオン――状況は?』

【リコルヌへの攻撃が停止されました。敵巨人体、縮小しています】

 

 

 傍らの従者は、リオンにとって一番大事な情報を最初に伝えてきた。これで、リビアもアンジェもノエルも無事。

 

 

【生き残った無人機たちを集めました。アロガンツとアンタレスの整備を行います】

『あいつらは、無事か?』

【はい、先ほど通信がありました。帝国が降伏を宣言し、敵味方含む全搭乗員が要塞の外に出ています】

 

 

 ユリウスら五人組のことである。無事に鉄火場を生き延びたばかりか、帝国の降伏すらもぎ取って戦争を終わらせようと動いたらしい。これまで散々迷惑をかけてきた連中だが、何やかんや、自分の足りない分を補ってくれている。どうしようもなく阿呆な連中だが、決して悪い奴らじゃない。莫迦扱いも、そろそろ撤回するべきか。

 そんな悠長な思考は、すぐに遮られた。

 

 

【マスター、すぐに後方に下がって治療を受けてくだ――

 警告:魔装反応が接近中。――これは……!】

 

 

 アロガンツのコクピット中に、びーびーとアラート音が響く。

 その正体を誰何するまでもない。アロガンツのメインモニターに、ひとつの姿が映っていた。ぼろぼろになった銀色の鎧を纏い、ゆっくりと歩み寄るミア=アルカディア・コアの姿が。

 

 

『騎士様と――ブーくんの剣を返して!』

『奪い返してみろよ、このじゃじゃ馬ぁ!』

 

 

 その瞳に激情を灯すミアへ、リオンは精一杯叫んだ。ハッピーエンドにはまだまだ遠い。

 

 

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