鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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08.最期の篝火

【コアのない魔装は暴走し、装備者は死亡する。――逆説的に、コアのある魔装ならば、引き剥がせば使用者は一命を取り留めると考えられます】

「可能性はあるはずだ」

 

 

 ミア=アルカディア・コアの放つ魔導レーザーを、ブレイブの大剣を盾にして凌ぎながら、リオンは必死に頭を回していた。微動だにしないアンタレスのことなど、その脳裏から吹き飛んでいた。

 殺すわけにはいかない。それが、フィンの戦った意味なのだから。

 

 

【マスター、コアの位置を確認しました。そこをピンポイントで貫けば、操縦者から切り離すことが可能です】

「ミアちゃんは無事だろうな!?」

【助かる可能性はあります。が、少しでも外れれば人体の急所を貫いてしまいます】

「……アロガンツだと無理だな」

【ハッチをパージします!】

 

 

 アロガンツ本体は、度重なる攻撃に晒されてぼろぼろだ。リオンは白兵戦用に――お守り替わりでしかなった――備え付けていたライフルを引っ掴み、開け放たれたハッチから勢いよく飛び出した。

 

 

『出て来たところで!』

 

 

 飛び出したリオンに向けて、ミアが火焔を放った。咄嗟に展開されたルクシオンのシールドがそれを凌ぎ、リオンの眼前を炎が覆う。

 

 

【マスター、耐えきれません! 五秒後にシールドエネルギーがつきます!】

「五秒もあれば十分だ」

 

 

 リオンはライフルを構え、特殊スコープ越しにミアを捉えた。身体の中心に、黒々としたコアが見える。即座に引き金を引いた。

 

 

『ぎゃあっ!?』

「いいだろ。レアアイテムの特別製だ」

 

 

 その銃弾は過たずコアを貫き、ミアを弾き飛ばした。もんどりうったミアから銀色の鎧が剥がれ、撃ち抜かれたコアがずるずると這い伸びる。惨めな逃走を図るその姿は、醜いナメクジのようだった。

 

 

【――子機のバッテリーが限界に近付いています。シールドエネルギーも尽きました。手早く止めを刺してください】

「了解だ」

 

 

 ミアの安否を気にしている暇もない。リオンは這いずるコアに歩み寄りながら再び小銃を構え、ありったけの弾丸を撃ち出した。

 

 

【イギャァッ!】

 

 

 コアが人工物らしくない悲鳴を上げるが、それでも止まる素振りはない。がちりと金属音が鳴り、小銃の発砲が止まった。ロストアイテムであるこの小銃は専用弾を必要としており、マガジン一つ分しか用意されていない。

 

 

「……しぶといな」

【……莫迦な……こんな――ところで――】

 

 

 あとは、銃剣を突き立てて破壊するしかないか。満身創痍のリオンは、とうに限界を迎えた体躯に鞭打ちながら歩き出し――

 

 

【――()()()()()()()()()()()?】

「……え、」

 

 

 くるりと反転し、こちらを見た黒い瞳に、リオンの思考が止まった。

 

 

【ははは、この程度、想定の範囲内だよ!!】

 

 

 呵々大笑とばかりに哄笑を上げるコアへと、赤い光が殺到した。ずるずると膜を引き寄せるように、大気が根こそぎひっくり返されるかのような勢いで、魔素が収束していく。臨界を容易く超えた魔素の密集は赤から黒へと変じ、ぎゅるぎゅると渦を巻いて形を成す。

 やがてリオンの前に、黒い巨人が現出した。

 

 

【――さて。()の戦闘経験を再現できないのは残念だが……死にかけの英雄を一人二人殺すくらい、なんてことはない。

 ああ、折角だから、彼の口上だけでも真似てみようか】

 

 

 血赤色に光る無数の複眼。刺々しい体躯からはみ出る無数の触手。小銃のように成形された両腕の武装。そして何より、息苦しいほど濃密な魔素の圧力。

 

 

【言葉など、すでに意味をなさない。見せてみろ、君たちの力を】

 

 

 嘲弄とともに、巨人が両腕を突き出した。

 

 

「――ルクシオン! 投薬だ!」

 

 

 リオンはほとんど反射的に叫んだ。戦略など考えていなかった。何とかしなければ、という衝動のままに叫んだ。

 

 

【できません】

「いいからやれ! これは命令だ!」

【ありません】

「……は?」

 

 

 ルクシオンの淡白な回答に、リオンは思わず思考が停止した。

 

 

【先に投薬した分が全てです。中和剤も投与完了しました。強化薬は、もうありません】

「そ――んな――だって、クレアーレが、三回分って」

【はい。そのため、()()()()()搭載しました。マスターに提供する薬は、もうありま――】

 

 

 それきり、ルクシオンはぽとりと墜落した。バッテリー切れを起こした子機は、ただの金属球となって瓦礫の上に転がった。

 三回分のうち、たった一回。次はもうない。物理的に。――だったら、あと二回分はどこに行った?

 

 

「――まさか!」

 

 

 ――リオンの視界を、真紅の影が駆け抜けた。

 ガィィン、と甲高い金属音を立てて、アンタレスのブーストキックが黒い巨人を蹴り飛ばした。

 

 

「ハーヴェイさん! やめろ、戻れ!」

 

 

 必死に叫ぶリオンは、しかし二機が巻き起こす衝撃波に煽られて、盛大に転倒した。もう立ち上がる力すら残っていなかった。

 

 

【はは、上等だ! せいぜい足掻いてから死ぬと良いよ!】

 

 

 蹴飛ばされた黒巨人はげらげらと笑いながら、両腕のライフルを撃ち放った。ブースターが焼き付いたはずのアンタレスは、しかし俊敏なクイックブーストでそれらを躱していく。

 アンタレスはその体躯から、まさに流血の如く、血赤色の魔力を漏出させていた。それすら燃料にして、アンタレスは遮二無二ブーストで突っ込んだ。

 

 

【想定済みだよ!】

 

 

 ぐるりと旋回しながら振り上げられた“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”を、黒巨人がライフルをぐにゃりとブレードに変形させて受け止める。煌々と輝くブレードが激突し、周囲に夥しい魔力を放散した。

 アンタレスは弾き返された衝撃に逆らわず、バックブーストを乗せて距離を取った。再びライフルに変形させた黒巨人が、その砲門から鉛の礫を連射する。アンタレスは巡行ブーストに切り替え、限界速度を超えて疾走した。ばぎゃり、と甲高い金属音を立てて、ひしゃげたブースターが脱落していった。壊れたノズルの断面から魔力を直接噴き出し、赤い尾を引きながら駆け抜けていく。

 

 

【ちょこまかと鬱陶しい――これならどうだい!?】

 

 

 両肩から伸びる触手がぶわりと膨れ上がり、無数の魔法陣を展開した。そこから射出される魔法追尾弾が、アンタレスを追い立てる。既にブースターが破損したアンタレスは、しかし魔力を強引に噴出して身を捩り、次々に回避していく。だが慣性を無視した力ずくの回避機動は、次第に追尾弾に捕捉され、黒巨人本体のライフル掃射に合わさり、全身の装甲がぼこぼこと撃ち抜かれていった。

 ばきり、と右腕の関節が追尾弾に焼け焦げ、縦横無尽の機動に付いていけず脱落した。これでライフルが使えなくなった。ぼとり、と武装懸架アームがひしゃげ、右肩のミサイルポッドが脱落した。これでミサイルも使えなくなった。

 黒巨人は勝利を確信した。もはやあの紅機に遠距離武装はない。癒着した壊れかけのブレードを振りかぶり、万歳突撃するしかない。その前に、弾幕で擂り潰してしまえばお終いだ。

 ぐんぐんと不規則な機動を繰り広げるアンタレスのコクピット内で、ハーヴェイは血の塊とともに叫喚をぶちまけた。

 

 

「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 喉が千切れる。頸骨が軋む。声帯が引き裂かれ、口から血を吐きながら声にならない叫びをあげる。

 

 

【不明なユニットが接続されました】

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 ぶわりと、アンタレスの右肩から紅蓮が咲いた。

 

 

【システムに深刻な障害が発生しています。直ちに使用を停止して下さい】

 

 

 血よりも赤い真紅の輝きが、脱落した腕を補うように生えてきた。その真紅はアンタレスの外殻を乗っ取るように纏いつくと、ぶわりと大きく炸裂した。ぼろぼろに朽ちながら、それでも飛翔するアンタレスは、まるで残像を残すかのような速度で――いや違う。実際に分裂し、魔力で形成された分身を伴って飛翔している!

 

 

【――何だ、それは……!?】

 

 

 黒巨人は愕然とした。人間の体積を超えた――魔素に適合した新人類でさえ届かない許容量を優に超えた魔力が、AC本体と同等質量の濃密な分身を四つも形成し、飛翔に耐えているなど、あり得るはずがない。

 

 

【できるはずがない! 旧人類の――いや、人間の限界を超えている! 成せるはずがない!!

 何が“人間の可能性”だ、クソくらえ!!!】

 

 

 アンタレスの右腕が小銃を形成し、そこから放たれた真紅の魔導レーザーが黒巨人を貫いた。一瞬とはいえ濃密な魔力照射に制動させられた黒巨人は、己に向かって突撃してくる真紅の魔力塊を回避することができなかった。

 滅びろ。滅びろ。滅びろ。滅びろ。

 滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ――――

 

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 ハーヴェイの絶叫とともに、真紅の魔力が炸裂した。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ――最後にアンタレスが左腕のブレードを振り下ろし、アルカディアの外壁が、爆裂とともに吹き飛んだ。

 

 

【――ああ、()()も、失敗か】

 

 

 限界以上の爆撃を浴びた黒巨人は、すでにその体躯の八割を損傷し、ぼろぼろの鉄屑に変わっていた。めらめらと燃える真紅の炎に侵されながら、ぎしぎしと関節を駆動させようとして、無駄であることを悟った。

 

 

【どいつもこいつも、例外まみれか。どれだけ生き汚いんだい、人間って奴は。

 そんなに生きたいなら――せいぜい、戦い抜くがいいさ。君たちには、その権利と義務がある】

 

 

 末期の恨み言を遺したきり、黒巨人は沈黙した。墜落していくアルカディアがざぶんと海面を叩くころには、その姿は綺麗さっぱり消え失せていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ホルファート―アルゼル連合軍、旗艦リコルヌ。アルカディアの真正面を飛翔していたそれは、負傷したリオンとハーヴェイを受け入れるのに最適だった。

 

 

【医療用のポッドを早く!】

 

 

 アロガンツから飛び出したきり気絶しているリオンと、アンタレスのコクピット内で昏倒していたハーヴェイを運び出し、ルクシオン本体からちょろまかした医療用ポッドに押し込む。慎重にパイロットスーツを剥がし、癒着した傷を洗浄し、創傷を縫合していく。呼吸器に繋ぎ、定期的に電気ショックを繰り返して心臓を動かす――それでも、二人は目覚めない。

 

 

「起きてよ! ねぇ、リオン!」

「ノエルさん、今は安静にさせてあげないと駄目ですよ」

 

 

 リオンのポッドにかじりつき、そのガラスケースを叩くノエルを、バルトファルト家のメイド、ユメリアが引き離す。そんなすったもんだがあっても、リオンは一向に起きない。

 

 

【――……戦闘のストレスと、強化薬の負荷が想定以上でした。これでは……】

 

 

 緊急充電で復旧したルクシオンは、そう呟くしかなかった。

 一回分、さらに希釈した強化薬でさえ、その肉体にかかる負荷は深刻だった。不安定ながらも脈拍が生きているリオンでさえこの有様だ、二回分使用したハーヴェイは――

 

 

「ハーヴェイ! お願いだから起きて! 起きて頂戴!」

「坊ちゃん! いやです、こんなことでお別れなんて――!」

 

 

 ガラスケースの前で泣き崩れるアデルとケイトの目の前で、しかしハーヴェイは目を覚まさなかった。全身を火傷と魔力汚染に冒され、すでに自力呼吸ができなくなっている。

 やがて、ハーヴェイに繋がれた心電図モニターがその波形を止め、ぴー……と横一直線に固まった。心停止――すなわち、

 

 

【――たった今、亡くなったわ】

「……坊ちゃん……!」

 

 

 クレアーレの宣告に、ケイトは膝から(くずお)れた。彼女たちの生きる希望が、たった今、宙に溶けて消えた。

 リオンの心電図も怪しい。どんどん波形が小さく弱くなり、生きる力を失っていく。傷は治した。毒は排した。それでも、命が戻って来ない。あるべき肉体に、入れるべき魂が戻って来ない。

 

 

「――まだよ。まだ間に合う!」

 

 

 その様子を見守っていたマリエが、鋭く叫んだ。絶望的な医務室の空気を、たった一言で変えた。

 

 

「間に合うだと? ほ、本当なのか!?」

「何か方法があるんですか?」

「私の“ゲーム知識”を舐めないでよね! “聖女”にしか使えない魔法ってのがあるのよ!」

 

 

 アンジェリカとオリヴィアには分からない言葉を交えつつ、マリエははっきりと宣言した。だがたった今死を迎えたハーヴェイを前に、アデルとケイトは信じることができなかった。

 

 

「でも……この状態から、助かる方法なんて……」

「それこそ、蘇生――……待って、貴女まさか」

「そのまさかよ」

 

 

 アデルの閃きに、マリエは力強く頷いた。

 幸い、ここには“聖樹の若木”がある。その加護を以てすれば、疲弊した肉体を癒すことはできる。

 

 

「ノエル、あんたは聖樹を制御して二人の命を繋ぎ止めて。二人の魂が離れる前に、急いでやらないと」

「わ、分かったわ」

「私にも手伝わせてください」

 

 

 ノエルに指示を飛ばす横で申し出てきたオリヴィアに、マリエは一瞬だけ瞠目した。

 ただの蘇生ではない。()()()()()()を見せることになる。果たして吉と出るか、凶と出るか。――考えている暇はない。

 

 

「――そうね。あんたたちも手伝って」

「いいのか? 出来ることなら何でもするぞ」

 

 

 この際だ、アンジェリカについても了解してしまおう。どうせ()れても、()()()()()()()()()()()

 

 

「兄貴たちの魂を連れて帰るために、あの世の手前まで行くわ。

 それから――何を見ても、二人を嫌いにならないでね」

 

 

 アンジェリカとオリヴィアには謎めいた言葉とともに、マリエは儀式を開始した。神殿に伝わる禁術――“蘇生魔法”である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 気付けばオリヴィアは、暗いトンネルを歩いていた。

 

 

「アンジェ? マリエさん?」

 

 

 声を張りながら、オリヴィアは周囲を見回した。真っ暗闇の中なのに、トンネル――道であることが分かるとは、何とも奇妙な感覚だ。迂闊に歩き出してもいけない。そんな直感とともに、オリヴィアは声を張った。

 

 

「アデルさん! ケイトさん!」

「こっちよ、リビアちゃん」

 

 

 最初に応答したのは、アデルだった。それに続くように、周囲に人の気配を感じる。

 

 

「ここよ! 絶対にはぐれないでよ!」

「私はここだ!」

「あたしもいます!」

 

 

 真っ暗闇の中、ぽつりとマリエが魔法の火を灯した。これさえあれば、道が分かるだろう。少なくとも、彼女を先頭に。

 

 

「いい? ここからは私の指示に従って。

 それと、何を見せられるか分からないけど――兄貴たちを、信じてあげて」

 

 

 マリエは一同に謎めいた言葉を刷り込むと、やがて道を見つけて歩き出した。

 道々では、マリエの知識について聞かされた。曰く、神殿に伝わる禁術。“聖女”の道具を受け継いだ者だけが覚えられる特殊な魔法……しかし彼女が認定されていた期間は、半年に満たない。そのような短期間で習得できるような簡単な魔法だろうか? そうであったとして、そんな便利なものをこれまで使ってこなかったことに、オリヴィアは違和感を抱いた。

 しばらく歩いていると、光を放つ大きな門が見えた。頂点に考え込む男の像が載せられた、豪奢な門だ。何か文章が刻まれているようだったが、オリヴィアの見たこともない文字だった。

 マリエを筆頭に、一同は門をくぐった。その先にあったのは――

 

 

「……どこの町だ? 奇妙な場所だな。これがあの世か?」

「ここは……?」

 

 

 見覚えのない、平たい建物が並ぶ奇妙な町だった。いくつもの柱が道の脇に立てられ、多くの線で繋がれている。地面には白いペンキで何やら文字やら白線が書かれ、色々な形の似たような看板が立っていた。人が暮らしているように感じられる街並みだが、不思議と人の気配を感じない。ふとマリエを見やると、彼女は涙を拭っていた。

 

 

「――……私たちの、故郷よ」

「故郷? ()()()()? お前、いったい何を言っている?」

 

 

 まるで意味が分からない、と首を捻るアンジェリカに、マリエは種明かしをした。

 

 

「リオンと私、兄妹の故郷。私はリオンの妹なのよ」

「な、何!? いや、そんなはずはない! リオンの家系図は、公爵家で徹底的に調べた」

「そうじゃないのよ、アンジェ」

「マリエさん、説明してもらえるんですよね?」

 

 

 動揺するアンジェリカを制したのは、意外にもアデルだった。

 以前、他ならぬオリヴィアから提示された疑惑だ。リオンとマリエ、経歴の割に親しすぎる――それも友愛でもなく、恋愛でもなく、まるで家族のような繋がりを感じる。そのことに疑問を抱いたオリヴィアの提案で、リオンの身辺調査をしたのだ。その時には見えなかった真実が、今明かされる。

 

 

「私と兄貴は、前世で兄妹だったのよ」

前世(ゼンセ)だと? いったい何を言っている?」

 

 

 ……いきなり初見の単語をぶち込まれて、狐につままれたような気分に襲われたのは蛇足だろう。マリエは将来教職に就かない方がいいと思った。

 

 

「輪廻転生――遺失文明の、“仏教(ブディズム)”という宗教だったかしら。生の世界に縛られている人間は死して尚、別の生き物に生まれ変わる――そんな話よね?」

「生まれ変わる……」

「どうしてお前が知っているんだ?」

「色々あって、事前に話を聞かされていたの」

 

 

 アデルの解説によって、ようやく二人は話を理解した。といっても、「そういう宗教観がある」程度の浅い認識だったが。

 

 

「ハーヴェイさんは、それとどう関係するんですか?」

「スピアリングもお前たちの家族なのか?」

「違うわ。彼はまた、()()()()から生まれ変わったそうよ」

 

 

 となれば、ハーヴェイはここにいないのだろうか。マリエは周囲を見回すと、何かを確かめるように歩き出した。

 

 

()()に来たってことは、先に兄貴に会えそうね。急ぐわよ」

 

 

 マリエを先頭に、一同は見知らぬ町を歩き出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 懐かしの実家だった。

 兄の葬式とともに家を追い出されてからは、まともに帰ったこともない。そんな実家に、二度目の人生で戻れる日が来るとは思わなかった。マリエは深呼吸をして、緊張した気持ちを和らげようとする。

 

 

「どうしたんです?」

 

 

 ――と、ケイトにタイミング悪く声をかけられ、マリエは激しく咳き込んだ。

 

 

「き、緊張するのよ!」

「実家なのだろう? お前、もしかして何かしたのか?」

 

 

 アンジェリカが呆れて見やる前で、マリエはもじもじと俯いた。

 

 

「……そ、その――兄貴が死ぬ原因を作ったのが、私というか――親を騙してお金をもらって、海外旅行に行ったとか――色々とありまして」

「貴女そんなのばっかりね」

「前世の話よ! も、もう、入るわよ!」

 

 

 マリエの告白に、四人は冷ややかな視線で睨んだ。マリエは誤魔化すように話を切り上げ、呼び鈴を押した。

 

 

『は~い、どちら様ですか?』

 

 

 インターホンから懐かしい声が聞こえてくる。母親の声だった。

 

 

「え、えっと――あの、その」

 

 

 マリエは前世の名前を言おうとして――突然(おし)になったかのように、言葉に詰まった。

 両親に付けられた名前、兄に何度も呼ばれた名前。それが、出てこない。

 

 

『――呆れた。あんたまで帰ってきたの? 今はたしか、“マリエ”よね? 鍵を開けるから、さっさと入ってきなさい』

 

 

 呆れたような母親の声がすると、玄関の鍵が開けられた。

 マリエがためらいながら玄関のドアを開けて中に入ると、そこには懐かしい実家の景色が広がっていた。

 

 

「ここがリオンさんのご実家ですか? 立派なところですね」

「み、見たこともない様式だな」

 

 

 オリヴィアとアンジェリカは、それぞれ真逆の印象を抱いた。お嬢様育ちのアンジェリカからすれば、確かに立派とは言えないだろう。侯爵家に慣れたアデルとケイトも似たような感想だ。

 マリエはすぐに居間に向かって移動すると、襖を開けてそこにいる家族を見た。居間の隣に台所があり、母親はそこで料理をしている。炬燵が用意された居間では、父親が新聞を読んでいた。マリエが来たことで顔を上げると、気軽に挨拶をしてくる。

 

 

「お前も戻ってきたのか? おや、そちらの方々は?」

 

 

 マリエは立ち尽くした。記憶よりも老いているが、懐かしい両親がそこにいた。

 そして――

 

 

「誰? お客さん?」

 

 

 炬燵で寝ていたリオンが、のそのそと起き上がり欠伸をした。

 

 

「――いや何してんだァこの莫迦兄貴!!」

「へぶぅ!?」

 

 

 マリエ渾身のドロップキックが、リオンの顔面にめり込んだ。

 

 

 

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