鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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09.投げた賽の行方

 小柄なマリエとはいえ、人一人の全体重を乗せたキックを喰らい、リオンは盛大に吹き飛んだ。

 

 

「なぁーにを炬燵でまったりしているのよ! 自分の立場分かってるんでしょうね!?」

「――っこ、この……ノータリンの莫迦女が……!」

 

 

 調度ががらがらと転げ落ちる中、リオンは鼻を抑えながら立ち上がった。鼻が捥げるかと思った。割と冗談抜きで。場所が場所でなければ、鼻血が出ていたのは間違いない。

 寝ても覚めても蘇っても相変わらずな兄妹に、両親はすっかり閉口してしまった。

 

 

「お前なぁ……お友達を待っているんじゃなかったのか?」

「――はっ、そうだった!」

 

 

 父の一言で、リオンははっと再起動した。

 

 

「ハーヴェイさんは!? どうなった!?」

「……アーレによると――死亡、した、と」

「私が禁術で蘇生させに来たの。ついでに兄貴も起きないから、一緒に連れ戻しに来たわけ」

 

 

 アンジェリカの気まずい一言に、リオンは表情を硬くした。ともあれ、助け出す手段があるのなら、それに越したことはない。

 それはそれとして、蘇生? そんな便利な魔法があるなら、もっと早く使えよ。いらん苦労を背負い込んだじゃないか。

 

 

「ていうかお前、兄貴って――」

前世(ゼンセ)とやらの話なら、全て語ってもらった」

「リオンさんとマリエさん、本当に兄妹だったんですね」

 

 

 そういえば、と目を剥くリオンに対し、アンジェリカとオリヴィアが補足した。二人の関係は、その正体は、もう明るみになっている。こうして死者の国に来、前世の両親とともに面会している以上、今更と言えば今更な話でもあるが。

 

 

「リオン、お前はここで何をしていたんだ?」

「……実は、俺もよく分かってなくて……」

 

 

 気が付いたら、懐かしの実家にいた。そして、老いた両親と再会した。

 二人曰く、「友達を連れ戻しに来た」とのことらしいが……当のリオンは意識が曖昧だったのか、よく覚えていない。ひとまずここで休息しておけと父に言われ、こうして炬燵で休んでいた次第だ。

 

 

「とにかく、兄貴は見つかったから結果オーライね。さ、次行くわよ」

 

 

 ぱんぱんと手を叩き、急かすように言うマリエに対し、しかしリオンは口ごもった。何か言いたげな様子に、アンジェリカとオリヴィアは首を捻った。

 

 

「……ない」

「は? 何か言った?」

 

 

 マリエに急かされるがまま、リオンは小声でぼそぼそと口にした。

 

 

「――帰りたくない……」

 

 

 空気が死んだ。いや死者の国であるからして、もともと生きていないが。

 

 

「この莫迦兄貴! この期に及んでそんなこと言うの!?」

「分かってるよ! 分かってるけど! 覚悟したとは言ったけど!

 でも帰りたくないよ! 王様なんてやりたくない!!」

 

 

 リオンは本音をぶちまけた。それはもう遠慮なく。彼の心情を考慮してやれる悪友(ハーヴェイ)は、この場にいなかった。

 

 

「……リオンさん……」

「……Mr.……」

「……貴方って人は……」

「何でだよみんなしてそんな目で見てェ!」

 

 

 すっかり呆れ返った一同に対し、リオンは恨みがましい叫びを上げた。誰の顔色をも憚らない一言は、誰の顔色をも明るくさせることがなかった。

 

 

「俺頑張ったよ!? 超頑張ったんだよ!? 人生何回分苦労したと思ってんだよ!」

「それなら私だって何回も苦労してきたわよ!」

「あんたは自業自得でしょうが」

 

 

 ぎゃんぎゃんと叫ぶリオン/マリエの兄妹。さすが同じ釜の飯を食って育ってきたというべきか、開き直り方までそっくりである。

 

 

「――……私の、見込み違いか?」

「アンジェ?」

 

 

 ぽつりと零したアンジェリカの一言に、リオンは思わず口ごもった。

 

 

「お前は、私たちと帰るのが嫌なのか? 私たちと一緒に過ごしたくないのか?

 お前は、私の傍にいてくれる。私を裏切らないでいてくれる――そう思っていたのは、私だけか?」

 

 

 俯いたまま、ぽろぽろと涙を零すアンジェリカの顔を見て、リオンはばつが悪そうに視線を背けた。違う。こんな顔をさせるために、駄々を捏ねているんじゃない。

 

 

「――……確かに、二人のために頑張ったよ」

 

 

 顔を逸らしたまま、リオンはぽつりと語り始めた。

 

 

「新しい家族のために頑張ったよ。友達のために頑張ったよ。自分自身の、エゴのために頑張ったよ。

 でも――それはそれとして、弱音は吐かせてくれよ。頑張りたくない、ガラじゃないって吐くぐらい、大目に見てくれよ」

「私が、ずっと傍で支えます」

 

 

 そんな弱音を、オリヴィアが遮った。

 

 

「アンジェと一緒に。ノエルと一緒に。みんなで、リオンさんを支えます。

 一緒に苦労して、一緒に頑張って、一緒に乗り越えます。それじゃ駄目ですか?」

 

 

 リオンの顔を優しく掴み、真正面から問いかけるオリヴィアに、リオンはついに何も言えなくなった。

 

 

「――……敵わないなぁ、二人には」

 

 

 そうだ。この笑顔に、自分は惚れてしまったのだ。

 オリヴィアの手を優しく除けると、リオンはよっと立ち上がった。その顔には、先程までの不満そうな様子はない。

 

 

「よし。行くのね」

「はい。好きな人を泣かせてまで、我儘言えませんよ」

「ふふ、それでこそ男の子よ」

 

 

 覚悟を決めたリオンの顔を見て、アデルが嫣然と笑った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 さて、リオンはこうして見つけ出した。あとはある意味本命の、ハーヴェイを探し出さなくてはならない。

 しかし、ここに来て窮したのがマリエだった。さもありなん、彼女は“ゲーム知識”に基づいた蘇生魔法しか知らず、こうして対象を探し出して連れ帰る方法しか知らないのだ。リオンから聞く限り、明らかに21世紀日本とは異なる世界出身のハーヴェイを、探し出す手段がない。

 

 

「お前本当に考えなしだな」

「うるっさいわね! 兄貴に言われたくない!」

「傍から見たらどっちもどっちです」

 

 

 そんなしょうもないやり取りがあったのはさておき。

 ハーヴェイを探す手がかりは、意外にもあっさり見つかった。リオン/マリエ兄妹の故郷を模した死者の国、その一角に、見覚えのない倉庫のような建物が見つかったのだ。何か関係があるのかも知れない、と一同は踏み込んだ。

 

 

「……ここは……?」

 

 

 倉庫の中にあったのは、無数の円筒ケース群だった。リオンたちは、不思議とそれに既視感を覚えた。

 ――その正体は、すぐに行き当たった。リオンにとってはおなじみ、そして残る者たちは先ほどまで見ていた、ルクシオンが搭載している医療用ポッドと同じ形なのだ。たったひとつでさえホルファート王国の現代医療技術を遥かに超えるオーパーツが、まるで積荷のように雑然と置かれている。

 

 

「俺は知らない場所だな。マリエ、お前は知っているか?」

「私も知らないわよ。うちの近所にこんな場所があったの?」

 

 

 ひやりとした雰囲気を纏う空間に、リオン/マリエ兄妹は寒気に似た錯覚に襲われた。

 ()()()()()()。これらのポッドは、医療用ではない。冷凍保存用だ。中身を凍結し、物資として保管しておくための空間――その冷却機能が漏出し、寒気となって襲っているのだ。21世紀日本の常識では考えられない異質な空気に、一同は戦慄に似た感情を得、なかなか踏み込むことができなかった。これらのどこかに、ハーヴェイが()()されているということだろうか……?

 それでも、前に進むしかない。戦慄を抑えつけて屋内に踏み込んだ一同は、やがてひとつの空間に行き着いた。

 

 

「これは……手術台か?」

 

 

 腹辺りまで掲げられた、人間一人が横たわることができそうな平たい台。それの正体に、最初に行き着いたのはアンジェリカだった。見たこともない無数の機器に囲まれたそれは、しかし載せるべき患者あるいは被験者がいない。無数のケーブルがぶら下げられたまま、それは検体という名の獲物を待ち構えているようだった。

 ここにも人はいない、しかし人が活動していた形跡はある。奇妙な違和感に鼻を摘ままれたような気分で、一同は薄暗い手術室に踏み込んだ。

 

 

『――コーラルと、呼ばれる物質があった』

 

 

 一人の老人の声が聞こえたのは、その時だった。

 

 

「!?」

「だ、誰!?」

 

 

 一同は即座に入口の方を振り返った。そこには、逆光に包まれる一人の老人が立っていた。片手に杖をつき、半身を支えながらも、腰を曲げずしっかりと立っている。深い皺を刻んだその顔は、老獪な戦士のようにも、冷酷な指揮官のようにも見えた。鋭い鋼のような印象を、一同に与えた。

 

 

『ケイト、アデライン・フィア・エッジワース、オリヴィア、アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ――そして■■■■■■■、■■■■■■■』

「……へ?」

「え、なんて?」

 

 

 初めて会ったはずの一同に向けて、老人はそれぞれの名を正確に呼んだ。それ自体もさることながら、リオン/マリエ兄妹に当たる名前を呼んだ瞬間、激しいノイズのようなものが走り遮られたのを聞くと、二人は困惑を浮かべた。老人も同じ気持ちのようだった。

 

 

『……既に擦り切れた記憶という訳か。今の通り名は――リオン・フォウ・バルトファルト、マリエ・フォウ・ラーファン。そうだな?』

「……あんた、誰だよ」

『ハーヴェイ・フィア・スピアリング――いや、“強化人間C4-621”の飼主(ハンドラー)だ』

 

 

 俄かに警戒を深めるリオンに向かって、老人は決して侮ることなく、ごく端的に説明した。

 「強化人間C4-621」――かつてリオンとケイトが、一度だけ聞いたことのある名だ。ハーヴェイの前世を示す名前だろうか。しかしあまりに無機質な、まるで工具部品か何かを扱うような記号じみた名前に、最初に不快感を示したのはアデルだった。

 

 

「意味は分からないけれど――言葉を選びなさいな、御仁。“飼主(ハンドラー)”ですって? 彼は立派な人間なの。あとからしたり顔でやってきて、飼犬扱いはやめて下さる?」

『……良い連れ合いに恵まれたな、621』

 

 

 アデルの毅然とした言葉に、老人ことハンドラー・ウォルターはただ無機質に呟いた。まるで己の情動さえ律しているかのような神経質さに、一同が当惑を覚えたか、どうか。

 

 

『奴を迎えに来たのだろう? 詳しい話は、道すがらしよう』

 

 

 それだけ言い残すと、ウォルターはくるりと背を向けて手術室を出ていった。足の悪い老人とはまるで思えないきびきびとした動きに、一同は思わず置いてきぼりを喰らいそうになった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 こつ、こつ、こつ……と、杖を突く音が響く。手術室を出、倉庫を出――その先にあったのは、元の街並みではなかった。鉄筋コンクリートに囲まれた、魔導鎧の格納庫のような場所だった。

 

 

「――それで? 貴方と、彼と、コーラルとやら。どういう関係があるのかしら?」

 

 

 丸みを帯びた、アロガンツに匹敵する巨大なACが並ぶ格納庫に一同が圧倒される中、アデルだけは怯まずに口を開いた。

 

 

『……コーラル。辺境の開発惑星“ルビコン3”で発見されたそれは、優れた情報導体、そして画期的なエネルギー資源として、世間で大いに注目された。

 ――とはいえ、お前たちの常識に則れば、さしてその価値は分からんだろう。すでに魔法という技術を有しているお前たちにとっては』

 

 

 ウォルターは杖を突いて歩きながら、淡々と答えた。あまりに平静な語り口に、つい一同が聞き逃しそうになる中、真っ先に違和感に気付いたのはリオンだった。

 

 

「……え、待って。開発惑星? 宇宙進出してたってこと!?」

『そうか、お前たち二人には分かるな、リオン・フォウ・バルトファルト。お前たちの知る地球よりもさらに技術発展し、恒星間移動が可能となった宇宙においても、なお画期的な資源として注目されていた。

 ――そうだな。残る者たちにも分かるように説明すれば……お前たちが世間で持て囃す大魔導師、歴史に名を刻む大魔法。それが、誰でも扱えるようになった世界を想像すればいい。たとえば、ルクシオンのように。たとえば、アルカディアのように』

「んな……!?」

「そ、そんなことが――!?」

 

 

 分かりやすく噛み砕かれた説明に、アンジェリカとオリヴィアは度肝を抜かれた。現生人類が束になっても勝てないルクシオン、それを容易く打ち砕いてみせたアルカディア――それが身近になる世界なんて、ちょっと想像がつかない。あまりのスケールの大きさに、一同は驚愕せざるを得なかった。

 

 

『だが大きすぎる可能性は、時に人を狂わせる。コーラルも、所詮その一つだった。研究に取り憑かれた科学者たちの手によって、狂った成果が山ほど生み出された。

 コーラルを動力に駆動する自律兵器の数々。その群知能を利用し、コーラル汚染を直接照射する兵装。――そして、コーラルを利用して人と機械を繋ぐ、強化人間手術』

「人と、機械を……?」

『人体に、鉄の機械を埋め込み一体化させる。特に強化人間手術は、脳髄を直接弄り回す行為だった』

「――それは、生体兵器ということか!?」

「そんな……」

「んな、無茶苦茶な! SFじゃあるまいし!」

 

 

 口々に上がる糾弾の言葉を、ウォルターは黙って受け止めた。年若く純粋な若人たちの義憤を、彼は一身に受け止める責務があった。

 

 

『“空想科学(サイエンス・フィクション)”、その通りだな。――だが俺たちの世界において、それは残念ながら創作(フィクション)ではなくなってしまった。“出来るかもしれない”という可能性が、多くの人間の運命を狂わせた。

 第一世代手術の成功率は一割を下回った。科学者たちは狂っていたが、莫迦ではなかった。改良を重ね、世代を更新し、安定的な術式を求めたが……コーラルを用いた最後の世代、第四世代手術でさえ、成功率は五割を超えなかったという。その五割未満に入れなかった一人が――』

「――“強化人間C4-621”……つまり、ハーヴェイということ?」

「……さっきからなんすか、それ」

 

 

 ずっと沈黙を守っていたケイトが、ようやく口を開いた。その言葉には、隠し切れぬ憤懣と憎悪が満ち満ちていた。

 

 

「まるで、ひとを道具みたいに。実験材料みたいに。あんたたち、人の情ってものがないんすか。――そんな連中に、坊ちゃんは実験生物扱いされたってことっすか!?」

「……ケイト……」

『……耳の痛い話だ。推し進めた者、実行した者、止められなかった者――皆等しく罪人だろう。お前の怒りは真っ当で、俺たちにそれを否定する資格はない』

 

 

 ケイトの言葉すら、ウォルターは背を向けたまま受け止めた。数多の人間の人権を踏みにじる蛮行、そこに愛する主人が巻き込まれた怒りに、彼が反論する資格はなかった。

 

 

『だがその中でも、一握の善良さを持つ科学者もいた。コーラルの潜在的な危険性に気付いた彼は、その決定的な破綻を防ぐべく、コーラルを焼き尽くすことにした。

 “アイビスの火”――周辺星系をも巻き込んだその大災害は、コーラルを尽く焼却し、コーラル関連技術を、その資源ごと消滅させたはずだった』

「……いや、ちょっと待てよ」

 

 

 変わらず、淡々と続けられた説明に、再びリオンが違和感を覚えた。今度は、残る者たちも騙されなかった。

 

 

「“周辺星系をも巻き込んだ”って何だよ。そのコーラルとやらの危険性を消すために、その星どころか、周囲まで巻き込む大災害を引き起こしたってことかよ!?」

「話にならないわね。毒茸ひとつを処分するために、山火事を起こすようなものじゃないの」

『まったくその通りだ。――だが、その毒茸が山全体を、急速に侵食すると知ったらどうする?』

「えっ」

 

 

 吐き捨てるアデルに対し、ウォルターはひとつの仮定を投げかけた。大胆なその問いに、一同の思考が止まった。

 

 

『山一つでは済まない。島全体を、大陸全体を覆い尽くし、風に乗って海を越え、やがて星全体を覆う可能性があると知ったらどうする? 大気圏すら越え、宇宙にも広がりかねないと知ったらどうする?』

「そ――れ、は……」

『コーラルにはその可能性があった。宇宙に蔓延すれば、人間の手では制御しようのない汚染をもたらす危険性があった。

 “山ひとつで済ませられるうちに”――そう考えた者たちの手によって、その災禍は引き起こされた。そして何も知らない民衆は、期待通り“コーラルがもたらす無限の可能性”を諦めた。ルビコンは惑星ごと封鎖され、使い物にならない死んだ惑星として捨て置かれた。……ごく一部の、生き残りを除いて』

 

 

 “オーバーシアー”。コーラルの監視を使命とした秘密組織。コーラルの増殖と再集積の可能性を予見した彼らは、それが再び破綻の危機を迎える前に、今度こそ焼き払う使命を自らに課した。

 

 

『ある者は汚染を顧みず観測を続け、寿命を縮めて死んだ。ある者は惑星封鎖機構と戦い、戦場で死んだ。ある者は情報工作を行い、処刑台で死んだ。

 ――そして俺は、惑星封鎖を掻い潜り、ルビコンへ侵入する仕事を請けた。そのために、多くの“猟犬”を飼った』

 

 

 つまり強化人間のことだ。まさに手綱に繋がれた猟犬の如く、彼らは戦わされた。

 

 

『強化人間たちに人権はない。実験体として買われた彼らは、ACを、兵器を動かすための生体部品としか扱われない。俺は彼らを片端から買い漁り、戦力として鍛えた。“コーラルを掘り当てれば金になる。そうすれば、お前たちは人生を買い戻せる”――そんな甘言を餌にしてな。

 我ながらひどい欺瞞だ。コーラルを焼き払う使命を帯びながら、そのコーラルを目当てに戦えと猟犬を遣う。……多くの強化人間たちが死んだ。コーラルを求めて、その先に取り戻した人生を求めて、奪われた自分自身を求めて。飼主(おれ)に命じられるがままに、多くの強化人間たちが戦い、そして死んでいった。――結局、ルビコンに辿り着いたのは621だけだった』

 

 

 『当たり』を引いた。『外れ』を引いた。621は『大当たり』だった。――その全員に対し、『生きる権利』を餌にして、ウォルターはハンドラーとして戦いを強いた。

 

 

『俺は多くの猟犬を飼ったが、その中でも奴は飛び抜けて強かった。命令に忠実で、鬼のように強く、敵に一切容赦しなかった。多くの敵と味方を作りながら、立ちはだかる敵の尽くを薙ぎ倒し、俺たちは遂にコーラルに辿り着いた。

 あとは奴を星外に退避させ、俺自身の手でコーラルに火を点け、今度こそ焼き尽くす――それで済むはずだった』

「……できなかったんですか」

『俺たちは、再発見されたコーラルを求める企業たちを利用した。ただの独立傭兵に扮し、企業の手先として小金を稼ぐ卑小な尖兵――そのように企業を騙し、最後に出し抜いて、コーラルに到達したはずだった。

 だが、その思惑は見抜かれていた。企業の手によって俺たちは虜囚の身となり、コーラルは企業に奪われた。……自らの使命を果たせないと悟った俺は、最後にひと仕事を行った』

「……それは?」

()()()()()()

 

 

 ウォルターの謎めいた表現に、一同は首を捻った。

 

 

『“オーバーシアー”の同志に連絡を取り、奴の救出を依頼した。そして奴自身にもメッセージを託し、仕事を()()した。――“火を点けろ”と』

「……依頼? 命令ではなく?」

「聞いてくれないかも知れなかったんじゃないの?」

『……ただの欺瞞だ』

 

 

 口々に挙がる疑問に、ウォルターはようやく情動を見せた。惨めさのような、情けなさのような、そんな色褪せた情動だった。

 

 

『俺は、奴自身に選択する機会を与えたかった。奴が自分の意志で生き方を選び、自分の手で成し遂げる機会を与えたかった。それこそが、強化人間として生かされていた奴への、唯一の贖罪だと信じていた。

 ……老人の妄言だ。奴の人生を狂わせた罪人の一人でありながら、親心を気取っただけでしかない』

 

 

 ウォルターの苦悩に同調してやることができる者がいなかったのは、幸運と言っていいか、どうか。人を人とも思わぬ非道な扱いをしていながら、その最後に一握の情を宿す。本人の言葉通り、自己満足の域を出ない。だがそれを面罵してやるほどの非情さを、彼らは持っていなかった。

 

 

「……結局、彼はどうしたの?」

『従ってくれたのだろう。俺の仕事を請け、コーラルを焼いてくれたのだろう。最期に感じた、あの灼熱を信じるならば』

 

 

 一同はいつの間にか、広い広い宇宙(ソラ)の一拠点に立っていた。ルビコン惑星封鎖機構が有する管理施設のひとつ、LOCステーション31。その片隅に、一人の少年が立っていた。

 暗灰色の髪を流し、パイロットスーツに身を包んだ、年の割に小柄な少年――真紅のアンタレスを駆る、殺戮人形。

 

 

『お前は、友人を振り切ってまで、俺の使命を果たしてくれた。――そうだろう、621?』

「――そうです、ハンドラー」

 

 

 ハーヴェイ・フィア・スピアリング――否、強化人間C4-621が、冷たい表情で立っていた。

 

 

 

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