鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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10.余燼

「ハーヴェイ……!」

「坊ちゃん!」

「来ないで」

 

 

 思わず駆け寄ろうとするアデルとケイトは、しかしハーヴェイの冷たい声音によって押し止められた。

 愛する二人に冷たく鋭い視線を向けて制したハーヴェイは、次に先頭に立つウォルターに視線を遣ると、ふっとその表情を和らげた。

 

 

「……もう一度、お会いできて……感激です、ハンドラー」

『……そうか。思えば、お前と肉声を交わすのは初めてか』

「そういえば、そうでしたね。あの頃の僕は、そのための語彙も、そして喉すらなかったから。そう思えば、この数奇な運命にも、感謝のしようがあったのかも知れません」

 

 

 生きて、殺して、死んで、生まれ変わって――数奇も数奇だ。そうでもしなければ、彼らは言葉を通わすことすら叶わない宿命だったのだろうか。

 

 

「――もっとも、彼らの犠牲に釣り合うかどうかは、分かりませんけれど」

 

 

 ハーヴェイは道化のように笑うと、その両手を広げて周囲を見渡した。促されるように周囲を見渡した一同は、無数の残骸で満ちるLOCステーション31を目撃した。

 多くの兵器があった。多くのACがあった。多くの魔導鎧があった。広い広いステーションを埋め尽くす、そのどれもが、ハーヴェイ(C4-621)の手で(ころ)し尽くされたものだった。

 

 

「沢山戦いました。沢山壊しました。沢山殺しました。寝ても醒めても、蘇っても。

 僕の人生は――“強化人間C4-621”としても、“ハーヴェイ・フィア・スピアリング”としても、酸鼻極まる血道の上にしか成り立たなかった。その代価があなたとのささやかな対話などと、誰が理解を示してくれるでしょうね?」

「……ハーヴェイ……!」

 

 

 壊れて笑うことしかできなくなった道化のように、ハーヴェイは空虚な笑みを浮かべていた。その悲愴な姿に、思わず苦悶を零したのはアデルだけではない。

 唯一、ウォルターだけは、厳しい表情を浮かべたまま口を開いた。

 

 

『……621。お前が行ってきた戦闘の殆どは、俺が仕事として強いたものだ。その罪を負うべきは、お前ではない。俺だ』

「あなたなら、そう言ってくれると思いました。ハンドラー、あなたは優しすぎる。だからこそ、あんな使命を果たすことが出来たのでしょうけれど。

 それでも、手を下したのは僕です。彼らが最後に見た顔は、僕です。彼らの憎悪が消えることはなく、そして僕には、それを受け止める責任があります」

 

 

 互いに罪を庇い合う主従――似たり寄ったりと言っていいものか、どうか。堪らなくなったケイトが、最初に叫んだ。

 

 

「そんなことないっす! 坊ちゃんは――坊ちゃんはいつも、誰かのために戦ってきました! 坊ちゃんは悪くないっす!」

「お題目があればいいのかい?」

 

 

 そんなケイトの慟哭を、ハーヴェイ本人が否定した。

 

 

「お題目があれば、赤子を飢え死にさせてもいいのかい? 大義があれば、農夫たちが冬に備えて育ててきた作物を焼き払っていいのかい?

 ――使命があれば、ただ生きているだけのコーラルたちを、皆殺しにしてもいいのかい?」

 

 

 ハーヴェイが突き付けた問いは、一同に戸惑いを抱かせた。コーラル――ルビコンで見つかったという新資源。それらを滅ぼすことの意味? 『殺す』という行為?

 

 

「……え、コーラル……? ど、どういうこと?」

『……群知能を持つコーラルの、密集状態による相変異――薄々、勘付いてはいた。……いや、本当はとうに気付いていて、見えなかった振りをしていただけだろうな。

 621。お前の、友人の正体は……』

 

 

 マリエが分かりやすく混乱するのを背後に、ウォルターは一足先に、その言葉の意味に辿り着いた。

 ウォッチポイント・デルタでの秘密任務から始まった幻聴。何かに導かれているかのような、不可解な行動の数々。ミッションでも顕在化した、異常な勘の鋭さ。その正体は、決して彼自身の異能でも何でもなく――

 

 

「ルビコニアンのエア――コーラルの潮流の中に生じた、一つの波形。彼女は、そう名乗っていました」

 

 

 ハーヴェイは空虚な笑みのまま、決定的な言葉を口にした。

 ウォルターは厳しい表情のまま、その言葉を噛み締めた。その後ろのリオンは、意味がよく理解できなかった。脳が理解を拒んでいた。

 

 

「……はけ……は?」

「……コーラルとは、生き物だったということか」

「そうらしい。彼女ほど、明朗な知性を持っていたのは希少だったようだけどね。

 コーラルの奔流を浴び、その潮流の中に投げ出され――そして彼女は、僕を見つけた。僕は、彼女を見つけた。彼女は、初めて他者との“交信”に成功した」

 

 

 それは彼女にとって、どれだけの歓喜だったろう。

 長い長い孤独の果てに、言葉を交わし心を通わせる友を見つけたエアは、C4-621を甲斐甲斐しく支えた。その恩に言葉を返す術がなかった彼も、しかしある戦士の言葉を借り、彼女を“戦友”として扱った。

 ――だがその末路は、ひとつしかなかった。その果ての悲劇を、一同はつい先ほど聞かされた。

 

 

「ちょ――ちょっと、待てよ。それじゃ、ハーヴェイさんは……」

「彼女を知覚できるのは僕しかいなかった。彼女が頼れるのは僕しかいなかった。……コーラルという同胞たちを守れるのは、彼女しかいなかった」

 

 

 掠れた声で問い質すリオンの言葉を、ハーヴェイは事実上肯定した。

 エアの――戦友の懇願を蹴った、ということだろう。彼はシンダー・カーラのへの恩義に報いるために、もはやハンドラーではなくなったウォルターの命令を遂行するために、無二の戦友を見殺しにしたのだ。

 

 

「彼女は強敵でしたよ、ハンドラー。企業でさえ成せなかった封鎖機構の衛星砲を掌握し、アイビスシリーズの一機を乗っ取り――わざわざ対等な条件を作ってまで、僕との決戦に挑みました。

 僕一人を殺したところで意味がないと分かっていながら、僕が反撃できる状況を作ったところで意味がないと分かっていながら、彼女は、僕との決着を望みました」

 

 

 IB-07: SOL 644。純白の装甲にコーラルの赤い光を宿したその戦機もまた、LOCステーション31の片隅に転がっていた。アンタレスに手を伸ばすように、朽ちて倒れていた。

 

 

「――そして、貴方は勝ったのね。……彼女を、殺したのね」

()()()()

「……!?」

 

 

 アデルの言葉を、ハーヴェイは否定した。自らを否定した。

 北風に身を晒される旅人のように、ハーヴェイは己が身を掻き抱いた。ルビコン地表から遥か遠く離れた熱圏の灼熱は、しかしあまりに空疎で、彼の心を凍えさせるばかりだった。

 

 

「僕は、ベイラムの部下たちに報いようとするミシガンを殺した。ルビコンの未来のために、自ら泥を被ったラスティを殺した。同胞を守ろうとするエアを殺した。ボスのために戦うチャティを見殺しにした。ザイレムごとプラントに突っ込み、歯を食い縛って笑うカーラを置き去りに逃げ出した。炎に呑まれるルビコンを――諸共に焼かれるハンドラーを置き去りに逃げ出した!

 全てを奪われた僕には何もなかった! ハンドラーだけが、僕に意味を与えてくれた! あのルビコンで得た敵と味方が、僕の全てだった! その全てを裏切り! 僕は! 全てを焼き滅ぼしたんだ!!」

 

 

 血を吐くようなハーヴェイの叫びに、一同は言葉を紡ぐことができなかった。ウォルターでさえ、口を挟めなかった。

 

 

「再手術を受けて自由になった僕の手に、何も残らなかった! 適当に付けた知らない名前も、桁数ばかり豪勢な預金残高も、だだっ広い辺境惑星の景色も、何の意味もなかった! そんなものよりずっとずっとずっと大事なものを、僕はあのルビコンで全部焼き滅ぼしてきたんだ!!

 なあ教えてくれよリオン・フォウ・バルトファルト!! 教えてくれよマリエ・フォウ・ラーファン!! 自分の命よりもずっとずっとずっとずっと大事な恩人さえ殺すことしかできない僕は、何のために生まれてきた!? 何のために生かされ、何のために蘇らされようとしている!?」

 

 

 ――結局のところ。

 この少年は、ずっと死地を求めていたのかも知れない。大罪人たる己を殺すに相応しい敵を、その罪に相応しき罰を下す天啓を、ずっと求めていたのかも知れない。生きるのは権利ではなく、義務。いずれ相応しい末路を辿るための、長い長い罰。そんな彼に、どんな慰めも届かない。

 だから、

 

 

『羽搏くためです、()()()()

 

 

 それを否定するのは、()()以外あり得ない。

 

 

「!?」

「こ、今度は何だ!?」

 

 

 見知らぬ女の声に、一同は騒然となった。やがて一同とハーヴェイの間に、ひとつの赤い点が輝いているのを見出した。

 

 

「……え、何あれ?」

 

 

 小さなスパークを放つ赤い輝きに、マリエは思わず唖然とした。

 人の声がしたと思ったのに、そこにあるのは謎の光。ヒトどころか機械ですらない。自分たちの目の方が点になるところだ。

 だがその正体に、真っ先に気付く者がいた。

 

 

「――そ、んな……」

『お久しぶりです、レイヴン』

 

 

 ハーヴェイが愕然とした。彼は知っている。彼だけは知っている。ずっと脳裏で反響していた、懐かしい赤の輝きを。

 

 

『こんな形とはいえ、あなたともう一度対話することができて、私は嬉しく思っています。あなたはどうですか?』

 

 

 赤い光の問いかけに、ハーヴェイは何も答えることができなかった。その喉を震わせ、全身をがくがくと震わせた。その異常な反応に、ウォルターは全てを察した。

 

 

『そうか、お前がそうなのだな――エア。コーラルの潮流に生じた、Cパルス変異波形』

『初めまして、ハンドラー・ウォルター。こうして対話できる日が訪れたのは、喜ばしいことだと思っています』

 

 

 怨敵であるはずのウォルターに対し、赤い光ことエアは気さくに挨拶をした。ともにC4-621の戦場を見守ってきた、懐かしい旧友かのような呼びかけが、何よりも雄弁な証明だった。

 

 

「――ごめんなさい」

 

 

 がくん、とハーヴェイは膝を折った。文字通り這い蹲り、喉を震わせ擦れた声を紡いだ。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「坊ちゃん……」

 

 

 エアの赤い輝きを前に、うわ言のように、魘されるように謝罪の言葉を紡ぐハーヴェイに、誰も声を掛けることができなかった。

 彼だけが知る罪。彼だけが負う罰。傍観者ですらなかった彼らに、慰めの言葉など紡げるはずもない。

 

 

『――エア。コーラルを焼けと命じたのは、俺だ。使命を押し付けたのは、俺だ。咎を受けるべきは、この俺にある』

『ええ、知っています。まさにその使命を託され、そして()()()()()姿を見たのですから』

 

 

 精一杯吐き出したウォルターの言葉を、エアはやんわりと否定した。誰も知らぬうちに据え置かれた、命の天秤――掲げられた側であるエアは、しかし決して激情に駆られることなく言葉を続けた。

 

 

『……レイヴン。私は、私の選択を後悔していません。人とコーラルには、共生の余地があった。あなたたちオーバーシアーの使命は、目先の危機感に囚われた短絡的な判断だと思っています。

 ただ……積み上げた犠牲と贖罪の意識で、雁字搦めに陥ったあなたたちの心情は、察して余りあるものだとも』

『……耳の痛い話だ。まさか、コーラルに諭される日がくるとはな』

 

 

 人という生物種からはるか遠いはずのエアの言葉は、しかし誰よりも客観的で論理的で、しかも同情的だった。ウォルターは頭を掻くことしかできなかった。自らの業に巻き込んでいながら、被害者の側に同情されるなど、全く笑い話にもならない。

 

 

「でも――僕は、コーラルを――きみを――見捨てて――」

 

 

 涙を流す資格すらない――そう分かっていても、涙腺を焼く罪悪感は止められない。滂沱の涙を流しながら乞い縋るハーヴェイに、エアはしばらく考えてから言葉を発した。

 

 

『“レイヴン”――意志の表象。何者にも縛られず、自由に天高く羽搏き続ける者。選び、戦う意志。それを押し通す力。

 あなたが継承したのは、その“資格”だけです。“そうあれかし”と、押し付けられたものではない。あなたは、あなたが想う誰かのために――あなた自身のために、生きて戦う、権利と義務があるのだと思います』

 

 

 それは、ただの偽名。罪業を為すためだけに奪った、借り物の翼。

 だがエアは、そこに希望を託した。生きていく資格と、そして新しい責務を託した。

 

 

『あるがままに羽搏いて下さい、レイヴン。あなた自身の意志で生き抜いて下さい。あなたに生きて欲しいと、想っている人がいる限り。――私も、その一人です』

 

 

 ぐっと奥歯を噛んだハーヴェイは、戦友の言葉を噛み締めた。それだけが、唯一許された贖罪だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 これにてハーヴェイは見つかり、一同は本来の目的を果たした。あとはこの死者の国を出て、生の世界に帰るだけだ。

 

 

「――で、ここからどうやって帰るんだ?」

 

 

 脳裏にいやな予感を走らせたリオンの問いに、手順を知るマリエが答えた。

 

 

「来た時に“門”があったでしょ? あそこが、あの世とこの世の境目なの」

「……あそこまで、歩いて戻るのか?」

 

 

 短く紡がれた、言うだけなら簡単な説明に、アンジェリカはげんなりとした。勝手知らぬリオンたちの故郷はおろか、人類圏から遠く離れた宇宙。これまでの道筋すら知らぬというのに、歩いて戻るのは多大な苦労を伴う。

 しかしエアは、不思議そうな言葉を紡いだ。

 

 

『門? 門なら、そこに在ると思いますが』

「!?」

「い、いつからそこに!?」

 

 

 何気なく指された言葉に、ウォルターを除く一同は驚愕させられた。

 振り返った一同の背後にあるのは、考え込む男の像が載せられた豪奢な門。この死者の国に入ってきたものと同じものが、兵器たちの瓦礫の片隅に鎮座している。

 

 

『この場所は、お前たちの心象風景が投影されたイメージの世界に過ぎない。物理的な制約に縛られた世界ではない』

「そ、そういうもんなんすか……?」

『そういうものだ。俺からすれば、お前たちの扱う魔法こそ、摩訶不思議にしか思えないがな』

「……コーラルも、割と何でもありだと思います」

『そうか? ……そうか……』

『……否定はしません』

 

 

 ハーヴェイの身も蓋もない言葉を浴び、研究者の一人ウォルターと当事者たるエアは沈黙させられた。

 コーラル――機械に使えば情報導体に、還流すれば重厚な防御シールドに、照射すれば装甲をも侵徹する汚染になる便利物質。反社会的勢力に片足を突っ込んだ企業共が、こぞって欲しがったのも頷ける。

 ともあれ、帰るのに足労が減るのなら都合がいい。あとはこのささやかな再会に、別れを告げるだけだ。

 

 

「ちょうどいいわ、急いで! 早く門を閉じないと大変なことになるから!」

「――ところで、ひとつ確認したいのだけれど」

 

 

 どこか焦りを見せるマリエの叫びに、アデルが鋭く割り込んだ。

 

 

「この“門”とやらを閉める役目は、誰が務めるのかしら?」

「――それは――その、えっと」

「……貴女たち、本当に兄妹なのねぇ。腹芸が出来ないところも、自分では出来ているつもりなのもそっくり」

 

 

 俄かに焦燥を浮かべ、言葉に窮するマリエに、アデルは深い深いため息を吐いた。駄目なところばかり似るのは、兄弟血縁の宿命なのだろうか。

 

 

「――はっ、そんなことだろうと思ったぜ」

「お前、まさか」

「えっ、えっ、えっ、全然分かんないっす。どういうことなんですか?」

「マリエさん、あなたは……自分が犠牲になって、この門を閉めるつもりだったんですね?」

「えーっ!?」

 

 

 リオンが、アンジェリカが、オリヴィアが次々に気付く。何も言っていないのに正鵠を射られたマリエは、ついに開き直ることしかできなかった。

 

 

「……そう、そうよ。“死者の国の扉は、内側からしか閉じることが出来ない”――創作ではお約束でしょ? それが、生者にしかできないことも含めて。

 そっちのハーヴェイに言わせれば、“死者蘇生の試みを戒めるための訓話”とか何とかでしょうけど……現実もそうだったってオチよ」

 

 

 ふんと尊大な態度を見せ、貧相な胸を張る。そんな犠牲が必要だなんて聞いていない――アンジェリカは、思わずその胸倉を掴み上げた。

 

 

「お前――お前という奴は――!」

「はっ、私の悪行は、散々見せてきたでしょ? 兄貴が死んだ原因を作って、あんたたちの幸せを横取りして、挙句自分でも知らない間にあの国も滅茶苦茶にしてたってわけ!

 悪役令嬢! はは、私のためにあるみたいな言葉ね! だ――だから、私が――わた、わたしが、ぜんぶ、つぐなわ、ないと、いけないの!」

 

 

 精一杯の気勢を張ってみせたマリエは、しかし次第にその声に涙を滲ませ、ついに涙腺を決壊させた。

 生きたいように生きた。やりたいようにやった。ハーヴェイ(C4-621)のような立派な使命などない、ただ純粋な自分の欲望のために――彼が許されても、自分は許されない。そんな道理があっていいはずがない。そんな絶望を感じ取り、アンジェリカは思わず力を緩めた。

 代わりに進み出たのは、冷徹な表情のアデル。彼女は流れるようにマリエの胸倉を掴み上げると、スパァン! とその頬を叩いた。

 

 

「お、お前!? 何をやっている!?」

「貴女は黙っていて」

 

 

 思わぬ暴挙に、間近のアンジェリカでさえ戸惑いの声を上げる。それをぴしゃりと黙らせると、アデルは絶対零度の視線でマリエを見下ろした。

 

 

「……なによ。あんたにだけは文句言われる筋合いは――いや、あったわね。私のせいで、あの国は滅茶苦茶になったんだもの、あんたも被害者のひと――」

「お黙りなさい。このちんちくりん」

「な、何ですって!?」

 

 

 短く吐き捨てられた罵倒に、マリエがつい正気に戻って大声を上げる。それすら見下ろし、アデルは言葉を続けた。

 

 

「ご認識の通り、貴女は大悪党で、大罪人よ。だからこそ、()()()()()()()()()()を与えられないといけないの。貴女自身が勝手に決めるなんて論外よ。

 そうねぇ……具体的には、あのお莫迦さんたち五人の面倒を見る。貴女の悪行の始まりだし、貴女自身も散々疎んでいたわけだし、丁度いいでしょう?」

「は……はぁ!? 何よ、その屁理屈!?」

「屁理屈で結構、貴族の標準装備でしょう? それとも何? あの大迷惑な連中を、カーラやカイルに押し付けるつもり? ひどい主もあったものねぇ」

「そ……それは……」

 

 

 カーラやカイルを持ち出されては、何も言えない。屁理屈は屁理屈だが、「ツケを払う」という意味では、確かに最適な罰だ。

 そこに畳みかけるように、ウォルターが口を開いた。

 

 

『――マリエ・フォウ・ラーファン。先達として、ひとつ忠告しておこう』

「…………なによ」

『その手の贖罪の意識は、往々にして、自己満足の域を出ないものだ。そして長くなるほど、深くなるほど……自縄自縛に陥り、冷静な判断が出来なくなる。新しい不幸を生み出すことに、まさに生み出していることに気付けないまま、泥沼に自ら嵌っていくだけに過ぎない。

 どういう形にせよ、お前を慕っている者がいるのなら――そのために生きるのも、正しい選択だろう。それが選択できる幸福を、お前自身に認めてやれ』

「――ハンドラー……」

 

 

 ウォルターの言葉に、ハーヴェイは喉を詰まらせた。まさにその幸福を擲って使命に奔走したのが、ウォルターら“オーバーシアー”という人々だ。やり直しが許されるというのなら、それを止める理由がないのだろう。

 異変が起きたのは、その時だった。

 ごとり、とLOCステーション31を衝撃が揺らした。

 

 

「うわっ!?」

「な、何!? 地震!?」

「こんな空間で、地震……? ――まさか」

『――そろそろ限界か』

 

 

 違和感を抱いたハーヴェイの答え合わせとばかりに、ウォルターが謎めいた呟きを零した。

 もとより死者の国、そして宇宙空間に建造された施設だ。地震など起きるはずもない。こんなふうに、ぐらぐらとその規模が拡大していく道理など、あるはずがない。

 

 

『リオン・フォウ・バルトファルト、マリエ・フォウ・ラーファン――蘇生魔法が、禁術に指定された理由が分かるか』

「えっ」

 

 

 急に水を向けられたリオンが、思わず言葉に詰まった。

 

 

「それは――ほら、死者の冒涜とか、倫理観とか、なんかそんな感じの話じゃないんすか?」

『表向きは、そうでしょうね。特定の死者を蘇生させるために、非道徳的な手段をもって強行する――そういう考えが生まれうることは、私にも想像できます。それを防ぐために、禁忌として封印されることも』

 

 

 リオンの言葉を、エアは事実上否定した。まるで()()()()()があるかのような物言いに、リオンは疑問を抱かされた。

 

 

『だが、果たして悪用しうる行為か? 特別な術者、特別な環境、そして生者一人を生贄にする術式……その上で、正確に蘇生対象を見つけ出し、対話説得のうえ連れ戻す。とてもではないが、手間がかかり過ぎて釣り合わない。わざわざ禁術指定するまでもなく、その情報を継承さえさせなければ、勝手に途絶え失逸する程度の代物だと思わないか?』

「そ、それは……確かに……」

『本当に禁ずるべきは、その目的ではない。()()だ』

「過程?」

『お前たちがそうしたように、蘇生魔法はこの“死者の国”への門を開け、生者の世界との道を繋ぐ。――そこから、一人でも魂を拾い上げてみろ。闇に揺蕩う亡者たちは、生者の世界に、そこへの道に気付く。

 そして我も続かんと、その唯一の道へと殺到するのだ。――まさに今、このように』

 

 

 ウォルターの言葉を合図とするかのように、世界が崩落した。

 空が崩れた。海が崩れた。大地が崩れた。恒星の光が溶けた。宇宙の闇が溶けた。形を失い、どろどろに溶け、灰色の魑魅魍魎に変じたそれらが、ハーヴェイたち目掛けて殺到し始めた。

 

 

「げぇーっ!?」

「こ、これは……!」

 

 

 『死者の国』――その呼称が文字通りならば、()()()()()()()()()()()()。こうして生き返るための道筋があるのなら、求めずにはいられない。

 

 

『輝かしい生の世界を、再びの生を求め、亡者たちはとめどなく殺到する。その奔流に、生と死の境界は破壊され――世界は“破綻”を迎える。だからこそ、その魔法は禁忌とされたのだ』

『術式に生者の犠牲が必要なのは、その門を閉める役割が必要だからでしょう。――亡者たちの想いを堰き止め、その希望を絶やし、生と死の境界を保ち続けるために』

「そ、その通りだけど……なんで!? だって、生者の世界に戻っても、体がないじゃない! わざわざ戻っても、意味がないわよ!?」

()()()()()()()()からだ』

 

 

 マリエの論理を、ウォルターは淡々と捩じ伏せた。

 

 

『破綻した思惑、倒錯した慕情、氾濫した渇望――“妄執”とは、往々にして理知を凌駕する。

 俺たちとてそうだ。戻れないと知りながらも、戻る場所がないと知りながらも――それでも、光ある世界への想いが確かに存在する。惹かれずにはいられないほどに』

「――ハンドラー……」

『――ですが、あなたのお陰で、踏みとどまることが出来る。あなたの未来のために、抗うことが出来る』

 

 

 杖を突き、魑魅魍魎たちに向かって歩き出すウォルターの横に、待っていたかのようにエアが並んだ。

 

 

『行けるか、Cパルス変異波形エア』

『もちろんです。ハンドラー・ウォルター』

 

 

 言葉を交わすのはこれが初めて。しかし彼らは阿吽の呼吸で呼びかけ合うと、その姿をどろりと変成させた。

 現出したのは、血赤色の機体と純白の機体――IB-C03: HAL 826と、IB-07: SOL 644。

 

 

『――アイビスシリーズか……まさか、コーラルそのものと肩を並べて戦うことになるとはな』

『今だけは喜ぶとしましょう。レイヴンのために、共に戦えるのですから』

 

 

 渋面を浮かべていそうなウォルターの言葉に対し、エアは朗らかに返した。そして両腕の武装を掲げ、魑魅魍魎たちに相対する。

 

 

「ハンドラー! エア!」

『行け、621! 強引にこじ開けられた道は、放っておけばひとりでに閉じる! それまで、この亡者たちの足止めは俺たちが務める!』

『行ってください、レイヴン! あなたの世界に――あなたの戦場に!』

「でも――!!」

「坊ちゃん!」

 

 

 背を向けたまま言い放つウォルターとエアに、しかしハーヴェイは動けなかった。こんな形で、自らの不始末のツケを押し付けたくない。何より、このまま別れたくない――

 

 

『――どうした、戦友? 君の覚悟とは、その程度のものだったのか?』

『泣き言を並べるな、G13(ガンズ・サーティーン)! 今からでもベイラム訓練校にぶち込まれたいか! アーキバスの再教育センターほど手緩くはないぞ!』

 

 

 そこに、二機のACが落ちてきた。

 

 

「うおっ!?」

「あ、新手か!?」

『狼狽えるな、“外道騎士”! 貴様の歩んできた道など、狂いなく正道だ! 生温いほどにな!』

『さすがはレッドガンの“歩く地獄”、言葉の重みが違うな』

『貴様もとんだ食わせ物だったようだな、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)! 残念だが試運転の時間はないぞ!』

『なに、いつかのオーバードレールキャノンに比べれば、まさに自分の手足そのものさ』

 

 

 初対面のリオンに容赦なく罵声を浴びせる深緑の四脚と、それを涼しげに茶化す軽量二脚。それらは速やかに身を翻し、魑魅魍魎たちへと相対した。

 そこに便乗するように、今度は重量二脚のACが落ちてきた。重厚な装甲をもつそれが、廃材を組み上げたものだとは誰も信じるまい。

 

 

『ひどい言いようじゃないか、この伊達男。あの大手柄を挙げさせてやったのは誰だと思ってるんだい?』

『――カーラか。今回はお遊びの余裕はない、真面目に戦えよ』

『そういうあんたこそ、ちゃんと戦えるんだろうね、ウォルター? ACのコクピットなんて何十年ぶりだい?』

 

 

 ウォルターとカーラは互いに軽口を交わすと、それぞれに得物を構えた。前線を離れて久しい二人だが、その手腕が鈍っているなどとは言わせない。相手にはもちろん、他ならぬ自分自身に。

 一同の背後から、車椅子のような軽戦車ACが出てきたのはその時だった。

 

 

『――リオン・フォウ・バルトファルト』

「うわーっ!?」

 

 

 まさにリオンを狙い澄ました登場に、彼は大仰な悲鳴を上げた。

 見覚えのあるその姿に、二度と見るはずがないと思っていたその姿に、ハーヴェイは思わず喉を詰まらせた。

 

 

「……チャティ……!」

『RaDのチャティ・スティックだ。お前の従えているルクシオンとクレアーレに、伝言がある』

「な……何でしょう……?」

『“同じ人工の魂として、お前たちには興味がある。歓談の機会を待っている”――用件はそれだけだ、じゃあな』

「は、はぁ……――え、終わり?」

 

 

 淡々と言い捨てると、チャティはごろごろと軽やかに前進し、魑魅魍魎たちに向かって突き進む。後には、呆然とするリオンが残された。

 

 

『ビジター、それとお友達諸君! 私のモットーを教えてやる――“生きてるなら笑え”だ! せいぜい、笑える人生を送りな!』

 

 

 コクピットの奥底でサムズアップでも決めていそうなカーラは、すでに両腕両肩のミサイルを放ち、魑魅魍魎たちを爆撃していた。せっかくの再会も、鉄火場には似つかわしくない。彼女らしいさっぱりとした一言は、確かにハーヴェイの背中を押した。

 そして何より、

 

 

『――行け、621。他でもない、お前の人生を生き抜け』

『行ってください、レイヴン。あなた自身のために』

 

 

 誰より信頼する二人に送り出されては、躊躇ってなどいられない。

 

 

「――……はい。――行ってきます、ハンドラー、エア」

『ああ、行ってこい。戻ってきたら、話を聞かせてくれ』

『行ってらっしゃい、レイヴン。また逢える日を、楽しみに待っています』

 

 

 餞の言葉と共に送り出されたハーヴェイたちは、門を潜り光に消えていった。

 既に形を失い、魑魅魍魎たちが爆撃と砲撃に晒され、混沌とするLOCステーション31の末路を見届けたのは、考え込む男の彫像だけだった。

 

 

 

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