鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

75 / 76
11.デブリーフィング

 蘇生魔法の儀式終了――最初に目覚めたのは、アンジェリカとオリヴィアだった。

 

 

「リオン!」

「リオンさん!」

 

 

 簡易ベッドに横たえられていた二人は、すぐさま飛び起きてリオンの医療用ポッドに飛びついた。魂を呼び戻したとはいえ、元が生死の境を彷徨う重症だ。心電図をはじめとする各種バイタルモニターは、ひとまず安全値を指し示しているが、予断は許されない。

 ポッドをぐらぐらと揺らしかねない二人の暴挙に、リオンはゆっくりと目を開いた。

 

 

「……だ、大丈夫、無事だよ」

 

 

 その言葉を、どれだけ待ち望んでいただろうか。二人は感涙のまま、膝から(くずお)れた。

 

 

「良かった……! 本当に良かった……!」

 

 

 見守ることしかできなかったノエルも同じ心地だ。三人は互いに抱き合い、歓喜に沸いた。

 一方、同じように覚醒したアデルとケイトは、ハーヴェイのポッドにかじりついた。リオンよりもずっと明確に『死』という終わりを突きつけられたハーヴェイは、果たしてどうなっていることか。

 

 

「――ハーヴェイ!」

「坊ちゃん!」

 

 

 がたがたとポッドを揺らし、根こそぎひっくり返しかねない二人の前で、ハーヴェイは治療培養液の中でただ眠り続けていた。

 脈拍を示す波形はある。呼吸を示す反応はある。だが、目覚めるだけの体力が戻っているか……

 二人が固唾を呑んで見守る中、ハーヴェイはゆっくりと目を開いた。

 

 

「……けい、と……あ、でる……」

 

 

 ガラスポッド越し、十数年ぶりにその喉が震え、ハーヴェイは掠れた声で二人の名前を呼んだ。

 

 

「ハーヴェイ……!」

「――坊ちゃん……!」

 

 

 指先ひとつ動かせない、瞳だけを動かして二人を見やる少年に、しかし二人がどれだけ安堵したことか。二人は涙を流しながら、ガラスケースに縋りついた。

 

 

「……意外と、かわいい声……ですよね……」

 

 

 この十数年、一度も使われてこなかった声帯は、年齢通りの発達をしていない。“殺戮人形”の二つ名に不釣り合いな高いボーイソプラノに、ケイトはちょっとだけ笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一ヶ月後。数々の戦後処理の内、急を要する事柄だけを済ませ、ようやくリオン・フォウ・バルトファルトの戴冠式が執り行われた。婿入りの危機からロストアイテム探しに出奔した片田舎の少年は、こうしてホルファート王国の頂点に立ち、バルトファルト王朝を開くまでに至った。

 

 

「糞がぁぁぁ! ローランドのニヤけ面が憎いぃぃぃ!」

「結局、きみのその不遜が改まることはなかったな……」

 

 

 ……肝心の本人は、こうして怨嗟の叫びを上げるばかりだが。

 どうやら先王ローランド自身、玉座に縛られることを厭うていたらしく、アンジェリカによる王位簒奪に嬉々として応じたらしい。(本来の代償として)楽隠居を約束されたローランド氏は、多くの愛人およびその子供たちと辺境の浮島に引っ込むそうだ。「ついでに殺し屋でも送り込んでやろうか」と、リオンは危険な唆しに乗っ取られそうになった。

 さて、輝かしい勝利とともに王朝の開幕を飾られたリオン陛下だが、戴冠パーティーで大勢の貴族たちに傅かれる緊張に耐えかね、病み上がりを言い訳に個室に引っ込んだ。同じように抜け出したハーヴェイは、余人の目の届かないところで盛大な醜態を見せるリオンに、これからの王国の不安を見た。それこそ、ローランド氏の二の舞にならなければいいのだが。

 

 

「リオン、大丈夫? お水を持って来たわよ」

 

 

 入室してきたノエルが、水を入れたグラスをリオンに差し出した。【これからは毒殺も注意しなければなりませんね】というルクシオンの言葉に、リオンはひぃっと悲鳴を上げた。側室の一人であるノエルを目の前にしてそんな懸念をぶち上げるとは、つくづくこのAIはいい度胸をしている。

 

 

「ねぇ。もしかしてだけど――生きて戻ると思ってなかったから、王様になった事を後悔しているの?」

「してる。絶賛してる」

 

 

 リオンの隣に腰を下ろしたノエルは、リオンの手を握りそう尋ねた。まったく遠慮なく答えるリオンは、ある意味「他人を頼ることを覚えた」という成長を見せたのかも知れない。

 

 

「でも、まぁ――勝つために、これが必要だったんだろ? しょうがないから、これからは肚括って生きていくよ」

「そ」

 

 

 ふうとため息を最後に、リオンはきりりと表情を正した。分不相応の座でも、彼なりに奮闘する――それもまた、『王の器』と呼んでもいいかも知れない。

 

 

「これから忙しくなるな」

「うん」

「帝国との講和、国内の復興、報酬の分配。やること沢山だ」

「そうだね」

「それと日々の公務に、国内の反動勢力の監視、経済の管理、国境警備。――やばい、暇になる瞬間なんかないじゃん」

【おや、何もしない癖に苦労人面ですか?】

【実際に奔走するのは私たちやアンジェだと思うけれど】

「うるさいぞ!」

「あたしたちが支えてあげるよ」

 

 

 いつの間にか揃ったルクシオンとクレアーレの茶々に、リオンは思い切り叫んだ。目先の大戦争が無くなった今、彼らの軍事力が必要になることはない。(そもそもルクシオンは修理完了していない。)先史文明に由来するオーパーツの情報処理能力は、戦後調整という精密な作業でもいかんなく重用されるだろう。

 それはそれとして、ノエルがリオンの手をぎゅっと握った。

 

 

「アンジェも、リビアも――もちろんあたしも、リオンのこと助けてあげる」

「そっか。じゃあ、百人力だ」

 

 

 柔らかく、力強いノエルの言葉に、リオンは思わず微笑んだ。愛する人のためなら、無茶でも何でもやり遂げるしかない――そのための力は、分けてもらっているのだから。

 

 

「きみはいい嫁御に囲まれた。これで王国の未来は安泰だな」

「ハーヴェイさんにも手伝ってもらいますよ」

「おや手厳しい。“殺戮人形”はお役御免かと思っていたけれどね」

 

 

 茶々を入れるハーヴェイを、リオンがじろりと睨んだ。将来『“外道騎士”の懐刀』と称される“殺戮人形”は、それに似合わぬおどけた笑顔を見せた。

 そしてもう一人、それを聞き咎める者がいた。

 

 

「莫迦を言うな。これからがお前の仕事だ」

 

 

 厳しい言葉と共に入室してくるのは、実弟にして“黄道十四宮(ゾディアック)”首席隊長モーガンを伴う、ダグラス・フィア・スピアリング侯爵。眉間に深い皺を刻んだダグラスは、余人がいないと油断していたリオンを鋭く睨んだ。

 

 

「げ。だ、ダグラスさん……」

「“げ”ではない。そろそろTPOを弁えた礼節というものを覚えていただかなければ、いつか王国の恥ともなりかねませんぞ。いつまでも、田舎の男爵気取りでいては困ります」

「ハイ……」

 

 

 主君相手とは思えない、ダグラスの厳しい言葉に、当のリオンはすっかり委縮した。こうして王となり、侯爵を顎で遣う側に立ったとはいえ、年齢も経験も気迫も遥かに勝る人物を相手に、強く出ることができないのが彼の弱点だった。

 一方、ハーヴェイはおそらく自分を探しに来たらしい、実父ダグラスと叔父モーガンに相対した。

 

 

「父上……叔父上……」

「――……うむ。そうだ」

 

 

 しかしハーヴェイの呼びかけに、ダグラスは言葉を濁らせた。年長者としてリオンに気迫を示した先ほどとは、様子が違う。何かむず痒い様子を見せていた。

 

 

「どうしたんですか?」

「何でもありませぬ。陛下のお気になさることではない」

 

 

 手近なクッションを手繰り寄せながら問うリオンの言葉を、ダグラスはしかめ面のまま叩き伏せた。“黄道十四宮(ゾディアック)”を駆る武家らしからぬ、煮え切らぬ態度に、一同が首を捻る。

 その種明かしをしたのは、傍に控えていたモーガンだった。

 

 

「当主閣下は――ダグラス兄上は、恥ずかしがっているのだ。お前の声を聞いたことなど、久しくなかったからな」

「よせ。からかうな、モーガン」

 

 

 兄に似て実直なモーガンの、珍しい薄笑いに、当のダグラスはますます顔をしかめた。よほど気恥ずかしいらしい。

 ――思えば、肉声を発していたのは十年以上前のこと。己の罪を知らぬ、天真爛漫な幼子であることができていた、僅かな期間のこと。ハーヴェイは姿勢を正し、改めて二人に向き直った。

 

 

「その節は――長いこと、ご迷惑をおかけしました」

「……うむ」

「お前のせいで、我が家はアギラル教授という厄介な人物と縁を持たされてしまったからな」

「はは……ご本人には伏せておきます」

 

 

 仏頂面で何とか威厳を保とうとするダグラスと、笑顔で茶々を入れるモーガンの言葉に、ハーヴェイは乾いた笑いを浮かべた。

 セレドニオ・アギラル教授の功罪は多い。アーマード・コアの開発、そして“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”を始めとする数々の兵装という貢献をした一方、自由気ままでやりたい放題の氏の暴挙は、“黄道十四宮(ゾディアック)”のみならずスピアリング家全体の秩序を掻き乱し続けた。それもこれも、再起したハーヴェイが魔導発声器を求めたことに端を発する。

 

 

「まあ、よい。これからも“(スコーピオ)”隊長として――何より我らがスピアリング家の一員として、その尽力に期待する」

「はい!」

 

 

 ダグラスの暖かい言葉に、ハーヴェイは破顔した。思えば彼の心からの笑顔も、久しく見られなかったものだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――私は、あなたたちを絶対に許しません」

 

 

 帝国との講和会議にて。アルカディアの元マスターとして同席したミアは、そんな恨みがましい言葉を口にした。

 

 

「騎士様を殺して、自分だけ助かって――これから先、帝国は暗い未来が待っている。あなたたちが生きている限り、私はその恨みを忘れません」

 

 

 周辺諸国を巻き込んで工作を謀った帝国は、多額の賠償金を請求されることになった。加えてアルカディアが魔素生成能力を喪失した以上、帝国臣民の行動可能領域拡大は絶望的だ。互いに時間勝負だったとはいえ、戦争を仕掛けた側であるはずの帝国は、逆に深い痛手を負うことになる。

 

 

「……分かってます。こんなの、八つ当たりだって。騎士様が全力で戦った意味を、無駄にすることなんだって。

 ……それでも――私、は……」

 

 

 自ら言い聞かせるような言葉を紡ぎつつ、ミアは俯いた。

 この憎悪に、復讐に意味はない。他ならぬフィンが恨みを遺さなかった以上、それを正当化できる根拠はない。そんな真似をしたところで、愛する人は帰ってこない。その虚しさを強調するだけだ。そして、それは王国/共和国側の遺族にとっても同じこと。自分だけが悲劇のヒロインぶって、その不幸を他人に擦り付けることはできない。

 ――理性で分かっていても、心は容易く止まらない。愛する人を失った悲しみを、奪われた憎しみを忘れることはできない。あるいは、それが新たな戦乱の火種となり、次なる悲劇を起こすか。

 

 

「それでいいと思う」

 

 

 そんなミアの怨み言を、ハーヴェイは肯定した。

 

 

「大事な人を喪った悲しみは、容易く癒えはしない。奪われた憎しみは、理性で抑えることができない。その激情の強さが、根底にある愛情の深さを証明するものだろうから。

 きみが僕たちを憎み、その破滅を望むというのなら、僕たちは何度でもお相手しよう。それが、“罪を受け止める”ということだと思う」

 

 

 “殺戮人形”、なによりハンドラー・ウォルターの猟犬として、殺戮という罪を重ねてきたハーヴェイに、償いを拒否する選択肢はない。その悲劇をもたらした当事者として、怨嗟を受け止める義務が――あるいは資格がある。護るべきものと殺すべきものを天秤に掛けて、戦い続ける義務がある。

 

 

「――それでも、ただ一つ口にするのなら。

 過去を忘れろとは言わない。恨みを捨てるなとは言わない。だが、明日の幸せを求めることを忘れないでくれ。きみの幸せが、Mr.ヘリングの望みだったはずだから」

 

 

 ハーヴェイの言葉を、ミアは俯いたまま受け取った。亡き人への愛を忘れないこと、自らが幸せになること――それらはコインの裏表であって、決して同一ではない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 バルトファルト王朝の初代王は、“外道騎士”と呼ばれた。

 その治世については、評価が分かれる。少なくとも、その仇名ほどに非道な行いをなした記録は、ほとんど存在しない。穏やかで平和的とも語られるし、優柔不断で後々の禍根を生んだとも語られる。また政治学者の中には、彼でなく王妃アンジェリカの手腕に依るところが大きいという主張も存在する。

 ただ、『戦争屋』としての評価は極めて高かった。本格的な交戦はぎりぎりまで回避しようとするものの、一度敵対するとその攻撃は熾烈。自ら戦場に立ち、その暴威を以て周辺諸国を恐怖せしめたことは、王国内に限らず多くの史料に記録されている。彼が冒険者として優れていたかどうかはともかく、戦士として優れていたのは間違いなく、離宮の中庭には彼の愛機アロガンツを模した銅像が建てられた。当時の記録によると、本人は最後まで反対していたらしい。

 そしてそれは、懐刀ハーヴェイ・フィア・スピアリングにも言えた。

 即位前からの親友、第一の陪臣として、常に冷静な諫言を与え続けた彼だが、こと戦争においては主君に従順であり、そして容赦を知ることがなかった。王国の敵は、その内外を問わず絶滅させる苛烈ぶり。“殺戮人形”の仇名に相応しく、一切の同情を許さない徹底的な撃滅を行い、彼が戦場に出るたびに、主君以上に周辺諸国を震え上がらせた。

 そしてその姿勢を、彼は周囲一切に強制した。

 魔導鎧(AC)とはどこまでいっても殺戮機械であり、故にあらゆる敵を撃滅し、その罪を受け入れなければならない――“黄道十四宮(ゾディアック)”の一隊長として遣われる側であったころから、配下として遣う側となった後も変わらぬその指針は、やがて独立傭兵集団“ハウンズ”の方針と衝突し、一時期は同組織との対立を招いたが、しかし決して揺らがぬ芯として彼を律し続けた。

 「それだけ、ACに特別な意味を見出していたのではないか」――軍事学者マックス・シェーバー氏は語る。ハーヴェイと直接関わる機会を持った同氏は、彼の軍事哲学がAC運用論に偏重していることから、そのように推測した。スピアリング家の工作によってACが市場流通し、各軍事企業の研究によって独自進化を遂げ、『アギラル式』という冠を外れるようになった後も、ハーヴェイはACを基軸として国防の基礎を築いた。やがてAC専属の傭兵が市場として成立し、“レイヴン”という仇名を広げながら各地で活躍していくのを、半ば黙認していたとも推測されているが――ハーヴェイ・フィア・スピアリング侯爵、享年七一。様々な政治軍事にまつわる本音を、彼はついに語ることなく没した。

 死肉を啄む、薄汚いワタリガラス――罪を重ね、罰を受け入れ、それでも自由に羽搏いていく黒い翼に、一握の希望を託したのかも知れない。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。