さて、リオンが戻ってきた後の舞台上。アロガンツに相対するのは、ジルク・フィア・マーモリアの緑機だった。両手に戦斧を、肩にライフルを懸架している。
『――君たちは強い。敬意を表しましょう』
『それはどうも』
無感情を装うジルクの言葉に、リオンが興味なさげに返す。無意味な会話を途切れさせると、審判が開始の合図を下す。
『はじめっ!』
先に動いたのは緑機だった。大型の手榴弾のような何かを地面に叩きつけると、ぼふんと辺り一帯が白い煙に飲み込まれる。
「煙幕かー。珍しいっすね」
『ジャミング弾でさえ、単体では今一つ効果がない。協働でこそ真価を発揮する兵装だからな』
白い煙で見えなくなる舞台を、ハーヴェイとケイトはただ眺めていた。いち早く上空に飛び出す緑機に対し、アロガンツは動く様子がない。
一方、闘技場の上空に飛び上がったジルクは、左手にライフルを構えた。
「――これで沈んでくれれば良いのですがね」
対魔導鎧を想定して開発された、貫通力のあるスナイパーライフルである。上空から一方的に攻撃する戦術を採用したジルクは、他にも手榴弾を多数用意していた。
本来ならば、採りたくない戦術だった。明らかな過剰火力を持ち出し、仕込み爆弾という罠を使い、騎士らしからざる戦い方で勝利すれば、後で必ず非難を受けよう。が、相手はクリスをも討ち取った強敵である。手段を選んでいられる場合ではなかった。
(君たちは危険だ。ここで
ジルクの眼は、煙幕の中のアロガンツをしっかりと捉えていた。遠見の魔法の応用で、煙幕などの視界が悪い状況でも目標をしっかりと捕捉できる。ジルクが独自に開発した魔法である。
アロガンツはきょろきょろと周囲を見回していた。煙幕に乗じて狙われることを警戒しているのだろうか。無論、その姿を捕捉しているジルクにとっては、何の意味もない。
「……殿下に逆らった時点で、君の人生は終わっている。せめて、ここで華々しく終わらせてあげますよ」
ジルクの眼はアロガンツの頭部を捉えていた。この角度であれば、貫通すれば中の人間にも致命傷を与えることができるだろう。ジルクは迷わず引金を引いた。
「――な、なんだと!」
しかし撃ち出された徹甲弾は、かぁん、と甲高い音とともに弾かれた。アロガンツはようやくジルクに気付いたかのように、呑気に手を振っていた。
「ちっ! ――直撃ならダメージくらい!」
ジルクは大量の手榴弾を投下し、その隙間に一つの魔法弾を飛ばした。単体では特にダメージのない魔法だが、その魔法信号がトリガーとなり、アロガンツに仕掛けられている
舞台は無数の手榴弾による連鎖爆発に呑み込まれた。観客席をびりびりと震わせ、ジルク自身の視界をも遮る巨大な爆風が晴れた先――しかし、倒れているはずの黒機がいなかった。
「どこだ。いったいどこに!」
ジルクは慌てて周囲を見回す。その時、ふと自分の鎧に影が差していることに気づいた。
『やあ』
「っ!」
バッと顔を上げた先には――果たして、アロガンツが浮いていた。その装甲には、傷一つない。
『ち、直撃したはずだ!』
『きつい一発だったさ。いろんな意味で、ね』
残念ながら、ジルクの策はハーヴェイらによって止められていた。それはそれとして、姉に裏切られたという事実は、傲岸不遜なリオンをしてそれなりに衝撃を与えた。
こうなっては、最早策も何もない。ジルクはスナイパーライフルを捨てると戦斧を振りかぶり、アロガンツに襲い掛かった。それを受け止めたのは、相も変わらず無骨なスコップだった。
『――君は何も分かっていない』
ぎりぎりと鍔迫り合いを続ける中、ジルクが絞り出すように語る。闘技場の上空での会話は、観客席まで届かなかった。
『鏡を見て発言しろよ。お前らの方は正気じゃない』
『殿下と敵対するつもりか? 君たちは貴族として死んだのも同じだ』
『それは良い! 上級クラスなんて反吐が出る! 解放されるならそれこそ何だってやってやるよ! ……てめぇみたいになっ!』
ぶおんと薙ぎ払われるスコップの衝撃に、両者は距離を取る。リオンの声に確かな喜色を――いや怨恨のようなものさえ見出し、ジルクの中で動揺がくすぶり始めた。
(何故だ。何故動揺しない)
殿下に弓引く、その意味が分からないはずがない。いくら辺境の男爵といえど、その罪深さは理解できるはずだ。なぜこんなにも、愉しそうに戦うことができる?
動揺を煽るはずが逆に動揺させられ、ジルクはがむしゃらに戦斧を振り回すが、精彩を欠いた斬撃はアロガンツに届かない。
『私は! 初めて理想の
戦斧を振り回しながら、ジルクはマリエの顔を思い浮かべていた。
不思議な女性だった。まるで自分のことを理解しているような彼女は、自分の理想そのものだった。夢中になるのに時間はかからなかった。普段周りにいる女性とは違い、本当に心が安らいだのである。
そんなジルクの気迫を、リオンは鼻で嗤った。
『良かったな、競争相手が一人減るぞ。存分に恋愛
『君に何が分かる! 殿下も私も、本当に愛しているんだ! 独占したいんじゃない。彼女に幸せになって欲しいんだ!』
ぶんぶんと夢中で戦斧を振り回すジルクの視界の隅に、ユリウスの姿が見えた。
――マリエの事で話をする度に、とても嬉しそうに話す親友の姿が。
マリエの幸せを願うジルクの想いと、いずれ破綻すると決めつけるリオンの言葉。どちらが正しいのだろうか?
(私は、どうすればいい)
ユリウスとマリエ――ジルクにとっては、どちらも等しく大事な存在だった。
親友と同じ人を愛した。それを知った時のジルクの悲しみなど、誰にも理解できまい。恋慕と友情の間で苦悩し、それでも諦められなかったジルクの覚悟など、誰にも理解できまい。リオンにも、ユリウスにも、ほかの誰にも。
しかし、恋慕と友情は異なるものである。前者が後者を凌駕し、マリエを独占したいと願うことにならない保証が、どこにあるだろうか――?
ジルクは頭を振り、その迷いを追い出した。自分はもう選んだのだ。求めるものを得るためには、自らの誇りすら擲つのだと。
『私はどんな手を使っても君には負けない。もしも殿下に何かするつもりなら、私の全てを賭けて君を――いや、君の家族にも責任を取らせる!』
ついに口をついて飛び出した直截な脅迫に、アロガンツはようやくぴたりと止まった。
『……決闘にそんな脅しは卑怯だね』
『何とでも言うが良いさ』
苦し紛れの罵倒をぶつけるリオン。今度こそリオンの動揺を感じ取ったジルクは、そのまま畳みかけようとして――
【私はどんな手を使っても君には負けない。もしも殿下に何かするつもりなら、私の全てを賭けて君を――いや、君の家族にも責任を取らせる!】
――聞こえてきた
「な、なんで……」
リオンの声真似、ということはないだろう。一字一句、声の抑揚から間の取り方まで、完全に先ほどのジルク自身を再現していた。
音声を記録する魔法があるのだろうか? ジルクは聞いたことがなかったが、リオンが独自に開発したものなのかも知れない。
『先に脅したのはお前だ。だから、俺も脅すことに決めた。そうだな、これをお前の実家に持っていこう。家族はどう思うかな? 決闘で負けそうになったから脅したなんて貴族として終わったのも同然だよね! あ、それとも大事な殿下やマリエに聞かせてやろうかな? きっと軽蔑すると思うよ。いや、やっぱり学園に提出しよう! 全校生徒に聞いて貰わないとね!』
なんだこれは。
誇りすら棄ててリオンを脅迫したはずなのに、逆に自分が追い込まれている。憔悴するジルクは、にやりと笑うリオンの顔を幻視していた。
『そ、そんな声だけで、証拠になんか、なるものか』
わざとらしいリオンの言い回しに、ジルクはすぐに立て直した。
確かに、先ほどの声はジルク自身である。これが露呈すれば、“神聖な決闘を侮辱した”という誹りは免れまい。しかし、所詮は言葉のみ。行動さえ伴わなければ、なんとでも誤魔化せるはず――
『ならないけど疑うよね? それで、実際に俺の実家に圧力がかかるとみんな思うんだ。やっぱりあいつがやったんだ、って。でさ、殿下も疑われると思うんだ? みんな思うよね。殿下がそんなことをやらせたのか、って! お前の大事な殿下の評判は確実に落ちるよなぁ!』
『で、殿下は関わっていない。私の判断だ』
『それはお前が判断することじゃないよね? 周りは嫌でも結びつけるし……それにお前ら、アンジェリカさんの時は話も聞かずに決めつけたよね? アレがどうして自分たちには起きないと思っているのかな?』
リオンの冷酷な言葉に、ジルクは思わず言葉を詰まらせた。
そうだ、自分たちとて、アンジェリカの言い分を否定した。マリエをいじめた件について関与していないと言うアンジェリカの言葉を、文字通り無視したのだ。今の構図と、何が違う。
『あ、あれは――!』
『もういいや――沈めよ』
言い訳も聞きたくない――そんな意思を滲ませるようなリオンの声と共に、アロガンツが突進した。狼狽するジルクには回避もままならず、アロガンツの重厚な右足が、勢いのままにジルクの機体を踏みつけた。極大の運動エネルギーがジルクにのしかかり、機体もろとも地面に叩きつけた。その衝撃は、ジルクの意識を吹き飛ばすのに余りあるものだった。
(殿下、こいつらは危険です。戦ってはだ――め――です)
遠のく意識が、最後に親友への警告を紡ごうとするが、しかしすでに音声を成すだけの気力すら残っていない。
『姉貴にも迷惑をかけたけど、それよりも脅した連中はどうするかなー……』
力尽きたジルクの視線の先にあったのは、既に
◇ ◇ ◇
「……おー、勝ったっぽいっすね」
どごん、と轟音を立てて緑機が墜落するのを眺めながら、ケイトは声を上げた。その膝の上で抱かれているハーヴェイも、同じようにそれを見届けた。
「実際、どんな感じなんすか?」
『ん?』
「あのリオンって人の評価。わざわざもう一戦させてまで見る必要あったんです?」
『もう一度きみの活躍を見せて欲しい』――それが建前であることなど、ケイトにはお見通しだった。伊達にこの主人と長い付き合いをしている従者ではない。
『……あるかなしかで言えばあったけど……“底”はある程度見えた感じかな。あくまでも、あの機体性能ありきだ』
「わーお辛辣。ロストアイテムでズルしてるだけってことっすか?」
『敢えて悪し様に言うなら。あの機体無しで件の浮島を手に入れたとすれば、その胆力は絶賛の一言だが……腕前そのものは、良くも悪くも“普通の冒険者”の域を出ない。見た目相応の脅威しかないな』
ケイトの問いに、ハーヴェイは辛辣な評価を下した。見た目通りのパワーと重装甲、それに豊富な武装に任せた一方的な戦い。それはあくまでも『アロガンツの強さ』であり、リオン自身の技量はあまり伺えない。
「ふーん……じゃあ、坊ちゃんの敵じゃないと」
『そうでもない。最大の疑問点は、そのロストアイテムを
遺失した古代文明、その余燼――事の次第によっては、大きな脅威になるかもしれないね』
「えーっ」
『有力者が注目しているのはみんなそこさ。今はその動向を見守って、どう取り扱うべきか見定めているってわけさ』
「じゃあ、坊ちゃん的にはどうなんです?」
『僕だって結論は出ていない。今のところ、敵対する理由がないというだけだ。だからこうして、その力量を測っている』
「ふぅーん」
貴族ではないケイトにとっては、何とも評しがたい話だ。有力貴族たちの目には、リオンが王国の脅威になるかも知れない、という警戒心があるらしい。それを最も間近で見ることができるハーヴェイは、かなり重要な立ち位置を握ることができたという訳だ。
『……あとは』
「ん?」
『ケイトが、思いのほかあったかいから。もう少し、このままでいたくて』
照れがちなハーヴェイの言葉に、ケイトは一瞬だけ呆気にとられると、嬉しそうに彼の頭をわしゃわしゃと掻いた。
「んもぉ~! かわいいなぁ~坊ちゃんは~!」
『いたたた、やめて』
「……むふー」
冷徹な表情の下に、年相応の可愛らしい姿を見ることができるのは、このケイトの特権だ。主人が心を開く可愛らしい一面に、ケイトは満足げに笑った。
一方、力ずくでジルクを仕留めてきたアロガンツは、のっしのっしと舞台袖に降りてきた。
『よいしょっと。片付けてきましたよー』
『お疲れさま、見事な闘いぶりだったよ。――そろそろ、この居丈高な物言いも改めないといけない頃合いかな?』
『いやぁ~、それほどでも~……』
すらすらと褒め言葉を並べるハーヴェイに、リオンな何とも言えない反応を返しながら、胸部ハッチからアロガンツを降りた。――これも、ロストアイテムを手にしたというには奇妙な低姿勢ぶりだ。このアロガンツという機体には、何か秘密があるのかも知れない。
それはともかく、とハーヴェイは名残惜しそうにケイトの膝の上から降りた。最後の一戦は、ハーヴェイが片付けなければいけない。
『では、仕上げは僕が務めさせていただこう。きみがお膳立てしてくれたぶん、しっかり片を付けないとね』
「はぁ……が、がんばってくださいね~」
「坊ちゃ~ん、頑張ってくださいね~」
リオンとケイトの声援を受けながら、ハーヴェイは
◇ ◇ ◇
(何よ、何なのよ。あんなに強い奴らがいるなんて聞いていないわ。私は! 私はこんなの知らない!)
救急担架で運ばれるジルクの姿を見て、マリエは完全に憔悴しきっていた。ジルクが倒れたことではない。彼を含めた四人が、碌にダメージを与えることさえできずに敗北したことに、である。
「ちょっと、これって本当に大丈夫なんですか? 四人ともほとんど何も出来ないまま負けちゃいましたよ」
カイルの容赦ない物言いに、ユリウスは拳を握りながら、己の純白の鎧を見上げていた。
「――あれほどの相手だとは思っていなかった。だが、俺の鎧は王国最高の技術で作られている。マリエ、心配するな」
(みんなそう言って、ボコボコにされて終わったじゃない! 本当に役に立たないわね!
そう言えば、こいつら役に立たなくて戦争パートで負けまくるから、兄貴にクリアしろって押しつけたんだったわ)
苛立たし気なマリエの思考は、遥か彼方、
(大体、兄貴が悪いのよ! 旅行に行ったのを母さんに言いつけてそのまま死んで――その後、家族の中で私の居場所がなくなって!
結婚しても式も挙げられなくて、相手に逃げられたのに助けてもくれなくて! 全部兄貴のせいよ! そうよ、それにあのリオンって奴、なんか兄貴に似ていてムカつくわ!)
(なんか莫迦っぽい。ゲームだと筋肉が浮き出てちょっと興奮したのに)
そんな呆れ顔に気付かず、ユリウスは魔導鎧に登場し、ごぉんと起動させた。輝くツインアイは、騎士の鎧というより、ロボットのような印象を思わせる。
そんな美しい鎧を見て、カイルが羨ましそうな声を上げた。
「いいな~、僕もアレが欲しいです」
「騎士じゃないから駄目よ。それに、貴方はエルフだから動かせないわ」
「やってみないと分かりませんよ。僕はハーフエルフなので可能性があります」
「駄目よ。それに私は鎧を持って――」
物欲しげな視線を隠さないカイルを宥めながら、ふとマリエの脳裏にいやな疑問がよぎった。
(あ、あれ? 確か、亜人種と人が交配しても子供が生まれないはずじゃ……)
まぁ、ゲームだからその辺りは曖昧なのかも。何とか自分を納得させるマリエを、ユリウスが鎧越しに見下ろしていた。
『――マリエ、行ってくる』
愛する人からの激励の言葉を求めているようだ。そんなユリウスに対して、マリエは頭の中で
(確か、こういう時は――)
マリエは思考を切り替えると、恭しく胸元で両手を握りながら口を開いた。
「はい。ユリウスの勝利を願っています」
『あぁ、頼む!』
恭しい表情を見せるマリエの声援に励まされ、意気揚々とブーストを噴かせて飛んでいくユリウスを見送りながら、しかしマリエは大きくため息を吐いた。
(はぁ、疲れるわ。そもそも、ぶりっ子で頭お花畑の主人公を真似るとかマジできつい)
第二の人生、主人公の立ち位置を奪うために頑張ってきた。出会う場所に張り込み、主人公を追い出し、仕草やら台詞やらを真似て――それぞれの“理想の女性”を演じて、男子たちを魅了した。“ゲーム”の知識として、彼らの趣味嗜好を知っていたというのもあるが、それを好感度に結び付けるだけの努力と研鑽を、マリエは積み重ねてきた。こんなところで、あんなよく分からない連中なんぞに躓くわけにはいかない。
(とにかく、あの
“兄貴”に押し付けたきり忘れてしまったことなのか、それとも序盤故に辛うじて自力でクリアできたのか。それを確認する手段も、その意味も最早ない。因果も何も知ったことか、とにかくユリウスに勝ってもらわなければならないのだ。その先にしか、マリエの幸福はない。
(そうよ。この世界をもっと楽しまないと。他にもいろんな男と恋をして、贅沢な暮らしをするの。
元の世界なんて酷いことばかり。ようやく私は幸せをつかめるの。あんな