鎮守府アナウンス   作:蒙古の尖兵

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CASE2:とある配達員の場合
第6話


どうしてこうなったのか…。私はいつものようにお得意先に自慢の野菜を届けにきただけだ。それがどうして。

 

椅子に座らされ、手足は拘束。口には猿ぐつわ。辛うじて目隠しはされていない。

 

「素敵なお野菜ですねぇ、本当にいつ見ても惚れ惚れしちゃいますよ」チュッ

 

段ボール箱から取り出された野菜を慈しむように眺め、口づけ。

嬉しい称賛の一言。本来であれば心から喜んだだろう。誇りに思えただろう。今は一つの余裕もない。

 

「丹精込めて作ってくださってるのが手に取るように分かります」

 

辺りを見回す。裸電球一つが照らす薄暗い部屋の中で。おびただしい数の本が床に積まれている。かなり埃っぽい。

 

「あ、ようやく目を合わせてくれましたね?嬉しい」

 

彼女は微笑んだ。しかし眼鏡越しに見えた彼女の瞳は私にとっては恐怖そのもの。

 

「どうか怯えないで。痛くはありませんから」

 

そう言って彼女が取り出したのは黒い棒状のもの。いつの間にか私が育てた野菜は置かれ、腰に携帯していたソレが手に握られていた。

 

「ふふ…かわいい」ヒュン

 

わざとらしく振られ、しなる。風を切る音。恐怖。

 

ジリジリと近付く彼女はやはり微笑んでいた。

 

嗚呼、どうして。どうしてなんだ香取さん…。

 

ーーー

 

ーー

 

 

「いつもいつも本当にありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそ!」

 

私の仕事はとある鎮守府に育てた野菜を卸すこと。今日もいつものように私はトラックを運転し、取引先へと赴いた。

 

「どうかご謙遜なさらず…美味しい野菜を食べられるのはキムラさんのおかげなんですから」

 

「駆逐艦の子たちからも大人気で…。間宮さんも仰ってました、野菜嫌いの子でもキムラさんの野菜なら食べてくれるって」

 

ありがとうございます、私は頭を下げた。嬉しかったから。それにはにかんだ顔を目の前で微笑む彼女に見られたくなかったのもある。

 

「キムラさんが笑ったところ、私は好きですよ」

 

見透かされていたのか。顔を上げる。彼女はまだ微笑みを浮かべていた。

 

「…それじゃあ野菜を運びますので」

 

何故だか照れ臭い。顔が熱を帯びているのが分かった。野菜いっぱいの段ボール箱を持ち上げ彼女に案内されるまま。私は汗臭いだろうに。少し前を歩く彼女の髪がふわりと揺れる度、花のような香りが鼻をくすぐった。

 

艦娘だと知ったのは少し前のこと。普通の女性かと思っていた彼女が海を駆ける艦娘、その一人だと知った時は本当に驚いた。

どうか萎縮しないでくださいね、そう言って香取さんは微笑む。私に向けられるには美しすぎる、魅力的な笑みだった。

 

「そうだ、キムラさん。この後ってまだお忙しいですか?」

 

一通り野菜を運び終える。香取さんは思い出したようにそう言った。

 

「キムラさんさえよければなんですけど…少しお茶していきませんか?」

 

「何もお返し出来ないこと本当に心苦しくて…」

 

いやそんなこと…。お代は鎮守府から頂いているし、何より一生懸命育てた野菜をそこまで…。思わず目頭が熱くなる。

 

しかし彼女はきっと忙しい身だ。断ろうと口を開く。

 

「お時間はとらせません」キリッ

 

眼鏡をかけ直した彼女は私の手を取る。その後何を言ったかはあまり覚えていない。だがこうして香取さんの後を追って鎮守府の中を進んでいるところから察するに私はこれから彼女にもてなして頂けるようだ。

 

実際、この後別の仕事が控えているわけでもなかった。

 

それに。

 

それにだ。香取さんのような美しい女性からのお誘いを無下にするなんて烏滸がましい気もした。多少の下心もあったと思う。

 

「こちらです」

 

前を行く香取さんが振り向いた。差し出された手の先には扉。見ると来客用と扉の真ん中にプレートが貼られている。

 

香取さんの柔らかな笑み。再び頬に熱さを感じた。慌てて目をそらした。そして案内されるがままに部屋へと通される。

 

高級感にあふれた黒いソファーに腰をかける。落ち着かない。思わず息をのむほどに整理の行き届いた、そんな綺麗な一室で。私は香取さんと対峙する。

 

「緊張なさらないでくださいね?」

 

どうぞ、とガラスのテーブルに差し出された飲み物。それを一気に私は飲み干した。緊張で喉が渇いていたのだ。

 

「まあ!うふふ…」

 

慣れない環境。香取さんの前で少し行儀が悪かったかと後になってから気づく。

 

香取さんは何故だかここではあまり話し掛けてこない。その代わりに私をじっと見つめニコニコしている。

 

私も口がまわる方ではない。緊張と気まずさを和らげるために飲み物が注がれるや否や再び一気に飲み干した。喉を豪快に鳴らす。

 

「お、美味しいですね、このアイスティー」

 

潤したはずの口は何故だかパサついているように感じた。

 

「うふふ」

 

香取さんは微笑むだけ。明らかに口数は減っていた。再びアイスティーが注がれる。

 

「は、はは…」

 

香取さんは何を考えているのか。気まずい。何故いつものように喋りかけてくれないのか。もしかして怒っているのか。何か粗相をしてしまったのか。

 

ええい、ままよ。

 

気まずさを払拭するためグラスをあおいだ。そして三度飲み干したところでこれは…。急な眠気?

 

「あらあら、キムラさん?大丈夫ですか?」

 

「お疲れだったんでしょう、どうぞ横になってください」

 

「香取がずっとここにいますから」

 

遠のく意識の中で。私はそんな彼女の言葉を聞いた。

 

 

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