雨が降っている。街頭テレビ曰く、夜通し降るらしい。
大粒の雨が、痛いくらいに地面に叩きつけられていた。どこかで水道が逆流でもしているのか、下水のような臭いが漂っている。
泥が混じったドブ色の水が排水溝を通るのが、視界の端に映る。
ドブか。ふと思った。
――ドブ色の人生だな、ほんと……。
「よ、っと……」
手の中で魔力を練る。青く半透明の刃物を作り上げ、男の喉を切り裂き、抵抗を許すことなく、背後から心臓を突いた。
思い描いた通りの赤色が男のコートに滲み、やがて倒れ込んだ男の体から、血が雨水に引っ張られて排水溝に流れ落ちていく。悲鳴もなかった。苦しむ間もない即死だったはずだ。
「……はあ」
ため息を吐いて屈む。念の為、死体の人相を確認しようと死体の肩に手を引っ掛けた。
その時、建物の影に隠れていたもう一人の人間に気がつく。女だった。ターゲットではない。
「……お前、」
刃物をもう一度生み出し、握りしめる。もう一人居たのか。
目撃者を始末しようかと構えたが、相手は叫ぶことすらしなかった。
相手の詳細な姿は分からないが、携帯などを向けている様子はなかった。ただ、こちらからは陰になっていて、顔も見えない。でも……向こうも、お面をつけている俺の顔なんて見えないだろう。
じゃあ、もう、いいかと思った。
俺は疲れていたし、全身がぐっしょりと濡れていて、水が滴っているのが嫌だった。
もっと言うなら雨の日には、あまり長い間外に出ていたくない。雨の日は、片頭痛が酷いからだ。
――さらに遡ると、俺は人を殺すことが、本当に本当に嫌だった。だから、まあ、なるべく殺したくないな、と思った。
「……今日見たことは、忘れろ」
魔力を散らして、立ち上がる。死体の顔も確認し終えたし、他にすることはない。魔法で殺人なんて、普通の警察じゃ対応できない。多分、俺は今回も捕まらない。
そのまま家に帰って、風呂に入った。着替えて、ご飯を食べて、寝る。
無駄に広い寝室に入り、ベッドに寝転がる。天井を見上げると、なんだか高そうなクリーム色で模様が描かれている。
なんでこんなところにいるんだろう?
なんでこんなことをさせられているんだろう?
――なんで……おれはいきているんだろう?
「ドブネズミの方が、俺より綺麗なドブに住んでるよな……」
じゃあ俺はなんなのだろうか。虫とかだろうか。
あー、もう……なんか、疲れたな……。
いつの間にか眠っていたらしく、夢を見ている自分がいた。
夢の中では前世の俺が、なんだかボーっとした様子でバイトをしていた。
あー懐かしいな。クソだるそうに生きてるなあ。で、この後車に轢かれて死ぬんだよな。
夢の中のクラシックカーは、実際の過去よりもいささかポップに俺を殺した。次の瞬間、俺は赤ん坊になっている。
「生まれた……!」
「よかった、よかったぁ!」
両親が笑っている。赤ん坊の俺は意味不明な状況に号泣している。
――それを何処からか、自分自身が見つめている……そういう、よくある感じの夢だった。
今思うと赤ちゃんの時はめちゃくちゃ焦ったなあ。だって転生するとか思わないし。
しかも忍者の家系て。もう家業はやってないとか言ってたけど、蔵の中にヤバい武器とか毒とかあったんだろうなあ。だって里ん中に呪術師とか薬師のお婆ちゃんお爺ちゃんいたし。
中に何入ってたんだろうな。今更気になって覗いてみるが、夢の中の蔵は空っぽだった。上手くイメージ出来ないせいかもしれない。
成長した今も、蔵の中は結局見に行けていない。
この後、俺が三歳になった頃に、里が襲撃を受けて滅ぶからだ。大規模な山火事だったとかで、暫くニュースはこれ一色になっていたらしい。
当時の俺はよく分からんまま他の子供たちと一緒に大人に隠されていたが、結局見つかって、襲撃者たちに連れ去られてしまった。
ここからはマジでファンタジーなのだが、とにかく魔法の訓練をさせられた。とはいえ、魔力の操り方だとか、それの発露のさせ方だとか、やたらと体系だっており、トンチキ宗教団体ではなさそうなのだ。実際に魔法出たし。
そこからはみっちり勉強漬けだ。印象深い出来事があまりないからか場面が飛び飛びになり、六歳になった辺りまでシーンが進む。六歳の俺は、「もうそろそろやっとこうか?」みたいなノリで、人殺しの手伝いをさせられていた。殺す人の補佐で、囮とか、挟み撃ちの手伝いをしている。
死に際のとあるターゲットが「蟻共が……!」と恨めしそうに俺を睨んで、その辺でなんとなく、絶望した。もうしてたけど、追い絶望みたいな。
昔読んでたとある漫画に、そういう風に蔑まれる悪の組織みたいなのがいて、途端に「あれ、この世界って、もしかして漫画の世界なのか?」と思ってしまったのだった。
主人公の仇敵であり、いずれ完膚なきまでに滅ぼされる悪の組織。その名も「真社会」。
意識的に漫画の内容を思い出すと、あちこちがしっくりきた。魔法の種類や世界観も似ているし、その上、「真社会」の組織員は、みんな黒い軍服じみた服装なので、敵対者からは「蟻」とか「ムシケラ」と呼ばれていたことも、なんだか似すぎているように思う。
夢の俺は雑な演技で「アリって、おれたちのことですか?」と子供っぽく聞いている。上司(?)は「そうだ。俺たちは蟻と同じ、優秀な生き物なんだ。この国を良くするために、ゴミを殺し、糧として大きくなる」とガンギマリで答える。
マジモンっぽい答えに消沈して、俺は上司(?)に手を引かれて拠点に帰ったのだった。
死にたくなかったので、そこからはとにかく"頑張った"。「真社会」は、トップである女王蟻以外は使い捨ての組織で、人の入れ替わりが激しいし、すぐ死ぬし殺す。だから、頑張った。
頑張ったので、いっぱい殺した。
漫画読んでてよかったな、と思いながら殺した。主人公の必殺技とかパクった。死にたくなかったから。
気がついたら、女王蟻のお気に入りになっていた。俺は組織に与えられた広い部屋を借りて一人暮らししてるし、全然使ってないけどお金もいっぱい持っている。
大きくなった俺は、いよいよ死にたくなっていた。生きてる意味とかが分からなくなってきており、限界な訳だ。
眠る前の任務を、今更になって思い出す。なんか鬱になって見逃したが、あの時のあの女、本当なら殺しといたほうが良かっただろうな。
だって漫画だと、そういう目撃者とかに復讐されるのがお約束だしな……。