災い転じてヒモとなす   作:ぱぱパパイヤー

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真社会_本部最上階

「――よし、今日はもう終わりにしよう。勉強してちゃんと眠るといい。受験がもうすぐなんだろう」

「……。はい! ありがとうございました!」

「「ありがとうございました!!」」

 見取り稽古をしていたオーディエンスからもお礼の嵐だ。

 気まずさに視線を落としつつ、ミサキの背を追って道場を出る。彼女は汗をタオルで拭いて、俺に振り返った。

「ねえ。先生は何歳で、名前は何? いい加減、それくらい教えて」

「……どっちも言いたくない」

「せめて、名前ぐらい。本名は無理でも、あだ名か偽名を教えて欲しい」

 彼女の「本名は出せないのでは?」という推察は正しい。俺は悪名高い「真社会」のトップのお気に入りだ。名前なんて出した日には大騒ぎになってしまう。

 だが偽名では呼ばれたくない。既にメンタルが限界まで病んでいることもあって、偽名で呼ばれていると、俺がいない風に扱われてる気がして、瞬間的に気が狂う瞬間があるのだ。潜入中に発狂してからは、偽名は二度と使わないようにしている。……。

 暫く黙り込んだが、ミサキは諦めない。彼女の頑固さは筋金入りだ。俺は自分が折れてやろうと、「偽名ではない名前」を告げた。

「耀介(ようすけ)で、いい」

 誰も知らないが、俺の前世の名前だ。これなら、まあ、俺自身だから許せる気がした。

「ありがとう。先生の名前が聞けて嬉しい」

 緩んだ表情を真正面から食らい、まごついてしまう。薄々気づいていたが、俺は今世コミュ障になってしまったらしい。

「名前も聞けたし、年齢は今は良い。少なくとも先生は、私の目には中学生か小学生くらいに見える」

 まあ実際、俺の年齢は大体そのくらいだろう。

「もっと大きくなったら、一緒に高校に行こう。本当の年齢が何でも、見た目がそのくらいなら通えるから」

「……!?」

 爆弾発言に思わず立ち止まると、ミサキも止まる。

「な、なんでだよ……? 行かないぞ」

「行きたくないの? きっと楽しいよ。受験も、本当なら一緒に受けたいくらいだ」

「行かない……というか、行けるわけないだろ……。戸籍もないし、俺は……人殺しなんだぞ」

 しどろもどろになって言い訳をする。ミサキは何ら気にせず続けた。

「そんなことは気にしなくていい、耀介。あなたを助けると私が決めた。私はあなたを掴んで離さず、背負い続ける。だから、あなたの罪の全ても、私のものだ」

「い、意味がわからない……」

「清濁併せ呑めずして、蜘蛛蛇の当主は名乗れない。汚れ仕事はどこにだって必要だ……それに、あなたが求めていないのなら、罰を与えるつもりもないということだ」

「……じゃあ、俺が被害者遺族に責められたら、それはミサキが悪いことになるし……。死刑が決まったら、ミサキが代わりに死ぬって――まさかそう言いたいのか?」

 そんなわけないよな? と言外に滲ませたが、彼女は平然と頷いた。

「耀介を御せなかった私の力不足だ」

 特大の免罪符を突然与えられて、面食らった。俺はただ、ミサキを見つめて黙り込むことしか出来なくなった。

「私は早く強くなって、母様と父様を殺した仇を始末して……耀介のことも助けられるようになりたい。絶対に、全てを成し遂げてみせる。……だから先生、よろしくね」

「……うん」

――俺も、そうなったらいいと思ってる。

 不意に自身の口元に違和感を覚え、触れると、そこには笑みが象られていた。そこで初めて、「ああ、俺、すごく嬉しいんだ」と気付いた。

 もし叶わなかったとしても、彼女が俺にかけてくれた言葉を忘れることはありえないだろう。自分に夢を見せてくれたミサキへ、心底からの感謝を抱いた。

 

 

 

 久しぶりに、仕事の連絡が来た。

 出発の際、ミサキには相当渋られたが、彼女の今の実力でラスボスを倒すことは無理だ。俺だって殺されたくないから嫌な方向に頑張らざるを得なかったのだ。ボスを倒すなら、俺より強くなってからでないと。

 なんとかミサキを諭して出発し、「真社会」の本部へ到着する。見た目は普通のビルだ。受付に女性がおり、スーツを着たサラリーマンなどがたまに歩いている。

 カモフラージュでしかないため、看破の魔法を用いると、みんな軍服を着ている構成員だとわかるが。

 エレベーターに乗り、自身の魔力を込めてセンサーに触れる。最上階のランプが点灯した。

 ここまで高いと、緊急時の避難とかはどうするんだろうか……と侵入者目線で考えてみる。敵襲に気づいた時点で、魔法で飛んで外に逃げるのだろうか?

――ミサキがここを襲撃する時は、鏖にしにくるときだろうから、結界か何かで外を塞がないとな……。

 ポーン、とエレベーターが到着を知らせる。門番の男に目を合わせて、顔パスで女王蟻の執務室に向かう。

 扉を押し開くと、女王蟻がいつもの様子で微笑んでいた。

 カーテンの閉め切られた窓を背景に、黒いテーブルに頬杖をついている。銀糸の髪が軍服に映えていて、何度見ても美しい――人間の女のかたちをしたバケモノだった。

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