蜘蛛蛇の屋敷に帰宅(未だに違和感がある表現だ……)すると、入り口で使用人のサトヤが迎えてくれた。
「おかえり〜、耀介。今日はミサキ様がデザート作ってくれるらしいぜ。早く帰れてよかったな!」
「……おう」
サトヤは蜘蛛蛇一族の中でも屈指の陽キャだ。肩を組まれながら廊下を進む間中もずっと、他の一族たちから声をかけられっぱなしである。
「で、仕事はどうだった?」
「仕事は……色々あってなくなった。たまたま気分が良かった(?)らしくて、休みもくれるって。あとは……俺がもっと元気になれるように、とも言ってた」
「それで仕事なくなるのかよ。謎すぎるな。……でもまあ、明らかに元気じゃねえもんな、耀介。目の下真っ黒だし、目とか死んでるし。これでマシになった方とか今でも信じらんね〜」
ぺちゃくちゃと話しながら廊下を進んでいく。広間に到着する頃には、食事の用意が終わりつつあった。サトヤに肩を組まれながらミサキの横に誘導され、座るよう促される。いつものことながら、上座は居心地が悪かった。
「おかえり、耀介」
「ただいま……」
座布団の上でもぞもぞしていると、ミサキが小鉢に入った寒天を指さして、調理風景について語ってくれる。
青みを帯びた涼し気な寒天にあんこがのっていて、お茶と合わせて食べると美味しそうだ。
「今日は肉料理だから、さっぱり目にしてみたよ。あと、耀介は甘いものが好きだから、あんこも多めだ」
「ありがとう」
一言返してから、あんこたっぷりの寒天を見つめる。それから、こんなに嬉しいのに、とてもつまらない一言を言ってしまったな、と思ってもう一度顔を上げた。
「めちゃくちゃ、嬉しい。ありがとう」
「ふふふ。喜んでくれて良かった」
ワクワクして食事が始まるのを待つ。何も面白いことのいえない俺に、ミサキが話題を振ってくれて、周りの蜘蛛蛇の人たちも話しかけてくれる。
リラックスの出来る穏やかな空間に、擦り切れていた心が癒されていくのを感じた。
夕食後にもミサキの訓練をして、適度な運動をこなした後に布団に入る。
畳にしかれた布団は元は来客用のものだったらしいが、今はもう俺のものになったそうだ。
天井の木目を目で追っていると、あっという間に眠気が来る。暫く仕事はないから養生しろと女王蟻は言っていたから、ミサキを鍛えることに集中できるだろう。
明日は蜘蛛蛇の、ミサキ以外のみんなにも使える技を教える日だ。原作では死地に赴いて玉砕するために編み出された自爆技だったが、危険な部分を省いてやればきっとみんなの役に立つだろう。それに訓練のペースも速い。この調子ならもしかすると、本当にいつか――。
などと考えていた俺を嘲笑うように携帯が着信を知らせる。
寝ぼけ眼で確認すると、それは女王蟻からだった。
「!?」
蜘蛛蛇のど真ん中で、女王蟻からの電話に出られる訳もない。寝具の着物のまま部屋を飛び出し、虚空に引いた魔力の糸の上に飛び乗り、何度か跳躍を繰り返して屋敷の外に出る。木を飛び移りながら電話に出るまでで、3コール。
以前までなら恐怖で歯が鳴っていただろうが、今の俺は平気だった。無礼だったかな、と多少の不安を覚えるだけだ。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。キサラギです」
『やあ、キサラギ。遅くにすまないね。しばらく休みにしたから、お前とは会えなくなるのかと思うと寂しくなってしまって』
「……? はあ」
社長(?)からかかってくる電話としては意図が不明で、困惑しつつ頭の中で言葉をリピートした。寂しくなってしまったのか、そうか。……なにが? なんで?
『来週、由良咲ホテルで会談があるんだが……私の仕事が終わったら、そこで落ち合えないか? 時間は、夜の20時頃だ』
「……? 追加の任務でしょうか」
『ハハッ、違うに決まってるだろう? デートのお誘いだよ。丁度渡したいものもあるから、来週土曜日に、由良咲ホテルのロビーで会おう。仕事が終わり次第連絡を入れる。待っているぞ』
「あの、」
もう電話は切れていた。
え? なに?
どういうことだ?
「……?」
これまでにない出来事……な気がする。断言できない。女王蟻といる時は基本的に死の恐怖に支配されているため、ろくな記憶が残っていない。
にしても、デート? 幻聴としか思えなかった。女王蟻と、デートをする……? 異国の言語を聞き間違えたのだろうか……。
通話の切れた携帯を見つめながら現実を受け入れる努力をする。機嫌は、よさそうだった。つまり少なくとも、蜘蛛蛇への協力がバレているといったことはなさそうだ。
「……。……なら、まあ、いいか」
よく分からんが。
俺は携帯に「由良咲ホテル」と打ち込み、その圧倒的なグレードに慄くなどする。政治家とかが利用するとこじゃないか? これ。真社会の活躍が留まることを知らない。世界の終わりも近いな……。
月光を浴び、ずっしりとした木の幹にもたれかかりながら「上司 接待 ホテル」「プライベート 上司」などと検索していく内に、夜は明けていくのだった。