トラッシュ秘譚:仮面ライダートラッシュ オープン・ザ・パンドラ 作:秋塚翔
「おん?」
不意の着信音に、ルカは意識をそちらに向ける。
場所はホテルのある一室。仮の拠点として利用しているそこで、何も着ていない一糸纏わぬ姿のルカはすぐ脇の棚上で着信を知らせる携帯端末に億劫そうな目を向け、そして仕方なさげに自らの下へと視線を移す。
そこには、同様のあられもない姿をした四人の女性たち。
「ちょーっと待っててねえ。お仕事の電話出てくるからさ」
「……は、ぃ……」
疲労困憊を隠せない女性たち――辺りに散らばるツナギの服からフリーの清掃員と分かる――はなんとか肯定を返す。そうしなければ、また後が怖いゆえに。始終絶えずの一夜に身も心も屈していた。
期待通りの返答で満足げに頷いたルカは、そのままの恰好でベッドを降り、なおも鳴り響く端末を手に取って、ベッドの縁に腰掛けつつ通話を受ける。
「はいはーい、ルカちゃんですよー。お楽しみ中になにか用?」
気安い口調で電話口へと語り掛ける。通話先の相手は、ルカの知る人物。その辺にいるような一介の清掃員に過ぎなかった彼女を『仮面ライダーサイラ』にしてくれた、ありがたい奇特な協力者だ。
電話先の相手は礼儀のないルカに気にした風もなく、むしろ向こうも気軽な声色で返してくる。
軽々しいほどの、共謀する者同士による定期交信。
「こっちは上々だよー。サイラのテスト戦も想定通りの成果だった。初戦で四人以上来られたら退却って言われたから退いたけど、そうでなきゃもっと性能試して勝ってたかもねー、なーんて。ふははっ」
あんまり慢心しないことね、という電話口の声にさらっと受け流して。
「そんで、次はどう動いたらいい? なんか外が騒がしいけど。……お? こっちの判断でやっていいの? マジで? そんなん私の好きな指示じゃーん。オッケー、ルカちゃんに任せなさいなっ!」
裸のまま、不敵に笑みを浮かべつつ徐に窓際へと足を運ぶルカ。
曇天の朝を迎えた外の景色は、相変わらずゴミ汚染で薄汚れた空気が漂う――が、そこには輪をかけて穏便ではない雰囲気を醸していた。眼下の光景にある喧騒と不穏さをここまで届けてくるよう。
乱戦を予想させる様相を見下ろして、ルカは好戦的に口角を吊り上げる。
「――ぅ、う……」
その隙を突くかのように、ベッドに投げ出された女性の一人が這う這うの体で部屋から逃げ出そうとする。「あの四人に顔立ち似てる」という謎の理由から金で買われた内の一人であるが、もう体力的に限界だった。疲労困憊でもはや動けない仲間の女性も見捨て、着るものも放り捨て、とにかくルカの許から離れようと画策する。
が、その足をがっしりと掴まれてしまう。電話中のルカに。
「ひッ!?」
「んじゃあ、そういうことで。ご希望通り面白くしてあげるからお楽しみに~」
締めて通話を切り、端末を放り投げたルカが目を笑わせず微笑む。
視線の先には哀れな四人の女たち。
「さて。まだ時間あるからもう二、三戦しよっか? 逃げる元気残ってるんなら遠慮なくやらせてもらうよお。ふはっ」
「あ、あぁ……ッ」
舌なめずりするルカを、四人は怪物を見るが如き涙目で見上げる――
チリヅカ・コーポレーションの社長室――
そこで、会社社長である六道捨我は椅子に座して黙り込んでいた。
するとその部屋に、ガチャリと扉を開けてネリーと朧が揃ってやって来る。
「社長サン。こっちのチームと掃除屋のチーム、それぞれ掃討任務は遂行してきたワ」
「ご苦労だったネリー、朧」
ネリーの報告に捨我は薄く笑って労う。任務自体は昨日のことであるが、ネリーのチームも掃除屋のチームも各々で事後処理や調査・解析があったため、こうして後日の直接報告となった。
朧も捨我の言葉を受けて頷く。
「ああ。……しかしそれも無駄な徒労になりそうだな」
応えた朧がそう零して社長室備え付けのモニターに目を向ける。映し出されるその大きな画面上には、現地の社員らが現在進行形で撮影しているライブ映像が流されていた。
それは、朧の言うことが共通意識にならざるを得ない光景であった。
――新東京の大地に夥しい数のハードゴミリオンが跋扈している。奇声を上げ、狂乱を盛り起こし、好き勝手に暴れて世界を汚染させんとしていた。人の姿はあらず、既に避難したか巻き込まれたか。その中にはこの時代に存在するゴミリオンも見受けられたが、それらことごとくがハードゴミリオンの浸食により同じような黒い狂気を纏っているようだ。
未来からの侵略者の饗宴。まさに『
「アララ。とんでもない事態になってるわネエ」
「どうする? 俺たちも出撃をして鎮静に向かうか?」
軽くリアクションするネリー。朧の方は変わらぬ武人然とした態度で問う。
尋ねかけられた捨我は、同様の事態に反した乖離を感じさせる態度で机に肘をつかせて答えた。
「いや。君たちには社外周辺の警護を頼もう。あちらには掃除屋のチームがまだ滞在していたし、対処はあの二人に要請する。……ああ、ネリー君はメンタルを崩したミラ君の回復をお願いするよ。前日キャンセルしたイベントの埋め合わせをしてもらわなければ」
「それはいいけど。大丈夫ナノ?」
今度はネリーが問いかける。状況は一刻を争う。このままでは世界が未来から訪れた存在に蝕まれてしまうだろう。それなのに悠長な対応でいいのかという問い掛けだ。
捨我はそれをやはり薄く笑って返答する。
「これも我が社のビジネスチャンスだ。事態が大きくなれば、かの王の眠りも揺り動かされ、それによりますます商売も軌道に乗れる。今回は、
それに、と。捨我は今に高笑いしかねない笑みを見せる。
「その中心には八多喜玲二もいる。ならば問題ない。彼ならきっと、世界を護るべく未来などという不確定の脅威を打破してくれることだろうさ」
やけに自信のある確信を以て、捨我は社長室に笑い声を響かせた――
「っ……ありがとう、レナ。お陰で助かった」
「ううん。こっちこそごめん。あれはあたしの時代の敵なのに……」
レナによって熱病汚染を取り除かれた玲二。パンドラの不意による汚染と違い、明確に悪意を持って浸食されたせいか、まだ体にダルさが残っているものの、なんとか無事な様子だ。
礼を言われたレナは複雑な面持ち。無理もなかろう。ハードゴミリオンが一緒にやって来たのは知っていたが、まさかその首魁まで現れるとは。問題が増えた現状にレナの顔は曇りがちだった。
が、それも束の間。
思い出したようにキッと端に目を剥くレナ。
「う……っ」
『なンだよ、やるってのかァ?』
そこには、怯えるように社屋の端で縮こまるサラと、その腹部から喧嘩腰の姿勢を見せるドッくんがいた。同じ空間にはヒカリとルイもいる。
そう。ここは民間清掃会社『RKS』の社屋内であった。
「大体あんたたちがいるから……!」
『知るか。まだ見たことない未来の話されたって俺にはさっぱりだ。まァ、そういうことやらないとは言えないけどなァ!』
「ドッくん、やめて……」
喧嘩を売るドッくんに、サラはつい昨日破られた腹を庇いつつ制止する。
――ゼモンとの戦いから退却した玲二とレナは、どこで襲われるか分からない野外から、安全な場所に移ろうという提案をした。
しかしそうなると、第一候補は当然この怜二たちの経営する会社になる。そこにはヒカリとサラが先に利用していたのだが、合流してきたルイとも情報共有するためにも背に腹は代えられず、怜二はなんとかレナに釘を差しつつここに戻ってきたのだ。それが昨日のこと。
結果は……見ての通り、一触即発。一夜明けても緊迫した状況であった。
「とにかく落ち着け。事情は分かったが、そのゼモンってゲス野郎をどうにかしなきゃどっちにせよ世界がどうにかなっちまうぞ」
「そ、そうですわ! その後でちゃんと話し合えば分かりますわよ!」
ルイが場を収めるように言う。ヒカリもまたそれに同調した。
それを受け、レナは憮然としながら腰を落ち着ける。理解してくれたようだ。
「よし。それなら整理するか。ベノムが世界を滅ぼした未来から、ベノムを倒すために怜二の娘がやって来た。そこまではいいが、同時にハードゴミリオンとかいう連中が襲来して、その親玉であるゼモンは玲二の娘を使って自分の覇権を得るべく行動している。ベノムの件も捨て置けないが、まずはその未来の侵略者共をどうにかしないといけない訳だ」
こくり。レナを始め、玲二たちも頷きを返す。
「だが、玲二の話じゃ相当の敵だ。俺たちも気を引き締めて挑まないとな」
『特に熱病汚染が厄介だ。安易に触れられないのは厳しい』
ルインドライバーが引き継ぐように問題点を挙げる。
「わたくし――エコーの浄化であればある程度効力はありますが、それでも決定的なものではなさそうでしたわね」
『悔しいが、そればかりはボクとヒカリの力の限界だね』
ヒカリの言葉に、エコちゃん様が苦々し気に言う。
「だったら同じ力のベノムなら……」
「それは絶対ダメ。それで暴走しようもんなら本当に滅ぼす」
サラの提案に、レナが断固拒否の姿勢。サラの方から細い悲鳴が届く。
やはり相手が強大だ。どうあれど未来からの敵。過去の自分たちにはどう対処したらいいのか皆目分からない。ジリ貧の状態。
「……」
「? レナ、どうしたんだ」
と、不意に沈黙するレナに怜二が怪訝そうに聞く。
レナは徐に立ち上がり、外に続く扉へと向かっていく。
「――これはあたしの問題。お父さんたちの手を煩わせる訳にはいかない。あたしには、お父さんたちに代わって未来を護る役目がある。だから、ゼモンはあたしが片を付ける……!」
「レナ!?」
そう言い残し、レナは飛び出してしまった。
「あいつ、本当に玲二の娘らしいなあ」
「ですわね……」
「く、レナ!」
独り戦いに出向くレナに、玲二も追いかけんとした。
すると、そこにサラが歩み寄ってくる。
「玲二さん……ひとまず、これを使ってください」
「ん? これは」
おずおずと、そう言って手渡されたのは、毒々しいほど暗緑色のジャンクキューブ。ベノムを彷彿とさせる意匠を持つ見慣れないものだった。
『トラセンパイを真似して作ってみたジャンクキューブだ! 俺由来のものだからゼモンの汚染にも対抗できるぜ。ただし、危険性は覚悟しろよな?』
サラの腹部からドッくんが自慢げに補足してくる。
手に持てば、それだけでチリチリと焼くような痛みを錯覚するような危険性を確かに感じ取れるキューブだ。
それを握り締めて、玲二はレナを追って一足先に戦いに身を投じた。
ハードゴミリオン溢れる地の中心で、変身したゼモンは高らかに宣言する。
「時は来た」
その厳かな、しかし欲望の隠し切れない声に従い、周囲一帯のネズミハードゴミリオンたちがより一層の奇声を上げる。あたかも、自分たちを導く魔王を言祝ぐかの如く。悪意を露わとして。
「世界は今こそ我が手にあり」
芝居がかった声音を曇天の空に響かせて、ゼモンは今現在の世界へと宣告するかのように唱える。これより世界は我が天下、あまねく全てが我が支配下に置かれるのだと。
配下のハードゴミリオンも同意する奇声を轟かせる。
「汚し染める力を以て、我は新たな王として君臨せん」
まるで自身に酔うようにして、確定事項とばかりに言葉を紡ぐゼモン。
その悪しき儀式に横やりを入れる形で、一人の少女が駆け付ける。
「ゼモン!」
「……来たか、我が伴侶パンドラよ」
声を荒げてやって来たレナに、待ってたとゼモンは嗤う。
事実、そうなることを待ちわびていた。世界を得るには彼女が要る故に。
「もう少し場を盛り上げてから呼ぶつもりだったが、気を利かせてくれたのか? 愛い奴め。これが終われば夜伽の場ではたっぷり愛してやろうじゃないか」
「っ……その妄言もそこまでよ。ここであんたを消して、ほんの少しでもこの世界のために掃除させてもらうわ!」
下衆な言に対し、レナは気丈に返して身構える。ゼモンもまた世界の害悪。滅ぼさなければならないことにはベノムとそう大差はない。
一方、伴侶と勝手に呼ぶレナからの敵意にゼモンはなおも笑みを絶やさない。
「ぐふふふ、そう言ってくれるな。じきにお前も分かってくれよう。だが、まずは……我らの支配を祝福するための舞台を用意せねばなあ?」
言って、ゼモンは両の手を大きく広げて見せる。嫌悪する動き。
それに合わせ、けたたましく叫びを響かせたハードゴミリオンたちの一部が、号令でも掛けられたようにして両手を掲げるゼモンに殺到する。
ゼモンを覆い尽くすほどの数量。それは、あたかも一斉にエサへと群がるネズミのようで……けれど、ゼモンは何も食われた訳ではないと分かるのは、その直後だった。
「な……なんだこれはっ!?」
「! お父さん!」
遅れて駆け付けた玲二が驚愕の声を投げる。
ずずず、と。群がったハードゴミリオンがうず高く持ち上がっていく。それが人型を取り、胴を、頭を、腕を形成して巨大な影に変貌していった。
纏うは狂気の靄を発するハードゴミリオンの群れ、だったもの。今やそれも癒着し合い、巨体の一パーツとして成り替わっていた。噴き出す黒い靄が、一つの生物のものとして立ち昇る。
見上げるほどの巨人。辛うじて人の形をしているが、果たしてそれは人にあらず。かの安倍晴明の伝承とも、かのゴミの王――塵塚怪王とも出自が異なる、『魔王』と称された過去の存在が、いま未来より来襲した存在によりこの世に姿を現す。
魔を率いる妖怪の王として伝えられていたもの。
それは、一個体を示す固有名でなく。
かのゴミの王のような『成れ果て』にもあらず。
無数の狂気を一つの悪意に統合された、時を超えし万魔の王。
暗き過去が生み、悪しき未来が形作った黒き支配者の威容。
果てなき欲望が神格に昇華した、絶対悪の化身体。
『ぐふふふふふおぉおぉおぉッッッ!!!』
「「っ……!!」」
全てを汚染する大魔王が、この世界を蹂躙すべく咆哮を上げた。
ルカの協力者は「トラッシュ」の既存キャラではないとだけ。ルカについては、こうやってフィジカルと軽薄さで好き勝手できちゃうキャラって好きなんよね。小物な悪党が好きという癖にも通じるというか。
山本五郎左衛門は本家トラッシュにおける塵塚怪王のオマージュです。アナザー塵塚怪王とか、若干違うけどエグゼイドのゲムデウスⅩってところですかね。見た目のモデルはぬらりひょんの孫の魔王・山ン本五郎座衛門。体躯がハードゴミリオンの集合体なのは、その逆バージョンな感じですね。
次回も早い内に更新できれば。