ウマ娘プリティーダービー Zの鼓動   作:龍角散ガム

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Prologue

 

『ウマ娘。彼女たちは走るために生まれてきた。時には数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前とともに生まれ、その魂を受け継いで走る。それが、彼女たちの運命なのだ。』

 

これは、とある学者が唱えたウマ娘に対する説である。

 

そして、ごくわずかな者たち。

その中でも、己の走りを極限まで高めた、ほんの一握りのウマ娘たちは、やがて、ある領域へと到達する。

 

領域(ゾーン)

 

「時代を作るウマ娘が至る、当人も知らない剛脚」

「限界の先の先」

 

規格外のパフォーマンス故に、その代償として消耗は凄まじく、多くは他の競走者を捩じ伏せるかのような獣のごとき末脚として発揮させる。

 

そして、この領域(ゾーン)は、“別世界の魂と共鳴した時に起こりうる現象”であると唱える学者もいる。

 

別世界の魂と共鳴することができる。つまり、他人と心を通わせることができる。それがウマ娘という種族なのではないだろうか。

そして、そのウマ娘を支えるトレーナーもまた、例外では無い。

 

ウマ娘とトレーナー。

走る者と、支える者。

その両者が、互いの魂に触れようとする時。

 

そこに奇跡が生まれる。

 

“人類は時空を超えた非言語的コミュニケーション能力を獲得し、超人的な直感力と洞察力を持ち、より高度に、より深く、より慈愛に満ちた精神を持つことができる”

 

これが、かつての思想家“ジオン・ズム・ダイクン”が提唱した論。

 

 

 

“ニュータイプ論”である。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

地平線へと沈みゆく太陽が、哀愁と美しさを静かに滲ませていた。その光は、まるで世界の終わりを告げるようであり、同時に新たな始まりを予感させるようでもあった。まさに、世界遺産に登録すべきとさえ思わせる、神秘的な海岸。

 

その砂浜を、駿川たづなは一人歩き続けていた。

今、トレセン学園ではある噂が広まっている。

 

「とある海岸にいる男性が、自分の才能を開花させてくれる」と。

 

まるで都市伝説のようなその話の発端は、一人のウマ娘だった。

 

彼女はメイクデビューを果たしてからというもの、一度たりとも勝利を挙げたことがなかった。いや、掲示板にすら載れず、レースのたびに沈み続けていた。

 

その成績に見切りをつけた担当トレーナーにも見放され、実質的には学園の中でも「終わった存在」として扱われていた。

 

地方出身。中央に憧れ、夢を抱いてこの学園にやってきた。だが、そんな彼女が味わったのは、中央との絶望的な実力差だった。

地元で“最強”と呼ばれていたプライドは、中央の現実によって粉々に砕かれた。

 

地方ウマ娘にとって、それは珍しいことではない。

華やかな舞台の裏で、数えきれない夢が散っている。

心がすり減り、やがて故郷へと戻っていく。

それが、“中央の壁”に跳ね返された者たちの宿命だった。

 

そして彼女も、その例外ではないと思われていた。彼女の妄想めいた話を口にし始めた時には、誰も耳を傾けなかった。

 

同じ地方出身のウマ娘たちでさえ、彼女に憐れみの目を向けた。

 

「私はああはならない」

 

そう心に決めることで、自分の存在意義を必死に保っていたのだ。

だが、その“妄想”は、数日後、誰の目にも明確な“現実”へと変わった。

 

トレーナー名義を借り、出走したGIIの舞台。

不可能とさえ思われたそのレースで、彼女は——勝ったのだ。

 

誰もがその出来事を信じられなかった。そのウマ娘のこれまでの経歴からして、1着はおろか、掲示板に名を刻むことすら到底考えられない。

 

他のウマ娘たちの調子が悪かったのか?

いや、そんなはずはない。1番人気のウマ娘は、過去最高とも言える仕上がりだった。

2番人気も3番人気も、それぞれが圧倒的な実力を備えていた。

 

それにもかかわらず、最下位人気のウマ娘が——彼女が、彼女たちをすべて抜き去り、堂々と勝利を掴み取ったのだ。

 

騒然とする会場。

トレーナーたちも記者たちも、こぞってそのウマ娘に詰め寄った。

 

「この数週間で何があったんだ?」

「何か特別なトレーニングを?」

「あるいは、ドーピングか?」

 

だが、繰り返された検査の結果、体内から違法な物質は一切検出されなかった。正真正銘、正当な勝利だった。

 

そんな疑念と好奇の視線が渦巻く中、彼女はぽつりと口を開いた。

その瞳には涙が浮かび、頬を伝ってポロポロとこぼれ落ちる。

それは悔し涙ではない。紛れもない、歓喜の涙だった。

 

 

『ある人が・・・呼び覚ましてくれたんです。私の、本来の走りを・・・心の奥底に眠っていた“魂”を・・・っ!』

 

 

声を震わせながらそう言い放つと、彼女はもうそれ以上言葉を継げなかった。トレーナーや記者たちは、なおも真相を聞き出そうと食い下がったが、彼女は感極まり、ついにはその場に膝をついてしまう。涙が頬を伝い、地面にポタポタと落ちていく。

 

 

やがて、名義を貸してくれていたトレーナーが彼女のもとへ歩み寄り、そっと肩に手を置いた。

言葉はない。ただ、その背を支えるようにして、ゆっくりと控え室へと導いていく。

 

インタビューは中断された。

誰も、それ以上の言葉を彼女から引き出すことはできなかった。

会場には感動と名残惜しさ、そして、得体の知れない謎のだけが残されたまま、その日のレースは幕を閉じた。

 

そして後日。

あのレースの立役者となったウマ娘は、親しい友人にこう打ち明けた。

 

 

『海岸にいた、ある男性が……私の才能を開花させてくれたの』

 

 

その言葉は瞬く間にトレセン学園内を駆け巡り、やがて“その男”の噂は一種の伝説と化した。誰もが彼に会えば、自分も変われる。そう信じ、ウマ娘たちは次々にトレセンの外へと飛び出すようになっていった。

 

この異常な事態に、理事長は強い憂慮を抱いた。彼女は即座に動き、外出に関する手続きを厳格化。学園内のトレーナーたちにも、ウマ娘たちを止めるよう厳命を下した。

 

だが、それでもなお、熱狂は止まらなかった。

誰もが“その男性”を求め、規則を振り切ってでも外へと走り出していく——まるで、何かに取り憑かれたかのように。

 

ついには、理事長はトレセンの警備をさらに強化。同時に、秘書である駿川たづなに対して、正式に“その男性”の捜索を命じた。

 

名前も、顔も分からない。

ただ「海岸にいた」という曖昧な手がかりしかない相手を探せというのは、無謀と言うほかない。多くの者がその命令に眉をひそめ、たづなに対して同情の視線を送った。

 

だが、当のたづなはその男性に心当たりがあった。

 

ウマ娘の内に眠る“魂”を呼び覚まし、心を通わせる。

 

まるで『ジオン・ズム・ダイクン』が提唱した“ニュータイプ論”そのものだった。

魂と魂が共鳴し、言葉を超えて理解し合う能力。そして、たづなはかつて、そんな“ニュータイプ”に限りなく近い存在……いや、“本物”と呼べる人物と出会ったことがある。

 

彼女は、今まさにその人物がいるとされる海岸をひとり歩いていた。

 

夕焼けの光が、疲れた心をやさしく包み込む。

足裏に伝わる、砂の柔らかな感触。

潮風が鼻先をくすぐり、遠くで打ち寄せる波の音が心を静かに撫でる。

 

すべてが、心に染み渡ってくる。

 

だが、この心地よさの源は、決してこの風景だけではない。この感覚を生み出しているのは、今もたづなのすぐそばにあると感じられる、あの人の心の温もりだった。

 

五感ではない。

そう、これは“心”で感じている。

 

導かれるように、たづなは砂浜を歩き続けた。

 

そして——

ゾワリ、と背筋に走る奇妙な感覚。

まるで神経をやさしく撫でられるような、不思議な震え。

だが、それは決して不快ではない。むしろ、懐かしさすら感じる、優しい波のような感覚だった。確かに、そこに“彼”の気配があった。

 

たづなは足を止め、静かに口を開いた。

 

 

「・・・・・・見つけた」

 

 

今、トレセン学園で囁かれている謎の人物。

その正体は、かつてたづなが出会った()()()()()()()()()()()、飛田信雄だった。

 

彼は、波打ち際に立ち、沈みゆく夕陽を受け、ただ静かに海を見つめていた。

潮風が吹き抜け、髪を揺らす。目を細めるその横顔には、どこか憂いの影が差している。

 

 

「——お久しぶりですね、ミノルさん・・・いえ、今は、駿川たづなさんでしたね」

 

 

飛田は振り返らないまま、淡々とたづなに語りかける。

 

 

「はい。もう随分と、時間が経ちました」

 

 

「それで、僕を探していたのでしょう? トレセン学園へ、連れ戻すために」

 

 

その言葉に、たづなの胸が少しだけざわめいた。心を読まれたような錯覚——だが、それは違う。

きっと彼は、この未来を見越して動いていたのだ。あのウマ娘に接触したのも、その一手だったのかもしれない。

 

 

「・・・・・・理解されているなら話は早いですね。私と一緒に、学園へ戻っていただけますか?」

 

 

飛田は、ほんのわずかに肩を揺らして笑った。

 

 

「もちろん。……と言いたいところですが、ひとつだけ条件があります」

 

 

たづなはその言葉を待っていたかのように、すぐに答えた。

 

 

「———妹さんの捜索、ですね?」

 

 

「・・・その通りです。お願いできますか?」

 

 

たづなは、一歩彼に近づき、静かに頷いた。

 

 

「はい。私だけではありません。理事長・・・いえ、トレセン学園の持てる力、すべてを使ってでも、あなたの妹さんの行方を追います」

 

 

しばらくの沈黙の後、飛田は小さく呟いた。

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

「いいえ。礼を言うのはこちらの方です」

 

 

風がやさしく吹き抜け、波音がその会話をすべて包み込んでいく。

 

 

「では、行きましょうか」

 

 

そう言って飛田は踵を返し、たづなの隣をすれ違うようにして、ゆっくりと歩き始めた。

その背中を、たづなは静かに見送る。

 

そこには、かつて幾度となく目にしたはずの後ろ姿があった。

だが今は、あの頃とは決定的に違っている。

 

隣にいるはずの存在が、そこにいないのだ。

 

それは、圧倒的な実力とずば抜けたレースセンスを併せ持つ、ただ一人のウマ娘。

ウマ娘の極致、「領域(ゾーン)」すら超越した、史上最強のニュータイプ。

彼の妹——『カミラ・ビダン』の姿が、どこにも見当たらない。

 

たづなの胸を、名状しがたい寂しさが通り過ぎる。

 

 

「・・・どうしたんです? 早く行きましょう」

 

 

飛田が振り返る。

たづなは、わずかに間を空けてから、曖昧に微笑んだ。

 

 

「———そう、ですね」

 

飛田はたづなを、不思議そうにじっと見つめる。

だが、たづなはその視線を受け流すようにして、曖昧な返事を返すだけだった。

自分の気持ちを悟られまいと、そう思って。

けれど、それが無意味だということを、彼女自身が一番よく分かっていた。

 

それでも、たづなは微笑んだ。

感情を隠すための、どこか頼りない、けれど、優しさの滲む笑顔を、飛田に向けて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛田信雄は、再び、トレセン学園の門をくぐった。

 

だが、彼はトレーナーとしてではない。

ウマ娘たちの“本格化”を導くための教官として、その身を学園に置いたのだった。

 

彼の指導を受けたウマ娘たちは、次々と変化を遂げていった。

自分自身の“本当の走り”を知り、さらなる高みへと駆けていく。

まるで、走るという行為そのものが“魂の在処”であるかのように。

 

もちろん、すべてのウマ娘が成功を掴めるわけではない。

途中で夢を手放し、レースの世界を去る者も少なくなかった。

 

けれど、不思議なことに、彼女たちは皆、最後にこう言って去っていった。

 

「満足だった」と。

 

笑っていた。

涙を浮かべながら、けれど確かに“満ち足りた顔”で。

 

そして、時は流れる

 

飛田信雄がトレセン学園に戻ってから、5年余りの歳月が過ぎた——

 

 




『設定・独自解釈』

本格化 : 別世界の魂と触れ合った時、ウマ娘が急激に成長する現象
領域 (ゾーン): ほぼシングレと同じ
ニュータイプ : 領域(ゾーン)を超えたその先の領域

飛田信雄 : 飛田展男さん
カミラ・ビダン : カミーユ・ビダン

『成長の段階』
本格化前>本格化>>>超えられない壁>>>領域>>>>>>>>>>ニュータイプ


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