貞操逆転世界で湿度高めヒロイン達を無自覚に沼らせる転生者~死にゲー世界で鬱エンドを迎えるヒロイン全員救う、全員が曇る 作:しば犬部隊
やっと曇らせを開始できる。
魔力を注ぐ。
本能が告げる。
今起きていることは、奇跡だ。
運命や宿命なんてものが、もしこの世界にあるのならば。きっとそれはこう言った。
"もう一度、あれをやれ"
カレルの夜、弱かった私、強者でありながら弱いせいで取りこぼした奇跡。
あの夜をもう一度、もう一度、もう一度。
どれだけ願っても得ることの出来なかったチャンスがここに。
私達の魔力が、彼の魔術を強化する。
私も妹も他者の魔術、ましてや男の魔術を強化する事など初めてだ。
何故男が魔術を使うのか、彼は何者か。
そんな事を考えるよりも先に、どうすれば彼を助ける事が出来るか。
それだけを考えたかった。
死なせたくない、死なせたくない、死なせたくない。
「ミア!! 魔力特性を薄めろ! 彼の魔術だけを強化するように!」
「はい! 姉様! そのように! 絶対に、絶対に負けはしません!」
妹も心は一つ。彼女は涙すら流していた。
ああ、そうだ。これはきっと奇跡の一瞬。
余は、私は散っていた臣下達の為に証明しなければならない。
貴女達が戦った未来の先にある光景の素晴らしさを。
女が助けるだけじゃなく、女が助け、男も助ける平等の世界を。
「な、なんで、君達が……」
彼が唖然とした顔で振り返る。
まるで自分が守られる訳ないと思っていたような顔だ。
ああ、そうか、彼にとって私達は守るべき存在なのか。
その事実に胸が暖かくなる。
あのカレルの日に喪ってしまった教師殿。
彼と過ごした時間にだけ感じていた安心感を、今、感じてしまう。
ああ、皆にもこの感覚をもたらせてあげたかった。
1人で戦い、1人で死んでいった臣下達にこの幸福感を味合わせてやりたかった。
彼の魔術で編まれた血の矢が、月を貫──。
「あはァ」
ばちゃ。
月が、矢を砕いた。
「ああ、本当に良い顔……。それが、愛なのね」
感傷も想いも願いも、絶大な魔力の前では無力。
十二魔星、神話の世界の住人が少しその気になっただけで全部終わる。
「素晴らしい光景を魅せてくれてありがとう、でも、でもね。もっと、もっと──まだ見せてくれるよね?」
「……っ」
どうして。
最期にどうして、こんな光景を見てしまったのだろう。
どれだけ欲してもこの世界にないのだと思い込んでいた奇跡。
希望とはいつも、見つけた瞬間に消えてしまうんだろう。
私が弱いせいで、全て失っていく。
結局、全部無意味だった。
臣下も妹も──もう一度だけ訪れたこの奇跡も──終わるのだ。
結局、私に守れるものなど何もない。
「貴公、すまない、逃げろ……頼む、貴方だけでも」
「わかります、貴方だけなら逃走は可能です、どうか……生きて」
残るのはただ、灰と絶望だけ。
そう、灰と絶望だけ。
ただ、それを理解させられるだけの時間で。
ただ、願う。
我らの全てが、灰と絶望に沈んだとしても。
貴方はどうか生きて。逃げて。
「"我、血の導きに、従い──悪竜に至る者」
「──なぜ、だ」「──嘘、でしょ」
赤き血の矢が再び、月に立ち向かっていた。
彼が戦っている。
彼は逃げない。
彼は前を向く。
彼が戦っている。
体から噴き出す血はついに霧のように。
彼の命が漏れ続けている。
どうして、どうして
「何故、──逃げない、貴公は、そこまで、なんで──」
じゅわっ。
胸の奥と下半身の奥から熱く、どろりとした熱が漏れる。
何故、逃げない。何故、言う通りにしてくれない!
それは最初、怒りと見紛う激情。
ああ、でも──違う。
「……」
ミアの惚けた顔を見て気付いた。
これは、歓喜だ。
彼の背中が、私達を守っている。
私達は彼に庇われている。
慟哭が、疑問となり、叫びとなる。
貴方は、男なのに──どうして、そこまで。
「君達が、俺には必要なんだ……!」
ぅ、あ、ああ……あああ。
鼻の奥がツンと痛む、涙が滲んで──視界が歪む。
ああ、でも、見えている、涙で染まる視界でもはっきりと見えている。
これまで数多の弱者に見捨てられてきた私が、助ける事が当たり前だと罵られ続けた私達は、今、彼に守られている。
命だけではなく、心さえも。
彼の背中を見ていると、何も怖くない。
魔力を編む、彼の血の矢をただ、強くする為だけに。
支えあい、守りあう。
護るのが当たり前だからじゃない。
目の前の存在が守ってくれたから、与えられたものに感謝し、それをまた誰かが誰かに返す。
そんなちっぽけで、でも、今まで決して手に入らなかった光景を護る為に──!!
「──ミア」
「はい、姉さま、はい!」
全ての魔力を、生命の維持に必要な魔力さえも術の行使へ。
彼の詠唱、とても珍しい血の魔術。
その行使の負担を、私達も担う。
「「我、血の導きに従い──悪竜に至る者」」
術式に参加した事により──血の矢は私達からもその血の贄を求める。
ああ、なんて痛み、なんて恐怖。
魔術を維持するだけで命が減っていくこの恐怖──でも、違う。
今、私と妹の中で破裂しそうなこの感情は──。
歓びだ。
「ははは、ははははははは!」
「あは、はははははは!」
彼と共に戦えている歓び。
彼と共に命を賭ける事が出来ている歓び。
ああ、そうだ。
もう何もいらない。
私達はただ、ただ皆に──
「「「今こそ、共に」」」
一緒に、戦って欲しかった──。
ああ、あの夜に──私達は、貴方と。
「一緒に、戦いたかったんだよ──教師殿」
赤い血の矢が、今度こそ月を飲み込んで、砕き──。
「神を喰らわん」
「あ、は、あはははははは……」
魔族を喰らった。
ああ、視界が、真っ赤に染まって。
◇◇◇◇
どさっ。
俺の背後、人が倒れる音。
アネスタシアとミアだ。
すぐに2人の様子を確認──よかった。
「「すう……すう……」」
寝息、魔力と血を使いすぎた事によって気を失ったようだ。
脈は安定している。死んでいない。
「……ありがとう、君達は、原作通り、素晴らしい人物だ」
命を賭けて、この2人は俺を護ってくれた。
なら後は──。
「俺が締めるだけだな」
背後から近づく気配に、そう告げる。
「あは、気付いてたの?」
大魔族、神殺しの十二魔将。
多くの大陸、多くの神々を滅ぼしたその生き物は止まらない。
服装こそボロボロ、顔や体には擦り傷が目立つも……いずれも軽傷にすぎない。
「結構痛かったなあ、流石に。驚いちゃった。月を防がれたのは……一体いつぶりだろ。楽しかったよ、とっても」
女の複腕が傷をさらりと撫でる。
それだけで、傷も衣服の損傷すら治ってしまう。
「でも、時間切れね。貴方、もう魔力も枯渇してる。それに、その体……」
ザハッ……。
右腕が灰となり崩れ落ちる。
すぐには再生しない。
死にすぎた。滅びはしないが、限界が近い。
「再生限界なんでしょ? 彼女達が術式に協力した事によって奪われる筈だった命、それを貴方が肩代わりした。すごいね、全部見てたわ。感動しちゃった」
「……感情がない割に、人間のモノマネだけは上手いな」
こちらの言葉に、満足そうな笑みを浮かべるアステーラ。
美しい。
夜空や星が美しい事に理由がないのと同じ、只、美しいだけの生き物だ。
「貴方は彼女達を護り切った。愛ね。ずるいわ、貴方達だけそんなものを持ってて。空と海と大地の近くで生まれていたらわたしにもそれがあったのかな」
「……」
原作設定では魔族はある日突然、世界に現れたとしか語られていない。
ファンによる考察では、闇から生まれたとか、宇宙で生まれたとかもあったな。
「ねえ、やっばり滅ぼすには惜しいわ。今からでも考え直さない? 貴方ほど貴重な個体は是非手元に置いておきたいの、どうしたら、貴方が彼女達に向けていたその愛をわたしにも向けてくれる? ねえ、うん、わたしね、わたし、あなたの愛がほしくなっちゃった」
「……」
「ああ、想像したら、ふふ、なんだろう。心臓の近くがちょっと熱くなってきたわ。なんだろうね、これ。わたしの血は冷たくて暖かさなんてないはずなのに。ねえ、やっぱり一緒に暮らしましょう? もう任務も使命も結構どうでもいいの」
灰に代わっていく俺の体を大魔族が抱きしめる。
冷たい。
冬の夜空の下で、眠るような感覚。
「ああ、貴方、とても暖かいわ。生きてるのね。いいなあ、欲しいなあ、この暖かさ。2人きりで森の小さな家に住むの。そこで狩りと畑を作って暮らしましょう? 人間はそうやって番となるんでしょう? わたしはきっと何度か貴方を殺したくなると思う、でも、あなたほど強い人ならそう簡単には殺せないでしょう? ああ、そうよ、きっとそうなんだ。わたし達魔族とあなた達人間がうまくいかなかったのは、力の差ね。魔族は強すぎて人間は弱すぎた。でも、わたしと貴方ならそうはならない。ねえ、決まり、決まりでいいよね? あは、温かい、暖かいの。これ、わたしのものにしたい」
「でも、駄目ね。貴方はきっとわたしを見てくれない。でもね、大丈夫、安心して? わかってる、その子達が大事なんだよね?」
「とても綺麗だったわ。あなた達は誰1人逃げ出す事なく、この私と戦い続けた。互いが互いにかばい合う姿はとても美しかった。やはり、わたしは間違ってなかった。あなた達の愛という感情は魔族にすら届きうる牙となる」
「だからね、皆で一緒に暮らしましょう? この子達は殺すけど、首を切り取って冷凍保存してあげる。そうしたら、悲しくないでしょ?」
「……やはり、お前達は平穏とは程遠い生き物だな」
「もう、貴方には止められないわ」
アステーラが、斃れている姉妹の方に手を翳す。
止めようと手を伸ばす、しかし、また俺の腕は灰になって崩れた。
「時間切れね、不死」
空間が歪んだ。
アステーラの手のひらから重力が放たれる。
「ああ、そうだ」
かなりしんどかったが──。
「時間切れだ。大魔族」
「え?」
空間が歪んだ。
何かが、この空間に侵入した。
灰にまみれ、熱に溶け、まろび溶けた影や闇を纏った──竜。
翼は折れ、尾は途中で千切れ、おびただしい数の剣や槍が刺さったままの竜体。
巨大な黒い竜が月面のような光景の向こう側から歩んでくる。
ラミィだ。
合流に、成功した。
『我が主に、何をしている──下等生物』
黒い竜が、重々しい声を響かせる。
額に輝く赤い一つ眼が鈍く輝いた。
「……この気配……この魔力、まさか──悪竜……!? あり、えないわ……なんで、月の宮で封印されているはずじゃ……」
『我が主により──忌まわしき神の枷も、天の使いによる虜囚の辱めもとうに終わっておるわ』
「主……? 何を、言って。貴女は、我々魔族と同じ。冷たい闇から生まれた生命。最初の神にすら歯向かった貴女が、主を持つ訳が──」
「ラミィ、遅かったな」
「────ぁ?」
俺がラミィに声を掛けた瞬間、アステーラが今まで見せた事もない、驚愕を顔に浮かべた。
「貴方、今、悪竜に、なんて……え? え? 主、主って、ま、さか……」
『我が主──遅参の段、ごめんなれ。されど──全て終わったぞ』
ラミィに頼んだ、王国の防衛は終わったのだろう。
では、残りを仕上げよう。
「手間をかけた。戻ってくれ」
『了解』
「あ、あ、あああああああ、ああああああああああああああああああああああ!!?? 嘘、嘘、そんな、そんなバカな……!!??」
竜が溶けて、俺の指輪に吸い込まれていく。
そして──。
「インベントリ選択”悪竜装備”」
指輪から再び噴き出る闇が形を変えて俺を包む。
少し冷たく、でも温かい、矛盾。
「ああ、あ、ああ……貴方、貴方……その領域の、生物だったのね」
騎士鎧、悪竜装備を身にまとう。
8000年に渡る年月、害悪生物と戦い続けた最強の装備。
着るだけで、生命を吸い取るその鎧。
代わりに竜と一体になったかのような力が与えられる。
まだ、まだだ、まだ死なない。
まだ、終わらない、平穏をこの手にするまでは。
「終わりにしよう。魔族」
「…………ええ、そうね」
アステーラと向かい合う。
その瞬間、アステーラが、目を見開く。
なんだ、一体、何を見ている?
《不死なる灰──リヒト・テトグマン》
「……貴方。それが見えていないの?」
「なんの話だ?」
「ふふ、怖い。そうか。不死なる、灰か、悪竜すら従えるんだもの。もう人じゃないのね、貴方」
アステーラが大弓を構える。
「残念だわ、貴方とならもっと面白い事が出来たはずだったのに、わたしはしくじったみたい。……もし次があるのなら、もっとうまくやりたいな」
「次なんてある訳ないだろ、この世界は──ゲームじゃないんだ」
「ふふ。ゲーム、か……。ねえ、彼氏クン。1つ……いい事を教えてあげるわ」
「特異点を探しなさい。あれがある限り──きっと貴方は──たどり着けないでしょうから」
「……」
「……」
アステーラが重力を呼び起こす。
それと同時に、地面を蹴り、彼女に突撃。
弓矢が放たれるよりも先に、心臓を破壊し、剣で首を刈り取った。
「ああ……貴方、やっぱり、いい、わね……」
アステーラの目は、俺を見ていない。
最期まで、あの姉妹に向けられて──。
「羨ましいな、貴女達が。彼氏クンに、守って貰えて。あは、ああ、そっか。これが、もしかして──嫉」
ぶわああああ。
アステーラの体は星屑のように輝きながら霧散していく。
《
残ったのは、白く輝く球体。
それを拾う、ゲームと同じ。魔族ボスを斃した時に落とすコアと呼ばれるアイテムだ。
大魔族の異空間が、崩れ始めた。
燃料である生命力が乏しい。
心配するラミィを落ち着かせながら、悪竜装備を収納する。
「灰クソ、しんど……」
そのまま姉妹が目を覚ますのを待つ。
彼女達の無事を見届けるまで、気絶は出来ない。
満点の星空に、亀裂が走っていた。
◇◇◇◇
アネスタシアとミアは、夢を見ている。
あの夜から何度も何度も見ているカレルの夢。
そこには友人がいて、あの男がいる。
甘く、あたたかな香りのする男。
いつも銅色の仮面で顔は見えない。
でも、優しい声と穏やかな物腰にいつもドキドキさせられる。
君達。そう呼んでくれるあの声が好きだった。
ただ、あのカレルでの日々が続くだけで良かった。
本当は大人になんてならなくて良かった。
その男が、ふと、姉妹に気付く。
くすりと笑い、その面を外して──。
「ん、む」
「あ、れ」
アネスタシアとミアは同時に目を覚ます。
「ミ、ア?」
「姉さま?」
2人はあおむけのまま、互いに視線を交わす。
「夢を、見ていた……カレルの、夢だ」
「ミアも、です……先生が、いました……」
深い眠りから覚めた陶酔。姉妹は蕩けるようなまどろみの中にいて。
「目が覚めたかい?」
「「!」」
その声に反応し、起き上がる。
そこには、あの男がいた。
「あ、あ、き、貴公。無事で──いや、あの魔族は──!?」
「死んだ。もうどこにもいない」
男は、あの魔族が使っていた砕けた白い弓を指さす。
信じられない、だが事実だ。
「貴方が、斃したのか」
「君達の協力なしには無理だったよ」
驚愕と畏怖。
彼の言葉は間違えている、どう考えてもあの魔族を斃したのは彼だ。
使えないハズの魔術を手繰り、自分達というお荷物を抱えたまま、あの大魔族を下した。
男の言葉に、アネスタシアとミアは顔を見合わせるばかり。
聞きたいことが山ほどある、でも、何を話せばいいか──。
「本当に、申し訳ない」
「え?」
男が頭を下げる。
意味が分からない、なんであなたが頭を下げる。なんであなたが謝る?
あなたがいなければ私達はここにいない。
「俺の救援が遅かった。そのせいで、君の友人を助ける事が出来なかった。本当に申し訳ない」
「なん、で。貴方がそこまで謝る? それは、私の私達の問題で──」
「
「「」」
彼の声が心地よくて仕方ない。
君達。
──。
話したい事が、たくさんある。聞きたい事がたくさんある。
でも、もう、この言葉しか出てこなかった。
「貴方は昔、カレルに、いませんでしたか?」
止まれ、止まらない。
アネスタシアの言葉。
「カレルで、貴族の──子女を相手に教師の仕事をしていませんでしたか?」
止まらない、止まれ。
ミアの言葉。
香りも、声もあの夢と同じ。
只、顔だけが分からない遥か彼方のあの人。
そんなはずはないのだ。
きっと、男はなんの事かわからず、余計に混乱させるだけ。
カレルから何年が経っている、どう考えてもこの男があの教師の訳はない。
そんなはずはないのに。
「カレル……? 教師……え?
男の反応はまるで、まるで何か心当りがあるかのような──。
「……教師殿?」
「……先生?」
「……その呼び方、髪色……は!? まさか、君達──」
その声、姉妹を呼ぶその声、君達と呼ぶ声はやはり。
「教師殿……! ああ、そんなバカな、でも、貴方なのか! 貴方なのか!!」
「嘘、嘘、せ、先生、先生!!! 私、ミア、です! ミアって言うんです!! 先生!!」
姉妹が、一斉に男に手を伸ばして──。
ざはっ。
「「え?」」
「あ」
男の腕がぼろりと落ちる。
彼の身体が、灰となって崩れ始めた。
12月は更新頻度高めで頑張りたいです。
次回は曇らせと新展開、ここまで読んでくれた方ありがとうございます。
本作はハッピーエンドです。作者もハピエン厨なので信じて。
ブクマ、感想ありがとうございます。