貞操逆転世界で湿度高めヒロイン達を無自覚に沼らせる転生者~死にゲー世界で鬱エンドを迎えるヒロイン全員救う、全員が曇る   作:しば犬部隊

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7話 友達

 

「ほんとうに、いつもうちの子と仲良くしてくれてありがとうねえ~。あの引っ込み思案のライスにお友達が出来るなんて……お母さん嬉しいわ~」

 

「お、かあさん。は、恥ずか、しい……よ」

「わんわん!」

 

 白髪隠れ目美少年のライス君が顔を赤くする。

 

 彼の足元では黒犬のロボがぴょんぴょんと駆け回る。

 子犬だったロボもしっかり大きなワンコに成長していた。

 

 ライス君とも、子供の頃からずっと友人関係が続いている。

 

 一緒に冒険者ギルトの前でフリーマーケットを出店して、前世の知識を利用して彼の絵で儲けたりしている。

 

 今日は友人のライス君の実家の雑貨屋さんで、食事会だ。

 

 最近はお母さんに気に入られたのか、何度も食事にお呼ばれしている。

 

 一人暮らしの身としてはありがたい限りだ。

 それをニアに自慢していたら今日はなんと……。

 

「この度はおよび頂き光栄です、ミス・ニール」

 

 なんかおめかししてついてきたんですけど。

 なんだよ、そのかっこいい軍服みたいな服、かっけえじゃん……。

 でも、胸元開いてるのはちょっとエッチじゃない? 

 

「まあまあ! こちらこそです。A級冒険者、ニア・リセラヴェルタさん。どうかごゆっくりしていって下さいな!」

 

「あ、う……ニア、さん……ようこそ」

 

 街の男の間では憧れの存在らしいニア。

 その正装姿にライス君が顔を赤くしている。

 ニアの奴、俺以外の男の前ではクールで飄々とした天才冒険者ムーブを100点でやり続けている……。

 家では隙あらば、腰をへこらせてくる犬みたいな奴なのに。

 

「ふふ、ライス君、邪魔してごめんなさい。絵、見ました。とてもお上手ですね」

 

 誰なの? うわ、ニアだわ。

 かぶりすぎだろ、猫。

 

「う、あ……こ、光栄、です……ニア、さん」

 

 ライス君、こいつにそんな美少年顔でデレる必要はないぞ。

 後が怖いから言わないけども。

 

「まあまあ、流石A級冒険者様! なんて上品なのかしら!! うちのライスをお婿にもらってくれないかしら!」

 

「まあ、ふふ。おば様もお上手で……おほほ」

 

 だからお前誰だよ。

 着飾った様子のニアは何故か食事会の間、ずっとライス君のお母さんと喋り続けていた。

 

 食事会が終わり、家に帰った後、なぜついてきたのかを聞くと──。

 

「ニア、お前、なんで食事会についてきたんだ? そういうの興味ない奴だろ?」

「ハア??」

 

 へごっ!! 

 笑顔のニアにソファに押し倒された。うわあ、力が強いぞ。

 

「オマエが!! あんな! 胸のでかい美人の未亡人の家に遊びに行くからだろうが!!!! ただでさえ、最近、お前、家庭教師とかいう訳わかんない仕事の後に、若い雌の匂いぷんぷんで帰ってくるくせに!!!! 他の女に色目使いやがって!!」

 

 へごっ!!!!! 

 

 また馬乗りになって腰を押し付けられる。セクハラだろ。

 

「雌ってお前、誤解だ……! 家庭教師の相手は5歳とか10歳の子供だぞ!!」

 

「そのくらいのメスガキにお前みたいなお兄さんムーブ出来る男が一番毒なんだよ! そもそもオマエさ、家庭教師の授業やりすぎだろ!! 何人生徒いるんだっけ!?」

 

「えーっと、貴族クラス、エルフクラス、獣人クラス……合わせて、30人ぐらいか?」 

 

 皆、良い所のお嬢様なので銀の仮面がついてるし、名前は知らないけどね。

 

「多すぎだろ!! バカ!! ロリコン!」

 

「ニア。勘弁してくれ、俺の生徒は皆まだ子供(……)だ。色目とかそもそも、そういう対象になる訳ないし、向こうが俺を異性として見る訳ないだろ?」

 

「オマエ……警戒心が、ううん、でも、これも、リヒトの良い所だし……あああああ」

 

 ニアが驚いた猫のように目をぱちぱちと。

 

「ライス君のお母さんに至っては友達の母親だぞ? エロゲーじゃねえんだからさ」

 

「え、ろげ? もう! うるさい、うるさい、うるさい!! あんなおっぱいがでかい糸目八重歯の年上美人、男が皆好きな奴じゃん! 人妻の性欲を嘗めるなよ! あの糸目爆乳、お前を狙ってんだよ!! 新しいパパにする気だ! うっ、男に慣れた、人妻と、息子の友人……? 二人きり、夜、食事会の後、何も起きないはずはなく……う、頭が、痛い…… やだ、やだ、寝取られる寝取られるウ!!」

 

 へごごごっ! 

 

「もういい! 年増もメスガキも関係ない。アタシの匂いで上書きするからっ、オマエ、今日は簡単に寝れると思うなよナ~!!!!」

 

 2時間くらい抱き着かれたまま、対面〇位のフォームで腰をぐりぐりされながら浮気とかビッチとか魔性の男とかロリコンとか年上シュミとかめっちゃなじられた。

 

 ニア……俺はお前の将来が心配だよ……。

 

 ◇◇◇◇

 

「僕……本、書いてみたい……いつか、大人に、なったら……」

 

「今書けば?」

 

「え……?」

 

 食事会の翌日、ギルド前で行うフリーマーケットの準備をしている時の事だ。

 

「ライス君の絵はすでに大人が描くものとそん色ないよ。あ、漫画とかめっちゃ読んでみたいな」

 

 フリマの商品には、ライス君の家の雑貨商品と共に彼が書いたポストカードサイズの絵も用意されている。

 優しい彩色の風景の絵。全部、ライス君が描いたものだ。

 

「……まん、が?」

 

 ライス君に漫画というのを説明する。

 

 絵とセリフ、コマ割り。現代日本が世界に誇れるエンタメ文化。

 

 目を輝かせるライス君。

 驚く事に、俺の簡単な説明を元にライス君はあっという間に何枚かの漫画を描いてしまった。

 

 セリフ、コマ,絵。

 記憶にある漫画と、なんら遜色はない。

 

「ライス君、やっぱ天才だな……」

 

 さすが、本編登場キャラ。

 

 ゲームのニールライスは流離の画家というキャラだったが……。やはり、この世界ではゲームの灰クソと同じ事が起きるのか。

 

「リヒト君の、方、が、すごい……」

「わふ」

 

 絵を描くライス君が俺に視線を向ける。彼の足元に寝転ぶロボも、俺をじっと見ている。

 

「何が?」

 

「……僕、を、気持ち、悪いって、言わない……から」

 

 その伏し目がちの言葉で、これまで彼が同性にどのように扱われてきたのか、大体察した。

 この世界の男、マジで個体差激しいからな。女に甘やかされているせいで、性根が悪い奴はめちゃくちゃ多い。

 

 俺はこの世界の男、気が合わない奴ばかりだ。

 あいつら、女にモテる事と女を手玉に取る事、あとは人の悪口くらいしか話題ないからな。

 平穏とは程遠い奴らだ。

 

「ふむ……。ライス君、ここではっきり言っておこう。もし、今後キミや、君の絵をバカにしたり蔑ろにする奴が現れた時は、俺がそいつに対処する」

 

「え……」

 

 なので、男友達はライス君だけ。あとはロボもか。

 それで十分だ。

 

「君には才能がある。いや、違うな」

 

 言葉を選ぶ。物事には優先順位があるのだ。

 成すべき事を成す、言う時に言うべき言葉をきちんと伝える。

 

「俺は君の絵が好きだ。だから、君をバカにする奴は許せない」

 

「っ……うん」

 

 ライス君はこの後、少し泣いた。

 美少年、ずるいな。泣き顔も、サマになりすぎていた。

 

 ◇◇◇◇

 

 ……

 ……

 

 僕の友達は、絵と犬のロボだけだった。

 

 かっこいい服、可愛い女の子、お金持ちの女の子。他の男の子が好きなものを僕にはどうしても好きにはなれなかった。

 

 だから、僕は皆の仲間には入れて貰えなかった。

 

 僕は皆の事がわからない、皆も僕の事がわからない。

 でも、絵を通じてなら誰かに僕を知ってもらえる気がした。

 

 そして、絵を描き続けてると、君が僕を見つけてくれた。

 

 君は僕とも、他の皆とも違う不思議な男の子だった。

 落ち着いていて、穏やかで、でも時にはとても頼りになる……女の子みたいに勇敢な男の子。

 

 密かに憧れていたニアさんも、多分、君の事が好きだ。

 でも、そんなの当たり前だ。だって、君はとってもかっこいいから。

 

 僕も、君の事をすごく、かっこいいって思ってる。

 

 静かに、何かの目標の為に生きている君は僕の目標なんだ。

 

 

 でも、いつか。

 

「……君に、追いつきたいな」

 

 さらさらさらさら。

 部屋で1人、鉛筆を紙の上で滑らせる時間が続く。

 

 君は、僕の夢を嗤わないでくれた。

 

 それがどれだけ嬉しかったか、僕はうまくキミに言葉で伝える事が出来なかった。

 

 君が教えてくれた漫画なら届くかな。

 僕の気持ち、僕の心、僕の喜び。

 

 君が僕の絵を好きって言ってくれたことがどれほど嬉しかったか。

 君にはきっとわからない。

 

 だから、絵で、君が教えてくれた漫画で伝えたい。

 さらさらさらさらさらさら。鉛筆が紙を滑る音しか聞こえない。

 

 君を思いながら絵を描くこの時間が、ああ──。

 

 ──永遠に、続け。

 

 ◇◇◇◇

 

 ニアとの訓練も継続中。

 

 夕方、街が一望できる小高い丘で行う木剣の訓練も日課になっていた。

 木剣を打ち合う。心地いい音が、リズムよく響く。

 俺は身体のばねを総動員して剣を振り下ろし打ち込むが……。

 

「えはは」

 

 ニアの手だけで振る木剣に全ていなされる。

 

「はい、ないすっトライ~♡」

「うお!?」

 

 木剣が弾かれる、手が痺れ、ニアの剣が俺の首に突き付けられた。

 

「……負けました」

「えはは。勝ちました」

 

 つっよい。

 クソ……結構筋トレとかしてるのに、素のスペックが違いすぎる。

 

「……次だ。基礎攻撃魔術“魔力の矢つぶて”をまた見せてくれ」

 

「えはは、お前もほんっと好きだな~男には魔力がないから無駄って──」

 

「頼む……!」

 

「うっ……そ、その目はずるい……。も、も~リヒトはしょーがないなあ♡ はいっと、これ、結構疲れるんだよね~」

 

 ニアが人差し指をピンと立てる。その瞬間、青い光が指先に集まり、あっという間に矢のような形へ変化した。

 

 クソ、俺が毎日コソ練している”血の矢”の形成より、遥かに速い……。これが偽物と本物の違いか。

 

 魔術の基礎、名前もその通り、基礎攻撃魔術“魔力の矢つぶて”。

 魔力という絶対の力量を測る際、この魔力の矢つぶてを戦闘中に何本出せるかが指標となっている。

 

 一般人なら1本から2本、S級冒険者や一級魔術師なら100本以上が目安らしい。

 ゲームでも、女キャラだけ全員魔力の矢礫をお手軽遠距離攻撃として扱っていた。

 ボスキャラである魔族、その中でも特に強い存在だった神殺しの12人の魔族は、空を覆うような魔力の矢つぶてを放ってきたな。

 

「……それ、どうやってやってるんだ」

 

「ん~? おなかの下のぞわぞわ~を身体の血管を通して身体全体に伸ばす感じ?」

 

 天才タイプがよ。

 俺が血の矢の習得にどれだけ苦労しているか。

 毎日のコソ練を倍にするか。

 

「やはり男には魔術は向いていない、か」

 

「ん~そうだナ~。そもそも魔術って、イメージが大事っていうか、魔力っていう身体の一部位を動かす感じだから。魔力がない男には厳しいんじゃないの~?」

 

 イメージが大事。なるほど? 

 

 俺の予想とあまり違っていないな。

 だが、あまりこの話題を掘り下げても後が怖いな……。

 

「じゃあ、仕方ない、いつもの訓練、頼む」

 

「……こんな事して意味ある~?」

 

「あるさ。ニアと一緒に戦う時、その敵もきっと魔術を使える存在だろ?」

 

「は、は~? ♡ 戦うってお前、何~? アタシを守ってでもくれる感じなの~? 男のくせ、に……うお、その目つき、えっろ……えはは、いいよ、じゃあ、極力ケガしないようにやってやる♡」

 

 訓練。

 

 最近行っている訓練、それは──。

 

「手加減はしてる、でも、当たったら普通にケガするからナ~! ──死ぬ気でやれよ、リヒト」

 

 ニアから放たれる、魔力の矢礫。真っ直ぐに俺めがけて飛んでくる魔力の塊、それを──。

 

「ふっ!」

 

 ゴロン!! ゴロン!! 

 俺は、身体を丸め、前転する。

 これこそ、灰クソ伝統の戦闘行動──ローリング回避!! 

 

 灰クソのキャラは敵の攻撃を躱す時、ローリングかステップという行動で躱す事が出来る。

 

「てや!」

 

 そして、続いてはパリィ! 

 剣でタイミングよく攻撃を弾いて相手に隙を作る灰クソの高等テクニック! 

 

 それらをこの世界でも再現──べしっ!! 

 

「いった!!」

 

「はーい、実戦だったら死んでましたァ~、リヒト君、1回死亡、ナイストラァイ」

 

 普通に前転している身体に加減された魔力の矢礫が直撃する。

 パリィのタイミングはずれて、鼻頭に魔力がぶつかった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 し、しんどい。クソ、毎日、HILTトレーニングと自重筋トレ、10キロランニングしてるのに! 

 ニアはけろっとした顔のままだ。

 体力、いや、生物としての機能がまるで違う。

 

「はい、休憩~、うっわすっごい汗、オマエ、マジでこんな姿他の女に見せんなよ♡ ほら、健全な幼馴染のアタシが拭いてやるからな~動くな、動くなよ……」

 

 ニアが俺の頭をタオルでわしゃわしゃと拭いてくる。

 

 断ると、ニアの機嫌が悪くなるのでなされるがままだ。

 

 空地になっている小高い丘。そこからは街が一望できる。

 

 夕焼けがカレル行商街を赤く照らす。

 

 街を囲む外壁、かまどの煙を吐く土壁の家。

 

 それらがゆっくり茜色に染まっていく。

 この光景が、俺は嫌いではない。

 

 平穏を、感じる。

 

「リヒト、さっきのローリングとかパリィ? は別として、お前の剣……不思議だな」

 

 ニアが俺をリヒトと呼ぶ時はマジだ。

 

「なんだろ、知ってる感じ……動きとかはダメダメだけど……お前はまるで、正解の剣術を知っていて、それを再現しようとしてるっていうか……」

 

 真剣な顔でニアが呟く。普段のメスガキ口調ではない。

 

 こいつ、やはり、凄いな……。

 

 俺がゲームで登場する剣術をイメージしている事を見抜いていたのか。

 

 灰クソの戦闘システムで重要な要素は2つ。

 

 “固有魔術(スキル)”と剣術“。

 

 スキルは女性しか使えないが、武器の扱いや戦い方を左右する剣術ならゲームの再現が出来るかと研究しているのだが……。

 

「えはは、でも、やっぱ、まだまだヨワヨワだな~ざっこ~♡」

 

 ニアに勝てる気配は全くないのが現実だ。

 

「ウチのデカ乳3人組に聞いたんだけどさ~♡ オマエとライス君のフリマ、評判良いらしナ~♡」

 

 デカ乳3人組とは、いつぞや俺がセクハラストリームアタックを喰らった美人のお姉さんのB級冒険者パーティーの事だ。

 最近、ニアは彼女達と組みようになったらしい。

 実力は確かなようだ。様々な依頼をこなし、辺境の英雄とか呼ばれてるとか。

 10日ほど街を空けて、帝都の闘技大会とかにも出ているらしい。

 

「え、そ、それが何か?」

 

「ん~、なんでも評判の理由が~めっちゃ愛想のいい黒髪の男がニコニコで接客してくれるからとか。似顔絵サービスとかで。ライス君が絵を描いている間は、その黒髪の男がず~っと客と一緒にいちゃついてるとか聞いたけど」

 

「誤解すぎるだろ、いちゃついてない。ただ、普通に接客してるだけだ」

 

「お前の普通は、女が勘違いするんだよナ~。ま、いいや。どうあっても、お前は、アタシのだから」

 

 わしわしと俺の頭を拭き続けるニア。

 

「……」

 

 ふと、ニアが背後から俺を抱きしめる。

 その力は、いつもより、心なしか弱弱しい。

 

「ニア……?」

 

「ん? んー……悪い、ちょっと疲れたからさ~休憩~、あ~お前、ほんと、くっさ♡ うお、フェロモンがすげえよ。これが冒険者ギルドの給仕の香りか? 乱れてるね、犯すぞ」

 

 いつもより、ニアの言葉にキレがない。

 何か、あったのだろうか。

 

 ……話題を変えるか。

 

「なあ、ニア、1つ聞いてもいいか?」

 

「ん? どした~?」

 

「なんで、”月の宮”に行きたいんだ?」

 

 それはいつか聞いたニアの夢の話。

 灰クソの主人公であるニアも、同じ夢を抱えていた。

 

 

「……おとぎ話に出てくる天使を見てみたいんだ。月の宮に棲むっていう神話の生き物達をさ」

 

 ぼそっとニアが答える。

 

「天使だけじゃない。遥か遠くにある場所やもの、ううん、アタシは、この全世界を見たい。……生まれた時から、()()なんだ。遥か彼方にあるもの、この広い世界に眠るまだ知らないもの、そういうものを探して、見に行きたい。アタシね、傲慢で強欲だから、全世界が見たいの」

 

 ニアが夕焼け空を見上げながら呟く。

 

「うん、アタシ、冒険が好きなんだと思う、多分理由なんてない」

 

 ああ、やはり、こいつは──主人公だ。

 平穏を求める、そんなちっぽけな願いしか持たない俺とは棲む世界が違うのだ。

 

 

「でもな、アタシの夢はきっと叶わない。アタシは、天才じゃなかったから」

 

「……ニア?」

 

「知ってるだろ? この前、アタシが帝都に行ってたの」

 

「……ああ」

 

「カレル行商街のA級冒険者として、帝都の闘技大会に呼ばれたんだけどさ~結果は散々。アタシよりも10歳年下の子に一瞬で負けちゃった……」

 

 ニアは笑っている。

 

 けれど、楽しそうには見えない。

 

「強くなれば強くなるほど、鍛えれば鍛えるほど理解する。自分が凡人っていう事実を。この世界の広さが好きだった筈なのに、今はその広さが憎くなってくる。アタシには冒険者の才能がないんだって」

 

 真剣な顔でニアが呟く。

 

「みじめだったなあ……アレは」

 

 普段のメスガキ口調ではない。

 

「アタシが、不死だったらいいのに」

 

 ぼそっと呟くニア。

 不死。その名の通り死なずの人間の呼び名。

 この世界では、忌み嫌われている恐怖の存在だ。彼らは100年前に不死大戦という大きな戦乱の原因にもなっている。

 

 だが、原作ゲームの主人公(ニア)もまた不死だ。

 

 プレイヤーが何度敗北し、自分のキャラを死なせてもセーブポイントからまた挑戦出来るのは、主人公が“不死”だからだ。

 

「えはは、ま、そんな事ありえないんだけど♡」

 

 違う。

 

 ニア・リセラヴェルタは不死だ。

 

 何故かといえば、灰クソの主人公だから。

 

 ニアは、10年後の本編開始時に王都襲撃イベントで殺され、生き返る。

 

 そして、己の不死たる運命に気付くのだ。

 

「まあさ~田舎の世間知らずの負け犬は、ほどほどの人生を──」

 

「お前は負けていない」

 

 気付けば勝手に言葉を出していた。

 

「ん?」

 

「俺はお前の事を敗北者だって思わない」

 

「り、ひと?」

 

 ああ、ダメだ。熱くなってしまっている。

 だってそうだろ、ニアは灰クソの主人公だ。俺が熱くなったゲーム体験の全てはニアと共にあった。

 

 そんな主人公が、落ち込んだままの姿は見たくない。

 

「真の敗北は転ぶ事じゃない。立ち上がらない事だ。挫折しても速やかに立ち上がり、冒険者として活躍しているお前は、負け犬なんかじゃない」

 

「で、でも、アタシ、10歳も年下の子供に負けて……」

 

「知ってるんだ」

 

 強く断言する。

 俺と共に灰クソのクソシナリオを何度もクリアしてきた主人公の、ニアの強さを。

 

「お前は必ず辿り着く、どんな絶望にも負けずに、何度だって立ち上がる」

 

「えっ……?」

 

 脳裏にあるのは、ゲームの主人公であるニアの姿。

 何度死んでも、立ち上がり、剣を握り、魔術を唱えボスに挑むその姿。

 

「お前は、絶対に夢を叶えて、月に行くよ」

 

「っ……えはは」

 

 沈黙。

 

 それからニアが口を開く。

 

「……オマエは人の夢をバカにしないんだな」

 

 見惚れるような、綺麗な顔で俺を見る。

 

「ほんっと、変な男だよナ~、男のくせに剣を習いたがるし、他の女に匂いをつけられる尻軽だし~」

 

 ニアが、そっと俺の隣に腰を下ろす。

 そのまま肩を寄せてきた。

 緑髪から香る、甘い花の香り。

 

「でも、好き」

 

 寄せてきた彼女の肩は明らかに俺より小さく細かった。

 

「好きだよ、リヒト・テトグマン」

 

 鈴を鳴らすような声で、彼女は笑う。

 

「いつかアタシがこの街を出るときは、お前も絶対連れてくからナ~♡」

 

 夕焼けのせいだろうか。

 

 真っ赤な顔で、ニアは八重歯を覗かせて笑っていた。

 

 

 本編開始まで、あと──10年。

 

 

 

《Once you have selected your Destiny》

 

《your story will begin with the ”destruction of Karel”》

 

《The scenario begins.》

 

 平穏。

 

 俺が求める平穏は、きっと彼女を満足させることはない。

 

 俺とニアはいつか必ず道を別つ。

 

 でも、もう少しだけ。

 

 本編が始まる10年後までは、もう少しだけ、この主人公と一緒にいたいと思うのは、俺のわがままなのだろうか。

 

 

「だから、絶対、アタシから離れるなよ~えはは」

 

 

《tonight, the hunt for immortality will begin》




ここまで読んで頂きありがとうございます。
本当にありがとうございます。
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