広島市中区、平和公園の余韻がまだ漂う8月6日の夕暮れ。凶道会会長・沖武信、71歳の大侠客が、午後17時30分に広島市民病院で息を引き取った。心不全、長年の病が彼を蝕んだ末だった。広島の裏社会に君臨した男の死は、まるで原爆ドームの影のように重く、しかし新たな火種を撒く。街のネオンが点り始めた頃、葬儀の準備が急ピッチで進んでいた。
呉市入船山公園に佇む入船山記念館。旧呉鎮守府司令長官官舎の洋館は、明治の海軍文化を残す荘厳な建物だ。2002年の今夜、館内は黒いスーツと白い菊の花で埋め尽くされていた。凶道会の幹部たちが沖武信の遺影を囲み、線香の煙が漂う。広島弁の囁きと、遠くで響く造船所のクレーンの音が、呉港の夜に溶け合う。
参列者は凶道会の重鎮揃い。相田組組長・相田剛(40代、若頭、現代派の狡猾な男)、沖田組組長・沖田慎二(35歳、商売上手な元証券マン)、霜田組組長・霜田茂(50代、裏切り者の老獪な策士)、大月組組長・大月晴信(39歳、武闘派かつ策士家)、鷹山組組長・鷹山寿浄(34歳、ITの鬼才)、石上組組長・石上(50代、キャバクラを牛耳る伝統派)。そして、富山組組長・富山義弘(42歳、義理人情の男)が、遺影の前で静かに手を合わせる。
富山は和服にカジュアルなシャツを羽織り、額に汗を滲ませていた。「沖会長…広島を守ってくれて、ほんまにありがとうじゃ。」広島弁の呟きは、父を失った息子のようだった。だが、背後では不穏な空気が渦巻く。
相田剛が霜田茂に近づき、低く囁く。「霜田のジジイ、沖会長の遺言は聞いたな?俺が次じゃ。邪魔すんなよ、じゃけえ。」ガラケーを弄りながら、相田の目は蛇のように光る。霜田はニヤリと笑い、煙草をくわえた。「相田の若造、焦るなよ。広島は欲深い奴が落ちる街じゃ。わしも黙っとらんぞ。」
その瞬間、相田組の若い衆が霜田組の舎弟に肩をぶつけた。「おい、ジジイの犬、道開けろ!」舎弟が言い返す。「舐めとるんか、じゃけえ!」線香立てが倒れ、会場がざわつく。富山が一喝した。「お前ら、会長の前で何しとるんじゃ!静かにせんか!」だが、相田と霜田の目には、互いへの敵意が燃えていた。
大月晴信は隅でナイフを弄び、ニヤリと笑う。「相田も霜田も、欲が顔に出とるな。面白いことになるけえ。」鷹山寿浄はガラケーで情報を集め、沖田慎二は参列者の顔色を伺いながら商売の算段を立てる。呉の港文化を背景に、記念館の重厚なレンガ壁が、裏社会の緊張を閉じ込めていた。
一方、広島市中区上八丁堀の富山組事務所。雑居ビルの4階、薄暗い部屋にはエアコンの唸りとL’Arc〜en〜Cielの「Driver’s High」がラジカセから漏れ聞こえる。佐々木暁斗(22歳)は、組長・富山の命令で事務所のお留守番だ。黒スポーツキャップ、黒Tシャツ、白ズボン。J-PHONEのガラケーを弄りながら、ソファにだらりと座る。
隣には義兄・塩村克彦(28歳、富山組の若頭補佐)。がっしりした体格に、広島カープのキャップをかぶった男。暁斗を弟分として可愛がるが、野心には警戒心を抱く。机の上には、コンビニの弁当と缶ビール。塩村が広島弁で笑う。「暁斗、組長が呉に行っとる間に、こうやってメシ食えるんは平和じゃのう。流川の騒ぎ、ケンジから聞いたぞ。美月に彩花、女にモテすぎじゃろ!」
暁斗はニヤリと笑い、弁当の唐揚げを頬張った。「克彦のアニキ、美月は俺の女じゃけど、彩花も気になるんよ。ハーレム作ったるけえ!」だが、薬の副作用が忍び寄る。瞼が重くなり、箸が滑り落ちる。塩村が肩を叩く。「おい、暁斗、寝とる場合か!薬、飲みすぎじゃろ!」
暁斗は慌てて目を擦り、ガラケーを手に取った。画面には美月からのメール。「暁斗、流川の店、相田組の連中がまたウロついとる。気をつけて…。」彩花からも着信。「先輩、事務所大丈夫?何かあったら連絡してね。」二人の女への想いが胸をざわつかせるが、暁斗は気合で眠気を振り払う。
塩村が机に本を広げた。『孫子』の兵法書だ。「暁斗、お前、頭ええんじゃけ、勉強せんか?広島を獲るなら、力だけじゃダメじゃ。相田の野郎、ITで汚え手使っとるぞ。」暁斗は頷き、ページをめくるが、薬の副作用で文字が滲む。やがて、ソファに倒れ込み、寝息を立て始めた。
塩村は苦笑し、ビールを飲み干した。「こいつ、寝顔はガキのままじゃのう…。だが、沖会長の死で、広島は荒れるぞ。暁斗、お前、どう動くんじゃ?」事務所の窓から、流川のネオンが遠くに見える。
広島市安佐北区、山間の高陽町亀崎村。蒼月弧狼組の本部は、農家に囲まれた古い日本家屋だ。2002年の夜、畳の部屋に座るのは、蒼月弧狼組会長・梶谷沖久(30代)。島根県梶谷氏の分家出身、狡猾で冷静な戦略家。農家のシノギを管理し、山間部の密輸ルートを握る男だ。
ガラケーに沖武信の死の報が届く。梶谷は目を細め、ニヤリと笑った。「沖のジジイ、ついに死んだか。凶道会は内ゲバで潰れるけえ。広島は俺のシマじゃ。」彼の背後には、守谷組や大片組の若衆が控える。畳の上には、農家の生産データと密輸の帳簿。梶谷は碁盤を手に、駒を動かすように策略を巡らせた。
「相田も霜田も、欲に目が眩んどる。富山の暁斗いうガキも、面白そうじゃのう。」梶谷の広島弁は静かだが、底知れぬ野心を隠す。窓の外、亀崎の田んぼが月光に揺れる。
葬儀の余波は、呉の港にも及んでいた。広港区のレンガ倉庫で、海凶会の森田泰久(50代)が部下に指示を飛ばす。「沖の死で、凶道会はガタガタじゃ。呉の港は俺らのモンじゃけえ、三合会と取引を急げ!」造船所のクレーンが霧に霞む中、貨物船の影が揺れる。
南区宇品の港では、三合会の女スパイ・リン(25歳)がガラケーで陳に報告。「凶道会の内乱、予定通りです。呉と広島、両方獲りましょう。」流川では、相田組の若衆がスナック「瀬戸の月」を監視。高松では、志方八幡会の大谷輝守が薬物ルートを固める。広島の裏社会は、沖の死を機に、血の嵐へと突き進む。