TSして王女になった僕が、華々しい戦死を遂げるまで 作:間川 レイ
4.
城の窓の外から「うおおおおおおお!」という歓声が聞こえてくる。それは獣の咆哮のようでもあり、血に飢えた蛮族の叫び声のようでもあった。
おそらくは城外陣地の最後の一つが陥落したのだろう。僕は通信魔導士官を確認するように見る。ゆるゆると首を振る彼。
「第58防衛陣地との通信が途絶いたしました……。」
参謀の誰かがつぶやく。
「これで、我等の残存兵力は王城内に残す5000の将兵と、2万の民間人のみです……」
参謀長が低く怒鳴る。
「民間人を戦力に入れるな、馬鹿者!我等将兵の存在意義は民間人の保護にあるのだぞ!守るべき民を戦わせようなど貴官は何を考えておるのか!」
「しかし……!」
その議論を手を挙げて制する。
わかっていたことではあるけれど、それでもやっぱりな報告に僕は重くため息を吐く。
これで、王都は完全に反攻の拠点を失ったことになる。もはや王都に残された道は、このまま籠城して飢え死にを待つか、突入した反乱軍の兵によってなぶりものにされるか、あるいは華々しく突撃して散るか。そのどれかしかなかった。
「いや、もう一つあるな……。」
僕はつぶやく。それは僕が死んで僕の首で、何とか王都守備隊と住人の助命を乞うこと。
勿論僕だって死にたくはない。だが、僕はこの世界で17年間この王都を家として生きてきた。今も王都に残っている人たちとはほとんどが顔見知りだ。みんないい人たちばかりだった。正直お忍びで出かけたり、改革策を出したり、あるいは兵士のまねごとをしたりとかなり破天荒な姫君だったかもしれない。だがみんな最後は姫様は面白いなあと笑ってみていたくれたのだ。そんないい人たちを無残に死なせるわけにはいかない。
僕は自室に戻りペンを執る。あて先は革命軍主席。これまでの不明をわび、自身の首をもって城兵と市民の助命を願う。正直屈辱と恐怖で手が震える。僕は決して間違ったことなどしてこなかったはずだ。確かに増税を指示はしたけど、彼らのいう虐殺だなんて一度も指示をしたことがない。僕はただ、僕と手の届く周りの人を幸せにしたかっただけなのに。
それでも。
「しにたく、ないよお……。」
涙が抑えられない。膝を丸めその間に頭を埋め込む。死ぬのは嫌だ。あの自分という存在が徐々に希薄になって、不可逆的に消えていくあの感覚。あんな思い、二度としたくなかった。僕が死ぬべきなのはわかってる。それでも歯がカチカチとなるのを抑えられない。
「だったら、逃げ出すべき」
いつの間にそこにいたのか、氷のようにフラットな声とともに後ろから首筋に抱き着くように手が回される。そこから漂う甘い桃の香り。だが、僕はその人の魂が氷のように冷たいわけじゃないことを知っている
「ユリか……。」
振り返ると小柄な、前髪をぱっつんと切りそろえたメイド服の少女が無表情で立っていた。彼女の名前はユリ。僕がかつて暗殺者ギルドを壊滅させたときに拾って、それ以来ずっと僕のそばで支えてくれた少女。か弱い外見だがその腕は確かだ。特に諜報、隠密の腕は王国随一といってもいいだろう。そんな少女からすれば、カギの一つや二つ、軽いものなのかもしれない。そんなことを思いながらいつの間にか鍵の開けられている自室のドアを見る。
「人払いしたつもりだったんだけどなあ」
僕はぼやく。最後に情けない顔はみせられないと下を向きながら。
だがその頭がユリの胸に引き寄せられる。
「あなたは自分のためといいながらたくさんの人を助けてきた。最期ぐらい自分のために生きても許される」
「だから、あなたは生きて」
その表情に、口調に変化はない。いつものように無表情で、平坦。感情なんてとてもうかがえない。でも長らく一緒にいた僕にはわかる。肩の震え。目の揺らぎ。これはかつて薬物で精神を壊されてしまった彼女なりの、精いっぱいの感情表現なのだと。
だから
「ありがとう……。」
僕は決心する。こんな少女を道ずれにはできないと。
僕はユリの目をしっかりと見ながら言う。
「でもそれはできない。これは、僕のやるべきことだから」
「でも……!」
「あと、後追いも絶対に許さない。ユリは、僕の分まで生きて」
ユリが目を開く。その眼からはらはらと涙が落ちる。いやいやと首を振るユリ。自分が残酷なことを言っているのはわかっている。それでもユリには生きてほしかった。僕が今世で唯一恋した相手としては。そういやこの思いだけは照れくさくて伝えてなかったなと思い口にする。
「ごめん、ユリ。それでも僕はユリが好きだから。」
そしてユリに口づけをする。ビクンと震えるユリ。拒絶されたらどうしようと思っていたけれど、どうやらその心配はないようで。おずおずと背中に手が回されるのが可愛らしい。
そして永劫とも思える時が過ぎたころ、僕たちは離れた。
「わかっ……た……。私は、姫様の分まで生き延びる……。」
震えながらそういうユリ。その眼には涙がともっていて、嗚呼綺麗だなとぼんやりと思う。
こんなことを思えるぐらい僕も落ち着いたらしい。いつの間にか死を目前にしているのにやけに落ち着いている自分を確認してちょっと面白く思う。
「ではね、ユリ。」
そう言うと僕は腰から長剣を抜き放ち、自分の首筋に当てる。それを一気に引き抜こうとして
「ちょっと待って下せえ」
突如として現れた無骨な両手に止められた。
「何をするんだ!」
さすがの僕もこれにはむっとして低く怒鳴りつける。そこにいたのは歴戦の中年士官とでもいうべき風貌の、かつて僕が抜擢したジョーンズ中佐だった。せっかく人が気持ちに整理をつけて死のうとしているのに何をするんだ。そんな思いを込めてにらみつける。ジョーンズは、おお怖い怖いと降参するように両手を上げつつ
「いやね、姫様の覚悟は実にお見事。ですが連中降伏を受け入れる気はさらさらないようでして」
などとのたまう。
「何?」
思わず聞き返す。そうするとジョーンズはいつものような皮肉げな表情を浮かべると
「いや、きっと姫様ならそうなさるとそう信じて一足お先に降伏文書を出させてもらったんですわ。勿論姫様のお名前を借りてね。ただまあ、結果はなしのつぶて。いたぶられた使者だけが帰ってきたという始末で」
といった。とりあえず言いたいことはたくさんあるけれど、まずは
「ユリ、そのナイフをしまって」
いつの間にかナイフを抜き放っているユリを制止する。
「でもこいつは……!もし姫様がお命をささげるつもりじゃなかったらどうする気……?」
「いやあ、姫様はそうはなさいませんとも。何があっても、ご自裁していたことでしょう。いや、ご自裁いただく。たとえどんな手を使ってもね。それで多くの民が助かるのですから。」
「貴様……!」
ジョーンズを睨みつけるユリに、それに対し飄々とした態度を崩さないジョーンズ。だがその手は腰の小ぶりなナイフにあてられている。ユリからすれば、民が助かるならば場合によっては僕の首をとることも辞さないと言ったジョーンズが許せないのだろう。
だけど
「もういいよ、ユリ。」
「でも……!」
「いいんだ。」
僕はそういったところを買ってジョーンズを引き立てたのだから。
「そうですぜ、嬢ちゃん」
だが軽口をたたき続けるジョーンズは睨んでおく。この男の人を食ったようなところは若干苦手だ。
ふとジョーンズは表情を改めると胸に手を当てるといった。
「姫様、この独断の責めは小官のみにあります。どうぞご随意に処分くださいませ」
僕は軽く息を吐いて手を振って見せる。
「もういいよ、君は自分の正義を貫いたまでだ。そしてそれは正しい」
そう、ジョーンズは正しい。彼はこんなふてぶてしい態度をとっているが、民を思う気持ちは本物だ。たとえ自身がそのせいで処刑されそうになったとしてもその在り方を変えようとしなかったその姿。僕には少しまぶしいぐらいだ。
「で、ありますか」
あなたならそうするでしょうともと言わんかばかりのにやにや笑顔を浮かべるジョーンズ。それに再度ユリがナイフを抜きかけるのを目線で制する
「それにこれからにおいて貴重な将兵をすり減らすわけにはいかないからね」
いわんとしたことを察したのであろう、ジョーンズも沈黙する。
「なぶり殺しは、ごめんだ。どうせ死ぬなら、華々しく死なせてやりたい」
そう溜息を吐く。まったくもって忌々しい二者択一だ。華々しい突撃で屍をさらすか、粘れるだけ粘ってなぶりものにされるか。
死ぬのはやっぱり怖い。でもなぶりものにされるのはもっといやだ。これは他の将官や民たちからしても同じだろう。
もうここに至っては城門を開いての突撃しか道は残されていなかった。それにしても破れかぶれの突撃をしなければならないとは、つくづくみじめなものだと苦笑する。
「なあに、一世一代の晴れ舞台です。せいぜい奴らに我らを嘗めたツケを見せてやりましょう」。
ジョーンズが励ますように僕の肩をたたく。その声はいつものように皮肉げではあったけれど。心底いたわりに満ちていて。叶わないなあと天を仰ぐ。
「では小官はこれにて。動けるものは城門前広場に集めます。30分後の突撃でよろしいですな」
きびきびと退出していくその背中。
その背中に僕は呼びかける。
「動けないものや戦う気のないものには毒薬を配って……。使うかどうかは、彼らに任せるから……」
これは僕にできる精一杯。突撃が開始されれば、この城は手薄になる。瞬く間に敵兵に乗り込まれるだろう。そうなればどうなるか。地獄の出来上がりだ。王都は広いといっても17年ここで過ごしたのだ。度々お忍びで抜け出した身としてはほとんどが顔見知り。そんな彼らを地獄に連れていきたくはなかった。だからこその毒。
一瞬びくりと震えるその背中。小刻みに震えている。ジョーンズなりの葛藤があるのはよくわかる。でもこれは何としてもやってもらう必要があった。一瞬の沈黙。
やがて、ジョーンズは「はあ」と重々しくため息をつくと
「人生とは、ままならんものですな」
といい、その言葉を最後に、階段を下りて行った。決して振り返ることなく。
ふう、と重いため息を一つつく。つくづく僕は為政者失格だなと思いながら。どこの世界に自分の民に毒薬を配るやつがいるのだろうと。本当に嫌になる。だがいつまでもくよくよしてはいられない。時間は有限なのだから。
「ユリ、君は脱出準備だ。僕の先ほどの命令に変更はない。君は何があっても生き延びろ」
ユリの顔を見ずにそう言い捨てると僕も部屋を出る。呼び止めたそうなユリに背を向けて。
今だけはこの顔を見られたくはなかった。