九校戦を目前に控えた魔法科高校は、どこか浮き立った空気に包まれていた。
一年生にとっては初めての大会であり、二年生以上にとっても名誉と誇りをかけた戦いだ。
だが、その熱気の裏で、水面下では冷たい波が広がっていた。
夜の第一高校校舎裏。
警備用センサーの死角を縫うように、黒ずくめの影が三つ。
外部からの侵入者──その目的は、九校戦に出場予定の機材とデータの改ざんだった。
影の一人が呟く。
「……セキュリティは想定より甘い。やはり表向きの名門校でも、裏は脆いもんだ」
「油断するな。相手は『魔法科高校』だ。何が仕掛けられているかわからん」
その瞬間、足元の空気が重くなる。
耳鳴りのような低い振動が、夜気に溶けて伝わった。
黒服たちは本能的に足を止める。
──そこは啓太が展開していた**「無限領域」**の境界線だった。
境界は目に見えないが、侵入者の体を蝕むような圧力を放つ。
空間そのものが歪み、光の屈折がわずかに揺らめいた。
闇の中から声が響く。
「……それ以上、入らない方が身のためだよ」
啓太だった。
黒いパーカーにジャージ姿という、訓練帰りのようなラフな格好。
しかしその目は、夜闇を切り裂く刃のように鋭い。
「誰だ……!」
侵入者たちは即座に魔法発動の構えを取る。
だが啓太の右手が軽く動いただけで、三人の周囲の空気が固まった。
時間が止まったかのような感覚──いや、正確には速度が限りなくゼロに近づいたのだ。
空間操作による相対速度の低下。無下限呪術の応用だ。
啓太は一歩踏み込み、目の前の男のフードを乱暴に剥ぎ取った。
「他校の偵察部隊、か。九校戦は好きだけど、こういう裏工作は趣味じゃないんだよね」
抵抗もできずにいる三人を、彼は結界の外へと押し出す。
結界外に出た瞬間、時間の流れが元に戻り、三人は地面に崩れ落ちた。
そこに足音が近づく。
「啓太! ……また勝手に動いて」
赤毛を揺らし、剣を肩に担いだ千葉エリカが現れる。
「勝手じゃない。ちゃんと校内の巡回ルートだったし」
「普通の巡回で、侵入者三人を無力化する人がどこにいるのよ」
呆れたように言いながらも、エリカの目はどこか楽しそうだ。
「……ま、ありがと。これで機材に手を出されずに済んだわけだし」
「礼なら、今度の九校戦で勝って返してよ」
「もちろん!」
二人のやり取りをよそに、遠くでは再び結界が微かに波打っていた。
──それは啓太の無限領域が外部からの干渉を感知している証拠。
ただの侵入者ではない、もっと大きな影が動いている。
九校戦を揺るがす嵐は、すでに始まっていた。