魔法科高校の劣等生 ― 無限の境界 ―   作:ハヤオ

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第3章 摩擦とさざ波

初めての実技授業から三日が経った。

E組の教室は午前中の座学を終え、昼休みの喧噪に包まれている。

窓際では、CADの操作について話し込む二科生のグループが、教室中央では弁当の見せ合いをする女子たちが、それぞれの昼を楽しんでいた。

啓太はと言えば、一番後ろの席で静かにタブレットを開いていた。

表示されているのは魔法工学の論文。

外部ネットワークからこっそり持ち込んだ研究資料を読み込み、数式の部分だけを別ファイルに書き写している。

 

「おーい、志賀。食べないの?」

元気な声が飛び込んできて、啓太は顔を上げる。

エリカだ。片手に箸、もう片方に唐揚げを乗せた弁当箱を持っている。

 

「後で食べる。」

「そういうのってさ、今食べないと結局面倒になるんだよ?」

「腹は減ってない。」

 

エリカは呆れ半分、笑み半分で首を振った。

「ほんっと淡白だね。ま、そういうとこも面白いけどさ。」

 

昼休みの終わり際、廊下から騒がしい声が響いてきた。

「やめろよ!」「おい、二科が何してんだ!」

エリカが立ち上がり、啓太も無言で後に続く。

廊下の角を曲がった先で、一科生と二科生の口論が起きていた。

どうやら実技場の使用時間をめぐって揉めているらしい。

 

一科生の男子が、二科生の腕を掴んで押し返す。

その勢いでCADが床に落ち、カランと嫌な音を立てた。

 

「おい、それ精密機器だぞ!」二科生が声を荒げるが、一科生は鼻で笑う。

「どうせお前らじゃ使いこなせないだろ。」

 

エリカの表情が一瞬で冷えた。

「おい、あんたら。それ以上やると、後で泣くことになるよ。」

 

その声音に、一科生が眉をひそめる。

「なんだ、千葉か。二科の肩持つのか?」

 

「肩とかそういう話じゃない。ルール守れって言ってんの。」

エリカは半歩前に出て、男の腕を払った。

周囲の空気がピリつく――その直後だった。

 

一科生が苛立ちを隠さず、エリカに詰め寄ろうとした瞬間、足元の空間がわずかに揺らいだ。

視覚的には何も変わらない。だが彼の足は見えない抵抗に阻まれ、半歩の位置から動けなくなる。

 

啓太が後方で静かに立っていた。

腕も上げず、CADすら起動していない。

ただ、その存在が空気の密度を変えていた。

 

「……おい、何だ今の」一科生が小さく呟く。

「何もしてない。ただ、行動範囲を少し制限しただけだ。」

啓太は感情を抑えた声でそう告げる。

 

一科生は舌打ちし、仲間を連れて去っていった。

残された二科生たちは安堵と驚きが混じった目で啓太を見た。

 

教室に戻る途中、エリカが横に並んだ。

「今の、無下限呪術ってやつ?」

「そうだ。干渉の可能性を消しただけ。」

エリカは笑いながらも、真剣な目をしていた。

「あんた、やっぱりヤバい力持ってるよ。あれ、本気でやったら――」

「相手は存在できなくなる。」

 

淡々としたその言葉に、エリカの背筋がわずかに冷える。

だが同時に、妙な安心感もあった。

啓太は力を見せびらかさないし、必要以上に人を傷つけない。

それが彼の強さだと、エリカは直感していた。

 

放課後、啓太は人気の少ない図書室にいた。

参考書を数冊抱え、無下限呪術の応用計算式をノートに記す。

空間の座標変換、魔力伝導の無限分割――その計算は常人なら数秒で意識が飛ぶほど複雑だ。

ページをめくる音の中、エリカの声が響いた。

「やっぱりいた。ねえ、次の実技授業、また組もうよ。」

啓太は顔を上げ、わずかに笑った。

「君はしつこいな。」

「褒め言葉として受け取っとく。」

 

二人の距離は、まだ友情とも呼べない曖昧なものだった。

だがその曖昧さこそが、これから訪れる波乱の前触れだった。

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