魔法科高校の劣等生 ― 無限の境界 ―   作:ハヤオ

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第4章 静寂を裂く影

四月も半ばを過ぎた第一高校は、新入生も上級生も、それぞれの新しい環境に慣れ始めていた。

午前中の座学では、生徒たちが時折笑いを交えながら質問を飛ばし、午後の実技では汗と魔力の火花が飛び交う。

そんな日々の喧騒も、夕刻になれば徐々に静けさに変わっていく。

だが、その日の放課後は違った。

校舎全体に満ちる穏やかな空気を、唐突に、鋭く引き裂く音が走った。

 

――ガシャァンッ!

 

ガラスの割れる甲高い音と、金属が歪む鈍い響きが重なった。

それは、通常の生徒生活ではまず耳にしない種類の音。

廊下の隅でノートを閉じていた志賀啓太は、音が反響した方角――実験棟の方向へ、視線だけを動かした。

 

「……今の、聞こえたか?」

斜め後ろで鞄を肩にかけていた千葉エリカが、眉を寄せて啓太を見る。

 

「ああ。」

短く答える啓太の声は淡々としていたが、瞳の奥は微かに鋭さを増していた。

 

エリカは笑みを消し、片手で腰の剣袋を確かめる。

「様子、見に行くでしょ?」

 

啓太は頷き、二人は同時に廊下を駆け出した。

 

実験棟の影

夕陽はすでに傾き、実験棟の外壁を朱色に染めていた。

窓の一部はカーテンが閉じられ、中の様子は窺えない。

だが、入り口付近に漂う金属の焦げた匂いが、何かが起きていることを告げていた。

啓太は足音を殺しながら角を曲がる。

そこにいたのは、生徒ではなかった。

 

黒いフードを深く被り、顔の下半分を覆面で隠した男が、実験室の扉に向かって何やら装置を押し当てている。

それは小型のポータブルCAD――だが、規格外だ。

起動音は低く唸るようで、光の波紋が扉全体を舐めるように走っていた。

 

「……ロックを解除してる?」エリカが囁く。

 

啓太はわずかに頷き、片手を横に伸ばしてエリカを制した。

「下がってろ。」

 

「は?何言って――」

「相手は、生徒用の魔法じゃない。あれは実戦用だ。」

 

その言葉とほぼ同時、男のCADが甲高く鳴き、扉の錠前が真っ二つに裂けた。

熱で焼けた鉄の匂いが、夕闇に漂う。

 

衝突

啓太が一歩踏み出すと、男は振り返った。

覆面越しでもわかる、警戒と苛立ちの混じった視線。

「……誰だ?」

低く押し殺した声。

 

「通りすがりの二科生だ。」

抑揚のない答えに、男は鼻で笑った。

 

「二科生が、俺を止められると思うなよ。」

 

次の瞬間、CADから鋭い光が走った。

圧縮された空気弾――風属性の物理魔法が、音を置き去りにして啓太の胸を狙う。

 

だが、それは届かなかった。

 

弾丸は啓太の胸元からわずか十数センチ手前で、ぴたりと止まった。

空中で震えるように歪み、やがて霧散する。

 

「……っ、何だこれは……」

 

啓太の瞳は微動だにせず、ただ一言だけ。

「距離はゼロにならない。」

 

男は苛立ち、炎の矢を撃つ。

矢はまるで時間を奪われたように空中で静止し、やがて消滅する。

続けて氷の槍、雷撃、重力弾――すべてが啓太の目の前で停止した。

 

無下限の説明

エリカは後方で目を見開いていた。

(全部……止まってる。完全防御。それも、ただの防御壁じゃない……)

彼女の剣術の目は、目に見えない空気の揺らぎを感じ取っていた。

啓太の周囲には、膜のような何かが張られている。

それは一定の距離を保ち、あらゆる干渉を“到達させない”。

 

啓太は短く告げる。

「無下限呪術。“無限”と“零距離”を同時に成立させる。結果、対象との距離は到達しない。」

 

男は理解できないまま、苛立ちを増幅させて再びCADを構えた。

 

反撃開始

啓太は右手をゆっくりと上げた。

次の瞬間、男の足元の空間がゆらりと歪む。

「っ……!?」

膝まで沈み込む感覚。

見えない液体に足を取られたような――いや、これは沈んでいるのではなく、空間座標そのものが足を固定している。

 

「無下限呪術――“収束”。空間を一点に収束させ、お前を固定した。」

 

男が必死にもがくと、抵抗は無限に増していく。

筋肉の動きが分解されるように細切れになり、力が逃げていく。

 

エリカは腰の剣に手をかけたが、啓太が短く制した。

「大丈夫だ。もう終わる。」

 

決着

啓太は指を軽く鳴らす。

すると、男の周囲に薄い光の粒子が浮かび上がり――次の瞬間、全方向から圧縮された空間の壁が迫った。

呼吸も、魔力の流れも、すべてが封じられる。

「これ以上やるなら、存在そのものを削る。」

冷たく無感情な声。

 

男はCADを落とし、項垂れた。

 

余波

風紀委員と教員が駆けつけ、男は拘束されていった。

後にわかったことだが、男は魔法研究データを狙う犯罪者だった。

しかも背後には組織があり、第一高校はその実験場と見なされていたらしい。

校庭を歩く帰り道、エリカがぽつりと聞く。

「あんた、本気出したらどうなるの?」

 

啓太は一瞬だけ空を見上げ、淡々と答えた。

「世界のどこかが、空白になる。」

 

冗談にも本気にも聞こえるその言葉に、エリカは笑いつつも心の奥で小さく震えた。

だが、今夜だけは――彼の隣が、不思議と心地よかった。

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