6. 初動
夜道に冷たい風が吹き抜けた瞬間、黒衣の男の姿がかき消えた。
足音すらなく、空間からにじみ出るように啓太の背後へ回り込む。
「啓太ッ!」
エリカの叫びと同時に、無下限の障壁が背面に展開される。
男の刃は空間そのものに阻まれ、届かない。
(なるほど……接触を許さない術か)
男は低く笑い、距離を取った。
その両手には、黒曜石のように光る短剣が二本握られている。
「エリカ、距離を詰められそうか?」
啓太の声は低く、しかし揺るぎない。
「やってみなきゃわかんないわね。」
エリカは刀身を傾け、疾風のように駆け出す。
7. 無下限の変調
啓太はエリカの動きに合わせ、前方の空間をわずかに収束させた。
攻撃のためではない。
空間そのものの密度を変え、相手の踏み込みを遅らせる。
だが、男は一瞬で適応した。
右手の短剣から微弱な震動波が放たれ、収束空間を乱す。
「……干渉波か。」
啓太の表情がわずかに険しくなる。
先日達也が言った“干渉用魔導波発生器”と同質の技術――つまり、この男は啓太の術式を解析しに来た可能性が高い。
(長引かせれば不利だ。エリカと挟撃して一気に落とす)
8. 刃と壁の共鳴
エリカは低く身を滑らせ、男の懐へ斬り込む。
刃は男の短剣に受け止められ、火花が散った。
「遅い。」
男が押し返す瞬間、エリカは口角を上げる。
「遅いのはそっち!」
啓太が男の背後の空間をねじ曲げた。
強制的にバランスを崩された男の体勢が傾く。
そこへエリカが踏み込み、剣を振り下ろす。
男は咄嗟に短剣を交差させて防いだが、刀身が大きく弾かれた。
9. 刺客の切り札
男は一歩引き、左手の短剣を地面に突き立てた。
瞬間、漆黒の波紋が地面を走り、啓太とエリカの足元を包み込む。
「……っ!」
エリカは反射的に跳び退ったが、啓太の足元には黒い陣形が広がり始める。
(拘束魔法……いや、空間座標そのものを書き換えてる?)
啓太は無下限の壁を下方にも展開し、座標干渉を遮断した。
だが、その瞬間――脳裏に鈍い痛みが走る。
(……時間がない)
10. 決断
「エリカ、次の一撃で終わらせる。」
「了解!」
啓太は右手を前に出し、男と自分を結ぶ直線上の空間を極限まで収束させた。
密度は限界に達し、光が歪み、微かな振動が空気を震わせる。
エリカは深く息を吸い、刀身を正眼に構える。
「――千葉流剣術・雷閃!」
啓太の収束空間に沿って、エリカの剣が稲妻のように走った。
空間の歪みに乗った斬撃は速度を倍化し、男の防御をすり抜ける。
「……っぐ!」
男のコートが裂け、左腕から鮮血が飛び散った。
11. 影の退却
男は舌打ちをし、懐から小型の球体を投げつけた。
白い閃光と共に視界が奪われる。
「啓太!」
「大丈夫だ、下がれ。」
光が収まった時、男の姿はすでになかった。
地面には黒い短剣の破片が転がっている。
啓太はそれを拾い、無言で見つめた。
(……やはり、俺の術式を試しに来たか)
12. 余韻と約束
「……あんた、限界近かったでしょ。」
エリカが真剣な顔で言う。
「気づいてたか。」
「そりゃね。あんた、最後の一撃の前、少しだけ揺れてた。」
啓太は短く笑った。
「……今度は、もっと前から一緒にやろう。」
エリカはその言葉に満足げに笑い、剣を収めた。
夜風が二人の間を通り抜け、静寂が戻る。
だが、二人とも知っていた。
これは始まりに過ぎず、黒鉄連盟との戦いはまだ続くことを――。