俺は、今目前にある光景を、夢と認識した。
目の前には余りに巨大な展望窓があり、その先に広がる光景が、そう判断させるのだ。
展望窓の遥か先にあるのは、青く輝く天体・・・地球だろうか。
宇宙事業従事者でもなければ、アストロノーツでもない俺は、
このような光景を、このようなロケーションで体験できるはずがない。
これが夢でなければなんなのだというのだろう。
目の前の天体は、思いのほか速いスピードで回転を続ける。
そんな光景をぼんやりと眺めながら、こんなことを考えるのだ。
__ああ、どこかで見たことがあるなぁ。
もしかしたら、モニター越しに見ただけの映像だったかもしれない。
見覚えはあるが、どこで見たかは思い出せそうにない。
そしてその考えを肯定するかのように、どこからかピアノの旋律が聞こえてきた。
とても綺麗な旋律なのに、強い焦燥感を感じさせる、そんなメロディだった。
間違いないな、俺はこの
『…… ……! ……ノったら!』
声が聞こえたようだ。
『いつまで……るの? いいかげん起きなさい!』
誰かが、別の俺を揺り起こすのを感じる。やはり夢だったようだ。
俺は何故かひどく安堵して、意識の流れに逆らわずに夢の出口へ向けて流れて行った。
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そして、一瞬で覚醒し、即座に混乱に陥った。
眼前の光景が、何一つ理解できなかったからだ。
天井、ベッド、部屋の内装、そして妙齢の女性。
全てに見覚えがない。
__ここは、どこだ。
自分に声を掛けたであろう女性は、窓にかかったカーテンを一気に開く。
光が室内に入ってきた。
次に気付いたのは、自分への違和感だった。
締まりがある肉体、体の底から漲る体力、そして着慣れない衣服。
__俺は、誰だ。
何とか情報を整理しようと努めるが、本来あるべき姿と何一つ一致しない。
散らかった小汚い部屋、何日も開けていないカーテン、五十路過ぎの、どれだけ惰眠を貪っても気だるい肉体。
これが本来であった筈なのだ。
情報の整理どころか、現状の確認も追いつかぬうち、カーテンと窓を開けた女性が振り返った。
やはり見覚えのない顔だ。
「どうせ夕べ、興奮して寝付けなかったんでしょ?」
__!!
その言葉に、背筋を電撃が走るような衝撃を感じた。
声掛けを無視してベッドから跳ね起き、部屋の隅にあった鏡へ駆け寄る。
そして鏡に写った、自分であるはずの人物を見て、ただただ衝撃を感じて立ちすくんだ。
俺は、クロノとして目覚めたのだ。
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__クロノ・トリガー。
今から三十年近く前に大ヒットしたTVゲームの名前だ。
当時の小学生や中学生は勿論、いい歳した大人達も、その時空を超えた壮大な物語に魅了されていた。
これだけ時間が経った今でも、かつての伝説のゲームとして、確固たる地位を誇っている。
そしてご多分に漏れず、当時大学生だった俺も、どハマりしたうちの一人だ。
先ほどクロノの母であるジナのセリフでシナプスが通ったのも、
そこそこのマニアだった当時の記憶が、一気に蘇ったからだ。
そんな世界が今、突然眼前に広がった。
「何故こんなことに」とか「これからどうすれば」などの当然の思考をまるっとすっ飛ばして、俺は高揚してくる心に戸惑った。
普通の感覚だったら、ゲームが突然リアルになれば、嘆くなり慄くなりあるだろう。実際頭の中の冷静な部分が、今の精神状態を「マトモじゃない」と警鐘を鳴らしている。
だが、既に失って久しい情熱が、勝手に燃え始めてしまっている。
クリアしたらどうなるとかそういった眼前の問題は一旦丸投げして、まずはこの状況を楽しめばいいんじゃないかとか、正気とは思えない考えすら浮かび始めていた。
そして、まるで俺の正気のブレーキを破壊し尽くし、情熱を煽るが如く、最後の燃料が投入された。
ソレは、存在を主張するかのようにベッドの脇に立て掛けられていた、虹色の刀身だった。
「(あれは・・・刀剣の『にじ』か?てことは強くてニューゲーム!)」
更によく見ると、虹色の刀身の側には、中身のたっぷり詰まった袋が置かれてあった。
初期状態であれば、カバンがはち切れんばかりの所持品など無かったはずだから、これはもう確定と見ていいだろう。
反応のおかしい息子に首を傾げながら、少し疲れた様子で、毋であるジナが退室していく。
俺は改めて鏡を見るが、そこに写るのは見まごうことなき、記憶通りのクロノの姿だ。
新たに自分のものとなった体を動かして馴染ませながら、俺は最初に起こる『イベント』に思いを馳せた。
物語のオープニングとなるお祭り、建国千年祭である。
強くてニューゲームが確定したわけだし、気持ちとしてはもう観光気分だった。
俺は袋を担ぎ上げ肩から掛けると、母への挨拶もおざなりに、記憶の中のゲームマップに従い、自宅から見えるリーネ広場へ駆けた。
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実際にこの目で見るお祭りは、素晴らしかった。
自分自身、祭りなどというイベントとは縁がなくなって久しいが、ここまで気分が高揚するものかと、改めて感心した。
周りを見ても、童心に還ったような笑顔で盃を合わせる大人たち、
瞳を輝かせ次のパビリオンへ走る子供たち、
不気味な笑みを湛えながら、顔と手だけで怪しい客寄せ行為を続けるノルシュテイン・ベッケラーなどなど、
ゲームで流れていたようなBGMこそないが、脳内で再生余裕なほど、祭りの雰囲気は浮き足立っていた。
しかし、そんな雰囲気にあって、俺はゆっくり祭りを楽しむ心持ちにはなれなかった。
物語のトリガーともいうべき邂逅が、目前に迫っていることを知っているからだ。
周りをキョロキョロと伺いながらも、脚は自然にリーネの鐘へ向かっていた。
鐘は、本当に元ネタが二次元かと思うほど、記憶のものと同じ形状だった。
高台の強い風を受けて揺れる鐘は、ゲームで聞いた通りの、心地よい音を奏でている。
ここで
「・・・?」
ここで俺は、嫁と会える!!更に表情筋を引き締めながら、鐘を反対側へくぐった。
「・・・??」
マールと!会える!引き攣り始めた表情筋に喝を入れ、鐘を再度くぐった。
「・・・・・・???」
あれ?マールは?
更に数回の試行ののち、ようやく俺は周りを見回した。
鐘の周囲には
高台のイベント会場へ向かうための階段には、記憶通りキャンディー売りがいて、
鐘の下で奇行を繰り返す俺を生暖かい目で見つめている。心が折れそうだ。
気を取り直して周囲を更に見回し、マールが近くにいる気配が無いのを確認したのち、
レンジを広げて遠くまで眺め始めた俺は、完全に想定外の光景を見ることになる。
「うぇっ!?」
意図せず変な声が出てしまった。驚愕・困惑・戦慄全てを混ぜ込んだような呻きだった。
ソレは、高台から南の方角の遥か空に、黒く光り輝いて見えた。
そして、世界から拒絶されるように、拒絶するように、周囲の光景に全く溶け込まず、揺蕩っていた。
この目で見るのは当然初めてだが、それは『黒の夢』と呼ばれるモノだった。
俺の脳内では、先ほどの夢の中で聞いた、冷たくも美しいBGMが流れ始めていた。
基本的に後書きは書かない予定ですが、二つだけ。
原作通り、クロノはほぼセリフを喋りません。
また、クロノの中の人が少し残念なのは、意図的です。
そのつもりでお付き合いいただければ、ストレス無くお読みいただける…かもしれない!