一遍に沢山の情報が置きかわり、様々な感情が鬩ぎ合った結果、俺はそれなりに長い間立ちすくんでいたらしい。
何分程度経過したかは不明だが、不審に思った飴売りのおばさんに話しかけられた俺は、
見た目の平静さだけは何とか取り戻し、ひとまずは気持ちの整理をしようと歩き出した。
この世界に何が起きているのか、この世界は何なのか。
必要なのは、まず情報だろう。情報を得られるところはどこだろうかと考えてみたが、まずはやはり母ジナに尋ねるのが無難だろうか。
だが、母親や知り合いに「あれ何?」と聞いたところで、黒の夢がずっと昔からあるものなら、変な目で見られる可能性が高い。
また、他の適当な街の人に尋ねるのも、この小さなコミュニティでどこまでが知り合いか判別がつかない状態なので、今後のことを考えると聞き方には注意を払いたい。
どちらにせよ、まずは落ち着いて今後の行動を考えようと、広場のベンチまで戻ってきた。
座ってひと心地ついてみると、少しずつではあるが、原作との相違点に気づき始めた。
まず、広場でレースが行われていない。
ノルシュテイン・ベッケラーは原作通りの場所にテントを構えているようだが、ゴンザレスがいるのかどうかや、奥の会場でダンスパーティが行われているかどうかなどは、ここからでは判別がつかない。
そして更に注意深く周りを観察していると、決定的な相違にまた一つ気付いた。
本来ならこの辺りに店を出しているはずのボッシュがいない。
見える範囲の相違や、マールと会えない点について、常識的に考えてみると浮かんでくる理由は、日付や時間が違うのでは?ということだ。
千年祭がいつ始まっていつ終わるのかなど全く知らないが、一日限りということは無いように思う。
たまたま今日がレースを開催しない日であったり、マールディア女王が城を抜け出すのが、今日ではないという可能性もある。
最も、どういう理由であっても、黒の夢が既に存在している理由には結びつかないが。
やはりここは軽率に誰かに声をかける前に、他に相違点がないか探し出して、その上で必要であれば誰かに質問をするという流れで行こうと思う。
しかし体は全く疲れがない。クロノの肉体様様である。
そして、ひと廻りして得た結果がこちらである。
ゴンザレス → 居た
ダンス会場 → 原始のリズムで踊ってた
ハンマーゴング → 開催してた
人には基本話しかけてないので、後々裁判に関わってくるお弁当の一件や、迷い猫のイベントがあるかどうかは分かっていない。
結論として、マール、レースの開催、ボッシュ、黒の夢が、広場での相違点の全てだった。これではこれ以上の考察はできそうにない。
悩んだ挙句、ルッカの発明広場に向かってみることにした。
イベント会場へと続く階段を昇ると、まず人だかりが目に入ってきた。
その奥に視線を向けると、人の波の隙間から、ルッカと父親のタバンらしき人影が見えた。
もしかしてルッカもいないのではと内心ドキドキしていたので、ひとまずは安堵することができた。
先ほどより頭が働くようになり、心の余裕もかなり戻ってきたようだ。
テレポッドの説明はまだまだ続くようで、ルッカ親子はこちらに気付く様子がない。この間に、これまでの情報をまとめて、原作との乖離について考えようと思う。
まず、マールと出会わない点。
原作では描かれていないだけで、実はクロノが自宅で目を覚ましてから、ゆっくりと時間を使って身のまわりの準備をした可能性もあるが、
これについては確認のしようが無い。
お祭りのタイムテーブルに余裕があるのなら、しばらく広場でマールを待ってみるのもアリかもしれない。
そして、広場の催しや設備、人について。
部分的な乖離は見られるが、そうなった理由については、現状ではどれについても推測の域を出ない。
ボッシュについても情報収集が必要だ。
最後に黒の夢について。
こちらは現時点ではお手上げだ。マールがいないことも繋がっているなら、それこそ無限に可能性が枝分かれする。
家に戻ってアレコレ考えてみてみいいが、現状でもまだ収集できる情報があると考え、
ひとまずここに留まって、ルッカ親子とコンタクトを取ってみようと思う。
イベント会場をみると、ちょうどテレポッドの説明が一通り終わったようで、挑戦者を募っているところだった。
だが、ルッカ発明への信頼感が出ているのか、即座に「我こそは」という者は現れず、聴衆は皆周りをキョロキョロ伺うだけだった。
話を進めるためにも(純粋に興味もあったが)、躊躇する雑踏をすり抜け、先頭に出てみる。
「クロノ!待ってたわよ!だーれも、このテレポッドの転送に挑戦しないんだもの。こうなったら、あんたがやってくれない?」
記憶と寸分違わないセリフで声をかけてきたのは、見まごうことなき幼馴染であるルッカだ。
こうして1人の人間として動いているのは感動するし、間近にみると工業系女子とは思えない美少女だ。
ひとまず周りのモブを散開させてゆっくり話をするためにも、俺はテレポッドの試験体に志願する。
歓喜したルッカ親子は、碌に説明もなく、俺をテレポッドへ誘導した。
だが、大きなイレギュラーが既に存在している状況で、楽観視はできない。
俺1人で別の時代へ飛ばされるとか、そもそも実験が失敗して、みんな仲良くアフロに・・・ともかく何が起きてもおかしくない。
若干緊張しながら左側のテレポッドに上がる。
既にウォームアップしてあったマシンから甲高い駆動音が聞こえ始め、次に紫電が走り始める。
そして一瞬自分の脳と視界がスパークしたと思ったら、気付いたら右側のポッドに立っていた。
無事成功したようだ。これは素直に凄い。
観客は大興奮で、発明に絶賛の声を送っている。
ルッカ親子も鼻高々でメカニズムなどを高説し、俺の成功によって踏ん切りがついた観衆たちが、我も我もと次の体験者に名乗り出た。
結局一通りの挑戦者が挑み、観衆が解散するまで小一時間を要した。
お披露目は
ルッカ親子は俺がまだ残っていることに気付かず、今後の展望やマシンの改善案について話し合っていた。
「クロノ?あんたまだ居たの?」
先に俺の存在に気付いたルッカは、話し合いを中断してこちらへ近付いてきた。
タバンは、きっと個人的な話があるのだろうと察してマシンの後片付けに没頭し始めた。
さて、何をどこから話したものか。
クロノ自身の記憶としても、ゲームを何度もプレイした者としても、ルッカの才媛っぷりはよく存じているが、最初から警戒されるような事態は避けたい。
逡巡したのち、俺は無難でいて実りのありそうな話題から切り出した。
それは『ガルティア王家が、建国千年祭に出席するタイムテーブルを知っているか』という内容だった。
しかし、質問を受けたルッカの反応は、あからさまだった。
それまでの友好的な雰囲気から一変し、その表情は得体の知れないものを見るようなものとなり、警戒の目線をこちらに向けてきた。
「あんた、誰」