「あんた、誰」
言われた言葉の意味を理解するのまで、数秒を要した。
そして理解する。警戒されるどころか盛大に失敗したようだ、と。
質問の内容としては、無難なラインだったはずだ。
ガルディア王国の建国千年祭だから王家が関与していないわけは無いし、
娘に厳しく堅物なところはあるが、ガルディア33世は王としてひとかどの人物であったと思う。
建国千年を祝うお祭りも、王国盤石のプロパガンダとして大いに有用だし、
なので、千年祭に王家が関わってい無いはずがないという、ある種の確信からでた質問だった。
そして何よりその質問から、あわよくばマールディア王女の存在を確認したかったのもある。
だが、もし初手の質問内容が致命的アウトならば、ルッカのこの反応は当たり前だ。
所作、言葉遣い、トーン、表情の作り方から会話の間合いに至るまで、俺は普段のクロノについて何も知らない。
その乖離に加えて質問の内容がアウトなら、一気に不信感は天元突破するだろう。それにしても頭の回転が良過ぎる。
俺の反応がないことをどう受け取ったのか、ルッカは警戒を隠しもせず続けた。
「少し時間を頂戴」
一方的に告げて距離を取るルッカ。分かりやすく警戒されてしまった。最初の質問のどこに地雷があったかも分かっていない俺には、自己弁護どころか言い訳のしようも無い。ルッカの判決を待つのみだ。
そして待つことおよそ3分ほど。ルッカは振り返った。その目に、先ほどと変わらぬ警戒心を宿したまま。
「あれを見て」
そう言うと、ルッカは高台の会場から右手の彼方を指差した。
その方向に見えた光景は、この時代に黒の夢を発見した時と遜色ない、衝撃の光景だった。
__ガルディア城は、廃墟だったのだ。
頭が回転し始めるまで、たっぷり数分はかかったと思う。
そして、回転を再開して最初に思い出したのは、隣にルッカがいるということだった。
「やっぱり、あんたクロノじゃないわね」
警戒を弱めてはいないが、ルッカは得心がいったという反応だ。
回転の弱い俺の頭では、是とも非とも反応を返せなかった。ただ、
「あんたがクロノじゃない理由について、説明は必要?」
これには首を横に振らざるを得なかった。
既に致命的なミスを犯してしまっているのだから。
「往生際が良くて助かるわ。あんた…ノルシュテイン・ベッケラーの被り物とかでは無いわよね?」
ジョークなのか混乱の極地なのか分からない発想を披露するルッカ。確かにこんな性格だったような気がする。
「違うとしたら、一体あんたは何なの?」
ルッカの警戒の目は変わっていない。下手に取り繕おうものなら、この後二度と信頼を取り戻すことは叶わないかもしれない。
整理して説明するから少し待ってほしい旨を伝え、答え方を熟考する。
そしておよそ十分弱、律儀に待ってくれたルッカを前に、唾を飲み込む。現時点では、これ以上の説明はできないはずだ。
頭の中でのリハーサルの通り、話し始める。
__自分は、この世界を物語として、外の世界から俯瞰することができた者だ
__この星は大きな脅威にさらされていて、自分ならその脅威から星を守ることができる
__本来だったらクロノが中心となり、脅威に立ち向かうはずだったが、既に本来の状況(ゲーム開始時点)からかけ離れている
__自分は巻き込まれただけで、何故クロノになっているのかは分からないし、本来のクロノがどうなっているかも分からない
「つまり」
説明が終わってルッカの表情は、警戒から、敵意に変わっていた。
「クロノはあんたに乗っ取られたってわけ?」
背筋に冷たいものが走った。それほどの怒気を、ルッカは放ったのだった。
だが、最初の質問を失敗し、しっかり説明したにも関わらずこうなってしまったのだ。
特に、自分の意思は一切介在していないと説明したのに、ルッカがここまで怒るのは、正直釈然としない。
明晰で聡明な才媛だと思っていたが、知識と頭の回転だけで、精神年齢は年相応なのかもしれない。
だが、ここでマールに加えてルッカも離脱なんてことになれば、自分の攻略情報だけでゲームクリアが可能なのか見当もつかない。
何より、ゲートホルダーを発明するルッカがいないと、最初のゲートすらまだ発生していない状況で、現代で立ち往生しかねない。
この場は丸く収めて、何とか協力して貰わねばなるまい。
正直この状況からルッカの心を絆す
できることといえば、ひたすら説明を重ねることと、ひとまず下手に出ることくらいだ。俺は矢継ぎ早に説得の言葉を紡ぐ。
__クロノを中心に、ルッカや沢山の協力者がいたからこそ脅威を退けられるのだ
__特にルッカの科学力は、この危機を打開する重要な鍵となってくれる
__この体をクロノに戻す術は分からないが、クロノ本来の使命を全うすれば、元に戻る可能性はある
ルッカは自分の科学力に強い自負を持っている。そこを押さえながら、お願いする体で話をすれば、基本的に善人であるルッカには断りづらいに違いない。
心からではなくても、ひとまずでも協力体制を取り付ければ、そこからコミュニケーションを取っていけばどうとでもなる。
こちらが一通りの説得を終えると、ルッカはじっとこちらを見てきた。先ほどの強い怒りはないように感じるが、警戒を解いた様子はない。
「あんたのことは、よーく分かったわ」
分かって貰えたらしい。敵意を抑えてくれたのは、理解して貰えたからだろうか。
「テレポッドの開発もひと段落したし、クロノのことも気になるから、ひとまずあんたと行くわ」
しかもついて来てくれるようだ。心の中でガッツポーズ(いわゆるクロノ勝利ポーズ)する。
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「それで、まずはどこに行って何をするの?」
ルッカは、協力者としても情報提供者としてもベストである。
これからどうすればいいか迷っていたところなので、今後の方針を決めるために遠慮なく色々聞かせてもらうとしよう。
「ちょっと待ってくれる?」
と思った矢先、出端をくじかれる。
「場所を変えましょう。少し話をしてくるって伝えてくるわね」
こちらの返事を聞かずに場を離れていくルッカ。タバンに二言三言声を掛け、再び戻って来た。
「リーネの鐘の傍のベンチへ行きましょう。あそこは出し物も少ないから、邪魔も来ないはず」
またもこちらの返事を待たずに歩きはじめてしまった。信頼獲得への道は険しそうだ。
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というわけで数分後には、微妙以上の距離を空けて、ルッカとベンチに座ることになっていた。
ベンチは鐘を視界に入れながら、眼下を一望できる素晴らしいロケーションだが、今は視界に入れたくない異物が二つも見える。
そのうちの片方について、まずは尋ねてみることにした。
「アレ、『黒の夢』なんて名前なの?随分可愛らしいわね」
なんてことを言われてしまった。この口ぶりでは、いつから、何故そこにあるかは知っていそうにない。
「もう察しがついてるみたいだけど、アレがいつから何のためにあるのかは知らないわよ。生まれる前からずっとあるし、フラフラ浮いてること以外変化もないもの」
やはりそうだった。気を取り直して別の質問に行こうと思ったが、
「勿論、科学的見地としては興味が尽きないわよ。アレを構成してる物質が金属に類する物だってことは分かるし、何がしかの意思と意図を持って存在しているのも察しがつくわ。あれだけの質量をずっと浮かすことができるんだから、それだけでも仕組みとエネルギーを知りたいし、過去に何度か偵察を試みてみたけど、あっさり跳ね返されちゃったから、とても優れた科学の産物なんでしょうね。現代最高峰の科学力を持つわたしが手も足も出ないのだから、オーパーツとか超古代からの遺産だとか。もしかしてあんた、アレの構造について知ってるの?教えてもらうのは釈だから、侵入方法だけでも教えてくれない?」
まだ終わってなかった。ていうか既に偵察済みなのか…。
ひとまず、侵入方法はあるが、結局力づくになることだけは伝えた。
「残念ね…」と呟いていたが、話を進めても良さそうだ。
次に聞いたのは、いつからガルディア城が廃墟となっているかだ。
「私が生まれる前からよ。伝え聞いた話だと、夜の間に火の手が上がって、次の日の朝には瓦礫になってたらしいわ。生存者がいなくて、詳しい状況も下手人も、謎のままだとか」
爆弾発言だった。ということは、マールはこの世界に存在していない可能性が高い。ただ、立て続けにショックを受け続けたからか、いまいち実感が湧いてこない。
「あんたが知ってる世界との乖離はそれだけ?他にもあるの?」
質問の内容から、乖離を察せられた。本当に話が早い。
まだこの世界で覚醒してから時間が経っていないので、と断った上で、ボッシュの存在とレースの開催について伝えた。
「レースは分からないわね。お祭りは今日からだけど、日程の中にレースが含まれているかは知らないわ。ボッシュってのは人の名前かしら?私はその名前に聞き覚えはないわね」
ということは、ボッシュも存在していないということだろうか。
これで、重要人物が二人も消息不明だ。
「あまり私の情報は役に立たなかったみたいね。それで、あんたの知っている物語だと、これからどうなるの?」
ざっと物語序盤のムーブを説明する。
本来ならば健在であるガルディア33世の娘のマールディアと出会い、テレポッドを体験するが、マールディアが所持していたペンダントが謎の共鳴現象を起こして過去へトリップしてしまう。
クロノはそれを追い、ペンダントを持ってテレポッドに乗る、といった具合だ。
ルッカは、相槌は打つが大きなリアクションはせず聞いていた。
一般人ならばタイムトラベルともなると一気にリアリティがなくなり半信半疑になるだろうが、そこはさすがルッカだ。
ひとまず当面の目的だが、物語のトリガーとなるゲートが発生しないのではお話にならないので、
原作のように自然発生しているゲートを求めて、現代の世界を探索する事になりそうだ。
乖離がどのように作用しているか不明なので徒労に終わる可能性もあるが、ここから徒歩で行けるところとなると、近いのはガルディア城だろう。
ただそのゲートは、
クロノ・トリガーはとても大好きなストーリーだが、随所にトラウマシーンも多い。
そのうちの一つである「未来」に、少し尻込んでしまう。
というわけで、ガルディア城とメディーナ村にゲートがあるはずだと伝える。
ゲートホルダーについて着想をつけてもらうためにも、一度はゲートを潜ってもらわねばなるまい。
それに、対応の幅を増やすためにも、できる限り早く4人でゲートを潜って、時の最果てに辿り着いておきたくもある。
マールがいないのであれば、カエル・ロボが順当となるだろうか。
方々に考えが飛んでしまったが、選択肢としてはガルディア城かメディーナ村しかない。
だがメディーナのゲートは時の最果てにまだ行っていない現状、プロメテドームに飛ばされた挙句ロック付きのドアに阻まれて、どこにも行けなくて詰む。
動きがある分、ガルディア城からバンゴドームへ飛ぶ方が現実的だろう。
ただ、未来でロボを仲間にできたとしても、仲間は3人だ。何とか中世や原始に飛べなければ、仲間を増やすことができない。
改めて、クロノ・トリガーの物語は緻密に作られているなと感心した。
というわけで、選択肢としてはベターなガルディア城へ向かうこととした。
ガルディア城跡地がどうなっているか、何か得るものがないか、この目で見てみたいというのもある。
「お城へ向かうのね。分かったわ。お城への道には魔物が出るかもしれないけど、こんな指摘必要無いわよね?」
ルッカの問いかけに対して首肯する。何と言ってもこちとら強くてニューゲームだ。
大好きなクロノ・トリガーの世界にいるのに、初っ端から想定外のストレスを受けるハメになってしまったので、ここらで
ルッカは『こういうこともあろうかと』武器やサバイバルキットは持ち歩いているらしい。女性らしい準備など一切必要なく、即座に出発できることとなった。