悲劇の恋じゃない、それは事案だ。と友人に言いたい俺が、なぜか片棒を担がされている 作:えなり
「くそっ、俺の翼が…!」
ロミオがドローンの残骸を抱きしめて嘆いている。その姿は、戦場で相棒を失った騎士のようだ。俺は冷静に辺りを見回す。水風船。つまり、俺たちは完全に警戒されていたということだ。やはり、あの父親か…?
考え込んでいる俺の耳に、ふと、軽やかな声が届いた。ジュリエットの家の庭からだ。俺とロミオは、慌てて公園の茂みに再び身を隠す。
「ツバサくん、ごめんねー!まさか、あんな変な虫みたいなのに当たっちゃうなんて」
「いいってことよ。それより、この水鉄砲、威力やばいな!」
庭に出てきたのは、ジュリエット本人だった。そして、その隣には、サッカーボールを抱えた、快活そうな少年が立っている。歳は、ジュリエットと同じくらいだろうか。
「あいつは…誰だ…?」
ロミオの声が、地を這うように低い。少年は、ジュリエットに「じゃあな!」と手を振ると、颯爽と去っていく。ジュリエットは、その背中を少しだけ名残惜しそうに見送っていた。
「いや、どう見てもクラスメイトだろ。健全な男女交遊だ。お前が口を出す筋合いは1ミリも無いぞ」
俺のツッコミは、今のロミオには届かない。彼は、憎々しげに少年が去った方向を睨みつけている。
「見ただろう、クロン。あの男…ジュリエットに馴れ馴れしく…。きっと、俺とジュリエットの仲を嗅ぎつけた、どこぞの貴族の差し金に違いない。ジュリエットを政略結婚の道具にするつもりなんだ!」
「発想が中世ヨーロッパから抜け出せないのかお前は!あの子は、ジュリエットの家の近所に住んでる、ただのサッカー少年だろ!」
「否!あれは恋敵(ライバル)だ!」
ロミオはそう断言すると、ガックリと膝から崩れ落ちた。
「おお、ジュリエット…!俺という太陽がありながら、なぜ君は、名も知らぬ衛星に目を向けるのだ…!」
「お前は太陽じゃなくて通報案件だからだよ!あと、衛星に失礼だろ!」
最初の城壁である「父親」に加え、今度は「恋敵」という新たな障害の出現。物語は、ますます悲劇の様相を呈してきた。
もちろん、その悲劇の主人公は、ロミオではなく、こんな奴に貴重な休日を費やしている俺自身である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
恋敵(とロミオが思い込んでいる少年)の出現から数日、ロミオは完全に憔悴していた。昼飯に奢ってもらったカツ丼を前に、箸をつけようともしない。
「どうした、食わないのか」
「食欲など、湧くはずもない…。ジュリエットが、今頃あの男と…うっ…!」
「小学生の健全な昼休みに、お前の汚い妄想を重ねるな!」
俺がそう言うと、ロミオはガバッと顔を上げた。
「そうだ、クロン!俺はただ嘆いているだけではいけない!あの男…ツバサとか言ったか。あいつの化けの皮を剥がしてやる!」
「化けの皮って…どう見ても裏表のない、快活な少年だっただろ」
「フン、ああいう奴ほど、裏では何を考えているかわかったものではない。きっと、夜な夜なカエルの解剖などを趣味にしている、冷酷な男に違いない」
「偏見がすぎるだろ!むしろ、お前の方がよっぽど社会的な化けの皮を被るべきなんだよ!」
もはや、こいつの妄想を止めることは不可能だ。俺はため息をつき、現実的な(そして、極めて非生産的な)ツッコミをすることにした。レポート全回収のためだ。仕方ない。
「…で、どうやって化けの皮とやらを剥がすんだよ」
「決まっている。決闘(デュエル)だ。ジュリエットの前で、俺が男として格の違いを見せつけてやる」
「小学生相手に決闘申し込む18歳がどこにいるんだよ。お前が勝っても負けても、お前の社会的信用が地に落ちるだけだ」
「ならばどうすれば…!」
「まずは情報だ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。孫子もそう言っている」
俺はしたり顔で言う。
「あのツバサという少年を徹底的に調査し、弱点を洗い出すんだ。そこを突けば、決闘せずとも、あいつは自滅する」
我ながら、なんと悪辣な作戦だろうか。小学生の弱点を探す高校生二人組。字面だけで警察に駆け込みたくなる。
だが、ロミオは俺の悪魔的な提案に、希望の光を見出したようだった。
「そうか…!弱点…!例えば、ピーマンが嫌いだとか、おばけが怖いとか…!」
「そうそう、そういうレベルの低い…いや、そういうことだ」
こうして、俺たちの次なる目標は「小学生の個人情報(弱点)の不正取得」に決まった。
作戦名は『オペレーション・スネークアイ』。どこまでも、俺たちのやることは陰湿だった。