悲劇の恋じゃない、それは事案だ。と友人に言いたい俺が、なぜか片棒を担がされている 作:えなり
俺とロミオは、ツバサくんが通う小学校の校門が見える電柱の陰に隠れていた。完全に不審者である。職務質問されたら一発アウトだ。
「いいか、絶対に動くなよ。あの子が出てきたら、気づかれないように尾行する」
「ああ…。これが恋の狩りというものか…」
「違う、これは普通にストーカー行為っていう立派な犯罪だ!」
やがて、下校時間になった。生徒たちが一斉に出てくる。その中に、ターゲットの姿を見つけた。ツバサくんは、友人たちと笑い合いながら歩いている。
俺たちは、付かず離れずの絶妙な距離を保ち、彼の後を追った。
まず彼が向かったのは、公園だった。サッカーボールを取り出し、仲間たちと練習を始める。そのシュートは、小学生離れした威力だった。弱点、なし。
次に彼が向かったのは、市立図書館。真剣な顔で、本を読んでいる。どうやら勉強もできるらしい。弱点、なし。
帰り道では、道端の段ボールにいる子猫に「元気でな」と優しく声をかけていた。性格もいい。弱点、まったくなし。
「…なあ、クロン」
「なんだ」
「あいつ、完璧超人すぎないか…?」
ロミオが絶望に染まった声で呟く。俺も同感だ。非の打ち所がない。
その日の追跡は、何の成果もなく終わろうとしていた。だが、ロミオが諦めきれない様子で言う。
「あいつが角のファミリーレストランに入っていくぞ!最後のチャンスだ!」
ファミレスの店内に入ると、ツバサくんは家族と一緒に席についていた。俺たちは、気づかれないように一番遠い席に座る。
「さて、どうする…」
「ヤツの注文を聞くんだ!もし、お子様ランチを頼んでいたら、それを弱点として公表できる!」
「いや、小学生がお子様ランチ頼んで何が弱点なんだよ!」
俺たちが小声で言い争っていると、ふと、ツバサくんと目が合った。まずい、見られた。彼は不思議そうな顔でこちらを見ている。そして、隣に座る母親に何か耳打ちした。
瞬間、母親の目がカッと見開かれ、俺たちの方を睨みつけた。その眼光は、ジュリエットの父親のそれにどこか似ていた。
「逃げるぞ!」
俺たちは伝票を掴むと、猛ダッシュで店を飛び出した。背後から「食い逃げよー!」という店員さんの悲鳴が聞こえたが、今はそれどころではない。
会計は、後で俺が一人で謝りに行った。
◆◇◆◇◆◇
ツバサくんに弱点がないと知ったロミオは、一晩考え抜き、原点回帰の結論に至った。
「やはり、男と男の尋常に、正々堂々たる決闘を申し込むしかない!」
「だから、その発想が時代錯誤なんだって…」
俺の制止も聞かず、ロミオは筆と墨を取り出し、半紙に何かを書き始めた。達筆だが、書いてある内容は支離滅裂だ。
『恋敵・ツバサ殿に告ぐ。我が君ジュリエットを巡り、尋常に勝負致したく、放課後、いつもの公園にて待つ。我が名はロミオ。来なければ、貴殿を臆病者と見做す』
「なんで武士みたいな口調なんだよ!あと、いつもの公園ってお前しか知らないだろ!」
「これをどうやって渡すんだ?」
「無論、我が翼、アイアンバード(修理済み)でだ。ツバサが仲間たちとサッカーをしている、そのグラウンドの真ん中に、この果たし状を投下する!」
もはや、俺にこいつを止める術はない。俺はただ、この茶番が静かに、誰にも迷惑をかけずに終わることだけを祈った。
計画は、すぐに実行に移された。小学校のグラウンドを見下ろせる、いつもの茂み。ロミオは、果たし状を巻き物のように丸め、ドローンの下に括り付ける。
「行け、アイアンバード!俺の覚悟を、あの若武者に届けろ!」
ドローンは、重たげにグラウンドの中心へと飛んでいく。ツバサくんたちが、不思議そうに空を見上げている。果たし状を切り離す、その瞬間だった。
ふと、グラウンドの入り口に、見覚えのある人影が現れた。
ジャージ姿で、腕を組み、仁王立ちしている。
ジュリエットの、屈強な父親だった。
どうやら、ジョギング中のようだった。だが、その目は、一直線に空飛ぶドローンを捉え、そして、ドローンが飛んできた方向——俺たちが隠れる茂みを、正確に射抜いていた。
声も出さない。走り寄りもしない。ただ、静かに、俺たちを、見ている。
その無言の圧力は、どんな罵声や暴力よりも恐ろしかった。まるで、蛇に睨まれたカエルだ。俺もロミオも、金縛りにあったように動けない。
「……クロン」
「……なんだ」
「……撤収だ」
俺たちは、ドローンの操作を放棄し、人生最速のスピードでその場から逃げ出した。
後には、コントロールを失ってグラウンドに墜落したドローンと、ひらひらと舞い落ちる果たし状だけが残された。
ツバサくんが、その果たし状を拾い上げるのが見えた。彼は、首を傾げながら、隣の友人にこう言ったという。
「なあ、この漢字、なんて読むんだ?」