本土絶対防衛線が瓦解し、帝国は未曾有の危機に瀕していた。
呉鎮守府の最終兵器たる戦艦大和は、第六駆逐隊のみを護衛につけ、沖縄に発生した深海棲艦の撃滅へ向かうが……

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戦艦大和をメインにした短編です。基本的にシリアス構成となっています。

オリジナル解釈・設定を多分に含みますので、苦手な方はご注意ください。
旧軍の描写に嫌悪感をもたれる方もブラウザバックお願いします。

艦娘の戦闘はアルペジオ方式となっています。提督は固有名詞です。


剛砲は空に届かず。

 21世紀、某年。

 広島、海軍鎮守府が設置された呉軍港から、瀬戸内海を抜けて南方数海里の洋上。

 黒金の城として勇名を馳せた世界最強の戦艦――大和。46センチ砲三基九門を搭載した、その攻撃的ながらも優美な艦影。本来ならば坊ノ岬沖の海底に朽ちて横たわるはずの「彼女」の船体は、この現代の洋上にあった。

 煙突からもうもうといわきの煙を立ち上らせ、高波を悠々と引き裂きながら28ノットで航行する。排水量七万五千トンを誇るその威容は、とても幽霊船や幻のたぐいとは思えない。しかし、本来その艦内には三千人近くの乗員がいるはずなのに、とある二名を除きほぼ無人で運航していた。

 艦長の居室に白い軍服に身を包んだ壮年の将校と、長身の女性の姿があるだけだった。

「本日天気晴天なれども波高し、ですね提督」

「大和か。気を抜くなよ。奴らはいつ襲ってくるかかわからんからな。それこそ潜水艦に捕まればおまえとて、手の撃ちようが無い」

 乗艦している船の艦名と同じ名前を持つ少女は、湯気の立つ珈琲を提督の前に差し出す。

 貞淑な妻のような、楚々とした佇まい。秘書艦として求められる全てを完璧に満たしているように思われた。

 つややかな長い黒髪を結わえ上げ、桜をあしらった刃金のかんざしでとめている。首元には陛下より賜りし菊花紋章が誇らしげに輝き、Z旗をあしらった腕章を身につけ、左右でちぐはぐな長さのニーソックスを履いている。黒地に白抜きの文字で『非理法権天』と彼女のなまめかしい脚線美に沿って描かれていた。

 すらっとした細身の長身で、不自然なぐらいに胸が大きい。身にまとった装束こそ奇抜だったが、その立ち振る舞いや艶姿はまさしく大和撫子と言った風体だった。

「たとえ潜水艦に付け狙われても、魚雷の五、六本ではこの大和はおくびもしません。太平洋広しといえど我が船体(からだ)に勝る防御力はありません。豪華客船も裸足で逃げ出すような、快適な船旅をお約束します。どうぞご安心を!」

 彼女は誇らしげに、自慢の胸に拳を当てて見せた。

 確かに大和と言えば46センチ砲の攻撃力ばかりが取りざたされるが、その真価は浮沈艦の名にふさわしい鉄壁の防御性能だ。提督の乗艦としてこれほどふさわしい船は無い。

「それにわたし、耳もいいんですよ?」

 バルバスバウにちゃっかり装着されている対潜ソナーのことを言っているのだろう。

「やれやれ、しかし肝心の駆逐艦ちゃんたちがあの様子では……」

 大和が耳に手を当てる仕草をすると、どこからともなくわいわいがやがやと賑やかな声が聞こえてきた。

「海~の娘の艦隊勤務~月月火水木金金~♪」

「あいつら、対潜哨戒は重要な任務だと言い聞かせておいたのに」

「ははっ、有名というのもありますが、がんばり屋の雷らしいチョイスですね」

 戦艦大和の護衛を任された第六駆逐隊の面々が、朗々と軍歌を熱唱していた。

 手拍子や音頭まで聞こえてくるあたりずいぶんと気楽なモノである。

「ああ堂々の輸送船。さらば祖国よ栄えあれ~遙かに望む宮城の~空に誓ったこの決意~♪」

 戦後生まれの提督には全くなじみの無い『暁に祈る』という歌まで流れてきた。おそらく暁の艦名にちなんだ洒落だろう。響に至ってはロシア民謡の『カチューシャ』を歌い出して若干のブーイングがわき起こり、「いい歌なのに……」と、当の本人は若干不服そうだ。

「「「「「守るも攻むるも黒鐵(くろがね)の~

浮かべる城ぞ頼みなる~

浮かべるその城、日の本の~

皇國(みくに)の四方(よも)を守るべし!(なのですっ!)」」」」」

 そしてとどめに軍艦行進曲。今まではめいめい好き勝手に歌っていたのだが、これに限っては参加艦艇全員が大熱狂の大合唱だった。ちゃっかり大和も歌っている。この曲が流れてしまったら艦娘のさがとして歌わずにはいられない。

「「弾撃つ響きは雷の~声かとばかりにどよむなり!」」

「欧州派遣とは言わないが、厳しい航海になる。まあ、無線で歌を朗するぐらい許してやろうと思う」

 艦娘たちの無駄にいさましい歌声をBGMにして、提督はやれやれとつぶやいた。

「そうですね……岬はまだ、遠いです」

 彼女たち鋼鉄の肉体を持つ決戦兵器――艦娘、彼女たちのメンタルケアが提督の主だった仕事だ。しかし、こうして彼自ら乗艦し、戦闘に乗り出すこともある。今回は沖縄の洋上に発生した深海棲艦の討伐が彼女たちの任務だった。

「戦艦1に駆逐艦4の編成だが、いくら潜水艦を警戒するにしても、一航戦の航空支援がないのはやはり痛いな」

 提督は改めて作戦計画を頭の中で練り直した。航空戦力の要である彼女ら正規空母が今回の作戦に参加できなかったのは、前回の本土防衛戦闘で手痛く大破せしめられてしまったからだ。運良く轟沈こそ逃れたものの、高速修復材の枯渇した今、修理にはおびただしい時間がかかる。鎮守府の航空戦力はほぼ壊滅的な被害を受けてしまった。その状況下で沖縄に敵の航空基地が建設中という情報を得て、なんとしてもこれを阻止せんと臨時艦隊が結成されたのであった。

「虎の子の戦艦大和を投入。航空戦力による援護もなし」

「坊の岬を、思い出しますね」

 提督のつぶやきに、大和の名を負った少女は身震いした。

 坊の岬沖海戦。戦力の瓦解した帝国海軍が一億総特攻の魁(さきがけ)として企図した、最終兵器たる戦艦大和以下数隻の軽巡駆逐艦のみで編成された沖縄本土に対する決死作戦。

 そこで彼女は航空戦力の援護も無く、アメリカ海軍空母11隻、航空機のべ386機の猛攻を一身に受け、数時間にわたる死闘の末、坊の岬沖に撃沈せしめられた。歴史には帝国海軍の終滅として綴られるエピソードの一つだ。時に美談として、彼女の伝説的な英雄譚として語られ、あるいは何も知らぬ後の世の人間は無意味で無謀な特攻作戦として嘲笑った。

「縁起でも無い」

「あのときのことは永遠に忘れはしません……」

 様々な感情がその胸裡に去来する。このうら若い女性が70年前の戦争を知るよしも無い。しかし、彼女は艦娘。紛れもなく軍艦大和、本人なのだ。

 様々な恨みつらみ、憎しみや悲しみを背負って現代に黄泉還った砲艦なのだ。 

 戦後の人間は旧軍の兵器と言うだけで忌み嫌い、唾棄し、日本にまともな戦闘艦など、そもそも存在すらしていなかったのだという口ぶりだ。平和主義の名の下に行われる、数々の悪し様な物言い。本来なら護国の英雄としてまつられてしかるべき彼女らにとって、歴史の闇として葬られること、それはあまりにもむごい仕打ちだった。

 その名を語り継がれることも無く、ただ悪として一方的な断罪を受け続けてきた。

 それによって生まれた情念が凝り固まり、彼女たちの肉体を復活させ、再び戦鬼として砲を掲げたのだった。たとえそれを望むモノが久しく絶えたとしても。

 艦娘と深海棲艦との間に、本質的な違いなど存在しないのだ。

 人類に与するか、仇をなすか。その程度の線引きでしかない。

 彼女たちを突き動かすのは、重油でも石炭でも無く、その身に宿った怨念なのだ。

 戦勝国の艦艇は敗戦の汚辱を知らないが故に、艦娘として顕現することはない。

 確かに、敗北を喫して海中に没した艦艇は戦勝国にも数多くあるだろうが、すべからく後世に語り継がれ、手厚く弔われていたため無念が募った艦は多くなかった。

 それ故に、この奇妙な『戦争』の戦力は、皮肉なことにかつての敗戦国が担うことになっていた。中には大戦も知らないくせに顕現してしまった脳天気なやつもいるが(もしかしたらそのうちアイオワあたりが参戦してくるのでは? とか提督は思っている)

「むむ……? 提督。目視距離におそらく人類側の艦艇が数隻」

「深海棲艦の電波妨害があるにせよ、目視距離まで大和の電探にかからないとは、さすがのステルス性だな」

 大和が受信した音声通信が艦内に放送される。

『こちらアメリカ海軍第七艦隊、第五空母打撃群。ミニッツ級航空母艦ジョージ・ワシントン旗下六隻。貴艦の航海の無事を祈り、当該海域までエスコートさせてもらう。戦艦大和、お目にかかれて光栄に思う』

「馬鹿な!? みすみす命を棄てるようなモノだ! 回頭しろ! 横須賀に帰るんだ!」

 深海棲艦との戦闘において、ハイテクと高性能を極めた現代兵器は戦術上一切通用しない。通常艦艇の出番があるとするならば、補給など銃後の兵站を担うか戦術情報処理、もしくは……敵をおびき寄せるための釣り餌でしか無い。

「我々の要請が無い限り、貴国の海軍が帝国の領海内で軍事行動を取ることは一切許可できない。ただちに、帰還せよ。これは警告である。我が剛砲の前に、形留める艦は無いと心得よ」

 状況を確認するため、提督は大急ぎでエレベーターに乗り込み、艦橋へと向かった。

 その最中、大和は極めて流暢、かつ硬質的な英語で米軍艦艇に通信していた。

 艦橋に上がって周囲を見渡してみると、三基の46センチ主砲が同航してきたジョージ・ワシントンに向けられる。

「大和! 何も46センチ砲を向けることは無いだろう! 彼らは友軍だぞ!」

「いいえ、これはれっきとした内政干渉です。毅然とした態度で臨むべきでしょう」

「ふざけるな! 命を賭して参じてくれた奴らに鉄の雨を降らせて追い返すなど!」

『大和が砲をこちらに指向しています!』

『いったい何が起きてるんだ!?』

『まさか攻撃の意図が!?』

『艦長! 先制攻撃を!』

『ハープーンが通じる相手ではない! ファランクス迎撃準備!』

『あんなモノ喰らったら木っ端みじんだぞ!』

『この距離では回避できない!』

 そのとき米艦隊は驚天動地の大騒ぎになっていた。

「提督、ご安心ください。有視界内の砲戦なら、この大和に勝るモノなど在りません。あんな装甲も無いような薄っぺらい空母なんか、一撃で海の藻屑にしてごらん入れましょう」

 艦娘の船体(からだ)は基本的に深海棲艦のそれと同じである。よって、たとえ核兵器を用いたとしても今の大和には傷一つ負わせることはできない。彼女の手の先にあるものは一方的な殺戮にしかなりえないのだ。

「憎しみに駆られて妙なまねはよせ!」

「苦しかったです。まるで鳥葬のようでしたわ」

 彼女の言葉を提督ははかりかねていた。それは70年前のことか、それとも「あのとき」のことを言っているのか。

 ――しかし、それでは深海棲艦と同じでは無いか!?

(帝国、ひいては世界最強の誉れを受けて産まれたこの躯が、ハゲタカについばまれジワジワと損じていく感覚。何の戦果を上げることもできず、敵艦と直接砲火を交えることすらかなわずに轟沈した屈辱。私は戦艦としての存在意義を全否定され、小バエのような航空機に良いようにしてやられました)

「ああ、憎きアメリカの航空母艦。貴奴らに直接砲弾を叩き込む日をどれだけ待ちわびたことか。それがようやく、この砲(て)の届く射程内(ところ)まで……! 嬉しいです……!」

「『大和』の呪いに我を忘れたのか――!?」

 砲塔内部の揚弾塔から全自動で46センチ砲弾と薬嚢が運搬され、砲尾から装填される。

「やめてくれ撫子――!」

 提督は背後から少女を抱きしめ、悲痛な声で懇願した。

 少女の脳裏にあの日の光景が呼び起こされ……。

 

 

 ――数年前。

 場所は坊の岬沖。戦艦大和がその巨体を海底に横たえる、墓標もない洋上。

 金剛型戦艦四隻や長門、陸奥。一、二、五航戦など六隻の正規空母。帝国海軍の主力艦艇を含めた、かなりの数の艦船がそこに終結し、さながら観艦式の様相を呈していた。しかし、そこにいる彼女たちに誇り高い勇猛な雰囲気は感じられず、ただただ沈痛な雰囲気が水面に漂うばかりであった。

「大和は一応船体が残っているからねー。そこに彼女の魂が定着すれば、わざわざ建造する手間が省けるって話ですよー」

 いつもははつらつとしている金剛も、この日ばかりは少しばかり沈みがちだった。

 大和に供されるという例の少女は、本土防衛戦の時の犠牲者で、金剛たちが護りきれなかった人たちの中の一人だからだ。

「ワタシは戦艦ですけど、やっぱり人が死ぬのはツラいデース……」

 彼女とて元は人間、今となっては本当の名前すら忘れてしまったが。

「お姉様、次は絶対に勝ちましょうね……!」

 比叡が言い、他の姉妹たちも拳を握って賛同した。

 その『前』は先の大戦を指しているのか、それとも『次』の本土防衛戦を指しているのか、金剛には少し理解しかねた。おそらく同じような意味合いが込められているのだろう。

 ――絶対に、今度こそ守り抜いてみせる。

 

 

 儀仗隊が執銃礼し、その最前列で提督が沈痛な面持ちで軍刀を掲げていた。

 傍目から見たら、厳かな軍葬が執り行われている最中だった。

 日章旗のかけられた棺が、今まさに水葬されようとしているところだ。

 深海棲艦との戦闘で亡くなったとある少女の亡骸。

 奴らに好きなように内蔵を貪られたため、遺体の損傷は酷いモノだったが、顔は不思議なぐらいに綺麗なままだった。花に囲まれ、死化粧をしたその姿は、もの悲しくも、文字通りこの世のモノとは思えない美しさだった。

 こうして転生の儀へ供されること、それは彼女――山都撫子の遺志だった。

 彼女の生前の笑顔が想起され、こみ上げてくる感覚を必死に押し殺した。

 本土絶対防衛線が瓦解し、深海棲艦が上陸を開始したとき、提督は臨時に海軍陸戦隊を組織して海岸線の防衛にあたっていた。自ら陣頭指揮を執り、避難誘導に当たっていた提督の目の前で、彼女は殺されたのだ。

 守れなかったという後悔と無力感。軍艦に魂を定着させ、再び兵器として黄泉還らせるという禁断の儀式。そんなモノが贖罪になるとはかけらも思ってはいなかった。

(君は私を恨んでいるだろうか)

 そうであったならば、どれだけ救われただろうか。

(おそらく君なら、笑って私を赦しただろう)

 しかし、それでは自分で自分を赦せなくなる。

 

 

 棺が、亡骸が、思い出が水底へと沈んでいく。

 金剛たちは挙手礼のままそれを見送り、空に向けて主砲を撃ち放つ。

 まばゆいばかりの閃光と轟音がわだつみを響(どよ)ませる。

 彼女たちの魂が天に召すことはない。最期の時が来れば、冷たい海の底で朽ち果てる運命だ。これから軍艦に魂を捧げる彼女も、また同じである。

 弔砲を撃った後、金剛四姉妹はすかさず徹甲弾を装填する。

 主砲がじわりじわりと旋回し、金剛型四隻のキルゾーンが収束していく。

「彼女は最強の戦艦ですが、それ故に最強の呪いを持った深海棲艦に生まれ変わる可能性がありますので」

 霧島が表情を曇らせながら、眼鏡に手をかける。

「はい、榛名は大丈夫です……」

 まるで自分に言い聞かせるように、覚悟を決めるようにつぶやく榛名。

「お姉様、もし大和が敵になったとき、私たちで勝てるんでしょうか……?」

 比叡が心配そうに金剛に問う。まるですがるような表情だった。

「正直、難しいと思いまーす。言ってしまえば天地がひっくり返っても無理でーす。たとえ私たち金剛シスターズが束になったとしても、相手はあの大和デース……。スペックが違いすぎまーす」

「ひぇー」

「46センチ砲艦を沈められるのは、46センチ砲艦だけですからね……」

 考えるよりも先に手が出る霧島も、こればかりは覆せない事実を述べるしか無かった。

 それは彼女たちにとって世界の理そのものだった。だからこそ、列強各国はこぞって巨大戦艦の建造に躍起になっていたのだ。最強の戦艦を保有する国が、世界の海を支配する。たとえ航空機主体の世界になるとわかっていても、海戦における戦艦の存在は当時で言うと核兵器と同じぐらい重要な戦略兵器だった。

「攻撃力、防御力において全ての面で大和に敵う艦はありません。私たちが勝っているところと言えば、ほんの数ノット船速(あし)が速いと言うことだけ……それも微々たる差です」

 いざとなったら、提督をお連れして逃げた方が……。榛名は言外に告げてくる。

「提督を信じるしかありませんねー」

 金剛たちの主砲が指向する先で、静かだった洋上が急に沸き立ち始めた。

 巨大な渦潮が巻き起こり、周囲の艦艇はそれに飲み込まれたらたまらないと次々に退避を始める。まるで艦が沈没していくときのような光景だったが、これはその逆、再誕の産声である。爆音を上げながら、まるで急速浮上する潜水艦のように、戦艦大和の船体がしぶきを上げて海底から顕現した。

 連合艦隊旗艦、長門の艦上で、提督はその光景を見守っていた。

『艦影は戦艦大和に間違いありません! 装甲表面に浸蝕の形跡は確認できず!』

 喜色ばんだ水兵の報告がその場の空気を弛緩させる。艦娘は外見上の差異で深海棲艦との区別がつく。洋上の彼女の姿は、誰もがよく知る戦艦大和の艦影そのものだった。彼女の意思は人類に味方してくれている。

「……成功だ。ヘリを出せ! 私が乗り込む!」

 提督は長門の航空機格納庫から引っ張り出してきたSH-60Jに乗り込み、大和の後部甲板へと向かう。

 近づいてみると恐ろしく巨大な船だった。当然、カタログスペックはいやというほど頭に叩き込んでいたが、こうして本物を間近で見たのは、現代の人間では彼が初めてと言うことになる。まさしく黒金の城と言った威容に、圧倒されてしまった。それと同時に、なんて美しい船なんだろうと思った。長門や金剛も相当立派なものであったが、やはり戦艦の到達点と言える調和の取れた端正な船体は、見る者を魅了してやまない。

「お待ちしておりましたわ、提督」

 甲板に降り立つと、先ほど水葬したはずの少女が、生前のままの姿でそこにあった。

 凜とした面持ちで、軍人然とした見事な挙手礼で提督を迎え入れる。

 提督の知る彼女は地方人(民間人)だ、こんな堂の入った敬礼をするような娘ではなかった。悪ふざけで照れ笑いをしながら、ぎこちなく提督のマネをしていた頃が想起される。

「戦艦大和、推して参ります。この大和、提督のご期待に必ずや応えてご覧に入れましょう」

 そこに居たのは、かつて彼の知る少女ではなかった。

 去来する様々な感情を押し殺して、提督は他の艦娘に対する時と同じように、毅然とした態度で答礼した。

「貴艦が戦列に加わってくれれば、人類の勝利は約束されたようなものだ。貴官の奮励努力を期待する」

「提督……一つ伺いたいことがあります」

「なんだ」

「どこかでお目にかかったことは……」

 もはや人間だった頃の感情や記憶は残っていない。

 提督の顔も、二人で過ごした思い出も、すべて冷たい水底に沈んでしまった。

 桜の下で、将来を誓い合った、あの日のことさえも。

「俺は戦後の人間だ。先祖に戦艦乗りが居たという話も聞かんな」

「はっ、失礼いたしました」

 これが彼女の願い。人類の希望。

 それでいい、それでいいんだ……。

 

 

 前後不覚に陥るほどの轟音が巻き起こり、提督の意識は無理矢理に浮上させられた。

 大和の主砲発射時には、甲板にいる人間が跡形もなく消し飛んでしまうほどの衝撃波が発生する。戦艦を駆り、数々の海戦を経験してきた提督にも、これには頭をたたきのめされたような衝撃を受けた。再び意識を手放しそうになってしまう。

 なんてことだ、提督は絶望的な気持ちで洋上のジョージ・ワシントンを視認した。

 しかし、海戦ではそれこそ手の届くような距離にいる現代の正規空母は無傷のまま、それどころか水柱一つ立っていない。水面はつとめて穏やかなものだった。

「あはははは! 見てくださいよ提督! 奴らの慌てふためきようったら! 傑作です」

 少女はケラケラと腹を抱えて笑い転げていた。米兵たちが織りなす鬼気迫る無線の一つ一つを傍受していたのだろう。

「礼砲です、これでアメリカ海軍の皆様には、こちらに敵意が無いと言うことが伝わったのでは?」

 大和はまなじりに浮かんだ涙をぬぐいながら、冗談めかしたことを言ってきた。

「自動装填で次弾発射まで一分もかからんくせに」

 かつての敵国に対する悪辣な意趣返しを、提督はいさめることすらできなかったのだ。

 艦娘が反旗を翻せば、人類はたちまち滅びてしまうという事実を突きつけられたような気分だった。提督としてわざわざ乗り込んではいるが、大和を御する手段など実のところ彼は持ち合わせていないのだった。できることと言えば、国家の威信に関わるような彼女の『イタズラ』の尻ぬぐいをすることぐらいだった。ともすればれっきとした示威行為だ。

「先ほどはうちの艦娘が『失礼』した。貴国の意向は理解した。貴艦隊の援護を感謝する。しかし、くれぐれも無理はしないでくれ。深海棲艦の息の根を止めるのは我らが艦娘の役目」

 周囲に展開したタイコンデロガ級イージス駆逐艦が、ご自慢の速射砲で答礼してくる。

 たとえそれがすべて実弾だったとて、127mmでは大和の装甲に傷一つつけられないが。

『ああ、きっちり支援してやるぜ、司令官を殴ってきたんだ。何もせずに帰れるか!』

 ジョージ・ワシントン艦長の肝を冷やしたような声が無線から聞こえてくる。冷や汗をぬぐう仕草が無線越しにありありと想像できた。

『そうだ! 70年前はどうだったかしらないが、今となってはトモダチだからな!』

『ロートルにばかりいい顔はさせられんからな! こちらの娘(ふね)もべっぴん揃いだ』

「調子の良い奴ら。自分の都合しか考えていないくせに……」

 そう皮肉った大和だったが、少しばかり暖かい声色が混じっているような気がした。

 実のところを言えば、発射されていない三番砲塔には対艦弾頭が装填されていた。

 彼女は知らないはずの自分の名前を呼ばれたような気がして、ぎりぎりのところで殺戮を思いとどまったのだった。想起されたトラウマで自らを追い詰め、深海棲艦に堕してしまう艦娘は驚くほど多い。それを未然に阻止した自らの功績を、提督自身は自覚していなかった。

 そのとき、けたたましい警報が全艦隊の間で鳴り響いた。

『電探に感あり! この気配、間違いなく深海棲艦よ!』

 周囲で哨戒行動に当たっていた第六駆逐隊の面々から緊急入電。

『こちらでも確認した。しかし、妙だな……?』

『この反応は異常だ! まるで島じゃ無いか』

 日米両軍の艦隊に動揺が走る。深海棲艦と言えば圧倒的な物量が売りだ。単艦で攻めてくることは稀といっていい。しかし、それにしてもこの巨大な反応は何だ?

『戦闘空中哨戒(CAP)中の戦闘機隊から入電!? 敵艦を目視で確認したようです!』

『艦種は!? 艦種は判明したか!?』

『それが……』

『なんだ! 早く報告しろ!』

 オペレーターが言葉を濁らせ、それを艦長が先をせかす。

『レ級……相手は新種の戦艦、レ級です!!! 表面装甲に紅の斑紋……あれはエリートです! 駆逐艦を多数引き連れています!』

 オープンチャンネルの無線に、オペレーターの悲鳴のような絶叫がこだまする。

『ジーザス……!』

 その海域にいる者すべてが天を仰ぎ、己の運命を呪った。

 あの悪夢の九州戦役において、たった一隻で本土絶対防衛戦を崩壊させ、あの大和級戦艦二番艦の武蔵をも完膚なきまでに破壊せしめた、洋上の悪魔。その後、防衛戦力の消滅した九州に大挙として押し寄せてきた深海棲艦が上陸し、三千万人の国民の命が失われた。

 16インチ三連装砲に加えて、スーパーキャビテーション魚雷シクヴァールに酷似した凶悪な超高速雷撃能力。そして正規空母の艦載機運用能力を遙かに凌駕する、のべ180機の艦載機を同時に繰り出してくる。

 事実上の人類側の最強兵器である大和型戦艦すら軽々と消し飛ばしてしまうほどの、まるで矮小な人間を嘲笑うかのような超々巨大戦艦だった。一時期米軍で計画されたメガフロート空母を遙かに上回るサイズで、まさに要塞島のような威容を振りかざしている。

 まるで悪夢を具現化したかのような超武装。奴の存在は人類の滅亡そのものを示唆していた。

『高速深海魚雷来ます!!!』

 各艦が全速力で迫り来る魚雷を回避するが、運悪く蝕雷してしまったイージス巡洋艦がまるで木の葉のように吹き飛んだ。防御力を考えられていない現代艦だが、それにしても恐ろしいまでの威力だった。あれを喰らえばこの大和とてただでは済まない……。

『シャイロー轟沈! アンテータムが救助に向かいます!』

『第15駆逐隊は対空戦闘開始! 第102戦闘攻撃飛行隊から順次発艦せよ!』

「奴は40センチ砲艦です。この大和の主砲を至近距離で直撃させることができれば、まだ勝機はあります」

 大和は意を決してつぶやく。それが自らに課せられた死命なのだ。

 実際、レ級との戦闘で同型艦の『武蔵』は甚大な被害を被りつつも、航行不能に陥り傾斜復元不能になるまで、死にものぐるいの46センチ主砲を弾薬尽きるまで叩き込んだ。その鬼気迫る戦闘によって、からくもレ級を退けることができたのだ。武蔵が居なければあのとき日本列島は消滅していただろう。その代償として、本土防衛の要である武蔵は今も航行すらままならない状態だ。疲弊した帝国海軍におそらく次は無いと思われた。

「撤退はありえない。此処で奴を没せしめなければ、帝国に、ひいては人類に未来は無い」

 提督は作戦を了承し、大和に指示を飛ばす。

「目標、戦艦レ級! 戦艦大和! 推して参ります!」

 ハニカム構造の煙突から重油の煙が猛烈に吐き出され、オールギヤードタービンがうなりを上げて回転数を上昇させる。戦艦大和を中心に据えた突撃陣形だ。後詰めとしてアメリカ海軍第七艦隊が防空戦闘を担当する。

「さぁ、いくわよみんな! 司令官に第六駆逐隊の底力を見せるのよ!」

「第一艦隊、第一水雷戦隊、第六駆逐隊! 行きますよー!」

「おー! なのですっ!」

「うらー!」

 第六駆逐隊はその機動力を生かして、敵駆逐艦を牽制、レ級に肉薄して雷撃を叩き込もうとしていた。周囲の駆逐艦に正確に砲弾をお見舞いしていく。メンタル面ではお子様だが、彼女たちも九州戦役を生き延びた歴戦の駆逐艦に変わりは無かった。まるで舞い踊るような流麗な連係攻撃を前にして、異形の敵駆逐艦は戦列を乱されて次々に落後していく。

 それに負けじと、アメリカ海軍のアーレイバーグ級イージス駆逐艦部隊が続く。絶対不可侵の盾を持つイージス艦隊は百発百中の命中精度を誇る速射砲とVLSで全周囲に攻撃を加えていく。艦娘に向かう砲弾すら空中で撃墜した。完全に敵を撃破することはかなわくとも、艦載機の行動を著しく制限して第六駆逐隊を護った。

『ミサイルで花道を用意した! エスコートさせてもらうぜレディース(お嬢さん方)!』

 暁はその言葉にいたく感銘を受けていた。

「ちょっと今の聴いた!? アメリカ人にも話のわかる奴が居るじゃないのよ!」

「はいはい、姉さんは素敵なレディだよ」

 響がやれやれといったように同意する。

 

 

 迫り来る180機の艦載機に対して対空戦闘が開始された。対して、こちらの航空戦力であるミニッツ級航空母艦の艦載機搭載数は多く見積もっても90機が良いところだった。性能も楽観できるほど離れていない。

 アメリカ海軍の主力であるF/A-18E/Fスーパーホーネットを初め、最新鋭機のF-35CライトニングⅡや退役したはずのF-14Dスーパートムキャットが次々に空母から発艦していく。

 それに続いて大戦期のレシプロ機であるはずのコルセアやヘルキャットやスカイレイダーまでジョージ・ワシントンから発進しているの見ると、何かの冗談にしか思えなかった。古けりゃいいんだろ? というよくわからない理論でそこで働く退役軍人ごと航空博物館を引っ張ってきたとでもいうのか(たぶん出回っている民間機をかき集めて武装したんだろう)アメリカ人はこういうノリが大好きだというのは知っていたが、ハリウッドの世界だけにして欲しいものだった。本気でそのうちミズーリが艦娘としてはせ参じてきそうな勢いだ。

 スカイレイダーの放った無誘導爆弾や魚雷が次々と敵駆逐艦に着弾し、火柱を上げながら轟沈していく様子を見るとやはりレシプロ機の攻撃は深海棲艦にも通用するらしい(どういう原理かは知らないが)。スカイレイダーはアメリカ版流星改と言える攻撃機だ。兵器搭載量は流星の四倍の三トンにも及び、運べない物は事実上存在しないと言われている(便器やキッチンや核爆弾も載せたことがある)冗談のようなレシプロ機だ。搭乗している白ヒゲのじじいどもが調子に乗って大和の上空でバレルロールを披露するが、おまえたち妖精じゃ無いんだから無理しないで欲しいと思う。爆弾を落として身軽になったスカイレイダーの攻撃隊から大和の直援につくという打電が飛んでくる。配達が終わったならさっさと帰れと返信したが、そんなものどこ吹く風といった具合に機銃が火を噴き、敵艦載機を見事に撃墜していく。露払いとしては良い仕事をしてくれるじゃないか。

「180機の艦爆が何よ! こちとら386機の艦載機と渡り合ったのよ!!!」

 大和が吠えるのと同時に、対空散弾砲が激発して空を覆い尽くす。ハリネズミのような無数の機銃座が火を噴き、鋼鉄の暴風雨にさらされた敵の飛び魚艦爆が次々と墜ちていく。

 250キロ爆弾が主砲に直撃するが、そんなもの屁でも無いと弾き返した。装甲板がへこんだ程度でたいした損傷は見られなかった。

「我が装甲は絶対無比! これしきのことで沈みはしないわ!」

 

 

「あっ!」

 おとりとして立ち回っていた暁がついに被弾し、黒煙を上げながら大爆発する。

「駆逐艦暁の行き足が止まりました! アレでは良い的です!」

 事態を確認した大和が叫ぶ。

「お姉ちゃん!? お姉ちゃん!!!!」

 電が泣きじゃくりながら彼女に駆け寄ろうとするが、それを雷が制する。

「ここで戦列を停止するわけにはいかないわ!」

 まなじりに涙を浮かべながら頭を振る雷。

「救助は許可できない。このままレ級に対して突撃を続行する」

 提督は大破した暁を見捨てる決断を下す。

「提督! そんな!」

 操艦に全神経を注いでいた大和が思わず振り返る。

「ここで退けば、今度こそ帝国は終わりだ!」

 提督は血がにじむほど拳を握りしめていた。

「こちら……駆逐艦暁……司令官、あたしにかまわず……行ってください」

 暁から入電、ノイズが多い。

「ほんとに司令官はしょうが無いんだから、レディーの暁が何とかしてあげないとねっ!」

「……すまない。九段で会おう」

 ぼろぼろになりながらも対空砲火を続行する暁を横目に、提督は艦橋で挙手礼をした。

 その間も大和は30ノット近い速力で突撃を続ける。彼女に迫るレ級の砲弾が、イージス駆逐艦の速射砲により撃墜され、艦橋のすぐ近くで大爆発が巻き起こる。

 ガラスの破片が飛び散り、こめかみに突き刺さろうとも提督は動揺しなかった。

(こんな所で沈むの、いやだよぉ……)

 暁の艦影が視界の隅に消えようとしたそのとき、弾薬庫に誘爆したらしい。大爆発と衝撃波が到達した。

 提督と大和は振り返ることすらしなかった。あふれ出る涙を無理矢理にぬぐい去る。

「魚雷接近!」

 正面から迫り来る魚雷を前にして、大和はめいっぱい舵を切って回避しようとする。

 が、しかし、その回避した先にもレ級の超高速魚雷が迫っていたのだ。あれを喰らえば、いくら大和でもただでは済まない。

「あぶなーいっ――!」

 駆逐艦雷が大和に向かっていた魚雷の航跡に割り込んだ。雷の艦首が大爆発し、舳先の構造物のほとんどが消失した。

「……司令官が無事でよかったわ」

「雷っ!」

 目前で爆散する雷に前のめりになる提督。

「大丈夫よ、司令官ならできるわっ! あたしがいるじゃない……!」

 いつもと同じハツラツとした声で、笑顔を浮かべる雷。

 次の瞬間、彼女の船体が横転し沈没した。

(司令官、どこ……? もう、声が聞こえないわ)

 雷の轟沈に動揺していた電は、響とポジションを交代した直後、自らも被雷してしまう。

「あっ!?」

「電ァァァァ!?」

 響の目の前で高速魚雷が命中し、竜骨を真っ二つにへし折られて大破甲する電。

 絶望を孕んだ叫びがむなしく響くだけだった。電はあまりの暴力を前にして走馬燈を浮かべるいとますら与えられずに絶命した。

(次に生まれてくる時は……平和な世界だといいな……)

「くそっ――!」

 響は全速中の全速で砲火の中を走り抜けた。その速力は実に45ノットにまで達し、オールギヤードタービンが悲鳴を上げて粉々に砕け散ろうとしていた。12・7センチ連装砲はすでにへし折れ、痛々しい傷口を波風にさらしている。対空砲火は完全に沈黙していた。

「ウラーァァァァ!!!」

 絶対によけられない、そんな距離に船体を滑り込ませ、絶叫とともに必殺の酸素魚雷を撃ち放つ響。帯状に射出されたすべての魚雷がレ級の側舷に突き刺さり炸裂する。

 しかし、彼女たちの捨て身の決死攻撃を嘲笑うかのように、レ級は全くおくびもしなかった。もはやあれは船というカテゴリーを超越しているのかもしれない。

 まるでまとわりつく小バエを払いのけるような緩慢さで、16インチ三連装砲のゼロ距離射撃を叩き込まれた響は、なすすべも無く木っ端みじんにされて船体を折った。

 艦橋で絶望的な表情を浮かべたままうちひしがれていた響は、姉妹たちの笑顔を思い浮かべながら業火に焼かれ、海中に没していった。

(ダスヴィダーニャ……)

 

 

「提督、第六駆逐隊が……!」

 大和が涙声で悲鳴を上げる。

『こちらジョージ・ワシントン! 飛行甲板をやられた! 艦載機発着艦不可能!』

 そのとき、視界の隅でアメリカの航空母艦が炎上しているのが見えた。

「なんだと!?」

『航空隊は宮崎空港へ避退しろ!』

 このままでは航空戦力が総崩れになってしまう。奮闘していたイージス艦隊も次々に黒煙を上げて戦列から離れていく。戦闘開始からかなりの時間が経過していた。

 生き残った艦娘は大和一隻のみ。それもすでに数発の500キロ爆弾の直撃を喰らい、側舷を高速魚雷に食い破られ、彼女の抗湛性を支える膨大な予備浮力もそろそろ限界が近い。艦が傾斜を始め、これ以上傾けば主砲の発射は不可能になる。

 私はまた沈むのか。沖縄の海を見ることは叶わないのか。

「そんなことはない……わたしはまだやれるわ――!」

 生き残った砲塔を起動し、決死の思いで空に手を伸ばす。今度こそ――!

 唸れ剛砲よ。あの空に届いてくれ。まだここで沈むわけにはいかないのだ。

 いつかの誓いを果たす時まで……!

 斃れた戦友(とも)の託した想い。この魂ごと散華せしまに、ご覧入れましょう。

(アイツにできたのなら、わたしも……!)

 ――全てを撃ち砕く力となれ!

 レ級の放った砲弾が直撃コースを描いて飛来してくる。

 大和はとっさに艦首の錨を海に放り投げた。

「うぉぉぉぉ!!!!」

 手負いの船体がへし折れそうなほどの衝撃が襲う。投錨によって無理矢理船体をドリフトさせた大和は、側舷にすべての46センチ主砲を向けていた。

「ようこそ、人類最強のキルゾーン……戦艦大和の側舷へ」

 提督がつぶやく。

「撃てぇぇぇ――!!!」

 剛砲が一斉に炎を上げ、艦が横転してしまいそうな反動を必死に押さえ込む。

 放たれた九一式対艦徹甲弾が寸分違わぬ軌道を描いて戦艦レ級に直撃する。

 横腹の装甲を1500キロの重砲弾がその暴力的な運動エネルギーを持って易々とぶち破る。あれをまともに喰らって形を留めていられる構造物はこの世界に存在しない。

 まるで怪物の断末魔のような爆炎が何度も何度も立ち上り、誘爆を繰り返す。

 黒煙をあげて傾斜していく最凶の深海棲艦。ダメコンの耐久値が一瞬で振り切れ、重量配分が崩れた船体は自重でへし折れる。周囲の海水をたらふく飲み込みながら怪物は海底へと沈降していった。

「勝った……? 俺たちは、勝ったのか!?」

 勝ち鬨の声が盛大に立ち上る。無線がパンクするほどの歓喜が洋上を包み込む。

 そんな熱気の中、大和と提督はただぽかんと放心していた。

 やがて事態を飲み込むと。気の抜けた笑みをお互いに向け合った。二人ともぼろぼろで酷い有様だったが、どことなく晴れやかな心持ちだった。

 

 

 あの後、沖縄に到達した大和たちは米軍基地のドックで修理を受けることになった。幸いなことに、深海棲艦側の戦力はあのレ級を旗艦とした迎撃艦隊のみで、それが大和に撃破されたことを悟ると南方の前線基地までさっさと後退したらしい。

「わぁ、沖縄では、まだ桜が咲いてるんですね」

 いつもと違って大和は振り袖に丸っこい下駄を履いていた。

 桜吹雪の舞い散る下で、唐傘をくるりと回している。

 彼女の本体は今でも米軍のドックで修理中なので、非番をもてあましていたのだ。

「南国には似合わない風景だな」

 いつも通り白い制服に身を包んだ提督が彼女の横に寄り添う。

「どこでだって、桜は桜ですよ」

「ああ、綺麗だ……。綺麗だよ」

 提督は視界に大和の艶姿と桜並木を納めて言った。

 ややあって、提督は意を決して口を開く。

「大和、結婚してくれ」

 震える手で指輪を差し出す。大和は目を白黒させて、口元に手を当てていた。

 こうして清水の舞台から飛び降りる気概で告白してみたはいいものの、正直どうせ断られると思っていた。こんなさえない男がこんな美女に、しかも世界最強の戦艦である彼女に釣り合うわけが無い。それにもう彼女は昔の自分のことなど覚えてはいないのだから。下手したら46センチ砲を向けられても文句は言えない。

「……わたし、戦後は呉で記念艦として余生を過ごすのが夢なんです」

 命かけでプロポーズしたのに、大和は唐突にそんなことを言い出した。

「戦争が終わって、戦艦がお役御免になるその日まで。私は、沈む気はありません」

 そう言って大和は提督に向き直った。満面の笑みと涙を浮かべて。

「よろこんで、お受けしますわ――さんっ……!」

 ここに来て初めて、大和は提督の本当の名前を呼んだ。

「撫子……おまえ記憶が戻って……!?」

 提督は驚愕し、その事実を確認しようとしたが。

「あー大和ずぅるっーぃ! 提督と結婚するなんて! わたしというものが居ながら!」

「まあ、お似合いなんじゃないかな……」

「はわわ! お祝いなのですっ!」

「暁だって、いつか素敵なレディーになるんだからね! 待ってなさい!」

 かしましい第六駆逐隊の面々が二人をはやし立てた。大事な場面だというのに、小うるさい連中に囲まれてしまったなと、提督は困り顔を浮かべた。

 轟沈した艦娘を一度だけ助けることができる不思議なお守りがあった。

 彼女たちはその護符をダメコンの名で呼び習わしていた。激戦になることを見越して、提督はあらかじめ耐久力の低い彼女たちにそのお守りを持たせておいたのだ。

 海底から復帰した彼女たちはそれはもうぼろぼろで、痛ましい限りな有様だったが米軍によってなんとか曳航され、今では大和と一緒にドックで修理を受けている。

 元々艦娘は不思議な力で護られていて、ちょっとやそっとでは轟沈しないのだが。今回 ばかりは相手が強力すぎたらしい。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。それでも、彼女らを見捨てることに心が痛まなかったわけでは無い。

「ふふっ、駆逐ちゃんたちも大人になれば、いずれ結婚できますよ」

「なにそれー! 勝者(おとな)の余裕!? ねえ、しれーかーん! 雷も指輪が欲しいわ!」

「あーわかったわかった。縁日で買ってやる。な、暁?」

「なんで、わたしに振るわけ!? お子様じゃ無いんだからね!?」

「暁がいらないなら、わたしがもらおうかな」

「ちょっと響!?」

「大和さん、お幸せに、なのですっ!」

 正直、戦争の行方は誰にもわからなかった。

 それほど楽観視できるような状況で無いのは確かだ。だが、それでも。

 

 

 ――彼女と、彼女たちと、共に歩んでいこうと思った。

 

 

 

剛砲は空に届かず

されど、この想いはここにあり

 

 

 

Fin.

 

 




読了誠にありがとうございました。
ヒトコトでもかまいませんので、感想等いただけると幸いに存じます。

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