「それにしても主様よ。何故その留学生とやらは五月の連休前にやってくるのだ?」
「その連休中に、時差ボケ修正とか、ウチとかこの辺に慣れてもらうんだって」
「じゃあ高校デビューは連休明けなんだね♪」
「そういうことになるね。っと、完成。流石に目が疲れた……」
居間のちゃぶ台で、クオンとサンと話しながら、赤い三本の組み紐を完成させた誠士郎は、集中を解いてそのまま床に寝っ転がる。
そりゃ疲れもするだろう。何せその赤い組み紐は、クオンとサンのサイズに合わせて作ったモノなのだから。そりゃあ小さいし集中力も入る。だが、頼まれてしまった以上は作ってあげるのが誠士郎なのだ。
「結んであげたいけど、流石に自分でやってちょーだい」
「サン。結ってやるから妾の前で座るのじゃ」
「はーい♪」
クオンの言いつけ通りに、サンは膝立ちで座ると、アメノウズメ特有の後ろ髪の根元に、組み紐をちょうちょ結びで結んでいく。その間、サンはとても気持ちよさそうに目を細めてその感触を楽しむ。大好きな主人が作ってくれた組み紐を、大好きな姉が結ってくれているのだ。嬉しくないわけがない。
「これでよい。交代じゃ。サン、妾も結っておくれ」
「うん!お姉ちゃんのこと、もっと可愛くしてあげる♪」
今度は逆だ。クオンが膝立ちになるとサンが鼻歌を歌いながらクオンの後ろ髪の根元に結っていく。
「主様よ。母上はいつ頃戻ってくるのじゃ?」
「順調にいけば一時間くらいかな。ゴールデンな連休が始まったけど、車の流れは問題ないし、よっぽどの事がなければ大丈夫だよ」
「それもそうか」
「できたー♪どうかな、お姉ちゃん?」
「完璧じゃ。流石は妾の妹。文句のつけようがないのう」
ちゃぶ台に置いてある小さな手鏡で確認をするクオン。そうして確認しているところへ、ピンク系のファンデーションと面相筆を持った誠士郎がいつの間にかやって来た。
「主様?」
「お兄ちゃん?」
「メイクも完璧にね。なんたって今日は、家族が増える日なんだから」
一時間後……葛葉家の駐車場に一台の車が停まる。
それと同時に、誠士郎の携帯端末から着信音が鳴り響く。端末には『母』と表示されている。いたずら心で無視しようとも思ったが、きっと電話に出なければ絶対にこのままだろうから端末を取り通話する。
「どしたの?」
『誠士郎。荷物いっぱいだから運ぶの手伝ってちょうだい。頼んだわよ』
そこでプツンと通話が切れる。
一週間前の言葉が現実になったのだろう。
メガミサイズの組み紐を作って眼精疲労なのだが、そうも言っていられない。早く行かなければ母親にどやされる。
「母上からか?」
「ちょっと行ってくる。件の留学生のご到着だ」
そう言って立ち上がると、玄関でサンダルを履き、外に出て駐車場へと向かう。桜もすでに葉桜。もう少しすれば、誠士郎にとって『大事』な作業が待っている。一先ずそのことは置いておいて、さっさと要件を済ませてしまおう。
「あ、やっと来た。誠士郎、遅いわよ」
「大して時間かかっていないでしょ。……本当にすごい量の荷物だね」
車の後部座席には、人間が二人くらい入りそうなキャリーケースが二つが詰め込まれ、さらにバックパッカーが背負っていそうなリュックサックもあった。
「一先ず車から出すか。よっと。あれ?意外と軽い?」
「そう思えるのは誠士郎だからよ。ほら、運んだ運んだ」
「面倒だから一気に運んじゃうね」
そうして傷つけないように荷物を車から出すと、でかいリュックを背負った状態で、さらに片手ずつにキャリーケースを掴んで持ち上げると、そのままスタスタと歩いて家まで持っていく。
「二階に運べばいいの?」
「そうね。荷解きのこともあるから、そうしてちょうだい」
「へいへーい」
あのキャリーケース、一個だけでもかなりの重量なはずなのに、それを簡単に持ち上げて運んでいく姿に、助手席に座っていた、その荷物の持ち主が驚いた表情を浮かべている。
「言ったでしょ?私の息子だったら、あれぐらい平気だって」
「とても、ビックリ、デス」
当たり前のように二階の空き部屋、いや留学生の部屋に荷物を置き、階段を降りて居間へと向かうと、そこには座布団に座った例の留学生が正座でクオンとサンと、拙い日本語で談笑していた。
「お初にお目にかかる。妾の名はクオン。そして妹のサンじゃ」
「よろしくね♪エリナちゃん♪」
「ハイ。よろしくデス」
「そうかしこまる必要はないぞ。今日から妾たちは家族なのじゃからな」
「アノ、お二人の髪飾りは、パーツですカ?」
「お兄ちゃんの手作り♪」
「オーダーメイド、なのデスカ!?スゴイです……!」
そっちはそっちで親睦を深めているようだ。ひとまず安心。どうやら彼女はメガミに対して忌避感はなそそうだ。一先ず安心出来る。
母親聞いた簡単な情報を思い出す。
名前はエリナ・バレンシュタイン
少しくすんだ銀髪の長髪ウルフカットで、瞳は紅色。ちょっと小柄で童顔のイギリス人。両親もイギリス人で職業は翻訳家。小説だけじゃなく、マンガやアニメの翻訳も守備範囲な影響か、エリナ自体もそっち関係に割と浸かっている。
クオンとサンとの会話を聞くと、若干ではあるが拙い日本語は喋れるようだ。意識の疎通は問題ないようだ。
「えっと、バレンシュタインさん?」
「アー、えっと、クズノハさん?」
「誠士郎でいいよ」
「ワタシもエリナでOKです」
「じゃあエリナさん。荷物は階段昇った左の部屋に置いておいたから、荷解きするならしてきちゃいな」
「Thank youデス。セーシローさん」
「妾が案内するとしよう」
そう言うと、クオンはピョンとエリナの肩に乗ると、二階のエリナの部屋に案内する。
「お姉ちゃん行っちゃった……」
「こういう時、クオンは気が回るよね」
「でもその分お兄ちゃんを独り占め出来るから嬉しい♪」
そう言うと、サンは誠士郎の右指に抱きついて、スリスリと頬擦りをしてウットリとした表情を浮かべる。サンは若干、誠士郎に対して依存気味に大好きなのだ。当然そのことを誠士郎も知ってはいるが、クオンがストッパーとなっているので安心はしている。
トントントン、と、どうやらエリナが階段を降りてくる。しかし、それにしても、荷解きにしては時間が早すぎる。どうやら取り急ぎ必要なものを荷物の中から取り出したのだろう。
「オマタセしまシタ」
「ん?エリナさん、それって……」
「ハイ!ワタシのメガミデス!」
「こやつ、真っ先に取り出しておったぞ」
「すまない。この国の言語変換に少し手間取ってしまった」
エリナの右肩に仁王立ちしているメガミがいる。そのメガミは誠士郎だって知っている。
「BUSTER DOLL パラディン?」
「ハイ!」
「コスモードで失礼。本来ならば正装であるフルアーマーで会いたかったのだが、装備している時間がなくてな。我が名はアルト。姫の剣であり盾。よろしく頼む」
姫騎士。それが誠士郎がアルトに抱いた印象だ。清廉潔白という言葉がよく似合う性格の落ち主だ。しかし……
「エリナさん。『姫』ってどういうこと?」
「エット、日本語変換したラ、そう変換されてシマッテ……」
「アルトが普段からエリナさんのことを、そう思っていたことが日本語変換されてそうなったと」
エヘヘ、と恥ずかしそうに笑いながらエリナは顔を赤らめる。だが、その笑顔はまだ固い。そりゃそうだ。異国の地にやってきて僅か数時間。目の前には同年代くらいの男が一人。まだ平気だろうが、これからホームシックになる可能性だってある。
でも、そんなエリナが自分のメガミを紹介する時の顔は本当に嬉しそうだった。だったらここは一つ、眼精疲労を追加させなければならないが、少しでも彼女の緊張がほぐれるようなことをしてやろうと誠士郎は立ち上がる。
「どこかに行くのか主様」
「ちょっと部屋に糸取ってくる。あ、エリナさん。ユニオンジャックって赤……じゃなくて、レッド、ブルー、ホワイトだっけ?」
「ハイ、そうデス」
「ん」
それだけ聞くと、誠士郎は二階の自室へと向かっていった。
ポカンとするエリナとアルト。そしてその様子を笑顔で見るクオンとサン。
「アの、エリナ、何か、失礼なことをしてしまいましたカ?」
「あぁ違う違う。ただ単純に間が持たなかっただけじゃ」
「それと、アルトにプレゼント作ってくれると思うよ♪」
「我に?それはどういう意味なのだ?」
そうしていると、その手に赤、青、白のクオンとサンの組み紐を作る時に使った太めの裁縫糸を持った誠士郎がやって来て、またさっきと同じ場所に座ると、その場にいる全員の目の前でチマチマと三本の糸を編んでいく。
少しづつ、少しづつ、糸を編みながら、作りたいモノの設計図を練り上げる。
BUSTER DOLL パラディン その髪型はクオンの髪を腰まで長くしたような形状で、その根元にはクリアレッドのリボンの形をしたパーツが付いている。
……ユニオンジャックをモチーフ、配色、青、赤、白。
髪に赤いパーツ。色味を考えて、青を基調に。
中心に赤。その両端には白。その白の次に青を多めに糸を編む。
組み紐ではゴテゴテになる。形状はリボンによせる。長髪の外側に添わせるように。長さは短め。
結び目の部分はイギリス国旗の柄をあしらう。
メガミ自身、いや、アルト自身が結べるように結び目の部分に、クオンとサンの組み紐より細くて青い組み紐を縫い付ける。
最後に玉止めをして、チョキンと糸切狭を鳴らし、糸のほつれはないか、バランスが狂っていないか、作っていたモノを人通り確認する。……大丈夫だ。
「はい。お近づきの品ってことで、エリナさんのメガミ、アルトにプレゼント。気に入らなかったら捨てちゃっていいから」
そう言い終わると、誠士郎は電池が切れたようにちゃぶ台に突っ伏す。ちょっとばかし前頭葉の部分が熱い。思ったより集中していたようだ。
そう思っていると視界の端でアルトが、組み紐で作られたリボンを早速結わえている。
「姫、どうでしょうか。我に相応しいでしょうか」
「コレ以上にないくらイ素敵デスヨ!Thank youデス、セーシローさん!!」
「そりゃよかった……疲れた……」
驚愕。
まさにその一言に尽きるような光景がエリナとアルトの目の前に広がっていた。
まるで糸が意思を持っているかのように素早く編みこまれていき、その形状が糸から細い紐に、さらにその紐がリボンに形を変えていく。
「ああなったらお兄ちゃん、すっごく集中しちゃうから、今なにを話しても聞こえていないんだよね」
「うむ。きっとこの作業を終えるまでこのままじゃろうな」
クオンとサンにとっては見慣れた光景だが、エリナとアルトにとっては初見だ。驚くことしかできない。
「主様は異様なまでに手先が器用でな。妾たちが気軽にアレを使ってみたい。と軽口を言ってしまうと、頭の中で図面を書き始め、実際に作ってしまうのじゃ」
「本当だよ。浴衣まで作ってくれたんだもん♪」
SNSなどで、「メガミに○○を作ってみた」という画像をよく見かける。それと同時にそれらを作っている過程の動画もだ。
だが、あくまで「作ってみた」だけであって、クオリティはピンキリだ。中には、これだったら着せ替え人形の服を買った方が早い。と言われるモノもある。
しかし、エリナの目の前で作り上げられているモノは違う。
精密機械のように正確で、精密機械以上に丁寧で、素早く、裁縫糸が紐になり組み合わさってリボンに形を変えていく。
この光景を動画撮影し、ネットの海に放り投げれば、どれだけのコメントが寄せられてくれだろうか。DMで作成依頼が来たっておかしくない。
そして尋ねてみたい。一体何を作ることが出来ないのかと。
「はい。お近づきの品ってことで、エリナさんのメガミ、アルトにプレゼント。気に入らなかったら捨てちゃっていいから」
その声を聴いてハッとする。エリナ自身、誠士郎同様に集中して見入っていた。
手渡されたそのモノは、とても精巧で驚くほど見事な出来栄え。これにはお金をちゃんと払わなければならないと思うほどだ。
「アルト、つけてみてクダサイ」
「は」
エリナの言われるまま、アルトは出来たばかりのリボンを長髪の根元に結ぶ。最初からパーツとしてあったのではないかと思う程にピッタリで違和感がない。アルトが更に可愛くなった。
気に入らないなら捨ててもいい。彼はそう言ったが、そんな感情は微塵も浮かんでこない。
「姫、どうでしょうか。我に相応しいでしょうか」
「コレ以上にないくらイ素敵デスヨ!Thank youデス、セーシローさん!!」
「そりゃよかった……疲れた……」
この先一生大事にする、日本に来て初めてのプレゼント。
これから始まる日本での生活が、さらに楽しくなるだろうと期待を膨らませるエリナなのであった。
おまけ
「ん~?あらあら~?誠士郎ったら、随分とニクいことしてくれちゃって。でも、少しは楽しんでもらえそうね。さて!葛葉家への歓迎唐揚げの準備しなくちゃね!」