エリナ・バレンシュタインが日本に来て三日目。その日、彼女のテンションはとんでもなく爆上がりしていた。
その様子は、まるで玩具売り場に足を踏み入れた子供のようにキラキラと輝いている。……いやまぁ『玩具売り場』という部分で言えば、ある意味では合っている。
「スゴイ!スゴイスゴイスゴイデス!!」
「メガミデバイスが好きだったら、ここは楽園みたいな場所だしね」
葛葉家より歩いて20分。複合型商業施設の一画。その名は『Shop MEGAMI』。メガミデバイスに関連するモノの専門店だ。
メガミ本体はもちろん、追加の武装パーツや拡張パーツは網棚にズラリと並び、そのパーツの完成品がショーケースの中に展示されている。
当然それだけではない。ニッパー、やすり、接着剤等の道具各種、塗装用の絵の具のカラーバリエーションも、目が滑って滑ってしょうがないくらいある。
さらにさらに、プラスチック板やプラスチック棒、デカールシール、とにかくとにかく痒い所に手が届きまくる物品のオンパレード。
おまけに、簡単ではあるが作業ブースまで完備されているので、買ってそのまま組み立てられる親切設計。(ただし時間制限付き)
もちろん、メガミ以外のプラモデルも販売しているが、一番の目玉は。
「メガミバトルのフィールド!!しかも複数戦対応の大型フィールドがこんなニモ!」
「そこまで喜んだ人初めて見たよ。イギリスじゃこういうの見たことなかったの?」
「近所ニハありませんデシタ。アッテも小型フィールドしかアリマセンでした……でも、コンなにサービスが充実シタ場所は初めてデス!」
「観客席もあるから見るだけもよし。バトルに参加するもよし。ドリンクバーもある。有料だけどね」
「さっそくバトルしたいデス!アルト、準備はいいデスカ!」
「当然です、姫」
エリナの持つ道具箱から、エリナのメガミ、アルトの声が聞こえる。ちなみにだが、メガミを持ち運ぶときは鍵付きのメガミ専用の道具箱を使わなければならない国際ルールがある。
これは念の為という措置なのだ。メガミの武装はモノによっては人体や建造物に傷をつけるものもある可能性があるため、こうして運ぶことになっている。
「テンション高いのはいいけど、少しは落ち着いて。お店に来てるお客さんの迷惑になるかもだよ」
「ゴメンナサイ……」
メガミバトルは二つの方法で対戦をする。
一つはオンライン対戦。自らが組み立てたメガミを撮影。その画像を専用アプリを使用してアバター化。そのアバターをクラウドフィールドでバトルさせる。
アバターなのでメガミが傷つく心配がなく、いつでもどこでもバトルが楽しめる。中には、組んだメガミの性能テストの場として使用している者もいる。
そしてもう一つがジオラマフィールド対戦。
こちらは、ゲームセンターやホビーショップに設置されているジオラマフィールドで『実際』にメガミが対戦する。
メガミの出来栄え(材質、着色、改造)を専用の筐体で読み取って戦闘データを算出し、ジオラマフィールドで対戦をする。もちろん、実際に戦闘をするためメガミに傷がついたり、最悪破損してしまうというリスクはあるが、オンライン対戦よりこちらの方が人気なのだ。
実はこのジオラマフィールド対戦には全国ランキングが存在し、バトルの勝敗によりランキングが変動する。(オンライン対戦の勝敗はランキングに反映されない)
自らが創り上げたメガミで、全国のライバルたちと対戦し、ランキング上位を目指す。そんなシステムが存在するのだから、燃えない訳がない。
ただし、
・バトルフィールドに入らないサイズの改造
・メガミ・フィールドに極端な物理的ダメージを与える武器改造(本物の刃物や発火する等)
・プレイヤーに危険が及ぶ改造
・メガミのAIにソフトウェア的改造(チート)
をしてはいけない。
「今は筐体空いてないね」
「残念デス……」
「店員さんにいつ筐体空くか聞いてみよっか」
「どうしてもダメなのか……」
「あいにくと、修理業は受け付けておりません。保証書があればメーカーに問い合わせればなんとか大丈夫だと思われます。もしくは、同型機に買い替えるか……」
「それはダメ!私にはこの子しかいない!買い替えるだなんて……そんなこと……」
どうやら店員と誰かが言い争っているようだ。
二人の視線は、自然と店員と言い争っている方に向けられる。
子供だ。そうとしか思えない身長だ。
クリクリとした瞳。黒の長髪を首下で二つに赤いリボンでくくっている。
ネコミミトレーナーにスカートにスニーカー。修理だなんだのと揉めていたのが少し聞こえてしまった。どうやらメガミ関連のことだろう。
大事そうに抱えている彼女のメガミ専用道具箱。あの中に彼女のメガミが入っているのだろう。どうにかしてあげたい。せめて話だけでも聞くことはできる。エリナがそう思ったときだ。
「ん?もしかして『副長』?」
「副長と呼ぶな!」
「あ、その反応。やっぱり副長だ」
「葛葉?なぜここにいる?」
「知り合いなんですかセーシロー?」
「あ、そっか。エリナは初めてだもんね」
どうやら、あの子供は誠士郎の知り合いのようだ。……守備範囲が広いのだろうかとエリナは怪しむが、全く違う。
「彼女は天神平悠乃。(てんじんだいら ゆの)ウチの高校、朔総(さくそう)高校の生徒会副会長。見た目はあんなんだけど、僕と同い年なんだよ」
「それは私(わたし)の身長のことを言っているのか葛葉?」
「そんなこと言ってないよ副長。それよりも修理がどうのって聞こえちゃったんだけど、どうしたの?」
「メガミの調子が悪い?てか副長ってメガミ持ってたんだ。ちょっと意外」
「意外で悪かったな!それより葛葉。隣の外国人は誰なんだ?知り合いか?」
「エリナ・バレンシュタインといいマス。ハジメマシテ、フクチョ―さん」
「エリナ・バレンシュタイン……あぁ、君が例の留学生の子か」
「副長、知ってたの?エリナのこと」
「連休前、生徒会役員に校長先生から知らされてはいたんだ。留学初日からしばらく、生徒が浮足立つ可能性がある。その混乱のストッパーとして協力してもらいたいと」
「不束者デスガ、よろしくお願いイタシマス」
「エリナ、それちょっと違う。それよりも。ほら、副長のメガミ出して」
Shop MAGAMIの作業ブースの机の前に、誠士郎、エリナ、悠乃が並んで座ってやいのやいのしている。
流石に店の受付前でまずいので、メガミの武装点検をしたい。というでっち上げの理由で作業ブースの使用許可をもらうことに、まんまと成功したのだ。
だが、そんな作業ブースをちゃんと目的通りに使用する。天神平悠乃のメガミの修理だ。
悠乃は大事に抱えている道具箱の鍵を開けて、その中から彼女のメガミを取り出す。
「Chaos&Pretty ウィッチデスネ。とってもCuteデス♪」
「副長、この子の固有名は?」
「ルーナ。私の大切な友達でパートナーなんだ」
そっと悠乃は取り出したメガミ、ルーナを優しく作業台に置くと専用アプリで起動させる。
「んぅ……ユノ?ここは一体どこなんだい?」
「ルーナと最初に出会った店の作業ブースの一画だ。動けそうか?無理はしなくていいからな?」
「大丈夫。んっ、くぅぅ……」
仰向け状態から起き上がろうとするルーナ。だが、その動きは緩慢でどこかぎこちない。まるで、潤滑油がない錆びついたブリキ人形のようだ。ここで下手に動いてしまえば、更なる不調に発展してしまうかもしれない。そう考えた誠士郎は、急いでクオンとサンを取り出してルーナの補助に付ける。
「キミたちは……?」
「妾はクオン。そこの葛葉誠士郎のメガミじゃ。肩を貸す。無理をするでない。サン、反対側を頼む」
「はーい!あ、サンはね、サンっていうんだ~♪」
そうしてルーナを立ち上がらせはしたが、その立ち方は、クオンとサンに立たせてもらっている。と言っても過言ではない。完全に自らの体重を二人に預けているようにも見える。
「副長、ルーナがこうなったのって、いつ頃から?」
「数日前。それまでまったく平気で、元気だったんだ……」
「支えなしで立てる?」
「一応が立てるが、ふらついて……酩酊状態?と言えばいいのだろうか……」
「そっか……」
悠乃の話を聞きながら、誠士郎はルーナを注意深く観察する。
乱雑に扱われている様子は全くない。買い替えに同意をしていないし、取り出し方も、とても丁寧だ。大切にしていることがよく分かる。
「ルーナに質問。最近、どこか高い所から落ちたとか、埃っぽい所に入ったりしたことあるかい?」
「それはない。キミたちの名を教えてくれないかな?」
「ごめんごめん。僕は葛葉誠士郎」
「エリナ・バレンシュタイン、デス」
受け答えはハッキリしているし、高所落下もなし。稀に、埃によってメガミ内部の基盤がショートした。という話を聞いたことがあるが、それも違うようだ。だが念の為。
「フクチョーさんは、ルーナちゃんのメンテナンスを、こまめにしていますカ?」
「もちろんだ。毎日欠かさずやっている」
代わりにエリナが質問してくれた。本当に大事に扱っている。パートナーって人生のパートナーなんじゃないか?と思ってしまうくらいに大事にしている。
「ルーナ、もう一つ質問。AIの自己解析で問題があった箇所はある?」
「ない。全くもって正常さ」
「主様よ、何かルーナに座るモノはあるか?」
「ルーナちゃん辛そうだよ、お兄ちゃん」
「あぁ、ごめん。ちょっと待ってね~っと、あったあった。これに座らせてあげて」
そう言って道具箱から誠士郎が取り出したのは、校長室に置いてありそうな、一人掛けソファだった。
「セーシローが作ったモノデスカ?」
「いつだったかサンにせがまれて作った。座り心地大丈夫?」
「これ以上ない座り心地だよ。ユノにも座ってもらいたいくらい」
「葛葉、キミが器用なのは知ってはいたが、ここまでだったとは……」
「エリナもビックリしまシタ。ね、アルト?」
「はい。誠士郎殿は職人です」
AIに問題はなし。メンテナンスはやっているし、埃による基板のショートは考えにくい。高所落下のような衝撃はない。となると……。
「アレかな……」
「原因が分かったのか葛葉!?」
「何なんデスカ!?」
「二人ともステイ。たぶん神経系統の異常だと思う」
「「神経系統の異常?」」
誠士郎の話を要約すると、AIからの指示を、メガミ本体に内蔵されている神経回路に、何らかの異常が生じている可能性があるそうだ。
メガミの神経系統は恐ろしく細い電線だ。人間の神経も細いが、メガミの神経とも云える電線も恐ろしく細い。それだけ聞けば確かに買い替えを視野に入れるのは当然だ。だが、悠乃にはその気はない。ならば。
「オーバーホールかな……」
「オーバーホール?葛葉、何をする気だ?」
「一度ルーナをばらして、神経回路を直す。状態によっては交換。人間でいえば外科手術だね」
「手術!?だめだ!失敗してしまえばルーナが!」
「大丈夫だよ悠乃お姉ちゃん♪」
「妾も保障する。主様はこの程度、何の問題もありはせん」
「いやしかしだな……」
不安と欺瞞が混じり合う表情で返事をする悠乃。確かに、先ほどの一人掛けソファの出来栄えを見れば、その器用さには納得出来るが、メガミ本体を弄るとなると、さらに酷くなるどころか、壊れる恐れもある。
「じゃから、問題はない。妾たちがその証拠じゃ」
「ドウイウことデスカ?」
「だって、サンとお姉ちゃん、機能停止寸前の壊れかけだったところを、お兄ちゃんに修理してもらったんだもん♪」
「「「「え?」」」
おまけ
「セーシローの箱には何が入っているのデスカ?」
「プラモに必要な工具一式、クオンとサンの武装の予備パーツ、さっきみたいな椅子とテーブル、裁縫セットにメイク道具、何か思いついた時にすぐに書ける筆記用具とか、あとは……」
「セーシローの箱は四次〇ポケットデスネ!」