「うっし。準備完了」
誠士郎はコキコキと指と肩を鳴らして、作業ブースの椅子にちゃんと座りなおす。作業台にはピンセットにデザインナイフ、はんだごて、その他細かい工具等々が並べられており、その中心に天神平悠乃のメガミ、ルーナが電源を停止した状態で横たわっている。
「……副長に泣きそうな顔されたら、頑張るしかないよね。失敗したら顔の形変形するまで殴られちゃうな」
持っていた塗装用マスクをかけ、『七分咲きの梅が描かれたカチューシャ』で前髪をあげる。このカチューシャは、誠士郎が本気で集中する時にしか使わない大切な品物だ。
「さて、直しますかね」
作業ブースから少し離れた、ジオラマフィールド対戦の観覧席に誠士郎以外の人物、つまりエリナと悠乃、彼女らのメガミが座って、ルーナ修理の様子を伺う。……伺うが、離れているし誠士郎の背中しか見えないため、どうなっているのか分からない状況だ。丁度メガミバトルが始まって、観客の声が大きくなり始めているのだが、その声すらも聞き取れないほど、自らの心音がうるさくてしょうがない。
「安心しろ。必ずルーナは直る」
「そうそう。サンはブレイクダンスできちゃうぐらいに直ったんだから♪」
そんな空気を感じ取ったのか、クオンとサンは悠乃を慰める。
「……ありがとう。私もルーナも、君たちの言葉で信じた。どうなろうと葛葉を信じる」
悠乃は微笑んでそう言うが、顔は若干青ざめている。そうなるのは当然だ。だからだろう。エリナがさらに言葉を重ねて、悠乃の気を紛らわせる。
「クオンとサンは、セーシローが直したって言ってマシタ。いつ頃なんデスカ?」
「お兄ちゃんが中学一年の頃……だったっけ?」
「そうじゃよ。正確には、主様が中学一年の夏休みの時じゃった」
「ナルホド……お二人は、その頃カラ、セーシローのメガミだったのデスカ?」
「違う。妾とサンは元々の持ち主に捨てられたのじゃよ」
「捨てられたって、そんなこと……」
エリナと悠乃からしてみればショックな発言だ。エリナも悠乃も、自身のメガミをとても大事にしている。だからこそ、クオンの言葉がより一層重く感じてしまう。
「極端な話、妾たちは所詮玩具。楽しく遊んでもらえる内が花。遊び飽きてしまえば、埃をかぶるまでほっとかれ、やがては処分されるのがオチというモノ」
「ソンナこと、エリナは絶対しまセン!!」
「私もだ。ルーナは私の友達でありパートナー。絶対に見捨てたりなどしない」
とても真っ直ぐな瞳でそう言ってくれる二人には感謝しかない。もし、思い出したくもない最初のユーザーが彼女たちや誠士郎だったら……いや、よそう。今が幸せなのだから。
「妾たちの最初のユーザーは、ただ流れに乗って妾たちを買った。だが、何と言ったらよいのやら、うむ、下手じゃったのじゃ」
「下手?」
「うん。武装の作り方も、バトルの仕方も、ぜ~んぶ下手!」
バトルの仕方もただただ力任せで指示の出し方も下手。その癖武装パーツの作り込みだって、小学生が作った方がまだマシと思えるほど。そんな、ありとあらゆることが下手くそなユーザーの勝率はたかが知れている。常に底辺を這いずり回り、たまに勝てたとしてもすぐにランキングは底辺に堕ちてしまう。
そんな毎日が続き、続き、続き、続き、遂に、その憤りが大爆発した。
「今にして思えば、妾もサンも、その者と対話を怠っていた。どう動きたい。こうすれば上手く動けるか。とな」
「でも、そういうお話も前の持ち主は嫌だったみたいでね。思い通りにならなかったこと、そのものがだめだったみたいで……」
あの夏の夕暮れ時のゲリラ豪雨の中、クオンとサンは、起動状態のまま、葛葉家のコンクリ塀に全力で叩きつけられたのだった。
「ヒドイデス……」
「クオン殿、サン殿、起動状態ということは……」
「全身が砕け、視界が砂嵐になり、雨音が大きく聞こえた記憶は、今でも鮮明に覚えておる」
「サンとお姉ちゃんは、ここで完全に壊れちゃうんだ。死んじゃうんだって、回路がショートしながら思った」
クオンとサンの身の上話は想像以上だった。玩具といえども、AIが搭載されている。思考もするし感情だってある。そんな二人が死を連想するような衝撃を受けたのだ。よく狂うことなくまともでいられたものだ。
「次に目を開けた時には、様々な色のコードに繋がれた妾と、隣で同じ様にコードで繋がれたサン、そして、机に突っ伏して眠っていた主様だった」
そのままクオンは視線を誠士郎に向ける。
視線の先の誠士郎は、かつて自分たちを修理して救ってくれた、あの時の誠士郎だ。ただ黙々と、粛々と、淡々と、それでいて情熱的に。己の魂を削るかのような熱量で。
『なぜ、ここまで、する……』
『キミらが壊れてるから。ん~と、少し補強しといた方がいいか……』
『お前も、どうせ、いつか、わたしと、妹を、捨てる』
『あの子キミの妹なんだ。じゃあ早く直さないとね。う~わ、ココ難しいな~。でも直す』
『話、きいて、いたか?』
『僕は捨てるために直す馬鹿じゃないよ。あーここの回路少し迂回すればいいのか。なるほどなるほど』
『……話すだけムダか?』
『あ、滑舌戻ったみたいだね。よかった~』
『あ……』
『今度は妹さんの滑舌直すから。早く妹さんと話したいでしょ。というわけで、妹さんに着手しますか』
PiPiPiと悠乃の携帯端末が鳴る。画面には、連絡相手の名前が表示される。『葛葉』と。
「あは♪」
「終わったようじゃな」
店内では原則走ることは禁止されている。だが、その注意書きを素直に守ることが出来ずに、悠乃は全速力で誠士郎のいる作業ブースへと向かう。
「葛葉!ルーナはどうなった!?」
「ん」
作業台に突っ伏した誠士郎は、右手の人差し指で何かを指し示す。
そこにあったのは、先ほどと変わらず眠っている悠乃の大切なメガミの姿。
急いで悠乃は、専用アプリの起動ボタンをタップする。
「ルーナ!大丈夫か!?おい葛葉!ルーナは大丈夫なんだろうな!!?」
「フクチョーさん、大声はお店ノ人に迷惑デスヨ!」
「……本当だよ。心配してくれたのは嬉しいけど、周りの迷惑を考えて、ユノ」
「「え?」」
机の上から聞こえる小さな声。悠乃とエリナがそこに視線を向けると、そこには『ふらつくことなく、しっかりと自らの足で立っている』ルーナがいた。
「……メガミ起動はパソコンと同じで少し時間がかかるんだって。久しぶりに知恵熱出た」
「ルーナ……平気なのか?」
「うん。すごく身体が軽い。今ならトリプルアクセルだって決められそうだよ」
「見てみたいがやめてくれ。あぁ、よかった……礼を言う、葛葉!」
「ん~どういたしまして」
「セーシロー、どうやってリペアしましたカ?」
「コレが原因だった」
誠士郎が指差す所にあったのは、とてもとても細い一本のケーブルだ。
「足をバラした時に、そのコードがなんとかギリギリ繋がってる状態だった。それでも繋がってたから問題なく動いてたんだ。でも限界がきて動作不良が起きたんだよ」
「フクチョーさんは、自分でルーナのオーバーホールってしたことありますカ?」
「ない。そもそも葛葉のようなマネなんて出来ない」
「だとすると、元々ルーナはエラー品で、弾かれずに出荷されて、それを副長が手に入れたってわけだね」
この手の話は本当に稀だが存在する話で、一説には宝くじで一等に二回連続当選する確率よりも低いと言われている。だが、ルーナはそんな確率のレアケースだったのだ。
「だから、元のコードを取っ払って、新しいコードに交換して、ちゃんと接続した。ついでに手足の可動域を少し増やして調節しておいたから、前よりも動きやすくなってるはずだよ。あぁでも一応レギュレーション確認は店員さんにやってもらって。その方が正確だから。ほら、行った行った」
「わ、分かった。ルーナ、すぐにやろう」
「お願いね、ユノ」
優しくルーナを掴んだ悠乃は、足早にサービスカウンターに向かい、店員と話す。
確かに直せはしたが、元はエラー品。基本的にはエラー品は回収されてしまうのだが、レギュレーション確認でお墨付きさえ出てしまえば問題はない。
「大丈夫デスよ、セーシロー。レギュレーション確認なんて問題ナシに決まってマス」
「なんで?」
「フクチョーさんは、偶然エラー品を手に入れて、ソノメガミを大切にシテ、偶然そのメガミが壊れて、偶然メガミを直セルほどの腕を持った知り合いがココにいて、偶然その二人がココで出会いまシタ」
ポン。と、ニコニコ顔でエリナは軽く両手を合わせる。……そのニコニコ顔だけで、何人かのハートを撃ち抜いてしまったのは内緒だ。
「偶然ガ偶然を呼んで、偶然に偶然がプラスされて、ここで魔改造されマシタ」
「魔改造て」
「偶然が魔改造されレバ、それはきっと必然デス♪」
「なんかトンデモ理論じゃない?」
「屁理屈も理屈の内デス。ホラ」
エリナの指差す方向に視線を向ければ、嬉し泣きをしながらルーナを抱きしめている悠乃がいた。あの様子だと、何も問題はないようだ。これがきっと、エリナの言った『魔改造』の結果なのだろう。
そんな時だった。PiPiPiとエリナの携帯端末が鳴る。
「あ、ヤット、ワタシ、バトルできマス!」
「いつの間に予約してたんだ。ランダムバトル?」
「ハイ!ふっふっふっ。とっても楽しみデス!」
「テンションの落差が激しい……」
おまけ
「どうやらアルトの出番のようじゃな」
「ああ。姫に勝利を捧げてくる」
「騎士の誉れ、ここにありだね♪」