連休最終日。天神平悠乃が誠士郎の家にやって来た。もちろん、誠士郎に連絡を入れて許可をもらってからだ。
「ルーナを修理した礼をしたいからって、菓子折り持って来るとは思わなかったよ、副長」
「佳ママの顔、キラキラしてマシタ」
「あのお菓子、ここらでは人気のお菓子店の詰め合わせセットでね。さらに母さんはスイーツ大好きだから」
「喜んでくれたようで何よりだ。それにしても……初めて見たが、葛葉の部屋はまるで工房のようだな」
「僕も、連休最終日に、自分の部屋に年頃の女の子二人がいる状況なんて初めてだよ」
「違うじゃろ主様。さらにメガミが四人じゃ」
「そうだそうだー♪」
そう。誠士郎の机の上には、ガーデンチェアに座るクオン、サン、アルト、ルーナがいた。
「あれも葛葉が作ったのか?」
「百均で売ってるミニチュア。作ろうと思えば作れるけど、その時は材料なかったからね」
「デモ作れるんデスネ……」
そう言って笑うエリナは、黒を基調とした落ち着いたデザインのゴスロリ服を着ている。彼女が言うには、この手のデザインの服が大好きで、今着ているゴスロリ服も普段着として着ているのだ。(ちなみに昨日はロングTシャツにスカジャン、ジーンズスカートにスニーカー)
「にしても、副長も律儀だね~『お礼がしたいから住所を教えてくれ』って連絡もらった時には驚いた」
「礼には礼を持って返す。両親にはそう教えられた。だからそうしたまでだ」
「フクチョーさんのご両親は、ご立派な方デスネ」
「……まぁ、な。しかし誠士郎、お前のその格好はなんだ?」
「ん?これ?作業服だけど?」
そう。悠乃の言う通り、誠士郎は何故か工事現場で着ているようなグレーの作業服を着ていたのだ。
「いやそれは分かるが、何で作業服なんだ?」
「セーシローの部屋着トカ?」
「一時期そうだったけど、今日は時短のためかな」
「「時短?」」
『誠士郎ー!そろそろ時間だからー!お願いねー!』
一階から誠士郎の母、佳が大声で誠士郎を呼ぶ声が聞こえる。
「佳ママ?」
「なんだ?」
「これから従業員の皆様に、お昼のおかずを差し入れに行くんだ。だから作業服でいたってわけ。ちょっと行ってくるから待ってて」
『エリナちゃんと悠乃ちゃんを部屋に置いていかないでねー!ちゃんとエスコートしなさーい!』
「……そういうわけなので、これからお二人を見学ツアーにご案内します」
「メガミの同伴はOKデスカ?」
「もちろん」
「フクチョーさん。Let‘sGoデス!」
「わ、私もか?」
「副長もだよー」
そんなこんなで、葛葉家から歩いて五分。三人がやって来たのは件の目的地であり、葛葉家の家業。『葛葉金属加工』にやって来た。誠士郎がおかもち二つを持ったまま。
「ウチのひいじいちゃんが創業でね。父さんが三代目社長なんだ」
「渉パパ、社長だったんデスネ」
「社長兼営業マン。母さんが経理担当で、じいちゃんが大親方みたいな感じかな」
「葛葉も手伝ったり……しているな。その格好だと」
「時と場合によるかな。ウチはオーダーメイドで金属製品を作っててね。アルミ鍋とか、スコップとか、新幹線の先端とか。まぁ色々やってる」
工場の玄関を開けて、すぐの所にある休憩室に二つのおかもちを置く。そんな誠士郎の後を、エリナと悠乃がちょこちょこと続く。
休憩室の隣にはトイレがあり、そのさらに奥に向かうと『安全第一!』『無病息災!』とでかでかと書かれている重厚な鋼鉄製の扉が目の前に存在した。
「あ、そうだ。そこのヘルメット被って。それと、僕の後ろに真っ直ぐついて来ること。いいね?」
「ワカリマシタ」
「この時点でもう金属音がするな」
「うるさかったら言って。耳栓もあるから。ほんじゃ開けるよ。よいしょっと」
両開きのドアを自分たち側に引っ張ると、中から音の暴力と、凄まじい熱気が流れ込んできた。
思わずエリナと悠乃は耳を塞ぐ。というか、初めてここに立ち入る人間は、必ず両耳を塞ぐ。それぐらいの音の暴力が襲ってくる。おかもちと共にメガミ置いてきてよかった。聴覚センサーが確実に壊れてしまう。それほどの音なのだ。
「す、凄まじいな!葛葉!自然と!大声になってしまう!」
「スゴイデス!!色々な機械がありマス!!」
「こっち」
チョイチョイと、人差し指でこっちに来るように指示する。その通りに二人は歩く。軽く床に目を落とすと、赤や黄色の線が伸びている。
「葛葉!床の線はなんだ!」
「動線。入社したての人でも分かるようにね。ちなみに黄色と黒の線は非常口」
「セーシロー!耳は平気なんデスカ!」
「子供の頃からいるから慣れてる。じいちゃんと父さんは~いた。面白いモノが見られるよ」
誠士郎の視線の先には、立膝で集中している巌次郎と渉が、アルミ鍋と金槌を持って集中している。絶対に話しかけてはいけないと、本能で感じ取れるほどの集中した表情だ。そしてその集中力のまま。
カン!カン!カン!カン!と一定のリズムでアルミ鍋を金槌で叩く。そして、全ての側面を叩き終えると、また同じように次のアルミ鍋を一定のリズムで叩き始める。
「葛葉、あれは何をしているのだ?」
「アルミ鍋にデコボコ模様つけてるの」
「あ、エリナ見たことありマス。あの模様ですネ」
「職人はああやってするのだな」
「ちなみにあれ一発勝負」
「セーシローはできマスカ?」
「無理。鍋を何個もダメにする自信があるよ」
凄まじい騒音の中、三人は『職人』二人の背中を見入る。
ただひたすらに、目の前の『作品』に、己の全てを注ぎ込む。
その職人の背中に似ている背中を、エリナと悠乃は知っている。すぐ近くにいる、メガミのために心血を注ぐ『職人』を。
「今ので最後か」
「ですね。いやはや、これの仕上げはいつも緊張しますよ」
「一定の緊張を持ってするのが仕事だぜ渉」
「ですね。あれ?誠士郎じゃないか。どうしたんだい?」
「母さんにおかずの差し入れ頼まれた。ホラ」
誠士郎が指差す先には丸い壁掛け時計。丁度12時を指し示している。
「あ、本当だ。みんなー!お昼休憩にするよー!安全に!ゆっくり!作業を止めてくださーい!」
「渉パパの大声、初めて聞きマシタ。ビックリデス」
「あれだけ凄まじい音の中でも、全員に聞こえるように出来るのはすごいな」
「父さんの声は遠くまで聞こえるからね」
「四代目!今日のおかずなんすか!」
「僕も知らないよ。というわけで、おかもちオープン。ほほぅ……」
「あまり焦らさないでよ四代目!」
「みんな大好き、豆腐ハンバーグ」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「はいはい。皆落ち着いて。誠士郎、配っちゃおうか」
「はいよ~ごめん、エリナ、副長。手伝ってくれないかな?」
「もちろんデス!」
「ああ」
三人は、二つのおかもちから、豆腐ハンバーグを取り出して従業員の皆に配っていく。本当に美味しそうで、香りが食欲に直撃し、素晴らしい焼き目に心が踊る。
この差し入れおかずは事務員さんにも提供されている。何せ『従業員全員』に作っているのだから。
「にしても四代目も隅に置けないな。こんな美少女侍らせてんだから。か~羨ましい!」
「結婚式には呼んどくれよ~」
「でも二人だよ?どっちか選ばなきゃならないのは辛いねぇ……」
「正妻と愛人で何とかならないか?それか一夫多妻の国で結婚しちまえばいいじゃないか?」
「「「それだ!!!」」」
「え!?エ!?////」
「よ、嫁!?私と葛葉は付き合ってもいないぞ!?////」
「皆ふざけないの。ほら、手を合わせて」
「「「「「いただきます」」」」」
カチャカチャと、食器の音が鳴り始めたときに、誠士郎はあることに気付く。おかもちの中に、三人分の豆腐ハンバーグ定食が入っている。きっと佳が、自分を含めてエリナと悠乃の分も作ってくれていたのだろう。流石自慢の母親だ。
「エリナと副長の分がある。というわけだから、はい」
「Thanksデス。佳ママ!」
「待て、私の分と言われてもだな、そのまま食べるわけには」
「じゃないと母さんの働きが無駄になるけど?」
「……いただこう」
結局、全員で昼食と相成った。
「にしても社長!なんでもっと早く紹介してくれなかったんすか!?こんな滅茶苦茶可愛い子!」
「お前みたいなヤツがいるからに決まってるだろ。少しは考えな」
「それに、可愛い子ならここに二人もいるじゃないか。贅沢するんじゃないよ。まったく」
「そうですよ先輩。我が社の美人二枚看板が黙っちゃいませんよ」
「すみませんでした!!」
「中々タイミングがなくてね。ごめんね茂(しげ)さん。きっと、佳さんが気を利かせてくれたんじゃないかな」
「先方も、ウチを信用してくれたんだ。お前らも、その信用を裏切るようなマネするんじゃねえぞ!特に茂!」
「なんで俺ばっか!?」
わいわいがやがやと、まるで学校の学食の雰囲気そのままに、楽しそうに喋る従業員たち。見ていてとっても楽しいし、豆腐ハンバーグ定食もすごく美味しい。
「エリナ。それと副長も。我が葛葉金属加工の職人さんを紹介するよ」
「ハイ。お願いシマス」
「あ、あぁ」
「さっきから皆に弄られまくっているあの人が、金田茂弘(かねだしげひろ)さん。半年前に娘さんが産まれたばかりの親バカさんです」
「よろしくな!!」
「茂さんの後輩で、五十嵐幹雄(いがらしみきお)さん。脱サラでウチに入社してくれました」
「うん。よろしくお願いします」
「そしてウチの美人二枚看板。鶴川美智子(かくかわみちこ)さんに、亀田沙保里(かめださおり)さん」
「人生経験豊富な人生」
「何かあったらあたしたちに相談しな」
「そして、二代目のじいちゃんに、三代目の父さん。経理の母さん。という少数ながらも、腕利きの職人さんしかいない面子なんだ」
「葛葉は違うのか?」
「僕はたまに手伝うバイトみたいな感じかな」
「お待ち。四代目はもう立派な職人だろうが。ねぇ沙保里さん」
「そうよ。美智子さんの言う通り。茂ちゃんと幹ちゃんだってそう思うだろう?」
「確かにそうっすね。鉄瓶の研磨のコツ、四代目に教えてもらったなぁ」
「俺もです。アーク溶接の練習に付き合ってもらいましたし」
「若気の至りを暴露するのは止めて……エリナも挨拶したら?」※彼はまだ高校二年生です。
「そうデシタ。エリナ・バレンシュタイン、デス。これからしばらくの間、お世話になりマス。よろしくお願いシマス」
「ようこそ日本へ!」
「何があっても、野郎どもが肉壁になって守ってくれるから安心しな」
「そうそう。それぐらいしか役目がないんだから。なぁ、茂」
「だからなんで俺なんすか亀田さん……」
全員がドッと笑う。本当にアットホームな職場のようだ。が、そこで悠乃があることに気付く。
「そういえば葛葉は『四代目』と呼ばれているが、将来的にここを継ぐのか?」
「そのつもり。大学で経営学とか専攻したり、色々資格取ったりして、じいちゃんや父さん、従業員の皆に認めてもらったりして……かな。夢もあるし」
「「夢?」」
「誠士郎、食器は後で玄関に置いておくから、『会長』に挨拶しておいで」
「……分かった。ありがとう父さん」
家に戻った三人は、誠士郎の後ろに続いて歩いて行く。一階の奥、巌次郎の部屋だ。完全なる和室で床の間まである。広さにしてみれば十畳ほどだろう。その端には仏壇が供えられており、小さな額縁に遺影が飾られている。そこには、品のある老婆の笑顔の写真が置いてあった。
慣れた手つきでマッチを擦り、蠟燭に火を灯すと、その蠟燭の火で線香に火をつけて香炉に突きたてて、おりんを二回鳴らして手を合わせる。
もちろん、エリナと悠乃も、それに倣って手を合わせる。
「……この人は、葛葉とし子。僕のばあちゃんで、知り合いの皆に会長って呼ばれてた。丁度、僕が高校に上がったときに多臓器不全。老衰でポックリ逝ったんだ。そして、僕とクオンとサンの名付け親なんだ」
「……この御方は妾たちの大恩人じゃ。どれ程礼を言うても足りぬ」
「……うん。もっともっと、サンのダンスを見て欲しかったなぁ」
「とし子サン。ううん。グランマ。エリナ・バレンシュタイン、デス。よろしくお願いシマス」
「貴女のお孫さんに助けられた、天神平悠乃といいます」
「……ありがとう。二人とも。僕の夢は、コレを超えることなんだ」
覗き込んだ二人の視線の先には、誠士郎が鳴らしたおりんがある。
「このおりんはね、ひいじいちゃんが作ったモノなんだ」
「コレも手作りなのか……」
「スゴイデス……」
「この手のモノは、基本的には鋳物、要は溶けた金属を型に入れて作るんだけど、ひいじいちゃんは金槌一つで作ったんだ」
「「え?」」
金属の加工の方法の一つに『打ち出し』という技法がある。説明は単純。金槌で鉄板を叩いて形を整えていくだけ。ただそれだけ。それだけなのだが、『思い描く形状』にするまで恐ろしい年月の修業が必要な超絶技巧でもある。
「形だけじゃない。おりんの音だってとても澄んでいる。音の反響まで計算して作らないと不可能。おまけに研磨もしていない。本当に、叩いて作ったおりんなんだ」
「まさに超絶技巧だな」
「ひいじいちゃんと同じやり方で、ひいじいちゃんの作ったおりんを超えるおりんを作って、最初にばあちゃんに聞かせること。これが僕の夢で目標」
そんなことを言う誠士郎のことを、悠乃は少し羨ましそうに見てしまう。今の自分に、ここまではっきりとした目標はない。『今』の環境だってそうだ。不満はない。むしろ恵まれている。だが、どこか『温もり』を感じない。いや、少しだけだが小さな『温もり』は存在する。
「あら。皆お揃いでどうしたの?」
「母さん?」
声の方に振り向けば、佳が悠乃から頂いたお菓子の詰め合わせを持ってやって来た。そしてそのまま、そのお菓子を仏壇に供えると、おりんを鳴らして手を合わせる。
「折角のお菓子ですもの。お義母さんにもお供えしなきゃ」
「セーシロー。とし子グランマのこと、もっと早く教えてほしかったデス」
「仏壇あるのがじいちゃんの部屋だったしね。ごめんごめん」
「でもよかったじゃない。これで明日からの学校でも、お義母さんが守ってくれるわ」
「あ、そっか」
「忘れるな葛葉」
明日から、エリナが加わる学校生活が始まる。
おまけ
「姫と共に学校に行けないことが不満だ」
「同感~」
「何か特別な事情でもない限り無理じゃな」
「お兄ちゃんと一緒に学校行ってみたーい!」