「大丈夫だったエリナ?」
「ハイ……でも、セーシローが……」
「平気だよ。それより僕のでっかい声、ビックリしたでしょ。あれ、ばあちゃん直伝なんだ」
「とし子グランマの?」
「そ。ウチで一番声デカかったのばあちゃんだったんだ。あのセリフ回しもばあちゃんから教えてもらったんだ。大抵の馬鹿はああ言えば黙るって」
昇降口から校門を抜け、誠士郎とエリナは教室から手を繋いだまま、並んで歩いて帰っていく。そう。手を繋いだまま。因みにだが、二人とも気が付いている。だが、エリナが何故か放そうとしないので、誠士郎も放っておいている。
多少慣れたとはいえ異国の地。それも登校初日の放課後に、あんなにギャーギャーと喧しくされたんだ。許すわけにはいかない。安心できるのなら、彼女がしたいことを、そのままさせておくのが一番だ。
「セーシロー、この前行ったホビーショップ、ここから案内してもらってもイイですカ?」
「ん。それじゃ行こっか。あ、でも母さんに連絡入れとくわ。少し遅くなるって」
「ハイ。セーシロー、手、もう大丈夫ですヨ」
「ん。ならよかった」
学校から歩くこと20分。あのホビーショップへとやって来て、二人並んで観覧席へと座った。ここの観覧席では、ジュースを飲んだりお菓子も食べられるため、観覧席の近くに簡単なフードコートが併設されている。
そこで烏龍茶とキャラメルポップコーンを二人分買って、何をするでもなく烏龍茶とポップコーンを観覧席でつまむ。
「適当に買ったけど、エリナって烏龍茶飲んだことあるの?」
「何度かありマス。でも、紅茶の方が飲み慣れてマス」
「お国柄だね」
「セーシローは、放課後はヨクここニ?」
「たまにかな。早く帰らないとクオンとサンが怒るから」
「エリナもよくアルトに心配されマス」
メガミに好かれる・懐かれると、こういった現象はよくおきる。今のアルトは特にそういった現象はよくおきるだろう。何せ異国の地に来たのだから、当然といえば当然だ。
「バトルの勝敗、決着着いたみたい」
「デモ、あれって……」
「初心者狩りっぽいね。たまにいるんだよ、ああいうの」
メガミバトルの勝敗は、全国ランキングに反映される。自分のランクより上のランクを倒すことが出来れば、ランクのポイントは大きく変動するが、そのシステムで横行しているのが俗に言われる『初心者狩り』だ。
簡単に言えば、自分のランクより低いランクを相手にバトルをして『確実』にポイントを頂戴してランクを上げるというセコイ方法だ。
さっきとは違い、自分よりランクの低い相手をするため、得られるポイントは低いが、それでも確実にポイントが得られるため、このようなバトルをする『臆病者』が大勢いる。そのため、メガミバトルから離れたり、メガミそのものから離れてしまうユーザーが多々いる。という話や噂がSNSに書き込まれている。
運営もその初心者狩りに対するルールを設けているのだが、そのルールをすり抜けバトルをしているのが悲しい現業なのである。
「アルトがいたナラ、ギッタンギッタンにしてヤル」
「エリナの気持ちは分かるよ。僕も同じ気分」
「ギッタンギッタンとは、エリナ君は中々物騒な言葉を知っているのだな」
「キョクチョーさん!?」
「あれ?なんで局長がいんの?」
そう。誠士郎が言う通り、何故か九重旭がいたのだ。
「どうしてキョクチョーさんがいるんでスカ?」
「誠士郎君が何やら大声を出して、エリナ君を守ったと聞いてね。だとすると、誠士郎君、もしくはエリナ君の心情を考えると、真っ直ぐ帰るからどこかに寄って時間を潰すかに絞られる。誠士郎君の家に真っ直ぐ帰ると、新聞部の連中が張り込む恐れが考えられる。だとすればどこかに潜んで時間を潰す。だとすれば、この場所しかあるまい。昼食でエリナ君がメガミ好きと言っていたからね。……しかし」
九重の視線は、あの初心者狩りに向けられている。その表情は、とても険しい。これは確実にイラついている表情だ。
「これは少しお灸を据えねばならんな」
そう言うと、九重は自身の通学カバンを開けると、カバンの底から『メガミ用の道具箱』を取り出して、その道具箱の中から九重のメガミを取り出してチューニングを開始する。
「キョクチョーさんのカバンってどうなっているのデスカ!?」
「二重底になっている。改造したのは誠士郎君だがな」
「いきなり改造してくれって来たときは驚いた」
そうして九重のメガミのチューニングが終わる。そのメガミは、『皇巫 アマテラス レガリア』ただ、そのプロポーションは通常とは異なっており、カラーリングはそのままなのだが、腰の部分にケープがマウントされており、巫女というよりは、どちらかというと武士のような出で立ちだ。それを強調するかのように右のケープには『誠』、左のケープには『志』という漢字のデカールが貼られ、一振りの刀が左腰に装着されている。
「私のメガミ、桜花(おうか)だ」
「初めまして、エリナ・バレンシュタイン様。私(わたくし)は桜花と申します。以後、よしなに」
「ヨシナニ?」
「よろしくってことだよ、エリナ。久しぶりだね桜花。調子はどう?」
「常に万全で御座います。クオン様とサン様は、如何でしょうか?」
「元気だよ」
「それは何よりで御座います」
桜花に対して、大和撫子のお手本のような性格のメガミだなとエリナは思う。気のせいか、桜花が微笑むと桜の花びらが舞っているように感じてしまうのは、気のせいなのだろうか?それと同時に、桜花の武装が気になってしょうがない。本当に刀一本だけなのだ。サブアームも何もない。本当に黒い鞘に収まっている刀一本だけなのだ。
「それでは、奴に天誅を下すとしよう。討ち入りの時間だ、桜花」
「畏まりました、アサヒ」
そのまま旭と桜花は、初心者のふりをして、件の初心者狩りプレイヤーの筐体へと入っていく。相手も驚いているだろう。遠距離武器は一切装備をしていなく、あるのは一本の刀のみ。カモがやって来た。相手はそう思っているに違いない。
何せ、使用しているメガミは、『皇巫 スサノヲ 紅蓮』なのだ。
スサノオは高火力で有名なメガミで、さらにエフェクトパーツで強化されている。スサノヲ自体、ユーザーを選ぶピーキーなメガミではあるが、『困ったら取り敢えずスサノヲ』という言葉があるほど強力なメガミだ。
「てめぇのメガミなんざ、スサノヲの一撃で始末してやるよ!」
「一撃か。それは面白い。そうだろう、桜花」
「……」
桜花からの返事はない。どうやら集中しているようだ。
フィールド:市街地(荒廃)
BATTLE START!!
崩れたビル、ひび割れたコンクリート壁に窓ガラス。まるでディストピア映画のような街並みが広がる。
このフィールドでは、遮蔽物が多く狙撃戦で好まれる地形だが、お互いに近距離タイプのメガミ同士。ここまで荒廃したフィールドならば、ほんの少しの足音でも小石が転がり、その音で位置情報がばれてしまう。だが。
そのような事をまるで気にすることなく、スサノヲはゆっくりと歩きながら桜花を探す。センサーを使うまでもない。ただ、視界に入った瞬間に己の刃を一振りすれば、それでどんなメガミも終いなのだから。
相手も警戒しているのだろうか。上手に気配を消している。だが、気配を消したところで、センサーで索敵してしまえば、簡単に居場所は探せる。
だが。
「ふふ。今日は素敵な一日ですね。それとも、誰かをお探しですか?」
「……」
索敵するまでもなく、その相手は目の前にやって来た。まるで誰かと一緒に散歩にでも行くかのような、柔らかな微笑みと足並みで。
「自ら斬られに来たか」
「そうかもしれません。知っておられますか?日本の幕末と呼ばれた時代、敵対勢力同士の人間が出会うと、出会ったその日以降、そのどちらかと会うことは二度となかったそうです」
「何故だ?」
「どちらかが殺され、死ぬことになるからです」
その一言が合図かのように、桜花とスサノヲのメインウェポンが、火花を散らしながら噛みつき合った。
スサノヲ 紅蓮のメインウェポン『ヒートヘイズ』には、『焼夷』という相手の防御パラメーターを一時的に下げる効果が付与されている。斬りつければ斬りつけるだけ相手は弱っていき、最後にはその炎で焼き尽くされる。
だが、その炎に怯むことなく、臆することもなく、寧ろ、その炎が自らの身体を焼き焦がす感触を楽しむかのような狂気の微笑みを浮かべている桜花にスサノヲは恐怖を覚える。
「どうかなさいましたか?荒ぶる神の名を冠するメガミさん。どうして怯えるのです?刃が震えていますよ?」
「貴様正気か!?刀一つで私に挑むなどと!」
「人生とは刹那の瞬き。その刹那に命の輝きを見出す一番の方法。それは命のやり取りだと私は考えております」
スサノヲは無理矢理ヒートヘイズを振りぬき、桜花を吹き飛ばして距離を取る。
今までのように、ただ刃を一振りすればいい相手ではない。
目の前で、変わらず狂気の微笑みを浮かべながら、抜身の刀を左手で握りながら、真正面からゆっくりにじり寄るように歩いてくるメガミ『アマテラス』は、アマテラスの形に押し固めた『狂気』そのものだった。
「怯える必要はありません。私たちは今まさに『命』を感じているのです」
「命……?」
気がつけば、スサノヲはじりじりと後退していく。これは最早本能だ。少しでも命を長らえようとする行動だ。
「他者を踏みにじり、自らの命を守るために敵を殺す。その行為こそ刹那の『生』にしがみ掴まんとする生命の本能。たまらないのです。その本能こそが、最も魂が美しく輝く瞬間であると。私はその刹那の輝きを永遠に見ていたい!その瞬間を永遠にこの身に刻みたいのです!」
狂気。陶酔。快楽。純粋。殺意。
様々な『負』の感情が桜花に纏わりつき支配して受け入れている。
ようやくスサノヲは理解する。このアマテラスの形をした狂気は、メガミを『斬る』ことが大好きで大好きで仕方がない『異常者』なのだと。だが、今さら気が付いたところでもう遅い。
「さぁ!楽しみましょう!そして見せてください!貴女の刹那の輝きを!」
狂気で彩られた刀が、炎で彩られた大剣に斬りかかる。
炎が唐竹に振られる。ひらりと唐竹を右に躱すと、三振りの狂気が炎を襲う。
炎は大剣を盾代わりに使い狂気を防ぐ。が、それは同時に炎の視界が自らの大剣で塞がれる。気が付けば、炎の後ろに狂気は回り込み、刀の切っ先を左片腕で高速で突き込む。が、炎は振り返ることもせず、腕を捻り大剣を自らの背にかざして狂気を防ぐ。
防いだ大剣を握る腕が痺れる。この突きだけでない。斬撃の一つ一つが一撃必殺。相手を……いや、『敵』を確実に倒すためのモノだ。
そう理解した時、背筋がゾクリと震える。
恐怖で震えた?いや違う。この震えは、歓喜の震え。今までの相手とは違う。自分と、いやそれ以上の実力を持ったメガミ。
ようやく現れた、自らに相応しい『敵』
「ようやく素敵な表情になりましたわ」
「表情?」
「気がついておられませんか?貴女は今、笑っていますのよ?」
その言葉でようやく気が付いた。確かに笑っている。今までどのようなバトルにおいてもこのようなことはなかった。
……あぁ、そうか。
……これが狂気。これが命。これが刹那。これが輝き。
「まだ、楽しんでもいいのだな?」
「当然です。ふふ、貴女も理解したのですね。嬉しいですわ」
「気付かせてくれて感謝する」
「では、さらに輝かせてまいりましょう!!」
スサノヲと桜花の輝きは激しさを増す。スサノヲの大剣の右横薙ぎを、桜花は前方に跳躍して躱し、その勢いのまま先程と同じ突きを繰り出す。
その切っ先を、スサノヲは僅かに顔を逸らして躱しながら、右横薙ぎにした大剣の遠心力を利用して、先程よりも強力な唐竹を繰り出す。
互いの攻撃は互いの敵に掠ることなく外れるが、互いの視線は交錯する。そして互いに思う。
あぁ、今きっと自分も、敵と同じように笑っているのだと。
あぁ、この時間が永遠に続けばいいのにと。
あぁ、もっと互いの命を輝かせたいと。
だが、その時間は永遠に続かない。稼働エネルギーの残量が、互いにそろそろ限界に来ている。
焼夷の効果は絶大で、防御パラメーターどころか稼働エネルギーも焼かれた。
狂気を纏うその刀の斬撃は、その炎を搔い潜り稼働エネルギーを斬り裂いた。
スサノヲと桜花は互いに真正面に向き合うと、ある程度の距離まで歩いて止まり、スサノオはヒートヘイズを上段に構え、桜花は納刀しギリギリまで刀身に稼働エネルギーを纏わりつかせ、左手は鯉口、右手は柄、軽く腰を落として、抜刀術の構えをとる。
「……」
「……」
先の先か、後の先か。
「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
ヒートヘイズの出力を最大にして、スサノヲが最大速度で突っこんでいく。ここで自らが打ち出せる最大の攻撃をしなければ、桜花に対して失礼に値する。だからこその本気の一撃。
桜花の抜刀術の間合いなど関係ない。その間合いごと殲滅すればいいだけのことなのだ。
そうして放ったスサノヲの一撃。
(凄まじい殺気。凄まじい熱気。凄まじい鼓動。そう、この一撃が見たかった。この輝きが見たかった。感じたかった。ですので、私も応えましょう。私の全身全霊を持って)
己の狂気を全て、納刀している刀に纏わせて、押し固めて、打ち抜くその鈍色の一刀。かつて初めてこの技を主である旭に披露した時に、旭からもらったこの技の名と共に全身全霊で放つ。
気が付けば、桜花の刀が完全に振り抜かれ、スサノヲのヒートヘイズも振り下ろされ、その位置には小さなクレーターが出来ている。
フィールドも、観客席からも、一切の音が消える程の静寂が流れた瞬間だった。
「……見事」
「狂桜斬(きょうおうざん)を使ったのは久しぶりです」
「……ならば、私にとって、誉れとなる、勝負で、あった……」
「貴女の輝きは、しかと私の目に焼き付けました」
WINNER! 九重旭&桜花!!
ワアァァァァァァァァァ!!!!!
狂気と炎の戦いは、大喝采の称賛を浴びることで幕を閉じた。
「久方ぶりのよき闘争でした。感謝致します。アサヒ」
「お前が楽しめたのなら何よりだ、桜花」
桜花を手のひらに乗せながら、筐体から何食わぬ顔で旭が出てくる。称賛に心躍らせるような雰囲気でもなく、奢るでもなく、いつものように凛とした表情と雰囲気で、誠士郎とエリナが座っている座席へとやって来た。
「局長、それに桜花もお疲れさん。やっぱり強いね」
「キョクチョーさんと桜花、ものすごく強いデスネ!エリナのアルトともバトルしてほしいデス!」
「それは楽しみだ。日程を調整しよう」
「えぇ。楽しみが増えるばかりです。ですが、また本気のクオン様とサン様との殺し合いを楽しみたいのです。考えておいてくださいね、誠士郎様」
「頭の片隅には置いておくよ。時間もイイ感じだし、そろそろ帰ろうエリナ」
「ハイ」
「うむ。そうするといい。誠士郎君もエリナ君も、また明日学校でな」
ヒラヒラと軽く手を振りながら、旭はショップから立ち去って行った。
出会ってからそうだが、九重旭は掴みどころのない人物だと誠士郎は思う。ふらりとやって来て、ふらりと喋って、ふらりと立ち去っていく。それでも刀のような鋭さを併せ持つのだから質が悪い。
きっとその雰囲気が、桜花の性格に影響を及ぼしているのだろう。メガミは起動した時は簡単な人格設定だけしかしていない。徐々に周囲から学習し『自己』を形成していくのだ。
「セーシローは、キョクチョーさんとバトルしたことありマスカ?」
「何回か。でもあんまりやりたくない。『狂剣』(きょうけん)の二つ名に偽りなしってね」
「フタツナ?」
「ユーザーネームみたいなモノかな。ここのショップでバトルが強いユーザーに、勝手に観客が付ける迷惑な風習なんだ」
「セーシローも、フタツナがありマスカ?」
「ない……と思う。自分から名乗るわけでもないないしね。さーて、今日のご飯はなんじゃらほい」
「ナンジャラホイ♪ゴロがカワいいデス♪」
おまけ
「……っ!」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「いや、何やら寒気が……」
「寒気!?お姉ちゃん大丈夫!?壊れてない!?やだやだやだ!!お姉ちゃん壊れないで!!」
「落ち着け。どこも壊れておらぬから安心せい」
「でも寒気って?」
「何というか、まぁ……あれじゃ。バトルで桜花と対峙した時に感じた寒気というか、そのようなモノを感じ取ったというか……」
「思い出したら怖くなってきた……」
「じゃろ?それを感じ取ったというかなんというか……」