嘘物語   作:嘘烏

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残念ながらセンスのある小説が暫く書けていませんでしたが、お待たせしました。
今回グロ描写が入ってくるかもしれませんが、ご了承ください。
少女不十分を最近読みました。接物語もいずれ読みたいものです。


第再話 でいしゅうリターン 其ノ肆

008

走行音がしなくなったのはいつからだろうか。

気づいたのは、眠りに落ちてから暫く後である。

目を開けると、電車は駅に到着し、停車しているようだった。

斧乃木はまだ眠っているようで、静かな寝顔をこちらの肩に預けている。

死体人形であることを考えると死に顔に他ならないわけだが、それは置いておこう。

 

古ぼけたプラットフォームの向こうには小高い山が見える。

あれが蝦蟇山だろう。

 

時計を見ると、午前10時8分。

予定より少し遅いが、目的地到着である。

「着いたぞ、起きろ」

 

「ん、もう食べれないよ…」

――寝言言ってやがる。

それが依頼主の態度か。

請求金額倍にしてやろうか。

次の発車時刻は10分後であり、このまま俺達が電車に乗せられていくということは無いがこんなところで足止めを食らうのは避けたい。

仕方がないので強制的に連れて行くことにした。

寝ている彼女を脇に抱え、電車を降りる。

幸い人がいないので、奇異の視線で見られることは無い。

見られたところで何だという話ではあるが、俺が注目を集めるのは今後の仕事に差し障る。

そうこうしていると斧乃木が目覚める。

 

「…何この状況」

「俺も知りたい」

 

電車に乗る前に自販機で買っておいたスポーツドリンクをカバンから出して、斧乃木に渡す。

死体人形に電解質やらミネラルの補給が必要なのかどうかは知らんが、水分不足でミイラ化されるよりはマシだろう。

なにせまだ3月なのに夏みたいに暑い。

地球温暖化の進行を嫌でも感じる。

さっき斧乃木から聞いた話によると、今年は2月にはもう25度を超える夏日の日が出てきたそうではないか。

この調子だと北極の氷はもう溶け切ってるんじゃなかろうかとさえ思ってしまう。

その場合、地面を踏めない影縫は唯一の安息の地が消滅してしまうことになるが、大丈夫だろうか。

 

「僕やお姉ちゃんの事を心配する前に自分の事を心配したらどうだい、貝木。そんな干からびた枯れ木みたいな外見でミイラ化云々言われても説得力が無いし、安息の地が無いのは詐欺師も同じでしょ」

 

「安心しろ。枯れ木に花を咲かせる気はないし、詐欺師に安息の地など最初から必要ない。根無し草こそが商売敵の目を眩ませる唯一の手段だからな」

そううそぶきながら、俺は駅舎の古びたベンチに腰を下ろし、地図アプリを出す。

今、俺達がいるのが蝦蟇山駅。

無人駅というわけではないのだろうが、駅員の姿も見当たらず、聞こえるのは遠くで鳴くカラスの声と、異様に早い春の熱気に煽られた木々のざわめきだけだった。

ここから1kmほど南、町の境ぎりぎりに蝦蟇山は位置している。

井戸海町の最南端というわけだ。

 

「改めて見ると、『井戸』の底というわけだね」

 

「ではそこにどんな淀みが溜まっているかを拝みに行くとするか。失踪現場はこの山のどのあたりだ?」

 

「山の中腹にある古い展望台付近だよ。そこから先へ進んだ人間が、一人残らず消えている。警察は滑落事故として処理しようとしているけど、遺体すら見つからないのは不自然だよね。いぇーい」

斧乃木は地図をズームし、その展望台を表示させた。

航空写真や画像を見る限りでは、かなり古い建物のように見える。

 

「ではそこに潜んでいる可能性が高いと考えるのが順当だろうな。案内は任せる。山登りには慣れてるからペースは気にしなくていい」

「いぇーい。死体人形は疲れないからね、貝木お兄ちゃんが音を上げるまで付き合ってあげるよ。ピースピース」

 

蝦蟇山駅の改札を抜けると、そこには昭和の香りが色濃く残る、寂れた駅前風景が広がっていた。

かつては観光客で賑わったのだろうが、今はシャッターを下ろした土産物屋が数軒並んでいるだけだった。

 

俺は額の汗を拭い、目の前に聳える蝦蟇山を仰ぎ見た。

標高はさほどではない。だが、山全体を覆う植生が妙に深い。

緑というよりは、濃い緑青のような色が、山肌を這うように密集している。

それが俺には、巨大な蛙の背中のイボに見えて仕方がなかった。

 

009

アスファルトの照り返しに焼かれながら、登山道の入り口へと向かう。

セミの鳴き声が聞こえてきそうなほど暑い中、実際に聞こえているのは、湿った「ゲコ、ゲコ」という蛙の合唱だった。

「……おい、斧乃木。この時期に蛙がこんなに鳴くか?」

 

「異常気象のせいか、あるいは怪異の仕業か。どっちにしても、歓迎されていないことだけは確かだね」

 

登山道が舗装されているのは入り口だけで、数分も歩けば足元は湿った土と露出した木の根に支配される。

「蝦蟇山」という名の通り、ここは湿気が多い。

空気が重く、肺にまとわりつくような不快感がある。

 

「さっきも言ったけど暑い……。貝木、これ本当に三月?」

 

「この蝦蟇山に棲まうモノの仕業だろう。爬虫類や両生類の怪異は、その存在自体が周囲の温度を狂わせることがある。蛙っていうのは、高温多湿を好むからな」

 

「山全体が、奴にとって居心地の良いテラリウムに変貌しつつあるってことか。自分が腐敗しつつあるんじゃないかって錯覚しちゃうよ」

 

「錯覚ならいいが、実害が出る前に終わらせるぞ。怪異の調査は足で稼ぐのが基本だ」

 

とは言ったものの、病み上がりの体にこの傾斜はこたえる。

急勾配の坂道、不揃いな石段。

病み上がりの、いや死に損ないの俺の体には、この程度の山歩きすら毒のように回る。

一歩進むたびに、肺が熱く焼け、視界がちかちかと明滅した。

 

「情けないね、貝木お兄ちゃん。僕が背負ってあげようか? 別料金で。ピースピース」

「断る。詐欺師が人形の背中で楽をするなど、職業倫理に反する」

そんな強がりも限界に近い。

立ち止まって膝をつき、荒い呼吸を整えていた、その時だった。

 

「――お困りですか? 登山の方」

 

鈴を転がすような、涼やかな声がした。

顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

年の頃は女子高生。

どこにでもあるようなセーラー服を、この蒸し暑い山中で乱れもなく着こなしている。

真っ直ぐな黒髪と、少し大きめの瞳。

その瞳は、まるで水面に浮かぶ月のように、底知れぬ静けさを湛えていた。

どことなく戦場ヶ原を連想させる娘だった。

 

「ああ、見ての通りだ。少々、山の空気に当てられたようでな」

俺は努めて平然を装い、眼鏡の位置を直した。

詐欺師の鉄則、弱みを見せるな。

 

「この先は道が入り組んでいて、初めての方だと迷いやすいんですよ。よろしければ、私が中腹までご案内しましょうか?そこまで行けば休める場所がありますので」

少女は人懐っこい笑みを浮かべる。

怪しい。あまりにもタイミングが良すぎる。

だが、俺の横で斧乃木がじっと少女を観察しているが、攻撃に転じる気配はない。

つまり、現時点では「ただの人間」に見えるということだ。

「それは助かる。俺は金木。金のなる木と書いて金木だ。こっちの無表情なのは、俺の親戚の娘だ」

安定の偽名である。

「私は、阿久津(あくつ)と申します。さあ、こちらですよ」

 

阿久津と名乗った少女は、軽やかな足取りで先を歩き始めた。

俺と斧乃木は顔を見合わせ、無言のまま彼女の後に続いた。

少女の案内する道は、地図には載っていない細い獣道のようだったが、不思議と歩きやすい。

彼女が歩くたび、足元の草が小さく波打つ。

一時間ほど山を歩いただろうか。

調査という名目で、俺たちは少女から山の話を聞き出した。

最近、夜中に山から不気味な鳴き声が聞こえること。

近所の人が、買い物に行ったきり戻ってこないこと。

彼女はそれを「山の神様が怒ってるのかも」と、どこか他人事のように、それでいて悲しげに語った。

その「山の神様」について尋ねると、彼女はこの山の伝承について語ってくれた。

 

「この山にはね、『飲み込み蝦蟇』という言い伝えがあるんです。欲深い人間を丸呑みにして、その中身を空っぽにしてしまう……金木さんも、何か失くしものには気をつけてくださいね」

 

嘘と真実が混ざり合うような語り口。

俺がいつもやっているような感じだった。

背筋に冷たいものが走るのを感じる。

だが、彼女の背中からは邪気も殺気も感じられない。

ただの親切な女子高生。

そう思い込もうとする心の隙間を、湿った蛙の鳴き声が埋めていく。

「……着きましたよ。ここが中腹の展望台です」

少女が指差した先には、朽ち果てた木造の展望台があった。

辺りには妙な匂いが漂っている。古い沼のような、生臭い、粘り気のある臭いだ。

俺たちは周囲を一通り調査し――踏み荒らされた草むらや、不自然に落ちている片方の靴を確認した。

なるほど、失踪事件の「現場」としては申し分ない。

 

「よし、調査は終わりだ。駅へ戻るぞ」

俺が斧乃木にそう告げると、少女は意外そうに首を傾げた。

 

「もうお帰りですか? もっと奥には、もっと綺麗な景色があるのに」

 

「生憎、俺は絶景よりも自分の命の方が好きでね。暗くなる前に山を降りるのが、大人の嗜みだ」

俺たちは少女に礼を言い、今来た道を駅へと引き返した。

背後で少女がじっとこちらを見送っている気配を感じながら。

 

「……どうだった、斧乃木。あの娘は」

下山の最中。

俺の問いに、斧乃木は無表情のまま、自分の手のひらを見つめて答えた。

「わからない。でも、一つだけ確かなことがあるよ」

「何だ」

「あの子、案内してくれている間、一度も瞬きをしていなかった。それと――」

斧乃木は、山道を下る俺の足元を指差した。

「貝木の影、さっきより少し薄くなってるよ。まるで、何かに吸い取られたみたいにね」

俺は自分の影を見た。

確かに、西日に照らされた影は、輪郭がぼやけ、透き通っているように見えた。

「……ふん。やはり、ただの道案内ではなかったか」

俺はポケットから、少女が去り際に「お守りです」と言って渡してきた石を取り出した。

それは石などではなく、乾燥して固まった、蛙の卵の塊だった。

 

010

駅に戻ってきた時には時刻は午後四時を回っていた。

まだ空は明るい。

人っ子ひとりいないのが気にかかるが、田舎特有の静けさを「日常」と定義することで、俺は違和感を保留した。

 

だが、直後。

ざざざ、と。

空が赤く染まり始めた。

水に垂らされた血が広がるように。

青いキャンバスに赤い絵の具をぶちまけたかのように。

黄昏の色が急速に深まっていく。

いや、それは深まったのではない。

世界そのものが、別の何かに書き換えられたのだ。

それと同時に、おおよそ人型としか形容の出来ない黒い影がシートに現れる。

数はおおよそ15体。

行方不明になっていた近隣住民の人数と一致する。

手に持っているのは熊手、鎌、刺股。

黒いローブを着込んでいるが、ズタボロの布から何やら液体が滴り落ちているのがここから見えた。

金銭が通じる相手でないことだけは確かだった。

 

かたん。

と、荷物が倒れた。

 

軋みながらゆっくりと影どもが立ち上がる。

俯いていてよく見えなかった外見は、悍ましいの一言に尽きた。

人間の体を無理やり蛙が着込んでいるような見た目で、眼窩に無理くり嵌め込めたような眼球が絶え間なく回転していた――これ以上は、俺のSAN値が削れるので省略。

クトゥルフ神話じゃねぇんだぞ。

 

「斧乃木。後でハーゲンダッツ山程買ってやるから『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』で逃げるぞ」

異形から目を離さず、斧乃木に囁く。

「50個だよ。覚えといてね」

「安心しろ。俺は約束を守る男だ」

「嘘だぁ」

異形が牙を剥き、襲いかかる。

 

例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)、ぴーすぴーす」

 

異形の頭が爆ぜ、壁に投げつけられたトマトのように派手に中身を飛び散らした。

 

土煙の中、斧乃木のシルエットが浮かび上がる。

今ので電車が半壊し、先頭車両まで見えてしまっている。

損害賠償、というかカバーストーリーは臥煙先輩がなんとかしてくれるだろうか。

 

「おい斧乃木、お前は加減という言葉を知らないのか。トマトソースの飛び散った電車で旅を続けたいほど俺はイタリア趣味じゃないんだ。それと先頭車両までぶち抜くのは、もはや逃走ではなく解体工事だろう。損害賠償の請求書が俺のところに回ってきたら、その時はお前を質に入れて払わせてもらうからな」

 

俺は飛び散った「何か」を避けるように、喪服の裾を翻しながら、辛うじて原型を留めているプラットホームへと飛び降りた。

視界の端では、頭部を失ったはずの異形どもが、それでもなお痙攣しながら鎌や刺股を振り回している。

 

俺は悪態をつきながら、背後に立つ斧乃木に視線を送った。

駅舎のホームは、いつの間にか異界の入り口へと変貌していた。

先ほどまで感じていた熱気は、今や粘りつくような湿気と、死肉が腐ったような腐敗臭に取って代わられている。

 

「そんなの僕のせいじゃないよ。今の攻撃、手応えがスカスカだったんだ。まるで、空気をパンチしたみたいに。……だから少し、出力を上げすぎちゃった」

「スカスカだと?」

 

「そう。魂とか精気とか、そんな高尚なものじゃない。もっと物理的なもの……内臓や骨、それから『人間としての形』を維持するための芯が、ごっそり吸い取られてる。今の彼らは、ただの濡れた皮袋だよ。あ、アイスはクリスプチップチョコレートを多めにしてね」

 

濡れた皮袋。

なるほど、先ほどの少女が言っていた「飲み込み蝦蟇」の伝承通りというわけか。

奴は人間を丸呑みにし、その本質を消化して、残った外皮をこうして自らの手下、あるいは「排泄物」として使役しているらしい。

 

不気味な光景だ。

派手に中身――といっても、それは人間の内臓などではなく、黒ずんだ泥水のような粘液だったが――を撒き散らした影たちが、ゆっくりと、しかし確実に再生を始めていた。

飛び散った粘液が意思を持つかのように足元へと集まり、再び不格好な「人間を模した蛙」の形へと再構成されていく。

駅舎全体が、まるで巨大な生き物の胃袋のように、ぐちょり、と音を立てて波打った。

それの他にも黒いローブを纏った影たちが、ぎちぎちと関節を鳴らしながら歩み寄ってくる。

彼らの持つ鎌や刺股が、赤く染まった夕闇の中で鈍く光った。

 

「斧乃木、お前の『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』で一掃できないのか?」

 

「やりたいのは山々だけど、あまり派手に動くと、この駅の構造自体が崩壊して僕たちもろとも『胃袋』の中に落ちるよ。ここ、もう現実の駅じゃない。蝦蟇の口腔内との境界線だ」

 

俺は舌打ちした。

詐欺師の土俵は「言葉」であって、物理的な乱闘ではない。

ましてや相手は言葉の通じない皮袋の軍団だ。

 

詐欺師の鉄則。

状況が不利になればなるほど、涼しい顔をして「これは計画通りだ」と自分に嘘をつけ。

だが、事態は極めて深刻だった。

失踪した十五人。そのなれの果てが、この再生し続ける皮袋どもなのだとしたら、奴の「消化」はすでに完了している。

そして、奴の次の獲物は、この死に損ないの詐欺師と、死体人形というわけだ。

 

「ゲコ……ゲコオォォォ……」

 

合唱が、地響きのように駅構内に鳴り響く。

再構成された影たちが、今度は一斉に跳躍した。

蛙特有の強靭な脚力を備えた人型の影。その動きは生物学的な整合性を無視し、重力すら欺くような弾道で俺たちへと迫る。

絶体絶命の危機。

 

だが、俺は確信していた。この不自然な状況、この過剰な演出。

必ずどこかに「演出家」がいる。

 

「斧乃木、上だ!」

 

例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)

 

斧乃木が俺の襟首を掴み、文字通り垂直に跳ね上がった。

次の瞬間、俺たちが先ほどまで立っていた場所は、影たちが振り下ろした刺股によって粉砕される。

空中。滞空。

重力を無視した浮遊感の中で、俺は駅舎の天井付近にある、古びたスピーカーに目を留めた。

そこから、微かに「音」が漏れている。

蛙の鳴き声ではない。もっと人為的な、規則正しいノイズ。

 

「……なるほど。そういうことか。斧乃木、あのスピーカーを狙え。あれがこの空間の『心臓』だ」

 

「え、あれ? ただのボロい放送機器に見えるけど」

 

「いいからやれ。専門家の直感だ。偽物だがな」

 

斧乃木は迷わなかった。

空中で不自然に体を捻り、肥大化した右拳をスピーカーへと叩き込む。

 

「いぇーい」

 

衝撃。

スピーカーが爆ぜたと同時に、周囲の景色がガラス細工のようにひび割れた。

赤い夕闇が剥がれ落ち、その下から、本来の、少し肌寒い三月の夜気が流れ込んでくる。

異形たちの動きが止まり、その姿が霧のように薄れていく。

そして。

 

「あ、あら……見つかっちゃいました?」

 

瓦礫の山の上に、あのセーラー服の少女――阿久津が立っていた。

だが、その姿は先ほどよりもずっと「()()()()」。

彼女の肌は、まるで真珠のような光沢を放ち、その唇は異常なほど赤く、濡れていた。

そして何より、彼女の背後にある影。

夕日に照らされた彼女の影は、少女の形をしていない。

それは、何十倍にも膨れ上がった、巨大な蛙のシルエットだった。

十五人どころの話ではない。

こいつ、百人以上食らっている。

古代から取り込んできた魂が蛙の影を醜く歪ませていた。

 

彼女の手には、先ほどのスピーカーに繋がっていたと思われる、小型の録音機が握られている。

彼女の表情は、先ほどまでの「親切な案内役」でもなければ、「不気味な怪異」でもなかった。

それは、いたずらが見つかった子供のような、どこか冷めた、それでいて残忍な笑み。

 

「……阿久津さん。案内役としての仕事は終わったはずだが、延長料金でも請求するつもりか?」

 

「せっかく、いい所だったのに。金木さん。貴方の影、あともう少しで全部飲めたんですよ?」

 

「生憎、俺の影は脂肪分が多すぎてな。食あたりを起こす前に、そのおもちゃを返してもらおうか」

 

「あら、バレてしまいましたか。せっかく、もっとゆっくり『味見』をしようと思っていたのに」

阿久津は瓦礫の山から消失すると同時に、駅の事務室、その閉ざされた扉の隙間から再び姿を現した。

 

「金木さん……いえ、貝木泥舟さん。貴方の影、とても美味しいですね。嘘と欺瞞で塗り固められた、ドロドロとした黒い味。こんなに食べ応えのある影は、百年ぶりです」

 

「おっと、そいつは困るな。俺の影は非売品だ。それに、俺は自分の偽名に『金』の字を入れるほど、金には汚いが……自分の影をタダで食わせるほど、お人好しではない」

 

俺は着地すると同時に、少女へと歩み寄った。

斧乃木が彼女の背後に回り込み、逃げ道を塞ぐ。

だが、彼女に焦る様子はない。

彼女は録音機を無造作に放り投げると、スカートの砂を払い、真っ直ぐに俺を見据えた。

彼女がくすくすと笑うたび、俺の足元の影が、まるで生き物のように彼女の方へと引き寄せられていく。

影が吸い取られるにつれ、俺の指先から感覚が消えていく。

冷たい。

血が凍りつくような冷たさが、足元から這い上がってくる。

 

「『井戸の底』へようこそ、貝木泥舟さん。ここは、飲み込まれた人たちの『嘘』が溜まる場所。……そして、貴方が死に場所として選ぶはずだった、鏡の中の景色」

 

「……随分と詩的な表現だな。だが、俺は死ぬ場所は自分で決める主義でね。それも、可能な限り金のかかる豪華な場所と決めている」

 

俺は懐から、一束の札を取り出した。

本物の紙幣ではない。俺がかつて詐欺の小道具として自作した、精巧な「呪札」だ。

他の専門家連中のような本物の霊力は宿っていないが、詐欺師の執念がこもった、偽物の極致。

 

「斧乃木! 奴の『目』を逸らせ! 三秒でいい!」

 

「了解。例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)

斧乃木の手が、爆発的な速度で肥大化した。

彼女は俺の影を吸い取っている少女ではなく、駅舎の天井、その「空の赤」を支えている梁に向かって拳を叩き込んだ。

轟音。

駅舎が激しく揺れ、赤い夕闇がひび割れる。

一瞬、阿久津の注意が頭上の崩落へと向いた。

その隙を、俺は見逃さない。

「影を吸うのがお前の仕事なら、こいつを吸ってみろ。俺がこれまでの人生でついてきた、数えきれないほどの『嘘』の集大成だ!」

俺は呪札を自分の影に向かって投げつけた。

札が影に触れた瞬間、ドス黒い煙が噴き上がる。

それは、影そのものを「肥大化した嘘」で上書きする詐欺師の秘術――と言えば聞こえはいいが、要するに一時的な目眩ましだ。

 

「……っ! 苦い……! 何ですか、この泥のような……!」

 

阿久津が顔を顰め、喉を押さえて後退する。

俺の影を吸っていた「繋がり」が、拒絶反応を起こして弾け飛んだ。

その瞬間、俺の体に感覚が戻る。

 

「阿久津と言ったか。お前にしては、よくやった方だ。この空間の演出、そして十五人のエキストラ。……だが、一番の『嘘』は、お前自身だろ?」

 

俺が札を投げると、それは彼女の体に触れる前に、空中で「じゅっ」と音を立てて焦げた。

彼女の周囲の空気が、異常に高温になっている。

 

「…私は阿久津。でも、阿久津じゃない。私は、この山が吐き出した『未練』そのもの。……貝木さん、貴方はこれから、もっと多くの嘘を吐くことになる。この蝦蟇の胃袋の中で、貴方が最後に吐き出すのは、真実か、それとも――」

 

苦しむ彼女の姿が、陽炎のように揺らめき、消えていく。

それと同時に、半壊していた駅舎の幻覚が完全に解け、俺たちは本当の、無人の「蝦蟇山駅」のホームに立っていた。

破壊された電車も、グズグズになった粘液も無い。

目の前にあるのは、ただの錆びついたレールと、遠くで鳴く本物のカラスの声。

夜のひんやりとした空気が心地よい。

 

「逃げたか。……いや、最初からあそこに実体はなかったのかな、貝木」

 

斧乃木が、肥大化させていた右手を元のサイズに戻しながら言った。

 

「ああ。あれは『端末』に過ぎん。奴の本体は、まだ山の奥だ。……だが、収穫はあったぞ」

 

俺は、彼女がいた場所に落ちていた「何か」を拾い上げた。

それは、乾燥した蛙の卵。

だが、その中には、小さな、人間の「指紋」のような模様が刻まれていた。

 

「失踪した十五人。彼らは食われたんじゃない。……奴の『一部』に書き換えられたんだ。そしてあの少女も、そのうちの一人。……おそらく、最初に行方不明になった娘だろうな」

 

俺は空っぽになった財布をポケットにねじ込み、駅の出口へと歩き出した。

 

「十五人の命の対価。それを回収するには、少しばかり『毒』が必要だ。……斧乃木、アイスの数は50個から100個に増やしてやろう。その代わり、今夜は一睡もさせんぞ」

 

「いぇーい。ブラック企業だね。でも、100個なら受けてあげるよ。ピースピース」

 

夜の帳が降りた蝦蟇山を背に、俺たちは次の「仕込み」のために街へと戻る。

生ぬるい風が吹き始めた。

 

011

井戸海町の湿り気は、二日目の朝を迎えても引くどころか、より一層その濃度を増していた。

俺と斧乃木は、昨日出会った「阿久津」という少女の生前――いや、人間としての実態を洗うべく、町の中心部から少し外れた住宅街へと足を向けた。

調査は足で稼ぐのが基本だが、俺の場合はそこに「口八丁」というスパイスが加わる。

近隣住民への聞き込み。

 

「行方不明になった親戚の娘を探している、しがない興信所の者だ」

そんな使い古された嘘を並べ立て、俺は阿久津という少女の輪郭を浮き彫りにしていく。

 

阿久津。下の名は、渚。

地元の高校に通っていた、どこにでもいる平凡な少女。

だが、周辺の証言を繋ぎ合わせると、ある共通した「欠落」が見えてきた。

彼女は、極めて影が薄かった。

いじめられていたわけではない。疎外されていたわけでもない。ただ、そこにいるのに、誰も彼女の「中身」を正しく認識していなかった。

まるで2ヶ月前のリプレイを見ているようだった。

ただし、その影響はより深刻だ。

 

「あの子、いつも一人で山を見ていたわ」

 

「笑った顔を見たことがない。というより、顔を思い出そうとしても霧がかかったみたいで……」

住民たちの言葉は、どれも一様に要領を得ない。

彼女は人間として生きていた頃から、すでにこの町の「澱み」と同化し始めていたのではないか。

 

「……ねぇ、貝木。あの子の部屋、見つけたよ」

斧乃木が、人気のないアパートの一室を指差した。

管理人が不在の隙を突き、鍵を開けて侵入する。

室内は、驚くほどに「無」だった。

家具は最低限。趣味を感じさせるものは何一つない。

ただ、机の上に一冊のノートが置かれていた。

そこには、びっしりと「ゲコ、ゲコ、ゲコ」という文字が、紙を突き破らんばかりの筆圧で書き殴られていた。

 

「……中身を食われる前から、彼女は自分という存在に耐えかねていたらしいな。空っぽの器には、何かが入り込みやすい。それがこの山に棲まう、古の蝦蟇だったというわけだ」

俺はノートを閉じ、ポケットにねじ込んだ。

彼女の肉体はまだ生きている。だが、その魂はすでに山の一部として、百人の怨念と混ざり合っている。

救う価値があるかどうかなど、詐欺師の俺が決めることではない。

だが、ターゲットの品質を把握しておくことは、取引の基本だ。

 

その夜。

「さて、100個のアイスを胃袋に収める前に、まずはその知恵袋を貸してもらおうか、斧乃木」

俺たちは駅前の、これまた時代に取り残されたような安ビジネスホテルの一室に陣取っていた。

部屋の中は、斧乃木がコンビニで買い占めてきたカップアイスの山で埋め尽くされている。

彼女は無表情に、しかし驚異的なスピードで木のスプーンを動かし、バニラやらチョコやらをその小さな口へと運んでいた。

 

「うん……冷たくて美味しい。でも、作戦会議っていうなら、まずは状況を整理してよ。あなたは、あの少女――阿久津が『最初の犠牲者』だって言ったよね」

 

「ああ。名前にヒントがあった。阿久津(あくつ)。奴の正体が蝦蟇の怪異であるなら、それはあまりにも皮肉な符合だ」

 

俺はホテルのメモ帳に「阿久津」と書き殴る。

 

「阿久津。逆から読めば『つくあ』。……いや、そんな単純な回文ではない。かつて筑波山、ガマの油売りで知られるあの地は古来『あくつ』と呼ばれた。

「低湿地、泥の溜まる場所を指す言葉だ。だがもっと性質が悪いのは、これが『開く津』に通じることだ。津とは港、あるいは境界。つまり彼女は、蝦蟇の胃袋へと通じる『開かれた境界』そのものなんだよ。

「阿(あ)から始まり、津(つ)で終わる。物事の始まりから終わりまでを飲み込み、その中間に潜む苦(く)――すなわち苦痛だけを抽出して味わう。実に、不快極まるネーミングだと思わないか?」

 

俺は三角形を描き、その頂点に「蛇・蛙・蛞蝓」を書き込む。

 

「いいか、今の状況はパワーバランスが崩壊した三竦みの成れの果てだ。俺が千石撫子を蛞蝓――『蛞蝓豆腐』で封じたことで図式が歪んだ。蛇は蛞蝓に弱く、蛞蝓は蛙に弱く、蛙は蛇に弱い。お前が今日、わざわざ北極から届いたような影縫の御札を持って現れたのも、元を正せば俺が蛇を蛞蝓で上書きしたせいで、天敵を失った蛙が暴走を始めたからだろう?」

 

「……正解。でも、あなたが無視できない要因がもう一つあるよ」

斧乃木はラムネ味のシャーベットを口にしながら、淡々と続けた。

 

「直江津の神の座は、今、八九寺真宵がその座に据えられている」

 

「……八九寺真宵、か」

一度も会ったことはないが、風の噂で聞いた『迷い牛』の少女。

 

「そう。彼女は今、神としてあの街のバランスを保っている。でも、彼女の属性は『迷子』だ。蛞蝓に似た、定まらない場所、粘りつくような執着、そして道を見失わせるヌルヌルとした存在感。神になったとはいえ、その根源的な属性は変わらない。

「……つまり、神としての彼女は、蛙にとってこの上なく『美味しい獲物』なんだよ。神という最上級の蛞蝓。それを蝦蟇が喰らえば、奴は手に負えない化物になる。十五人の失踪者は、そのための前菜に過ぎない」

 

「なるほどな。神という蛞蝓を喰らう前に、周辺の雑味を取り除いているというわけか。蛙という生き物は、動くものなら何でも口に入れる。貪欲で、消化液は強力だ。だが、その生態系には必ず『天敵』が存在する」

天敵――トッププレデター。

生態系の頂点。

猛禽類や、サギ類。

俺はメモ帳の端に、一羽の鳥のような歪な図形を描いた。

 

「蛇がいないのなら、別の天敵を模造するまでだ。斧乃木、お前の情報によれば阿久津は失踪者を『導く』ことで餌にしていた。ならば俺たちはその逆をやる。導くのではなく、『迷わせる』んだ。蝦蟇が餌を飲み込もうとした瞬間に、中身が『迷子』になっていたらどうなる?」

 

「……飲み込んだはずのものが、胃袋の中で迷い続ける。消化できずに、逆に内側から侵食されるってこと?」

 

「察しがいいな。蛙は蛞蝓を食うが、その蛞蝓が『永遠に胃に到達しない迷子』だった場合、蛙の消化器官は論理破綻を――消化不良を起こす。三竦みのルールを逆手に取り、蛙の中に、決して消化できない『偽物の神の属性』を流し込む。それが俺のつく、猛毒の嘘だ」

 

俺はペンを置いた。

八九寺真宵――。その迷子の神の力を、偽物の専門家である俺が偽造する。

しかし、俺の胸中には拭いきれない奇妙な違和感が残っていた。

蛙を喰らうのは蛇だけではない。

水辺に佇み、不動の姿勢から一閃、蛙を丸呑みにする白い影。

詐欺師の俺が、鷺の気配を感じるのは、単なる言葉遊びの域を出ない妄想だろうか。

 

「……アイス、100個じゃ足りないかも。僕、これから八九寺真宵の『迷わせ方』について、あなたに詳しくレクチャーしなきゃいけないみたいだし」

 

「経費で落としてやる。食え。……明日、蝦蟇山が飲み込むのは、十五人の人間ではない。自分自身を内側から食い破る、終わりのない『迷路』だ」

偽物の専門家が、神の偽物を作り出すための夜。

窓の外、蝦蟇山の暗闇の中で、一瞬だけ羽ばたきのような音が聞こえた気がしたが、俺はそれを「気のせい」という嘘で片付けた。

 

012

「ところで斧乃木、お前はさっきから俺の描いたこの図形を、奇異なものを見るような目で見ているな。何か言いたいことでもあるのか」

俺はメモ帳の隅、先ほど走らせていたペンの跡を指し示した。それは鋭い嘴と長い首を持つ、大型の鳥類のシルエットに酷似していた。

 

「……いや。あなたがそんな風に、無意識を形にするなんて珍しいと思っただけだよ。それ、サギだよね。漢字で書けば『()』だ」

 

斧乃木はアイスを平らげ、空のカップをピラミッドのように積み上げた。

 

「鷺、か。(みち)の鳥と書いて、鷺。なんとも皮肉な字面だと思わないか? 迷い牛の神を逆手に取って、迷路を構築しようとしている俺のペンが、よりにもよって『路』を持つ鳥を描くとは」

 

「言葉遊びが好きだね、あなたは。でも、その漢字にはもう一つの側面があるよ」

斧乃木は俺のペンを奪い、メモ帳に大きく『()』と書いた。

 

「路の鳥である『鷺』。そして、言を()すと書いて『詐』。どちらも『サギ』と読む。あなたが職業としている『詐欺』のサギと、その鳥のサギ。偶然にしては、出来過ぎていると思わない?」

 

「偶然こそが詐欺師の親友だぞ、斧乃木。俺たちが扱う嘘は、偶然という名の必然を装うことで真実味を帯びる。だが、お前の言う通りだ。鷺という鳥は、古来より『神の使い』とされる一方で、獲物を狙う際の執念深さは怪異に近い。不動のまま水面に立ち、獲物が油断した一瞬にすべてを終わらせる。……まるで、獲物の意識を『騙して』いるようにな」

俺は「詐」という文字を見つめる。

言を乍す。(なごし)とは、本来「たちまち」や「にわかに」という意味を持つ。言葉をにわかに作り出すこと――それが詐欺の語源だという説もある。だが、鷺の漢字を分解すれば、そこには「(あらわ)」になるはずの「路」が隠されている。

 

「暴かれるべき(みち)を、羽で覆い隠す鳥。それが鷺だ。そして、暴かれるべき真実を、言葉で覆い隠すのが俺だ。……だが、俺が知らない『サギ』がこの山に潜んでいるとしたら、それは俺のつく嘘すらも食い荒らす、本当の天敵(モンスター)かもしれないな」

 

「あなたが知らないことなんて、山ほどあるよ。例えば、その鷺の怪異――『鷺を烏と言いくるめる』という言葉があるよね。白を黒と言い張る、強引な嘘のこと。もし、この山に潜むのがその属性を持った怪異だとしたら、あなたの『迷わせる』という嘘さえも、『正しい道だ』と言いくるめられてしまうかもしれない」

斧乃木は真顔で、しかしどこか楽しげに、残酷な可能性を口にした。

 

「……言いくるめる、か。白を黒に、路を闇に。それはもはや詐欺の領域を超えて、世界の改変に近いな。だが面白い。神になった迷子を喰らおうとする蝦蟇と、白を黒と言いくるめる鷺。そして、そのどちらも金にならないと吐き捨てる詐欺師。……役者は揃いすぎている」

俺はメモ帳を破り捨てた。

言葉遊びはここまでだ。漢字の成り立ちがどうあれ、言葉の意味がどうあれ、俺がやることは変わらない。

俺は俺のつく嘘が、世界で最も精巧であることを証明するだけだ。

 

「了解。……でも貝木、一つだけ忠告。サギを追うときは、足元に気をつけて。鳥は空を飛ぶけど、サギは泥の中に立っているものだから」

 

013

「斧乃木余接」について語る。

よせばいいのにと俺自身も思う。

死体について語るなど、死に損ないの俺にはいささか縁起が悪すぎる。

だから騙らせてもらう。

半分くらい嘘が混じってると思ってもらっていい。

 

あいつは、平たく言えば死体だ。

それもただの死体ではない。付喪神として、あるいは人形として、怪異の専門家たちの都合によって「生かされて」いる死体だ。

無表情。無感動。無感情。

そんな風に装っているが、あれは単なる設定に過ぎない。

人間が、人間らしく振る舞うために多大なエネルギーを消費するように、彼女もまた「人形らしく」振る舞うために、精一杯のポーズをとっている。

「僕はキメ顔でそう言った」だの「ピースピース」だの。

 

馬鹿馬鹿しい。

そんな言葉の皮を一枚剥げば、そこにあるのは冷徹な合理主義と、それ以上に深い「生」への執着だ。

あるいは、生への執着を禁じられたことによる、一種の諦観か。

彼女と俺の関係は、極めてビジネスライクだ。

俺が嘘を吐き、彼女が暴力を振るう。

俺が金を稼ぎ、彼女がアイスを食う。

本来、死体と詐欺師の間に信頼などという高価な感情は成立しない。

だが、奇妙なことに、この世で最も信用に足る人間を一人挙げろと言われれば、俺はあの無愛想な人形の名前を呼ぶかもしれない。

なぜなら、彼女には「裏切るための感情」が欠落しているからだ。

 

……いや、これも嘘だな。

本当は知っている。彼女が、その作り物の胸の内に、どれほど危ういバランスの正義感を飼い慣らしているか。

臥煙先輩や影縫の命令に従いながらも、時折、阿良々木暦というお人好しの影響を受けて、計算の合わない行動をとる。

人形の分際で、人間味を隠しきれていないのだ。

俺にとって、斧乃木余接は鏡のような存在だ。

俺が「偽物の人間」を演じ、彼女が「本物の人形」を演じる。

どちらがより誠実かなどという問いに意味はない。

結局のところ、俺たちはこの不条理な怪異の夜を生き延びるために、自分という存在に嘘をつき続けている同志なのだから。

もっとも、本人を前にしてこんなことを言えば、「貝木お兄ちゃん、気持ち悪いよ」と、冷ややかな視線と共によく冷えたアイスの代金を請求されるのが関の山だろう。

だから俺は、彼女の前ではただの詐欺師でい続ける。

彼女が、ただの人形として振る舞えるように。

 

「……さて、独白は終わりだ。アイスのゴミを片付けろ、斧乃木。部屋がバニラの匂いで充満している。俺は今、極めて不機嫌なんだ」

そう言う俺の影が、少しだけ彼女の方へ伸びていたとしても、それはただの物理現象に過ぎない。

ホテルの窓を開ける。

湿った風が「ゲコ……」という小さな声を運んできた。

それが蝦蟇の嘲笑なのか、あるいは死にゆく誰かの呼び声なのか、俺には判別がつかなかったし、判別する必要もなかった。

俺はただ、偽物の喪服を整え、闇の中へと足を踏み出した。

窓の外では、もう羽ばたきの音は聞こえなかった。

 

もちろん、これも嘘だが。




次回豫告
「羽川翼です」

「テレビが出始めた頃には、『テレビがラジオを駆逐する』みたいに言われて『ラジオ・スターの悲劇(Video Killed the Radio Star)』なんて曲も作られましたけど、最近ではそのテレビもSNSやインターネットに押されて勢力をかなり弱めているようです」

「スマートフォンやタブレットで気軽に見れるYoutube、NetflixやAmazonプライムビデオといったサブスクリプションの台頭により、今では番組を見るというより、それらを大画面で見るためにテレビを付けている方も多いのではないでしょうか」

「映像再生筐体という意味ではテレビの天下はまだ続くのでしょうが、かつてラジオや映画の地位を乗っ取ったテレビが、今度はインターネットにその地位を実質的に奪われつつあるというのは、なかなかに皮肉な話であると同時に諸行無常、盛者必衰を感じさせますね」

「とは言え、筐体として生き残るという意味ではテレビの底力も凄いのかも」

「一方でラジオは勢力を弱めたとは言え根強い人気を誇り、今もドライブのお供として大活躍。
災害時にも強く、首都直下地震や南海トラフ地震の不安が高まる情勢を考えると、最終的に生き残るのはひょっとしたらラジオなのかも知れません」

「次回、嘘物語 でいしゅうリターン其ノ伍」

「『ビデオ・スターの悲劇
(Radio Killed the Video Star)
』が作られる日もそう遠くはないのかもしれないですね」


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