ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】   作:耳野笑

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第1話 つばめとヒバリ――つばめ視点

 

 会いたい。誰かに、会いたい。ゾンビでもいいから、会いたいな。

 

 砂浜から海を見る。自分がいる島より10倍以上大きい島が見える。辛うじて見える灰色は、人工物――港に立つ建物だ。

 

 僕の名前は、小野(おの)つばめ。

 

 今日で、無人島生活365日目になる。

 

 無人島生活が始まったのは、ちょうど1年前――某年某月某日、パンデミックが起こった日だ。

 

 ある日、学校からの帰り道、ゾンビが現れた。家に帰ると、父と母もゾンビ化していた。ひと目で、もう助からないと分かる状態だった。

 

 僕は学校へと引き返した。校舎に避難しようとしたけれど、校舎内もゾンビ化した生徒がいたので諦めた。

 

 逃げ場を求めて、島中を駆け回った。どこもゾンビだらけだった。

 人口わずか200人の島だけど、多分全滅だった。感覚的に、それくらいのゾンビを見た気がした。

 

 もう、この島に逃げ場はないと悟った。

 

 僕は港に向かった。ヨットを使い――海へ出た。

 

 僕はT島にある唯一の高校『T高校』のヨット部エースだ。二人用ヨットではあるが、ひとりでも問題なく操舵できた。

 

 そして、小島へと辿り着いた。幸いにもゾンビは泳げないようで、海中までは追いかけてこなかった。

 

 それから1年のサバイバル生活を経て――今もこうして生きている。

 

 リュックからノートを取り出す。学校帰りだったので、リュックの中には文房具とノートが入っていた。この無人島に来てから何日経ったかをメモし続けている。

 

 ちょうど、365日。1年も経ってしまった。前から、決めていたことがある。――1年経ったら、あの島に戻ってみよう、と。

 

 再び、海の向こうの島を見る。僕の生まれ育ったT島だ。1年前発った港が、辛うじて見える。

 

 ちなみに、地元の人は、僕が今いる無人島を『小島(こじま)』、僕が元いたT島のことを『中島(ちゅうじま)』と呼んでいた。小さい島と、中くらいの島。シンプルなネーミングだ。

 

 僕はノートをリュックにしまい、ヨットの船上に置いた。

 

 某月某日、多分、午前の9時ぐらい――僕はヨットを操り、無人島を離れた。

 

 *

 

 港に着いた。

 

 久々に踏む、アスファルト。人工的な硬さが久しぶりで、ちょっと違和感がある。

 

 シン――とした静寂が満ちている。

 

 風の音。波の音。木々の揺れる音。そういった自然音は聞こえるけれど、人間の出す生活音みたいなものがまるでない。

 

 人の話し声も、ゾンビの呻き声も、聞こえない。

 

 僕は港から、左右を見渡す。左に行けば、学校。右に行けば、家。

 

 僕は家に向かうことにした。道を歩いていく。誰にも出会わない。何の音もしない。

 

 生存者は、きっといない。ゾンビは、いるかもしれない。

 

 もう、ゾンビでもいいから、会いたかった。誰とも会わず誰とも話さない1年間が、寂しすぎたせいだ。

 

「ん……?」

 

 道路上に、何かが落ちていた。近づくと、様子のおかしさに気付く。服だ。人間の、服だ。手足や頭部もある。

 

 歩くスピードを緩め、慎重に近づく。……死体だ。おそらくはゾンビ化したものだろう。微かに腐臭がした。

 

 ついに、目の前まで来た。皮と骨だけの、人間の死体だった。

 

 手を合わせて、黙祷する。そして、道路を歩き続け、民家がまばらに立つ村へと辿り着く。

 

 畦道や道路上に、同じような死体が散乱していた。どこまでも、死体だらけだった。

 

「そっか……」

 

 なんとなく、島はまだゾンビが徘徊していると思っていた。でも、あれから1年が経ったのだ。冷凍保存されていない死体が、そんなに長く()つはずもない。

 

 ゾンビたちは、夏の暑さで腐り、冬の寒さで凍り付き、完全に朽ち果てていた。

 

 ――家に辿り着いた。

 

 庭には、父と母の死体があった。その前に座り込み、じっと見つめる。

 

 涙がこぼれる。

 

 僕は声をあげて、ふたりの死体の前で蹲って泣いた。

 

 *

 

 1時間くらい、泣き続けた。

 

 涙が涸れ切った。もう何も感じない。心の中に、巨大な空洞が空いているような感覚だった。

 

 僕は立ち上がった。シャベルを持ってきて、穴を掘り始める。

 

 ふたりを、埋葬してあげようと思った。

 

 掘って、掘って、掘り続けた。

 

 *

 

 全然終わらなかった。人ふたり分の穴を掘るというのは、思ったより大変だった。

 

 結局、3時間も掛かってしまった。

 

 マスク、ゴーグル、ゴム手袋と軍手をつけてから、ふたりの亡骸を抱え上げ、穴の中に移した。

 

 最後にお礼とお別れの言葉を告げて、土をかぶせていく。

 

 そして、埋葬は終わった。

 

 これだけでも、この島に戻ってきた甲斐はあった。

 

 シャベルを置き、家の中へ入る。疲れた。時間は……多分午後1時くらいだろうか。

 

 僕は洗面所に向かった。島にいた1年間、ずっとやりたかったことがある。

 ヒゲを剃りたかったのだ。男の子として、ヒゲが伸びっぱなしは嫌だった。誰にも見られていなくても、嫌なものは嫌なのだ。

 

「うわっ……! ひどっ……!」

 

 鏡に映った自分の姿にドン引きする。ヒゲが伸びっぱなしで、全然可愛くない。結構、真剣に、ショックだった。

 

 ――ヒゲを剃った。さっぱりした。

 

 伸びっぱなしの髪も切る。真横にハサミを入れて切った。一直線の毛先。綺麗なボブカットだ。

 

 ついでに、服も着替えた。1年間のサバイバル生活で、制服はすっかりボロボロだった。

 

 その他色々と身づくろいをしてから、改めて鏡を見る。うん、可愛い。可愛すぎる。

 

 この島一の美少年といっても過言じゃない。この島には僕しかいないので。

 

 次に、リビングへ入る。

 

 冷蔵庫の中のものは、全て腐っていた。もともと期待はしていない。

 

 防災バッグを漁ってみる。飲料水と非常食と救急用品が入っている。全部使えそうなので、自分のリュックに移した。

 

 水と非常食は、今使わず、いざという時のために取っておくことにした。

 

 リュックの中から、タロイモとニンジンを取り出す。どちらも小島に生えていたものだ。あんまり意味もないけど、一応皿に出してから食べた。

 

 ちなみに、島から持ってきた持ち物の中には、水の入ったペットボトルがある。貝殻で雨水を溜めたものだ。穴掘りの最中に半分くらい飲んでしまったので、量は心許ない。

 

 栄養補給を終えて、イスに座ったまま考える。――なにしようかな。

 

 近くの家を見て回って、生存者がいないか確認する。その後は学校にも行ってみよう。

 

「あっ」

 

 いいことを思いついた。しかも、かなりの名案だ。

 

 自分の部屋に入り、押し入れからトロンボーンを取り出す。中学生時代、吹奏楽部だった僕が使っていたものだ。

 

 トロンボーンとリュックを持って、庭へ出る。そして、マウスピースへ息を吹き込んだ。

 

 高音が鳴る。

 

 シンプルに、音がデカい。近くに生存者がいれば、絶対に気付いてくれるだろう。

 

 久々にトロンボーンを吹いて、奏者としての情熱が再燃した。僕は続けて、演奏を始める。

 

 ――新世界より。

 

 アメリカに移り住んだドヴォルザークが、故郷のボヘミアを想って作った楽曲。

 

 ――涸れ切ったはずの涙が、ひとすじこぼれた。

 

 僕は、帰るべき故郷を失った。家族も、友達も、誰もいない。この広い世界に、ひとりぼっちだ。

 

 会いたい。会いたいな。誰でもいいから。いっそ、ゾンビでもいいから、誰かに会いたい。

 

 演奏し終わった。周囲の民家から人が出てくる様子はない。やっぱり、誰もいない。

 

 僕は振り返った――玄関前に、人が立っていた。

 

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 驚きのあまり、盛大に尻餅を突いた。恐怖で足が動かない。

 

「ま、待って、私は怪しい者じゃない」

 

 女性は、そういって両手を上げた。僕を安心させようと、無害さを示しているのだろう。

 

「えっ、人間!?!?!? ゾンビじゃない!?」

 

「ああ、人間だ。生きてるよ」

 

 僕は立ち上がり、勢いよく彼女に駆け寄る。

 

 背が高い。黒髪黒目。ポニーテール。綺麗な人。イケメンだ。

 

 知らない学校の制服を着ている。この辺りの人じゃなさそう。

 

「すごい! すごいすごいすごい! 生きてる人いたああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 涙が込み上げてくる。生存者がいた。生きている人に会えた。嬉しくて、胸がいっぱいになる。

 

 感激のあまり、女性に強く抱き着く。彼女は驚いたのか、「おわっ」と声を漏らした。

 

「僕、小野つばめ! つばめはひらがな! 高校に通ってたら2年生!」

 

 彼女を解放し、自己紹介した。

 

「あ、ああ。私は、西園(にしぞの)ヒバリだ。名前はカタカナでヒバリ。私も、高校が存在していれば高2だよ」

 

「えっ!? ヒバリ!? すごい!!!」

 

「すごい? 何が?」

 

「つばめとヒバリ! 鳥の名前! お揃い!」

 

「あぁ、なるほど。そうだね、お揃いだ」

 

 彼女はそういって微笑した。雰囲気が、とても大人びていた。

 

 島の人の訛りがない。それに、話し方が落ち着いていて、言葉選びも怜悧な印象を受ける。

 

「ヒバリ、カッコイイね!」

 

「そう?」

 

「なんか、クールでカッコいい! シティーガールって感じする!」

 

「シティーガール……初めて言われたよ」

 

「中入る? いろいろ話そうよ!」

 

「そうだね、お邪魔するよ」

 

 ヒバリをリビングに招き入れ、テーブルにつく。

 

 わぁ……! すごい……! 人だ……! 生きてる人がいる……!

 

 落ち着くと、生存者がいるという実感が改めて湧いてくる。

 

「改めて自己紹介しようよ! 僕は――」

 

 僕は、今日に至るまでの経緯を話した。

 

 パンデミックが起こった日、ヨットで小島に逃げたこと。

 

 島で1年間サバイバル生活をしたこと。

 

 今日、この中島に戻ってきて、たった今両親の亡骸を埋葬したこと。

 

 話を聞き終えたヒバリは、庭に視線を遣った。そこには、ふたりが眠っている。

 

「失礼するよ」

 

 ヒバリは庭の方に向き直り、両手を合わせて、黙祷した。

 

 目を瞑る彼女は、氷細工のように静かで、綺麗だった。

 

 そして、彼女は僕の方を向いた。とても、気遣わしげな、同情の色濃い眼差しだった。

 

「大変だったね、つばめ」

 

「……うん。ありがとう」

 

 嬉しかった。誰かに優しさを向けられるのは、久し振りだった。

 

「ヒバリの話も聞きたいな」

 

「少し長くなるけど、構わないかい?」

 

「もちろん!」

 

「私は、大島の高校に通っていたんだ」

 

 大島は、N県を構成する島の中で最も大きい島だ。僕らが今いる中島の40倍の面積があり、N県の全人口の半分くらいは大島に住んでいる。

 ちなみに、この『大島』も、地元民が使う俗称だ。

 

「パンデミックが起こったあの日、私は同級生数人と共に、ゾンビから逃がれるため、この中島にたどり着いた」

 

 大島と中島は、陸繋砂州(りくけいさす)で繋がっている。陸繋砂州というのは、砂の道だ。干潮時は歩いて渡れるが、満潮時は海に沈むので渡れない。

 

「大島の方が広いから、逃げやすそうな気がするけど」

 

「逆だ。大島はゾンビだらけで、四面楚歌だった。あのまま大島に留まれば死ぬと判断して、この島に逃げてきたんだ」

 

「なるほど……そんなに酷いんだね」

 

 実は、中島が全滅でも、大島は平気なんじゃないかという期待があった。でも、どこも同じような状態らしい。もしかすると、本土も、日本中も、世界中も、似たような状況なのかもしれない。

 

「私は、私を含めて五人のメンバーでこの島に来た。そして、海沿いの学校に避難して、イスと机をロープで固定し、バリケードを築いた」

 

「えっ、海沿いの学校? 中庭に白と黒のベンチある?」

 

「ああ、あったね」

 

「それ僕が通ってた高校!」

 

「おや、そうだったのか。偶然だね」

 

「校舎内にゾンビいなかった?」

 

「いなかったよ」

 

「あ、そうなんだ。僕が見た時はいたんだけどな」

 

「おそらく、他の人間を襲うために村の方へ移動したんだろうね」

 

「あ~! なるほど! あ、話遮っちゃってごめんね、続けて」

 

「ああ、私たち五人は、校舎内で暮らし始めた。ゾンビたちの目をかいくぐって、魚や鳥を獲って食べていたよ」

 

 食生活は、小島にいた僕とあまり変わらなさそうだった。

 

 ただ、ゾンビを警戒しながらの狩りは、相当大変だっただろうなと思った。

 

「だが……今から半年前に、アクシデントが起こった。私が漁に出てから戻ると、校舎のバリケードが崩れていた」

 

「……!!!」

 

「ゾンビたちが、バリケードを破って侵入したんだ。そして、新しい血痕があった。四人は……死体こそ見つからなかったが、おそらくゾンビ化しただろう」

 

「そんな……」

 

「私は、校舎を諦め、別の避難場所を探した。そして、崖際に洞窟を見付けた」

 

「近くに灯台があるところ?」

 

「ああ、そうだね」

 

「そっか、あそこか……」

 

 確かに、あの洞窟は崖を下りないと辿り着けない。それでも、1年間一度もゾンビが下りてこないという保証もない。神経が()り減るような日々だっただろう。

 

「幸運にも、ゾンビには襲われなかった。そして、そこから半年待った。ゾンビが通常の物理法則下にあるなら、死体は腐って動けなくなっているだろうという仮説の下、崖を上がってきた」

 

「えっ、すごっ! ゾンビが腐る可能性考えてたんだ! 頭いいね!」

 

「そ、そうだろうか」

 

「僕思いつかなかったもん! すごいねヒバリ!」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 ヒバリはやや困惑したように微笑した。

 

「仮説は当たっていた。ゾンビは朽ちて動かなくなっていた。そして、この村にたどり着いた。そうしたら、楽器の音が聞こえてきたんだ」

 

「そっか、そうだったんだ」

 

「驚いたよ。生存者もゾンビもいないこの島で、楽器の音だけが鳴り響いているというのは」

 

「うわっ、ヒバリ視点だとめちゃめちゃホラーだね、ウケる」

 

「しかも、ドヴォルザークの『新世界より』だからね。本当に世界が終わるのかと思ったよ」

 

「……!? え、すごい! よく分かったね! もしかして吹奏楽やってた?」

 

「いや、楽器経験はないよ」

 

「え、じゃあなんで知ってたの?」

 

「偶然だよ」

 

「博識だ~~~! カッコいい~~~!」

 

 そして、音楽のくだりの雑談が一段落してから、僕は話を切り出す。

 

「ねえ、ヒバリ」

 

「なんだい?」

 

「僕は、誰かに会いたいって気持ちだけで、この島に戻ってきたんだ。だから、ヒバリと一緒にいたい」

 

「……」

 

 ヒバリは真顔だった。何を考えているのか分からない。

 

「ヒバリは、どうしたい?」

 

「……。ああ、一緒に行動しよう。この島のただふたりの生き残りとして、助け合っていこう」

 

「うん!」

 

 よかった。僕はヒバリに手を差し出す。彼女も、僕の手を握ってくれた。

 

「つばめ、お願いがあるんだ」

 

「なに?」

 

「四人の遺体を、探しに行きたい。半年共に過ごした仲間として、せめて埋葬して、弔ってあげたい」

 

 僕は、チラリと庭を見た。そこには、父と母が眠っている。

 

 同じことをした身として、ヒバリの気持ちはよく分かった。

 

「うん、もちろん手伝うよ!」

 

 *

 

 僕とヒバリは、必要な物資をリュックに詰め込んだ。

 

「トロンボーンは置いていくんだね」

 

「うん、荷物になっちゃうから」

 

「まあ、それもそうだね」

 

 人に存在を知らせるのには有効だけど、それなら声でいい。道中「誰かいませんか~!」と呼びかけながら歩いていくつもりだ。

 

 僕たちは身支度を整えて、出発した。最初の目的地は、学校だ。

 

 こうして、死体探しの旅――および、イケメン女子とふたりきりの共同生活初日がスタートした。

 




【キャラクター】

『小野つばめ』
 中島生まれ中島育ちの男子。高2相当。黒髪黒目。ボブカット。背が低い。可愛い。高校時代はヨット部、中学時代は吹奏楽部に所属。
 ヒバリのことを、カッコよくて優しくて博識で頼りになる女性だと思っている。

『西園ヒバリ』
 大島生まれ大島育ちの女子。高2相当。黒髪黒目。ポニーテール。背が高い。
 *********したい**。******************、******を演じることにした。

【雑記】

『小島』
 無人島を指す俗称。中島からヨットで行き来できる距離。

『中島』
 T島を指す俗称。人口は200人程度だった。小島の10倍以上の面積がある。T高校が位置する。大島とは陸繋砂州で繋がっているため、干潮時のみ徒歩で行き来できる。

『大島』
 O島を指す俗称。N県の全人口の半数が暮らしていた。N県最大の島。中島の約40倍の面積がある。
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