ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】   作:耳野笑

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『ここまでのあらすじ』

【つばめ視点】
・つばめ、ヒバリと出会う。
・死体探しの旅、スタート。一人目の死体を埋葬。
・ヒバリが処女だと発覚。彼女に土下座され、『心の準備ができたらS○Xさせてあげる』と約束。
・つばめ、処女をからかって遊ぶことにハマる。
・二人目の死体を発見、埋葬。
・大島へ到達。ヒバリの仲間のメッセージを見付ける。
・ヒバリにおっぱいを触らせてあげる。

【ヒバリ視点】
・ヒバリ、つばめと出会う。
・死体探しの旅、スタート。一人目の死体を埋葬。
・つばめに処女だとバレる。彼に土下座し、『心の準備ができたらS○Xさせてもらう』ことを約束してもらう。
・ヒバリ、処女をからかわれる日々が始まる。
・二人目の死体を発見、埋葬。
・大島へ到達。仲間のメッセージを見付ける。
・つばめにおっぱいを触らせてもらう。


第7話 ゾンビが全滅し終わった世界で――つばめ視点

 大島探検3日目。

 

 僕は大島で手に入れた服に着替えた。ヒバリも新品のジャージを着ている。

 

 再び、静寂の都市の中を歩き始める。

 手入れされていない街路樹は、豊かに葉を茂らせていた。植え込みは雑草が伸び放題で、車道にも歩道にも草が飛び出し、巨大な草むらとなっている。

 

「あれが私の通っていた高校だ」

 

「どれどれ? あ、あれ?」

 

「ああ」

 

 学校が見えてくる。屋上から校舎を縦断するように、二枚の垂れ幕が下りている。まだ遠すぎて文字は読めない。

 

 その時、ヒバリが「あっ」と声を漏らした。

 

「どうしたの?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

 近付くにつれて、垂れ幕の文字が読めるようになっていく。一枚は『祝 野球部甲子園出場』の垂れ幕。そして、もう一枚は――。

 

「えっ!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 ――『祝 日本地学オリンピック優勝 西園ヒバリ』の垂れ幕。

 

「えっ、えっ、えっ!? 日本地学オリンピック!? なにそれ!? ヒバリってすごい人だったの!?」

 

「あっ、あぁ……うん……」

 

「すごいすごい! 絶対すごいやつじゃん! なんで教えてくれなかったの!?」

 

「えぇと……」

 

 ヒバリはなぜか渋い顔をしている。歯切れも悪かった。

 

「なんでそんな嫌そうなの?」

 

「その、正直に白状してしまうと、私は地学研究部だったんだ」

 

「うん」

 

「地学研究部はオタクしかいないから、つばめからそういう風に思われたくなくて黙っていたんだ」

 

「地学オタクってこと?」

 

「いや、アニメやマンガが好きな、一般的なオタクだ。地学研究部はそういう人しかいない」

 

「そうなの?」

 

「ああ、地学研究部は陰の者の集いだ。これは偏見ではなく実体験だ」

 

「そうなんだ。名前はエリート集団っぽいのにね」

 

 校舎に入る。昇降口には凄い数の下駄箱があった。都会って感じだ。

 

「妙な気分だね、私服で学校に来るなんて」

 

「あ~確かに」

 

 例によって、土足で廊下を進む。

 

「部室に行ってみてもいいだろうか」

 

「うん、もちろん! 僕も気になってたし!」

 

 地学研究部の部室を訪れる。

 数個の机とイス。地学用語がびっしり書かれたホワイトボード。地学イベントの予定表。地球儀、望遠鏡、虫取り網、植木鉢などがあった。

 

 僕とヒバリはイスに座る。

 

「地学研究部ってどんな活動してたの?」

 

「基本的に自習だね。植生、鉱物、地理、天文、気象、海洋などの勉強をしていたよ」

 

「うわすご~! 放課後にまで勉強してるとか、やっぱりエリートじゃん!」

 

「いや、真面目に勉強していたのは地学オリンピックの前だけだね。あとはずっとソシャゲをやっていた」

 

「でも地学オリンピックって大会で優勝してるんでしょ? やっぱりすごいじゃん!」

 

「あ、ありがとう」

 

 ヒバリは照れていた。気恥ずかしそうに机を見つめている。

 

 ヒバリと話していると、なんでそんなことまで知ってるんだろうと思う時があった。けど、その知識量の理由が分かった気がした。

 といっても、音楽や雑学は地学と関係なさそうなので、純粋にヒバリの教養もあるのかもしれない。

 

「色々触ってもいい?」

 

「ああ、好きにしていいよ」

 

 僕は棚を開けて、中に入っていたファイルを取り出す。中身は地学オリンピック過去問だった。

 

「全天88星座のうち、日本から全く見えない4つの星座を答えよ。えっ、むっず! ヒバリ分かる?」

 

「4つ……? カメレオン座、テーブルさん座、はちぶんぎ座。あとはおそらく、ふうちょう座と書いてあるのかな」

 

「すごっ!!! 合ってる!!!」

 

「それ、問題が間違ってるね」

 

「え、そうなの?」

 

「何年か前に、ふうちょう座は日本の沖ノ鳥島からごく一部が見えると明らかになったんだ。だから、日本から全く見えないというのは誤りだね。その過去問、おそらく相当古いバックナンバーなんじゃないかな」

 

「すご~!!! クイズ王みたい!!!」

 

 ヒバリの口角がぴくぴくっと上がる。嬉しそうだった。ちょっとドヤ顔になっている。

 

 その後、ヒバリから地学の面白い話をいくつか聞かせてもらった。

 地学の話ができたからか、ヒバリは楽しそうだった。ヒバリの楽しそうな姿を見れると、僕も楽しい。もっと早く教えてくれればよかったのに。

 

 そして、僕たちは教室へと移動した。ヒバリのクラスらしい。

 

 後ろの黒板には、委員会の日程や、球技大会の種目一覧などが貼ってある。

 

「球技大会……」

 

 それらを見た途端、ヒバリの表情が寂しげに歪んだ。僕は彼女の袖を掴む。

 

「だいじょうぶ?」

 

「ああ」

 

「だいじょうぶじゃないでしょ」

 

「……ああ」

 

 僕はヒバリをこっちに向かせ、正面から抱きしめた。

 

「寂しいね」

 

「……寂しいな」

 

 ヒバリも僕を抱きしめ返す。

 

「何故だろうな。もう訪れることのない予定、というだけで、ひどく胸が締め付けられた」

 

「うん、分かるよ」

 

 しばらく、そうしていた。お互いの体温が溶け合う。静かな時間だけが過ぎていった。

 

「ねえヒバリ、体育館行かない?」

 

 僕は彼女を抱きしめたまま、そういった。

 

「体育館? どうして?」

 

「やろうよ、球技大会」

 

「えっ」

 

 *

 

 僕たちは体育館に移動した。卓球、バドミントン、バスケ、バレー。いくつかの球技をやってみた。ほとんど、ラリーをしながら雑談するような形だったけど。

 

「楽しかった?」

 

「ああ、楽しかったよ。たぶん、本物の球技大会より楽しい思い出になったと思う」

 

「え~? いいすぎだよ~」

 

「いや、本当だ。男子と遊べる方が絶対楽しい。これは真理だ」

 

 ヒバリは大真面目な顔をしてそういった。楽しんでくれたようでよかった。

 

 僕はなんとなく、体育館の壇上に上がる。ヒバリも付いてきてくれる。

 

 ピアノが置いてある。僕はフタを開け、白鍵をひとつ押してみる。ぽろん、と高音が鳴った。

 

「弾けるのかい?」

 

「ちょっとだけなら」

 

 僕はイスに座り、演奏を始める。クロード・ドビュッシーの、亜麻色の髪の乙女。中学の時、吹奏楽部の顧問から教えてもらった曲だ。

 

 無人の体育館に、ピアノの音色だけが響く。

 

 ――3分間の演奏を終えて、立ち上がる。ヒバリは拍手してくれた。

 

「素晴らしかったよ、つばめ」

 

「ありがとう」

 

「トロンボーンだけじゃなくて、ピアノも弾けるんだね」

 

「吹奏楽部の顧問から教わったんだ」

 

 話しながら壇上から降りて、体育館を出る。

 

「吹奏楽部からヨット部か。随分大胆な転向だね」

 

「元々ヨットやってたから、ずっと入りたかったんだ」

 

 中学校にはヨット部がなかったので、その反動もあった。高校に入ってからはヨット三昧だった。

 

「ヨット部の話をする時のつばめは、いつも嬉しそうだからね。楽しい部活だったのが伝わってくる」

 

「うん、楽しかったよ。ヨットで遊んで、夜になったらバーベキューしたり、花火やったりしたよ」

 

「ぐふっ……」

 

 ヒバリは苦しそうな声を漏らした。表情も辛そうに歪んでいる。

 

「どうしたの、急に泣きそうな顔して」

 

「つばめの青春が眩しいだけだよ、気にしないでくれ」

 

「あっ、そっか。地学研究部って男子いなさそうだもんね」

 

「ああ、女子だけだったよ……。男子との関わりなんてない高校生活だった」

 

「ふふっ、かわいそ~(笑)」

 

 ヒバリの目は死んでいた。灰色の高校生活を回想しているのだろう。

 

 ヒバリ、ホントに男子との絡みなかったんだろうなあ。なんかウケる。

 

「ごめんね? 異性とバーベキューなんて、地学研究部さんには縁遠い話だったよね?(笑)♡」

 

「ぐぅううううううぅっっっっ!!! ち、地学徒をバカにするな!!! 私だって男子といい感じの雰囲気になったことがあったんだ!」

 

「そうなの? どんな?」

 

「普段話さない男子から、地学オリンピック優勝おめでとうって言ってもらえたんだ!」

 

「うん」

 

「えっと……」

 

「え、それだけ?」

 

「……はい」

 

 ヒバリの顔がみるみる曇っていく。悲嘆、諦念、絶望。悲しみの色が濃い、つらそうな表情だった。

 

「えっ、マジ? 男子との思い出それしかないの?」

 

 ヒバリの顔がぐしゃっと歪み、また泣きだしそうになる。

 

「うぅ……つらい……悲しくなってきた……」

 

 僕はヒバリを抱きしめてあげる。彼女は甘えるように、僕の身体をぎゅっと抱擁する。

 

「ヒバリ、処女すぎてウケるね(笑)♡」

 

「うぅ……言わないで……」

 

「でも安心してよ、僕とえっちできるんだから」

 

「それは本当にありがとう……!」

 

 ヒバリの初めてになれる。ヒバリとの思い出を、ゼロから作っていける。

 そう思うと、ヒバリの周りにいた男子たちに感謝したくなった。ヒバリに青春の思い出を与えなかったおかげで、今のヒバリがいるから。

 

 *

 

 校舎を出て歩くこと5分ちょっと。ホームセンターにたどり着いた。大型の建物だ。駐車場も広い。

 

 僕とヒバリは、入口の前に立った。

 

「いよいよだね」

 

「ああ」

 

 ヒバリは緊張していた。

 

 ミユさんとジュンくん。生死不明の仲間。ヒバリにとっては、彼らと生きて再会できるかもしれない瞬間。緊張して当然だ。

 

「もしミユさんとジュンくんに会ったら、僕のこと彼氏ですって紹介してよ」

 

「えっ」

 

 ヒバリは目を丸くして僕を見る。

 

 まだ付き合ってはないけど、誰かに自慢してみたかった。

 

「いいのかい?」

 

「うん、ヒバリの彼氏ですって、誰かに言ってみたい」

 

「そ、そうか……。分かった」

 

 ヒバリは了承し、再び前を向いた。

 

 ――そして、ホームセンターに入る。

 

「誰かいませんか~!!!」

 

 僕は大声で呼びかけた。返事はない。けど、大きいホームセンターなので、場所によっては聞こえていないかもしれない。

 

 ヒバリは一歩踏み出す。

 

「順番に見ていこうか」

 

「うん」

 

 まず、小物や日用雑貨のコーナーだ。時計、ロープ、箱入りの飲み物、ドッグフード、植木鉢、腐葉土などがある。

 

 次に、インテリア・エクステリアコーナー。蛍光灯、ステッパー、犬小屋、キャットタワーなどがある。

 だんだんと、大物のコーナーになってきた。自転車、イス、机、本棚、ベンチ、格納庫などがある。

 

「あっ!」

 

 ベッドの周りに、缶詰や空き缶など、生活の跡があった。ベッド上には紙片も残されている。もしかして、と思い手に取ると――。

 

「っ!!!!!!!!!」

 

 紙片には、相合傘のイラストと「ジュン」「ミユ」という文字があった。

 

 ヒバリが息を呑む。間違いなく、ヒバリの仲間がここにいたのだ。

 

「来栖さん! 馬場くん! いたら返事をしてくれ!」

 

 ヒバリがそう呼びかけた。けれど、返事はなかった。

 

「どうしよっか」

 

「もしかしたら、今は外出しているだけかもしれない。ここで明日まで待ってみてもいいだろうか」

 

「うん、いいよ」

 

 僕は即答した。ふたりで隣のベッドに腰掛ける。

 

「ところで、ヒバリの家ってどこにあるの?」

 

「ここから7駅先の地域だ。とても歩いていける距離ではないよ」

 

「そっか、残念だね」

 

「ああ」

 

 僕たちは喋ったり、物資を軽く見て回ったり、ボードゲームで遊んだりしながら二人を待った。

 けれど――夜になっても、ミユさんとジュンくんは現れなかった。

 

 こうなると、望み薄かもしれない。ここを拠点にしているなら、日が暮れるまでには戻ってくるはずだ。わざわざ夜中に動き回る理由もない。

 

 僕はベッドに寝転がった。ヒバリも隣へ横になる。その横顔には、落胆があった。

 

 僕はヒバリの手を握る。すると、彼女は僕を見た。

 

「……ありがとう、つばめ」

 

「うん」

 

 しばらくそうしていたけど、お腹が減ったので夕食を食べることにした。

 

 持ってきた蒸しジャガはなくなった。

 食べ終わった缶詰と空き缶を、ベッドの脇に置く。ちょうど、ミユさんとジュンくんが残していったものに追加する形だ。

 

「間違いなく、ここにいたのにね」

 

「ああ」

 

「どれくらい前までいたんだろうね」

 

「……缶詰と空き缶の乾き具合を見るに、相当時間が経ってしまっている」

 

「そっか……なんか、もうちょっとって感じなんだけどなあ……」

 

 これまでと同様に清拭をして、毛布をかぶる。ヒバリと一緒に寝るのも、だんだんと日常になってきた。

 

「あ~あ、ヒバリの彼氏ですって自慢したかったな~」

 

「きっと驚いただろうな。……見てみたかった」

 

 *

 

 翌朝になっても、ミユさんとジュンくんは現れなかった。

 

「私たちからのメモを残しておこう」

 

「あ、そうだね」

 

 僕とヒバリは、紙片にメッセージを残した。ヒバリからは無事と状況を伝える文言を、僕からはヒバリの彼氏ですという挨拶を、それぞれ書き残した。

 

 そして、朝食を食べて、ホームセンターを出た。最後にもう一度大声で呼びかけてみたけど、やっぱり反応はなかった。

 

「帰ろう、つばめ」

 

「うん」

 

 ここからは、真っ直ぐ帰るだけだ。リュックも、セカンドバッグも、スーツケースも、全てパンパンだ。物資も食料も充分手に入れた。大収穫だ。

 

「二人に会えなかったのは残念だけど、いっぱい食料手に入ってよかったね」

 

「ああ、ライターや電池も手に入った。そして何より、種パックが大きい」

 

「そうそう! 帰ったらいっぱい畑耕さなきゃね!」

 

 廃墟都市を往く。

 

 色を灯さない信号機。フロントガラスが割れた車。道端に転がっている、ゾンビの死体。

 

 手入れされていない街路樹。植え込みは雑草が伸び放題で、車道にも歩道にも草が飛び出し、巨大な草むらとなっている。

 

「すまない、お手洗いに行ってくる」

 

「うん、待ってるね」

 

 ヒバリが僕から離れ、路地に面するお店へ入っていく。

 

 お店の前で、ヒバリを待つ。その時――。

 

 ワオォ~~~~~~~~ン!!!!!!と、遠吠えが響いた。

 

 反射的に、鳴き声の発生方向を見る。オオカミだ。オオカミが、僕に向けて駆け出していた。

 

 やばッ――と思う間もなく、迫ってくる獣。僕は咄嗟に車のドアを開けて入り、バタン!と勢いよく閉めた。

 

 しかし、窓ガラスが割れていた。オオカミは飛び上がり、割れた窓から侵入しようとしてくる。僕はセカンドバッグを盾にし、窓ガラスを塞ぐように押し付ける。

 

 バン!バン!と衝撃が襲う。更に――オオカミは僕のセカンドバッグのショルダーベルトに噛み付き、勢いよく引っ張る。

 

 凄まじい力に引っ張られ、セカンドバッグが持っていかれそうになる。

 

 ――死ぬ。これ取られたら、死ぬ。

 

「ヒバリ!!! 助けて!!!」

 

 僕は叫んだ。渾身の力でセカンドバッグを抑えながら、必死で叫んだ。

 

「つばめっ!!!」

 

 黒い影が突進し、オオカミを弾き飛ばした。ヒバリがスーツケースを盾に突っ込んだのだと、一瞬の後に理解した。

 

「ヒバリっ!!!!!」

 

 そう叫ぶと同時に――視界の端に、赤い炎が映った。振り向くと、街路樹と草むらが燃え、炎が上がっていた。

 

「えっ、なに!?」

 

「つばめ! 今なら襲われない! 車を出るんだ!」

 

「分かった!」

 

 僕は状況を理解する間もなく、ヒバリの言葉を信じて車のドアを開けた。炎の熱がすぐ傍まで迫り、肌に熱を感じる。

 

 ヒバリはスーツケースに身を隠す形で、オオカミと対峙していた。オオカミは射るような眼光でヒバリを睨んでいるが、飛び掛かろうとはしない。

 その背後の、巨大な炎に怯えているようだった。

 

 やがて、オオカミはじりじりと後退し――バッと振り返って駆けていった。

 

 ヒバリも振り向き、僕の方に合流する。

 

「仲間がいるかもしれない! すぐに離れよう!」

 

「うん!」

 

 僕たちは急いでその場を離れた。しばらく走ってから、建物の中に入り、座り込んで休憩する。

 

 走ったせいもあって、呼吸が乱れている。心臓がバクバクいっている。本当に死ぬかと思った。ヒバリの顔も恐怖のせいで青ざめている。汗も凄い。

 

「つばめ、怪我は?」

 

「ないよ、ヒバリは?」

 

「私もない」

 

「そっか、よかった……」

 

 僕はヒバリの傍に近寄った。間近で見る、ヒバリの顔。その表情には、まだ恐怖と焦燥が残っている。

 

 僕自身も、さっきまでの恐怖が抜けない。

 

 手が震える。身体に襲う衝撃。セカンドバッグを引っ張る凄まじい力。間近で聞いた獣の唸り声――死の恐怖が、身体の芯に食い込んで離れない。

 

 僕はヒバリに抱き着いた。

 

「……死ぬかと思った」

 

「ああ」

 

「ありがとう、ヒバリがいなかったら、絶対死んでた」

 

 ヒバリは僕を強く抱きしめ、頭を撫でてくれる。安心して、涙が込み上げてくる。

 

「っ……ありがとうっ……」

 

「ああ」

 

 ヒバリは優しい声で、そう応えた。

 

「怖かったな」

 

「うん……でも、ヒバリの方が怖かったでしょ、僕のためにオオカミに突進していったし」

 

「ああ、死を覚悟したよ。つばめだけでも逃げてほしくて」

 

 僕はヒバリを思いっきり抱きしめる。満身の力を込めて、思いっきり。

 

「痛い痛い、つばめ、痛いよ」

 

「だめだよ、死なないで」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 ヒバリの顔を見る。どこか嬉しそうで、泣きそうな表情だった。

 

「ヒバリ」

 

「なんだい?」

 

 顔を近づけ、間近で見つめ合う。ヒバリの瞳が真っ直ぐ僕を見つめる。視線の交換を通して僕の中へ入ってくる、大きく強い感情――僕のために命すら懸けてくれる、巨大な愛情。

 

 僕の方から、唇を重ねた。

 

 ヒバリは最大級に大きく目を見開いたが、すぐに僕を受け入れてくれた。

 

 やっと、繋がれた。伝えられた。

 

 愛情が込み上げて、止め処なくあふれる。ヒバリへの想いで胸がいっぱいになる。

 

 僕は唇を離し、また間近で見つめる。

 

「好きだよ、ヒバリ」

 

「ああ、私も、つばめのことが好きだ」

 

 ヒバリは息を吸い込み、続けて告げる。

 

「愛してる。私と、恋人になってほしい」

 

「うん、喜んで」

 

 僕は笑顔でそう答えた。

 

 ヒバリも微笑み、そして、今度は彼女の方からキスしてくれた。

 

 頭が沸騰しそうなくらい、幸せな気持ちになる。

 

 顔が熱い。心も体も満たされて、心地いい。

 

 これ、やばい。

 

「ヒバリ、好きだよっ」

 

「ああ、私もだ」

 

「好きっ、好きっ、大好きっ……!」

 

 好き。好き。好き。

 

 好きで好きで好きで、たまらない。

 

 もう、だめだ。完全にだめだ。

 

 *

 

 どちらからともなく、キスを中断し、顔を離した。僕はヒバリの目をまっすぐ見つめる。

 

「ありがとう、僕のこと助けてくれて」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 僕はヒバリに寄りかかり、体重を預ける。

 

「僕、これが初恋なんだけど」

 

「そうなのかい?」

 

「うん、どうしよ、完全に好きになっちゃった」

 

「…………」

 

 僕の心は、ヒバリでいっぱいになってしまった。ヒバリへの「好き」という気持ちで満たされていて、他のことが何も考えられない。

 

「どうしよ、ほんとに好き、です。元から好きだったけど、もっと、好き」

 

「ああ、私もだ。愛してるよ、つばめ」

 

 ああ~~~~~~~~~~~!!!!!!

 

 だめだだめだだめだ。これ、幸せすぎる。

 

 恋って、こんななんだ。僕、もうだめかも。

 

 ヒバリは僕を抱きしめ、頭を撫でてくれる。無上の喜びに満たされ、最大級の幸福を感じてしまう。骨抜きって、こういうことをいうのかな。

 

「まさか、自分が異性から本気で好かれる日が来るとは思っていなかった。だから、感無量だ」

 

「……そっか、ど、どう? 本気で僕の心を奪った気分、みたいなの」

 

「最高だ。もう、絶対に逃がさない」

 

「っ~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 僕の身体の原始的なオスの部分が、目の前の強いメスに服従しようとしている。負けたような気分だけど、でも、どうしようもないくらい、僕はヒバリのものになりたがっている。

 

 勃○しそう。早くS○Xしたい。ヒバリにめちゃくちゃにされたい。

 

 でも、流石にそんな訳にはいかない。まだ近くにオオカミがいるかもしれない。大島にいる限り、危機は去っていない。

 

「さっきの、オオカミだよね?」

 

「ああ、オオカミだった」

 

「絶滅したんじゃなかったの?」

 

「観測されていなかっただけで、山中で生き延びていたんだろう。それが繁殖して、人間の生活圏だったところまで入ってきたんだ」

 

「じゃあ、あの炎は?」

 

「私がライターで草むらに火を付けた。オオカミが火を怖がって逃げてくれることを期待して」

 

「とっさにそれが浮かぶのすごいね」

 

「そうかもね。つばめ、そろそろ動き出そうと思うが、もう平気かい?」

 

「あ、うん。もう行けるよ」

 

 僕たちは立ち上がった。そして、警戒しながら帰路を進んだ。幸いにも、オオカミとは出会わずに砂浜まで来れた。

 往路は物資を回収しながらだったので3日掛かったけど、復路は1日で済んだ。

 

 海の中に一本の砂道がある。――陸繋砂州(りくけいさす)。島と島を繋ぐ、砂の道だ。

 

 既に日が沈みかけている。水平線上の太陽が、目映い黄金色に燃えている。

 

 僕たちは砂道に足を踏み入れる。一歩ごとに靴が沈む。足も、体も、とても重い。

 また、ヒバリのスーツケースは重くなった分、より動かしにくくなっていた。

 

「ヒバリ、だいじょうぶ?」

 

「問題ないよ」

 

 ヒバリはしんどそうだった。正直、僕もだいぶ疲れている。

 

 チラチラと後ろを確認しながら歩く。流石にここまで来れば大丈夫だと思いつつも、オオカミに見られているような感覚が拭えない。

 

 そして、砂道に苦労しながらも、対岸まで渡り切った。久々の中島だ。

 

「やった~~~~~!!!!!」

 

「ああ、やっと帰ってこれたね」

 

「長かった~~~~~!!!!!」

 

 もう、平気だ。オオカミの心配もない。安全な場所まで戻ってこれた。

 

 僕たちは最後の力を振り絞り、家まで歩いた。久々の我が家だ。すごく安心する。身体から力が抜けて、廊下に座り込んでしまう。

 

 ヒバリも、疲労困憊の様子だった。

 

「疲れたね」

 

「ああ……本当にお疲れさま」

 

「うん、おつかれさま」

 

 一度座り込むと、再び立つ気にならない。心身ともに疲れ切っている。

 

「夕飯食べなきゃね」

 

「ああ、そうだね……」

 

「体も拭かないと」

 

「そうだね……」

 

 と言いつつも、お互い全く動こうとはしない。ヒバリはその場でリュックからランタンを取り出し、灯りを付けた。

 

「しばらく休もうか」

 

「うん、もう動けないもんね」

 

 *

 

 翌朝、僕はいつもより遅い時間に目覚めた。

 隣にはヒバリもいる。昨夜はヒバリを僕の部屋に招いて一緒に寝ることにしたけど、ベッドに入るなり即眠りに落ちた。

 

 僕は立ち上がり、伸びをした。めちゃくちゃ気持ちいい。冴えている。疲れた分、眠りも深かったのだ。

 

 顔を洗ってきてからベッドに戻った。ヒバリの寝顔をじっと見る。

 

 綺麗な寝顔だ。

 

 愛おしさが込み上げてくる。僕の好きな人。僕の大切な人。そして、僕の恋人だ。

 

「ん……あ、つばめ……」

 

「おはよう、ヒバリ」

 

「おはよう、つばめ」

 

 目覚めたヒバリと一緒にリビングへ下りて、朝食を取る。贅沢に、朝からカニの缶詰だ。

 一口食べると、カニの身がほろほろと崩れるのと同時に、旨味が溢れ出す。

 

「美味しい!!!!!」

 

「ああ、凄いね。まさかゾンビパニック後の世界でカニが食べられるとは……」

 

 豪華な朝食を楽しみながら、僕は話を切り出す。

 

「ヒバリ、学校に行きたいんだけど、いいかな?」

 

「ああ、いいよ。何をするんだい?」

 

「ん~、行ってからのお楽しみかな。ついでに旅館にも泊まりたいから、着替えも持っていこうね」

 

「ああ、分かった」

 

 朝食後、僕は自分の部屋に戻った。パジャマから着替えるのだが――リュックから取り出した下着を手にして、じっと見つめる。

 

 黒いブラジャーは煽情的で、大人の世界の色香を感じさせる。黒いレースのネグリジェは、生地が薄く向こうが透けて見える。

 

 そして、最大の問題は、ガーター付きクロッチレスパンツ。中央部分がパックリ開いている。ちょうどチ○ポだけ隠せないデザインだ。尊厳も何もあったものじゃない。

 

 でも、これらは、初体験の時に着てほしいと、ヒバリにリクエストされた品だ。

 

 僕は黒いブラを付け、ガーター付きパンツを穿き、その上に普通の服を着た。ネグリジェはリュックにしまう。夜になったらこっちに着替えよう。

 

 そして、リュックを背負って部屋を出た。ヒバリはリビングで待っていた。

 

「おまたせ」

 

「私も今準備が終わったところだよ」

 

「じゃあ行こっか!」

 

 一緒に学校へと出発する。天気がいい。日差しが眩しかった。

 

「ところで、ミユさんとジュンくんのことだけど、これからどうしよっか」

 

「結論からいうと、捜索は諦める。たとえ二人が生きていたとしても、オオカミがいる以上、もう大島には行けない」

 

「いいの……?」

 

 ヒバリは僕を見た。彼女の髪が海風に揺られて靡く。

 

「生死不明のまま終わってしまうのは無念だ。でも、無理をして捜索を続けるつもりはない。四人を探す旅は、これで終わりだ」

 

「そっか、終わりか……」

 

 なんとも微妙な幕引きだった。でも、仕方ない。

 

 港まで辿り着いた。大量の船とヨットが繋留されている。海面が太陽光を反射し、目映くきらめく。まぶしくて目を細めた。

 

 今日は港には用がないので、そのまま道路を歩いていく。そして、学校にたどり着いた。校舎へ入り、職員室へ。

 

「今日は、これを書きにきたんだ」

 

「あ……」

 

 担任の机の上に置かれた、進路希望調査票。ヒバリと出会った日に、僕がここで書いたものだ。

 

 第1希望『 』

 第2希望『生きる』

 第3希望『四人を見付けて弔ってあげる』

 

 結局、第1希望が思いつかず、空欄のままになっていた。

 

 僕はシャーペンを取り出し、第1希望に『ヒバリと結婚する』と書いた。

 

「っ……!!!!!!!!!」

 

 ヒバリは静かに驚愕していた。目を見開き、調査票をじっと見ている。

 

 僕は彼女の顔を覗き込むように笑いかける。

 

「ヒバリ、これからよろしくね」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 ヒバリは真剣な顔でそういってくれた。その瞳には、力強い輝きがあった。

 

「じゃあ、役場行こっか」

 

「……もしかして、婚姻届かい?」

 

「うん、書きにいこうよ」

 

 そして、役場に移動した。机に平置きされている婚姻届を取って記入していく。けど、ひとつ問題があった。

 

「つばめ、苗字はどうしようか」

 

「僕、西園になりたい!」

 

 ずっと、結婚して苗字が変わることに憧れがあった。それに、ヒバリの苗字になった方が、ヒバリのものになった気がして嬉しい。

 

「じゃあ、そうしよう」

 

「やった~!!! じゃあ僕、これから西園つばめね!」

 

 こうして、僕がヒバリの苗字にすることが決まった。改めて、そのように記入していく。

 

 夫になる人『西園つばめ』

 妻になる人『西園ヒバリ』

 

 改めて見ると、すごくドキドキした。自分が夫になるという事実に、強い特別感があった。

 

 そして、婚姻届を受付に置いて、僕たちは役場を出た。これで、僕とヒバリは正式に夫婦だ。

 

「つばめ」

 

「なに?」

 

「ありがとう、私と結婚してくれて」

 

 一瞬、心臓が跳ねた。自分が結婚したという実感が遅れてやってきて、幸せな気持ちが込み上げる。

 

「うん、僕の方こそ、ありがとう。ヒバリと結婚できて、幸せだよ」

 

 ヒバリは微笑む。そのまなじりには、涙が光っていた。

 

「泣いてるの?」

 

「ああ、感動して」

 

「ふふっ、僕も嬉しいよ」

 

 そのまま、ふたりで旅館へと移動した。

 

 受付のすぐ隣に売店がある。以前来た時、僕はコンドームを手に取って冗談で「持ってく?」と訊いた。

 

 僕はコンドームの箱を手に取る。ヒバリの顔には期待があった。

 

「今回は、ほんとに持っていこっか」

 

「ああ、そうだね」

 

 一応、多めに持っていく。前回来た時は、まさか本当に使う機会が来るなんて思っていなかった。

 

 客室のエリアへ移動する。廊下には、旅館内の間取り図が書いてある。10部屋の客室――桜の間。葵の間。欅の間。楪の間。菫の間。撫子の間。睡蓮の間。紅葉の間。菖蒲の間。秋桜の間。

 

 僕は間取り図を指でなぞりながら、部屋名を読み上げていく。

 

「さくら、あおい、けやき、ゆずりは、すみれ、なでしこ、すいれん、もみじ、あやめ、コスモス」

 

「すごい、全問正解だ」

 

「ヒバリに教えてもらったおかげだよ」

 

「今日はどこに泊まろうか」

 

「ん~じゃあ、秋桜の間で!」

 

 僕たちは廊下の最奥まで歩く。そして、秋桜の間の扉を開けた。

 

 二人分の、比較的腐敗の進んでいない死体があった。

 

 衝撃のあまり、動けなくなる。布団の上で抱きしめ合うような形の、二人分の死体。服を見るに、おそらく男女だ。

 

 まだ肉が残っている。1年前にゾンビ化した死体なら、とうに朽ちているはずなのに。つまり、この死体は――。

 

 ヒバリの顔を見る。その凄絶な表情が、全てを物語っていた。僕たちは死体に近付き、その様子を確認する。

 

「……来栖さんと、馬場くんだ」

 

「……!」

 

 ヒバリはじっと、二人の死体を見ている。その時、僕はテーブル上に手紙が置いてあるのに気付いた。

 

「ヒバリ、これ!」

 

 手紙は『西園さんへ』の文字から始まっていた。ヒバリもそれに気づき、目を見開く。

 

「僕も読んでいい?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 西園さんへ。これを読んでるってことは、私とジュンはもう死んでるんだと思う。

 

 私たちは、食料を確保するために大島へ行ったんだ。そして、ジュンがゾンビに噛まれて感染した。ジュンはまだ話せるけど、その内完全にゾンビになっちゃうと思う。

 私は無事だけど、最後までジュンと一緒にいようと思う。また、西園さんをひとりにしちゃってごめん。

 

 半年間、西園さんと一緒に暮らせてよかった。西園さんのおかげで、私たちは生きられた。傘で雨水を溜めたり、寄生虫がいるかもしれないから貝は食べない方がいいって教えてくれたり、西園さんの知識に何度も助けられた。

 たぶん、西園さんがいなかったら、私たちはとっくに全滅してた。本当にありがとう。

 

 さよなら、西園さん。勝手なこと言うようだけど、西園さんが生きていてくれて、幸せになってくれると嬉しい。来栖ミユより。

 

「うっ……うぅっ……! うぁあああああああああああああああああああああああッ……!」

 

 ヒバリは号哭し、その場に膝を突いた。手紙に、彼女の涙がこぼれる。

 

 僕はヒバリを抱きしめた。ヒバリを支えてあげたくて、強く抱きしめた。

 

 僕も涙が込み上げてきて、ヒバリと抱き合いながら一緒に泣いた。互いを拠り所にするように、強く抱きしめ合いながら、ずっとそうしていた。

 

 そして、しばらくして――ヒバリが泣き止み、落ち着いた。僕はミユさんとジュンくんの死体を見る。

 

「ふたりのこと、埋めてあげる?」

 

「……いや、このふたりは、ここを最後の場所にすると決めたんだろう。だから、このままにしてあげよう」

 

「そっか、そうだよね」

 

 ジュンくんはゾンビに噛まれて感染したが、ミユさんは感染しなかった。にもかかわらず、こうして一緒に死んでいる。つまり、ミユさんは彼と運命を共にすることを選んだのだ。

 ――最後までジュンと一緒にいようと思う。手紙に書かれているこの言葉は、文字通りの意味なのだ。

 

 僕とヒバリは、ふたりの遺体の前で手を合わせ、黙祷した。それから、秋桜の間を出た。

 

 死体探しの旅は、これで終わりだ。

 

「びっくりしたね」

 

「ああ……。そうか、ここにいたのか、ずっと」

 

「近くまで来てたのに、ぜんぜん気付かなかったね」

 

 思わぬ盲点だった。でも、確かに、宿泊施設なんて真っ先に探すべきところだったかも。

 

 僕たちは桜の間に入った。前回泊まった部屋だ。

 

 僕とヒバリは、お喋りして、何時間かボードゲームをした。やがて日も暮れて、夜になる。ヒバリがランタンを取り出し、灯りを付けた。

 

 夕食を食べながら、僕たちは話す。

 

「前にここで泊まった時に、ヒバリが処女だって分かったんだよね」

 

「やめてくれ、あの夜はトラウマだ」

 

 ヒバリは渋い顔をしながらそういった。

 

「なんだかすごい昔の話みたいだよね」

 

「ああ、確かにね」

 

 あの頃より、僕とヒバリの関係は大きく進んだ。あの時は、イケメンだし優しいし面白いし、「処女捨てさせて」って土下座までされたし、ヤらせてあげてもいいかな、くらいの気持ちだった。

 

 それから一緒にいて、気持ちがだんだん恋に変わっていった。

 

 何より、最も大きな変化があったのは、昨日だ。オオカミに襲われた僕を、命懸けで助けてくれた。本当に、命を懸けるくらいに愛されていると分かった。

 

 あの瞬間、僕はヒバリに惚れた。元々好きだったけど、完全にヒバリに心を奪われた。

 

 確実に、ヒバリと気持ちが通じ合っている。そう、確信できている。この感覚は、前回この部屋に泊まった時はなかったものだ。

 

 夕飯も食べ終わった。持ってきた歯ブラシで歯を洗い、水ですすいだ。

 

 僕たちはテーブルを壁に寄せ、二組の布団を敷いた。窓からは青白い月光が射し込んでいる。僕は立ち上がり、広縁のカーテンを閉めて、広縁と室内を隔てる障子も閉じた。

 

 光源は、ランタンの灯りだけになる。室内全体が、温かい橙色に染まっている。

 

「そろそろ着替えよっか」

 

「ああ、そうだね」

 

 ヒバリはパジャマを取り出した。お互いに背を向けて着替え始める。僕が取り出したのは、黒ネグリジェだ。

 

「ヒバリって、可愛いのにカッコいいよね」

 

「……? なんの話だい?」

 

「処女なの、ずっと気にしてるでしょ?」

 

「ああ、コンプレックスではある。つばめに処女をいじられるようになってからは、悔しさに震える毎日だ」

 

「処女煽られると顔真っ赤で涙目になって、でも生着替え見せたりおっぱい触らせてあげたりすると、すごい鼻の下伸ばして嬉しそうな顔してくれて、そういう弱いところ、可愛くて好き」

 

「私今すごい暴言を吐かれてないか?????」

 

「でも、好きなところだよ。だから、昨日はビックリした。ヒバリに守られて、愛されてるって分かって。そして、ヒバリのものになって。男として、人生で一番の喜びを感じた」

 

「……!」

 

 オオカミに襲われた直後、告白し、僕を抱きしめてくれた時の言葉を思い出す。――もう、絶対に逃がさない。

 

 強い女に、独占され、支配される感覚。強いメスに惹かれる、原始的なオスの本能。

 

 もう、これからすることを想像するだけで、体が熱くなってくる。

 

 僕はネグリジェに着替え終わった。下を見る。辛うじて局部は隠せているが、おへそ辺りは肌色が透けて見える。

 

 僕は先にヒバリの方へ振り向いた。彼女もパジャマに着替え終わっているが、まだ向こうを向いてくれている。

 

「ヒバリ、僕のこと、助けてくれてありがとう」

 

「それは当然のことだ。つばめのことを、愛してるから」

 

 ヒバリは向こうを向いたままそう言った。表情は見えないけれど、力強い眼差しが見えるような感覚がした。

 

「ヒバリ、こっち向いて」

 

 ヒバリが振り向く。僕の格好を見た瞬間、彼女は大きく目を見開き、絶句した。

 

「心の準備、できたよ」

 

 僕はヒバリに近付く。彼女の表情が変わる。力強く決然とした面持ちだ。

 

 そして、僕らは唇を重ねた。身長差があるので、僕は少し背伸びをして、ヒバリを求めるような、必死なキスになってしまう。

 

「んっ……っ……!」

 

 ヒバリに舌を入れられる。舌を絡められ、舐られ、蕩け合う。頬の内側を撫ぜるように、口内中を蹂躙される。

 

 痛いくらい心臓が跳ねる。幸福ホルモンがドバドバと分泌され、頭が熱く沸騰しそうになる。

 

「はぁッ……はぁッ……! んっ……!♡ んぅっ……!♡ ねえっ……! もうちょっとしゃがんでよっ……!」

 

 体勢のキツさと、呼吸の苦しさで、僕は涙が出そうになる。けれど、ヒバリは僕の顎を持ち上げ、嗜虐的な微笑を浮かべる。

 

「必死なつばめ、可愛い」

 

「い、いじわるっ……!♡ ばかっ……!♡ んっ……!♡」

 

 いじめられてる。下腹部が熱を帯びてくる。矮小なオスは強いメスに敵わないのだと、本能で理解してしまう。

 

 もう、弱い処女の姿なんてどこにもない。僕は、獅子を目覚めさせてしまった、愚かな草食動物だった。

 

 ヒバリに強引なキスをされながら、布団へ優しく押し倒された。僕は枕元のコンドームに手を伸ばす。

 

「ねえ、ヒバリ」

 

「なんだい?」

 

「その、今まで処女煽って、からかってきたから……」

 

 僕を見下ろすヒバリの瞳は、獣欲に濡れていた。

 

 僕は媚びっ媚びの猫撫で声で、お仕置きを乞う。

 

「僕のこと、いっぱい理解(わか)らせて?♡」

 

 ヒバリはギンッ!と目を見開き、肉食獣のような笑みを浮かべながら、僕の耳元に唇を寄せる。

 

「ああ、覚悟しろよ。絶対手加減しないからな」

 

 乱暴な、低い声。耳管から侵入した囁きが脳髄に直撃し、快楽となって身体中を駆ける。

 

 そして、ヒバリは僕のネグリジェに手を伸ばした。

 

 *

 

 翌朝。

 

 僕は水を飲む。冷たい水が喉を潤し、生き返るような気持ちになる。ヒバリは僕をじっと見ている。

 

 再び寝転がり、布団をかぶる。まだ快楽が身体に残っていて、ビクビクと震える。しばらく動けそうにない。

 

 一晩中犯され続けた。これまでの鬱憤を晴らすような、乱暴なS○Xだった。気持ちよすぎて死ぬかと思った。

 

 ヒバリに密着する。彼女は僕を抱きしめ、頭を撫でてくれる。幸せな気持ちになる。

 僕は完全に、身も心もヒバリのものになってしまった。

 

「つばめの喘ぎ声、エロくて最高だったよ」

 

「い、いわないでよ」

 

「思いっきり声出してくれるから、感じてるの伝わってきてよかった」

 

「そ、そこまで声出してないし」

 

 すると、ヒバリは布団の中で、僕の胸に手を伸ばした。そして、手探りで乳首を探し出す。

 嫌な予感がした次の瞬間、ぐにっと乳頭を押しつぶすように抓られた。

 

「んっ……!!!!!♡♡♡♡♡ あっ!♡ あっ!♡ んっ!♡ だめっ……!♡ ちくびだめっ……!♡」

 

「ほら、ね?」

 

「~~~~っ! いじわる! ばか! さいていっ!」

 

 僕はヒバリをぽかぽかと殴りながら、抗議の眼差しを向ける。けれど、彼女は笑いながら僕の頭を撫でてくる。

 

「可愛いよ、つばめ」

 

「うぅっ……」

 

 完全に立場が逆転してしまった。可愛くて弱い処女は、もうどこにもいない。

 今のヒバリは、非の打ち所がない、完全無欠の才女だ。まるで、初めのころ彼女が演じていたような、カッコよくて優しくて博識で誠実で頼りになる強い女性になってしまった。

 

「あ、そうだ、これ言おうと思ってたのに忘れてた」

 

「なんだい?」

 

「改めて、処女卒業おめでとう、ヒバリ」

 

「……! ああ、ありがとう、つばめ」

 

 ヒバリは僕を抱きしめてくれる。守られているようで、安心する。体温が溶け合う感覚が、心地よくて幸せだった。

 

「つばめ」

 

「うん」

 

「愛してるよ」

 

「うん、僕も愛してる」

 

 そして、僕たちは唇を重ねる。

 

 障子の隙間から眩しい朝日が射し込んでくる。庭からは、夜に鳴き続けた僕らと交代するように、鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

 

 

 『ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】』完




 ご愛読ありがとうございました。

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