ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】   作:耳野笑

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第1話 つばめとヒバリ――ヒバリ視点

 

 私の名前は、西園ヒバリ。処女だ。男性との交際経験もゼロだ。無念。

 

 1年前まで、大島の高校に通う高校生だった。

 

 パンデミックが起こり、人々がゾンビ化した。親も、友達も、知り合いも、ほとんどがゾンビ化した。

 

 私は、無事だったクラスメイト四人と共に、ゾンビから逃げ続け、中島にたどり着いた。

 

 半年間、四人と共に、学校の校舎を拠点として生活した。だが、ある日、私が漁から戻ると――拠点のバリケードが崩れていた。

 

 新しい血痕もあった。生存の見込みは薄かった。それに、探しに行こうにも、ゾンビがうろつく中を歩き回るのは自殺行為だ。

 四人との合流は諦めた。

 

 私はゾンビを避けて、島の外周を歩いた。

 

 この中島は外周部全域がリアス海岸になっている。崖を下りると、崖が「コ」の字に抉れたような、小さな空間があった。

 「コ」の字の内側に海水が侵入していて、大きめの生け簀のようだった。

 

 崖には、洞窟もあった。そこを新しい拠点とし、魚を獲って食べて、生き延びた。

 

 ひとりきりのサバイバル生活の中、私は深く絶望していた。

 

 ――私、処女のまま死ぬのか……。

 

 S○Xしたくても相手がいない。ひとりでできるのはオ○ニーだけだ。そのオ○ニーすら、オカズがないので満足にできない。

 

 絶望感に苛まれながら、半年間耐えた。

 

 そろそろゾンビたちは動かなくなっているのではないか、と考えた。

 

 半年前まで一緒にいた仲間が『ゾンビって人間の死体だから、いつか腐って動かなくなるんじゃないかな』といっていた。私は、その言葉を結構真に受けていた。

 

 勇気を出して、崖を上った。村に出ると、仲間の予想通り、ゾンビは腐り、朽ちていた。

 

 ゾンビからの逃亡生活は、終わったのだ。

 

 安堵し、食料や生存者を探すべく動き始めた。

 

 そして――楽器の音が、鳴り響いた。

 

 *

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 突如鳴り響いた、高音。

 

 恐怖で身体が強張り、その場に縫い留められたように動けなくなる。

 

 混乱しながらも、音の正体を考える。だが、直後――演奏が始まった。

 

 え、な、なにっ……!?!?!?

 

 怖っ!!!!!!!!!!!!!

 

 なにこれ!?!?!?

 

 世界の終末を告げる喇叭(ラッパ)!?

 

 ん……? これ、ドヴォルザークの『新世界より』!? 怖っ……! 完全に世界終わるじゃんこれ!

 

 私はおそるおそる、音の発生源に近付いた。

 

 民家の庭に、トロンボーンを吹く男の子がいた。

 

 おそらく生存者だろう。でも、気味が悪くて、声を掛けるのを躊躇した。

 

 そして、男の子が演奏を終えて、振り向いた。

 

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 彼は驚きのあまり、盛大に尻餅を突いた。

 

「ま、待って、私は怪しい者じゃない」

 

 私は両手を上げ、そういった。敵じゃないことを分かってほしかった。

 

「えっ、人間!?!?!? ゾンビじゃない!?」

 

「ああ、人間だ。生きてるよ」

 

 彼は立ち上がり、勢いよく私に駆け寄ってくる。

 

 小さい背丈。黒髪黒目。ボブカット。美少年だった。

 

 えっぐッ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 なにこの美少年!!!!!!!!!!!!

 

 可愛いっ! 可愛すぎるっ!!!!!!!

 

 小動物系の、可愛い男子だ。雰囲気が島の人っぽい。

 

 格好は、知らない学校の体操服だった。

 

「すごい! すごいすごいすごい! 生きてる人いたああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 彼は、弾けるような笑顔を浮かべた。よほど嬉しかったのか、まなじりには涙も滲んでいた。

 

 次の瞬間――抱き着かれた。

 

 !?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 驚きで「おわっ」と声が漏れた。

 

 混乱する。頭が目まぐるしく回転する。何が起こってる? 私、こんな、美少年に抱き着かれて……あっ、やばっ、嬉しっ……。

 

「僕、小野つばめ! つばめはひらがな! 高校に通ってたら2年生!」

 

 彼は抱擁をやめて、そう名乗った。

 

 し、しまった。今、抱きしめ返しておけばよかった……。

 

「あ、ああ。私は、西園ヒバリだ。名前はカタカナでヒバリ。私も、高校が存在していれば高2だよ」

 

「えっ!? ヒバリ!? すごい!!!」

 

「すごい? 何が?」

 

「つばめとヒバリ! 鳥の名前! お揃い!」

 

「あぁ、なるほど。そうだね、お揃いだ」

 

 私はそういって微笑した。

 

 正直、美少年と出会って、いきなり抱き着かれて、かなり昂揚していた。期待と喜びで、心臓が跳ねまくっている。

 

 だが、それを表には出さない。そういうダサい態度を見せると、男子からの評価が下がる。男の子のジャッジは残酷なのだ。

 

「ヒバリ、カッコイイね!」

 

「そう?」

 

「なんか、クールでカッコいい! シティーガールって感じする!」

 

 クール。カッコいい。シティーガール。男子から好意的な言葉を貰えたのが嬉しくて、口角が上がりそうになる。が、必死に堪えた。

 せっかくクールだと思われているのだ。その評価を崩したくない。

 

「中入る? いろいろ話そうよ!」

 

「そうだね、お邪魔するよ」

 

 つばめの家にお邪魔した。

 

 ちなみに、敬語もさん付けもしないことにした。つばめがタメ口で呼び捨てなのだから、いちいち確認せずともそれでいいはずだ。

 むしろ「呼び捨てでいい?」と訊くのは、陰の者の振る舞いだ。そういう細かい言動で減点されるのだ。

 

「改めて自己紹介しようよ! 僕は――」

 

 つばめは、今日に至るまでの経緯を話した。

 

 パンデミックが起こった日、ヨットで小島に逃げたこと。そのまま、1年間サバイバル生活をしたこと。

 

 凄い話だった。壮絶だった。無人島でのサバイバルというのは、簡単ではないはずだ。私と違って、ナイフもライターもないのだから。

 驚きだった。目の前の小動物系美少年と、たくましく生き抜くサバイバー像が結びつかなかった。

 

 あと、ゾンビが泳げないというのは盲点だった。言われてみれば、確かに泳げるわけないか。

 

 そして最後に、つばめは、たった今両親の亡骸を埋葬したことを話してくれた。

 

 私は、庭を見る。土が掘り返された跡がある。そこに、つばめの両親が眠っている。

 

「失礼するよ」

 

 私は庭の方に向き直り、両手を合わせて、黙祷した。

 

 それから、私はつばめを見る。少し悩んで、言葉を選んで――。

 

「大変だったね、つばめ」

 

「……うん。ありがとう」

 

 つばめは、お礼を言った。

 

 もうちょっと、気の利いた言葉があったのかな。分からない。男子との会話は難しい。

 

 次に、私もこれまでの経緯を話し始めた。

 

 大島の高校に通っていたこと。パンデミックが起こった日、同級生四人と共に、中島へ逃げてきたこと。海沿いの学校に避難して、拠点にしたこと。

 

「えっ、海沿いの学校? 中庭に白と黒のベンチある?」

 

「ああ、あったね」

 

「それ僕が通ってた高校!」

 

 意外なところで話が繋がった。すごい偶然だ。

 

 私は、話を続ける。

 

 半年前に、私が漁に出てから戻ると、校舎のバリケードが崩れていたこと。新しい血痕があったこと。四人が、おそらくゾンビ化したこと。

 

 別の避難場所を探したこと。そして、崖際に洞窟を見付けたこと。

 

 そこから半年待ったこと。

 

「ゾンビが通常の物理法則下にあるなら、死体は腐って動けなくなっているだろうという仮説の下、崖を上がってきた」

 

 さも自分の仮説のように言ったが、実際は仲間が言っていたことだ。

 

「えっ、すごっ! ゾンビが腐る可能性考えてたんだ! 頭いいね!」

 

「そ、そうだろうか」

 

「僕思いつかなかったもん! すごいねヒバリ!」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 喜びと、後ろめたさ。虚栄心と罪悪感の、両方があった。

 

 でも、少しだけ前者の方が大きい。男子の前でいい格好をできて嬉しかった。

 

「仮説は当たっていた。ゾンビは朽ちて動かなくなっていた。そして、この村にたどり着いた。そうしたら、楽器の音が聞こえてきたんだ」

 

「そっか、そうだったんだ」

 

「驚いたよ。生存者もゾンビもいないこの島で、楽器の音だけが鳴り響いているというのは」

 

「うわっ、ヒバリ視点だとめちゃめちゃホラーだね、ウケる」

 

 それはそう。ガチで怖かった。

 

「しかも、ドヴォルザークの『新世界より』だからね。本当に世界が終わるのかと思ったよ」

 

「……!? え、すごい! よく分かったね! もしかして吹奏楽やってた?」

 

「いや、楽器経験はないよ」

 

「え、じゃあなんで知ってたの?」

 

「偶然だよ」

 

「博識だ~~~! カッコいい~~~!」

 

 つばめからの評価がぐんぐんと上がっているのを感じる。彼の眼差しはキラキラとしていて、尊敬の念が籠もっていた。

 

 ヤバい。嬉しい。気分いい。

 

 つばめは全てのリアクションが大きいので、一回一回の称賛が嬉しかった。

 

 ちなみに、曲を知っていたのは本当に偶然だ。

 

 そして、話が一段落して――つばめは、真剣な面持ちで話し始めた。

 

「ねえ、ヒバリ」

 

「なんだい?」

 

「僕は、誰かに会いたいって気持ちだけで、この島に戻ってきたんだ。だから、ヒバリと一緒にいたい」

 

「……」

 

 っしゃぁああああああああああああッ!

 

 来た!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 来た! 最高の展開!!!!!!!!!

 

 内心で快哉を叫ぶ。だが、それを表には出さない。強く意識して、全力で真顔をキープする。

 

「ヒバリは、どうしたい?」

 

「……。ああ、一緒に行動しよう。この島のただふたりの生き残りとして、助け合っていこう」

 

「うん!」

 

 私は、つばめと握手をした。

 

 これが、人生最後のチャンス。つばめは私の処女を貰ってくれるかもしれない、唯一の男性だ。

 

 絶対にミスはできない。クールで頼りになる女を演じ切り、つばめの好意と信頼を勝ち取り、S○Xできるくらいの関係を築く。

 

 やるぞ、私はやってやるぞ!!!

 

 絶対に、S○Xをするんだ!!!

 

 処女のまま死んでたまるか!!!!!

 

 それはそうと――。

 

「つばめ、お願いがあるんだ」

 

「なに?」

 

「四人の遺体を、探しに行きたい。半年共に過ごした仲間として、せめて埋葬して、弔ってあげたい」

 

 これは本心だ。四人に対しては思うところもあるが、仲間として死体を放置するのは忍びない。

 

 そして、つばめは快諾してくれた。

 

 *

 

 私とつばめは、必要な物資をリュックに詰め込んだ。

 

「トロンボーンは置いていくんだね」

 

「うん、荷物になっちゃうから」

 

「まあ、それもそうだね」

 

 そして、私たちは出発した。最初の目的地は、学校だ。

 

 こうして、死体探しの旅――および、美少年とふたりきりの共同生活初日がスタートした。

 




【キャラクター】

『小野つばめ』
 中島生まれ中島育ちの男子。高2相当。黒髪黒目。ボブカット。背が低い。可愛い。高校時代はヨット部、中学時代は吹奏楽部に所属。
 ヒバリのことを、カッコよくて優しくて博識で頼りになる女性だと思っている。

『西園ヒバリ』
 大島生まれ大島育ちの女子。高2相当。黒髪黒目。ポニーテール。背が高い。
 何が何でもS○Xしたい処女。つばめからの好意と信頼を勝ち取るため、頼りになる女を演じることにした。

【雑記】

『小島』
 無人島を指す俗称。中島からヨットで行き来できる距離。

『中島』
 T島を指す俗称。人口は200人程度だった。小島の10倍以上の面積がある。T高校が位置する。大島とは陸繋砂州で繋がっているため、干潮時のみ徒歩で行き来できる。

『大島』
 O島を指す俗称。N県の全人口の半数が暮らしていた。N県最大の島。中島の約40倍の面積がある。
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