ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】   作:耳野笑

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『ここまでのあらすじ』

【つばめ視点】
・パンデミック発生。島民全員がゾンビになる。
・つばめ、ヨットで、中島から無人島へ逃げる。1年間の無人島サバイバル生活。
・つばめ、無人島から中島へ戻る。ゾンビの全滅を確認。
・つばめ、ヒバリと出会う。
・つばめ、ヒバリに『仲間たちを弔いたい』とお願いされる。
・死体探しの旅、スタート。

【ヒバリ視点】
・パンデミック発生。大島がゾンビだらけに。
・ヒバリ、仲間四人と共に大島を脱出し、中島へ逃げる。校舎を拠点とし、仲間と半年間の共同生活。
・拠点が破壊される。四人は状況上、死亡濃厚。
・ヒバリ、崖際の洞窟を新たな拠点とし、さらに半年を過ごす。
・ヒバリ、洞窟を出て、村へ。ゾンビの全滅を確認。
・ヒバリ、つばめと出会う。
・ヒバリ、つばめに『一緒にいたい』といわれ、快諾。また、仲間を弔うことを快諾される。
・死体探しの旅、スタート。


第2話 ふたりきりの学校探検――つばめ視点

 

 僕とヒバリは、まず学校へ向かうことにした。

 

 僕が1年前まで、普通に通っていた高校だ。ヒバリにとっては、半年前まで拠点にしていた場所でもある。

 

 また、ヒバリによると、道中にある洞窟で真水を確保できるらしいため、そこにも寄る予定だ。空のペットボトルも持ってきた。

 

「お~い! 誰かいませんか~!」

 

 生存者がいる可能性に期待し、声を出しながら歩いてみる。

 

 今のところ、返事はない。

 

 道路には、ゾンビの死体が転がっている。皮と骨だけの、朽ち果てた姿だ。

 

「誰もいないね~」

 

「ああ、静かだね」

 

「この島で生きてる人間、僕らしかいないかもね」

 

「私もそう見込んでいるよ」

 

「ふふっ、アダムとイブみたいだねっ」

 

「……!」

 

 ヒバリは目を丸くして、僕を見た。

 

「あれ、僕なんか変なこと言っちゃったかな?」

 

「ああいや、なんでもないよ。アダムとイブは最初の人類とされているけど、私たちは最後の人類かもね」

 

「最後の人類! なんかカッコいい!」

 

 特別感があっていい。テンションが上がる。

 

 ヒバリは海を見た。ポニーテールが海風に揺られてなびく。

 

「私たちが人類最後の人間の場合、私たちが死んだ時点で、人間は絶滅することになるね」

 

「そうだね~」

 

「思ったより悲観してはいないんだね」

 

「ん? まあ、ひとりじゃなければそれでいいし!」

 

「ひとりじゃなければ……?」

 

「うん! ひとりだと、寂しかったから! こうしてヒバリと一緒にいれて嬉しい!」

 

「……! そっか、私も、つばめと一緒にいれて嬉しいよ」

 

 僕は1年間、小島でひとりきりのサバイバル生活を送った。途中で、何度泣いたか分からない。

 

 人と会いたかった。話したかった。もう、ゾンビでもいいから会いたいと思った。

 

 だから、こうしてヒバリと出会えて、話ができて、嬉しかった。

 

「ヒバリは、寂しくなかった?」

 

「……寂しさはあったよ。でも、常にゾンビを警戒していたから、それどころじゃなかった」

 

「そっか、そうだよね。ヒバリも大変だったんだね」

 

 ゾンビがいるかどうかで、サバイバルの難易度は大きく変わる。自由に動き回ることができた僕より、ヒバリの方が過酷だっただろう。

 

 ――灯台のある崖にたどり着いた。

 

「ここを下りてすぐの洞窟を、半年前から拠点にしていたんだ」

 

 ヒバリの後を付いていく。崖を下りると、崖が「コ」の字に抉れたような空間があった。

 「コ」の字の内側に海水が侵入していて、大きめの生け簀のようだった。

 

 崖には、洞窟もあった。

 

「この水をペットボトルに溜めて飲んでいたんだ」

 

 そういってヒバリが指差した先には、岩肌から水が一滴ずつ滴り落ちていた。

 

「ほんとだ! すごい!」

 

 確かに真水だ。これは飲める。僕は水の落下点に、ペットボトルを設置した。学校からの帰りに回収していこう。

 

 僕は洞窟の中に入った。砂が敷かれている。岩の上へ直で寝るのは辛いので、砂で硬さを和らげたのだろう。

 他にも、魚の骨や、皿代わりにしたであろう葉っぱが置いてあった。

 

「ヒバリは、ここで暮らしてたんだね」

 

「ああ」

 

「大変だったね」

 

「お互いにね」

 

 僕とヒバリは崖を上り、道に戻った。喋りながら歩くこと数分――港にたどり着いた。

 

 海上に、小島が浮かんでいるのが見える。僕が1年間過ごした無人島だ。

 

「せっかくだから、僕の船見ていってよ」

 

「ああ、ぜひ」

 

 海に面する、段差のなだらかな階段。その水際に立ち並ぶ、ヨット用の係船柱。その本数分のロープが伸び、ヨットに繋がっている。

 

「僕のヨットはこれだよ」

 

 船体に『T高校ヨット部』と書かれた一艘。僕の相棒だ。

 

「凄いね、これであの小島まで行ったのか」

 

「あ、そうだ! 今度一緒に乗ろうよ!」

 

「……! あ、ああ、楽しみにしているよ」

 

「やった! 約束だからね!」

 

「ああ、もちろんだよ」

 

 ヒバリはそういって笑った。

 

 僕とヒバリは道路に戻り、再び学校へ向けて歩き出す。道中、ヨットのことを話した。ほとんど僕が一方的に話すだけだったけど、ヒバリは興味深そうに聞いてくれた。

 

 本当に、本当に、楽しい。ヒバリに出会えてよかった。

 

 そして――学校にたどり着いた。

 

「……」

 

 僕の記憶にある学校の姿とは、だいぶ違った。

 

 校門に机とイスが積まれ、ロープで固定されている。けれど、一部分崩れて、通れるようになっている。

 

「これ……」

 

「ああ、あの日のままだ」

 

 ――半年前に、アクシデントが起こった。私が漁に出てから戻ると、校舎のバリケードが崩れていた。

 

 ヒバリの言った通りだった。

 

 僕たちは校舎に足を踏み入れる。校舎にもバリケードがあったが、これも突破されている。崩れた机の中には、ゾンビの死体もあった。

 

「ヒバリ、この人は仲間じゃない?」

 

「違う。これは襲ってきたゾンビだ。私の仲間の死体にしては古すぎる」

 

「古すぎる……? あ、そっか!」

 

 ヒバリの仲間がゾンビ化したのは、おそらく半年前。これがそうだとすると、腐敗の進行が早すぎる。

 

 ヒバリの仲間の顔は知らないけど、多分僕が見てもそうと分かるくらいには新しいはずだ。

 

 校舎内に入る。ヒバリは躊躇なく、廊下を土足で踏んだ。

 

 僕は立ち止まる。

 

「うわ、これ凄い抵抗感ある」

 

「ああ、そうか。普通はシューズに履き替えるからね」

 

 僕は土足のまま、廊下へと一歩を踏み出す。悪いことをしている気分だった。不思議だ。もう、怒る先生もいないのに。

 

 廊下を進む。

 

「……っ!」

 

 床に血痕があった。おそらく、ヒバリの仲間のものだろう。噛まれたか、引っ掻かれたか。なんにせよ、ゾンビ化は避けられないだろう。

 

「……ヒバリ、だいじょうぶ?」

 

「ああ、問題ないよ。ありがとう」

 

 ヒバリは笑顔を浮かべて、そういった。無理をしている様子はない。

 

 ……強い人だ。

 

 僕たちは廊下を歩く。教室を覗いてみると、物がなくがらんとしていた。机とイスのほとんどをバリケードとして使っていたためだろう。

 

「あ、ここ……」

 

 僕は足を止める。1年2組。僕の教室だ。

 

「つばめの教室かい?」

 

「うん」

 

 中に入ってみる。他の教室同様、ガランとしている。

 

 不意に、込み上げてくるものがあった。友達と過ごした教室。毎日授業を受けて、お昼に弁当を食べた場所。

 

 もう、ここに、みんなはいない。

 

 涙がこぼれた。我慢できなくて、咽ぶ声が漏れる。

 

「……つばめ」

 

「ご、ごめんねっ」

 

「いや、いいんだ。隣の教室にイスがあるから、少し休もう」

 

 ヒバリのいった通り、隣の教室にはイスがあった。5脚のイス、5つの机。どこからか持ってきたのか、5組の布団と枕もある。ヒバリたちが使っていたのだろう。

 

 僕はイスに座った。5分くらい泣き続けた。ヒバリは何も言わず、じっと待っていてくれた。

 

「ここ……」

 

 突然声を出した僕にびっくりしたのか、ヒバリの身体がビクッと動いた。

 

「ここ、ヒバリが、仲間と一緒に過ごしたところでしょ?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「ヒバリは……つらくないの?」

 

「私は……」

 

 ヒバリは、教室全体を見渡した。

 

 きっと、ヒバリのまなうらには、かつて仲間と過ごした情景が映っているのだろう。

 

「……ショックは、ある。もう会えないと思うと、悲しい」

 

「そっか、じゃあ、同じだね」

 

「……ああ、同じだ」

 

 僕たちは、しばらくこの教室で話した。

 

 道中とは反対で、ヒバリの方から一方的に話して、僕はほとんど聞いているだけだ。

 

 ヒバリの仲間は――後藤さん、来栖さん、馬場くん、井出くんというらしい。

 

 後藤さんと来栖さんが女子。馬場くんと井出くんが男子。

 全員同じクラスだったけど、実は全員ほぼ喋ったことがない組合せだったそうだ。

 

 ヒバリは、四人との思い出を話してくれた。

 

 後藤さんと、初めて魚を釣った時のこと。

 

 来栖さんと、バリケードを作った時のこと。

 

 馬場くんと、ライターを見付けて喜んだ時のこと。

 

 そして、井出くんが――。

 

「井出くんが、小島から火が上がったのを見たそうなんだ。妖怪じゃないかって、怯えてた。この辺りでは、海上に火が見える不知火って現象があるから、それを連想したんだと思う」

 

「……うん? 小島? 火?」

 

「あっ」

 

 ヒバリは、僕の反応だけで、真相にたどり着いたようだった。

 

「まさか、つばめだったのか……!?」

 

「う、うん! たぶん僕! 火起こしして暖を取ったり、魚を焼いて食べたりしてた!」

 

 僕は笑った。そっか。見えてたんだ。中島から、僕の付けた火が。

 

 気付いてなかったけど、あの時僕を見ていた人がいたんだ。

 

 ひとりじゃ、なかったんだ。

 

「ふふっ……! あははっ! なにそれウケるっ! 僕妖怪だと思われてたの!?」

 

 爆笑する。ヒバリも笑っていた。彼女が声を上げて笑うところを、初めて見た。

 

「ありがとう、ヒバリ。パンデミックが起こってから、こんなに笑ったの初めてだよ」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 ヒバリと出会えてよかったと、強く思った。

 

 ひとりでこの寂しさと向き合うのは、ちょっとつらすぎる。

 

 やっぱり、誰かと一緒にいられるのは、すごく幸せなことだ。

 

 僕とヒバリは、四人の死体探しに戻った。1階の教室はここまでに全て見てきた。あとは、職員室だけだ。

 

 職員室に入る。ここは、1年前とほぼ同じ状態だった。

 

 一応、全ての机の下を見て回る。担任の机には、当時のプリントがそのまま置いてある。その中には――生徒の進路希望調査票もあった。

 

「あっ」

 

 僕はリュックから、雑多なプリント類の入ったクリアファイルを取り出す。中に、未提出の進路希望調査票もあった。

 

 第1希望には『O島のO大学に進学』とだけ書いてある。第2希望と第3希望は空欄のままだ。

 

「大島の大学に進学予定だったのかい?」

 

「ううん、テキトーに書いただけ。全然決まってなかったよ」

 

 僕は、まだ高1だった。将来のことなんて、真剣に考えていなかった。

 

 シャーペンを取り出し、第2希望の欄に『生きる』、第3希望の欄に『四人を見付けて弔ってあげる』と書いてみた。

 

 そして、他の生徒の調査票に重ねて置く。1年越しの提出だ。

 

 すると、ヒバリはそれを見て――。

 

「生きるより進学が優先されてるの、変だね」

 

「ね」

 

 第1希望『O島のO大学に進学』

 第2希望『生きる』

 第3希望『四人を見付けて弔ってあげる』

 

 確かに、変な感じがする。

 

 僕は消しゴムで第1希望の欄を消した。

 

 代わりに何か書いておこうと思ったけど――何も思いつかなかった。

 

 受験も、進学も、就職も、何の選択肢もない。もう、社会そのものがないから。

 

「本当に、やることないなあ……」

 

「そうだね、何も、することがない」

 

 僕は結局、第1希望を空欄のままにして提出した。

 

 その後、2階を見て回った。何もなかった。

 

 続けて、屋上に入る。

 

 当時は入れなかった場所だ。ちょっとワクワクする。

 

「すごい! 屋上だ! 学校の屋上にいる!」

 

「気持ちは分かるよ。私たち五人も、初めて来たときはそんな感じだった」

 

 薄い青空が広がっている。いつもより、少しだけ空が近い。

 

 潮の香りの混じった風が吹く。

 

 フェンス越しに下界を見る。グラウンドと、周囲の民家と、海が一望できる。

 

「ヒバリ、ここで雨水溜めてた?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 屋上の中央には、バケツと、逆さの傘が置いてあった。

 

「僕も小島で、大きな貝殻置いて雨水貯めてたよ」

 

「貝殻……なるほど、そんな手もあったのか」

 

 その後、僕たちは中庭と校庭も探した。残念ながら遺体は見つからなかった。

 

 学校を出て、海沿いの車道を歩きながら探していく。

 

「ねえヒバリ、僕ら、どこに住む? やっぱり学校がいいのかな?」

 

「いや、つばめの家を拠点にしよう」

 

「えっ、僕の家?」

 

「ああ、目の前に畑があるから、野菜を栽培できる」

 

「そっか、じゃあそれで!」

 

 こうして、あっさりと拠点が決まった。

 

 海沿いの道を歩いていく。ざざぁ、ざざぁ、という波の音が聞こえる。海面が陽射しを照り返して、キラキラと輝く。

 

 車道の真ん中を堂々と歩きながら、遺体を探し続ける。

 

「こうやって車道を歩くの、ちょっとワクワクするよね」

 

「まあ、本来はありえないことだからね」

 

 もう、車は一台も通らない。たぶん、ずっと。

 

「でも、こっちの方が自然な感じもするんだよね」

 

「どういう意味だい?」

 

「車って大きいし重いでしょ? だから、轢かれたら死んじゃうじゃん。そんな物が、身の回りを高速で動き回ってたんだよ。当たり前に受け入れてたけど、かなり異常だったんじゃないかな」

 

 ヒバリは、目を丸くし、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「確かにそうかもしれない。いいね、つばめの発想は、自由で面白い」

 

「えへへっ、でしょ~? ヒバリも――」

 

 その時――視界の端に、人の肌色が見えた。

 

 バクン!と心臓が脈打つ。

 

 ガードレールに手を置いて、砂浜を見下ろす。テトラポッド群の中から、人の脚が飛び出ていた。まだ、はっきり肉の形が残っている。

 

「ヒバリ、あれ」

 

 僕が指差した先を見て、ヒバリが息を呑んだ。

 

「……まだ動くゾンビかもしれない。慎重に近付こう」

 

 階段から砂浜に下りる。ヒバリが先行する形で歩く。テトラポッドとの距離をゆっくりと詰めていき、都度石を投げ込む。

 

 何回投げても無反応だった。

 

 そして、三歩先を行くヒバリが、死体の下にたどり着いた。

 

「……問題ない。この死体はもう動かないよ」

 

 僕は安心して近付こうとした。けれど、ヒバリが振り返って――。

 

「見ない方がいい」

 

「……ううん、だいじょうぶ」

 

 僕はヒバリの隣に立ち、死体を確認する。

 

 既に事切れていた。人としても、ゾンビとしても。

 

 頭部と右腕が砕けている。右半身だけ損壊の度合いが大きい。おそらく、道路からガードレールを越え、テトラポッド上に落下したのだろう。

 

 確かに、グロい。他の死体は乾燥しきっていたけど、中途半端な状態だと、結構視覚的なショックが大きい。

 

「……後藤さんだ」

 

 ヒバリは、そうつぶやいた。

 

 凄絶な顔をしていた。無理もない。共に過ごした仲間の死体なのだ。

 

 ……強い人、という評価は、いくらなんでも酷だった。ヒバリだって、普通の高校生なんだ。つらくないはずがない。

 

「埋めてあげよう」

 

「……ああ」

 

 ふたりで、死体を砂浜へと移動させた。

 

 そして、学校の倉庫からシャベルを二本持ってきて、穴を掘る。少し掘るだけで海水が浸潤している土になった。ふたりなのもあって、すぐに掘り終わった。

 

 後藤さんの遺体を穴に入れる。土を被せる前に、黙祷する。

 

 ある程度して、目を開ける。ヒバリはまだ目を瞑ったまま両手を合わせている。

 

 険しい表情だった。何かに耐えるような苦悶の顔だった。

 

 そして、ヒバリも目を開けた。

 

「埋葬しよう」

 

「うん」

 

 ふたりで土を被せた。遺体は完全に埋まった。

 

 白い砂浜に、一部分だけ濡れた土が露出している。

 

 ふたりで水際に座り込み、汚れた手を洗う。

 

「ありがとう、彼女を見つけてくれて」

 

「うん、どういたしまして」

 

 僕とヒバリは立ち上がる。彼女は、遺体を埋めた地面を見つめている。

 

 ヒバリは太陽を背にしているため、顔が翳る。

 

 寂しげな潮騒が鳴る。海風に吹かれて、彼女のポニーテールが揺れた。

 

 ヒバリの表情が歪む。傷付いた少女のようで、疲れきった老女のようだった。

 

「ヒバリ、こっち向いて」

 

「え?」

 

 ヒバリが僕の方を向く。

 

 僕は、彼女に一歩近付き――。

 

「えいっ」

 

 抱きしめた。彼女の背に腕を回し、強く抱きしめる。

 

 身長が低いせいで包容力がないので、少しでも安心感を与えたくて、ぎゅーっと力強く抱きしめる。

 

 ヒバリ、おっきいな。なんか……あったかい。

 

 10秒くらいして、彼女を解放する。

 

「えへへっ、元気出た?」

 

「……ああ。……」

 

 ヒバリは無表情だった。けれど――たぶん、意図的に作った、ぎこちない笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、気を遣ってくれて」

 

「……うん」

 

 やっぱり、つらいよね。これくらいじゃ、意味ないよね。

 

 なにか、もっと、してあげたいな。

 

「もう大丈夫だ。帰ろう、つばめ」

 

「うん」

 

 そして、僕たちは車道に戻り、来た道を引き返した。

 

 *

 

 洞窟でペットボトルを回収し、新たに別のペットボトルを設置してから、家に帰ってきた。

 

 軽く家の中を掃除した。さらに、バケツ3個と、逆さにした傘5本を庭に設置した。これで、雨が降れば水が手に入る。

 明日からは、周囲の民家からも傘やバケツを探して持ってくる予定だ。

 

 夜になった。

 

 夕食を食べる。誰かと一緒に食事をするのは1年ぶりだ。

 

 メニューは、ヒバリの持っていた缶詰と、僕が島から持ってきた野菜だ。

 

「小島には、タロイモとニンジンも生えていたんだね」

 

「うん。あと、ギシギシっていう食べられる野草もあったよ。お腹壊すかもしれないから、普通地元の人は食べないけど」

 

「ああ、緩下剤にも使われている植物だね」

 

「えっ、すごっ!!! そんなことまで知ってるの!?」

 

 ビックリした。ヒバリは都会の人なので、野草のことなんて知らないと思っていた。

 

「ヒバリ、博識だね! すごい! 天才!」

 

「偶然だよ」

 

「ドヴォルザークの曲も知ってたし! 知識人って感じする! カッコいい!」

 

「有名な曲だからね」

 

「すごいよ! 僕の友達なんてトランペットとトロンボーンの区別もつかないのに!」

 

「まあ、楽器経験がないなら無理もないね」

 

 なんてことのない会話が、楽しかった。

 

 誰かと一緒に食べるのって、こんなに楽しいんだ。

 

 ――あっという間に、食事は終わった。島から持ってきた野菜は全てなくなった。明日からまた、魚や鳥や野草を取らなければいけない。

 

 食事が終わっても、僕とヒバリは話し続けた。一日の疲れなんて忘れるくらい、楽しかった。

 

「そろそろ寝よっか」

 

「ああ、そうだね」

 

 ヒバリには、両親の寝室を使ってもらうことにした。他人の枕を使うのは嫌だと思うので、僕が一回しか使っていない枕と枕カバーをあげた。

 

「ねえヒバリ、一緒に寝る?」

 

「えっ」

 

「あははっ、冗談だよ」

 

 ヒバリは「えっ」の表情のまま固まっている。

 

「でも、ホントに寂しくなったら一緒に寝ようね」

 

「……」

 

「おやすみ、ヒバリ」

 

「ああ、おやすみ、つばめ」

 

 僕は自分の部屋に入って、ベッドに横になった。

 

 マットレスの柔らかさに感動する。心地いい。最高だ。

 

 目を瞑って、今日のことを考える。

 

 出会えたのがヒバリでよかった。優しいし、カッコいいし、頼りになるし。

 

 でも、つらそうだった。後藤さんのことを埋めた時、すごい顔をしていた。僕の前だから気丈に振る舞っていたのかもしれない。

 

 だとしたら……今ごろ、ひとりで泣いてるのかも。

 

 ――思い出したように、疲れが襲ってくる。あっという間に、睡魔に飲まれた。

 




【キャラクター】

『小野つばめ』
 中島生まれ中島育ちの男子。高2相当。黒髪黒目。ボブカット。背が低い。可愛い。高校時代はヨット部、中学時代は吹奏楽部に所属。
 ヒバリのことを、カッコよくて優しくて博識で誠実で頼りになる女性だと思っている。

『西園ヒバリ』
 大島生まれ大島育ちの女子。高2相当。黒髪黒目。ポニーテール。背が高い。
 何が何でもS○Xしたい処女。つばめからの好意と信頼を勝ち取るため、頼りになる女を演じることにした。

【進捗】

『後藤さん』発見済み。

『来栖さん』未発見。

『馬場くん』未発見。

『井出くん』未発見。

【雑記】

『小島』
 無人島を指す俗称。中島からヨットで行き来できる距離。

『中島』
 T島を指す俗称。人口は200人程度だった。小島の10倍以上の面積がある。T高校が位置する。大島とは陸繋砂州で繋がっているため、干潮時のみ徒歩で行き来できる。

『大島』
 O島を指す俗称。N県の全人口の半数が暮らしていた。N県最大の島。中島の約40倍の面積がある。
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