ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】   作:耳野笑

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『ここまでのあらすじ』

【つばめ視点】
・パンデミック発生。
・つばめ、ヨットで無人島へ逃げる。1年間のサバイバル生活。
・つばめ、中島へ戻る。ヒバリと出会う。
・死体探しの旅、スタート。一人目の死体を発見し、埋葬する。
・共同生活、スタート。

【ヒバリ視点】
・パンデミック発生。
・ヒバリ、仲間四人と中島へ逃げる。校舎で半年間の共同生活。
・バリケードが破壊される。四人は状況上、死亡濃厚。
・ヒバリ、崖際の洞窟で半年間生活。その後、つばめと出会う。
・死体探しの旅、スタート。一人目の死体を発見し、埋葬する。
・共同生活、スタート。


第3話 ヒバリの秘密――つばめ視点

 改めて、僕とヒバリの共同生活が始まる。

 

 相談の結果、まず川で魚を獲り、その後畑での野菜栽培に取り掛かることになった。

 

「あ、ヒバリ、ちょっと待ってて。着替えてくる」

 

「ああ、そうだね。濡れてもいい服の方がいい」

 

 僕は2階の自室に戻り、ウェットスーツに着替える。ヨット部の基本装備だ。

 

 鏡を見る。機能的なデザインだ。肌にピッタリ密着するため、ボディラインが出るのだが――。

 

「うわっ、痩せちゃったなあ……」

 

 無人島生活のせいで、肉が落ちている。

 

 ただ、それとは関係なくテンションは上がる。ウェットスーツの密着感が懐かしい。これを着ると、体を動かしたくなってくる。

 

 僕は1階へ下りた。

 

「おまたせ、ヒバリ!」

 

「……」

 

 ヒバリが僕を見て固まった。

 

「これ、ヨット部の装備なんだ! すごいでしょ!」

 

 ヒバリは、僕を見たまま止まっている。なんだかいつもより目力が強い気がする。

 

 なんだろう、変な気分だ。家の中でウェットスーツを着るの、特殊なプレイみたいで――急に恥ずかしくなってくる。

 

「あ、あの、そんなにじーっと見られると恥ずかしいんだけど」

 

「あっ、す、すまない。てっきり汚れてもいい古着とかに着替えてくるものだと思っていた。驚いたよ」

 

「ヨット部だったからね、いいでしょ!」

 

「ああ、機能的には最高だね。川や海において、それ以上の装備はない」

 

 ヒバリは2本の魚獲り網を持つ。虫取り網の大きいバージョンみたいなやつだ。

 かつてヒバリたちが港を探索した時見つけたものだそうだ。

 

「これすごいね! 絶対便利じゃん!」

 

「ああ、これのおかげで、素人の私たちでも魚が獲れた」

 

「いいな~! 僕も小島にいる時これ欲しかったな~!」

 

 話しながら家を出る。学校とは反対方面に村を進むと、大きな川がある。川幅は4メートルほど。川の中には中州がある。

 

 流れがあり、魚が泳いでいるのが分かる。

 

 ヒバリは靴を脱ぎ始める。僕は先に川へ入り、網を使って魚を捕まえようとするのだが――するりと逃げられてしまう。

 

 何度か挑戦するが、上手くいかない。

 

「あれっ、難しいかも」

 

 ヒバリが靴と靴下を脱ぎ終わり、裾をまくってから合流しにくる。

 

「ヒバリ、お手本見せてよ」

 

「ああ、分かった。」

 

 ヒバリが魚獲り網を水中に入れて静止する。

 

 そして、魚が網の中に入ってきた瞬間、勢いよく持ち上げた。

 

「え、一発!? すごい!!!」

 

「この島での経験のおかげだよ」

 

「ヒバリ、カッコいい!!!」

 

「ありがとう、つばめもすぐできるよ」

 

 僕はヒバリの真似をする。

 

 魚の進行方向で網を構えて待ち、入ってきたらすくい上げる。すると――。

 

「獲れた!」

 

「ああ、上手いね」

 

 ――その後、計8匹の魚を獲った。

 

 ヒバリが持っていたライターで焚き火を付けて、魚を焼いて食べ始める。

 

「ところで、川の水って飲まない方がいいかな?」

 

「感染症のリスクがあるから避けよう」

 

「分かった。服を洗うのはいいよね?」

 

「ああ、それなら問題ないと思うよ」

 

「じゃあ服も持ってくればよかったな」

 

 *

 

 次に、僕たちは畑の整地に取り掛かった。伸び放題の草を取り除いていく。

 

 また、ジャガイモと思しき根っこを引っこ抜いてみると、大量のジャガイモが塊になっていた。

 

「ヒバリ! 見て見て! これ全部食べれるよ!」

 

「すごい、しばらく食料には困らないだろうね。除草が終わったら、また植えるためにいくつか種芋を見繕おう」

 

「うん、了解!」

 

 ――1時間後。ようやく畑の一面だけ、除草が完了した。

 

 畑のジャガイモも収穫した。大きめの段ボール箱が埋まるほどの量があった。

 

 その中から小さいジャガイモを選んで分ける。種芋として使うためだ。また、大きいジャガイモもいくつか、半分に切って種芋として使うことにした。

 小さい方と、大きい方。どちらかが生らない場合に対応できるようにするためだ。

 

 植え付けが終わる。あっという間にお昼になった。

 

 ジャガイモの調理は全て庭で行うことにした。ふたりで土と芽を取り除いていく。

 

「なんかふたりでこうしてると、夫婦みたいだね」

 

「っ……! そ、そうだね……」

 

 家の中から包丁とまな板とフライパンを持ってくる。例によって、ライターで焚き火を付けてもらった。

 

 料理は男の仕事だ。

 

 包丁でジャガイモを切り、フライパンで蒸し茹でにした。ホクホクの蒸しジャガの完成だ。そのままだと味がないので、家にあった塩を振りかける。流石に塩とか胡椒みたいな調味料類は、そのまま使えた。

 

「美味し~~~!」

 

「ああ、すごく美味しいよ。流石だね、つばめ」

 

「ありがとう! ヒバリのおかげだよ!」

 

 そして、ずっと話そうと思っていた話題に触れる。

 

「これ食べ終わったら、川で身体洗っていいかな? 夜真っ暗になってからは行きたくないし」

 

「そうだね。髪が濡れたままベッドには入れないし、昼に済ませるのが効率的だね」

 

 ということで、昼に水浴びをすることに決まった。

 

「お先にどうぞ。私は家にいるから、終わったら呼びに来てくれ」

 

「覗いちゃだめだよ?」

 

「の、覗かないから安心して」

 

 洗濯物の入ったカゴを持って、川へと移動した。全裸になって水浴びをする。振り返ると、近くにぽつぽつと民家も立っている。

 

 無人島でも全裸になることはあったけど、村で全裸になるのはちょっと恥ずかしかった。

 

 ちなみに、ヒバリは覗きに来なかった。

 

 次に、持ってきた洗濯物を洗う。それを再びカゴに入れ、家へと戻った。庭の物干し竿に、服や下着を干していくが――。

 

「あっ」

 

 リビングにいるヒバリと、窓越しに目が合った。

 

 あ、これ、パンツとか見られちゃうな。まあいっか。これからずっと一緒に暮らすんだし。

 

 僕は洗濯物を干し終わった後、庭から窓ガラスを開ける。

 

「ヒバリのえっち」

 

「なっ……!? いや、ちがっ、その、すまない」

 

 からかってみると、ヒバリはうろたえた。こんな表情を見るのは初めてだ。なんだか嬉しい。

 

「うそうそ。別に見られてもいいよ」

 

「えっ……そ、それは……でも、私は別の所に洗濯物を干すよ」

 

「え、ここでいいよ。これから一緒に暮らすんだから、気にしないで」

 

「そ、そうか。分かった」

 

 そういって、ヒバリは立ち上がり、川へと水浴びに向かった。

 

 ちなみに、ヒバリは近くの家から持ってきた服や、僕の母の服も使っている。けど、いつまでも他人の服というのも抵抗があるだろう。

 

 畑仕事や水の確保が落ち着いたら、一回大島に行って服や物資を持ってくるというのもアリかもしれない。

 

 *

 

 午後。僕たちは洞窟へ来た。

 

 水が満タンになったペットボトルを回収し、新しいペットボトルを設置する。

 

 僕とヒバリは、水際で海を眺める。波の音だけが聞こえる。

 

「静かだね」

 

「ああ、静かだ」

 

「僕たち、本当に人類最後のふたりなのかな」

 

「本土は大勢の生存者がいて、とっくに復興しているという可能性もある。実際に観測していない以上、可能性だけなら無限だ」

 

 ヒバリのいう通り、島にいる僕たちに、本土の状況は分からない。良い可能性も悪い可能性もある。

 

「つばめのヨットで本土まで行くというのは、流石に無理かい?」

 

「無理! 距離が遠すぎ! フェリーでも2時間掛かるもん!」

 

「流石にそうか」

 

 僕とヒバリは崖を上がった。港を通り過ぎ、さらに進んでいく。物資探し、兼、死体探しだ。

 

 学校を通り過ぎると、建物群がある。役場、旅館、公民館、住宅など。

 僕の村は民家がまばらに立っているが、こちらは建物が集合している。

 また、この辺りだけ、他と比べて圧倒的にゾンビの死体が多い。

 

 ヒバリは、旅館の前で足を止めた。

 

「この島、映画館も総合病院もないのに、こんな大きな旅館があるんだね」

 

「大島の方から観光客が来るからね。入ってみる? 結構いいところだよ」

 

 僕とヒバリは中に入ってみる。

 

 エントランスには、数個のイスとテーブル。自販機や、パンフレット類の入ったカゴ。壁には、この島出身の女優のポスターが貼ってある。

 

 受付のすぐ隣には、売店もある。お土産や日用品があった。使えそうなものだけを手に取りながら、順番に見ていく。 

 

 飲み物、お菓子、おつまみ、漬物、キーホルダー、ハンカチ、タオル、歯ブラシ類――。

 

「「あっ」」

 

 僕とヒバリは、ある商品が目に入って、同時に声を上げた。

 

 ――コンドームだ。しかも、大量にある。一区画まるまるゴムのエリアだ。

 

 ちらりとヒバリを見ると、気まずそうに目を逸らされた。

 

 悪戯心が芽生えて、ひとつ手に取ってみる。

 

「持ってく?」

 

「ぶっ……!?」

 

 ヒバリは目を白黒させている。

 

「あははっ! ヒバリ、そんな顔するんだ!」

 

「流石に驚くよ、それは」

 

「必要になるかもしれないよ?」 

 

「んんっ……!」

 

 男女が逆なら、完全にセクハラだ。いや、逆じゃなくてもセクハラだ。

 

 これを使う相手は、お互いしかいないから。

 

 ヒバリはすごい顔で僕を見ている。経験豊富そうなシティーガールも、突然のド直球セクハラはビックリするみたいだった。

 

「なんちゃって。他のとこ見よっか」

 

 僕はコンドームを棚に戻した。ヒバリから表情がなくなる。真顔で、戻されたコンドームを見ていた。

 

 あれ、もしかして、ガッカリしてる……? ほんとにえっちしたかったのかな。

 

 そして、僕たちは売店を出て、廊下を進む。

 

「旅館なんて久々だから、ちょっとワクワクする~!」

 

「そうだね」

 

「泊まってく?」

 

「ああ、そうしようか」

 

 廊下には、旅館内の間取り図が書いてある。客室は10部屋。――桜の間。葵の間。欅の間。楪の間。菫の間。撫子の間。睡蓮の間。紅葉の間。菖蒲の間。秋桜の間。

 全部植物なんだろうけど、漢字が難しくて半分くらいしか読めない。

 

「ヒバリ、いくつ読める?」

 

「さくら、あおい、けやき、ゆずりは、すみれ、なでしこ、すいれん、もみじ、あやめ、コスモス」

 

「えっ、すごっ!!!」

 

「偶然だよ」

 

「ヒバリほんとに頭いいね! 天才! 学問の神様!」

 

「それは菅原道真だけれども」

 

「これ『コスモス』って読むんだね。ずっと『あきざくら』って読んでたよ」

 

「確か『あきざくら』とも読んだ気がするよ。読みが違うだけで、意味は全く同じだけど」

 

「へ~! すごい! ヒバリカッコいい!」

 

 一番近くの『桜の間』へと入ってみる。

 綺麗な部屋だ。六畳の和室と、窓際のあのスペース。掛け軸には桜が描かれていた。

 押し入れには、二組の布団が入っている。どちらも未使用だ。

 

 僕は窓際のスペースにある、小さなイスに座る。ヒバリも反対のイスに座った。

 

「旅館のこのスペース、ワクワクするよね!」

 

「ああ、分かるよ」

 

「ここ名前あるのかな?」

 

広縁(ひろえん)だね」

 

「えっ、ヒバリ、ほんとになんでも知ってるね!」

 

「ふふっ、偶然だよ」

 

 ドヴォルザークの曲。野草の利用法。難しい漢字。雑学。あまりに知識が広すぎる。とても同い年とは思えない。教養の差を感じる。

 

 そんなことを話していると、あっという間に夜になった。

 

「寝るの、同じ部屋でいいよね?」

 

「えっ、じょ、冗談かい?」

 

「ううん、冗談じゃないよ。せっかく布団も二組あるし、一緒に寝ようよ」

 

「なら、そうしようか」

 

 テーブルを端に寄せ、布団を出して敷く。また、それぞれ浴衣に着替えた。

 

 さらに、売店からお菓子やおつまみなど、食べられそうな食料品を持ってきた。ちなみにゴムは持ってきていない。

 

「ヒバリたち、こういう食べ物とかは持っていかなかったの?」

 

「住宅地はゾンビが多すぎて近づけなかった。この辺りは未開拓だ」

 

「あっ、そっか」

 

 開けっ放しのカーテン。青白い月光が射し込み、部屋がほのかに明るい。

 

 僕たちは布団に入る。薄闇の中、僕は隣のヒバリを見る。

 

「なんか、修学旅行みたいでワクワクするね」

 

「修学旅行、か……確かにね」

 

 僕たちはまだ1年生だったので、高校での修学旅行に行っていない。これから行くこともない。

 

「ね、恋バナでもする?」

 

「えっ、急だね」

 

「やっぱり修学旅行の夜といえば恋バナでしょ。どう? ヒバリは恋人いた?」

 

「いや、いなかった」

 

「じゃあ過去に何人くらいと付き合った?」

 

「……っ! え、えっと……」

 

 ヒバリは、迷子の子どもみたいな表情を浮かべた。目も泳いでいる。

 

 ――僕の男としての勘が、ヒバリの本質のようなものを嗅ぎ取った。

 

 あれ、もしかして、ヒバリって……。

 

「もしかして、ゼロ?」

 

「なっ……!? いや、3人、くらいだ」

 

「本当?」

 

「ほ、本当だとも」

 

「最高でどこまでいった?」

 

「え、せ、S○Xしたけど」

 

「初体験の場所は?」

 

「……えっと、大島のラブホで」

 

「どこのラブホ?」

 

「その、近くに蕎麦屋が二件あるところ……」

 

「あぁ、あそこね。前に男友達グループで大島へ遊びに行った時、ラブホ男子会やったことあるよ」

 

「えっ」

 

「じゃあ、ヒバリに問題です」

 

 といって、僕はヒバリの布団に近付く。ヒバリは怯えるように後ろへ下がり、距離を取った。

 

「も、問題っ? な、なにっ?」

 

「そのラブホに入ってすぐのスペースに、石柱のオブジェは何本立ってるでしょう?」

 

「……っ!?」

 

「あんなに特徴的なオブジェ、記憶力がよくて博識でエリートなヒバリなら、もちろん覚えてるよね?」

 

「……お、覚えてるに決まってるだろうっ」

 

「じゃあ、いくつ?」

 

 さらに近付く。既に、ふたりの布団の境まで来た。ヒバリの表情は、恐怖一色だった。

 

「ど、どうして近付いてくるんだい?」

 

「答えは?」

 

「こ、答えは…………」

 

 言いよどんで、ヒバリの出した答えは――。

 

「よ、4本、だ」

 

 僕は、ヒバリをじっと見つめる。

 

 ヒバリは、もの凄い形相だった。まるで断罪を待つ死刑囚のような、懸命な表情だった。

 

「正解は、3本だよ」

 

「っ……。そ、そうだっただろうか。忘れていたよ」

 

「ヒバリ、ウソ吐いたでしょ」

 

「っ……!!!」

 

 僕はさらに近づく。ヒバリは逃げようとするが、僕は彼女の腕をがしっと掴んだ。

 

「なっ……!?」

 

「逃げちゃだめだよ」

 

「っ!!!!!!!」

 

 ついに、完全にヒバリの布団へと侵入した。ヒバリの顔が、目と鼻の先にある。心なしか、いつもより顔が青い。

 

「ねえヒバリ、ほんとはラブホ行ったことないんでしょ?」

 

「……はい」

 

 ヒバリの表情から、すっと力が抜けた。観念したのだろう。

 

「ほんとはえっちしたことない?」

 

「っ……! ぅ……は、はい……」

 

「彼氏いたことは?」

 

「な、ない、です……」

 

 さっきまで、あんなにクールでカッコいい完璧超人だったヒバリが、実は処女だった。しかも、見栄を張っていたのがバレて、しょんぼりしている。

 

 悪戯心が、むくむくと膨れ上がる。ヒバリのことをからかいたいという嗜虐心が燃えてくる。

 

「ふふっ、ヒバリ、処女だったんだね」

 

「ぐぅっ……!!!!!」

 

「見栄張ってたんだ、可愛い」

 

「い、いわないでっ……!!!」

 

 ヒバリの顔が、羞恥に赤く染まる。涙目だった。

 

「今思うと、僕のウェットスーツ姿じぃ~っと見てたもんね」

 

「うぐっ……!」

 

「僕がパンツ干してる時も、チラチラ見てたし」

 

「ぐうっ……! ごめんなさいっ……!」

 

「売店でコンドームを棚に戻した時、ガッカリさせちゃったかな? ごめんね?」

 

「ぐぅううううううううっ……!!!!!」

 

 屈辱で、みるみる歪んでいくヒバリの表情。火が出そうなくらい真っ赤な顔だった。

 

 すごい。ホントにさっきまでと別人みたいだ。

 

 あぁヤバい。どうしよう。どうしよどうしよどうしよ。ヒバリ、可愛すぎる……!

 

「ヒバリのこと、完璧で、クールで、カッコいいなーって思ってたのに、ほんとは処女だったんだね」

 

 ヒバリの顔が、泣き出しそうに歪む。

 

「失望した、よね」

 

「そんなことないよ?」

 

「嘘だよ。どうせ『明日から住む家別々にしよう』とかいうんだ」

 

「いわないよ。これからも一緒に暮らそうよ」

 

「…………本当に? 嫌いになってない?」

 

「なってないよ。むしろ、ヒバリのこと知れて、嬉しいよ」

 

 顔を寄せ、ヒバリの頬に手を当てて、微笑む。お互いに一歩間違えば、キスできてしまう距離だ。

 

「つばめ……」

 

「それに、僕も童貞だし」

 

「えっ!?!?!?!?!?!?!?」

 

「声でかっ」

 

 ヒバリは糾弾するような目で僕を見る。

 

「そ、それこそ嘘だろう! つばめみたいな可愛い男の子が童貞なわけない!」

 

「いや、ほんとに童貞だよ。彼女もいたことないよ」

 

「嘘だ! 処女をからかうのもいい加減にしてくれ!」

 

「ほんとだってば!」

 

「……本当に?」

 

「本当に」

 

「……からかってない?」

 

「からかってないよ」

 

 すると、信じてくれたのか、ヒバリは感慨深げに――。

 

「そ、そうなのか……つばめ、童貞なんだ……」

 

「改めて言葉にされると恥ずかしいんだけど」

 

「つばめだって私のこと処女っていったじゃないか」

 

 ヒバリは拗ねたように、抗議の眼差しで僕を見る。

 

「ごめんね、お詫びに僕のおっぱい見せてあげる」

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 ヒバリが愕然とする。

 

 僕は自分の浴衣の(えり)に手を掛け、わざと胸元をはだけさせる。

 

 ヒバリの目がギンっ!と僕の胸元を凝視する。瞳孔が開き切っていて、飢えた猛獣のようだった。

 

 そして、ギリギリ乳首が見えるかどうかのところで――バッと衿を戻して、胸を覆い隠す。

 

「冗談だよ、処女さん♡」

 

「ぐぅううううううううっ! くっっっそ! 処女の純情をからかうなっ!」

 

「ヒバリ、すっごい期待の顔してた~! ウケる~!」

 

「ウケるんじゃない!!!!!!!!!」

 

 騙されたことへの怒りと、バカにされていることへの屈辱。ヒバリは憤怒のあまり、顔がマグマのように真っ赤になる。

 

「大体、女の布団に入り込んできた上にそんなことしてるの、襲われても文句言えないんだからな!」

 

「え~? ヒバリは襲わないよ。優しいもん」

 

「……っ! ぅ……っ!」

 

 ヒバリは、凄い顔になる。嬉しさと怒りの混じった、複雑な表情だった。

 

 そして、数秒後――渦巻いていた感情が落ち着いたのか、すっと表情が消える。真剣な面持ちだ。

 

「つばめ」

 

「うん」

 

 ヒバリは一旦起き上がり、正座し直した。そして頭を下げた。

 

「恥を忍んでお願いします! S○Xさせてください!」

 

「うわっ、ガチ土下座……。僕リアルで土下座初めて見たよ……」

 

「処女のまま死にたくないです! 一回だけでもいいです! 情けをください!」

 

「吹っ切れすぎでしょ!!!!! 顔上げてよ!」

 

 ヒバリは顔を上げる。

 

 僕も起き上がり、ヒバリのことを抱きしめる。

 

「ヒバリ、イケメンだし、優しいし、正直……えっちしてもいいよ」

 

「えっ、ほんとに……!?!?!?」

 

「うん、ほんとに」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「でも、ちょっとだけ、心の準備できるまで待ってほしいな」

 

「あ、ああ! もちろんだ! 性急すぎてすまなかった! 嫌わないでいてくれてありがとう!」

 

 僕はヒバリを、強く抱きしめる。

 

 ヒバリは、僕の背に腕を回し、抱きしめ返してきた。

 

 密着する。お互いの体温が交じり合う。心地よくて、温かい。

 

 ヒバリを抱きしめるのは三回目だけど、ヒバリから抱きしめ返してくれたのは初めてだ。

 

 なんとなく、ヒバリを初めて安心させることができたような気がした。

 

 しばらく、ずっと、そうしていた。

 

 やがて、僕の方から腕を放し、離れる。

 

「さっきの話だけどさ」

 

「ああ」

 

「心の準備ができるまでの間――」

 

 僕は、ヒバリに微笑む。

 

「ヒバリのことからかって遊んでもいいよね?」

 

「やめてよ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 *

 

 翌朝。

 

 目覚めると、ヒバリが隣に座り――僕の胸元を覗こうとしていた。

 

 感覚で、自分の浴衣がはだけているのが分かる。乳首は見えてないだろうけど、結構際どい感じだろう。

 

 薄目を開けて、ヒバリの様子をうかがう。僕の胸元を凝視しながら、じりじりと近づいてくる。

 

「んんっ……」

 

 僕はわざと声を出しながら、今起きたかのように目を開けた。

 

「あ、ヒバリ、おはよう」

 

「おはようっ」

 

 ヒバリはバッと飛び退き、何事もなかったかのように振る舞う。

 

「ヒバリって処女?」

 

「朝からいきなり何!?!?!?」

 

「昨日の、すごい衝撃的だったから、夢だったんじゃないかなって」

 

「残念ながら夢じゃないよ……」

 

「そっか、土下座したのも夢じゃない?」

 

「ああ……」

 

「ウケるね、処女の土下座」

 

「ウケないでよ」

 

 僕は起き上がり、乱れた着衣を整える。

 

「ヒバリ」

 

「なに?」

 

「おっぱい覗こうとしてたのバレてるよ」

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ヒバリが衝撃を受けてフリーズする。固まっている彼女に近付き、僕は耳元で囁く。

 

「ヒバリのえっち♡」

 

 バタンと、ヒバリは力なく布団に倒れた。




【キャラクター】

『小野つばめ』
 中島生まれ中島育ちの男子。高2相当。黒髪黒目。ボブカット。背が低い。可愛い。高校時代はヨット部、中学時代は吹奏楽部に所属。
 ヒバリのことをカッコよくて優しくて博識で誠実で頼りになる女性だと思っていた。処女をからかって遊ぶことにハマる。

『西園ヒバリ』
 大島生まれ大島育ちの女子。高2相当。黒髪黒目。ポニーテール。背が高い。
 何が何でもS○Xしたい処女。つばめからの好意と信頼を勝ち取るため、頼りになる女を演じていた。処女であることがバレて、つばめにからかわれて遊ばれることに。

【進捗】

『後藤さん』発見済み。

『来栖さん』未発見。

『馬場くん』未発見。

『井出くん』未発見。

【雑記】

『小島』
 無人島を指す俗称。中島からヨットで行き来できる距離。

『中島』
 T島を指す俗称。人口は200人程度だった。小島の10倍以上の面積がある。T高校が位置する。大島とは陸繋砂州で繋がっているため、干潮時のみ徒歩で行き来できる。

『大島』
 O島を指す俗称。N県の全人口の半数が暮らしていた。N県最大の島。中島の約40倍の面積がある。
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