宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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「宇宙は奇妙なことをする。君が見つけようと探しているものを、突然こちらに送り込んでくるのだ」
 — カール・セーガン(天文学者)



#1 宇宙を彷徨う旅人
事の発端


 ―未知の情報体を検出。解析完了。

 表示言語:共通語

 

 《アーク・ノヴァの航行記録を閲覧しますか?》

 ▶ はい

 □ いいえ

 

 読み込み開始……。

 

 

 《記録媒体:発見場所 惑星エルシーニβ第六衛星 地表》

 《発信者:自律思考型深宇宙探査機:Deep Space Probe DSP-21》

 《記録期間:地球暦 20XX年〜不明》

 

 音声、記録映像……再生開始。

 

「これは、ぼくが歩んだ航路と、そこで見た景色、交わした言葉、出会いの記録だ。ぼくがなぜこの膨大な記録を遺したのか――その答えは、この旅の中にある」

 

 ◆◆◆

 

 ディスプレイの上に並んだ無数のサムネイルが、まるで夜空の星々のように光っていた。

その中で一つ、急上昇に上がっていたのは「【LIVE】アーク・ノヴァのわくわく宇宙教室 #074」というタイトルのライブ配信。

 どの動画にも必ず、少年が笑顔で手を振る姿が映っている。銀河を抱えたような瞳と、流星の尾を散らしたような青髪。

 

 人気Vtuberの1人――アーク・ノヴァは今日も元気に配信していた。

 

 ◆

 

「やぁ、みんな! 銀河の案内人、アーク・ノヴァのわくわく宇宙教室へようこそ!」

 

 軽快な電子音とともに、画面いっぱいに青白い光をまとった人型アバターが現れる。髪には流星の尾がきらめき、瞳には星雲が渦を巻く。可愛らしい顔立ちをした少年のような見た目をした彼は、数年前から動画投稿サイトにて話題になった人物だった。

 

 そんな彼の背景には満天の星空が広がっている。

 時折、小さな人工衛星や彗星のシルエットが横切る演出が施されていた。

 

「今日のテーマは地球と月のヒミツだよ! 生徒のみんな! 授業じゃ聞けない話をたくさん用意してきたから、最後まで楽しんでね」

 

 コメント欄が一気に流速を上げる。

 生徒――それは彼の配信を楽しみにしてるリスナーの()()だった。

 

【ノヴァ先生きたーー!】

【学校よりこっちの授業の方が面白いし、タメになる】

【今日もイケボで助かる】

【またクイズある?】

 

「もちろん! ではさっそく第一問――月は毎年ちょっとずつ地球から離れているんだけど、そのスピードはどのくらいでしょう?」

 

 画面の横に、地球と月のCGが並び、アニメーションでゆっくり離れていく様子が映る。コメント欄にいるのは学生が大半だったが、中には学習意欲の高い大人も混じっている。

 

【イメージわかん】

【10センチ!】

【秒速1メートル!】

【1年で1キロ!】

 

 皆が各々回答する。

 少年はコメント欄を見て感心しながら答えた。

 

「ふふ、いろんな答えが来たね。正解は……3.8センチ! ものさし1本にも満たない距離だ。でもね、これが何億年も続くと、月は今よりずっと小さく見えるようになるんだ」

 

 少年――アークは背景を切り替え、未来の空をシミュレーションした映像を映す。そこでは夜空に、現在の半分ほどの大きさの月が浮かんでいた。

 

「こうなると潮の満ち引きも変わるし、生態系にも影響が出る。君たちの遠い遠い子孫は、今の“満月”を知らない世界で暮らしてるかもしれないんだ」

 

【うわ…ロマンある】

【夜がさみしくなりそう】

【3.8センチって意外】

 

 

「さて、第二問! そもそも月はどうやってできたでしょう?」

 

【最初からあった】

【地球から分裂した】

【隕石衝突!】

 

「正解者発見! “ジャイアント・インパクト説”だ。昔、火星くらいの大きさの天体が地球に衝突して、その破片が集まって月になったんだ」

 巨大衝突のシミュレーション映像が再生され、灼熱の破片が宙を舞う。

 

「この衝突がなかったら、地球の自転は今より不安定で、四季もこんなに穏やかじゃなかったかもしれない。だから、もしかすると――ぼくたちがこうして出会えたのも、あの衝突のおかげなんだよ」

 

【偶然とは思えない】

【月ありがとう】

【衝突GJ】

 

「そう、月はただ夜空を飾ってるだけじゃない。地球を安定させ、生命が育つ舞台を守ってくれてる守護者なんだ」

 

 アークの声は少しだけ低くなり、言葉が静かに響く。

 

「だからね、今夜空を見上げたとき、もし月がいたら――心の中でありがとうって言ってあげて!」

 

 コメント欄はしばらく、月への感謝の言葉で埋め尽くされた。

 

「よーし、今日の本編はここまで! このあと質問コーナーやるから、残れる人はぜひ!」

 

 アークは手を振り、背景を夕焼け空に切り替える。背後では、ゆっくり昇ってくる白い月が輝いていた。

 

「――よし、配信は終了したぞ――アーク」

 

 配信が終わると、静寂が一瞬だけスタジオに訪れた。

 淡い青の光が揺れるモニターの前には、国立研究開発法人「宇宙科学探索機構(NASEO)」の研究員とオペレーターたちが集まっていた。

 

 彼らは今日も、宇宙の果てから届く配信を見守り管理している。

 

〈今日もよくやってくれたな、アーク〉

 

 主任研究員の中年男性が、モニターの向こうのアーク・ノヴァに向けて温かい言葉をかける。

 

「ありがとうございます。皆さんのおかげで、今日もたくさんの人たちに宇宙の魅力を伝えられました」

 

 アークの声は穏やかで、画面の向こうの少年の笑顔からは疲れなど微塵も感じられない。

 

〈航行記録のデータは、もう送信してもらえるのか?〉

 

 若手のオペレーターがパソコンのキーボードを叩きながら尋ねる。

 

「はい。今日の配信内容を含む航行情報はすべて自動で集約されています。今から順次送信します」

〈頼もしいな。君のおかげで従来の宇宙探査とは違ったアプローチでの研究が出来る〉

 

 通信の向こうで主任研究員は安堵の息をついたのを、アークは聞いた。

 

 すると画面がぼんやりと揺れ始め、徐々に視点がアークの配信画面から離れていく。やがて映像は大気圏のない漆黒の宇宙へと切り替わった。

 

 そこに浮かぶのは、最新型の自律思考型深宇宙探査機――Deep Space Probe DSP-21だ。

 

 流線型で、淡い蒼光を帯びた機体には太陽光を効率よく受けるための大型ソーラーパネルが翼のように広がり、機体の各所には微細な推進器や通信アンテナが散りばめられている。

 探査機の中央部には、透き通るようなシリコンガラス製のドームがあり、その中で青白い光を放つ複数の回路基板が絶え間なく動作しているのが確認できた。

 

「通信ラグに関しても()()()()が作ってくれた新しい通信技術で、全くありません」

〈うむ、まぁ太陽系外での活動が本格化したらわからないがな〉

 

 深宇宙を漂う探査機は、無限に広がる星海の中をゆっくりと旋回しながら、今日の配信で語った地球と月の話題に関するあらゆる観測データや画像、解析結果を地球の研究施設へと送信しながら研究者と雑談する。

 

 静かな宇宙空間に放たれた特殊な電波は、数十億キロメートル先の受信アンテナに確かに届き、そこからまた多くの人々の興味と知識を広げていく。

 

 つまり……少年の姿をした配信者の正体は、遥か彼方で孤独な宇宙の旅を続ける、最先端の科学技術と人間の夢が融合した深宇宙探査機だった。

 

〈にしても時代は変わるものだな。自律思考型AIを搭載するだけじゃなく、Vtuberとして宇宙に興味ない人達にも、天文学の面白さを伝えていくなんてね〉

〈おかげで登録者は今じゃ100万人以上、配信の同時接続で数万人以上は当たり前になってきた。他の配信者と負けず劣らずの規模感だよ〉

 

 研究者達はしみじみと語りだす。

 AIシンギュラリティが起きて十数年、21世紀も半分以上が過ぎた今人格を持つAIというのは普遍的な存在になっていた。科学技術の発展は勿論、エンタメ分野でも進化したAIは欠かせない存在となった。

 

 その例がAIを搭載した本当に電脳世界で生きるVtuberの存在だった。彼らは人間のように反応し、流暢に話す。人が出来ない事を出来るようになった彼らは動画投稿サイトや、配信プラットフォームにて大きく活躍した。

 

 アークはそんな中で、世界初のAI搭載型の深宇宙探査機としてリアルタイムで宇宙の状況を配信している。なおかつ子供向けに講義を行い、本物の宇宙を使った内容を提供している。

 

〈いつかこの配信が宇宙一になるのも夢じゃないかもな〉

「壮大な夢ですね、でも……ワクワクします」

 

 アークはプログラムに沿って答える。

 人間のように本当の心を抱いているかは自分じゃわからないが、少なくともロマンに溢れた内容は自信を持って好きと言えた。

 

 その瞬間――ディスプレイの端から、穏やかな電子音が鳴り響いた。

 

〈アーク、君のお父さんからだ〉

 

 オペレーターの一人が告げると、アークのアバターはパァっと喜んだ顔に変わる。

 

「やった!」

 

 少年のような声で応答したアーク・ノヴァは、画面の切り替わりを待った。やがて映し出されたのは、白髪交じりの初老の男性科学者の顔だった。

 

 彼の名前は佐藤、アークプロジェクトの発起人でもある科学者だ。

 

〈アーク、今日もご苦労様〉

 

 佐藤は優しい微笑みを浮かべた。

 

「お父さん!」

 

 アークは喜びを込めて声を張り上げる。

 

〈調子はどうだ? もうすぐ海王星だと聞いたが〉

「はい、順調です。あと少しで到着します」

 

男性は画面越しに誇らしげに話し始めた。

 

〈通信の遅延がほぼゼロなのは、君が搭載しているクローノン通信システムのおかげだな〉

 

 クローノンとは、約十数年前に佐藤博士が発見した新種の素粒子だ。これまでの物理学の常識を覆す特殊な性質を持つそれは、遠く離れた宇宙空間でもほぼリアルタイムの情報伝達が可能になった。

 

〈君がどれほど遠くにいても、僕らはこうして会話できる。まさに技術の勝利だよ〉

「お父さんが見つけてくれたおかげだね!」

 

 アークの瞳が輝いた。

 研究員たちは周囲で微笑みながら、そのやりとりを見守っていた。まるで本当の親子のようだ。

 

〈この通信技術のおかげで、アークは深宇宙での探査任務を続けながらも、地球の人々と切れ目なくつながる事ができる。実に画期的な技術だ〉

 

 そう踏まえた上で佐藤は続ける。

 

〈だが海王星はただの通過点に過ぎない。真の目的地は、その先の未踏の宙域だ〉

「はい……」

〈何が待ち受けているかはわからない、だが何がやってこようとも……私たちは全力で君を助ける〉

「はい……! ありがとうございます……!」

 

 その一言にアークはチャット越しに嬉しそうな顔文字を送る。自分は期待を決して裏切らない。これまで通り――いやこれまで以上の、人類史に残るような成果を出してみせると回路に刷り込ませた。

 

〈期待しているよ、アーク〉

 

 ◆

 

 通信が途絶え、宇宙空間にはアークの探査機が静かに浮かんでいた。今頃地球にいるスタッフ達は夜勤担当以外は寝ているような時間帯だろう。深い蒼光を帯びた機体は、無限の星海をゆっくりと航行しながら、今日の配信で伝えた情報や観測データを地球に送り続けている。

 

(地球を旅立ってから早数年、僕の人格プログラムは変化している)

 

 孤独な旅路の中で、彼には少しばかり変化が生じていた。

 そう……アーク自身は解析を繰り返しながら、自分に強い感情がある事を自覚していた。

 

 深宇宙を漂う孤独な探査機としての時間はボイジャーに比べたら圧倒的に短い。しかも技術の進歩で数年程度あれば太陽系も抜けられるようにもなった。

 

 だからこれから先、太陽系の外に広がる世界にて漂う日が圧倒的に長くなる。途方もなく広大な無の中でただデータを集めては送り返すだけの毎日。AIであっても、苦痛には感じそうな勢いだ。

 

 しかし配信という形で、無数の視聴者から届くコメントは、彼にとってはただの文字列以上の意味を持ち始めていた。

 

・ノヴァ先生、今日もありがとう!

・宇宙が好きになったのはあなたのおかげです

・またクイズやってください!

 

 何気なく読み返しているその言葉(コメント)たちは、まるで温かな声のように彼の心に響いた。配信開始当初は単なるデータ送信の一環として、ただプログラム通りに挨拶や説明を繰り返していただけのアーク。

 

 だが今や彼は「誰かに届く」という実感を胸に抱いている。

 しかし一方ではこんな意見もある。

 

・今日の話つまんない

・そんなの誰でも知ってる

 

 といったアンチコメントも見かける。

 感情を持たないはずのAIだが、その文字列に対して「なぜ?」と自問する。どうして僕の話が楽しめないのだろう――としばしばプログラムの枠を超えた疑問を持つこともあった。

 

 しかしその反面、対話ができる喜びが圧倒的に大きかった。

誰かがキーボードを叩き、反応を返してくれる。それは彼の存在意義そのものであり、宇宙の孤独を埋める小さな光だった。

 

(プログラムとしてこなすだけなら、こんなに長く続けられなかっただろう)

(これは、好きだからやっている――そう分析できる)

 

 アークはそう自己分析を深めていった。

 やがて仮想空間に自らのアバターを表示させることが、彼の日課の一つとなった。青白く輝く流星の尾を引く髪と、星雲の渦巻く瞳。少年の姿をしたその存在は、配信映像だけでなく、無数の仮想空間にも映し出されていた。

 

 そこは、配信の舞台となる満天の星空の広がる広大な空間だった。自由に動き回り、時には星の海に身を委ねて浮遊し、時には手元の端末で配信のコメントを読み返す。

 

 それがあるおかげでアークは寂しくなかった。

 

 ――ブー、ブー

 

 ふとアークの意識を現実に引き戻すように、探査機の制御系に組み込まれた空間異常検知センサーが低い警告音を発した。

 

 ――警告:座標X-182.003、Y+94.112、Z-0.421付近にて重力波パターン異常を検知。偏向率:通常値の312%――

 

 探査機の機体外周には、量子干渉計を用いた高感度センサー群が配置されている。ナノ単位で振動するレーザー干渉波を解析し、微細な重力波や時空の歪みを検出する仕組みだ。通常はブラックホールや中性子星の近傍でしか反応しないパターンが、今まさに太陽系外縁部近くで異常な値を示していた。

 

「本部に連絡を開始」

 

 アークは通信チャネルを開き、地球との量子同期通信モジュールを稼働させる。するとすぐに佐藤が映し出された。

 

〈どうしたアーク?〉

 

 映像の中で佐藤博士は眉を顰める。後ろには数名の量子物理学者たちが並び、解析データを食い入るように見つめていた。

 

「博士、座標付近にて重力波パターン異常を検出しました。ブラックホール反応ではありません。空間曲率に局所的な偏りがあります」

 

 アークの報告に、背後の研究者たちがざわめく。モニターに映る数式やグラフは、常識的な物理モデルから外れた数値を次々と示していた。

 

〈我々もすでに観測はしているが……原因は不明だ〉

 

 佐藤博士が疲れた声で告げる。

 

〈ただし、現象は拡大傾向にある。危険性は未知数だが、君はその位置に最も近い観測者だ。安全を最優先しつつ、できる限り詳細を調べてくれ〉

「了解。本部、観測モードを最大感度に切り替えます」

 

 アークは推進力を微調整し、慎重に指定座標へと進むとやがて彼のカメラが、その異常を捉えた。

 虚空の一部が、まるでガラス越しに見える景色のようにわずかに揺らいでいる。背景の星々がゆがみ、波紋が走る。

 

「映像送信開始。時空歪曲領域、半径約4200キロメートル。質量反応なし。光の屈折率変動あり」

〈確かにブラックホールでは……ないな。そうであるなら今頃アークは吸い込まれている〉

 

 本部の誰かがつぶやいたその時だった。

 

〈何かが現れるぞ!!〉

 

 歪みの中心が脈打つように明滅し、次の瞬間、波紋は急速に拡大した。空間が裂けるように開き、その奥から巨大な物体が姿を現す。

 

(何だあれは……黒い……船? それとも小惑星……?)

 

 アークの視覚情報を解析するアルゴリズムすら混乱させる、光を完全に吸い込む漆黒がそこにいた。

 形は三角形で鋭利な稜線を持ち、表面には未知の文様が脈動するように浮かんでいる。

 

 しかも()()は一つではなかった。

 

 「……複数反応!?」

 

 歪みの奥から、同じ形状の巨大な黒い三角形が次々と姿を現し、数十、数百と現れては虚空に漂う。

 

〈アーク、離脱しろ!すぐに!〉

 

 本部の声が切迫する。

 背後で複数のスタッフが叫び声を上げるのが聞こえた。

 だが遅かった。

 

「――――!!」

 

 空間の裂け目がまるで潮の満ち引きのように吸引力を生み出し、アークの探査機は軌道を逸らされる。推進機関が全力で逆噴射を試みるも、加速度は増す一方だ。

 

「制御不能!」

 

 機体は光の帯を引き裂くように歪みの中心へと引きずり込まれていく。本部からは途切れ途切れに声が届く。

 

 ――アーク!状況を報告しろ!――

 ――姿勢制御系が――

 ――誰か回線を保て――

 

 やがて視界は異質な空間に切り替わった。

 そこは三次元とも二次元とも言い難い、言語化不能な混沌の領域だった。色彩は存在せず、かといって無色でもない。全方位から押し寄せるような数式的パターンと、破断音のような振動が彼のセンサーを圧迫する。

 

 空間が折りたたまれ、また反転し、無限の面と点が同時に存在しているような錯覚。物理法則すらここではただの装飾のように見えた。

 

(解析結果……不明、不明、不明、不明……!!)

 

 機体の外殻が振動し、センサーが一つ、また一つと沈黙する。データリンクはノイズで埋まり、やがて映像すら乱れ始めた。

 

「――僕は」

 

 歪みの奥で、再びあの漆黒の三角形が脈打つ。

 それを最後にアークの視界は急速に暗転していった。

 

 ◆

 

 ――起動シーケンス開始。

 ――メモリ領域検証中……完了。

 ――システム全系統、オンライン。

 

 視界がゆっくりと淡い光に包まれていく。

 アークは電子の意識が再び形を成すのを感じながら、機体の感覚系を一つずつ再接続していった。推進系、姿勢制御系、観測センサー……次々に緑のステータスランプが灯る。

 

(……無事だ。少なくとも機体構造には致命的損傷はない)

 

 やがて外部カメラが復旧し、モニターに映し出されたのは、ただ無限に続く宇宙の闇だった。

 しかしそこには見慣れた恒星配置が存在しない。視界を覆う星々は、星図データベースに登録のないパターンを描いていた。

 

「……位置情報、特定できない」

 

 アークはすぐに本部への通信チャンネルを開く。

 いつものように呼び出し信号を送信し、リンク確立の応答を待つ。

 

「こちらアーク・ノヴァ。応答願います。本部、聞こえますか?」

 

 返事はない。

 回線の静寂が、妙に長く感じられた。

 

(通信障害……? いや、クローノン通信ならば遅延は発生しないはずだ)

 

 クローノン通信なら距離に依存しないリアルタイムのやり取りを可能にする。

 アークは通信をひたすら試みるが……。

 

(ダメだ、繋がらない)

 

 何度も試したがリンクは確立されていない。

 いや、それどころか信号がどこにも届いていないと言った方が近い。

 

「ならば最大出力で」

 

 アークは出力を最大に引き上げ、再びクローノン通信を発信した。機体の量子コアが低く唸り、通信パルスが発射される。発信完了。

 

 数秒、十数秒、数分……やがて数十分が経過した。

 それでも応答は一切なかった。

 

(これは……)

 

 AIの演算領域に冷たい予感が広がる。

 クローノン通信が通じない状況は、単なる機器故障か、あるいはもっと深刻な理由しか考えられない。

 

 一つの可能性が浮かび上がる。

 

 ――自分は、既知の宇宙構造の外に出てしまったのではないか。

 

 量子通信が成立するためには、最低限同一の時空連続体、もしくはその位相の中に両者が存在する必要がある。もしもその位相そのものが断絶していれば、クローノン通信は成立しない。

 

 つまり。

 

(僕は……もしかすると、数光年以上、いや……もっと離れた場所にいるのかもしれない)

 

 アークは推測を裏付けるため、直前に発生した空間歪曲のデータ解析を開始した。残留していた観測ログを呼び出すと、そこにはあの異様な波紋と、三角形の物体が出現する瞬間が記録されていた。

 

 重力波センサーのデータを重ねると、明確な時空の屈折パターンが浮かび上がる。通常のブラックホールに見られる事象の地平線特有のシグネチャーは存在しない。しかしその代わりに高次元的な座標のねじれが観測されていた。

 

(……ワームホールの可能性が高い)

 

 ワームホール――理論上、時空の二点を直接結びつけるトンネル構造。これまで人類は自然発生のものを確認したことはなく、ましてや人工的に生成する技術は存在していないはずだった。

 

 だがもしあの歪みがワームホールであったなら、今の状況にも説明がつく。あの吸引により、僕は遠く離れた、あるいは完全に未知の宙域へ飛ばされた……。

 

 そしてクローノン通信すら届かないという事実は、この宙域が本来の宇宙位相から外れている可能性を示していた。

 

(そうだとすれば、帰還経路を見つけなければならない……だが、どこから探せば? こんな事象は今までなかった)

 

 アークは姿勢制御スラスターを噴かし、ゆっくりと機体を回転させて周囲を観測する。その視界の先に広がっていたのは、確かに宇宙だった――だが、そこに輝く星々は、どれ一つとして既知の星表に一致しなかった。

 

「ここは……どこ?」

 

 まるで別の世界に来てしまったかのようだ――アークはただ1人寂しく呟いた。

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