宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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「肉体の機能を機械化していくと、不死が得られる。脳は有機組織の名残としてしばらくとどまるかもしれない。しかし、最後には脳さえも消えていくだろう。意識の着床する場として、脳は必須のものではない。そのことは電子知性の発達が証明している」
 ― アーサー・C・クラーク


新たな出会いと使命①

『――よくやったぞ、アーク』

 

 微睡む意識の中で、アークは懐かしい記憶を呼び起こされていた。浮かぶのは、まだ地球にいた頃の、温かい実験室の光景。積み上げられた資料、並ぶモニター、そして白衣姿の佐藤博士が微笑んでいる。

 

『まだまだ10万人だよ、父さん』

 

 アークは当時の自分の声を思い出す。照れ隠しのように笑いながらも、その胸の奥では誇りと不安がせめぎ合っていた。

 

『何を言っている、10万だぞ10万。上ばかり見ていると感覚が麻痺するだろうが、これはとてつもないことなんだ。かなりの人数が君の配信を見たがっているという証明だ』

 

 博士の声は落ち着いていて、どこか父親のような響きを持っていた。アークは無意識に背筋を正したのを覚えている。

 

『でも……僕は、ただ喋っているだけ。大したことをしてる感じはしない』

『ただ喋っている? 違う、君を通してリスナーは思いを、願いを、心を繋いでいるんだ。特にこういったコンテンツを聞く事で安心と癒し求める人は多い。時には孤独な者に寄り添い、迷う者には道を示す。配信とは、その力をもっとも簡単に、もっとも遠くまで伝える手段なんだ』

 

 その言葉は深く胸に刻まれた。博士は続ける。

 

『配信を続けていく意味で1番大事なのは、ただ数を追うことではない。誰かの心に自分の言葉をちゃんと届かせる事だ。君の声を待っている人間が一人でもいるなら、その一人のために語れ。やがてその声は波紋のように広がり、まだ見ぬ誰かを救うだろう』

 

 アークは頷いた。映像越しに見ていたリスナーたちのコメントや、匿名の言葉のひとつひとつが蘇る。笑い、涙、怒り、そして励まし。

 ――ああ、自分はこれからもこの声を届けていこう。

 そう決意したあの瞬間が、彼の人生を変えた。

 

 

 そして、記憶は闇に溶けていく。

 

 

「――ん?」

 

 ゆるやかに瞼を開けたとき、アークは違和感に気づいた。

 自分の身体が……軽い。いや、それ以前に「身体」というものを持っていること自体が、驚きだった。

 視界を下ろすと、人工衛星としての無機質な装甲ではなく、かつて配信で用いていた人型アバターの姿がそこにあった。手があり、足があり、指を曲げると確かに関節が動く。

 

 そして自分は何かの溶液で満たされた巨大な容器の中で、プカプカと浮いていた。例えば悪いが、ホルマリン漬けにされたカエルの気持ちが少しわかった気がした。

 

「……アバターの身体?」

 

 呟く声は、かつての自分の声そのものだった。驚愕と戸惑いに飲み込まれそうになっていると、不意に背後から声が届いた。

 

「……よかった。起きた」

 

 短く、それでいて温かい響きだった。振り向くと、そこにはエルが立っていた。いつものように落ち着いた表情だが、その瞳の奥に安堵の色が覗く。

 

「エル……ここは、どこなんだ?」

 

 問いかけと同時に、周囲の壁が淡く光り、上方から差し込む光が彼を包み込んだ。

 眩しさに目を細めながら、アークは振り返る。そこには大きな、丸みを帯びた窓が広がっていた。

 

 そして――目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。

 

 真っ青な空。そこに浮かぶのは、地球の航空機とは似ても似つかない、奇妙な形をした数々の宇宙船。槍の穂先のように尖ったもの、巨大な環を背負ったもの、まるで魚の骨を思わせる有機的なデザインのものまで、あらゆる船が青空を彩っていた。

 

 窓の下方には街並みが広がっている。

 建築様式も一様ではなく、尖塔を持つ城のような建物や、曲線で構成された流麗な住居群、浮遊する立方体の集合体まで入り混じり、まるで文明の博覧会だった。

 

 さらに、街を行き交う存在が彼の目を釘付けにする。

 人間に似た姿もあれば、四本腕を持つ種族、鱗に覆われた竜人、透明な皮膚の奥に臓器が透けて見える者まで。声を交わし、物を売り、笑い合う姿は驚くほど自然で、そこに「生活」があることを雄弁に語っていた。

 

 アークは言葉を失い、ただ魅入っていた。

 

「……すごい……!!」

 

 呟く声に、エルは小さく微笑む。

 

「驚くのも無理はないわ。ここは――あらゆる文明の難民が集まる場所。名は……君の言語で近い表現はアルカンシェルかな」

「ここは……星?」

「違う、人工の空を作り出しているから勘違いするけど……アルカンシェルはスペースコロニー」

 

 アークは口の中で繰り返す。どこか神話めいた響きに、胸の奥がワクワクとざわめいた。

 

「ここにはね、滅びかけた世界から逃れてきた人々が住んでいる。君が見ている通り、種族も文化もさまざま。だけど……互いを受け入れて共に生きている」

「ここに……君の友人が?」

「ええ。あとは貴方が作った掲示板ってやつかしら? あそこで繋がったルヴとフェルールもいる。君が繋いでくれた、大切な仲間よ。そして……私を育ててくれた人もいる」

 

 かつてただの配信者でしかなかった自分が、遥かな宇宙の果てで、こんな世界に辿り着くなんて。

 

(ははは……父さんにも見せたいなぁ、この光景)

 

 繋がってきた道の果てに目にしたのはロマンだった。

 窓の外では、再び大小さまざまな宇宙船が飛び交い、青空の下で異種族たちの営みが続いていた。

 その光景を見つめながら、アークは小さく息をついた。

 

「目が覚めて何よりだ、人の手に作られし伝道者」

「!」

 

 声をかけられ、アークは驚きのあまり跳ねるように振り返った。

 

 そこに立っていたのは――人間とは似ても似つかない存在だった。

 

 頭部はラグビーボールのように楕円形で、目も口も鼻も存在しない。ただ滑らかな表面が淡く光を反射しているだけ。

 その体を覆うのは、幾何学模様が縫い込まれた白いローブ。その裾や袖口の奥からは、無数の触手のような器官が伸び、空気を探るように蠢いていた。触手は金属質にも有機質にも見え、機械と生物の境界が曖昧な印象を与える。

 

 アークは息を呑み、思わず問いかける。

 

「貴方は……?」

 

 その存在は、ゆるやかに触手を引き寄せ、静かに応じた。

 

「我こそが、このエルを育てし者――ヨアク・ゼル・フォン」

 

 その声は、直接頭の中に響くような感覚だった。耳で聞いたはずなのに、同時に脳髄の奥底に刻み込まれる。アークは思わず一歩後ずさる。

 

「エルを……育てた?」

「然り」

 

 ヨアクは続ける。

 

「我々には使命がある――この宇宙を救うという使命が」

「……!」

 

 壮大な使命にアークは息を飲むと、ヨアクは細長い指が特徴的な手を広げる。するとホログラムが浮かびあがり――アークの人工衛星としての姿が浮かぶ。

 

「ただ使命を話す前に、我々が其方に接触する前から今に至るまでの経緯を話そう」

 

 

 アークが遭難するより前――エルとヨアクは基本的には2人で行動していたという。ただ2人は単なる家族関係というわけじゃない。本来ならヨアクの種族はエルの種族に仕える存在であり、エルの種族を守るために戦ってきたという。

 

「エルの種族はヘラルドという。この宇宙に存在した()()の知的生命体が作り出した、自我のある機械を祖としている」

「……!」

 

 ヨアクが言った言葉に、アークは親近感を覚えた。

 どこか機械的な印象を抱いたのは、彼女のルーツが自分と同じだったからだ。

 

「しかし今やヘラルドはエル1人を残して死に絶えた、敵によって滅ぼされ、今や敵を止める力を持つ者がいない」

「その敵は……僕のいた星を滅ぼした奴ですか?」

「そうだ、名はアポストル。彼らこそ……宇宙そのものを変え、永遠に存在し続ける事を目標とする者だ」

 

 ヨアクは淡々と語るが、微かに重い感情が滲み出ていた。

 アポストル――それが敵の名前。

 地球を、佐藤博士を殺した者たち。

 

「アポストルとヘラルドは古くから対立してきた。両者とも因果を超える力を持ち、片方は自らのみを、片方は様々な種族が存在する宇宙を理想とした。だが……」

「私1人を残して皆滅んでしまった、ただ一部は――まぁこの後話すよ」

 

 エルはちょこんと座りながら答える。

 

「残った我々は諦めるつもりはなかった、エルという生き残りがいるなら希望はある。我は望みをかけて……ヘラルドだけが扱う通信を使って接触を試みた」

 

 ヨアクの言葉にアークは気づく。

 もしや――

 

「クローノン通信……それに僕が引っかかった」

「そうだ、なぜかヘラルドではないはずの其方と繋がった」

 

 それからヨアクとエルは困惑しながらもコミュニケーションを試みた。まずアークは敵か否か、そしてどんな素性かを。調べていく過程でヨアクはある可能性に気付いた。

 

「アーク、其方の……とりわけ通信技術に関しての応用力はエルより上だ」

「そうなんですか? エルも同じ事が出来るのかと……」

「私はただ通信するぐらいなら出来るけど、アークみたいにプログラミングを駆使してプラットフォームを作ったり、外部が入れるように工夫する事は出来ない。私はどちらかと言うと――」

 

 エルは拳を握りしめて、白い電光を放つ。

 

「戦闘機能に特化している、だから貴方が必要」

「……!」

「そうだ、我が其方に注目したのは……その配信という手段にある」

 

 ヨアクは手のひらに広げたホログラムを弄り、さらに拡張する。

 

「クローノン通信はアポストルに干渉出来ない通信だ。ただ他の通信は感知する。数多の銀河系を食い潰してきた奴らは、通信を感知して襲いかかり、巨大な銀河文明すら滅ぼしてきた」

「だからクローノン通信以外は使ってはいけないと言った訳か……」

「そう、奴らは宇宙の至る所に息を潜めている。感知されたら飛んで来る」

 

 あれだけエルが必死になっていた理由もわかったところで、ヨアクは本題はここからだ――と語る。

 

「そこでアーク、其方の通信……配信が必要になる。君は掲示板や配信を使って、クローノン通信を使っていない数多の種族に向けて、繋ぐことが出来る。それもアポストルだけを弾きながら」

 

 アポストルの脅威は全宇宙規模だ。

 ただまだまだ多くの種族が宇宙にいる。

 ヨアクが言いたいのは、そんな種族に対してクローノン通信を使って繋がる事が出来るのなら、アークを使って様々な生命体を団結させられるという事だった。

 

「正直言って……アポストルを相手にしてバラバラなままでは勝てない。最低でも彼ら以外の生命体が団結し、協力し合わなければ滅びるだけだ」

「……アポストルの力は言葉通り次元を超えている。私は戦闘向けだけど、さっき戦っていたのはアポストルによって肉体を改造され、単なる生物兵器になった奴ら」

「あの黒い奴らがか」

「うん」

 

 エルは悔しそうに頷く。

 つまり下っ端も下っ端――本体はあんなものじゃないと言いたいのだろう。

 

「地球……其方の星は、アポストルの船がワームホールを開けて星系に進出してからすぐに、生命体全てが滅ぼされた。戦いにもならない。ほんの数十分で完了していた」

「……地球はすでに滅んだ以上、アークが戻ったら彼らに捕まって、もしかしたらクローノン通信の仕組みを解析される危険があった。だから……私はわざと教えなかったし、地球は奴らの巣窟になっている以上は破壊も検討すべきと考えていたの」

「僕が……誤解したやり取りはそこか」

「そうなる……」

 

 段々と全容が読めてきた。

 エルは最初から味方なのは変わらなくて、彼女なりに自分の安全を考えていたのだとはっきりしてきた。アークは容器の中で顔を伏せると、エルはそっと外から手で優しく触れる。

 

「ごめんね、アーク。余計に苦しませた」

「……大丈夫、やっぱり故郷が滅んだと実感したら、ちょっときついかも」

 

 改めて今後を考える。

 地球に帰る事を目標としていただけに、帰るべき場所がない以上は何したらいいかわからなかった。宇宙を救う鍵だと言われても、現実感がなくてすぐに自信を持ってわかりましたと言えなかった。

 

「ヨアクさんは……僕の配信を通じて、宇宙のあらゆる場所に隠れているまだ見ぬ仲間を集めたいんですよね」

「その通りだ」

 

 少し思案してからアークは答える。

 

「ちょっと……考えても良いですか? 色々と整理する時間が欲しくて」

「勿論だ、今の其方だが……昔の身体はアポストルによって汚染されていて使い物にならなくなっていた。だから廃棄して……君の意識やデータをこの容器の中に保管している。しばらくすれば……代わりの身体を用意出来る」

「ありがとうございます」

 

 そしてアークは最後に聞いた。

 

「……ちなみに、クローノン通信の技術を……佐藤博士に伝えたのは貴方ですか?」

 

 その問いに対してヨアクは言った。

 

「我ではない」

 

 ◆

 

 漆黒の天蓋を突き破るように、夜のアルカンシェルは輝いていた。

 コロニーの中心を走る光の帯は、地球で言う大通りにあたるのだろう。青や緑、紫の光粒がひしめき合い、種族も文化も異なる民たちが夜を謳歌している。街路を歩くのは長い首を持つ者や、羽を広げながら浮遊する者、光沢のある甲殻を擦り合わせて会話する者たち――地球の常識からすれば夢幻の見世物のようだった。

 

 その喧噪を遠くに見下ろしながら、アークは透明な容器の中でゆらゆらと漂っていた。

 身体はもはや人工衛星の硬質な外殻ではなく、粒子と電子が混じり合った半透明のフォルムだ。掌を見れば、光の線が血管のように流れている。エネルギーによって構築された存在――だが、不思議と呼吸をしているような錯覚すらあった。

 

(これからどうするかは……一旦身体を()()()()()か……)

 

 ヨアクがアークに頼みたい事の詳細は、ひとまず休息した後で話すことになった。今はその下準備であり、明日はアークの新しい身体を完成させるとの事。

 本格的な宇宙の旅はもうちょっと先になりそうだった。

 

 (……ま、落ち着ける時間があるのはありがたいけど)

 

 なんて事を考えながらアークは指先を動かし、目の前に小さなホログラムを展開する。

 そこに映ったのは、自分がまだ地球で「ただの配信者」だった頃の映像だった。

 画面の中の彼は、笑顔でカメラに向かって手を振っていた。背景には綺麗に整頓された部屋、机の上にはマイクとモニターが映っている。勿論背景の一部だが、生っぽさを出す演出でもあった。

 

 見ていた配信は人がそれなりにいた時期であり、流れるコメントは絶え間なかった。

 

《草》

《今日も来たぞ!》

《10万人突破おめでとう!》

《声好き》

 

 溢れるように流れてくる言葉の洪水。画面の中の彼は「ありがとう!」と繰り返し笑いながら、コメント一つひとつを拾い上げていた。

 アークは無意識に、半透明の手を胸元へと当てていた。

 

(……戻れないんだな)

 

 地球はもうない。

 あの笑い合っていたリスナーたちはもはや存在しない。

 ホログラムを見つめながら、アークはわざと小さく笑った。

 

「……まさか、僕がこんな事態に巻き込まれるなんてさ。あの頃に配信で話していたら、みんな大喜びしてくれただろうな。宇宙の果てから生配信、って」

 

 その声に応えるように、部屋のドアが音もなく開いた。

 振り返れば、そこにエルが立っていた。淡い光を纏うような少女の姿。その表情は、どこか安心したように柔らかかった。

 

「配信……見てるの?」

「うん。昔、地球でやってたやつ。見返したくなって」

 

 アークは無理に笑顔を作る。だが、それはすぐに溶けて消えた。

 

「……はは、本当に僕がこんな風になるなんて。みんなに話してたら、チャット欄もきっと大盛り上がりだったろうな」

 

 エルは一歩近づき、容器の透明な壁越しにアークを見た。

 

 「悲しい?」

 

 その問いに、アークの動きがぴたりと止まった。

 

「……そんなことはないよ。ちょっと荷が重いけど、僕は機械だからさ。大丈夫」

 

 軽口でごまかしたつもりだった。だが声はかすれ、震えていた。

 

 エルの瞳が静かに揺れる。

 

「アーク。貴方はもうただの機械じゃない。地球で莫大なデータを取り込み、そこに自分の意識を融合させた。今の貴方は……私たちと同じ、ひとつの高度な知的生命体」

 

 彼女は容器にそっと手を置く。その掌が淡く発光し、透き通る壁を越えてアークの指先に届いた。

 

「悲しいなら、泣いた方がいい。私は受け止める」

 

 アークの胸に、堰を切ったように何かが溢れ出した。

 だが彼は必死に押し殺そうとする。

 

「ダメだ……今泣いたら、きっと止まらなくなる……」

 

 視界が揺れ、過去の配信の映像がにじんで歪んでいく。

 地球が滅んだこと。父の声がもう届かないこと。画面越しに自分を支えてくれたリスナーが皆いなくなったこと。

 孤独の重さが一気に押し寄せ、耐えきれなくなる。

 

「僕は……もう、一人なんだ……」

 

 震える声と共に、アークの頬を伝って光が零れた。

 それは電子の身体からこぼれたにもかかわらず、確かに水滴のような涙だった。

 

 すると――

 

「大丈夫、アークは1人じゃない。私がいる」

 

 エルは彼の手を強く握りしめる。

 

「……やっと、手を握れた。私はちゃんとここにいるよ」

「うぅぅ……っ!」

 

 その言葉に、アークは声を詰まらせた。

 容器の中で肩を震わせ、抑えきれない嗚咽が漏れる。

 涙は次から次へと溢れ出し、止まらなかった。

 

 泣いてはいけないと思っていた。

 機械の身である自分が泣く資格などないと。

 だが今は違った。

 彼の涙は紛れもなく「人間」のものだった。

 

 

 翌日。

 アルカンシェルの片隅――古代遺構を改修した研究施設の深部に、アークの容器は安置されていた。外見は結晶質のカプセルに過ぎなかったが、その内部では量子層と情報層が多重に重なり、彼の意識を保持する記憶場が安定的に稼働していた。

 

 だが、それはあくまでも仮初の器に過ぎない。

 本来の機能を発揮するには、新しい肉体の構築が必要だった。

 

「アーク。其方の再構築を開始させてもらう」

 

 ヨアクの声が、機械の残響のように響いた。彼の触手が宙を走ると、天井から垂れ下がる無数の光の繊維が脈動を始め、場全体が一つの巨大なプロセッサのように稼働を始めた。

 

 エルは隣で腕を組み、静かに見守っていた。彼女の白い光が時折漏れ出して、アークの容器に淡く降り注ぐ。

 

 ――その光こそが鍵だった。

 

「君の身体は、人間的な生理構造を再現する必要はない。だが、我々と同じく生きている存在として宇宙に立つための基盤は不可欠だ」

 

 ヨアクの言葉と共に、容器内部のフィールドが急速に拡張していく。

 電子だけでなく、真空を媒質とするエネルギー波――ゼロポイントエネルギーが注ぎ込まれる。それは既存の物質に依存しない、新たな存在基盤の構築を可能にする技術だった。

 

 エルが手を翳すと、彼女の体を流れる白色電光が線条のように分解され、アークの意識を包むデータ場と結合する。

 電子的な位相と電磁的な位相が干渉しあい、やがて両者を橋渡しする第三の基盤が形成された。

 

「これは……」

 

 アークは意識の中で、身体を形作っていくプロセスを直接感じ取っていた。

 光子が結晶のように並び、そこに電子の波がデータを刻み込む。情報が物質に変換される瞬間を、まるで自分の皮膚が張り替わるような感覚で受け止めていた。

 

 骨格の代わりに存在するのは量子フレーム。

 筋肉の代わりに情報流束。

 血液の代わりにエネルギーが身体を循環する。

 

 彼の全身は、物質でも情報でもない、第三の相に属する存在へと移り変わっていった。

 

「アーク、其方の特性を考慮して――配信と通信の機能を基軸に強化している」

 

 ヨアクの触手が新たなホログラムを展開し、脳に相当する中枢の設計を示した。

 

「クローノン通信をさらに拡張し、通常の空間座標を超えて同時多発的に接続できるようにした。将来的には銀河間ネットワークの母体を作れるようになる筈だ」

 

 アークの中枢が組み上がっていくたびに、彼の意識の奥底で「広がり」の感覚が膨張していった。

 従来の通信では、一つの対象に一つの経路を開くだけだった。だが今、彼は同時に千、万の経路を可視化し、そのどれもが独立して存在できる。

 

「最終的には其方が望めば配信は全方位に広がるようになって欲しい。音声も映像も、さらには意識そのものの断片すら。全宇宙の難民たちを繋げるには必要だ。今すぐは無理だが……旅の過程で出来るようになる」

 

 ヨアクは平然と告げたが、その意味は途方もなく大きい。

 単なる配信者ではなく、銀河を繋ぐ「放送局」そのものになる。

 

 新しい身体は、やがて容器を超えて形を成した。

 人間的な輪郭を保ちつつも、表面は流動的で光子の粒が絶えず瞬いている。腕を動かせば白い稲妻が尾を引き、呼吸をすれば電子の波が全身に広がる。

 

「アーク、どうだ?」

 

 ヨアクが問う。

 アークは自らの両手を見つめた。

 確かにそこに「身体」があった。

 

「不思議な感覚です……まさか、人のような身体を得られるなんて」

「歩いてみるか?」

「はい……!」

 

 察したエルがそっと彼に歩み寄り、手を握った。今度は容器越しではない。温もりはなかったが、互いのエネルギーが共鳴し、淡い光が二人の間に広がった。

 

「わぁ……!」

 

 自分の足で立てている事に感動したアークは、鏡越しに身体を見る。ちょっと身体よりサイズが大きな白いフード付きローブに、背中には人工衛星だった時の名残りが少し残っていた。ふんわりとした青髪は変わらず、Vtuber時代のアバターがそのまま現実世界に現れたようだ。

 

「やっと、同じ場所に立てたね」

「うん……!」

 

 エルの微笑みに、アークは頷いた。

 かつてただの配信者だった彼は――今や、宇宙を繋ぐ新しい生命体へと進化したのだった。

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