宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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新たな出会いと使命②

「――悪くないな」

 

 ヨアクの声は、冷たい金属と有機的な響きの中間のようだった。彼の白いローブの隙間から伸びた触手の一本が、宙を撫でるように揺れ、まるで医師が診察を終える時のように淡々と告げる。

 

「解析機能がアップグレードされた影響で、其方はエルと同様に宇宙のあらゆる言語を理解し、会話する事が出来るようになった。この機能は旅で役に立つ」

 

 さらにヨアクは言った。

 

「いいか、アーク。お前の身体は純然たるエネルギーの構築体だ。肉体という概念を超えている以上、老化……いわゆる寿命も存在しない。だが不死ではない」

「……どういう意味ですか?」

「外部からの攻撃は通用してしまう。構造を破壊されれば、それでお前は終わる。復元できる術はあるが、許容範囲を超えたら死ぬ……まぁ普通の生命体と同じだ。よって、其方にも身を守る術は必須だ」

 

 アークは自分の両の手を見下ろした。エネルギーの透過するような質感がありながらも、今は人間の指先と変わらない感触がそこにあった。

 

 ヨアクが声を低めて促す。

 

「自分の手に、武器を思い描いてみろ。意識が形を与えるのだ」

 

 アークは息を呑み、しばし考える。

 配信でFPSゲームを遊んでいた頃の映像が脳裏をよぎった。画面の中で構えていた銃。

 

 ――銃。あのときの手触り、トリガーの重み。

 

 次の瞬間、彼の両腕は輪郭を震わせ、メタリックな光沢を帯びた砲身に変形した。丸みを帯びたキャノン砲が二つ、アークの肩から前方へと伸び出す。低く唸るエネルギーの共鳴音が室内に響いた。

 

「……っ!? 作れた!」

 

 アークが驚きの声を漏らすと、ヨアクは僅かに触手を揺らし、笑ったのか溜息をついたのか、判別できない音を立てた。

 

「見事だな。ちゃんと形になった。ただ勘違いするなアーク。お前は戦闘に特化した存在ではない。持ち得た武装は自衛の手段に過ぎん」

「……じゃあ、戦うのは……」

「それはエルの領分だ」

 

 ヨアクの触手の一本がすっとエルを指す。彼女は静かに頷き、アークを見つめた。

 

「お前は伝える者。繋ぐ者。戦場に立つのではなく、声と情報を広げることが役目だ」

 

 砲身はゆるやかに消散し、再びアークの両腕は人間の姿へと戻った。彼は深呼吸をひとつし、未だ残る重低音の残響を胸の奥で感じながら小さく呟く。

 

「早く慣れる必要がありそうですね」

「その通りだ。身体は使ってこそ馴染む。だが今は別の用事がある。お前に紹介したい者たちがいる」

 

 ヨアクがそう言った瞬間、部屋の奥にあるドアが低く「カシュン」と音を立てて開いた。

 外の光が差し込み、そこから二つの影が現れる。

 

 一人目は、背丈の高い異星人。しなやかな四肢を持ち、身体全体が藍色の鱗で覆われていた。頭部は魚類のように滑らかで、左右に広がる鰭のような器官が微かに震えている。眼は透き通った水晶のように透明で、その中心に虹色の光が揺れていた。衣装は布ではなく、光の薄膜のような素材で体を包んでおり、動くたびに波紋のように揺らいでいる。

 

 そしてもう1人は小柄だった。背丈はアークの胸ほどしかなく、背中には金属羽のような器官が折り畳まれている。肌は砂岩のようにざらつき、光の加減で赤銅色に輝いていた。大きな目は猫のように縦長で、機械と有機を融合させた義肢が片腕に装着されている。

 

「ルヴとフェルールだ、背が高い方がルヴで小柄なのがフェルール」

 

 アークは思わず言葉を失った。

 

「ルヴ……? フェルール……?」

 

 かすれた声が漏れる。

 二人は互いに視線を交わし、次にアークへと頷いた。

 

「意外かな?」

 

 ルヴの声は水底から響くように低く澄んでいた。

 

「これもエルの導きのおかげ、フェルールもルヴも……生きてこのアルカンシェルに辿り着けた」

 

 フェルールは義手の指をカチリと鳴らし、獣じみた笑みを浮かべた。

 

「彼らはね、アルカンシェルから離れた宙域にある星系国家所属なの。ただ近くの宙域でアポストルが現れた事があって、逃げようにも逃げられなかった」

 

 エルはそのまま説明を続ける。

 

「ただそのタイミングでアークがクローノン通信を活かした掲示板を公開し、私は彼らと連絡が取れた。おかげでアルカンシェルには彼らの同胞が避難できるようになった……けど、大きな問題がひとつある」

 

 するとエルは1人の名前を挙げた。

 

「ネザー……この存在はアポストルではないが、間違いなく奴らに味方をする種族だ」

「アポストルの手下みたいな奴らって事? でも……アポストルの目標って――」

 

 アポストルの最終目標は自分達以外の生命を滅ぼし、全てを彼らだけで支配すること。ネザーも例外ではない筈だ。いずれ自らを殺す者に味方をする理由なんて――と考えてから、ヨアクが語り出す。

 

「いるのだよ、彼らに味方をする種族が。その成れの果てをアーク……其方は地球で見た筈だ」

「……?」

 

 ヨアクの言葉に首を傾げていると、アークは唯一思い当たる場面を思い出す。アークとエルを襲ったあの黒い生命体……てっきりあれがアポストルだと思っていた、あの生命体のことを思い出す。

 

「あれはアポストルじゃないんですか?」

「あれはアポストルによって形を変えられた、他の知的生命体だ。元の肉体の原型はほぼなく、僅かな遺伝情報を残してほとんどが作り替えられているんだ」

 

 エルの説明に対して、ヨアクは補足する。

 

「彼らに捕まり、肉体をいじられることを()()()()()()と呼んでいる。形状を変えられた生命体はレヴナントと我らは呼んでいる」

 

 あの人型の生命体はあくまでもアポストルの忠実な兵器。

 ただ形を捻じ曲げて使役することができるとなれば、おそらく自由意思はないだろう。

 

「ネザーが果たしてどんな理由でアポストルに味方をするか理由はわからないが、いずれにせよ……厄介なのはクローノン通信に介入してきたという事実だ」

「この者も……非常に危惧している」

 

 ルヴは特徴的な一人称を交えながら、合いの手を入れるように言った。

 

「この者の星系の付近に……おそらくネザーはいる。だが正体はわからない。ネザーはクローノン通信に介入して、隠れている文明をアポストルに教えるだろう」

「……内通者がいる状態で、配信なんか出来ないな……」

 

 アークは会話の流れで察する。

 つまり配信を使って仲間を集めようにも、ネザーがいる限りは迂闊に配信は出来ない。となればこの場合最初にすべきは――

 

「ネザーの正体と目的を突き止め、配信に介入されないようにする――私とアーク、そしてルヴとフェルールの仲間達の力を借りてね」

 

 エルは上手くまとめたみたいな顔をしていた。

 コメントだけのやり取りでわからなかったが、意外にも彼女はお茶目らしい――アークは微笑ましくなった。

 

 

 難民たちの寄せ集めであるスペースコロニー……アルカンシェルは、幻想的な街並みをしていた。

 地球の都市と似た部分もありながら、あまりにも異質だ。曲線を主体とした建築群が立ち並び、その壁面は虹彩を散らしたように淡く発光している。重力制御によって空に浮かぶ歩道や球形の庭園が点在し、そこを異星種族たちが自然に行き交っていた。二本の脚を持つ者だけでなく、六本脚で疾走するもの、半透明の羽を広げて空中を漂うもの、さらには触手で器用に露店の商品を漁るものまでいる。

 アークはそのすべてを視界に収めながら、ゆっくりと歩みを進めていた。

 

 隣にはエルがいた。

 白い光を纏う彼女は、街の光景にすら溶け込まず、逆に際立っていた。どんな種族の目にも留まるはずなのに、周囲の異星人たちは自然に彼女を受け入れているように見える。きっと、ここでは「異質」こそが日常なのだろう。

 

 アークは身体を動かして慣らすついでに、エルと一緒に街を見て回っていた。

 

「すごい、見ているだけでも面白い」

 

 アークは思わず声を漏らした。

 

「これだけの種族が、こうして一緒に生きてるなんて。地球にいた頃じゃ、想像もできなかった」

 

 エルは小さく笑った。

 

「そうだね。でも、みんな最初は身を隠していたんだ。アポストルに見つからないように、ひっそりと。アルカンシェルみたいな場所は他にもあると思うけど……私たちの目には映らない。きっと、それぞれが怯えながら生き延びてる」

 

 アークは街並みを眺めた。露店で果実のようなものを売る長身の異星人が、子供に相当するらしい小さな個体に果実を手渡し、笑っていた。その笑顔に、人間と何も変わらない温かさを感じた。

 

「……でも、いつか」

 

 エルが続けた。

 

「いつかきっと、自由に宇宙を旅できる日を夢見てる。恐怖じゃなく、希望を持って」

 

 アークは立ち止まり、腕を組むようにして天を仰いだ。透明なドームの外に広がる青空を見上げながら、低く呟く。

 

「宇宙を救わなきゃいけない。でも……人類も救わなきゃいけない。やることが多すぎて、頭が追いつかないよ」

 

 エルは足を止め、真剣な眼差しで彼を見上げる。

 

「もしネザーの問題を解決できたら、きっと道が開けるよ。人類の新しい拠点を作ることだってできるし……配信を通じて、人類が積み重ねた叡智を残すこともできる」

「配信で……叡智を残す……」

 

 アークはぽつりと繰り返した。その言葉に胸の奥が熱くなる。ただの娯楽で始めた配信が、ここでは人類文明の保存手段になるかもしれないのだ。

 

「何年かかるかわからないけどね」

 

 エルはわずかに肩をすくめて笑う。

 

「でも、人類の復興を手伝えたら……嬉しい」

 

 その笑顔は真剣で、同時に少しだけ照れくさそうでもあった。

 

 アークは自然に答えていた。

 

「……ありがとう、エル」

 

 感謝の言葉に、エルはほんの一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに表情を緩めた。二人の間に流れる空気は、柔らかで穏やかだった。

 

 歩きながら、アークはふと気になっていたことを尋ねた。

 

「エル、本当にヘラルドの仲間は……もう、宇宙のどこにもいないの?」

 

 その問いに、エルは一拍置いてから答えた。

 

「可能性は高い。彼らはほとんど滅びてしまった。でも……」

 

瞳が遠くを見つめる。

 

「宇宙のあちこちに、ヘラルドが残したものはある。遺跡や記録、あるいは技術の断片。だから、アークみたいに――ヘラルドの歴史を手に入れられる可能性はあると思う」

「……ヘラルドの歴史を、僕が」

 

その言葉はアークの胸にずしりと響いた。

 

 しばらくの間、二人は無言で歩き続けた。遠くでは光の帯を吐きながら宇宙船が上昇していき、街の空に消えていく。路地裏からは異星人の子供のはしゃぐ声が響き、通りの露店では香辛料のような匂いが漂ってきた。

 そんな街の喧噪の中で、エルがふと口を開く。

 

「……こんなことを言ったら、不愉快に思うかもしれないけど」

 

 その声音には、ほんの少しの逡巡があった。アークは横を向いて彼女を見た。

 

「なに?」

「私と君、置かれた状況が……すごく似てるからさ」

 

 エルは言葉を選ぶようにして、静かに続けた。

 

「だからね、結構……親近感を感じてる」

 

 アークは目を瞬いた。予想外の言葉だった。しかしすぐに、胸の奥にじんわりと温かさが広がっていく。

 思わず笑みがこぼれた。

 

「実は僕も、同じことを思ってた」

「え……?」

 

 エルが小さく目を見開く。その反応がどこか可愛らしくて、アークは肩をすくめた。

 

「お互い残された者同士だ、確かに故郷も家族もいなくなってしまった。でも僕らは奇妙な縁でここにいる。これって何か意味のあるものだと思う」

 

 エルは一瞬だけポカンとしてから微笑んだ。

 瞳の奥には柔らかな光が宿っていた。

 

「確かに、きっとこれは意味のある出会いかもね」

 

 二人の間に、和やかな空気が流れる。

 街の喧噪が遠くへと霞んでいき、代わりに互いの存在だけが鮮やかに浮かび上がる。

 アークはふと、空に浮かぶ透明な歩道を見上げた。そこを歩く異星人の姿が、まるで未来の人類の姿と重なって見えた。

 

 ――いつの日か、この青空の下を人類も共に歩けるように。

 

 そんな思いを胸に抱きながら、彼は隣に並ぶエルの横顔を見つめた。彼女もまた、同じ夢を見ているのだろう。

 

 アークの新しい身体の奥底で、かすかに光が脈動していた。

 それは彼がまだ気づいていない、小さな未来への鼓動だった。

 

 

 アルカンシェルの港区は、まるで巨大な蜂の巣のように宇宙船が出入りしていた。

 半透明のドームを抜けると、外に広がるのは恒星の光を反射する漆黒の宙。その中に、銀や翡翠、あるいは黒曜石めいた船体が並び、出立の順番を待っている。

 

 アークとエルを乗せる船は、その中でもひときわ異彩を放っていた。

 

 ルヴとフェルールが使う宇宙船は艶のある金属で覆われており、表面は光の角度によって色合いを変える。緑とも青ともつかない波紋のような輝きが船体を走り、無機物でありながら呼吸しているかのように錯覚させた。

 

 艦内に足を踏み入れた瞬間、アークは深く息を吐いた。

 壁面は滑らかに湾曲しており、どこか生物の内部にいるような錯覚を覚える。ところどころに浮遊する光球が照明代わりになっており、硬質な蛍光灯の明かりとは違って柔らかく、視界に優しかった。

 

 廊下を進むと、広いホールのような空間に出る。そこには十数名の乗員たちが集まり、出発のための準備をしていた。彼らはフェルールと同じ種族に見える。

 

 アークは目を奪われるように見入った。人間では到底思いつかない造形の文化と技術。それが今、自分の旅路を支えてくれる仲間になろうとしている。

 

「……本当に、これだけの人が僕らに協力してくれるのか」

 

 やがて、二人はコックピットへと案内された。

 広々とした操縦席には、半球状のスクリーンがぐるりと取り巻き、外宇宙の星々を映し出している。その前に立つのはフェルールと、同じ種族の副操縦士だ。二人は忙しなく指を動かし、浮遊するホログラムのパネルを操作している。

 

「航路設定完了……ワープポイントまでの座標、同期しました」

「エネルギーコア安定。推進機関、臨界値まで上昇中」

 

 低い声が交わされ、計器が次々と光を灯す。その光景を、アークはマジマジと見つめた。

 かつて地球で想像していた宇宙旅行とは、まるで次元が違う。自分がSF映画の登場人物になったかのような錯覚に、胸が高鳴る。

 

 興奮で呼吸が早くなるのを感じながら、アークは座席に身を沈めた。隣に腰を下ろしたエルが、少しだけ安心させるように彼の肩に手を置く。

 

「大丈夫。最初は誰でも緊張するよ」

「期待してるのさ」

 

 不安になっていると勘違いしたのか、エルはアークを気遣っていた。

 

 と……そのとき。

 耳元に、柔らかな声が響いた。

 

『――アーク、エル。聞こえるか』

 

 ヨアクだった。船の通信系統を通じて、彼が声を届けているのだ。

 

「聞こえてる」

 

 アークが答えると、ヨアクは一拍置いてから続けた。

 

『君たちが無事に旅を続けられるよう、祈りを送ろう。これは我らの古い習わしだ。旅立つ者に祝福を与え、帰還の道を照らす……』

 

 低く、しかし確かな響きで祈りの言葉が紡がれる。不思議と意味が胸に染み込んでくるような内容だった。

 

 ヨアクの祈りが終わると、艦内の空気がわずかに澄んだ気がした。エルは目を閉じて深く頷き、アークもまた胸に手を当てる。

 

「ありがとうございます。必ず……使命を果たします」

 

 小さく呟いたその言葉に、ヨアクが静かに答える。

 

『信じているぞ、アーク、エル』

 

 船内アナウンスが響く。

 

『全乗員、ワープ態勢に移行してください。カウントダウンを開始します』

 

 警告灯が柔らかく点滅し、空気が微かに震える。エネルギーが船体全体に流れ込み、周囲の空間が揺らぎ始めていた。

 

 アークはその瞬間、決意を固めた。

 この旅の一部始終を記録しよう。いつの日か使命を完遂し、自分が役割を果たすその瞬間まで。――自分の歩みは、未来の人類の灯火となる。

 

 彼は座席の横に設置された端末を起動した。スクリーンには、簡素なログ画面が浮かび上がる。そこに指先を滑らせ、最初の一文を書き込んだ。

 

 ――ここから、僕たちの宇宙を救う旅は始まった。

 

 その文字を見つめながら、胸の奥で鼓動が強く跳ねる。

 

『ワープ開始まで、10……9……』

 

 アナウンスがカウントを刻む。

 アークは深呼吸し、視線を正面に向けた。窓の外の星々が、次第に滲み、伸び、ひとつの光の流れとなっていく。

 

『……3……2……1』

 

 世界が一瞬、無音に包まれた。

 そして――宇宙船は光の奔流に呑み込まれ、漆黒の世界へと跳躍した。

 

 アークのログには、その瞬間の記録が淡く輝きながら保存されていた。

 

 




プロローグが終わりました。
次回から本格的に冒険していきます。
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