宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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「現状のみではなく将来の事情を考慮に入れなくては賢明な決定はできない」
  — アイザック・アシモフ



#2 救済の伝声
蒼の星にて


 はるか昔、全宇宙を揺るがす嵐があった。

 

 恒星の死とも銀河衝突の余波とも異なる。

 物理法則で説明出来ない徹底とした破壊だった。何故なら既知の星域のあらゆる文明圏――特に知的生命体が繁栄している領域を狙って、ほぼ同時に、壊滅の波が押し寄せたのだ。

 

 ある宙域では、数千年かけて組み上げられた軌道環世界が、外殻ごと空間から消失していた。別の銀河では、都市群が一夜にして無人と化し、残されたのは黒い岩石のみ。数えきれぬ文明が観測データに刻まれる間もなく消滅し、星図の膨大な領域が、まるで最初から空白だったかのように欠落した。

 

 この不可解な事象を、後世の生存者たちは大嵐と呼んだ。

 だがそれが何であったのか――自然現象か、あるいは宇宙そのものの理を超えた意志の介入か――答えは誰一人知らない。観測記録には膨大な欠落があり、残された断片的な証言は互いに矛盾していた。

 

 ただ確かなのは、その瞬間を境に宇宙の姿が決定的に変わったことだ。

 繁栄を誇った銀河文明群は滅び、通信網は分断され、航路は断絶した。数百万年単位で築かれた叡智の体系は粉砕され、散り散りの種族が星の片隅で生き延びるだけの時代へと移行した。

 

 現在は嵐の後の残響にすぎない。

 それを神話と呼ぶか、あるいは絶望の記録と呼ぶかは問わない。ただ一つの予測だけが、薄い氷床のように未来を覆っている。

 

 だが当時を知る数少ない生き残りは伝承を残している。

 黒き使徒が宇宙を破壊した――と。

 

 ◆

 

「どう? 慣れた?」

 

 隣で問いかけるエルの声は、柔らかな響きを持ちながらも、どこか実験の経過を見守る研究者のような冷静さを帯びていた。

 

 アークは掌を見つめて、深く息を吐く。

 光の粒子がその皮膚に似た表面を走り、指先がじわじわと変形していく。脳裏に描いた設計イメージ――工具を作り出すが、形が少し歪だった。

 

「中々……操作が難しい」

 

 思った通りに動かすのは容易ではない事に、アークはため息を吐く。イメージが曖昧だと、工具はすぐにぼやけ、崩れ落ちるように元の手の形に戻ってしまう。

 

 エルは小さく頷く。

 

「当然だよ。今の君の肉体は、ほとんどがエネルギーで構築されてる。だけどそれだけじゃない。一部には生体組織に近い機械構造が織り込まれているんだ」

「……つまり?」

「エネルギーの自在性と、物質の安定性。その両方を持ってるってこと。私の肉体と似通っている。だからこそ、生身の身体を持つ生命体より出来る事が多い分、思考も操作も複雑化している」

 

 彼女の言葉に、アークはなるほどと唸った。

 視線を自分の腕に落とすと、光の筋が皮膚の下で脈動しているのが見える。血管のようだが、それは血ではなく流動するエネルギーの束だった。

 

「……こんな身体になって、まだ実感が湧かないけど」

 

 アークは手の甲を握り込み、もう一度イメージを集中させる。すると掌から伸びた金属様の線が組み上がり、簡素なスパナの形が現れた。

 

「おお、できた!」

「やるじゃない」

 

 エルが嬉しそうに笑う。

 

 船室の外では、低いエンジン音と振動が一定のリズムを刻んでいる。ルヴとフェルールの船は、恒星間を越えるための航行準備を進めていた。船体を走る光の帯がゆるやかに点滅し、次元境界への干渉フィールドが広がっていく。そのすべてをアークは感じ取っていた。耳ではなく、身体に流れるエネルギーが、船の脈動と共鳴しているようだ。

 

「そういえば……」

 

 彼はスパナを弄びながら、ふとエルに訊いた。

 

「エルは……こういう船旅で、いろんな知的生命体と会ったことある?」

 

 彼女は少し首を振った。

 

「ほとんどない。私は……あまり外に出ていなかったから。ヨアクがいつも色々やってくれてた。私はただ、与えられた環境で役割を果たしていただけ」

「……そっか」

 

 エルは視線を遠くにやる。

 

「昔、ヘラルドが繁栄していた頃はね。従者と呼ばれる者たちが大勢いた。彼らは様々な種族から来ていて、それぞれに異なる知識と力を持っていた。ヨアクもその一人」

「従者……」

 

 アークは聞き返す。

 

「彼らはね、とても聡明で、宇宙の中でも強者と呼べる存在だった。ヘラルドの意思を理解し、共に歩むことを誇りとしていたんだよ。ある種の盟友でもあり、守護者でもあり……そして教師でもあった」

「あの人が……」

「そう。だから君が今こうして力を制御できるように訓練しているのも、きっと彼にとっては懐かしいんじゃないかな。従者たちは皆、弟子や後継者を導くことに長けていたから」

 

 エルの声には、どこか誇らしげな響きが混じっていた。

 

 アークはもう一度、自分の掌を見た。光が収束し、形を保とうとする。意識が乱れると、すぐに解けてしまうが、少しずつ制御の感覚が掴めてきている。

 

「……もし僕が、従者の人たちと会えたら、何を言われるだろう」

「きっと……君の存在を喜んでくれるよ」

 

 エルは微笑む。

 

「ヘラルドの遺産を受け継ぎ、再び宇宙に立ち向かおうとする者がいる。彼らにとって、それほど嬉しいことはないと思う」

 

 会話が途切れると、二人の間に心地よい沈黙が流れた。船の外壁越しに、星々の光が流れていくのが見える。航行速度が上がるにつれ、窓外の星は線を引き、やがて淡い光の霧となって溶け合った。

 

 アークはその光景を眺めながら、胸の奥に小さな高揚を覚えていた。未知の星系へ――ルヴとフェルールの故郷へ――これから自分は足を踏み入れるのだ。

 

 船内には他にも十数人の乗組員がいた。アークは廊下ですれ違うたびに、彼らの多様さに驚かされた。六本の腕で機材を運ぶ者、透き通る皮膜の翼をたたんでいる者、体表に文字のような光紋を走らせる者……。それぞれが異なる生態と文化を背負いながら、一つの船で目的を共有している。

 

 その姿に、アークはふと「地球」の未来を重ねていた。もし人類が生き延び、彼らのように多種族と肩を並べる日が来たなら――その時、自分は何を語るのだろう。

 

「アーク」

 

 エルが小声で呼びかける。

 

「集中して。形が崩れてる」

「あっ」

 

 気づけばスパナは半分ほど崩れ、掌に光の滴を落としていた。

 

 アークは苦笑する。

 

「……やっぱりまだまだだな」

「大丈夫。慣れればもっと自在にできる。武器も道具も、君次第で形を変えるんだよ」

 

 その時、通信機から低い声が響いた。

 ルヴの声だ。

 

「そろそろ目的の宙域に入る。この者たちの故郷――ディナス=オルビアが視界に入るだろう」

 

 船体が微かに震え、航行フィールドが解かれていく。視界の先に、巨大な恒星と、その周囲を巡るいくつもの惑星の影が浮かび上がりつつあった。

 

「揺れに気をつけろ」

 

 ルヴが忠告してすぐに宙域の外縁に入った。

 その瞬間に船体を覆う光の膜が揺らぎ、航行フィールドが完全に解かれた。窓外に広がるのは、幾層にも重なる光帯を持つ恒星と、その周囲に浮かぶ複数の惑星。その一つの軌道上に、巨大なリング状の構造物が輝いていた。

 

「ステーションだ」

 

 フェルールが言った。

 

 リングの外縁には無数の艦艇ドックが連なり、内側には都市のような居住区画が広がっていた。金属光沢の塔群が円環に沿って並び、そこから網目のように伸びた光路が、ステーション全体を蜘蛛の巣のように縫い合わせている。

 

「ここで安全確認と船の照合を行う必要がある。ディナス=オルビアは外来者に寛容だが、無秩序な航行は許されない」

 

 フェルールが短く説明する。小柄な身体の背中で、折り畳まれた金属羽がわずかに震えた。

 

 船はステーションの誘導ビーコンを受信し、緩やかに減速した。周囲には他の船影も見える。鯨のように滑らかな船体を持つもの、六角形の外殻を繋ぎ合わせたような貨物船、あるいは幾何学的な結晶を思わせる観測艇。多種多様な文明が、同じ港を目指して集っていた。

 

 やがて通信機に、機械的ながらも温かみを帯びた声が届く。

 

『こちら管制局。船籍コードを照合します。乗員リストを送信してください』

 

 フェルールが操作盤に義肢をかざし、データを送信する。短い沈黙の後、再び通信が入った。

 

『確認しました。入港を許可します。第七リング外周の検査デッキに誘導します』

 

 船体が緩やかに旋回し、巨大なリングの外縁に設けられたデッキへと進む。そこでは半透明のシールドが空間を仕切り、ドッキングベイが次々と開閉していた。

 やがて船は静かに係留され、機械アームが外殻を固定する。外壁越しに、検査ドローンの群れが光を走らせながら船体を走査していくのが見えた。

 

「照合完了だ」

 

 ルヴが言う。

 鰭のような器官が、安堵したように微かに震えた。

 

 短い滞在の後、船は再び解放される。出発の許可が下りると同時に、前方に広がる星図が更新された。目的地は――ルヴの故郷、ディナス=オルビアの中心惑星となる星だった。

 

 操縦席に座ったルヴが、ゆっくりと航路を設定する。

 

「我らが首都は、海に覆われた惑星にある。表面のほとんどが水だが、浮上都市と海中施設が文明を支えている。……そこが、君たちを迎える場所になる」

 

 アークは無言で窓の外を見つめた。

 

 数時間後、蒼白い恒星の光を背に、目的の惑星が視界に迫る。見た目は予想通り……巨大な蒼い球体だった。濃紺の海が惑星全体を覆い、ところどころに白い雲の渦が渦巻いている。陸地は見当たらず、代わりに光の点が海面に浮かんでいた。

 

「綺麗……」

 

 思わずアークの口から感嘆に満ちた言葉が漏れ出た。

 地球にも負けず劣らず、美しい惑星だった。

 

「大気圏突入を開始する」

 

 ルヴの声が響いた。

 

 船体が角度を変え、濃密な大気へと滑り込む。外殻が赤く灼け、衝撃波が窓外に火の帯を走らせる。だが船体は安定していた。複層シールドが熱と圧力を分散し、滑らかな航路を確保している。

 

 やがて赤い炎は淡い青へと変わり、視界が開けていく。

 眼下には、限りなく広がる海。陽光を反射する波面が、銀色の鱗のように煌めいていた。その海上に、巨大な都市群が浮かんでいる。

 

 無数の構造物が海に根を下ろし、塔や橋を支えていた。透明なドームで覆われた居住区、波に合わせて揺れる光の膜に包まれたエネルギープラント、そして海中深くへ伸びる回廊。すべてが、海洋に適応した文明の叡智を物語っていた。

 

「見えるか? あれが我らの首都オルビア・コアだ」

 

 ルヴの声がどこか誇らしげに響いた。

 

 都市群の中央には、巨大な光柱がそびえていた。海底から天頂へと伸びるそれは、惑星の心臓部とでも言うべき存在であり、都市全体にエネルギーを供給する基幹装置だ。

 

 船はその外縁に設けられた浮上港へと誘導される。

 大気圏の抵抗を抜け、ゆるやかに下降していく。エンジンの振動が和らぎ、視界の下で波が割れ、海上ドックが広がっていく。

 

 最後の衝撃が床を震わせ、船は静かに着陸した。

 

「ようこそ、ディナス=オルビアへ」

 

 ルヴの言葉と共に、船体の外壁が開く。

 

 潮の香りを帯びた湿った空気が流れ込み、アークは初めて異星の大気を胸に吸い込んだ。

 ――ここから新しい一歩が始まるのだと、強く実感しながら。

 

 

 船を降りると、波のようにうねる回廊が目の前に広がっていた。透明なチューブで構成されたその道は、海上都市群を貫くように走り、遠方の塔や施設と結びついている。外を流れる海水の中を、光を放つ魚群や鯨ような生物が横切っていくのが見えた。

 

「こっちだ」

 

 ルヴが先導する。足元の床は柔らかい振動を伝え、歩みに合わせて光の模様が浮かび上がる。生命と機械が溶け合った独特の文明様式が、アークの目を奪った。

 

「中心部までは少し距離がある。だが、今日は首都全域で歓迎の準備が進んでいるはずだ」

 

 フェルールが言い添えるタイミングで浮上都市の全景が見渡せる高層デッキに出た。青い大気の下、海に張り巡らされた巨大な橋が幾重にも重なり、塔と塔を結んでいる。透明なドームの内部では、市民たちが生活を営む姿が垣間見えた。子供が水槽の前ではしゃぎ、職人が海藻を加工して衣服を織り、巫女のような装いの者が水晶を抱えて祈りを捧げている。

 

「平和な星だね……」

 

 アークは思わず口にした。都市全体が祝祭のように活気づき、笑い声が響いている。問題なんかまるで無さそうだが、フェルールは表情を曇らせた。

 

「見かけは――な。実を言うと根深い対立がある。その問題とネザーの問題が絡み合い、より事態を難しくしている」

「そんなに危ういのか?」

 エルが問うと、フェルールはわずかに視線を逸らした。

 

「……ああ。だからこそ、代表たちは外から来た君たちを歓迎する。変化をもたらす者として、あるいは均衡を保つ道具として」

 

 その言葉の含みを理解しかけ、アークは口を閉ざした。

 一行は水上を滑るように進む搬送艇に乗り換える。艇の外殻は水晶のように透き通り、足下には海の深淵が広がる。光を帯びたクラゲの群れが上下に漂い、暗い深層へと吸い込まれていく。

 

「ディナス=オルビアの中心、聖堂はこの星系の象徴だ」

 

 ルヴが説明する。

 

「歴代の指導者がここで誓いを立て、外敵に抗い、また調和を約束した。今日もまた、新しい誓いの場になるだろう」

 

 搬送艇は都市群の中央部へと接近する。やがて視界の先に、巨大な円環状の構造物が浮かび上がった。海面から天へと伸びる光柱を囲むように、透明なドームで守られた都市の中心――聖堂区画だ。

 

 近づくほどに、その荘厳さが明らかになっていく。海面に広がる円環の外周には、数十の塔が立ち並び、塔の先端から水晶の欠片のような構造物が放射状に広がっていた。まるで天と海を繋ぐ祈りの器。その中央にそびえるのが聖堂である。

 

 搬送艇が接続デッキに滑り込むと、待機していた儀礼兵たちが一斉に槍を掲げ、来訪者を迎えた。槍頭には小さな光珠がはめ込まれ、青白い輝きが規則正しく瞬いている。

 

「歓迎が手厚いな……」

 

 アークが呟くと、ルヴは淡く笑った。

 

「外の文明からの客は久しい。彼らも喜んでいる」

 

 聖堂の中枢へ進んでいく。回廊の両側には水晶柱が林立し、その内部を水と光が循環していた。柱ごとに異なる模様が浮かび上がり、祈りや誓約を記録する役割を担っているという。

 

 やがて回廊の先に、大きな扉が現れた。海の波を模した紋章が刻まれ、中央には蒼い宝珠が埋め込まれている。扉が静かに開くと、眩い光が溢れ出た。

 

 そこは聖堂の中心――星系国家ディナス=オルビアの代表たちが集う場所だった。

 

 高い天井を支える柱は透明な水晶でできており、内部を流れる水がきらめきを放つ。床には銀色の紋様が描かれ、中央に広がる円形の壇上に、十数名の人物が整然と並んでいた。

 

 その光景を前に、アークは思わず息を呑んだ。外の世界で見たどの集会とも異なる、荘厳で静謐な気配がそこにあった。

 

「――ようこそ、我らが聖堂へ」

 

 代表たちの声が、潮の響きのように重なり合った。

 アークとエルは互いに視線を交わしながら、ゆっくりと壇上へと歩みを進めていった。

 

 そんな中で円形の壇上の奥、ひときわ高い座に、一人の人物が立ち上がった。

 

 他の代表たちとは明らかに異なっているのを、アークはすぐに察した。

 長い衣は淡い蒼と白の織物で、布地の内側から微かに光が差すように輝いている。肩からは水晶片を連ねた装飾が垂れ下がり、歩くたびに鈴のような音を立てた。

 顔立ちは穏やかだが、その瞳は深海のように青く澄み、年齢の感覚を超越した気配を湛えている。髪は銀に近い白色で、波のようにうねりながら背中に流れていた。

 

 その人物は両腕を広げ、ゆるやかに声を響かせた。

 

「私は潮主(カエルン)。ディナス=オルビアを統べ、星系を見守る立場を担っています」

 

 潮主――それが、この文明における最高権力者の称号だった。

 声は柔らかく、それでいて海鳴りのような重みを持っている。聖堂の空気が一層引き締まり、他の代表たちが静かに頭を垂れた。

 

 アークは促されるまま一歩前へ出た。

 

「僕はアーク・ノヴァ。外の世界から来ました。特別な身分があるわけではないのですが、ある使命を受けて、ここまで辿り着きました」

 

 続いて、エルも小さく頭を下げた。

 

「エルと申します。アークと同じ使命を受け、共に参りました。まだ未熟ですが、出来ることを果たすために参りました」

 

 その姿を見て、潮主は微笑を浮かべる。

 

「希望の星が2つ、星海から届きましたか……」

 

 するとルヴが一歩進み出て、深々と頭を下げた。

 

「このお二人は、ヨアク様の御意を受けた方々です。使命を携え、遠き宙海を越えて来られました」

 

 潮主(カエルン)はアークとエルに拝むようなポーズを取りながら話す。

 

「歓迎する。まさに我らは、今こそ外の力を必要としていた。星が荒れる前に、我らを導く舵が欲しかったのだ」

 

 アークとエルはその言葉を正面から受け止め、互いに視線を交わす。少し迷った後、アークが口を開いた。

 

「僕達がここに来た訳ですが――」

 

 アークはそこでことの顛末を話す。

 主な内容はネザーの正体と居場所、そして最大の目標のひとつであるクローノン通信を介して配信チャンネルを開設、宇宙で同じように隠れている種族同士を繋げ、アポストルに対抗する手段を得る――といった内容だ。

 

(人類の痕跡は配信チャンネルが確立してからだね)

 

 理由は色々あったが、アークは願わくばこの保管している人類史を自分以外にも、安全に保管出来る場所を欲していた。この情報は一元化するより、他にもあった方がいい。

 

「――なるほど、ネザーですか」

 

 その声には、驚きよりもむしろ納得が滲んでいた。

 アークとエルが不思議に思っていると――

 

「その正体に関しては……我々もある程度推測している。むしろ……わかりやすいというべきか」

「どういう意味でしょうか……?」

 

 アークの問いかけに、潮主はわずかに目を閉じた。

 まるで深い海流の底を思い出すように、静かな呼吸を置いてから言葉を紡ぐ。

 

「……この蒼き星――オアスには、10の月が巡っている。君たちが今降り立った首都オルビア・コアは、その中心にある浮上都市に過ぎぬ。我らの文明は、古来より月々に築かれた同胞たちの国家と共に歩んできた」

 

 懐かしそうに語る潮主だが、張り詰めた雰囲気があった。

 

「だが……その同胞たちは、今や我らを同胞と呼ばぬ」

 

 淡々と告げられた言葉に、空気が変わった。

 アークもエルも思わず背筋を伸ばす。

 

「10の月にある国家群は、確かに形式上は我らディナス=オルビアに加盟している。だが彼らの多くは、長きにわたり我らを内心で敵視してきた。……表面上は協調を装いながら、交易を制限し、技術の流入を拒み、我らの発展を“監視”している」

「監視……」

 

 エルが小さく繰り返した。

 潮主は深く頷く。

 

「その敵意は、年々膨れ上がっている。数十年前まではまだ交流があった。だが近年は、会議の席すら拒むようになった。今や交易路は断たれ、密かな武装の兆候すら確認されている」

 

 アークは眉をひそめた。

 

「つまり……彼らが?」

 

 潮主は低く頷き、はっきりと言い切った。

 

「そうだ。ネザーと呼ばれる者の正体は、彼らである可能性が高い」

 

 潮主が言い切るとルヴが一歩前に出た。

 その表情は痛ましいほど沈んでいた。

 

「潮主様……彼らは、元は我らと共に築いた同胞です。幾度も協力し、戦乱を越えてきた。彼らがネザーだと……本当にそう断じるのですか」

 

 ルヴの声には悲しみが混じっていた。

 フェルールも横で目を伏せ、何も言わずに唇を噛んでいる。

 アークは一度、二人の姿を見てから潮主へ向き直った。

 

「でも……まだ“可能性”に過ぎないんですよね? 僕たちはまだ何も調べていない。証拠があるわけじゃないですよね?」

 

 潮主は静かに首を横に振った。

 

「可能性、か……。だが我らは長きにわたり彼らを見てきた。月の国家群が内に抱く敵意は、もはや疑いようがない。ネザーという名を持つ影が外から来たのではなく、内から生じたと考えるほうが――はるかに合理的だ」

「合理的、ね……」

 

 エルは小さく呟き、胸の奥に重苦しいものを感じた。

 確かに、合理的かもしれない。

 だがそれは同時に、証拠もないまま敵と決めつけることを意味していた。

 

「……もし、それが確かめられたら?」

 

 アークは問いかける。

 

「彼らが本当にネザーだという証拠が見つかったら、どうするつもりなんですか」

 

 潮主はその言葉を待っていたかのように、迷いなく答えた。

 

「――我らは先制する」

 

 聖堂に重い沈黙が落ちる。

 その言葉はまるで、海底で鳴り響く雷鳴のように場を支配した。

 

「先制……攻撃を……?」

 

 エルの声は驚きを孕んでいた。

 潮主は頷いた。

 

「彼らがネザーであるなら、アポストルの影を引き込むことになる。放置すれば我らは必ず滅びる。嵐を待つ愚かさよりも、嵐が訪れる前に帆を畳み、舵を切らねばならぬ」

「だが……!」

 

 ルヴが声を荒げた。

 

「それは同胞を討つことに他なりません! もし誤解ならば、取り返しがつかない!」

「誤解であってほしいと、我も願う」

 

 潮主は目を閉じ、一瞬だけその表情を苦悩に歪めた。

 

「だが我は潮主だ。願望で星を守ることはできぬ。証拠が示された瞬間、我らは迷わず動かねばならぬ。……それが、数百億の民を守る唯一の選択だからだ」

 

 アークは直感した。

 自身の調査結果によっては、凄まじい数の命が失われてしまうと。そして改めて思った。

 

(これは武力だけで解決は不可能だ)

 

 対立の詳しい理由はわからないが、もしこの問題を解決するならば配信は重要なファクターになると。

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