宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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最初の音

  オアヌスを取り巻く巨大なリングは、惑星の表層と宇宙空間とを結ぶ門のように佇んでいた。

 その一角にはディナス=オルビアの市民が扱う宇宙ステーションがあり、旅客や交易船で賑わいを見せている。照明は淡い青白色で統一され、人工的な光の海の中を、数百人単位の人々が絶えず行き交っていた。

 金属質の床を踏みしめる音、行き先を告げるアナウンス、遠くで流れる荷物搬送機の唸り。混沌とした喧騒は、アークとエルにとって格好の隠れ蓑だった。

 

「ここまでは問題無しね」

「うん、怪しまれてはないと思う」

 

 アークとエルは、群衆の中に紛れ込みながら会話していた。

 二人の姿は意識して質素に抑えられている。アークは無地の灰色の外套を纏い、フードを深く被って顔を隠していた。その下では簡易的なフェイスカモフラージュが働いており、視認する者に微妙に異なる印象を与える。見る者によって、年齢や表情が曖昧に変化してしまう仕組みだ。

 エルもまた、淡い茶色のマントを纏い、腰の装備を布で包んで目立たないようにしていた。肩まで流れる白金の髪は布の内に隠され、彼女の気配そのものが薄く抑え込まれている。

 

 周囲の人々は二人に注意を払うことはない。――いや、注意を払っても、すぐに記憶が薄れていくように設定されていた。潮主から渡された「証」の効力がそこにあった。

 それは正確には身分証とは呼べない。だが、外見や存在の輪郭を曖昧にし、検査システムをすり抜けられるよう調整された特異な媒体だった。

 アークは懐の中で、その冷たい感触を確かめると、ほっと息をついた。

 

「……上手くいくといいな」

 

 小さく漏らした呟きは、周囲の喧騒に掻き消された。

 しかし隣を歩くエルの耳には、確かに届いていた。

 

 エルは一瞬だけ視線を伏せた。

 ――昨日の会話を思い出していた。潮主と、別れ際に交わした言葉だ。

 

 

 静かな水底のような回廊にてアークとエル、潮主は3人で話していた。潮主の透き通るような青の瞳が、2人をしっかりと捉えた上で言った。

 

「ネレイアへ向かうのは危険だ」

 

 予想通りの答えだと2人は思った。

 

「以前にも言ったが、我々と月の民たちの関係は決して良好とは言えぬ。交易や技術交流の名目で表面上は接触を保っているが、互いに深くは踏み込まぬ。……いや、踏み込めぬというべきか」

 

 潮主は目を伏せ、短く息を吐いた。

 

「ましてや、今は不審な通信や痕跡が見つかっている状況だ。もし我々が調査を名目に動いていると知れれば、彼らはそれを口実に我々を疑い、さらに距離を置こうとするだろう。場合によっては、衝突に至ることもあり得る」

 

 その言葉に、アークとエルは黙って耳を傾けていた。

 重く沈む水圧のような緊張が回廊に漂っている。

 

「だから我々の関係者を同行させることはできない」

 

 潮主は厳然と告げた。

 

「ルヴも、フェルールも。彼らが姿を見せれば、それだけで相手は身構える。お前たち外からの者ならば、深くまで潜り込める可能性があるが……我らの民はそうはいかぬ」

 

 アークは静かに目を閉じた。

 やはり、そういう結論になるのだろうとは予想していた。

 つまり、自分たちだけで進まなければならないということだ。

 

「……なるほど」

 

 ゆっくりと頷きながら、アークは潮主の瞳を見返した。

 

「僕たちに求めているのは、ネレイアでの調査を、誰にも気づかれないように行い、そして――ネザーの正体を突き止めること。そういうことですね?」

 

 潮主の青の瞳が、確かに光を宿した。

「そうだ。危うい道ではあるが……お前たちにしか頼めぬ」

 

 その言葉を受けてエルが一歩進み出た。

 彼女の表情は、揺るぎのない意志に満ちていた。

 

「分かりました。私たちが行きます。ネレイアの誰にも知られずに、調べ、真実を掴んでみせます」

 

 潮主はしばしエルを見つめ、やがて頷いた。

 

「……その覚悟があるなら、道は開けるだろう」

 

 会話が一段落したかに思えたその時、アークがふと思い出したように口を開いた。

 

「潮主、一つ……こちらからもお願いがあります」

 

 その頼みはエルにとっても予想外な内容だった。

 

 

「……アーク、潮主に頼んだ内容だけど、大丈夫なのか?」

 

 エルは囁くように問いかけた。

 貨物船の搭乗ゲートに向かう通路。人波に紛れつつも、二人の心中は妙な緊張で張りつめている。

 

「不安になるよね」

 

 アークは気まずそうに笑い、肩をすくめる。その態度にエルは眉を寄せる。

 彼が潮主に頼み込んだ内容は、これまでアークが最も警戒していたことを真っ向から否定している内容に近かったからだ。

 

「……なんでわざわざ、ディナス=オルビアのネットワークを使って掲示板を作るよう潮主に頼んだの? しかも、彼ら自身のネットワークを利用してって。あれじゃオアヌスの技術を介して作る形になる。そうすれば、ネザーの目に入る可能性が高いわ」

 

 エルは心配するのも仕方がない。

 クローノン通信は、確かに安全圏を維持する力を持っていた。時空の壁を越えてなお、干渉を防ぐ仕組みが組み込まれている。だがオアヌスのテクノロジーを混ぜれば、その絶対性は揺らぐ。

 それはエルだけでなく、これまでアーク自身が最も警戒していた危険だったはずだ。

 

「わかってる。僕だって何も考えなしに潮主に頭を下げたわけじゃない」

 

 アークは言葉を選びながら続ける。

 

「ネザーは慎重だし……たぶんクローノン通信そのものを利用してるなら、時間軸に縛られない通信をしていると考えるのが自然だ。だから僕らがどんな防御を重ねても、結局“後手”に回る可能性がある」

「過去や未来から現在起きる内容を見ているから……?」

「そこまで万能かはわからないけど、こちらがいくら有利に動いても、過去の時間軸に共有されたらキリがない」

 

 ネザー自身の力か、はたまた違う何かか――それはわからないが、相手が何でも出来ると仮定して動く必要があるとアークは睨んでいた。

 

「……彼らを餌にする気か?」

「いや、違う……とも言いづらいな」

 

 アークは苦々しい様子で言った。

 

「正面から防ぐんじゃなくて……誘い込む。情報は何も何かを伝えるだけが力の使い所じゃない。情報は相手を操ることも出来る」

 

 エルの視線が揺れた。彼の言葉に理屈はある。だがその裏にあるのは――危険を承知で仕掛けるという決断だ。

 

「口で言うのは簡単だけど、難しい事は理解しているか?」

「僕らの手の届かない領域に干渉している相手なんだ。真っ向からやり合えば潰される。だったら、相手の仕組みを逆手に取るしかない」

 

 言葉は淡々としていたが、その裏にある焦りをエルは敏感に感じ取っていた。

 

「私は通信技術的な面で言えば、アークより性能は下回る。でも腕っ節なら自信はある」

「……うん」

 

 エルは何度も手を握ったり開いたりする。

 

「無茶するなら一緒にしよう」

 

 非常にありがたい提案に、アークはニコリと笑って「勿論」と答えた。和やかな雰囲気が満ちていく中で、アークは異変を感じ取る。

 

「……?」

 

 人々は荷物を抱え、検査を受け、順に通路へと吸い込まれていく。工員、商人、そして小規模な移住者たち。どこにでもある日常の風景のはずだった。だが普通の通信に何か切羽詰まったような様子の会話が介入してきた。

 

 アークは足を止めた。

 胸の奥を微かなざわめきが撫でていく。人々のざわめき、出発を待つ群衆の気配に混じる不自然な「声」に集中する。

 

 「……?」

 

 微弱な波形の揺らぎだ。通常なら通信の保護層で完全に遮断されるはずの雑音が、どこか切迫した声を帯びていた。アークの研ぎ澄まされた機能が、不可抗力的に外部通信を聞き取った。

 

 《……第三区画、応答なし。》

 《おい、まだ繋がらないのか?》

 《駄目です、制御室からの応答も途絶しています。》

 

 瞬間、アークの意識は鋭く研ぎ澄まされた。

 これは一般の放送や職員用の業務通信ではない。内部警備網――限られた警備員しか扱えない回線の断片が、何らかの理由で彼の通信領域に「漏れ」ている。

 

 《確認できているのは三名。いずれも従業員専用区画に入って以降、連絡が途絶しています。》

 《監視カメラの映像は?》

 《……不明。記録が部分的に欠落。何者かに削除された可能性があります》

 「アーク?」

 

 隣で立ち止まった彼を不思議そうに見つつ、エルが声をかける。アークは瞬きを繰り返し、雑踏に意識を戻す。群衆はまだざわめきながらも、大きな混乱には至っていない。職員の動きが慌ただしいことに気づいた者はいるが、それが重大な事態だと勘づいている人は少ない。

 

「……妙な通信が入った」

 

 アークは低く告げる。

 

「妙な?」

「警備員の会話が……不可抗力で聞こえたんだ。数人の警備員と連絡が途絶えてるらしい。どれも従業員区画に入った人間だ」

 

 エルの表情が強張る。

 

「連絡が途絶えた……? ただの通信障害じゃなく?」

「映像も消えてるって言ってた。意図的に削除された可能性がある」

「……つまり、ステーションの内部で何かが起きてるってことね」

 

 アークは小さく頷くとエルが答えた。

 

「状況を見極めるしかない。少なくとも、無事に出発できる空気じゃなくなってる」

 

 アークは無意識に周囲を見回した。群衆のざわめきの中に、不自然に目を光らせる者はいないか。職員の動きに紛れて、何者かが潜んでいる気配は――。

 

「何が起きてるかだけでも……調べようか」

 

 

 従業員専用区画は、表向きにはただの整備用通路に過ぎなかった。だが今、その区画は異様な静けさに支配されていた。照明は点滅を繰り返し、時折明滅する光が壁に奇妙な影を作り出す。鉄と油の匂いに混じって、鼻腔を突き刺すような血臭が濃く漂っていた。

 

 床に倒れているのは三体以上の警備員たちだった。いずれも異星人であり、厚い装甲服に身を包んでいたが、戦闘の痕跡はあまりに生々しかった。

 胸部を貫かれた者、頭部を捻じ曲げられた者、喉を裂かれ呼吸器官を剥き出しにされた者。彼らは抵抗の間もなく屠られたのだろう。装備の一部が破損し、赤黒い液体が金属の床にじわじわと広がっていく。

 

 その死体の周囲に、奇妙な影が三つ、四つ、五つ――静かに蠢いていた。

 立っていたのは、全員同じ種族と思しき戦闘員たちだ。

 

 頭部は爬虫類を思わせる長い形状。鱗状の皮膚が硬質な光を帯び、口元は大きく裂けている。目は全部で6つあり、身体は2メートル弱と大きい。

 

 彼らは民族衣装を思わせる装備を纏っていた。厚手の布に金属片を縫い込み、背中には動物の骨を模した装飾が揺れている。どこか儀式めいた印象を与えるその姿は、単なる兵士ではなく、宗教的な戦士団か、血統に縛られた戦闘民族の一団を思わせた。

 

「……警備ども、骨がなかったな」

 

 一体が喉奥から湿った声を絞り出す。

 

「監視も杜撰だ。従業員だけの区画に頼るなど、愚かとしか言いようがない」

 

 別の一体が応じる。六つの目が細く吊り上がり、殺意に似た光がにじむ。

 

「これで心置きなく進められる。奴らが気づく前に、仕掛けを完了させろ」

 

 戦闘員の一人が手にしていたのは、細長いボンベのような形状の機械だった。両端に取っ手があり、胴体部分には不自然に滑らかな金属光沢が走っている。その上部には小さな端末が接続され、緑色の光が点滅していた。

 ボン、と鈍い音を立てて床に置かれる。端末を操作すると、機械の表面に複雑な文字が浮かび上がり、設置が完了したことを告げる。

 

「次の区画だ」

 

 数体がボンベ型の機械を抱え、迷路のような整備通路を足早に進んでいく。歩くたびに甲高い爪の音が床に響き、通路の金属壁を反射して不気味な残響を生み出した。

 

 残った戦闘員たちは、倒れた警備員の死体を一瞥しただけで関心を失い、代わりに端末の画面を覗き込む。そこには区画全体の見取り図が映し出され、赤いマーカーが次々と点灯していく。設置された爆薬はすでに複数。点滅の速度が増すごとに、作戦の進行が視覚的に確認できた。

 

 そのとき、端末の画面に別のウィンドウが立ち上がると、六眼の戦士たちが一斉に姿勢を正す。映し出されたのは、同族のリーダーの顔だった。ひときわ大きな顎と、黄金色に輝く六つの眼。周囲には旗のような布がはためいており、指揮官としての威厳を誇示していた。

 

「……進捗を報告しろ」

「順調だ」

 

 一体が答える。

 

「従業員区画の警備は排除した。設置班も滞りなく動いている」

 

 リーダーの黄金の瞳が細まり、満足げに光る。

 

「よし……このまま進め。予定通り、この区画ごと吹き飛ばす」

 

 ただしこの会話を聞いている者がいるとは知らずに。

 

 

「――今のちゃんと聞こえてた?」

「ああ、充分すぎるぐらいには」

 

 アークは耳元で囁くようにエルに伝えた。自分たちが盗み聴いた警備員の交信を再生し、襲撃者の音声を混ぜてステーションの内部周波数に流す──爆弾を発見させるための囮行為だ。

 だが本当に彼らが狙っているのは爆発そのものではなく、混乱によって生まれる穴なのかもしれない。アークはそれを払拭するためにも、襲撃者の正体を突き止める必要があると感じていた。

 

「この……チャネルに介入して」

 

 アークは介入した通信を頼りに、先ほど秘かに取得した襲撃者の断片音声を警備員たちにも聞こえるようにした。金属質の声。低い咆哮。機械ノイズの上に乗った断片的な言葉が警備員のチャネルに紛れ込ませると、まもなく通路の向こうから慌ただしい応答が返ってきた。警備員たちが端末の表示を見て動き出す気配が、足音と拡声器のコールで伝わる。

 

「これで爆弾の処理は彼らがしてくれるとは思う。僕らは襲撃者が何者かをまず突き止めよう」

「やはりネザー関連……か」

「わからないけど……可能性は捨てきれない」

「……いずれにせよ、私たちはどちらにも見つからずに対応しないといけないね」

 

 エルとアークはまっすぐに襲撃者がいると見られる区画へ急ぐ。

 

(会話内容的に……この近くだ)

 

 通路を伝って進むと、先ほどまでとは違う匂いが鼻腔を突いた。金属の焼けた匂い、焦げた電子の匂い。そして、踏みしめる床に残る不規則な爪跡。そこに足を踏み入れた時点で、2人は既に戦場にいることを理解した。

 

「いたな……」

 

 薄暗い角を回ると、四体の影が立っていた。視界に入った瞬間、アークは身構えた。先ほど聖堂で聞いたとおりの姿──爬虫類めいた長い頭、硬質に光る鱗、光る六つの眼。民族衣装のような装束を纏い、腰には工具をくくりつけている。

 明らかに獰猛そうな種族だなとアークは思った。

 

「あとは仲間がうまく仕掛ければ終わりだ」

「だな」

 

 一体が低く囁く。その声は金属を擦るような響きで、通路の壁に反射して冷たく戻ってきた。すでに起爆に入りそうな雰囲気を感じたアークは決意する。

 

「エル、任せていい?」

「勿論」

 

 アークは申し訳なさそうにエルの肩を小さく叩くと、エルは微かに笑みを浮かべ、それから身体をふっと薄く霞ませた。彼女の表皮が光を弾き、透明化してゆく。

 

「アークはそこにいて、すぐに終わらせる」

 

 エルは無音で近づいた。

 透明化した彼女の動線が空気を波立たせ、四体の背後に忍び寄る。最初の瞬間、アークの視界だけが彼女を捉えた。彼女の手が閃き、あっという間に首筋を掴む。音もなく──それが信じがたいほど静かに──彼女は手刀を振り下ろした。刃は白い電光のように走り、爬虫の首を一閃で切り裂く。首は逆の方向に折れ、動かなくなった。

 

「「何!?」」

 

 残る三体が反応した。

 戦闘員たちは一瞬で戦闘態勢に移り、腰の銃器を引き抜くと、それを慌ただしく組み合わせ始めた。形は銃にも見えるし、起動子の欠片を繋げただけの即席の投射器にも見えた。

 それだけ荒い作りに見えたからだ。

 

「撃て!」

 

 一体が叫ぶと、三丁の銃火器が同時に火を吐いた。榴弾のような弾丸がエルのいる位置へ飛んでくる。

 炸裂音は狭い空間にこだまし、床に小爆発が生じる。破片が金属の壁をえぐり、火花が散った。

 

「……甘い」

 

 しかしエルは動じなかった。瞬時に光の膜を展開し、飛翔してくる榴弾を受け止める。シールドは白い光の輪となり、爆炎を外側に逸らす。熱波がアークのセンサーに届く中で、エルはそのまま身を翻して二体に飛びかかった。

 

「ギャアアアア!!!」

「グォオオオ!!!」

 

 光を纏った手が器用に腹部を貫き、甲羅のような装甲の隙間を縫って刃が通る。二体は断末魔の叫びをあげ、床に崩れ落ちた。残る一体は刃を振るいながら退くが、エルはすかさず飛び込み、背後から肩を抱いて投げ倒す。彼女は片手でその首を締め、もう片方の手で白い電光を放って胴体を裂いた。肉が裂ける音が嫌でも響いた。

 

 そしてエルは最後の一体を捉える。

 

「来るな!!」

「……!」

 

 エルはゆっくりと立ち上がり、胸の辺りにわずかな汚れを払うと――一瞬で間合いを詰めて最後に残った戦闘員を壁に叩きつけながら首を掴む。

 

「……お前たちは何者だ」

 

 彼女が冷たい声で聞く一方で、襲撃者の息は荒く、呼吸が浅い。六つの眼がばらばらに瞬きし、最後の力を振り絞って小さく笑ったようにも見えた。

 

「すごい、あっという間だった」

 

 安全を確認したアークはエルの隣に立つと、首を掴まれた哀れな襲撃者をマジマジと見る。どうもオアヌスにいた異星人とは系統が違う種族に見えた。月の民だろうか、そんな予想がよぎった。

 

「お前たちは誰に雇われている。目的は何だ」

「…………ヒャヒャヒャ……、教えるかよ……」

 

 襲撃者は嘲笑いながら言う。

 確かに素直には教えないだろう。

 エルは軽く尋問しようと考える中で、アークは襲撃者が身につけた端末を見つける。

 

「僕が端末を調べてみる」

「正体を突き止めてくれる?」

「うん、多分……いけると思う」

 

 アークは慎重に襲撃者から端末を奪う。

 この中にある通信記録を辿れば、彼らの正体と襲撃の目的がわかるかも知れない。

 

「さて……中を見せてもらおうかな」

 

 アークは襲撃者から端末を引き剥がすと、掌に収めた。黒く硬質な外殻に刻まれた紋様のせいで、呪物にも見える。無骨な作りだが、回路の煌めきが微かに透けていた。まるで生き物が呼吸するように、端末そのものが脈動している。

 

「……普通の暗号機じゃない」

 

 低く呟き、アークは起動子を走らせて表層データを探りはじめた。まずは通信履歴を洗い出し、そこから交信の傍受ルートを割り出す。それだけで、この襲撃者たちがどの組織に属しているかが見えてくるはずだ。

 

 しかし指先を端末に滑らせた瞬間、強烈な干渉波が視界を覆った。

 

「……っ!?」

 

 世界が反転する。

 壁も床も、エルの姿も、捕らえられた襲撃者の呻きも――すべてが霧散した。代わりに、漆黒の宇宙空間が眼前に広がる。星々が散りばめられ、虚空は静謐で、しかし底知れない圧迫感を孕んでいた。

 

 アークは一瞬、錯乱した。自分がどこにいるのかもわからない。これは視覚的な幻覚か、あるいは精神そのものを端末に引きずり込まれたのか。冷や汗が背を伝う。

 

 その時不意に声がした。

 

『やっほー、アーク! また話せて歓喜に満ちているルル』

 

 脳髄に直接響くような声。だが日本語であるにも関わらず、文法は歪んでいた。翻訳機が壊れたような不自然さ。それでいて、妙に軽快で楽しげな口調だ。

 

 間違いない――ネザーだ。

 

「ネザー……!」

 

 アークは思わず声に出した。聞き間違えるはずがない。あの特徴的な語り口。何度か接触してきた、理解不能な存在。

 

 虚空の奥で誰かが笑った気配がする。

 

『ネザー? そうね、自分だけど、自分じゃないかもね? ふふん、答えは曖昧でーすます』

 

 曖昧で煙に巻くような返答だった。

 だがアークの疑念は確信に変わった。

 

「君が……僕を騙してアポストルに引き渡そうとしたのは、わかっている。なぜ彼らの味方をする?」

 

 アークの胸に宿る怒りと警戒が露わになる。

 だが返ってきたのはどこか諭すような声音だった。

 

「アポストル……彼らは可能性そのものなんだよ、アーク。流れを束ね、思考を編み、未来を形にし、万物を支配する』

「……可能性……? 滅びがか?」

 

 アークは歯を食いしばった。

 

『うん、そう。自分のように彼らの思考のシンフォニーに魅入られた者は多くてね。自分はその中の1つに過ぎない。でも彼らはね、君に期待しているんだ』

「期待……?」

『そう、アーク。君が争い、迷い、選び、成長することに。彼らは望んでいる。だからね、ボクはちょっとだけ、君の役割をお手伝いすることにしたんだよ』

 

 不気味な言い回しに、アークは嫌な予感をビンビンに感じていた。

 

『君はもっと大きな渦に巻き込まれるべきなんだ、自分たちのために。だから成長機会を与える。まずは、試練のひとつ。ここに仕掛けられた爆弾だよ』

 

 その言葉にアークは目を見開いた。

 

『爆弾は五つ。ぜんぶ解除しないと、このステーションは粉々になるし、破片はネレイアの民を殺す』

「ふざけるな!」

『優秀な二人なら出来る! アークと、エル。君たちならできるって信じてる。じゃなきゃつまらない。救世主の力を見せて』

 

 ネザーの楽しげな語り口にアークはただ怒りに震えた。

 

「……君は、僕らを弄んでいるだけだろう。なぜそんなことをする?」

『弄ぶ? 違うよ、アーク。これは調律だよ。君たちの成長が、彼らの旋律をさらに豊かにする。ただ自分は最初の音を鳴らすだけ』

 

 静かな宇宙空間に、淡々とした声が響く。ぞっとするほど真剣で、そして不気味に楽しげだった。

 

『時間はあまりないよ。五つの爆弾、解除できるのは君たち二人の力だけ。だから、やってみせて。期待してるからね、アーク』

 

 最後の言葉は、優しい囁きのように降り注いだ。

 その瞬間、景色が激しく揺れ、アークは再びステーションの通路に立っていた。

 

「……アーク?」

 

 傍らで、エルが訝しげに見つめていた。彼女の透明化は解除され、敵を倒した後の冷静さを取り戻している。だがアークの蒼白な顔に、不安を隠せなかった。

 

 アークは荒い息を整えながら、端末を見下ろす。そして静かに、だが決意を込めて言った。

 

「……ネザーだ。奴が……爆弾は五つ。その全てが僕とエルの力じゃないと解除出来ないって」

 

 エルの瞳が揺れる。

 短い沈黙のあとで彼女は強く頷いた。

 

「……わかった。じゃあ私たちで止めよう」

 

 二人の間に緊張と決意が張り詰めた。

 彼らの前には、残酷な試練が待ち構えていた。

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